うさぎが観察日記

※このお話は、ずんだGAMEの番外編で、「とらとらとら」「うさぎ」「しろくま事件」の続きとなります。

○月○日

さて、事の次第をどこから始めるかとなれば、やはり馬超から始めるのが筋であろうが、そうすると、あまりに話が複雑すぎるので、ずばり本題より入ろう。
いま、わたし、こと諸葛孔明は、うさぎである。
どこからどう見てもうさぎである。
簡単に説明しよう。
アトラ・ハシースの始祖とも言うべき大賢者のミスにより、人兎と化した馬超に噛み付かれたことで、わたしの身に呪詛が移ってしまった。
人兎に噛まれたので、わたしも人兎である。
馬超は、人になったりうさぎになったりを繰り返しているようであるが、いまのところ、わたしはうさぎのままである。
自分の霊力の高さがすこしばかり自慢であったのだが、ウトナピシュテムの呪詛は、わたしの呪詛防御なぞたやすく突破してしまった。
上には上がいる、ということか。学習した。
傲慢は、つねに戒めとして、落とし穴を用意しているものだが、今回の落とし穴、ちょっとばかりひどすぎやしないか。

馬超はうさぎのくせしてぺらぺらと喋れるのに、わたしは普通のうさぎたちと同様に口を利くことができぬのだ。
最初、呪詛によって体が変化しはじめたとき、声が出なくなった。
それから急激な咽喉の渇きと熱と眩暈に襲われ、意識を失った。
気づけば、なんだか自身が白とグレーの毛むくじゃらになっており、そのうえ、鉄格子に入れられて、どこかで見たことのあるような背中を見つめている次第である。

西洋式の家屋のなかで、中華的な文物のほとんどない、いや、絵や置物などといった、文化的な文物がほとんど見受けられない殺風景な部屋のなかである。
床暖房にしたのではなかったか。そこのベージュ色のホットカーペットの上で、『うさぎとアナタの夢の暮らしガイド』を捲っている男、どう見ても趙子龍である。こちらに背中を向けて、なにやらしきりに首をひねっている。
口を利けぬというのは不便きわまりないが、ほかのだれでもない、子龍に保護された、ということは幸いであった。
そうだ、喋れぬというのであれば、文字を書く、というのはどうであろう。
子龍は、マメなところを見せて、おそらく供給所でもらってきたであろう、うさぎ用の給水ボトルに、たっぷり水をいれてくれている。これを利用し、地面に文字を書くのだ。
書くのだ。
書く…………………

おや?

なぜ、文字が思い浮かばぬのであろうか。
我是孔明と書けば、子龍は馬超が人兎化した経緯を知っているはずであるから、話が早かろうと思う。
しかし、頭ではそうすればよいと思うのに、実際に行動に移そうとすると、手が文字を忘れている。
頭では思い浮かぶのに?

わたしの頭脳は、ほどなく解答を導き出した。
そうか、これこそが呪詛か。
基本世界にかつてあったという、バベルの塔に集った人々に、創造主が下した呪詛と同じ、言語伝達の妨害の呪詛を組み合わせた、獣化の呪詛というわけだな。
しかし、馬超は普通に喋れていたな。
うむ、この呪詛、ウィルスと同じで、もしや進化するものではないのか。人に移る経緯で、より悪性の呪詛に変化するとしたら、どうだ。
これはいかんな、ほかの者を噛まぬように注意をせねばならぬ。
わたしは幸い、愛らしい(我ながら、これほど愛らしい兎はなかろうと思う)うさぎに変化することができたが、つぎに呪詛を受け継ぐものは、蟇蛙など、嫌われ者に変化してしまう可能性だってあるのだから。
というか、子龍、こちらを向いてくれ。そして気づけ。
霊力を使うか。
…………おや?
おかしいな、力の使い方が判らない。霊力の使い方を忘れるなど、呼吸の仕方を忘れたのと同じだぞ。これも呪詛か。
仕方ない、目で訴えてみよう。
おおい、子龍、こちらを向いておくれ。
「うん?」
お、気づいたな。さすが我が主騎にしてアストラル。
ついでにわたしの正体を早いところ見抜いて、呪詛の解除をしてくれるアトラ・ハシースを呼んできてくれると助かる。いつものように、迅速に頼むよ。
わたしが目をぱちぱちとしながら訴えていると、子龍は、本を片手に、わたしのいるゲージへ寄ってきた。
「丸みを帯びた長い耳、毛は短毛、白とグレーのぶち模様」
慎重だな、わたしの外貌を確認しているのだな。かわいいだろう、自分でもびっくりだ。
「うさぎとアナタの夢の暮らしガイドによれば、ダッチ、かな?」
と、子龍は手にした本・『うさぎとアナタの夢の暮らしガイド』(長いため、以下『うさ夢ガイド』と略す。カバーがかけられているのでタイトルが読めないが、慎重なこの男、うさぎの飼い方を教授した本を、ケージやえさと一緒に供給所からもらってきたようだ)のカラーページとわたしを交互に見比べている。
「白と黒の…いや、こいつの場合はグレーだな。ふむ、グレーとはいわず、ブルーというのか。おぼろなブチではなく、くっきりとした模様がある。別名パンダうさぎ。原産国アメリカ。なるほど、これに一番近いか。ビロードのような毛並みの良さ…でいえばミニレッキスの可能性もあり。両方の雑種という可能性もあるか。おい、おまえは、一体何者なのだ」
いまさら問われるとは、夢にも思わなかったよ。
そうだった。趙子龍という男は、あまり想像力を逞しくする男ではない。内気なくせして、憶測に拠らず、現実を厳しく見つめる男なのである。
であるから、馬超がうさぎに変化したのも事実と認識しつつ、わたしに呪詛が移って、いまうさぎになっている、という、変化球じみた空想は働かせないのだ。
行き倒れのかわいいうさぎ(自称)を拾ってきたとしか思っていないな。

子龍は、わたしのいるケージのまえに胡坐をかいて、本を見て、わたしを見るを交互に繰り返している。
わたしは、ケージの格子を掴んで、がしがしと揺らしてみたが、子龍は、わたしが単に、新しい住まいに慣れていないのだと勘違いしたようだ。
「静かしろ、気が散るではないか」
わたしが動きを止めると、子龍は声を立てて、笑った。
「聞きわけがよいな。よしよし、ここにいれば安全だぞ」
安全というか、自己存続の危機だ。助けてくれ。
うさぎというものは、犬や猫のように、鳴き声ではげしく主張しないどうぶつだ。
いまのわたしも同じで、ぴすぴすと、空気が漏れたような声で主張するしかできない。しかし、感情の籠めにくい声であるな。
なんとか訴えようと焦るわたしをよそに、子龍は、格子を握るわたしの手を、ものめずらしいのか、指で突いてくる。この至近距離で、なぜに気づかぬ。
ふと、その顔から笑みが消え、表情が強ばる。お、気づいたか?
「おまえ、指があるな。見せてみろ」
指? あるに決まっているだろう。なければどうやって物を掴むのだ。
わたしが手を格子の間から出すと、子龍はそれを指先で受け止めて、本と交互に見比べて頭をひねる。
「こんな指のうさぎはおらぬ。ふむ、握力はあるのか?」
さいわい、両手はちゃんと、人のように物を握ったり出来るのだ。
その証左に、わたしが指をにぎにぎと動かして見せると、子龍は、感心して、おおー、と声をあげた。
「ちゃんと五本あるうえに握力もある。まるで指だけが人間のようだな。不気味な」
不気味は余計。
「新種のうさぎ…アトラ・ハシースの誰かが、繁殖させた新種なのかもしれぬな」
ではなくて、あなたもよーく知っている人間だから。
子龍は、本を見ながら、じっくり考える。そうそう、考えるがいい。
しばらくそうしていたあと、子龍は不意に本を閉じて、妙にさっぱりした顔をして言った。
「うむ、わからん!」
諦めるな!
「判らぬ時は考えても駄目なものだ。今日はもうやめよう」
割りきりが良いというか、出たとこ任せというか。
「うさぎは夜行性なのだな。孤独を好み、警戒心がつよく敏感。個性はさまざまで、賢い個体も存在する、と。喋れぬところを見ると、使い魔でもないようだな。とすると、やはり誰かが飼っていたのかな」
妥当な推理だな。真実からは遠いけれど。
しかし、獣化の呪詛が感染したなどと、普通は考えまい。子龍の想像力のなさを責めるわけにもいかぬだろう。
いやしかし、困ったな。
「口が利けたら便利なのにな。フランチェスコ師ならば、おまえの話もわかるかもしれぬが、あいにくと留守であったようだ」
さすが善行は、思い立ったら即実行の男。もう、飼い主を探す手段をとっていたのか。
聖フランチェスコならば、なるほど、わたしの状態をすぐさま見抜き、呪詛解除を施してくれたかもしれぬ。留守とは生憎な。人気者であるし、高位のアトラ・ハシースゆえ、留守がほとんどであると聞いているから、あまり当てにはできぬ。
呪詛解除の呪文は、馬超の場合は『ムーンプリズム…』なんたら、であったが、私の場合は、これが通用するかどうか。
「アトラ・ハシースやアストラル専用のHPの掲示板にも、消えたペットを探しているという書き込みはいまのところ、ないようだ。主のいない間に逃げたしたのか?」
ちがうよ。
子龍が、ゲージ越しに指でこちらの腕の毛を突いてくるので、それを指で迎撃しつつ(傍目には、人間にちょっかいを出されて、反射的に指を掴もうとしているうさぎの図に見えたかもしれない)ちらりとその顔を見れば、なんとも嬉しそうに笑っている。
どうぶつ好きめ、楽しいのか? こちらは苦々しいぞ。
「名前がわからぬというのは不便だな。暫定的に名前をつけるか」
きらめくネーミングセンスで格好いいところを頼む。
「うさ公」
わたしは、ゲージの中に用意された給水ボトルの水を手で集め、ぴっ、ぴっ、と子龍の指に浴びせかけた。
なんだ、そのネーミングセンス! サルに対してエテ公と名づけるのと一緒だぞ!
子龍は、指についた水滴を払いつつ、不服そうに言った。
「なんだ、嫌なのか。では別なものにするか。うさぎ、兎、ラビット…」
あ、いま何を考えているかわかった。
「関根」
わたしは、足元にあった竹を編んで、中に干草などを詰めた、ボール状のうさぎのおもちゃを、格子の隙間から子龍の顔めがけて、思い切り蹴飛ばした。
ぎりぎり頬をかすめたボールに、子龍は驚いていたようだが、ほどなくそれは感心に変わった。
「すばらしい脚力であるな。うさぎは脚力に優れた動物でもあるのか。ふむ、それでは足に関わるスポーツからちなんだ名をつけよう」
足に関する、となるとサッカーだな。サッカー選手の名前がいいな。ベッカムとか、ハオ・海東とか。
「寺本進」
………どちらさま?
「セパタクローにおいて、日本ではじめてタイのプロリーグに参加することとなった選手だ」
せぱ・拓郎? やはり誰だかわからぬな。マニアックすぎるぞ、ほかのに変えてくれ。
わたしが足をだんだんと踏み鳴らすと、子龍は、困ったように顔をしかめた。
「なんだ、気に入らぬのか。うむ、名はその者の本質を表す。安易に決めてよいものでもなかろう。明日にするか」
とかなんとか言いながら、『うさ夢ガイド』を見ている。
「うさぎは非常に敏感などうぶつです。あなたの家に来たばかりのときは、慣れない環境に戸惑っています…名前を覚えるまでは、根気強く呼び続けてあげましょう。どんなにぼんやりしたうさぎでも、じきに名前に慣れてきます、だそうだ、うさ公。うさ公では不満なのだよな」
うん、とっても。
「さて、もう遅いしそろそろ寝るか」
時計を見れば、もう真夜中である。中央都市は人口が少ないこともあり、静かなので、夜の闇の密度も濃いように感じられる。街灯も行き届いており、暗いことはないのであるが。
「また明日な、うさ公」
ええ? こちらはこのままか? ケージに入れられたまま、人に戻ったら、笑い事では済まぬと思うぞ。
というか、よく喋る男だな。わたしだとわかっていないのだよな? いまのわたしはうさぎだぞ。一人だと、いつもこんなふうに独り言だらけなのか。
あ、なんだ、その毛布。え? ケージにかぶせるつもりか? 
「夜の冷え込み対策として、ケージの上から毛布をかぶせるなどして、あなたのうさぎを寒さから守ってあげましょう、と。いい子にしていろよ」
とんとん、と毛布越しにケージを叩く音が聞こえて、子龍の足音が遠ざかっていく。
おーい。
せめてここから出して行ってくれ。
声は声にならず、そうして一日目は過ぎた。

○月△日

なにより危惧されるのは、獣化が深刻になってしまうのではないか、ということだ。
このまま理性を失い、完全にうさぎになってしまう危険性がある、ということである。
これほどの愛らしさ(自称)である。毛皮にされてしまうようなことはなかろうが、どうであれ、うさぎ人生を全うするつもりはない。元に戻りたい。
そして、目の前には、頼りにならぬ趙子龍。
起きてくるや、さっそくわたしをケージから出し、食卓で一緒に朝ごはんである。
といっても、向こうが簡単に、サラダとベーコンと目玉焼きとご飯と羹、という洋食であるのに対し、わたしは生野菜。
丸い食卓の上に乗せてもらっているので、目線が同じなのは助かるが、ほかの食材も口にしたいところ。
いいなあ、ベーコンが食べたい。ベーコンほしい。ベーコン、ベーコン、ベーコン、ベーコン……
じっと見つめていたら、見ていてもだめだと言われた。
だめだといいながら、子龍はBGM代わりにTVをつけて、米を書き込みつつ、それを目で追っている。

画面にあるのは、二十四時間、ずっとニュースばかりを流している局である。
なにせニュース項目は、汎世界すべてに及ぶため、何度も同じニュースが流れることはない。しかも、報道内容は、どれも深刻ときている。
わたしもこの局は好きで、そろそろこの世界に召喚されるかな、などと予想をするのが常であったが、いまの霊力も使えぬ状態では、召喚されたところで役には立つまい。それこそ、この間のシチューの中身のように、胃袋の役に立つ程度だろう。
ほかにも、四六時中生討論ばかりしている番組もあり、これは、ちょっと賢い井戸端会議の中継にほかならない。
アトラ・ハシースもアストラルも、ともかく人に訴えたいことがたっぷりある人間であるし、自説を曲げない頑固さも持ち合わせているので、結論が付くことなど、まずないのである。

それにしても、ただのセロリ、というのも味気ないものだな。塩気が足らぬ。ちょっとそこの皿についている、レタスの隣のマヨネーズよこせ。えい。
「あ」
子龍は小さく声をあげ、マヨネーズをつけたセロリをぱりぽりと食すわたしを、不思議そうに見た。
「おまえ」
あ、もしかして、いまので気づいたか? 
こんなに賢いうさぎは、うさぎではないぞ。
「凄いヤツだな、これが調味料だということが、わかっているのか」
調味料どころか、銘柄だって当ててしまえるぞ。供給所印の『生卵から作った手作りマヨネーズ』だろう。
「もしや」
うむ。恐れずに、どんとその名を口にするがよい。
「噂に聞いた、月で餅をついている幻想種の『月兎』では?」
はずれ。
「ああ、あいつらは言葉を理解するし、読み書きもできるのであったな。となると、あれか、汎世界のどこぞのサーカスから逃げてきたものを、だれかが保護していた、とか」
うーむ、子龍にしては、なかなか想像がたくましいほうか。でもはずれ。
残念賞やる。ほい。
「あっ、ひとのマヨネーズに手を突っ込むな!」
残念賞の手形。記念にひとつ。
「しかも毛もベタベタにして…賢いと思ったが、たまたまだったか。ほら、手を出せ。それであちこち動き回るなよ」
文句を言いつつ、子龍はわたしのマヨネーズで汚れた手を、ティッシュペーパーで綺麗に拭き取ってくれた。残念ながら、手形は気に入ってもらえなかったようだ。

しかし、ひとつヒントを得たな。
言葉がしゃべれぬのであれば、既にある文字を集めて、訴えるというのはどうだ?
わたしは、さっそく食卓からぴょんと飛び降りて、殺風景な部屋の雑誌ラックに無造作に突っ込んである新聞を取り出していると、子龍は追いついてきて、
「わかった、わかった、これは昔の新聞だからくれてやるが、ほかのものを齧るなよ」
といって、わたしに出してくれた。
はは、これから表現される文字に驚くなかれ。
わたしは新聞を広げて、『救援求む』の文字を拾おうと、紙面を見たのであるが……………駄目だ、文字が読めなくなっている。
頭では、これが新聞なのであるから、文字が書いてあるはずだ、ということは理解しているのだが、目の前にあるモノが、模様にしか見えない。文字だと認識できないのだ。当然、意味もまったくつかめない。
あわてて、付けっぱなしにされているTV画面に寄ってみるが、ブラウン管に浮かぶ『文字』らしきものも、読めない。
呪詛の力、おそるべし。
読書もできないなんて、退屈すぎる! ではなく、これは一切の言語表現を奪われた、ということではないか。
事態は、思ったより深刻だぞ。
なんとかして手段を講じねばならぬ。

そうだ、呪詛の大本は馬超であるから、馬超に会えば、突破口が得られるのではないか。
とはいえ、こんな脆弱なうさぎの身では、うかつに外に出てカラスに捕まったら大変である。
子龍と一緒に外に出るのが上策だろう。
なんとかうまく外に誘おうと、子龍のもとへ行けば、朝ごはんをすませ、簡単な身支度を終えたあと、子龍はホットカーペットの上で、こちらに背を向けて、なにやら作業をしている。
また『うさ夢ガイド』かな? 勉強熱心な男だな。
ひょいと覗き見れば、子龍もその気配に気づいたらしく、顔を上げた。
子龍は読書をしていたのではなかった。わたしに与えた新聞から、一枚だけ取り分けて、目の前に引いている。
爪を切っているのかと思えば、そうではない。
新聞紙の上には、おがくずが散らばっており、子龍の手には、ナイフと木片があった。
「ほら、おまえのかじり木」
と、子龍は、手にしていた楕円形の木片をわたしに見せる。大根かな?
「人参だぞ。これを齧って遊ぶように」
にんじんだったか…
とりあえず、受け取った、彫りたての木のにんじんは、たしかに齧り手のありそうな。うむ、暇つぶしにはもってこい。ありがとう。
って、どうも獣化が進んでなかろうか。
ともかく、礼をこめて耳と尻尾を動かすと、通じたらしく、子龍は笑った。
どうぶつ好きであるからして、わたし(うさぎ)が家にいる、という状況を面白がっているようである。
本当はちっとも面白くない事態なのだがな。どうやったら伝わるのだろうか。
うーむ、立場こそまったく違うが、口が利けない人魚姫の苦労がわかる気がする。



午後になり、子龍は出かけてくるからと言って、出て行った。
せっかくの外出の機会であったが、うさぎの本能か、昼は眠くて仕方がない。
馬超があんなに元気であったのは、やはり獣化の呪詛が半端だった、ということが原因で、人間の本能の方が、うさぎのそれより勝ったからではないのか。
子龍は用意よく、うさぎ用のヒーターも持ってきてくれており、わたしはその恩恵にあずかりながら、しばらくうとうとしていた。
と、きづけば、子龍が帰ってきたようである。
だれかを連れてきている。もしや、助け手か?
朝方は、頼りにならぬなどと言って、悪かった! 
大喜びで、わたしが玄関にまで駆けていくと(寝ているのならば外に出しておくかと、子龍がケージに入れないでいてくれたのである)子龍と、もうひとり、派手な黄色のアロハシャツに短パンの黒人が入ってきた。だれだ? その名も偉大なカメハメハ?
「おお、本当にうさぎだな、小さくてかわいいな、ほいほい」
と、素っ頓狂な声と共に、わたしのもとへ一直線に黒人はやってくる。
おや、黒人ではないな。この声、この顔………なんだ、主公ではないか。
しばらくお留守にされていたようであったが、どこに行ってきたのやら…って、一目瞭然だな。
しかしなんだって、こんなに焼けているのだろう。

「大将がうさぎになったと聞いて、会うのを楽しみにしていたのだがなぁ、もうどこかへ仕事に行っちまったっていうから、ガッカリしていたのだよ。だが、代わりにおまえがうさぎを拾ったという。
まー、穴うさぎくらいしか知らなかったが、愛玩用うさぎというのは、かわいいものだな。よちよーち」
と、主公は、わたしのつやつやの毛皮を撫ですさる。
わたしの毛皮がふにゃふにゃしていて気持ちがよいのは、その蕩けたような顔を見ればわかる。しかしだからといって、ほお擦りされるのは如何なものか。いてて、髭剃りのあとがぞりぞりする。
それにしても、馬超は仕事に出かけてしまったか。いつ帰ってくるのかな。
あの男は、短期契約を好むから、そう先ではないと思うが…

うさぎのわたしを喜んで抱き上げている主公に、子龍は尋ねた。
「主公はどちらへ行かていたのです」
「ハワイだよ。波乗り玄さんとは儂のことよ!」
「ハワイでございますか。して、お仕事の内容は、どのようなものでございましたか」
「ハワイのネネって鳥を知っているか? 儂たちが召喚された世界では、ネネが異常繁殖していてな。このままでは生態系が狂うというので、逆にネネが絶滅しかけている世界に持っていくという仕事だった。
ネネって鳥は、人間に慣れていて、捕まえるのが楽なんだよ。気温が高くなると海辺でみんなで休んで、涼しくなると捕獲作業にはいる、という状態でなぁ。ワイキキの空の下、毎日がビックウェンズデー。まさにこの世の楽園。アロハな日々であった。いまも耳に流れる、♪カイマナヒーラ」
「ハワイをご堪能されたようで、なによりでございます。さすが、ネネも主公に従順だった様子。主公を怖がる動物など、なかなかおりませぬ」
「そうでもねぇよ。この間はコモドドラゴンに噛まれそうになった。あ、これ土産だ」
と、主公が差し出してきたものは、『ハワイ名物 パイナップルもなか』。
なんだかいろいろ間違っている気はするが、お茶請けにはよさそうである。あとで子龍からおすそ分けしてもらおう。
「いやしかし、かわいいなぁ。儂も一匹、ほしくなってきた」
と、いいながら、主公はわたしを真正面に見ると、
「んー」
と不吉な声を漏らし、いきなり頬に口付けてきた。
ぎゃあ!
いきなりなにをするのだろう、このひとは!
たとえ主公でも許せぬ。
てい!
わたしは自由になっている両後ろ足でもって、主公のあごを思い切り蹴り上げた。
「ふぐ!」
「あっ! おまえ!」
子龍は、わたしを引っつかむと、粗相をした両後ろ足を掴んで、宙にぶら下げた。
さかさまだから、さかさまになっているから!
うわあ、床が視界の上にあるって新鮮、というよりは、これは拷問だぞ。
「なんたるうつけモノぞ! 申し訳ありませぬ、主公」
「うさぎって、人見知りが多いんだったよな。こっちも悪かったよ」
主公は顎をさすりながら、屈託なく笑っておられる。
いえ、こちらこそ、申し訳ございませぬ、反省いたしました、だから逆さづりから解放してください、お願いします。頭に血が上ってきた。
「おい、許してやれよ。うさぎ、気絶しかけているぞ」
「まったく、賢いかと思って油断しておりました」
と、子龍はわたしの背中を掴むと、赤ん坊をそうするように、抱っこをしてくれた。もう二度としません。うう、気持ちが悪い。吐きそうだ。
「元気があっていいじゃねぇか。で、そいつの名前は決めたのかい?」
「寺本進」
「ああ、あのタイリーグに参加していたセパタクローの? まんま、っていうのも芸がないぜ」
え、もしかして、セパタクローってメジャーなの?※セパタクローは、乱暴に説明すると、手を使わないバレーボールのようなものです。タイの国技で、東南アジアではメジャーなスポーツであります。寺本進選手は、セパタクロー界でも注目を浴びている選手です。
「では、うさ公と」
子龍がそう答えると、主公はええ、と顔をしかめた。
「そりゃひでぇな。犬にワン公と名づけるようなものだ」
「いけませぬか」
「いけねぇだろう」
もっと言ってやってください、主公。
「よし、儂が名づけてやろう。『亮々』ってのはどうだ」
「……………それは」
わたしを抱える子龍の顔が青くなる。
そうだろう。それは却下だ。さすが主公、ずばりわたしをわたしと見破っているかのような……って、そうだ、主公に呪詛の解除をお願いすればよいのだ。主公、わたくしでございます!
「お、うさぎが喜びのあまり、手足を動かしているぞ。決まりだな」
「嫌がって、暴れているのでございます」
ちがう! 子龍が、腕から逃げ出そうとするわたしの頭を押さえつけた。
ええい、大きな手だな。邪魔! 
わたしは懸命に手足を動かしてもがくものの、子龍は片手でそれをあっさり封じてしまう。
じたばたするわたしをヨソに、主公と子龍の会話はつづく。
「なんだよ、不満か? あいつにそっくりじゃねぇか。見た目は美人で大人しそうなのに、気の強いところとか。それじゃあ、『小亮』」
「そこから離れてください」
離れないで、ちょっと論点をずらして、わたしをもう一度ご覧下さいませ。こっち、こっち!
しかし主公は、子龍の腕の中で暴れるわたしには目もくれず、子龍に問う。
「それじゃあ、おまえには、もっとよい名前があるのか?」
ちょっぴり拗ねた主公のお言葉に、子龍はいささか戸惑いつつ、ホテル並みに最低限の家具しかない部屋を見回した。
そして、目についたものは、主公がお土産にくださった『パイナップルもなか』。
あ、嫌な予感。
「もなか、と」
なんたる単純。なんたる安易。
名はその者の本質をあらわすから慎重に、とかなんとか、カッコイイことを言っていなかったかな?
「うさ公よりマシか。よーしよし、おまえの名前は『もなか』だぞー」
もなかじゃなくて、わたくしは、貴方様もよくご存知の者でございます!
わたしの顔をのぞきこむ主公が、ふと、眉をしかめる。
「あれ、こいつ?」
あ、もしやお気づきになられた?
と、わたしはそのとき、主公の眉間の辺りに、きらきらと水晶のような光の束が輝くのを、絶望を以て見た。召喚の合図である。
「おっと、また召喚か。それじゃあ、話は途中だけれど、儂はこれで行くぜ」
お待ちを!
「じゃ、元気でな!」

かつて、これほど主公が去られるのを、悲しく悔しい気持ちで見送ったことはない。
しょんぼりと両耳を垂らして、うなだれるわたしに、子龍は言った。
「そうか、おまえもあの方が好きになったのだな」
昔からだよ。
「そうガッカリするな。またお会いできるさ、もなか」
もう定着か。『もなか』じゃないから。返事はせぬぞ。
だれか助けてくれい……
※シリーズ化決定。ずんだGAME、うさルート。仙台が舞台じゃないので、ずんだGAMEというタイトルがおかしいのですが、正式タイトルは未定。いま考え中です。次回、苦境の孔明を、新たな事実が襲う?! 馬超はどこへ? そして呪詛の連鎖の影に潜む男とは? ……なんてのー(^^♪

うさぎが観察日記 2へ

ずんだMAPへ戻る
更新履歴へ戻る
MAPへ戻る