うさぎが観察日記・6
~すべてがUになる・後編~
※このお話は、ずんだGAMEの番外編で、「とらとらとら」「うさぎ」「しろくま事件」「うさぎが観察日記」「うさぎが観察日記2」「うさぎが観察日記3・前編」「うさぎが観察日記・3 後編」「うさぎが観察日記・4」「うさぎが観察日記・5前編」「うさぎが観察日記・5後編」「うさぎが観察日記・6前編」の続きとなります。
「あー、びっくりしたぜ。あんた、若い頃は、そういう顔をしていたのだな」
と、わたしと子龍の気持ちを、主公が上手に代弁してくれた。
ほかにもいろいろ言いたいことがあるのだが、そこは黙っているのが大人のマナー…と思っていたら。
「なんというか、あんた、漢族っぽくないな。うちの馬超より濃いかもしれねぇ。それ、つけ睫毛とかじゃねぇんだよな? ノー・メイク? 本当かよ?
それにしても、孔明も美形だが、あんたはまた、タイプのちがう美形だな。あれも女顔だけれど、あんたもいかにも女装が似合いそうな面をしてるぜ。けっこう男にモテただろ?
それで、背が高くなかったら、ピンクハウスとか着られそうだものなあ。 羅貫中は、あんたの顔がそういう顔だって知っていて、演義に『孔明が挑発のために女物の着物を贈る』っていうシーンを書いたのかね」
ふたたびわたしを腕のなかに抱えて、絨毯の上に胡坐をかいている主公は、無邪気に正直なところを口にする。
さすが主公、歯に衣着せぬ物言い。
仲達は、白いギターを抱えたまま、むっつりと答えた。
「女顔とは無礼な! だからこの顔は嫌なのだ。この顔をしていると、武将どもに舐められまくった苦い過去を思い出す。
だから、貴殿らの前では、いつも六十代の姿を保っていたのだ!」
年上で、本物の皇帝であった主公に、堂々とタメ口をきく、死んでから宣帝になった司馬仲達。
不遜なやつめ。
しかし、主公と仲達も、なかなか親しげではないか。以前から知り合いだった、ということか?
子龍といい、みな、わたしに遠慮して、司馬仲達と交流があることを黙っていたのか……すこし傷心。
ところで、仲達は、主公よりすこしだけ背が高い。
だから、女装をさせても、いささか背が邪魔だろうな。
というわけで、仲達より背の高いわたしは、もっと女装が似合わないのだよ。
なに? モデルには180センチの身長なんぞ、ザラではないか、とな?
そういう例を引っ張ってこないように。
ともかく、そういうわけで、わたしも、女装なんぞ似合わないのだ。
「立っていないで、座ったらどうだい。子龍が茶を淹れてくれるところだ」
仲達は、目をほそめて絨毯を見下ろした。
「ふん、ちゃんと掃除をしているのであろうな」
「そりゃあ、だって、子龍だぜ? 生まれながらのハウスシッターの家だぜ? 綺麗にしているに決まっているじゃねぇか。ところであんた、そのギターは?」
「このあいだ召喚された先で、思い出の品として全員に配られたものだ」
仲達は、白いぴかぴかのギターの弦を、ぼろんとかき鳴らしてみせる。
気が利いているのだかいないのだか、よくわからぬ記念品だな。
「ギター自慢に来たのか」
「そんなわけあるか! わたしは、貴殿が手にしている、そのうさぎに用があったのだ」
「もなかに? なんでまた?」
怪訝そうにする主公に、台所で茶の準備をしている子龍が、口をはさんだ。
「このあいだの殺虫剤のことならば、もなかも俺も、気にしておらぬぞ」
いーや、おおいに気にしておる。恨み骨髄ぞ。
仲達も、わたしの正体を知っているうえに、性格も知り抜いているだけに、子龍と違って、わたしが納まっていないことは気づいているはずである。
ちらりと目線を投げると、仲達もまた、ちらりとわたしを見た。
しかし、事情を知らない主公は、迷惑そうに顔をゆがめた。
「なんだい、もなかはモテモテだな。だけど、だめだぞ。儂が先に遊ぶのだから」
「わたしはうさぎと遊びに来たのではない!」
「謝りにきたのか?」
と、趙雲が尋ねると、言葉尻をとらえた主公が、どういうことだと子龍に聞く。そして子龍は、『ごきぶりでバルさん』をめぐる事件を説明するのであるが、主公は、顔をますますゆがませて、わたしを腕に庇った。
「そいつぁ、よくねぇな。か弱いうさぎをあの『バルさん』の煙のなかに残して、自分は召喚されちまうなんてのはひどい。あんたにゃ、もなかは任せられんよ」
「そこまで庇ううさぎではないぞ、それは。そいつはもともと…」
と、仲達は口を開く。
おお? 意外にも仲達より、わたしの正体が明かされる?
しかし、仲達も、わたしが身を乗り出して観察していると、言いかけた口をぴたりととめて、なにやら固まっている。
しばらくして、何事もなかったかのように口を閉ざすと、ぜんぜんちがうことを口にした。
なんでだ!
「そうそう、召喚先では、錦馬超と、姜伯約も一緒であったぞ」
正体を明かせてもらえなかったのは残念だが、その言葉に、わたしは両耳をぴんと立た。
やはり、姜維は馬超と一緒なのだな。
子龍も主公も、やはり身を乗り出して、コテコテ顔の白いギターをかかえたスナフキンもどきに尋ねた。
「二人は元気だったか?」
すると、仲達は面白くなさそうに、鼻を鳴らした。
「元気もなにも、錦馬超のほうなんぞは、踊るうさぎなどと持ち上げられて、毎日歓声に迎えられての大騒ぎであったぞ。
なにせ、CDだのグッズだのが、億単位の売り上げをみせたくらいだからな」
「へえ、そりゃあ結構だが、しかし、あいつはずっとその世界にいないわけだから、そんなに人気が出た後は、世界の住人は寂しくなるのじゃねぇか」
と、主公が思いやりのあることを言うと、仲達はおどろいたような顔を一瞬見せたが、すぐに、濃い顔をしかめて答えた。
「そのようなことは、我らが案ずる必要はない。アプサラスに聞いたところによれば、錦馬超が去った後の対策として、最高府が作製した小型ゴーレムにうさぎの着ぐるみをかぶせて、代役にたてるそうだ」
「中身がゴーレム……世界の住人にばれたら大騒ぎだな」
ゴーレムにもいろいろあるけれど、最高府の技術者の美的感覚と、わたしの美的感覚は、とことん合わないらしい。
最高府の制作するたいがいのゴーレムの容姿は、それこそハリウッド映画に登場するファンタジーものの、モンスターのようにグロテスクな場合が多い。
かれらはみな知能が高く、善良で従順なのだが、見た目が怖すぎるのだ。
かわいいうさぎの毛皮をはいだら、モンスターが出てきました、などとなったら、きっと大騒ぎになるだろうな。
想像したくない。
「中身がゴーレムだとばれぬよう、能天気アプサラスが残るらしいから問題はなかろう」
「ずいぶんと行き届いているのだな。ところで、馬超たちは、もう特別任務に向かったのだろうか?」
子龍が尋ねると、主公が怪訝そうに首をかしげた。
「なんだい、その特別任務ってのは」
「じつは、先日、それがしはアトラ・ハシースの曹丕に召喚されまして」
曹丕、と聞いて、白いギターを抱えた仲達の顔が、あからさまに強ばった。
おまえたちは似ているよ、などと言ったら、泣き出しかねない顔をしているな。
いったい、この二人のあいだに何があったのだろう。
「聞き出したところによりますと、うさぎとしての功績が認められ、最高府直々に、特別区域の派遣が決まったそうなのです」
「特別区域?」
子龍は、主公に、曹丕から聞いた話を、かくかくしかじか、と説明する。
話を聞いていくうちに、主公の顔が、どんどん曇っていった。
「またえらく面倒を押し付けられたものだな。 奴さん、受けちまったのか?」
野球のユニフォーム姿の主公が尋ねると、仲達は頷いた。
「ベテランのアトラ・ハシースでさえ、依頼されることの稀な特別任務だからな。うさぎの身で、大成功をおさめたことで気をよくしていたのもあるのだろうが、二つ返事で受けたらしい。それに姜伯約も一緒なのだ」
なんと! 姜維も馬超とともに?
「こりゃまた、儂らも黙っていられねぇ話じゃねぇか。召喚先のアトラ・ハシースは知っているかい?」
「それは、姜伯約が」
姜維? 姜維がどうした?
わたしが、ぴょん、と身を乗り出して耳を集中させると、仲達はこちらを見下ろし、そして、ぴたりと口を閉ざす。
おかしなことに、その双眸は、まるで気絶している人間のように、ぼんやりとしている。立ったまま眠ってしまったのではあるまいな?
わたしは、仲達に向けて、手を振ってみる。
おーい、起きろ。
「姜維がなんだというのだ」
子龍の声に、ぼんやりとしていた仲達は、我に返った。
「む? 姜維? わたしはそのような名を口走ったであろうか?」
「言ったぞ」
言ったよ。
「おかしいな。すまぬ、思い出せぬのだが、たいしたことではなかったと思う。そうそう、召喚先のアトラ・ハシースが何者かなど、詳しくはわからぬ。やはり特別区域への派遣だからな、最高府も情報を抑えているのだと思う」
まあ、そうだよな。
主公も子龍もわたしも、その言葉に納得するしかない。
しかし、姜維は、馬超とともに行ってしまったのか。
あれはなかなか働き者だし協調性もあるから、だれに呼び出されようとうまくやるだろうが、人類が滅亡に瀕しているという特別区域、いったいどんな任務なのであろう。
姜維の元へ手伝いにいってやりたいところだが、特別区域となると、渡航は最高府の許可が要る。
いや、その前に、非力なうさぎの身から、なんとか解放されなくては。
さて、役者は揃っているのだ、こやつをどう誘導して、元に戻させるべきであろうか。
「ところで、こちらも聞きたいのであるが、劉玄徳どのは、なにゆえ野球のユニフォームを着込まれておるのだ?」
「え? あんた知らないのか? 江東の美周郎の提案で、いま三国時代出身者中心に、野球チームをつくっているのだ。もちろん、生前の国籍も時代も関係無しってことにはなっているんだが、自然と同時代の連中で集っちまうのだが。
そんなふうなので、チームメイトを集めるのが、けっこうホネなのだよ。どいつも、たいがいだれかに先に声を掛けられていてな、儂なんぞは出遅れたほうだから、すこし弱っているところだ。
あんたも、もうチームが決まったのだろう? どこのチームなんだい? って、あれ?」
見れば、仲達はばっさばさの睫毛(睫毛だけが勝手にはがれて、羽ばたきながら空を飛んでいきそうだ)を伏せて、ふい、と顔を向け、低くつぶやいた。
「………だれからも、声を、かけられておらぬ……」
そうなんだ……
気まずい空気が子龍宅に漂う。
しかしそこはそれ、気遣いの天才・劉玄徳は、すかさずフォローに入るのだ。
「あ、けれどよ、ほら、あんたって、晋朝の始祖ってことで、三国時代から微妙に漏れている印象があるんじゃねぇのかな、いや、儂はそうは思ってねぇが、ほかの奴らはよ。
っていうか、背が儂より高いから、バスケのほうで声がかかるんじゃねぇのかな、うん!」
ところが、司馬宣帝さまときたら、憎憎しげに顔をゆがめて、言うのである!
「ふん、貴殿に同情されるほど、わたしは落ちぶれておらぬぞ。野球がなんだという。いまや落ち目のスポーツではないか。
成り上がり者は成り上がり者同士、泥にまみれてちまちまと白いボールを追いかけているがいい!」
ここで、普通ならば、心の広いわたしとて、容赦はせぬ。
なにせ、主公を愚弄したのだからな。
しかし、わたしの復讐スイッチは上がらなかった。
なぜかといえば、濃いまつげの下の仲達の目は、うっすらと涙が浮かんでいたからだ。
主公は気遣いの人であるから、自分の失言に気まずそうにして、腕に抱えたわたしを、両手で仲達に差し出した。
「悪かったよ、一言多かった。ほら、もなかを譲ってやるから、機嫌を直してくれや。な?」
台所で、もなかはそれがしのうさぎです、と子龍がぼそりとつぶやいているのが聞こえた。
え? 譲ってやるって、そういう意味?
しかし、仲達は、くるりと背を向けると、玄関のほうへ歩いていく。
「気遣い無用ぞ。出直しをさせてもらう。邪魔したな」
「あー、本格的に悪かったな、こりゃ」
などと主公はうさぎ耳つきの野球帽の上から、頭をぽりぽりと掻いているが、いや、待てい、仲達。わたしをうさぎのままにして帰るな!
わたしは主公の手から脱け出すと、玄関のほうに歩いていく仲達を追いかける。
が、焦っていたのだろう。
絨毯の毛に、わたしのつま先がからまった。
倒れそうになるわたしの前に、ちょうどよく仲達の服の裾がある。
それを思わずぎゅっと掴むと、仲達が、おどろいて、例の180度の振り返りをみせた。
そうして、わたしを踏むまいとでもしたのだろうか。
わたしが絨毯の上にぽてりと転ぶのと同時に、仲達も派手にばたんと倒れたのだ。
が。
わたしは起き上がって仰天する。
仲達はうつぶせに倒れているのだが、その足先がめくれて、あらわになっている。
服の裾から見えるそれは、ええと、ひと昔、日本で流行っていた、あげ底ブーツ……なんてものではないな。
このあからさまに高すぎるヒール、もしや、シークレットシューズ?
仲達、そこまで背を高く見せたかったのか…もしや、わたしへの対抗意識のためか?
ちらりと振り返れば、主公も子龍も、なにも見なかったような顔をして、
「いやあ、今日の日経平均株価終値が」
とか、
「アスベスト被害はいまや全国に広がりつつあり、厚生労働省の早急な対応が望まれます」
などと、ぜんぜん関係のないことを口にしている。
趙子龍の家に、緊張を含んだ重い沈黙が流れた。
いや、あれ、あのね、わざとではないのだよ?
ゆっくりと起き上がる仲達に、わたしはおそるおそる近づいて、その顔を覗いてみる。
ええと、なんというかだな、そのう………………ごめんね?
しかし仲達は、まったくの無表情でわたしを見ると、その片手で、乱暴に我が体を鷲掴みにした。
ぎゃあ、滅茶苦茶怒っておるぞ、このひと!
仲達は、引きつった顔をしながらも、懸命に何も見なかったという表情をつくっている子龍に言った。
「すまぬが、貴殿の奥の部屋を借りるぞ。そこの扉を入って、すぐ右であったな」
「客間だな。ああ、かまわぬが……」
かまってくれい。
子龍、かなり危険だ、この状況!
わたしはじたばたと四肢を暴れさせるものの、仲達の手の力にはかなわない。
ええい、こやつごときの力に敵わぬとは!
なにせ仲達というのは、わたしより運動神経および体力のない男なのだ。
それがこの有様。うさぎの身が口惜しやー。
仲達は、暴れるわたしを連れて、客間に連れ込んだ。
なにをするつもりだ! 両手から解放されるや、わたしはあわてて部屋の隅に逃げ込んだ。
逃げ込んだというより、追い込まれたような形だが、なぜ危険を覚えると、人は狭い場所を選んで隠れようとするのか。
(実にどうでもいいですが、昔、かくれんぼをした際、鬼に「みーつけた」と言われなければ見つかったことにはならないだろうと考えたはさみのは、わざと鬼の前にあらわれ、すでに見つかった子たちと周りをうろうろして、最後まで気づかれませんでした。
が、あとになって、鬼の子が気づき、はさみのの戦法が有効かどうかで、子供ながらに、喧々諤々の論争になったことを覚えています。結果…よく覚えていないのですが、覚えていないところを見ると、鬼の子を泣かせてしまい、はさみのが頭を下げる、という、後味のわるい展開になったのではないでしょうか。なにをやっていたのだか)
仲達は、怒りを籠もった目でわたしを睨みつける。
そして、扉の向こうの子龍と主公に聞こえないように注意しながら、言った。
「なんというヤツだ。いくらわたしに怨みがあるとはいえ、このような恥をかかせるとは! 見損なったぞ、諸葛亮!」
いやあ、だから、誤解だ、誤解。
「せっかく、おまえを元に戻すべく、早めに仕事を切り上げて帰ってきたというのに、なんと情のない仕打ち!」
なにぃ! 本当か、それ!
というか、あやしいな、それは。
貴様がそのような気遣いを見せるなど、とうてい信じられぬ。
下手な嘘をつくなという意味もこめ、ふん、と顔を背けると、ますます仲達はいきり立った。
「むむ、なんだろう、この可愛げのなさ! まえまえから思っていたが、貴様、実はものすごく可愛くないのではないか?」
そんなことは、生前に気づけ。
「もう許せぬ。貴様が『元に戻してください、親友の仲達さん』と言わなくても、普通に呪詛を解いてやろうかと思ったが、やめた!」
と言いつつ、やおら仲達は白いギターを取り出すと、ぼろん、と弦をかき鳴らした。
「このギターは、ただのギターではない。この音色を聞いた者を、好きなように踊らせることができるという、実戦ではあんまり役に立たない霊具なのだ!
貴様が『元に戻してください、親友の仲達さん』と口にするまでは、このギターの演奏を止めぬぞ!」
なんだ、その取り決め! そんなことを勝手に決めるな!
わたしの抗議もむなしく、仲達は、ぼろぼろん、とギターの弦をかき鳴らすと、どこかで聞いたことのある、カントリー調の音楽を演奏しはじめた。
すると、たしかに仲達の言うとおり、わたしの手や足が、勝手に音楽にあわせて動き出したのである。
わたしが狼狽した顔ながらも、踊り始めたのを確認すると、仲達は、じゃかじゃかとかき鳴らすギターに合わせて歌い始めた。
♪ しろつめくさの はながさいたら さあ いこう 仲達
六月のかぜが わたるみちを 濾水あたりへ とおのりしよう
かみさま ありがとう ぼくに ともだちをくれて
仲達に あわせてくれて 仲達に あわせてくれて
ありがとう ぼくのともだち 仲達に あわせてくれて ♪
手が! 足が! 聞きたくもない仲達への感謝の歌にあわせて踊る!
というか、なんだ、その歌!。
『ラスカル』を『仲達』に変えただけとは、替え歌にしてもひどい出来ではないか!
というか、心の底から、ありがとうなんて、感謝していないから!
むしろ、あなたさえいなければ、この夢を守れるわ(樹海の糸 by Cocco)の世界だったろうが!
われらの対立を、勝手にほのぼの路線に変更するな!
曲がひと段落し、わたしは息を切らしつつ、床にへばりこむ。
うう、日ごろの運動不足のせいだろうか、呼吸が苦しいわ、あちこち痛むわ、拷問だぞ、これ。
しかし仲達は、すっかり乗っており、
「さて、二番だ!」
などと恐ろしいことを口にする。
二番だと? 冗談ではない。こ
んな状態で二番なんぞ歌われたら、わたしの体が持たぬ。
焦るわたしの耳に、閉め切られた扉の向こうから、子龍の声が聞こえてきた。
「ひとの家のうさぎに、なにを歌って聞かせているのだ、あいつは…」
聞こえているならば、助けてくれい!
わたしが仲達の隙をついて、扉に駆け寄ろうとすると、それに気づいた仲達が、ギターを下ろして追いかけてくる。
当然、うさぎの足で逃げたところで、人間の足にはかなわぬ。
わたしが、追いつめられながらも、そのままじりじりと壁伝いに逃げるのを、仲達は、なんともサディスティックな笑みをうかべて追いかけてくる。
「どこまで行くのかな、もーなーか」
おまえはカリオストロ伯爵か! あ、CVはもちろん家弓家正氏でおねがいします。
そして仲達は、わたしを再びがっしりと掴みあげた。
うう、苦しい。ジタバタと暴れる体力も残っておらず、ただなんとか逃れようとするわたしの耳に、「その子を離してやれ」という天の声は聞こえず、ぐっと指に力がこめられる。
いかん。本気でいかん。
このままでは、こやつに握りつぶされてしまうかも。
体がしびれてきたぞ。
ここから逃げるには、ただひとつ。
この鋭利な前歯で戦うしかない!
ガブリ。
おまけ
「茶が入りましたが…仲達は、まだもなかと遊んでいるのでしょうか」
「ヘンテコな歌は聞こえなくなったが、あいつ、意外におとなげねぇンだな、うさぎ相手に、あんなに怒るか、フツー」
と、趙雲から湯呑みを受け取りつつ、呆れ顔をして言う劉備。
ふたりの目線の先には、客間につづく扉がある。
さきほどから聞こえてきた、カントリー調の奇妙な歌(ふたりとも『あらいぐまラスカル』を見ていなかったのだ)は止まっているが、それきり、ぴたりと静かなのが、なにやら奇妙だ。
とはいえ、たとえ理由があるとはいえ、圧倒的に強い力をもつアトラ・ハシースは、動物を傷つけただけでもペナルティと見做され、警吏用ゴーレムに連行される。
いまのところ、ゴーレムが飛んでくる気配はないので、なにか問題が起こっているというわけではなさそうだ。
茶を、ひとくち、ふたくち口にして、自分で持ってきた土産物の『東京ドームクッキー』を口にしつつ、劉備は言う。
「なあ子龍、あいつ、また召喚されちまったんじゃねぇのか。静か過ぎるだろ。もなかだけが、客間に閉じ込められている可能性があるぜ」
考えられることである。
とくに、趙雲の脳裏には、『ごきぶりでバルさん』を焚いたときのことがある。
あのとき、もうもうたる煙のなかに倒れるもなかの姿を見たときは、心臓が止まるかとおもったほどだ…いや、もう止まっているが、気持ちとしては、それくらいの衝撃だったのである。
様子を見るべく、客間をそっと開いてみれば、果たして…
「仲達がおりませぬ」
「だろ? やっぱり召喚されちまったんだな。もなかはどうしてる?」
「もなかはおりますが、どうした、なぜ壁にへばりついて震えている。仲達に怖いことをされたのか?」
趙雲が尋ねると、壁際に二本足でたち、ぶるぶると震えるうさぎは、ぴょんと駆け寄ってきた。
が。
もなかを抱えあげつつ、ふと見れば、客間の絨毯の上の白いギターの横に、あやしげに蠢く毛玉状の物体。
「何者だ、きさま!」
趙雲の鋭い声に、劉備も湯呑みを置いて、客間にやってきた。
「どうしたい」
「ご注意を。そこに、なにやら怪しげなグレーの毛玉がおります!」
「グレーの毛玉?」
そうして、二人と一羽で、じっとグレーの毛皮を見ていると、それは弱弱しくむくりと起き上がり、黒いつぶらな瞳をぱちくりとさせて、きょろきょろあたりを伺っている。
「なんだ? 子犬かよ?」
首をひねる劉備の横で、趙雲は言った。
「いいえ、これはうさぎでございます。ロップイヤーラビットでしょう」
「へえ、うさぎ? こんなに耳の垂れたうさぎがいるのかい?」
そのグレーの毛玉は、ぬいぐるみのようにもこもことした毛を持ち、長い両耳が、ちょうどお下げのように垂れているうさぎであった。
「けど、また、なんだってうさぎが、部屋の中に。もなかの友達か?」
「最近、もなかが自由に出入りできるように、家のあちこちに、ウサギ用の出入り口を設けましたので、そこから入り込んできたのかもしれませぬ」
「たしかに、うさぎは静かなブームだって聞いたことがあるけれど、こいつもペットだったのが逃げてきたのかな。おーい、怖くないぞ、こっちこい」
劉備がちょっ、ちょっ、と舌打ちしながら呼ぶと、垂れ耳のうさぎは、はじめてヒトがそこにいるのに気づいたように、顔をあげるが、しかし反応は鈍く、不思議そうに首をかしげるだけである。
しかし、その仕草はたいへん愛らしく、劉備の顔が、ふにゃりと溶けた。
「こりゃまた可愛いもんだな。子龍、一羽飼うのも二羽飼うのも一緒だろ。おまえが保護してやれ」
「はあ…主公のご命令とあれば。しかし、迷いうさぎでしょうか」
「さあて、わからねぇけど、惜しいなあ。塔ではペットの飼育は禁止されているからよ、儂が飼いたいけど、だめなのだよな。さあて、よしよし、いい子だからこっちこい」
と、ぼんやりした顔のグレーの垂れ耳うさぎを抱き上げる劉備であるが、ふと、顔をしかめる。
「こいつも五本指だな」
「まことでございますか?」
「妙なもんだな。もなかにつづいて、五本指のうさぎがまた現われたとは。もしかして、もなかのことに関しても、仲達がなにか知っているのじゃねぇか?」
劉備が言うと、趙雲の腕のなかに大人しく抱かれていたもなかが、急に活発に動き出した。
しかし、事情がわからない趙雲は、もなかをたしなめる。
「これ、静かにせぬか。このグレーのうさぎは、どこから入ってきたのだ?」
「うさぎに聞いても、わからねぇだろうよ。それにしても、こいつの名前を決めてやろうぜ。なにがいいかな…」
と、劉備の目線の先には、開け放たれた扉の向こうの、そのまた扉の先にある、自分が持ってきた東京ドーム土産である。
それは趙雲も同じで、ふたりは、仲の良いところを見せて、ほぼ同時に言った。
「『くっきー』だな」
「『くっきー』がよろしいかと」
劉備は、グレーの毛玉、あらため、くっきーを高々と抱き上げると、言った。
「よちよーち。おまえの名前は、今日からくっきーだぞー」
それでもまだ、なにやらぼんやり顔のくっきー。
そして、そんな様子を、生ぬるい目で見つめるもなか。
あらたな仲間、ロップイヤーラビット『くっきー』、ここに爆誕。
『うさぎが観察日記』、一部完。
今後の展開に、請うご期待!
※うさぎが増えて、さらに元に戻れないふたり、「もなか」と「くっきー」。かれらの活躍をこれからも(つづくんだ…)お楽しみに!