うさぎが観察日記Ⅱ・4
かんとりー・ろーど
※このお話は、ずんだGAMEの番外編で、「とらとらとら」「うさぎ」「しろくま事件」「うさぎが観察日記」「うさぎが観察日記2」「うさぎが観察日記3・前編」「うさぎが観察日記・3 後編」「うさぎが観察日記・4」「うさぎが観察日記・5前編」「うさぎが観察日記・5後編」「うさぎが観察日記・6前編」「うさぎが観察日記・7後編」「うさぎが観察日記Ⅱ・1」「うさぎが観察日記Ⅱ・2」「うさぎが観察日記Ⅱ・3」の続きとなります。
○月×△日
わたしの平穏は、またもや打ち破られた。
わたしと仲達が、それぞれ子龍が樹でけんめいにつくってくれた皿に、たんまりと盛られた有機野菜を食べていると、突然として、大量の闖入者があらわれたのである。
この闖入者、べつに扉を蹴破ってあらわれたり、あるいは壁を破壊してあらわれたものではない。
映像でお見せできないのが残念で仕方ないのだが、それは、40年代アメリカの格好をいまだに踏襲している、レトロな雰囲気をただよわせたTV局やら、新聞記者などである。
出で立ちはまるでディック・トレーシーであるが、手にした機材は、最高府よりあたえられた超高級品。
かれらは、ぼうぜんとするわれらをまったく無視し、このところようやく抜け毛のおさまった、仲達めがけて大挙する。
そうして、家主である趙雲をひととおり無視して、バシャバシャと写真を撮りまくったあと、ようやく趙雲のほうに顔を向けた。
「いかがです、今年の最高府のマスコットキャラクターに選ばれた気分は?」
そうして、マスコミが、今度はいっせいに子龍に向かってマイクを渡す。
なんとも奇妙な、そしてちょっぴり不気味な光景だ。
なぜかといえば、ちなみに最高府のマスコミというのは、アトラ・ハシースやアストラルで構成されるものではない。
最高府にあまたあるマスコミのなかでも、公認されているものは、最高府が製造したホロゴーストたちによって運営されているのである。
かれらはホロコーストであるから、物質に邪魔されることなく、どんな天候もへっちゃら、障害物も難なく通り抜けられる、ある意味、最強のマスコミ群である。
ロバート・キャパが、こんなの反則だ、いっそ俺もホロコーストにしてくれと駄々をこねたとかなんとか。
それはともかく、ホロコーストたち中心の最高府のマスコミ対し、アトラ・ハシースやアストラルが、サークルを作って雑誌や週刊の新聞などを発行しているが、これはあくまで個人的な発行物としてあつかわれ、供給所の書籍コーナーに並ぶことはない。
そのかわり、供給所には個人の発行物の目録が置いてあって、それを見て、購入者は自分のパソコンで、発行物を受け取る仕組みだ。
しかし、その手続きがじつは曲者で、最高府は、個人の発行物の流れを、配送ルートに乗せることで記録している。
だから、どのような発行物が、どんなアトラ・ハシース、あるいはアストラルに流れているのか、すべてチェックされているのだ。
発行物を個人間でこっそりと受け渡すこともできない。
なぜならば、発行物を印刷する機械は最高府がすべて管理しており、できあがった発行物には、それぞれ発信機つきのタグが打ち込まれているから、最高府の目を盗んで発行物のやりとりをすることはできないのだ。
こういった、過剰に過ぎると思われるほどの厳重な管理体制も、子龍が不平を鳴らす一因である。
わたしも好きではない。
おっと、話がおおきく逸れてしまったようだ。ホロゴーストたちにもどろう。
かれらは文字通り、幽体であって肉体を持たない。
いま、わたしは子龍の家の居間のはしっこで、騒ぎから置いてけぼりになって騒ぎをながめているのだが、わたしから直線で2メートルのところに仲達がおり、そのあいだに無数のホロコーストがいる。
半透明のかれらの向こう側にいる仲達は、ちょうど、レースのカーテンの向こうがわにいるように見える。
やはりこれもまた、子龍とおなじように、まぬけにもぽかんとしている。
「最高府のキャラクターに選ばれたとは、なんだ」
子龍が、それでも冷静にたずねると、ホロコーストのひとりが答えた。
「あれ、ご存じないですか。おたくのうさぎさん、このあいだ、供給所でギターパフォーマンスをしたでしょう」
子龍もわたしもすぐに思い当たった。
ああ、そんなことあったっけ。
「それをビデオに撮影していたひとがいたんですよ。で、それをテレビ局が買い上げて『おもしろどうぶつコーナー』で紹介さたところ、たちまち大反響。
あのふしぎでかわいいうさぎはなんだ、ということになり、この人気に目をつけた最高府が、今年度『召喚奨励キャンペーン』のマスコットキャラクターに選抜したのですよ!
いやあ、うさぎがキャラクターになるっていうのは快挙ですよ! いままでは、たいがい著名人ってのが相場だったんですからね。どうです、史上初の、おそらく下宿先でいちばん有名になるペットを持ったご感想は?」
なんだかよくわからぬが、大事になったらしい。
絶えまなく焚かれるフラッシュ、四方から浴びせかけられるライト。
その中心にいる仲達。
仲達もうさぎなので、鳴き声がはっきりしないわけであるが、それでも律儀にインタビューに答えている。
「う、うれしいです。ほんとうに、このわたしがマスコットキャラクターなんて重責を負うことになっていいのでしょうか。でも、選ばれたからには、一生懸命やります!
こんなに晴れがましい場に選らばれるのは、ほんとうにはじめてです。だって、いっつも、わたしときたら、『あー、諸葛孔明の敵の、司馬ナントカ。ほかになんか特長あったっけ? え? 晋王朝の始祖? しらねー、つーか、晋って国、長続きしてないっしょ?』といわれつづける地味―なポジション。
みなさん、長生きがいけないとでもいうのでしょうか、そして成功するって、そんなにいけないことなのでしょうかって、ずっと悩んでいましたけど、こうして地道に努力をしていれば、いつかは日が当たるものなんですね!」
と、頬を紅潮させて、熱く語っている。
地味なポジションがそんなに辛かったとは、はじめて知ったよ。
というか、おまえは自分の孫にわたしの国を潰させといて、そりゃないだろうが。
むすっとしていると、ホロコーストのマスコミが、わたしのほうに気がついた。
「おや、もう一匹、うさぎさんがいるんですね。ダッチ種ですか」
すると、趙雲が、得意そうに答えた。
「そいつは、名前をもなかと言って、ダッチとドワーフホトトの雑種だと思う。目にアイラインが引いてあるように見えるだろう」
ホロコーストたちは、とりあえず、礼儀として、ぱちり、ぱちりと、わたしを撮る。
「このもなかは、くっきーのように芸をするのですか」
問われて、子龍はしばし考える。
「特には…そうだな、あえていえば、いたずらをするかな」
「なんだ、いたずらですか。そういう特技のない、ふつうのうさぎは、けっこうです」
特技? あるぞ! 出師の表とか、書きます!
と、張り合わなくてもいいのだよ。
マスコットキャラクターなんて、ちっともうらやましくないわい。ふん。
群がる半透明のホロコーストの向こうがわの、まるで濁った水のなかにいるように見える仲達はといえば、供給所からもらってきた、月兎の子ども用のエレキギターを肩からかけて、マスコミの要請どおりに、ポーズを決めている。
なぜだか首からタオルをかけているのは、ラジオ体操をしていたときの名残なのか、それともエイキチ・ヤザワを気取っているのか、それは、わたしにはわからない。
「五本指のうさぎというと、おそらく下宿先では新発見の種類だと思うのですが、どちらで見つけられたのですか」
「くっきーはどうしてギターを弾き始めたのですか」
「くっきーが得意な曲はなんですか」
などなど、ホロゴーストたちから、飼い主たる子龍に向けて、矢継ぎ早に質問が飛ぶ。
子龍はというと、大挙しておしよせたホロゴーストたちに戸惑いつつも(なにせ、かれらには居留守が通用しない。住人が留守だろうと、結界が張られていないかぎり、ずうずうしく壁をつきぬけて上がりこんでくるのが、かれらなのだ)几帳面に、ひとつひとつ答えている。
うさぎを見つけたのは偶然で、おそらくわたし用の出入り口から紛れ込んできたものであろう。
ギターを始めたのも、いつなのかよくわからない。
くっきーが得意な曲も不明だが、『禁じられた遊び』を弾いているところは、すくなくとも見たことがない。
エリック・クラプトンについてどう思うか? 知るか! 等々。
それから、わたしをよそに、くっきーの華やかなる生活がはじまることになった。
○月×■日
くっきーこと仲達が、最高府による『召喚奨励キャンペーン』のマスコットキャラクターに選ばれてから、逆に静かな日がもどってきた。
たいへん、よろしい。
それというのも、くっきーにはさっそく、最高府から派遣されたエルフのマネージャー(これがMr.スポックのように四角四面なやつで、面白くともなんとも無いやつなのだが)がついて、機械のように毎日のスケジュールをきっちりこなしているため、かえって、わたしにちょっかいをかけてこなくなったからである。
この『召喚奨励キャンペーン』、マスコットキャラクターに選ばれるのは、ほんとうに名誉なことなのだ。
歴代のマスコットキャラクターをあげれば、それがわかるというものだろう。
始皇帝だのヘラクレスだのといったビックネームではないが、民間レベルでは名前を聞いたことがあるひとびと、つまりは、王ではないけれど、有名だった者が選ばれる。
たとえばオルフェウスとか、玄奘とか、マルコ・ポーロとか、あたらしくはワイアット・アープなんていうのもあったな。
『召喚奨励キャンペーン』とは、そもそも面倒な地域に召喚されても、がんばって仕事をしましょうねという、アストラル向けのキャンペーンなのだ。
仲達が行うことになったのは、例の9・11のテロにおいて、ぐんと治安のわるくなったアメリカおよびアラブ諸国、アフガニスタン周辺への召喚をよびかけるキャンペーンらしい。
どうして、そこで用いられるキャラクターがうさぎなのかといえば、だれか著名な人物を前面にだすことで、かえってこの複雑で策謀と宗教的、人種的偏見に満ち満ちた暗い戦争にかかわりたくない気持ちがつよくでてしまうことを、危惧したものと思われる。
むずかしい話はさておき、のんびり寝坊できる朝はすばらしい。
くりかえすが、うさぎは夜行性なのだよ。夜は活動し、朝はねむる。
窓から差し込む初夏のひざしの、なんとおだやかなことか。ああ、しあわせ。
子龍はというと、主公のところへ行って、張飛たちといっしょに、あたらしい野球チームについて話し合いにでかけている。
まだメンバーが集まっていないようだけれど、そこをどうするかを話し合うらしい。
子龍もおらず、仲達もわたしの眠りを邪魔しない。
仲達が、毎朝のラジオ体操にわたしをさそうのはあきらめたのはよいことだ。
やつはもう、わたしどころではなく、あたらしいCMのための役作りにむけて集中しているのだ。
さすがは千の仮面をもつうさぎ。
お演りなさい、くっきー!
そういうわけで、出師の表を書くくらいしか能のない、平凡なわたしはねむる。
と、うつらうつらしていたのであるが……
だれだ、デラックスマンションの外で、迷惑にもギターをかき鳴らしている者は!
子龍の家で該当するのはひとりしかおるまい。
なんたる迷惑! これは叱ってやらねばならぬ。
わたしがすっくと立ち、自分のデラックスマンション田舎の庵風を出れば、仲達は、供給所でもらってきたギターを、熱心にじゃかじゃかと練習をしていた。
仲達めは、最初はマスコットキャラクターに選ばれたことについて、
「CMやポスターとなっておおくの者の目に触れることにより、わたしが呪詛を得たアトラ・ハシースであると、だれかが気づくかも知れぬ。これも作戦のうちなのだ!」
と、威張っていたが、実際のところは、状況をすっかり楽しんでおる。
それはそうであろう。
いままで『司馬仲達』という名前はマイナーのきわみで、むしろ『孔明の敵』というのが名前だったようにあつかわれていたのだ。
それが、うさぎとはいえ本人そのものが、こうもクローズアップされたのだ。
うれしくないはずがない。
気持ちはわかるのだけれどなあ…
責任というと行きすぎだが、まあ、仲達の複雑な心情もわかるだけに、怒りでもって外にでてきたものの、その一生懸命な背中をみていたら、なんだか怒りも解けてしまった。
そう、こやつはたしかに、根性曲がりなところがあるけれど、生真面目で純粋なのはたしかなのだ。
だから、こうも熱心に、CMのためのギターの練習をできるのだ。
「♪おーるもすと へーぶん うぇすと ばーじにあー♪」
ああ、この曲は「Take me home country roads」ではないか。
いかにも偉大なる田舎大国アメリカという感じの曲だよな。
「♪ぶるーりっぢ まうんてんず しぇなんどーりーばー♪」
アメリカか。あまり呼ばれることのない土地だな。
あのカラッとした風土と気性は、わりとすきなのだが。
「♪らいふ いず おーるど ぜあ おーるだー ざん とぅりー、やんがあ ざん ざ まうんてんず、ぐろういん らいく あ ぶりーず♪」
でも、ロデオに挑戦してしたたかに地面に打ちつけられ、脳震盪をおこして子龍におんぶしてもらって、下宿先に帰ってきたことは内緒だ。
「♪かんとりーろーど ていくみーほーむ とぅ ざ ぷれいす あい びろーんぐー♪」
お、サビに入ったな。
「♪うぇすと ばーじにあー♪」
♪まうんてん ままー♪
「♪うぇすと ばーじにあー♪」
♪まうんてん ままー♪
「♪うぇすと ばーじにあー♪」
…………まうんてん ままー♪
「♪うぇすと ばーじにあー♪」
「おい!」
わたしは立ち上がると、ちょうど足元にあったかじり木を、ギターをかき鳴らす仲達の後頭部めがけて、なげつけた。
「痛い、なにをするか!」
後頭部をさすりつつ仲達は、長く垂れ下がった耳を揺らしてふりかえる。
「痛い、ではない。なんだってそう、おなじところを、ずーっと弾きつづけているのだ、おまえは。
それともなにか、マスコットキャラクターに選らばれたつぎは、ウェストヴァージニアの親善大使の地位でも狙っているの? 狙っているのか? ええ?」
わたしが足をだんだんと踏みしめて抗議すると、なぜだか仲達は、うれしそうに、にまにまっと笑った。
「おお、聞いていてくれたのか」
「聞きたくなくても聞こえるわい。壊れたレコードみたいに、おなじところをくりかえしよってからに。ウェストヴァージニアがどうした!」
すると、仲達は、「お」と言って、人形のようにぱっちりした目を、さらにぱっちりと開いた。
「よい発音だな、もう一度言ってみてくれ」
「なにを」
「ウェストバージニア」
「ウェストヴァージニア」
「それだ! わたしは、どうもVの発音がうまく出来ぬのだ。気をつけて発音すれば大丈夫なのだが、歌となると、メロディを追うのに精一杯で、ついついVがBになってしまう」
「上の歯を下唇にかぶせるようにしてV。慣れると、どうってことないぞ」
「うーむ、ネイティブのVの発音はカッコイイからのう。長くアトラ・ハシースをしているのに、いまだVを克服できぬのだ」
「ふむ、では一緒に歌ってみようではないか。(みなさんもご一緒に)
♪かんとりーろーど てぃくみー ほーむ とぅ ざ ぷれいす あい びろーんぐ♪」
「♪うぇすとヴぁーじにあー まうんてん まっまー♪」
「♪てぃくみー ほーむ かんとりーろーど♪」
「おお、歌えたぞ! 感謝する、諸葛亮! あたらしいCMのオファーが来ている、という話はしただろう。
それが、この歌を唄うわたしを背景に、『テロがあっても、怖がらずにアメリカへ召喚されましょう』という最高府公報のテロップが流れる、という構成だったのだ。これで、いつ撮影隊がやってきても、問題はない! きっとよいCMとなるであろう!」
と、仲達は、ほんとうにうれしそうに、ホクホク顔で笑って、わたしの手を取って、ぶんぶんと振った。
よい気分になっているところ悪いのだが、うさぎとなっている貴殿の歌声は、わたしにしか聞こえないのだよ、と言ってやろうとおもったが、あまりにうれしそうなので、言えなくなってしまった。
ええと、わかっているのだよな、仲達も?
仲達は、笑いながら、ふと思い出したらしく、ギターを置いて、
「しばし待つがよい」
と、だばだばと自分のケージに戻っていく。
なんだろうとわたしが怪訝に思っていると、ほどなくもどってきたのだが、その手には、あわいピンクのリボンできれいに巻かれた、グレーのちいさな布がある。
わたしがきょとんとしていると、仲達は、えへん、おほんと咳払いをしつつ、照れくさいのか、目を合わさずに、言った。
「感謝のかわりに、これをやろう」
そのグレーの布は、ちょうど仲達の毛皮と同じ色をしていた。
当然、わたしの脳裏には、毛抜けの時期に、仲達がせっせと、自分の抜け毛をあつめていたことが思い出される。
グレーの布のうえには、仲達が書いたとおぼしき、みみずのような文字が書かれていた。
残念ながら読むことはできぬが、たぶん「諸葛亮さん江」とか書いてあるような気がする。
グレーの布を受け取りながら、おそるおそるわたしはたずねた。
「これは、もしや、おまえの毛で編みこんだものか」
わたしがいうと、仲達は、うれしそうに笑って、大きく垂れ耳を揺らしながら、うなずいた。
「さすが、察しがよいな! なかなか骨が折れたぞ。わたしの貴重なる抜け毛にて編みこんだ奇跡の一品である。リボンをほどいてみるといい」
ていねいに結ばれたピンクのリボンをほどき、グレーの布をひらいてみると、それは、布ではなく、なんとグレーのチョッキであった。
さすがにこの器用な造形に、わたしがおどろいていると、仲達は、着てみろ、というふうに、うんうんとうなずいている。
いわれるまま、袖を通すと、わたしのサイズにぴったりであった。
それをみて、仲達は、ますますうれしそうに笑った。
「おお、ぴったりだったな。目測でつくったものだから、もしかしたら寸法がずれたかもしれぬと危ぶんでいたが、杞憂であった。どうだ、温かいであろう」
「いやあ、まあ、そうだな」
たしかに、そのチョッキはとても温かく、そして軽いものであったが、もともとの素材が仲達の体毛だと思うと、神経質なわたしとしては、なにやら複雑である。
複雑であるが、同時に思い出された。
ラジオ体操をことわるときに、抜け毛の調整がうまくできなかったので、肩がぞくぞくと冷えると、そんな話をしたことがあった。
そうだ、こやつ、それを覚えていて、そのために、せっせとこれをこさえてくれたのか……おかあさんのようなやつ……
「わたしのために、わざわざすまぬな。これは、ありがたく頂戴しよう」
心からわたしが言うと、
「なあに、ちょっとした暇つぶしに作ったものだ」
と、仲達はすましてみせる。
しかし、照れているのか、突き出した足の指は、器用に、ベージュの絨毯をむしっていた。
その様子を見て、わたしは、いつになく謙虚になっていた。
いままで、仲達のくせに生意気だといっていじめてきたわけだが、やりすぎであったかもしれぬ。
ちょうどよい機会であるし、あやまっておこうかな。
そうして、わたしが仲達のほうを向いたときである。
家の外で、ばさり、ばさりと不気味な音が聞こえた。
からすの羽ばたきなどという、生易しいものではない。
わたしと仲達は、顔をみあわせ、窓辺に寄った。
いま、子龍は留守である。
例の野球チームのメンバー選びのミーティングに参加するために、主公のいる塔へ出かけているのだ。
窓の外は、わたしたちの背丈ではのぞくことはできない。
不安な面持ちで、仲達がいった。
「この大きな羽ばたきは、ガルータではないか。あやつら、タクシー業もしているから、趙子龍がそれに乗ってもどってきたのかもしれぬ」
「ミーティング場所は、塔だぞ。近場なのであるし、歩いて帰ってくるはずだ。子龍は、ものぐさは好まぬ」
「ものぐさというより、ガルーダタクシーの見せてくれる上空からの眺めがすばらしいから、利用する客もいると聞く。 趙子龍もそれではないか」
そんなことを話しているあいだにも、ばっさばっさと、羽ばたきはつづく。
まるで大きなビニールテントを、一斉にひろげているのにも似ている。
なにやら悪寒がして、わたしはぞくりと身を震わせた。
「なんだか嫌な予感がする。仲達、肩を貸してくれぬか。窓の外を確認したい」
「心配性だのう、仕方ない、ほれ」
と、仲達は、両手を壁について、わたしに背を向ける形となった。
わたしは、「すまぬ」と詫びつつ、仲達の肩に足をかけ、窓のヘリに両腕を伸ばして外を見る。
そうして外を覗き込んでみると……
「ぎゃあ!」
わたしは思わず悲鳴をあげて、そのままうしろにむかって、倒れこんでしまった。
それほどの衝撃だったのである。
「どうした!」
ベージュの絨毯にうまく着地できたわたしに、仲達はおどろいて駆け寄ってくる。
わたしは、腕の力をつかって、無意識のうちに窓から離れようとしていた。
「ゴ、ゴーレム!」
「ゴーレム? この羽ばたきは、ゴーレムのものだと」
そこまで言って、仲達は、ハッとして窓と、わたしを交互に見比べた。
「有翼のゴーレムなんぞ、警吏用ゴーレムのケルビム号だけではないか! なぜだ! ここには事件もなければ、罪人もいないというのに!」
「それもそうだが、やっぱりダメだ、あの黒とグレーの、不気味なマーブル! 生理的に受け付けない!」
そう、窓の外には、複数の警吏用ゴーレムが、なんと、一匹どころではなく、何匹も、地面に降り立って、不気味なマーブル模様の翼をしまっていたのである。
ゴーレムの規格というのは厳密にきめられていて、警吏用ゴーレムの場合、一体の大きさは3メートル。体重は250KG。
体重をささえるための翼は、天を覆いつくすほど、というと大げさだが、ともかく巨大である。
なにより、不気味なのは、黒とグレーの不気味なマーブル模様。
黒といっても単に黒い色なのではなく、よくよく見れば、もともとグレーの地肌に、たいがいの霊的攻撃をはねかえすための、ありとあらゆる防護呪文が書き込まれているのである。
口はなく、そのかわり、顎のあたりにエラのような切れ込みがある。
鼻は潰れており、穴が二つあるだけ。目は奇妙につぶらで赤い。
口がないのは、そもそも警吏用ゴーレムにコミュニケーションは不要だという発想から、ということだが、その発想からして好きになれぬ。
「ええい、しっかりしろ、諸葛亮。もしや、趙子龍になにかあったのではないのか?」
「なんだと?」
仲達のことばに、パニックのなかにあったわたしの意識は、冷静さを取り戻した。
「趙子龍が、なにかの事件を起こしたか、あるいはなにかの事件に巻き込まれたのかもしれぬ」
「ええ? しかし警吏用ゴーレムだぞ。救急用のかわいいやつではなく! もしおまえの推理が正しいとしたら、子龍がなにか犯罪行為をして、逃げているために、家に戻っているかも知れぬと見たゴーレムどもが、子龍を捕らえるために飛んできたということではないか!
いかん、子龍の危機だ! わたしはゆく!」
玄関へダッシュしようとしたわたしの尻尾を、仲達がむんずと両手で掴んだ。
「待て、冷静になれ! 趙子龍がなにかをしたと決まったわけでもあるまい!」
「それはそうだが、ではどうする!」
そんな問答をしていると、不躾なことに、呼び鈴も押さずに、扉が乱暴に、ばんと開かれた。
そして、玄関口にあらわれたその者の姿に、われらは絶句する。
それは、最高府がつくったゴーレムの中でも最高傑作と謳われる、プラチナタイプのゴーレム『ヘルメス』であった。
※うさぎのものがたり、いよいよ本題へ(前置き、長すぎるよ!)次回、もご確認くださいませ(^^♪