うさぎが観察日記Ⅱ・2
もなか、迷子になる

※このお話は、ずんだGAMEの番外編で、「とらとらとら」「うさぎ」「しろくま事件」「うさぎが観察日記」「うさぎが観察日記2」「うさぎが観察日記3・前編」「うさぎが観察日記・3 後編」「うさぎが観察日記・4」「うさぎが観察日記・5前編」「うさぎが観察日記・5後編」「うさぎが観察日記・6前編」「うさぎが観察日記・7後編」「うさぎが観察日記Ⅱ・1」の続きとなります。
登場人物紹介

もなか…いじめっ兎(こ)。元は諸葛孔明であったが、馬超より移された呪詛により、いまはダッチ種の血を引く雑種のうさぎ。五本の指を自在に動かし、うさぎライフを満喫している。
くっきー…いじめられっ兎(こ)。でもうれしそう。胸(ココロ)に七つの傷(トラウマ)をもつ兎。純血のロップイヤーラビット。元は司馬仲達。同じく五本指。司馬真拳の始祖でもあるが、あとに続くものはない様子。
趙子龍…二羽を一軒家にて飼っているアストラル。面倒見はたいへんよいが、鈍感である、とは、もなかの評。最近、引越しを考えている。
劉玄徳…元皇帝のアトラ・ハシース。相変わらずの親分肌で、趙雲や孔明のよき親父さん。現在、野球チームを作ることに心血を注いでいる。
姜伯約…アトラ・ハシースになることを望む、複雑な心象をもつアストラル。現在、最高府より特別任務を受け、聖剣「勝邪」の力に為り、一時的にアトラ・ハシースとなっている。
うさ馬超…ウトナピシュテムの呪詛の失敗により、人兎になってしまった気の毒なアストラル。しかし本人は前向きに状況を乗り切り、『踊るうさぎ』として活躍し、世界中の子供たちを和ませている。
ウトナピシュテム…ノア。生命の始まり。アトラ・ハシースの名を最初に冠した男。最高府のメンバーの一人で、とっても偉いのであるが、見た目は子供。なにやら企みがあるようだが?
鬼子母神…アプサラスのなかでも低位にいる、元魔族の女神。顔がトマトのように赤く、きわめて凶暴。もなかに、霊力が空となった聖具『逆転のドリームキャッチャー』を与えた。

●月×日

子龍が新作のかじり木をつくってくれた。
だんだんと細かい作業がうまくなっているとわたしは思うのであるが、新参者である仲達は、子龍のかじり木はかじりにくい、などと生意気なことを言っている。
子龍が苦心してつくってくれたあたらしいかじり木は、いびつな球体に縦じま模様がついている。
バスケットボールなのだろうか?
首をひねっていると、子龍が、なんとも申し訳なさそうに、
「それはスイカのつもりだったのだがな」
と言った。
そうだったのか。スイカね。見えなくもないよ、うん。
これはスイカだ、スイカ。

わたしがおのれを騙しつつ、新作のスイカを手にケージに戻ろうとすると、背後でピイッ、と大きなホイッスルの音が鳴った。
振り返るまでもなく、仲達である。
仲達は、首からちいさなホイッスルをぶらさげているのであるが、これは子龍にねだって作ってもらったものだ。
自分に注意を向けてほしいときなどに吹くのであるが、仲達のやつめ、だれかに構われていないといやなのか、四六時中、ぴいぴいと笛を鳴らすので、五月蠅くてたまらぬのだ。
「なんだ」
わたしが振り返ると、垂れ耳うさぎとなっている仲達は、片足でたんとんと床を叩きつつ、憮然として言う。
「貴様、このあいだの約束をわすれたのか」
「約束? いつしたものだ」
「むむ、なんという物覚えのわるさ。今度、あたらしいかじり木ができたら、それはわたしのものだということであっただろうが」
「そうではなかったと思うぞ。このあいだの子龍の新作はサンドイッチ(らしき三角)だった。それはおまえが持って行っただろうが」
「いいや、サンドイッチは途中で壊れてしまった。趙子龍はそれを見て、つぎに作ったものはおまえにやる、と言ったぞ」
「いいや、『おまえにやる』と言ったのではなく、『つぎは壊れないものをつくる』と言ったのだ。貴様のものは壊れたが、しかし壊れたからと言って、かじり木の役目を果たさぬわけでもあるまい。
そも、かじってかじり倒して原型を留めなくするほど、かじりまくるのがかじり木。形のよさは、もともと問題ではなかろう」
スイカを片手にケージの扉をくぐろうとすると、またも仲達はホイッスルをぴいぴいと鳴らした。
この甲高い音は、わたしの敏感な長い耳には不愉快きわまりない。
やつめは、耳が垂れているからきっと平気なのにちがいない。
「諸葛亮、それは屁理屈であるぞ! かじり木の返還を要求する!」
「返還もなにも、わたしのものだと言っているだろうが!」
「筋をとおせ、諸葛亮!」
「筋は、うつくしく通っているだろうが!」

われわれが口論をしていると、パソコンを操作していた子龍が、仲達のホイッスルのやかましさに気づいたのか、こちらにやってきた。
「こら、おまえたち、また喧嘩か。どちらが悪いのだ」
「こやつが!」
「こいつがだな!」
と、わたしたちはお互いにお互いをゆび指すわけであるが、子龍にはわれらの言葉は通じない。
しかし子龍も慣れたもので、わたしが小脇に抱えるスイカ型のかじり木と、くっきーの、無念きわまりなしとでも言いたげな悔しそうな顔(といっても、ロップイヤーラビットのたいがいは、垂れ耳効果で、いつも情けない顔に見える)を見て、なんとなくであるが判断をつけたらしい。
「かじり木で喧嘩していたのか。困ったやつらだな。このあいだはサンドイッチをくっきーにやっただろう。今度のは、もなかだ」
ほら、ジャッジが下ったぞ。見るがいい。
わたしが誇らしげに、むん、と胸を張ると、仲達は、ホイッスルを激しくピイピイピイと吹き鳴らした。
「ひいき! ひいき! ひいき! ひいき! このような暴挙が許されてよいものか! わたしが元敵将だからといって、あんまりにもあんまりなこの仕打ち! このえこひいきに、わたしは断固抗議する!」
仲達は、ひいき、と言うたびに、ピイッ、と笛を鳴らすので、やかましいというよりも、五月蠅すぎて頭痛がしてきたぞ。
それは子龍もおなじであるらしく、こめかみを押さえつつ、仲達ではなく、わたしのほうを向いた。
「もなか、それを渡してくれ」
いやだよ。これはわたしのだ。
わたしがかじり木を背後に隠すと、子龍はちいさく首を振った。
「渡してくれ。これでは五月蠅くてかなわぬ」
まあ、たしかにな。
仲達のやつ、よくも酸欠にならぬものだというくらいに笛を吹いている。
そもそも、笛を用意してもらったのは、笛の音の強弱を工夫して、モールス信号を作れぬかというアイデアによるものだった。
だが、残念ながら、笛が手渡された時点で、仲達はモールス信号を忘れてしまったのだ。
恐るべし、呪詛。
それはともかく、さほど広くない子龍の家に、仲達の笛が響きまくる。
まさに悪魔が来たりて笛を吹く。平穏なわたしの日常をかえしてくれ。

わたしはしぶしぶと、スイカ型かじり木を子龍にわたした。
そうして、子龍は、絨毯の上に、指で線を描くと、わたしと仲達を、線を中心にして、差し向かいにならべた。
「いいか、いまからこの線の上でかじり木を投げるからな。これをうまく床に叩き落して、先にひろうことができた者が、かじり木の所有者になるのだ。あとで恨みっこはナシだぞ」
なるほど、バスケットボールの要領だな。
子龍の手の中にあるスイカ型かじり木が、ますますバスケットボールに見えてきた。
仲達は、子龍の裁定方法を聞き、運痴のくせしてスポーツ好きなところを発揮して、
「ふぉぉぉぉぉ、燃えてキター! この天才・仲達さまの見事なタップを見せてくれるわ!」
などといって、足の屈伸運動をはじめた。
わたしもつられて足首の柔軟体操をするのであるが、万事に付け、いちいち勝負せねばならぬこの状況、どんなものだ?

「いくぞー」
子龍がぽーんとかじり木を放り投げる。
わたしと仲達は、ほぼ同時にボールめがけてジャンプした。
が、仲達の長い耳は、空中でびよーん、と流れ、わたしにとってはうまい具合に、ちょうど仲達の視界を、ハンカチで包み込むような具合に、まるまる塞ぐ結果となった。
あわれなり、仲達! しかしかじり木はもらった!
わたしは首尾よくかじり木をタップすると、
「視界がぁ。唐突に世の中が闇になった! ナニコレ、失明? それとも突然の皆既日食?」
などとパニックを起こしている仲達をよそに、絨毯に落ちたかじり木を拾った。
やれやれ、これでゆっくりできるな。
わたしがかじり木を片手にケージに戻ろうとすると、またも仲達のホイッスルが、派手にピイッ、と鳴った。
「ええい、なんだ! 勝負はもうついたであろうが!」
「トラベリングー! ファウルであるぞ、諸葛亮! ボールを持って三歩以上あるいたら、トラベリングとなるのだ! 貴様はいったい、どこへ旅立つつもりですかー!」
「ケージに戻るだけだ、いつからバスケになった!」
「ファウルをしたあげくに開き直りとは! 貴様はそれでもバスケットマンか!」
「バスケットマンなどではない。ああ、もう、そんなに欲しいのであれば、もっていけ!」
面倒くさくなって、わたしがスイカ型のかじり木を仲達に差し出すと、仲達は、わけのわからぬことに、困ったように顔をしかめて、言った。
「え。くれるのか」
「欲しかったのではないのか。ほら、子龍がせっかく作ったものなのだ。大事にするといい」
仲達は、いったんはそれを受け取った。
そして、しばらく、じっとボールに目を落としていたが、それから言った。
「やはりいらぬ」
「なぜ。欲しかったからこそ、あれだけぴいひゃらと騒いでいたのであろう」
わけのわからぬヤツよと、わたしが呆れていうと、仲達は、なにやら悲しそうに伏目がちになって、
「遊んでくれぬのであれば、もう、いらぬわ」
と言いながら、しょんぼりと、自分のケージにとぼとぼと戻って行った。

遊んでくれぬ、ってな。どうもあやつの幼児化も進んでいる気がするのう。
どう思う、子龍?
わたしはかじり木片手に、パソコンに向かっている子龍の背中に問いかけるのであるが、もちろん返事はかえってこない。
ふう、なんだかつまらぬな。
最初はうさぎであることのすべてが刺激的だったけれど、言葉を交わせないことが、こんなにつまらないものだとは思ってもいなかった。
とはいえ、悩んだところでどうにもならぬ。いまは不正咬合の心配をしなければ。
わたしは、バスケットボールに酷似したスイカ型のかじり木を、がじがじとかじりつつ、自分のケージに戻って行った。


●月△日

子龍が、散歩がてら、供給所に行くというので、お供をさせてもらえることになった。
子龍のうさ袋はふたつに増えて、ダークグリーンの袋はわたし用、ネイビーブルーの袋は仲達用だ。俺が準備をしているあいだに、おまえたちも出かけられるようにしておけ、といわれたので、わたしたちはそれぞれ支度にかかった。
まるで躾けのよい幼児並みに賢いわれらに、子龍は変に免疫ができてしまったのか、まったくおどろかない。
日々、どんどん鈍くなっているような気がするな。大丈夫か、子龍。あの、毎朝とどく迷惑メールにも、最近は無反応だし。
仲達は、外に出られるというので、うきうきと毛づくろいなんぞをして、うれしそうに支度をしている。なぜにそんなに楽しそうなのかと問えば、こうかえってきた。
「なぜ、だと? まったく貴様は、あいかわらずのおとぼけぶりだな。外に出るということは、アトラ・ハシースと出会うことができる、ということだろうが。
つまり、もし顔見知りのアトラ・ハシースに出会えれば、この呪詛を解除してもらえるかもしれないということではないか」
「あのな。わたしも何度もそう思って、子龍と一緒に供給所やドワーフの森へ出かけたさ。しかし、結果はどうだ。いまもって、わたしはうさぎだぞ。あまり期待をせぬほうがいい。
供給所にアトラ・ハシースが足を運ぶことはあまりないし、カフェでも同じだ。会うのはアストラルばかりになるぞ」
「ふん、それでも、もしかしたら、ということがあるだろうが。可能性がわずかでも残っているのなら、わたしはそちらに賭けるぞ。って」
仲達は、言葉を切り、むずかしい顔をしてわたしを見た。
「この台詞、どちらかというと、いつも、貴様の口から利いていたような気がする」
「わたしも言っていたような気がする」
「危ういな、諸葛亮よ、この呪詛、ジワジワと人格を蝕む類いのものではなかろうな」
「怖いことをいわないでくれ。いささか、うさぎの状態に慣れすぎただけだ。そうだな、知り合いのアトラ・ハシースと出会えるかもしれぬ」
わたしが言うと、仲達は、満足そうにこくりと頷いた。
「それでよい。ところで貴様は、ブラシをなぜ使わぬ」
「今朝、子龍にブラッシングをしてもらった。わたしは、貴殿より先に毛の生え変わりが終わったのだ。貴殿はたいへんそうだな」
見れば、仲達のからだの周囲には、抜け落ちた毛が、それこそ毛糸玉のように、あちこちにころがっていた。
仲達は、それをひとつひとつひろいあげると、袋に大切に詰めているようである。
そんなものを取っておいて、どうするのかとたずねたが、しかし仲達は、
「ひみつだ」
と答えて、またうふふと、なにやら嬉しそうに不気味に笑って、ちらりとわたしを見る。
むむ、なにやら企んでいるようだ。
どうも怪しい。
こやつ、最近はあまりわたしのところにこなくなったし、ご飯だからと呼んでも、なかなかケージから出てこないことがある。
なにやら企んでいるのではあるまいな。

あやしむわたしをよそに、仲達は、ブラッシングをすすめつつ、言う。
「子龍にブラッシング、か。諸葛亮よ、貴様は、いささか趙子龍に依存しすぎではないのか」
「どういう意味だ?」
「言ったままの意味だ。うさぎの身になってからもそうだし、それ以前から、いや、生前から、貴様はまるで、自分の魂の半分を趙子龍にあずけているようだ」
なにをいまさら言っておるか。実際にそんなようなものだ。
そういう方法がある、という意味ではなく、心の問題として。
わたしが黙っていると、仲達は、なにやらむずかしい顔をしてうつむいていたが、ぱっと顔をあげると、話題を変えた。
「ところで聞くが、その手にしている、金魚すくいの網のようなものはなんだ?」

わたしは、以前に子龍が召喚された際に、現地の只人・カンダタから取り上げた、逆転のドリームキャッチャーをケージから取り出して、自分のうさ袋に詰めていた。
これは、半径5メートルの範囲内にいる最弱の者を、一定期間だけ、その場の最強にしてくれるという霊具だった。
だった、というのは、鬼子母神の霊査によれば、もう霊具としての効力はうしなってしまっているという。
カンダタの利用方法がわるかったのか、べつの事情かはわからないが、鬼子母神は、霊具でなくなったこれを、わたしのおもちゃとして、与えてくれたのだった。
仲達に、そのときの事情を説明すると、興味をしめしたらしく、毛づくろいを中断して、わたしのところへやってきて、ドリームキャッチャーをのぞきこんだ。
人の掌ほどの大きさの輪に、蜘蛛の巣を模した七色の糸が張られており、輪の下には、宝玉に飾られた鳥の羽根がぶらさがっている。

「虹の雫の糸でできたネットに、この羽根は……ガルーダのものか?」
「いいや、この色合いは、ケルビムのものであろう」
「ケルビム? あのおどろおどろしい警吏用ゴーレムの羽根? 連中の羽根は、悪趣味にも黒とグレーのマーブルだぞ。これは茶色だ」
「ほんもののケルビムのほうさ。ケルビムの羽根は、霊具として使用すると、その霊具が本来持っている能力を、さらに高める効果がある。霊具におけるスパイスのようなものだ」
「ほう、となると、これはかなりつよい霊具ということになるぞ。霊力がカラになってしまっているのか」
「いま、われらには霊力がないから、実際のところわからぬが、アプラサスが言うのであるから、まちがいなかろう」
「残念だな。それを、なぜ供給所に持っていく?」
「供給所には、アストラルだけではなく、幻想魔族もおとずれる。霊具の制作者が、ツールを求めてやってくることも多い。もしかしたら、運良くケルビムの羽根がならんでいるかもしれないからな。ケルビムの羽根をもう一枚くわえれば、霊力が復活するかもしれない」
「となると、貴様のさきほどの話でいけば、一定期間内とはいえ元にもどることが出来、そのあいだに、わたしの呪詛を解除し、元にもどったわたしが、貴様の呪詛を解除する、という手段が取れるわけだ」
「そのとおり。逆に、こいつが貴殿を最弱と判定した場合も、逆のことをすればよい、というわけだ。なにも事情がわからないアトラ・ハシースをつかまえて、まったく言葉がつうじない状態で、呪詛の解除をたのむより、ずっと効率的であるし、確率が高い」
「よし、そういうことならば、協力しようではないか」
と、大変めずらしいことながら、わたしたちは供給所では、ひとまず協力して、ケルビムの羽根をさがすことになった。


供給所は、あいかわらず、中央都市に住まうアストラルを中心ににぎわっている。
なにやら今日は特ににぎやかだ。
世界が平和な証だろうか。よいことだよ。
わたしと仲達がそれぞれに入っているうさ袋をかかえた子龍が、供給所のぴかぴかのショーウィンドーにうつるが、なにやら所帯じみた姿である。バーゲン帰りの主婦のようだ。
とはいえ、子龍本人は、あまりそういったことに頓着していない。
たまに不思議そうに、ほかのアストラルから振り返られても、そ知らぬ顔で、悠然と歩いている。
わが道を行く男だな、これも。

子龍は、わたしたちのためのグッズをもらいに行くのかと思いきや、うさぎグッズ売り場を通り過ぎて、クロークに真っ直ぐむかっていく。
そして、あろうことか、係のドワーフに、わたしたちをあずけてしまった。
クローク係のドワーフは、まだ年若いものらしく、カウンターに頬杖をついて、アメコミなんぞを読みながら、だるそうな目をわたしたちに向けた。
そして抑揚のない無愛想な声でもって、子龍に番号札を渡し、アメコミには愛想よくにやついた顔を向ける。
キミ! キミのエネルギーの向け方は、とってもまちがっておるぞ!
子龍は、わたしたちに、
「すぐ戻るからな。いい子にしているのだぞ」
と言いのこして、DIYコーナーのほうに行ってしまった。
わたしは、思いもかけない事態に目をぱちくりとさせる。
え? え? 行っちゃうの?
前回はよい子にしていたではないか。今回だっておなじだよ。おーい、連れて行ってくれーい。
わが声はむなしく届かず、子龍はすたすたとひとり、売り場に出かけて行ってしまう。
てっきり、一緒に売り場まで連れて行ってもらえると思っていたのに。

ええい、仕方ない。
のこされたわたしと仲達とで協力して……
と、ふと見れば、仲達のやつが、うさ袋にいない。
あたりを見回せば、ちょうど『音楽のひろば』と題された、世界のありとあらゆる音源の詰まったレコード売り場(ここでのレコードとは、てのひらサイズのもので、魔法がかけられており、プレーヤーを必要とせず、音声登録したユーザーの命令どおりに音楽を再生してくれるすぐれものである)へと、短い足で、だばだばと走っていく、仲達のグレーのうしろ姿がみえた。
ぬけがけかい!
協調性のないやつめ。一緒に行動しようと約束しておっただろうが!
ひとりで留守番か?

ちらりと見れば、ドワーフのクローク係は、あいかわらずアメコミに夢中だ。
仲達だけではなく、わたしがうさ袋から脱け出しても、まったく気づく様子がない。いい加減なものである。
仲達が単独で行動するというのなら、わたしもそうするだけだ。ふん。
さあて、ケルビムの羽根は置いてあるだろうか。
クロークのカウンターから、ぴょんと飛び降りてあたりを見まわす。
しかし、身長が八尺もあったものが、一気にちぢまったのだ。
視界がまるでちがって見えるではないか。
わたしは背後よりせまってきたカートに轢かれそうになり、あわてて壁際によけた。
と、思ったら、今度は右からでっかい足が、わたしの真上に。
あわてて売り場の影に隠れる。
うむ、人どおりのおおい通路は、避けたほうがよいようだ。

供給所は広い。
しかも品揃えが無駄なほどに豊富なために、売り場は通路のぎりぎりまで商品がならべられている。まるで迷路のようだ。
以前にここに来たときは、受付でもらったご案内マップを片手に移動したものだが…って、おや? ここはどこだろう。
ケルビムの羽根が置いてあるとしたら、それは霊具素材売り場なわけであるが、どうやらわたしがうさぎになっているあいだに、またまた供給所は、売り場のレイアウトを変更したらしい。
うさぎの視界というのは、人間のそれよりもはるかに広く180度ある。
うさぎは弱肉強食の世界では、弱いところにいる動物で、つねに外敵からの危険にさらされて生活している。
四方八方にひそむ敵の動きを、いちはやく知るため、これほど広い視野を備えているのであるが、この180度の視界をもってしても、人工的なフロアの、売り場の位置関係が把握できない。

なぜならば、だ。
この供給所のレイアウトは、供給所をとりしきっているドワーフに合わせてつくられている。
その目線にあわせて、品物は、みな最低でも50センチ以上のところにある。
要するに、ドワーフよりさらに小さなわたしが見ることができるのは、品物をのせる台の柱や、その腹の部分ばかりなのである。
しかも、あちこちに貼られたおなじポスター(おそらく、供給所でおこなわれるイベントを宣伝したものであろう)が、ますます空間を、似たり寄ったりの特徴のないものに見せている。
もちろん、下から見上げれば似た空間であっても、普通の目線からすれば、品物がアクセントをつけるわけであるから差異があるのだろうが、ちいさなちいさなわたしにとっては、品物自体が見えないから、似たような空間がえんえんと広がっているようにしか見えないのだ。
もちろん、供給所がいくら広いからといって、訪れる者を迷わせるためのものではないから、わかりやすいように看板があちらこちらにある。

しかし、読めぬ。
矢印はわかる。絵もなんとなく理解できる。
しかし、添うように書かれた案内の文字が読めない。
うーむ、あの簡略されたトンカチのマーク。
あれは霊具づくりの素材売り場を示すものでよかったのだろうか。
いかに常日頃、注意力をはらわずにものを見ているかの、よい例だな。こういうときに困る。
しかし、まさか自分がうさぎになる日が来ると、だれが思う?

とにかく行ってみよう。
わたしは、アストラルたちやドワーフをはじめとする幻想魔族たちの足元を、踏まれないように気をつけながら、てくてくと歩いて、売り場に向かった。
失礼なアストラルが、わたしを見て、
「わ、モップかと思った」
などと言っている。
たわけものめ、こんな愛らしいモップがどこにいる。
おお、幻想魔族たちがあちこちにいる。ここでまちがいなかろう。
ケルビムの羽根は入荷しているかな。
いま時分、羽根の生え変わりの時期だから、期待できると思うのだが。
と、あたりを見回すのであるが、おや? おかしいな。ここの一角はペット用品の広場ではないか。
犬のための道具ばかりだな。
ハーネスやら首環やら、雨のときのためのレインコートまである。
隣かな、と隣に移動してみれば、残念なことに、鳥は取りでもインコなどの、やはりペット用の鳥のひろばだ。
おかしいなと思いながらつぎのコーナーをのぞいてみれば、おやおや、こちらは一転、書籍コーナーだ。
子龍が読んでいたような、ガーデニング関係の本が、ずらりとならんで、緑のうつくしい写真をわたしに向けている。
ガーデニング、もしかしてまたブームが来たのだろうか。
ここが書籍コーナーだとすると、最初のDIYコーナーからは、だいぶ離れてしまったことになる。

うむ、ここは出直すか。仲達も戻っているかもしれぬし。
と、わたしはくるりと向きを変え、右を見る。
おや、こっちから来たのだったっけ?
左を見る。
こっち側からもやってきた気がする。
正面。うむ、曲がったというのは気のせいだったかな?
360度、すべてが同じ光景に見える。おやおや?わたしはいまどこにいるのだ?
雪山の遭難と一緒で、あまり動き回らぬほうがよいかもしれない。
とはいえ、じっとしていて、子龍は探しに来てくれるだろうか。
よい子にしていろと言われたのに、勝手に動き回ったうしろめたさもあるし、なるべくなら自力で戻りたいのだがな。

ふと見れば、供給所の制服を着た、ドワーフの娘たちが目の前をゆく。
赤い制服の彼女たちは、広大な供給所の案内係であり、遺失物係でもある。
わたしはすかさず、彼女たちのもとへと足をはこび、その足のソックスをぐいぐい、と引っ張って、彼女たちの注目をひいた。
ドワーフの娘は、ふしぎそうな顔をして、わたしを見下ろす。
すみません、このトシでなんですが、迷子です!
通じないことはわかっているが、わたしは娘に、手ぶりと目で、懸命に訴えた。
すると娘は、となりの娘の袖を引いて、わたしを指差して言った。
「うわー、かわいい、うさぎだよ! 逃げてきたのかな?」
逃げてきたというより、迷ったのですが。
1メートルにも満たないドワーフの娘は、わたしを両手で抱きかかえると、胴を掴むその指を、ふにゃふにゃと動かした。
くすぐったい、くすぐったい。
「めちゃくちゃやわらかーい。超かわいー。うわー、連れて帰りたいー」
それはご勘弁。
わたしがもがいていると、となりの娘が言った。
「かわいいけどさ、うさぎって飼うのは大変だよ。家具を駄目にするし、神経質だし、部屋のいちばんいいところにケージを置かなくちゃいけないし、毛がとっても抜けるし。ケージも3日に一度は大掃除してあげなくちゃいけないんだよ。あんたみたいなずぼらには、飼えないよ」
すると、ドワーフの娘は、悲しそうに顔をしかめた。
「動物ってさ、飼ったらめんどうなのが多いよね。どうしてだろ」
生きものだからに決まっているだろうが。
「まだ仕事中だし、写メでがまんしておきな、写メで」
「うーん、そうだねー」
娘は素直に納得し、制服のポケットから携帯電話を取り出した。
それをわたしに向けると、能天気に言う。
「うさぎさーん、こっち向いて、ポーズとって♪」
なにがなにやらわからぬまま、わたしは片手を腰にあてて、もう片手を同じ側の足と一緒に前に出す、という、おすましポーズをとった。
ドワーフの娘は携帯をわたしに向けるのであるが、しかし、うーん、と唸りながら携帯から顔を離してしまう。
「なんかつまんないなー。うさぎさん、バンザイしてみて」
バンザイ? こうか?
「そのまま、手を顔を中心にぐるりと巻くみたいにして」
顔を中心にぐるりと手を巻く…一人で数字の9を作るような感じかな。変な注文をする。
「おりこうー。でね、片足を上げて、そのまま垂直に曲げて、かかとをもう片一方の足の膝に向けて」
むむ? こうか? 足が数字の4のようになった。
「はーい。ありがとー。いくよー」
パシャリ、と音がして、ドワーフの娘たちは大喜びをして、撮りあがった写真を見ている。
というか、このポーズ、もしやイヤミのシエーでは……
「いいの撮れた~。待ち受けにしよっと。じゃあね、うさぎさん」
と、ドワーフの娘たちは、ひらひらと手を振って行ってしまう。
待ってくれい。迷子だというのに!

結局、わたしはまたも勝手の判らぬ売り場で、ひとり、のこされたこととなった。
というか、シエーなんかしているところを撮られてしまった…生涯の不覚なり。
いじけていても仕方がない。
子龍を探しにうろうろするわたしであったが、やはり馴染みの姿はみつからない。
困ったな。
通路には、幻想魔族のほか、アストラルたちに加え、商品の陳列をおこなっているドワーフたちもいたのだが、もう声をかける気にはなれなかった。
本格的に心細くなってきた………だれかー。気づいてくれい。
くっきーは、どこへ、だばだばと走って行ったのか、もなかは子龍のもとへ帰れるのか? なんとなーく予想のつくところでありますが、次回につづきます(^_^;)

うさぎが観察日記 つづく

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