らとらとら

※ このおはなしは、ずんだGAMEの番外編となります。


玄関を開けたら、虎がいた。

噂を聞いた馬超が、『下宿先』の中央都市の中心にある、巨大な塔の住人となっている孔明を訪ねれば、たしかにそこには、虎がいた。
しかもただの虎ではない。聖獣・白虎である。ホルスタイン種よりなおでかい。
なんだ、このでかさは。
恐竜か? ステゴサウルスか?

孔明は、その虎を背中に、ソファにもたれるようにして、向かい合わせに絨毯の上に座っている姜維と話をしている。虎はというと、すっかり孔明のソファとなって、尻尾をぱたり、ぱたりと優美に動かしながら、大人しくしている。
孔明の顔は状況に困り果てているのか、柳眉をしかめて、声に張りもない。
対する姜維のほうも、そんな孔明の様子に心を痛めているのか、元気のない様子である。
そして、二人の手元には、なぜだか数冊のぶ厚い辞書が散乱している。古いものから新しいものまで。勉強だろうか。熱心なものである。
「おお、まさしく虎であるな」
馬超が言うと、それまでじっと大人しくしていた虎は、ぴん、と髯を立てて、馬超のほうを向いた。
面影が、なくはない。
孔明は、馬超を見ると、あきらかにうんざりした顔をしてきたが、いつものことで、馬超はまったく頓着せず、供給所でもらってきた菓子だの飲み物だのを無造作に近くのテーブルに置くと、勝って知ったる人の家、ずかずかと入り込んで、虎を近くで眺めた。
「ほんとうに虎だな。虎威将軍であるから、虎か。気が利いておる」
と、高らかに笑うと、孔明は不貞腐れたような顔を向け、姜維のほうは、事態をややこしくしないでくれ、というふうに睨んできた。
空気を読まないのが馬超である。
つやつやの毛並みに惹かれて、手を伸ばしてみるが、その長細い尻尾にて、手の甲をぴしゃりと跳ねられた。
「虎になっても愛想のない男だな。なんだか以前にも、こんなことがあったような」
文句を言うと、孔明は、虎の毛皮に身を沈めるような姿勢のまま、大きくため息をついて、言った。
「気のせいだ。噂を広めに来ただけだと判っているからだ。ほかにも狼にされたものやら、豚にされたものやら、いっぱいいるぞ。よそも回ってくるがいい」
「ほかの者とは面識がないゆえつまらぬ。しかしもともと愛想のない男ゆえ、虎の身であるほうが、かえって愛嬌があるかもしれぬぞ」
「獣化の呪いは、単に見た目が変わるだけではないのです。いまはまだ、人の心を残しているけれど、そのうち、精神も呪いに蝕まれ、完全に獣になってしまうのですよ」
と、姜維が言う。
この姜維、出身が近いうえに、羌族とも親交の深い男であるが、いかんせん、賢いのを鼻にかけているのか、態度が刺々しいところがある。容姿は孔明に似ていて、白皙で煌びやか。

アトラ・ハシースおよびアストラルは、自分で意識して、肉体を操作して、好む年代の容姿で姿を現すことができる。
孔明は、二十代後半の姿を好んで保つところがあるが、この姜維は、なぜだか二十歳前後の、少年のような風貌をとることを好んでいるようだ。
ちなみに馬超は、男盛りの三十代前半の姿を好む。
生前のいい思い出が多いのも、このあたりであるからだ。

「呪いならば解けばよかろう。丞相の得意分野ではないか」
馬超が言えば、孔明は、姜維におとらぬ刺々しさでもって、答えた。
「解けるものならば、とっくの昔に解いておる。この呪いを解くためには、特別なスペルが必要らしい」
「スペル?」
「そう。呪いをかけた者の決めた、呪詛の解除用の言葉だ」
「ああ、それを探して、辞書なんぞめくっておるわけか。なれば、呪いをかけた者の周辺を探ったほうがよいのではないか」
「無理だ」
「なぜ」
「最高府によって、呪詛をかけた者の素性は封印されてしまったからだ」
「世界ごと、渡航禁止命令が出されて、隔離されたようですよ。ですから、呪詛の使い手から、スペルを手繰るのはできないのです」
「で、片っ端から単語を並べていると。そこの虎から呪詛を掛けられたときの状況を聞けばよいではないか」
孔明は、ちらりと虎を見て、それから言った。
「呪詛を受けて時間がたってしまったゆえ、しゃべれぬ」
「では、こいつを召喚したアトラ・ハシースから聞けばよかろう」
「それも判らないのですよ。どうやら、このアトラ・ハシースが召喚したアストラルは、全員獣化の呪詛を受けたようでして、そのアトラ・ハシースが、術者らしいのです」
「ふん、判らぬことだらけか。しかし、こやつのようなマイナーなアストラルを召喚するのは、漢字文化圏に住まう東洋系のアトラ・ハシースであろう」
「子龍はマイナーか?」
孔明はむっとして口を尖らすが、馬超は平然と言った。
「すくなくとも、わたしよりは有名ではない」
「そうでしょうか…」
ぼそりと小さく反論する姜維を無視し、馬超は持ってきたワインの栓を優雅に開きつつ、今年のロゼは最高、などとつぶやきながら、ワインを咽喉に流し込んだ。
「見た目のその清麗たる美しさでまず楽しみ、つぎにこの馥郁たる香りで鼻を楽しませ、つづいて芳醇な味で舌を楽しませる。
同時に、咽喉越しに、香りが一杯にひろがって、鼻腔にまで届くのだ。これが臓腑に落ちていく瞬間までがたまらぬ」
「ふーん」
気のない返事をしつつ、孔明は、白虎に寄りかかりつつ、辞書をぱらぱらめくる。虎が、それを背後から覗き込むように、首を動かした。
「ついでに試すか。『当山孔真君の名に於いて、汝の呪いよ、解けるべし。汝を縛りし言葉は『ワイン』なる』」
だが、なんの変化も起こらず、虎の顔には『ハズレ』と書いてある。
孔明はため息をつき、その白と黒の縞模様に顔を埋めた。
「困ったな、たしかに馬将軍のいうとおり、あてずっぽうにスペルを述べても駄目だと思うのだが、なにか思い当たるものはないのか」
といいながら、そのまま孔明が動かなくなったので、姜維は、目を細めて、声を尖らせた。
「また毛皮で遊ぶ! どうもお二人からは、緊迫性が感じられませぬ」
「気持ちがよいのだ、この毛皮。触ってみるか」
「結構」
孔明は、毛皮から顔を上げると、虎には似合わぬ穏やかな風貌をしている獣に言った。
「このままであったなら、電子カーペットはいらぬな。子龍、ここにずっと住むがいい。規約なんぞ、なにするものぞ。せっかく『塔』の役員になったのだからな。規約自体を変えてしまえ」
「せっかくのご計画ですが、いまは中身は普通に趙将軍ではありますが、そのうち、完全に獣になってしまわれますぞ」
冷たい姜維の声に、常に前向きな孔明は、くるりと振り返って答える。
「おまえは暗い」
「あなたに比べれば、みんな暗いです」
「獣になろうと子龍は子龍だ。絶対に手放すものか。毎日この毛並みに触れるのか。うれしくなってきた」
ははは、と屈託なく笑う孔明に、冷徹な姜維は言う。
「そのまえに、地獄の役員会議を頑張って戦ってください。それよりも、東洋系アトラ・ハシースだとすると、スペルを突拍子もないところから拾っているとは思えません。自分が忘れてしまうようなスペルは、普通使わないものです。生前の国籍を特定できれば、スペルを探すことも容易になりましょう」
「子龍、ほかに召喚されたアストラルは、あなたのほかに、三人いたのだったな」
孔明のことばに、虎は、重々しく、こくりと頷いた。
「それぞれが、狼、豚、虎、猿になった、と。動物の選択に意味はあるのだろうか」
「調べました。神話や民話から取ったものではなさそうです」
「虎・亀・龍・鳳凰になぞらえて、虎・亀・蛇・鳥というものであれば判るのだが」
「それも調べてました。なにかの暗喩というわけでもなさそうでございます」
「おまえは本当に優秀だよ。優秀ついでに、ほかに考えられることを探してくれ」
「投げられても困ります」
「おまえの能力を引き出そうと、あえて試練を与える、この親心がわからぬか」
「ぜんぜんわかりません」
言葉だけであれば刺々しい言葉のやりとりであるが、いつもはあまり表情をみせない姜維も、孔明と対峙しているときは、頬が赤く上気して、楽しそうである。
そのあたりの複雑な心情がわからない馬超は、やれやれとため息をついて口を挟んだ。
「おまえたちは相変わらずだな。喧嘩をしてないで、早いところ翊軍将軍を助けてやれ」
「馬将軍、いつまで趙将軍を、翊軍将軍と呼び続けるおつもりか」
「翊軍将軍は、翊軍将軍だ」

そこへ、ぴんぽんと呼び鈴が鳴らされる。
どうやら、塔の管理人で、水晶製ゴーレムのイーさんらしい。
体の中に、脳髄の代わりである大きな回転式水晶をもつゴーレムは、美しい光をきらきら反射させながら、応対に出てきた孔明に言うのであった。
「当山孔真君、オ宅ニ、ペットヲ持チ込ンデマスネ?」
「ペットではない。子龍だ」
「規約違反デハナイカト、他ノあとら・はしーすカラ抗議ガ入ッテオリマス」
「ただの獣ではない、獣化の呪詛を受けた子龍だぞ。躾けはきちんとするし、毛だって撒き散らさない。くるくるローラーを十本も供給所からもらってきたのだ。ちゃんと掃除はするぞ。それに、事情が事情なのだ。多目に見てくれてもよいではないか」
「ソウハイキマセン。虎ガイルナラバ、ゼヒ退治シタイトイウ方ガオリマシテ」
「誰だ、加藤清正か、武松か?」
「イイエ、一休サンデス」
「屏風でも縛っておれと伝えよ!」
「当山孔真君、キツイッス」
「なんだか、おまえは、だんだん人間らしくなってきたな…」
そんなやりとりをしている中で、姜維が叫んだ。
「丞相、趙将軍が」
「どうした?」
見れば、白虎の体が、半透明になり、内側から光を発して、それが点滅しているのである。
「呪詛が解けかかっているのだ。いまの言葉に反応したにちがいない。どれだ?」
「ええと、『一休さん』?」
とたん、虎の体中を淡い光がとりかこみ、ほどなく、趙雲が元の姿であらわれたのであった。


「召喚された直後に、いきなり呪いをかけられたので、下手人がわからぬと? 不様な話だな」
と、馬超が鼻を鳴らすのを、趙雲は忍耐づよく黙って耐えている。
「とりあえず無事で良かったよ。ほら、馬将軍が、めずらしく気の利いたものを持ってきてくれた。霊力が足りぬであろう。食べるがいい」
孔明は、憮然としている趙雲の前に、馬超が供給所から持ってきた、干し肉や酒を差し出す。
すると、それまで怒りを抑えて、こめかみをぴくりと痙攣させていた趙雲であるが、力を抜いて、それを受け取った。
それをなにやら横目で見つつ、姜維が口を開いた。
「呪詛の解除用のスペルが『一休さん』だった、ということは、日本のアトラ・ハシースであったということでしょうか」
「そうかもしれぬが、渡航禁止命令が出るほど切迫した状況にあるなかで、事なかれ主義の多い日本のアトラ・ハシースが関わっている、というのは珍しいな」
「噂ですと、複数のアトラ・ハシースが関わっているので、渡航禁止命令が出た、ということですよ」
「どうだ、召喚者が複数いたかどうかは、覚えているか」
「いきなり呪詛を掛けられて…そうだな、すぐに捕獲されそうになった。傷つけてはならぬとか言っていたな。毛皮を取るために狩ろうとしていたのではないようだ」
と、趙雲は言葉を切り、怪訝そうに首を傾げる。
「どうもわからぬのは、召喚された際に、獣くさい臭いがしたことだな。天気がひどく悪くて、早くしなければ、などとつぶやいている声が聞こえたが、逃げ切って、ヴァルキューレに救出されたのだ」
「ヴァルキューレはなんと?」
「ある意味、名誉かもしれないが、不本意でしょうから還してあげます、と」
「名誉? ますますわからぬな」
よい推理も浮かばずに、首をひねる孔明と趙雲、そして姜維を尻目に、馬超はすっかりくつろいで、ワインをそのままぜんぶ飲み干してしまった。
ほろ酔い気分で、これであとは美女がいれば、などとうそぶいていると、召喚を示す光が、目の前でちかちかしはじめた。
「おお、呼ばれておる。人気者はつらいものだ。それではわたしは行く。さらば、暇人諸君」
その声に、姜維がなにか言い返してきたが、召喚魔法に取り込まれたために、言葉は聞き取れなかった。



ふたたび目を開くと、そこはもう『下宿先』ではない。
世界に降り立ったとたん、激しい雨に身を打たれ、馬超は驚いて周囲を見回した。
川が氾濫し、大水が前方を流れている。
その筋がはっきりわかるほどの大粒の雨が降っており、まさに龍と化した巨大な川の流れが、町を、森を、山を飲み込んで、濁流となって、荒々しく目の前を流れて行く。本能的に、恐怖を抱かせる、すさまじい災害の光景であった。
濁流の上には、ぽつぽつと人や家畜の姿が見えるのだが、風雨に紛れてその悲鳴は聞こえない。木の葉のように翻弄される人々は、やがて濁流の波に巻き込まれて、消えた。
「これは」
一体、何が起こっているのか、と馬超が思わずつぶやくと、背後より、子供の声がした。
「洪水だよ」
「見れば判るが」
振り返れば、なんの装飾もない、ねずみいろの粗末な服を纏った、彫の深い顔立ちをしたスラブ系の子供が、馬超を見上げていた。
まさか、と思いつつ、馬超は尋ねてみる。
「おまえが召還者か?」
「うん。おめでとう、666人目のアストラルさん、あなたは舟に乗ることを許されました」
「フネ?」
ふと見れば、子供の後ろにある木々の背後に、大きな黒い壁が立ちふさがっている。
そして、そこからはたくさんの種類の獣の声が聞こえてきた。
風雨に紛れてしまって、臭いは届かないが、馬超はふと、趙雲の話を思い出した。
思わず後ずさるが、子供は表情を変えず、その大きな黒い澄明な瞳を、まっすぐに馬超に向ける。
どことなく、丞相の目に似ているな、と考えながら、目線を逸らさずにいると、子供は口を開いた。
「この世界はね、汎世界の中でもかなり端の、時代の流れが遅くなってしまっているところなんだよ」
「基本世界から遅れて百年くらいか? そういえば、丞相らも、そんな世界に召喚されたことがある、と聞いたが」
「百年どころじゃないよ。いま、君の見ている川の名はチグリスとユーフラテスの源流に当たる川だよ。ほんとうに小さな泉だったんだけれど、洪水でこのありさまさ」
こまっしゃくれた口を利く子供だな、と思いつつ、馬超は尋ねた。
「それがどうした」
「うん、それでね、このままじゃ地上の生き物が全部絶えてしまうから、いろんな動物をつがいで箱舟に乗せて、洪水が治まるのを待って、水が引いたら、繁殖させようっていう計画なんだ」
「はこ…ぶね?」
馬超は、黒い壁をちらりと見て、それから、子供にふたたび顔を戻した。
「箱舟というと、ノアの箱舟か」
「ウトナピシュテムが本名なんだけれどね。まあいいや。で、お願いがあるんだよ。洪水の中を素敵にクルージングしてみませんか。舟の中はまさに動物王国。野生派のあなたを満足させることまちがいなし。ちなみに、あの舟、野球場級の大きさなんで、中はすし詰め、ということはありません」
「動物王国か」
きらり、と馬超の目が光った。
馬超は人間より動物に夢を抱いているタイプである。動物好きが、動物そのものにも伝わるらしく、やたらと懐かれるのが自慢だ。
「おもしろい」
「本当? じゃあ、乗ってくれるんだね」
「つまり飼育係として乗り込めということか? しかし、あの伝説によれば、神の定めた人間しか乗れないのではなかったか」
馬超が尋ねると、こどもは、んー、と、巻き毛の黒髪をぽりぽりと掻きながら答えた。
「それはそうなんだけれどねー、問題があって、基本世界の箱舟の家族は、ウトナピシュテムに協力して、ちゃんと動物集めてきたんだけど、この世界の家族、非協力的でさ、動物、半分も集められなかったんだよね。
このままじゃ、この世界だけ、生態系がおかしくなっちゃうんだよ。いやあ、自分の家族ながら、呆れるわけだけれど」
「自分の家族? おまえ、ノアの息子かなにかか?」
「つーか本人」
「は?」
馬超は、言われたことばの意味が理解できず、呆然とする。

それもそのはず、ノア、つまりはウトナピシュテムとは、ありとあらゆるアトラ・ハシースのなかでも、人類最初の『アトラ・ハシース』として認知された者、アトラ・ハシースの始めなのである。
そして、気づいた。
趙雲の召喚された世界は渡航禁止命令が出された。
ところが、どうやらここは、その渡航禁止されているはずの世界である。
最高府の禁止を解除できるものは、最高府以外にない。
つまり、最高府の中心メンバーが、目の前にいる、この子供…いや、子供の姿をとった、ウトナピシュテムなわけである。

「待て、なぜわたしを召喚した」
「データベースで、動物好きを選んでピックアップしたんだよね。君の同僚だった、趙子龍? あれは馬好きで検索したら出てきたんで、舟に乗せようとしたんだけど、ちょっとやり方が強引だったせいか、状況を説明するまえに逃げちゃってさ。ヴァルキューレも、無理強いはいけません、とかいうし。
アトラ・ハシースの諸葛亮も召喚しようか考えたんだけど、あいつ、力が強すぎるから、箱舟ジャックして、好き勝手なことをしそうだしさ。で、君は新たに呼び寄せたアストラルなわけ」
その説明に、馬超はむっとして尋ねた。
「わたしは、あの無愛想で、どこにあるのかわからぬような常山真定の趙家とやらの出の男や、なんとも得たいの知れぬ琅邪出身の半人半妖の代わり、というわけか」
「ああ、データベース、生前の功績とか、生まれは全然関係なくて、アストラルになってから、どれだけの仕事をこなしたかのキャリア順になってるんだよね。君、ぜんぜんランク下。すこし頑張ったほうがいいよ」
「大きなお世話だ!」
「ま、この世界で頑張ってくれたら、ランクも上がるよ。それじゃあ、さっそく行こうか」
なんだか引っかかるが、最高府メンバーに逆らうのはまずい。
長い物に巻かれるのは好きではないが、渋々と付いていこうとすると、ウトナピシュテムは言った。
「そうだ、君、そのままじゃ駄目だね。『生命の始めなるウトナピシュテムの名に於いて我命ず、汝の父母より受け取りし身体、変化せよ!』」
「なに?」
「ええと、足りないのはなんだっけ、ああ、そうそう、兎になれ!」
「おい!」
ウトナピシュテムがぱっと手をかざすと、馬超は閃光に包まれ、ほどなくその身は、茶色の毛皮の可愛い兎になっていた。
「なんだ、これは! 抗議する! 断然抗議をするぞ!」
言いながら、雨で濡れた地面を、短くなった茶色の足で、だん、だん、と叩くと、ウトナピシュテムは、容赦なく手を伸ばして、その両耳を掴んだ。
「痛い痛い! どうぶつ虐待反対!」
「暴れちゃだめだよ、うさぎは可愛く大人しくしてなくっちゃ、イメージ壊れちゃうでしょ?」
「なぜ兎!」
「最初はさ、呼び出すアストラルの本質に近い動物に変えてたんだよね。そのほうが据わりがいいかな、と思って。ところがさ、アストラルって、やっぱり元英雄じゃない? 虎だのライオンだの、猛獣系ばっかり充実しちゃってさ、草食動物が足りなくなっちゃって。いやぁ、よかった」
「よくない! わたしを元に戻せ! 解除の呪文は『一休さん』か?」
「ああ、それね、適当にアニメのタイトルを選んだだけ。ジャパニメーション、最高。やっぱり諸葛亮は見破ったか。あいつの幸運スキル、馬鹿みたいに高いからなー」
「一休さん! 一休さん!」
まるで一休さんに助けを求めているような馬超。しかし変化はなにもない。
ウトナピシュテムは、そんな馬超を宥めるように、言う。
「まあまあ。舟には可愛い兎の女の子が待っているから」
空中で、足をバタバタさせていた馬超であるが、それを聞いて、ぴたりと足を止めた。
「女がいるのか?」
「いるよ」
「その女もアストラルか?」
「違うよ。ヨーロッパから連れてきた穴ウサギの女の子」
「野生か!」
「一応パリジェンヌだよ」
「アホか! パリなんぞ、この時代に影も形もなかろうが! というか、おまえ、これ、箱舟だな? でもって、洪水が引いたら、繁殖させるとか言わなかったか?」
「言ったねぇ」
「兎相手にわたしに何をしろと! やっぱり離せ!」
耳を押さえられながらも、馬超がジタバタと暴れると、ウトナピシュテムは言った。
「あのさ、僕、見た目は子供だけれど、これでも最高府の人間なんだよね」
「知っておるわ! この性悪アトラ・ハシース!」
「冷蔵庫行く?」
馬超は、ぴたりと抵抗を止めた。
最高府の冷蔵庫行き、つまりは煉獄行き、ということである。
「そうそう、最初から大人しくしてくれれば、なーんにも問題ないんだよ」
悪魔じみた笑みを見せつつ、ウトナピシュテムは言うと、両耳をつかまれ、ぶらーんとその手にぶら下がるウサギの馬超を片手に、巨大な箱舟に乗り込んだ。

馬超はほどなく『下宿先』に帰還したが、しばらく家に引きこもり、だれとも会おうとしなかったという……

※あとがき※
馬超を元に戻す呪文は、『ムーンプリズムパワー メ○クアップ!』だったそうです。
穴ウサギの女の子とどうなったか? さーて…ご想像にお任せいたします(^.^) 
ご読了ありがとうございましたm(__)m

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