捜神三国志・燭龍本紀
第四十一話 龍と劉、そして玄女
「なにをしていやがるのだ、あいつは」
赤頭巾が、思わず口に出したのも無理はない。
身を隠した壁の中から、そおっと窺うと、壁の途切れた、むき出しの天然の洞穴のなかを、かがり火も持たず、まるで平坦な道を歩いているかのように轟然と進んでいる背の高い男の姿があった。
つくりは華奢であるが、背筋をぴんと伸ばし、足取りもしっかりしているため、脆い印象は、うすい。
よく見覚えのある背中。
ほかならぬ、孔明の背中である。
あきれたことに、武装はなにもしていない。
ふだんどおりの、洒落っ気たっぷりの絹の衣裳をまとい、供も連れず、衣擦れの音を洞穴に反響させながら、まっすぐと顔を上げて歩く。
この薄闇のなかでも、自分がどこへ行けばよいのか、はっきりわかっているようであった。
赤頭巾の目の前には、途切れた回廊の果てに、突然に開けた天然の洞穴がある。
鍾乳洞で、天井からは、氷柱のようなかたちの奇妙な岩が、何本もぶら下がっている。
足元もまた、けっして平坦ではない。そこには、やはり石や岩がごろごろと転がっているのだが、孔明は、足元をまるで気にすることなく、何度も通いなれた道、あるいは自邸の廊下を行くように、ひょいひょいと、それらの障害物を巧みにかわして、歩を進めていく。
その横顔は、冷静そのもの。普段とまるで変わるところがない。だからこそ、かえって不気味であった。
赤頭巾は、声をかけるか否か、迷った。
声をかけようとすれば、いつでもかけられる距離であった。
しかも洞穴であるから、声はすぐに響いて、相手の耳に届くだろう。
だが、異常である。
何が異常かといえば、このただならぬ空間のなかにあって、まるで町を歩いているかのように歩を進めていられることもそうであるし、一瞬、垣間見えた横顔のうえに、あまりに表情がなさ過ぎることもまた、異常であった。
得れば必ず天下を取れる宝。
なんとも怪しげなシロモノである。
そんなものを、真っ先に否定しそうなやつだと思っていたが、もしかしてちがうのか?
しかし、あいつが見かけほど冷徹な人間ではないことは、知っている。
なにか理由があって、古城に入り込んでいるのだろうか。
に、しても。
やっぱり『らしくない』のであった。
赤頭巾は首をひねりつつ、その人物が進む方向を見定めた。
どうやら、この洞穴は、自分が董和たちと出会った、第二の酸の門、そして例の宝剣の突き刺さっている石柱のある第三の門につづいているらしい。
外へ出て行くところなのか?
どうあれ、やっぱり不自然だ。大胆な行動よりも、むしろ小心なのじゃないかと思うほど慎重に動く性格のくせに、どういうわけか、戦場並みに危険な場所で、たったひとり。
孔明が行過ぎるのを待ってから、赤頭巾は、そろりと物陰から姿をあらわして、その背中を追いかけた。
ふと、董和を助けたときに交わした会話のことを思い出す。
あのときは、お互いに場の空気にくらくらしていて、だいぶ興奮していた。
なんだかいろいろ棘のある会話をしちまったものだ。気まずいったらありゃしない。
しかし放っておくわけにはいかない。
どれだけ衝突することがあろうと、赤頭巾は、孔明を切り捨てるつもりはなかった。
縁があって、苦労をともにしてくれた、大事な身内のひとり、それが孔明だ。
一度や二度の失敗で、はいそうですか、さようならと縁切りをするわけにはいかない。
赤頭巾は、自分が不甲斐ない人間だとわかっていたし、その弱さもじゅうぶんに理解していた。
だからこそ、他者の弱さにも寛容であれたし、その弱さを克服しようとする者に対しては、惜しみなく支援を与えられた。
孔明は、だれよりも努力家で、克己心がつよく、忍耐づよい。
その孔明を切り捨てるなど、赤頭巾は、夢にも思えない。
さて、孔明は、いったい古城のなかで、なにをしようと考えているのか?
まさか。
得れば必ず天下を取れる宝を自分のものにして、天下を取ろうなんて考えている?
そこまで考えて、赤頭巾は、ぴしゃりとおのれの頬をぶった。
なんて莫迦だ、そんなことを考えちゃいけない。
儂があいつを信じなかったら、あいつも儂を信じない。
そうだ、そんなことはないはずだ。
だからこそ、孔明がなにをしようとしているのか、見極めなければ。
赤頭巾は、息を殺して、孔明のあとを追った。
常人には、薄暗い、不気味な鍾乳洞にしか見えないその空間であったが、いま、孔明には、まったくちがう光景が見えていた。
無音の世界。
おのれの吐息も、足音も聞こえない。
障害物のなにもない、平らで、しかし閉ざされた、生き物の気配がそこかしこに満ちている空間である。
天井と床には、それぞれかすかに凹凸があるほか、わずかな弾力とぬめりがある。
触れれば、何者かの息遣いすら聞こえてきそうだ。
なにも聞こえないはずなのだが、鼓動の音が奥のほうから、いまにも響いてきそうである。
母親の胎内にもし戻れることがあり、目をひらいて、その胎の中を見上げることができたなら、きっとこんなふうであったろう。
生暖かさすら知覚できそうなその空間のなか、孔明は歩いていた。
行き場所はわからないが、行かなくてはならない、ということだけは知っている。
母の胎内を思わせる、この奇妙な空間、人間の肉体のなかに取り込まれたかのような錯覚をいだかせる、原始的な感情を揺さぶってくる空間のなかに一人あり、孔明は、なんの恐怖も抱くことなく、目的地へと向かっていた。
どうして自分がここに居なければならないのか、そして目的地へ行かねばならないのか、目的地にはなにがあるのか、何も知らなかったが、理解はしていた。
九門古城と呼ばれる広大な地下遺跡には、かつて、存在しなければならない理由があった。
その伝説の中に秘められた理由を、孔明は、憎んでいる。
といっても、その憎しみの感情は、孔明自身のものではない。
孔明が生まれたそのときに、父母、あるいは、祖父母、曹祖父母、多くの血脈から受け継いだ感情なのだ。
それは常に隠されてきたのだが、この地下遺跡の上に立ち、ようやく目を覚ましたのである。
どす黒く腹のそこから渦巻く感情が、おのれの全身を蝕んでいくのがわかる。
ふつふつと滾るその力は、肉体の一片一片を、あますことなく侵略し、我が物とし、そして呼びかけてくる。
憎しみは力となる。力は、破壊と破滅をもたらす。
長きに渡り、引き離されてきた思いが、いま結実しようとしているのだ。
地上に住まう者たちの天下争奪なぞ、何百年と引き継がれてきた、この想いに比べれば、塵芥に等しい。
たまらなく可笑しくなって、孔明はこみ上げてくる笑いに耐え切れず、とうとう声を立てて笑った。
それは憎しみに染め上げられたからだの全体が、ようやく到達しようとしている目的地に近づいていることを知って、快哉をあげているのだ。
喜べ、地に這い、彷徨いつづけた、諸々の鬼神たち、貶められ、その名を伏せられ、彼方に追いやられた栄光の王。
汝の名をふたたび高らかに唇に上らせよう。
王の栄光の象徴たる剣。炎を以ってしても食い破ることのできなかった、亡国の誇りそのもの。
その剣を引き抜きし者が、復讐者となって、ふたたび地上に戻るのだ。
剣の名は湧天剣という。
王の名は隠され、忌諱された。
炎がふたたび大地を吹き荒らすことになろうとも、王を復活させてみせる。
足音も高らかに、悠然と進むその長身の影を、唖然として見送ったのは、赤頭巾ばかりではなかった。
「なんだい、ありゃあ」
思わずつぶやいたゾトアオであるが、ゾトアオと、かれにぴったりとくっついている寧寧を先導していた玄女は、孔明の様子を見ると、うめくように言った。
「王の末裔だ。闇の気配が濃くなってきている。なぜだ。九つの門は破られていないのに」
多くの余り布で体をぐるぐる巻きにして、素顔を晒さない玄女の声は、小声であるから、余計に聞き取りづらい。
だが、ゾトアオは耳ざとく、玄女のつぶやきに、その野太い眉をしかめた。
「王の末裔ってのは、なんだ。あそこにいる男は、いったい何者だ」
ゾトアオの目から見ても、足元に転がる石など目もくれず、かといって躓くでも転ぶでもなく、まるでなにもかもがわかっているかのように、すいすいと先を急ぐ孔明の、あまりに周囲を気にしていない様子は、異常なものに映った。
ゾトアオと寧寧は、玄女に連れられて、巨大な植物が密生する空間より、第一階層へと戻ってきていた。
玄女が先導してくれたのは、ゾトアオたちが迷い込んだ第六階層から、一直線に第一階層へとつづく通路である。
そこもまた、建造当時に古城そのものと並行して建てられたものにちがいなく、ほかの部分と同様に、精密に石が積み重ねられ、まるで昨日に建てられたばかりのように新しく、古びた様子がなかった。
これだけの長大な建造物を、しかも地下に作ることができたという、その知恵と労働力のすさまじさに、ゾトアオはあらためて感嘆した。
通路には、なんの障害物もなく、ゆるい坂を、ゾトアオと寧寧は、ただひたすら上ればよいだけである。
それまで、法正の部曲に追われる恐怖、そして、古城に閉じ込められてしまうのではないかという恐怖、そして、古城に漂う闇の濃さに対する恐怖と、餓死することに対する恐怖におびえていたかれらにとっては、その長い坂を上ることは、すこしも苦ではなかった。
坂を抜け切ると、第一階層の、とある小部屋に出た。
第六階層へ一気に降りることのできる道は、その小部屋の壁に偽装されてあった。
なんの変哲もない壁で、第六階層に入るための入り口の逆で、出ることは出来ても、一端、外に出てしまったら、中に入ることはできない仕掛けになっている。
「出口と入り口は、それぞれ別にあるのさ。けれど、おまえたちにはもう用がないはずだから、それは教えない」
と、玄女は言った。
そうして、外に出るために、小部屋から、建造物のならぶ区域を抜けて、ごつごつとした岩肌のむき出しになっている、巨大な洞穴のところまでやってきたのである。
玄女は、ゾトアオらに、多くを語ろうとしなかった。
子供ほどの背丈しかない玄女は、意外なほどに俊敏で足が速く、ゾトアオたちの前へ行き、決して歩幅がゆるむことがない。
歩き方に特徴があり、足の形が曲がっているのか、体を左右に揺らしながら、前へと進んでいく。
玄女を分厚く包んでいる布の中身がどうなっているかは、医者の息子で、自身も医術をかじったゾトアオにも、見当がつかなかった。
玄女の正体は、ゾトアオにも寧寧にもわからない。漢族ではない、ということと、古城に詳しい、ということ以外は、どんな推測もできないでいた。
この年齢不詳の女が、味方である、ということだけはわかる。
敵ならば、あの場ですぐに殺してしまえばいい話。
いまもって、玄女からは敵意や殺意が感じられない。
地上に出たならどうなるか、ゾトアオは生き残るために作戦を考えたのだが、なにせ得られる情報が少ないので、どのような状況になろうと、ともかくは玄女次第だ、ということしか考えることができなかった。
その玄女が、はじめて、必要とすること以外のことを口にしたのだ。
ゾトアオが聞き返すと、玄女は、確固たる足取りで、岩肌がむき出しとなっている通路を悠然と歩いていく孔明の背中を目で追いながら、答えた。
「かつて大地は炎に包まれた。そうなったきっかけは、やはり戦だった。
大地に二つの国があり、双方が激しくぶつかった。両者の力は拮抗し、何年と戦はつづいた。
戦の終わらぬことに業を煮やした王は、敵の王を滅ぼすために、使ってはならないものを使った。
そのために、大地は長らく炎に包まれ、ありとあらゆる生き物を焼き尽くした。
おまえたちも、聞いたことのある伝説だよ」
「あたしの部族では、兄妹が一組だけ生き残って、それがまた人間の先祖になって、歴史をはじめからやりなおしたと言われているわ。
でも、大地が炎に包まれたのは、人間が莫迦なので、神様が愛想を尽かしたのだという話だったわよ」
寧寧は僚人の娘である。
罪深い人間の行いに嘆いた天が、人を滅ぼすことにした。
炎は、大地のありとあらゆるものを焼き尽くしたが、しかし、唯一、兄妹だけが高い山のてっぺんに残され、生き抜いた。
ふたりは夫婦となって人類の祖となり、ふたたび歴史をはじめからやりなおした、というもの。
ゾトアオは黒イだが、やはり、似たような伝説を知っている。
やはり人間が愚行ばかりくりかえすことに神が怒り、大地のすべてを滅ぼそうとしたのであるが、一組の男女(兄妹の場合もあれば、姉弟の場合もある)が生き残り、人類の歴史をやり直す、というものである。
「伝説は、あくまで伝説さ。子供でもわかりやすいように、話を簡単にしてあるのだよ。
神が人の愚行を嘆いたという、それはたしかにそうだろうね。
だが、大地を焼き尽くしたのは、神ではなくて、人だったのさ。
自分たちの勝利のために、世界の半分を焼いてしまった。だが、その愚行ゆえにかれらもまた、報いを受けた。
大地を制覇し、敵の王を殺すことに成功した王は、たしかに天下人となったのだが、しかし多くのものを敵に回した。
敵の王の一族、その残党は、新しい王を戴くことを拒み、そして焼き尽くされ、人の住めなくなった土地を捨てて、地下に潜った」
「この古城のことか、もしかして」
巨体を揺らして、玄女にたずねると、玄女のほうは、孔明が洞窟を進んでいくのをじっと目で追いながら、うなずいた。
「そうだよ。ここは、街さ。墓じゃなく、昔は多くの人間が、大地が冷えるまで、息を殺して待っていたのだ」
「だから水路があるのか。墓に水路はいらねぇ。あのもわもわと花粉を撒き散らす植物は、食糧か」
「食糧だったものが、『宝』の影響で、あんなふうに化けてしまったものだよ」
ゾトアオは、目鼻立ちのくっきりした髭面をしかめて、おのれの腰くらいまでしか背丈のない玄女を見下ろして、たずねる。
「どういうことだ? 『宝』の影響? 宝ってのは、モノに影響するものなのか? 武器や図讖ではないのか?」
「黒イの長、おまえがそれを知って、どうする。
わたしはお前が、この古城に二度と戻らないようであればいいと願っているよ。同じく、漢族に大地を追われた民の末裔としてね。
宝なんぞ、いっそ漢族にやってしまえばいいさ。傲慢なあいつらなら、きっと宝を意のままに出来ると思いこむだろう。
そうして、同じ間違いをくりかえせばいい」
「あんた、宝の正体を知っているのだな」
「知っているからこそ、守ってきた。二人の王のうち、勝った王の末裔がわたし、そして、いま、目の前を歩いていった、あの背の高い若者は、負けた王の末裔なのだ」
「なんでえ、どこの王様かしらねぇが、末裔同士であつまって、ここでご先祖の代理戦争をしようとでもいうのか」
意味ありげな発言をくりかえす玄女の、つかみどころのない様子に苛立ち、まぜっかえすゾトアオであるが、玄女は、それを相手にせず、答えた。
「戦う気はないが、向こうはどうだろうね。この古城は、二回、その住民を変えたのだ。
最初は、負けた王の一族だった。
だが、焼け焦げ、熱のおさまらぬ大地を避けるため、そして勝利を完全なものにするために、勝った王の軍は、この古城へ攻め入った。
そうして、敗残した民を追放し、あるいは殺すかして、自分たちが古城を乗っ取った」
「あんた羌族だろう。羌族の伝説は聞いたことがあるが、地下の要塞がどうだとかいう話は聞いたことがないぜ」
ゾトアオがいうと、しかし、玄女は、きっぱりとした口調で言った。
「いいや、黒イの長、お前は知っているはずだよ。歪められてはいるが、この話を知らないものは、まずいないだろうね。
最近じゃ、どうも勘違いを起こしている人間もいるようで、わたしたちの王を、漢族の祖先だと誤解している者もある。
だが、そうではない。わたしたちの王は、わたしたちのものだ」
「あんたらの王? 太公望が羌族だというのは知っているが、王?」
周の文帝や武帝はちがうだろうし、などと太公望から辿って記憶をたどっているゾトアオをよそに、寧寧は、地上に近づいたことで、本来のわがままな性格が頭をもたげてきたのか、口を尖らせて、言った。
「ねえ、あの人がどうだっていうのよ。せっかくもうすこしで地上なのでしょう?
あの人があたしたちに関係ないのなら、先を急ぎましょうよ。あたし、おなかが空いて、倒れそうだわ」
「なら勝手におし、と言いたいところだが、そうはいかない。おまえも、さっきの男の様子を見ただろう」
「見たわ。歩いていたわね。ちょっとしか顔が見えなかったけれど、ずいぶん綺麗な人だったみたい」
「ああ、たしかに、ぞっとするくらい綺麗だったな」
相槌を打つゾトアオであるが、だからこそ、いっそう不気味に見えたのだ、と心のなかで付け加えた。
まるで人ではないような。鬼神が人に化けたような妖しげな雰囲気を持つ人物であった。
この物騒な闇のなかで、男の様子は、あまりに整いすぎていた。
衣服が汚れているわけでもなし、体が垢で汚れているわけでもなし、闇の中にあっても、びくびくと進むでもなく、まるで市場か城の中を歩いていくように、悠然と進んで行った。
「あいつは、何者なのだ」
ゾトアオの問いに、玄女は、孔明が消えた闇の方角を見つめて、言った。
「軍師将軍諸葛孔明。智者だと聞いていたけれど、あっさり古城に取り込まれてしまったか。
それほどに古城の呼び声は強いものなのだろうね」
「諸葛孔明? 聞いたことあるぜ。たしか、あたらしく巴蜀の主になった劉左将軍の懐刀だとか。
嘘か本当か知らねぇが、風を呼ぶこともできるとか、なんとか」
「風を操れるなんて、すごいわね、あたしの村の巫師だって、そんなこと出来やしないわよ」
などと素直に感嘆の声をあげる寧寧に、ゾトアオもうなずいた。
「うちのピモ(黒イの巫女の呼称)だって、そんなことはできやしない。
噂だろうが、ともかく、大物だ、ってことさ。聞いていたより、ずっと若いな」
「でも、そんな大物が、なんだって一人で歩いているのよ。お伴も付けないでさ」
「この先には、王の剣がある」
と、寧寧とゾトアオの会話を無視して、玄女が、うめくように言った。
「まさか、あの剣を抜かせるつもりなのか。末裔なら、抜けるかもしれないが、しかし、そうなったなら、完全に乗っ取られてしまう」
「乗っ取られてしまうって、誰にだい」
切迫した声が、玄女に掛けられた。
思わぬ第三者の声に、ほかにだれもいなかろうと油断していたゾトアオはぎょっとして、腰に下げたままにしていた剣を抜き放ち、玄女と寧寧を庇うようにして、その前に立つ。
声の主は、岩陰に隠れていた。
すぐには姿を現さず、自分に敵意がない、ということを示すために、まず、岩陰から、両手をひらひらと挙げて、言った。
「敵じゃあないよ。わけあって名乗れないのだが、いま道を行った男の身内だ。
あんたたちの話が聞こえてきたのだが、乗っ取るというのは、何のことだい。
あんたが言うとおり、この先には、岩の柱にがっしり守られた、綺麗な青い大剣が地面に突き刺さっている。
そいつがマズイというのかい」
「剣のことを知っているのかい。そういえば、第三の門が、最近、動いた形跡があったね。
あれは、あんたたちだったのかい」」
声を鋭くした玄女に、岩陰の人物は、そうだ、というふうに、手だけを出して、手のひらを振った。
「あの出入り口はあんたのだったかい。勝手に使ってすまなかった。謝るから、どういうことか、教えちゃくれないか。
もし必要なら、あんたにいくらでも協力するぜ」
「姿を隠したまま、協力するといわれても、説得力がないぞ。まずは顔を見せろ!」
凄むゾトアオに対し、熊のような御仁だねぇ、などとのんきに感心した声をあげて、ひょいと岩陰から顔がのぞかせた。
その男は、場違いなほどに滑稽な、赤い頭巾をかぶっていた。