うさぎが観察日記・3
〜ごきぶり戦争・前編〜

※このお話は、ずんだGAMEの番外編で、「とらとらとら」「うさぎ」「しろくま事件」「うさぎが観察日記」「うさぎが観察日記2」の続きとなります。
これは、のちに「ごきぶり戦争」と呼ばれることになる、ある戦いの全記録である。

○月●日

現状打破はいかんともしがたい。
わたくし、諸葛孔明こと、なぜだか『もなか』は、あいかわらずダッチ種のうさぎもどきである。
さいわい、獣化は進行しないようであるが、文字を認識できないのは変わらず、音声で伝わる言語は意味を理解できるのだが、文字の一切は、読めないし、文字だということすら、把握できない。
おそるべし、呪詛。
そして、相も変わらず、わがアストラルは、ぜーんぜん、わたし=もなか、ということに気づかないのであった。

こうなれば、長期戦を想定するしかあるまい。
アトラ・ハシースに接触しなければ始まらないのだが、どこだかの世界で大きな世界破綻が起こり、ほとんどのアトラ・ハシースが『塔』を留守にしているとか。
通常であれば、わたしも召喚されただろうに、呪詛が邪魔をしているのか、わたしに召喚がかかることはなかった。
うさぎの身であろうと、召喚されれば、なぜにうさぎがやってきたのかと、論議が起こって、なかの一人が、もしや、これは獣化の呪詛をかけられた諸葛孔明ではないのか、と気づいてくれたかも知れない。
しかし、言葉を奪われ、さらに人としての形も失われてしまうと、こうも身動きがとれなくなってしまうのだな。子龍に保護されたのは、幸運だったのだろう。
自分では、もはや事態が変えられぬのであれば、うさぎであることを、とことん楽しんで暮らさねば、嘘というものだ。
そして、人に戻ったあかつきには、『うさぎだったわたしへ』というエッセイを書いて出版するのである。
いい加減、諸葛孔明=出師の表、というレッテルには、飽きてきていたしな。
うむ、楽しみを見つけてしまったぞ。あとはひたすら目標に向かって邁進するのみ!

さて、その家主はというと、わたしが寝ているあいだに、出かけたようである。
うさぎというのは、一日のうちに、寝たり起きたりを繰り返すうえ、夜行性なので、昼間は眠気がきつく、がんばっていても、ついつい、うとうとしたくなる。
子龍は、わたしを起こすのを気の毒に思って、ひとりで出て行ってしまったようであった。残念。
召喚がかかったのではないだろう。
子龍は、召喚をセーブしている状態なのだ。

召喚は、問答無用でアストラルに対し、アトラ・ハシースが行うものであるが、当初は、アストラルとアトラ・ハシースの関係がこじれ、問題が続発したた。
そこで、アストラルたちが集い、召喚されたくない場合には、あらかじめ、召喚拒否の意志を伝えるための術具を作ろうという話になった。
で、開発されたのが霊具・茅の輪。
西洋の玄関によく飾られているような、リーフのようなものである。
これをアストラルの家の玄関に飾っておくだけで、あらふしぎ、アトラ・ハシースからの召喚がアストラルに及ばず、相手に跳ね返るという仕組み。
これは、家の中にいなくてはならない、というものではなく、下宿先のどこに行こうと、玄関に飾ってある限り、有効である。
これを逆利用し、特定のアトラ・ハシースと専属契約を結んでいるアストラルもいると聞いた。
ちなみに、子龍はわたしの専属ではないが、周囲はそう思っているフシがある。
とはいえ、彼ほどに有能で、与えられた仕事は、ほぼ完璧にこなす男が、よそから召喚されないはずがない。
そういえば、昨日、大掛かりな仕事の話があって、声がかかっている、と言っていた。その召喚に関する打ち合わせに出かけているのかもしれぬ。
わたしはひとり。

こういうときは、家の中を探検するに限る。

さて、子龍の家は、平屋の2LDKである。
わたしのケージがあるリビングと、台所、リビングの扉から入れる小さな廊下があり、奥のほうに、子龍の寝室と、子龍がほとんど使わず客室代わりにしている部屋がひとつある。
この客室、別に物置にしているというふうでもなく、言葉どおりの客室である。
部屋の掃除をこまめにしているところをみると、だれかが定期的に使用しているようだ。わたしも、話しこんで、『塔』に帰るのが面倒になったときに、借りることがある。
人付き合いのあまりよくない(なのに顔見知りがわたしより多い)子龍の、わたしも知らぬ交友関係があるのだろうか。
ふむ、気になってきたぞ。
いや、わたしの知らない友がいても構わぬのだ。
だが、ある程度は把握しておきたいというか、なにかあったら力になれるかもしれないとか……ええい、要するに気になるのだ。
気になる原因? それはもちろん、好奇心と、まあ、有り体に言ってしまえば、嫉妬であろうか。
わたしにとって、真の友と呼べる人間が少ないから、余計にそう思うのだろうか。我ながら厄介な性格である。

己の心を明らかにしたところで、さっそく子龍の客室に戻ろう。
うまい具合に、子龍は、出かけていく前に家の掃除をしたので、空気の入れ替えのために、あちこち扉が半開きになっている。
これはまさに、
『うさぎの孔明、探検せよ』
と、だれかが啓示を与えてくれたのだとしか思えぬ。いや、そうではないかもしれぬが、そう決めた。
さあて、まずは、もっとも怪しい客室からだな。わたしも何度かここを利用させてもらったことがあるが、構造上、あまり日当りがよくないので、暖房器具のいちばんいいものが入れられているのだ。
そして、客用に、子龍が使用しているものより、上等な寝台が入れられている。
中に入ると、目につくのが、ぴんと張ったシーツが見た目にも気持ちよいシングルベッド、小さな鏡台、空っぽの衣裳棚に、暖房器具くらいなものか。
なんだか本当にホテルのようだな。前にも思ったけれど、壁に絵も掛けられていない。全体の色も、ベージュと木目のこげ茶。なんとも味気ない。
この際だから、愛らしい、いまのわたしの写真でも飾っておく、というのはどうだろう。
子龍の謎の友(いや、いるのかどうか不明だが)の痕跡はないな。
カーペットには掃除機で取り忘れたゴミの類いもなければ、桟などに溜まりがちな埃もない。
執事体質というか、綺麗好きというか、根っからの職業軍人というか、整理整頓は、そこまでやらなくていいよ、というくらいに完璧にこなすからな。
ベッドの下はどうだろう。あそこは、さすがに手が届くまい。
さあて、ベッドの下、ベッドの下。

おや? いま、かさりと紙のころがるような音が?
なにもいない。気のせいか。

耳が邪魔で、ベッドの底板に当たる。これを下げて、前に進む。
しかし、どうもこんな目につかないところまで、きっちり掃除しているふうだな。
お、失くしていたと思っていたカフスボタンを、こんなところで発見。
そうか、ここで失くしていたのだな。
ほかは、とくに何もなさそうだ。
というより、あまりになにもなさすぎて、探検する場所もない、つまらぬ。
さて、つづいてはお楽しみ、子龍の寝室である。
この客室の整理整頓ぶりから、なんとなく想像はできるが…さあて?
と、寝室に入ってみるが、やっぱりね。さっきの客室と、さほど変わらぬ。
この寝室と、客室との差は、本棚の有無だな。壁一面が本棚になっている。たいそうな量だ。文字が読めない状態なので、なんとも判断がつかないが、大きさからいって、写真集が多そうだ。
それも、世界遺産とか、どうぶつを集めた、ほんわか写真集。らしいといえばらしい。しかし品行法正に過ぎる。
クローゼット……は、きっちり閉じられていて、わたしの手がとどかない。
ええい、うさぎの身の悲しさよ。椅子があれば、押してきて、踏み台にするのだが、パソコン等の電子機器は、ぜんぶリビングにある。
というか、リビングと台所を区切る位置に、壁にとりつけられたボードがあって、そこを文机代わりに使っているのだ。
本当にここは、のんびり眠るか、あるいは読書するだけの部屋らしい。
でも、こうなると、クローゼットの中、あやしいな……

わたしは、客室と寝室の間にある、小さな納戸に、とある缶があったのを思い出した。
それを客室に引っ張って言って、蓋を開ける。
どくとくの、つんと鼻につく匂いがするが、しばしの我慢。
わたしはその缶に両手を突っ込むと、そのまま、ぺたぺたと白い壁に手形をくっつけた。
しばらくじっとしたあと、手を離してみる。
すると、どうだ、思惑通り、みごとに可愛らしい、もみじの葉のできあがりである。
赤の塗料なんぞ、どこに使うつもりだったのかはしらぬが、こうすれば、部屋にもささやかな華やぎがうまれ、ここに泊まる、どこかのだれかも、喜ぶにちがいない。
背に制限があるので、高いところにもみじを散らせられないのが残念だが、こうして、指を使って、枝も描いたりして……よしよし、見事な曲線。
帰ってきたなら、子龍も、この突如としてあらわれたもみじの木に喜ぶにちがいない。
良いことをした。

充実した仕事を終えたあと、の、昼寝は最高である。
給水ポンプの水で丹念に手を洗い、そうして、うさぎぽかぽかヒーターの上でうとうとしていると、子龍が帰ってきた。
どうも、打ち合わせは、いい雰囲気ではなかったらしいな。帰ってくるなりため息なんぞついて。
なにがあったのだと尋ねるように、首を傾げると、子龍はすこし破顔して、わたしを両手で抱え上げた。
「よしよし、いい子にしていたのだな」
いい子だったよ。あとで客室に行ってみよ。フフフ…
「もなか、この間おしえた、諸葛孔明というやつが、まだ戻らないらしい。どこへ行ったのだと思う?」
ここ。
「あいつのことだから、幻想種の招きにでも誘われたかのか」
と、子龍は、わたしがいなくなってから、つまりは、うさぎになってからの日数を数えて、わたしを抱えつつ、首をひねった。
「長すぎるな。連絡がない、というのもおかしいし」
そうだよ、おかしいよ、気づこうよ。
「そういえば、おまえを拾った日から、あいつはいなくなったのだよな」
おお? なんと、子龍が独自の推理を展開し、真相に近づこうとしている?
気づけ、子龍。わたしはここだ!
と、おおいにアピールするべく、手足をじたばたと動かしたちょうどそのとき、無情にも、子龍の集中力を削ぐ、電話の呼び出し音が、部屋にこだました。
いいところだったのに、だれだ?
しかし、子龍はそれには出ようとせず、電話が留守番電話対応に切り替わっても、なお、わたしを抱えたまま、動かない。
留守番電話に、知らない声で、録音がはじまる。
内容はというと、
今回の召喚は、長期にわたるということで、貴兄には断られてしまったが、今度、おなじ機会が会ったなら、ぜひぜひともに仕事をしてみたいものだ、というもの。
潔い伝言であるな。しかし、子龍、なぜに断ったのだ。
わたしが、鼻を動かして、子龍の頬に軽くくすぐるようにこすり付けると、子龍は、また笑って、
「いいのだ、しばらく休みたかったからな」
と、言った。それだけ?
わたしが怪訝そうに首を傾げると、今度は声をたてて笑いながら、わたしに言った。
「あいつが戻るまでは、しばらく待機だ」
む。あいつとは、もしや、わたしの知らぬ友のことか?
「もなか、孔明というのは、自分が長く留守にしても、連絡ひとつ寄越さないくせして、俺がいなくなると、拗ねるやつなのだ。困ったやつだろう」
って、わたしか。やはり誤解があるぞ、子龍。わたしはそんなに自己中心的ではないぞ。張飛にくらべれば、ぜんぜん普通ではないか。
「連絡もよこさぬ、薄情者なんだよな」
と、子龍は苦笑しながら、わたしをカーペットに下ろした。
連絡したくても出来ないのだよ。
というか、さっきの推理のつづきをしてみないか? 
わたしは、目の前にある子龍のズボンの裾に手を伸ばし、つんつんと引っ張ってみるが、子龍は、あとで遊んでやるから、とかなんとか言いながら、上着を脱ぐために、寝室へと向かっていく。
あ、ついでに客室を見てみないか?
廊下の途中で、塗料のニオイで気づいたのか、子龍は、顔をしかめて立ち止まる。
そして、客室に入って行った。
誉められるぞ、誉められるぞ。

ほどなく、期待していたのとはうらはらに、悲鳴にもにた声が客室から聞こえてきた。
「なんだ、これは! 俺の家の客室の壁が、ブレアウィッチプロジェクトの魔女の家の壁みたいになっている! もなか! おまえの仕業か!」
仕業、とは失礼な。ワークといってくれたまえ、ワークと。
それと、もみじだから。魔女の家の手形とはちがうから。どうして判らないかねぇ。
「ばかうさぎ! どこからこんなペンキを持ってきた!」
納戸から。
「しかも、なんだ、せっかく掃除したのに、あちこち毛だらけではないか! ああ、もう余計な作業を増やしてくれる!」
子龍は腕まくりをして、掃除のやり直しをしはじめた。
あとで白いペンキを貰ってきて、せっかく描いたもみじを消してしまうそうだ。
せっかく描いたのに…

○月▲日

このあいだ、家中を毛だらけにしたと怒られたので、せめてものお詫びということで、子龍が供給所に出かけているあいだに、こっそりくるくるローラーで毛の始末をすることにした。
幸福の小人ならぬ幸福のうさぎなわたし。なんと役に立つのだろう。
そうして、気分よく、ローラーで掃除をしていたところ、またも、どこからか、かさりという音が。

うさぎの耳は聴覚に優れている。
うさぎは脚力こそ優れているが、戦闘能力は低いため、野生で生活する場合、敵の気配に敏感でないといけなかった。だからこその、長い耳である…とは進化論を用いた論法であるが、進化論自体が怪しいといわれている昨今、詳しい事情は、わたしにもわからぬ。
が、耳がレーダーの代わりなのはまちがいない。

いったい、なんであろうと部屋を見回すと、不意に、目の前に、南京豆大のものが飛び込んできた。
って、なんだ? ラグビーボール?
突然の攻撃に、わたしが引っくり返ると、ラグビーボールめは、目標を失い、壁に激突。そのまま昇天した。
転んだわたしは、起き上がったが、壁にぶつかったそれは、引っくり返って動かぬ。
なんぞやと覗いて見れば、チャバネゴキブリである。
これほど綺麗にしているのに、ゴキブリとは面妖な。
あいつら、窓を開けっぱなしにしていると、その隙にひょいひょい入ってくる、というしな。
子龍が水周りの故障を放置しておくとか、あるいは食糧を食べないまま、放置しておくなどとは考えられぬ。
しかし、ゴキブリか…と、足を動かそうとすると、なぜだか先に進まない。
なんであろうと振り返れば、なんたることか。わたしの後ろ足が、転んだはずみでくるくるローラーに絡めとられていた。
無理に動こうとすると、大量に毛が抜けて、イタタタタ…
そこで、子龍が帰ってくるまでそのままでいたのだが、誉めてもらえるはずだったのに、なぜだかガッツリ怒られました。
ゴキブリ、滅ぼす。

○月■日

チャバネゴキブリとは、東洋に昔から生息する、その名の通り薄茶色の羽根をもつ、ちいさなゴキブリのことである。
ちかごろは、基本世界でも、輸入の関係上、都市部では、押しの強いクロゴキブリが多く見られ、チャバネゴキブリは絶滅の危機を叫ばれたこともあったとか。
クロゴキブリは、体長も大きく、ともかく攻撃的で、よく飛ぶ。
わが家(すっかりわが家であるが)に出現したのはチャバネゴキブリで良かった。うむ。
クロゴキブリ、体が大きいので、ジェット噴射方式の虫退治スプレーでも、なかなか死なないのだ。
『塔』に出たときは、虫退治スプレーが意味がない、というので、霊力を駆使して駆除したほどなのだ。
もちろん、被害は甚大であった。部屋のありさまもそうだが、近所の評判とか、いろいろ。

ローラーに絡まって怒られた日、わたしが膝を抱えて壁に向かっていじけていたら、子龍が、怒りすぎたといって謝ってきた。
そこでわたしは、床に落ちているゴキブリの死体を見せて、ローラーに絡まった原因を教えたのである。
「そういえば、最近、隣でゴキブリが出たと騒いでいたな。駆除したらしいが、駆除の手から逃れたゴキブリが、わが家に移動してきた可能性もある」
と言った。妥当な線だろう。

子龍は、さっそく供給所に行って、ゴキブリ駆除剤をもらってくる、といって出かけて行った。
呪詛解除の機会があるかもしれぬので、一緒に出かけたいところだが、くるくるローラーの惨事により、わたしの足から背中にかけて、無残な禿ができているのだ。
この状態で人間に戻ったら………考えるだけで恐ろしい。
いや、もちろん、霊力ですぐ毛を補充できよう。
しかし、霊力を使うまでのあいだは、どうなる?
たぶん、落ち武者のような姿になるのではないかと予想され、とてもヒトに戻る気が起こらないのだ。
落ち武者スタイルになるくらいならば、うさぎでいい。
仕方ないが毛が戻るまで、呪詛解除はあきらめよう。獣化はあいかわらず進行を見せないし、うさぎはうさぎで、よいこともある。
というよりは、うさぎでもよいと思うのは、子龍の家にずっといるからだろうな。
気を遣わなくてよいから、居心地がいい。こまめに世話をしてくれるし。
身体も小さいから、子供に戻れた気がする。
もとの姿では、さすがに人目を気にして出来なかったとことなどが、うさぎだからという理由で、できることも楽しいのだ。

さて、子龍が戻ってきたようである。おかえり。
「やれやれ」
と、帰ってくるなり、子龍はため息をついた。
わたしが、どうしたのかと尋ねるように首をかしげると、子龍は渋い顔を笑顔に転じて、おまえを見ると、自然に顔が笑ってしまうな、と言いながら、供給所印のビニール袋をカーペットの上に置き、自分もあぐらをかいた。
「周公瑾という男がいるのだが、おまえは知らないよな」
知っているとも。瞼閉じればいまも思い出すあのピカピカな面影。ああ、眩しい。で?
「ばったり供給所で会ってな、なぜだか野球のユニフォーム姿であった」
本当、なぜだ。
「今度、下宿先にいる者たちに声をかけて、野球チームを作ることにしたそうだ。1チームだけでは試合にならぬので、最低でも2チームは必要だ。当然、メンバーは、選手と監督を合わせて最低24名だろう」
相変わらず、思い付きが華やかというか、フレンドリーというか。
「選手にならないかと声をかけられて、すぐに断ったのだが、なかなかねばり強く説得されてな」
え、引き受けたのか?
「とりあえず、断ったのだが、また声をかけるといわれてしまった。あの人は、あいかわらず、笑顔のまま、こちらの領域に押し出してくるな」
その笑顔が怖いのだよ。よーく観察してみるがいい。目が笑っていない瞬間があるから。あれが素だ。
子龍は、困ったものだと言いながら、貰ってきた品々をカーペットの前に広げる。
わたし用の干草や、やさいチップスや、掃除用具などだ。
ちなみにわたしは五本指を供えた器用なうさぎであるから、ケージの掃除は自分でやるし、もちろんトイレなども自分で始末をしているのだ。
うさぎらしくない、と言って、子龍に「どこかにスイッチがあるのではないか」と、ロボット疑惑を口にされたことがあるが、結局、こんなに温かく柔らかいロボットはない、ということで落ち着いた。

子龍がもらってきたのは、ほかに、ゴキブリ駆除剤の「ごきぶりでバルさん」。
基本世界で使用されているものを、下宿先仕様に変えたものである。
マスコットキャラクターのごきぶりの『バルさん』は、ストラップなどが製造されるほどの人気者だ。
「使用上の注意をよく読んでご利用ください。このバルさんには、アトラ・ハシース、アストラルといえど、かなりきわどい成分が含まれております。
使用法。まず、家を密閉します。つぎに、部屋の中央にバルさんを設置したあと、1分の猶予時間があります。その間にダッシュして、屋外に脱出しましょう。あらかじめ、貴重品を持ち出すこともお忘れなく。
脱出に失敗しても、当方は一切の責任を負いかねますのであしからず。ごきぶりとともにそこで朽ちるか、それとも、ごきぶり退治の勝利の余韻にひたるか、それはあなた次第です」
どんな製品だ。
しかし、なにかにつけ、わたしに声に出して教えてくれる子龍。
もしかして、読み聞かせがマイブーム? ありがたいけれどな。
複雑な思いを抱えつ、感謝の意をこめて尻尾をちびちび振ると、子龍は、また嬉しそうに笑って、わたしの頭を撫でた。

『ごきぶりでバルさん』の使用は、日をみて行うこととなった。

※思ったより長くなってしまい、前後編となりました。意外なゲストは後編に登場します。ちなみに魔女の家の手形、正しくはラスティン・パーの家の手形、ですが、そこはひとつ(^_^.) ヘンテコ企画は、まだまだ終わらない。次回もお楽しみに(^^ゞ

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