超初級三国志講座 どうしようもない僕に、陳寿の霊が降りてきた
その弐
三国志を読んでみよう!
ここは宮城県仙台市郊外の某巨大ショッピングセンターの、巨大書籍売り場。
ペット同伴可能なこの店で、少年の引くカートに、白い雑種犬とシェットランドシープドックが仲よく並んでおりました。
弟「うーん」
羅貫中(以下・羅)「さっきから煮え切らないわねぇ。いったいなにを悩んでるのよ」
弟「三国志を最初から読んでみようと思うんだけど、たくさんありすぎて、どれにしたらいいのかわかんないんだよ」
羅「あんた小学生でしょ。児童書コーナーへ行きなさいよ。ほーらこれなんか、オススメ」
『三国志』 青い鳥文庫 講談社 羅貫中・駒田信ニ704円
陳寿(以下・陳)「たしかに値段はお得だし、よくまとまっているが、まとまりすぎだろ、これは。やはりお子さま向け三国志入門といえば、これだ!」
『三国志』 ①~⑤ ポプラ社 三田村信行・著、若菜等+Ki・絵
弟「でもさあ、お値段が1300円以上って、お小遣いから出す身としてはつらいかも…」
羅「それなら、オーソドックスなところで、これはどお?」
『三国志』 上・中・下 岩波少年文庫 羅貫中ほか
弟「でもさあ、ぼくも来年は中学だし、大人の本を読んでみようかなあって思うんだ」
陳「ほおお。その心意気やよし! それ、そこのちくま学芸文庫の「正史 三国志」を手にとって、レジへゴー!」
羅「ちょっと待ちなさいよ。普段ろくに読書をしない子が、いきなりアンタの本を読めるわけないでしょ。やはりここはアタシの『三国志演義』よ!」
弟「三国志演義もいっぱいあるみたいだけど…どれがいいの?」
羅「とりあえず、文字の大きなものを選んでみたら?」
弟「じゃあ、これかなあ…って、うわ、漢字だらけで読めないよ!」
羅「恐れることはないわ。漢字のほとんどが地名と人名だから。さあ、アタシの読者になりなさーい」
弟「でもさ、うちのクラスの子は、三国志は「蒼天航路」だな、って言うんだよ」
羅&陳「小学生なのに?」
三国志に興味を持った人が、最初にとまどうのが、この書籍選びである。
まず、最初にまとめると、三国時代、という群雄割拠の時代があった。
中国には、自分の滅ぼした国の歴史を、あたらしい国が史書として残す、という風習がある。
その例に漏れず、三国を統一した晋は、陳寿が書き記した本を史書に指定する。それが『正史 三国志』である。
しかし一方で、三国時代以降の中国は、異民族の侵略に苦しめられつづけるようになる。その事情を反映してか、漢民族がもっとも光輝を放った時代への憧憬もふくめ、三国時代の物語は、講談などによって民衆のなかに浸透していく。
当然、民衆の願望もどんどん託されていった。史書には載らなかった事跡や伝説も、すくなからずそこに反映されたかもしれないが、いまとなっては裏づけを取ることはむずかしい。やがて物語はある一定のパターンを生み出す。
それをまとめたのが、明代の大作家羅貫中の『三国志演義』である。
漢王朝復興をめざす劉備が善で、漢王朝をないがしろにし、その征服をたくらむ曹操が悪、という図式は、羅貫中の文芸によって完全に定着した。
昔年の三国志書籍は、演義の影響を受けて、ほとんどが蜀寄りの内容であった。
それが最近、日本では『蒼天航路』の登場、大ヒットを受けて、「正史」を意識した、さまざまな視点からの三国志が登場した。
羅「いっそコーエーの攻略本から入る、ってのも手かもしれないわよ」
陳「SLG三国志シリーズの人物ファイルは、正史・演義をちゃんと検証していて、かなりなお役立ちアイテムだぞ」
羅「イラスト満載だし、見た目にもわかりやすいから、世界にすんなり入っていきやすいでしょ?」
弟「でもさあ、何度も言うけど、カラーだけあって高いよね? それに僕、三国無双から入ったから、人物ファイルだけみても、やっぱり全体がわからないんだよ」
陳「うーむ困ったヤツめ…たしかに無双はおもしろいが、あれは三国志というものを換骨奪胎したゲームで、あの世界は異次元の三国志のようなものだからな。
ちなみにおまえが一番好きな武将の姜維さま、あのお方が先主さまと同時期に蜀にいたことはないぞ」
弟「えっ、そうなの! でも孔明の弟子だって…」
陳「あのゲームはアクションゲームという性質上、キャラクターがぜんぶ若く設定してあるが、三国時代の目立った英雄を、ひとつのところに若いままひっぱってきたものだ、と理解すればよい。
姜維さまは丞相さまが第一次北伐で(これは先主さまの死後におこなわれた大事業なのだ)魏の天水を攻めたおりに、降将として迎え入れた方なのだ。弟子として遇した事実はないが、丞相さまは姜維さまをことのほか厚遇し、お手元に置かれたのは事実だ。
そこに恩を感じられた姜維さまは、だれよりも丞相さまのお志を継がれ、ご立派な最期を遂げられたのだ。
嗚呼、思い出しても涙が出る。あのお方が剣閣で無残な最期を迎えられたとき、魏の連中め、あのお方の遺体を辱め、その死肉を酒の肴にしようとしたのだ」
弟「うへえ、グロいよ!」
羅「死体を最高に辱める、という意味もあるけれど、そうすることで霊魂の復活を妨げる、あるいは死者の力を己に取り込むといった別の呪術的な意味もあったのよ」
弟「それにしてもひどすぎるよ!」
陳「まったくだ。いくら我らが降伏したとはいえ、あまりにあんまりな仕打ち。そこで、心ある蜀の人々は、夜陰に乗じてひそかに姜維さまのご遺体を運び出し、大剣山までご遺体を背負って、そこに葬ったのだ。
聳ゆる砦の高殿は 雄雄しき気概みなぎりて、熱き心と猛き肝、断ち割りてこそあらわるる…
ああ、思い出しても涙が出る。姜維さまー!」
羅「まあ、そんなことがあったの、泣けるわー!」
店内に、二匹の犬の遠吠えがひびく。なにごとかと衆目があつまっている。
弟「うわ、悲しいのはわかるけど、店内で遠吠えしないでよ! ただでさえ、キャンキャンクンクンうるさいから、お店の人に睨まれてるのに!」
羅「なによ、悲しいときには泣く! これは当たり前のことよ!」
弟「場所を考えてよ…ねえ、姜維の話は家に帰ってからじっくり聞くから、本を選ぶの手伝ってよ」
陳「ああ、そうだったな。よし、それじゃあ、おれ様がざっと選び出してやろう」
で、集まったのが以下の作品↓(あくまで陳寿犬が某本屋に陳列されている作品から選び取ったものです。現在書店で購入可能なもののみ。かつ、陳舜臣先生の『諸葛孔明』、『曹操』のように、個人の伝記ふうのものはあえて省きました)
三国志演義をベースにしているもの
吉川英治の三国志1~8 講談社文庫
ひと昔前までは、小説で三国志、といえば、ほぼこの作品を指していた。それほどにオーソドックスな作品だが、孔明が五丈原で没するまでで筆が置かれている。
孔明が死ぬまでで作品が完結する、というスタイルは、あとの三国志関連の作品に大きく影響を与えている。
更にこれをベースに描かれたもの
横山光輝の三国志 単行本(希望コミックス) 1~60巻、文庫版(潮漫画文庫) 1~30巻 潮出版社
吉川英治の三国志をベースにしながらも、巨匠らしい読者への配慮が行き届いた名作中の名作。横山先生のご冥福をお祈り申し上げますm(__)m
三国志演義に準拠するが、独自の視点を持つ蜀寄りの本
英雄三国志 一~六 集英社文庫 (柴田錬三郎)
蜀寄り、というよりは孔明寄りの作品。大胆華麗な文章と、独自の設定が見事に融合した作品。吉川英治に敬意を表しつつ、本来、孔明が出師の表を書き上げたシーンで完結させる予定を変更し、きっちり姜維の死、三国の滅亡まで書ききったのはお見事。孔明・姜維ファン必携本。
おもしろいが、創作部分が多い、あるいは初心者向けではない作品
天地を喰らう 1~4 集英社漫画文庫 (本宮ひろ志)
GO GO! 劉備くん 続・続々 希望コミックス 潮出版社 (白井恵理子)
魏寄り
蒼天航路 1~31(以下続刊) モーニングKC 講談社(王欣太)
もはや説明不要な新三国志、とでもいうべき作品。その内包するパワーには圧倒されっぱなし。綿々とつづいてきた、曹操=悪玉という図式に、心地よい風穴を開けてくれた作品である。ただしこの作品が後世の三国志作品にも影響を与えられるのか、それは最終回を待たなくてはならないだろう。ちなみにお子様にはまだ早い作品でもある。
秘本三国志 1~5 文春文庫 (陳舜臣)
呉寄り
江東の風シリーズ コバルト文庫 集英社、角川ビーンズ文庫 朝香祥
呉・三国志 1~10 集英社文庫(伴野朗)
そのほか
北方三国志 1~13 時代小説文庫 角川春樹事務所 (北方謙三)
あえてそのほかに分類。三国無双、蒼天航路とならんで、三国志にあたらしい視点を持ち込み、あたらしい読者を増やした作品。独特の人物造詣が魅力的。出色は呂布と馬超。人間の面白さを堪能できる秀逸な作品。
龍狼伝 1~31(以下続刊) 講談社コミックス 月刊少年マガジン(山原義人)
最初はIF三国志の趣であったけれど、徐々に三国時代を舞台にした格闘漫画に…。ラオウのような司馬懿が妙に印象的。『諸葛孔明・時の地平線』の司馬懿と比べると、視点の差でこうも違うのかとおどろく。
反三国志 上・下 講談社文庫 (周 大荒、渡辺 精一)
現在、もっともオーソドックスなIF三国志。劉備が勝利してバンザイ! なわけだが、ほかの国の武将が虫けらのごとく次々と(ありえない)孔明の戦術によって死んでいくのは、蜀ファンの管理人でも心が痛んだ。これでは孔明は大義名分をカサに着た殺戮者である。もっとリアルに外交戦術を駆使したIF小説が読みたいなあ…
破・三国志 1~3 学研M文庫 学研 (桐野作人)
などなど、そのほか山ほど
羅「なんか偏ってない? とくに呉」
弟「そうだね、呉が少ないね。呉では陸遜がすきなんだけど」
陳「仕方ないだろう。呉は周瑜が死んでからは、ぱっとしないからな。陸遜も死に方は気の毒だし。しかし並べてみると、あらためて蒼天航路が日本の三国ファンに大きな影響を与えたかがわかるな。あの作品だけで、日本の三国志ファンの視線をいっきにオレ様の正史に向けさせたんだからな」
羅「に、してはうれしくなさそうじゃない」
陳「やはり魏王どのが主役となると、蜀の人間としては複雑なのだ。それにあの孔明さまは…いや、表現の自由だからかな」
弟「『そのほか』に分類されている龍狼伝ならぼくでも読めそうだよね」
陳「それをあえて『そのほか』に分類したのは、どんどん話が『三国志』の主流ストーリーから離れてしまうからだ。このなかで、やはり一番に奨められるのは、横山光輝の『三国志』だな。アイスクリームでいうならバニラ。王道中の王道だ」
羅「その元になったのはアタシの演義なんだけどね。横山先生がおっしゃっていたけど、最初は、子ども向けとして三国志を執筆していたらしいの。それが、巻を追うごとに、大人からの反響が増えてきたんですって。それで描き方を変えたとおっしゃっていたわ。それに、やはりアレンジの仕方もうまいのよ。
たとえば、長阪で、救出した劉備の子の阿斗を、趙雲が劉備に差し出す場面。
演義だとそこは、この子のせいで、優秀な部下を失うところだった、といって劉備が赤ん坊の阿斗を地面に打ち捨てるの。
横山先生のほうは、劉備は部下に命じて、子どもを自分の目の届かないところにやってくれ、と命令するのね。この子のせいで、優秀な部下を失うところだった、顔もみたくない、ってわけ。
日本人的には、赤ん坊を地面に打ち捨てるなんて、あまりに激しすぎて理解できない場面よね。劉備ってほんとうに仁徳の人? って思ってしまうじゃない。
それを回避するためにも、ただ子どもを遠ざける、というシーンに代えたのよ」
陳「後主が馬鹿になったのは、そのときに頭を打ったせいだ、という噂があるが、地面に投げ捨てたのは、あくまで演義の話だからな」
弟「それじゃあ、横山光輝の三国志を読んでみようかな…って、長いよ! お小遣いで30巻も買えないよ!」
羅「戦略としてはこうよ! まず1巻を買い、読み終わったら、さりげなくお父さんの目に届きそうなところにおいておく。お父さん世代は、横山光輝の名にノスタルジーを感じるはず。思わず手を取って、中身を見たらもうこっちのもの! ぜったい資金提供してくれるわよー(実話・管理人はこうして全巻そろえました)」
弟「それが失敗したらどうするのさ。あ、これは? 陳寿犬の大好きな孔明の本だよ。うわ、なんか姉ちゃんが好きそうなイラスト…ええと、私本三国志 天の華…」
陳&羅「それは手に取るなっつーの!」
弟「え? なんで?」
陳「その本のある棚を見ろ! ものの見事にアヤシイだろうが」
弟「そういえば、お客さんも女の人ばかりみたいだね…あ、れ? 男の子同士でなんで抱き合ってるの? それにレジのお姉さんが身を乗り出して、胡散臭そうにこっちを見てるよ!」
陳「聞くな、察しろ! うぬう、いまは書店での購入は不可能だと思っていたが、ここに眠っておったか、おそるべし! いいから、さっさと棚に戻せ!」
弟「そういわれると、なにやら惜しいような…」
羅「男でそれを読んだ豪の者がいるんだけど、たしかに時代考証がものすごくしっかりしているし、ストーリーも面白いけれど、女性の願望だなあって印象が強烈で、最後まで違和感があったって。アタシもそう思ったわ。なにも孔明でなくてもねえ…いっそ孔明が女だった! ってほうが面白くない? スーパー三国志じゃあ、劉備が女なわけだし。あら、創作意欲が湧いてきちゃった」
陳「おれ様はそんなもの、ぜったい読まないぞ」
弟「まあまあ、小説なんだから」
陳「とはいえ、納得できんのよ、この丞相さまはー」
羅「あら、そろそろ待ち合わせの時間じゃない? 決まったの?」
弟「うーん、どうしようかな…って、あれ? これどうかな。うん、お値段も手ごろで読みやすいし、それにこの作者の人知ってるよ! 紅白に出てたよね。めがねかけた普通のおじさんなのに、唄いだすとお父さんとお母さんが泣くんだよ」
と、弟が手に取ったのは、三国志英雄伝 落談さだまさし版 文春文庫 540円
陳「最後にさだが来た!」
羅「意外なダークホースだわね…でもたしかに初心者向けだし、文章も平易でユーモアもある。初心者にはうってつけかも」
弟「それじゃあ、レジに行ってくるね!」
羅「あ、うん、いってらっしゃい…」
陳「おれ様でも羅貫中の三国志でもなくて、さだ、かあ…」
こうして弟は本格的?に三国志を勉強するのですが、さてさて、どうなることやら?
つづく…かもしれない。