捜神三国志・燭龍本紀
第十九話 赤頭巾と白頭巾の活躍
刑場には、早朝だというのにも関わらず、おおぜいの成都の民が押しかけてきていた。
ひとつひとつを見ることができなかったが、おそらく長星橋商店街の人間も、あのなかにいるにちがいない。
自分が去ったあと、彼らの借金はどうなるのだろう。
見知った顔を見つけようとして首をめぐらせた董和であったが、刑吏にこづかれて、途中でやめさせられた。
晴嬰のことは、だれが面倒を見るのだろうか。
せめてこの魂が肉体を離れても、きっと張大人の手に落ちぬよう、晴嬰を守ろうと、董和は心に決めた。
砂利の上を素足で歩く。
鞭で受けた痛みのほうがまさり、足の裏に感じる痛みはほとんどない。
董和が姿を現すと、一斉に怒号が起こった。
蝋燭の買占めをしたという董和への抗議ではない。
董和を罪に貶めた、法正に対しての怒りの声であった。
その怒号を背に受けて、民が法正の意のままになってしまうほどに暗愚ではないことを知り、いくらか董和は慰められた。
そして、刑場には、自分ひとりで、費伯仁や息子の休昭、兄姉たちの姿がないことにほっとした。
刑を実行する役人と、首斬り役人たちが、しずかに董和を待っている。
首斬り役人の凶刃から、休昭や兄弟たちが免れられるだろうか。
この場にいないということは、多少は期待してもよいのか。
甘い、と己の心を、董和は叱る。
相手は法正である。
法正のこれまでの政敵に対する処罰の仕方を見れば、親族が罪を免れられるとは、とうてい思えなかった。
処刑となると、ふつうは一族をいっせいに処罰するのであるが、引き出されてきたのは董和だけである。
まずは先に、古城のことを知っている人間を消してしまえという焦りが、そこに見てとれるように、董和は思った。
それほど、法正にとって、そして張大人にとっても、古城のことは重要なのである。
そこに、どこか勝機を見い出せないだろうか。
孔明の語ったことを、法正はまだ知らないはずである。
孔明のことばの全てが真実とは思えないが、倣岸で冷徹ではあるが、ふしぎと邪さのないのが、孔明である。
孔明は、董和が自分の語ったことを利用するだろうということは、想像すらしていない。
間抜けな話かもしれないが、それは、あの青年が人を信用しているから、自分の打ち明け話を、董和が漏らすだろうなどと想像しないからである。
そうした、冷酷にはなりきれないちぐはぐさを、あの青年は内包している。
董和は、まだ生に執着していた。
ほんのわずかなすき間を見い出せたら、そこを利用して、生き残るのだ。
茣蓙に正座をさせられ、刑吏が罪状を読み上げる。
董和とともに牢から引き出されてきた偉度が、董和のうしろにいる。
偉度に意識がないというのに、そのうえ、後ろ手に縛られているので、罪状を読み上げられているあいだでも、なんども体を揺らして、そのまま横倒れになった。
すると、処刑人が偉度の意識を覚まさせるため、水をかける。
そんなことが何度もくりかえされたので、見物に押しかけてきた民は、いまにも柵を壊さんばかりに怒り出し、はげしい怒号をさらに大きくわめき散らす。
「静かに、静かにせよ!」
声がして、同時に銅鑼がどおん、と打ち鳴らされた。
とたんに、刑場が、冬の湖のように、しん、となった。
ほかならぬ、法正その人が、刑場の上座にあらわれたのである。
いまや成都の独裁者、民衆の恐怖と憎悪の的となった法正の登場に、さきほどまで力の限り怒号と罵声を叫んでいた民も、ぴたりと口を閉ざした。
怒号がひびいていた最前よりも、ぴりぴりと肌を刺すような敵意に満ちた空気が、あたりにひろがっていく。
それを感じているのかいないのか、民が静かになると、法正は、満足そうに、細い目をさらに細くして、ゆっくりと董和のところにやってきた。
「最後に見る顔が、貴殿の顔とはな」
董和は、酷薄な笑みを浮かべるキツネ顔を見上げた。
青白く、神経質そうな尖ったあごを持つ法正は、獲物をいたぶるキツネのような顔をして、言った。
「罪人のくせして、不遜なことをいう。最後に、心残りになってはいかんと思って、面白い話を聞かせてやろうと思ったのだが、いらぬかな」
「貴殿の面白い話など、ろくなものではなかろう。またもや裏切りでもたくらんでおるのか」
董和のことばに、それまで笑みをうかべていた法正の顔は、さっと朱に染まり、こわばった。
よほど痛いところをつかれたらしく、怒りのためか、手も小刻みに震えている。
「貴様に、わが心の、なにがわかる」
「裏切りものの心など、わかりようがない」
「愚直な男よ。わたしを貶めて恥じぬほど、劉璋に心を寄せていたわけでもあるまいに!」
たしかにそのとおりで、そのことは、法正にもわかっていたからか、言い捨てたあと、法正の表情に、落ち着きがもどってきた。
どうあれ、この場の主導権は法正がにぎっており、それが変わることはないのである。
法正は、笑みをふたたび取り戻して、言った。
「硬骨漢といえば聞こえがよいが、所詮は時流を読まぬ頑固者にすぎぬ。おのれの志ばかりにこだわり、周囲に迎合できずにむかえた末路が、この朝というわけよ。
あわれなり、董幼宰。これでもわたしは、貴様に同情をしておるのだ。だれにも認められずに死ぬというのは、なんとも無念なものであろうな」
「思いもよらぬことを言うものだ。わたしの志を理解できぬものは、常に民の心をも理解できぬ者であったわ。
いま、貴殿を見つめる民の目が、どれほどの憎悪に満ちているか、なぜに気づかぬか」
董和のことばにも、法正は、鼻を鳴らすばかりである。
「民は忘れっぽいものだ。一年もたてば、貴様の名すら、民は思い出せなくなっているであろうよ。さて、では貴様の首を刎ねるまえに、祟られたら面倒なので教えてやろう」
「なにをだ。息子のことか?」
意気込む董和に、しかし法正は、顔をゆがめた。
「話の流れを読め。さきほど古城のことを口にしたのに、どうして貴様の息子のことを、いちいちもったいぶって話さねばならぬ。
貴様の息子は、いまは宮城の牢につながれておる。命はとらぬゆえ、安心するがよい」
「奴婢に落とされるのか」
「左様。労役囚となり、宮城の奴婢たちに混ざることになるだろうな」
「わが兄姉と一族は?」
「貴様の、蝋燭の横領をする以前の功績に免じ、罪には問わぬ」
それを聞いて、董和は、ほっと安堵した。
と、同時に、政敵の一族をことごとく滅してきた法正が、自分の一族には手を出しかねていることに、意を強くする。
なんだかんだと言ってはいるが、やはり、法正もまた、董和の民に対する影響力を恐れているのである。
「さて、いつまでおしゃべりをしていても埒が明かぬ。九門古城の宝のことを教えてやろう。貴様には言っておかねばな。
わたしは『得れば必ず天下を取れる宝』を手に入れたよ」
「なんだと?」
思わず、董和は口にしていた。
孔明の口ぶりからすれば、九門古城に眠る『得れば必ず天下を取れる宝』とは、たやすく手に入れられるようなものではないとのことだった。
それに、法正がそれを手に入れたというのなら、孔明の昨夜の訪問は、なんだったのだ?
呆気にとられている董和に、法正は自慢ができるのがうれしくてたまらない、というふうに、まるで少年のようにうきうきと語る。
その視界には、首切り役人のもつ青竜刀が目に入っているはずなのであるが、そこは頓着しない様子だ。
「まこと、残念なことよ、貴様がもうすこし利巧であったなら、ともにあの宝を拝むこともできただろうに。
世界の成り行きのすべてを記した図讖(としん)。あれさえあれば、わたしに怖いものなどなにもない」
「図讖?」
おどろく董和に、法正は、さらに満足そうに、顔に笑みを刻む。
「おや、宝の正体をやはり知らなかったのだな。これはよい土産話になっただろう。祖霊に教えてやるがよい。
ついでに教えてやろう。張大人は、一昨日の夜に『得れば必ず天下を取れる宝』を見つけていたのだよ」
やはり、と董和は思った。
小銭をもいちいち惜しむほどのケチな男が、多少のいざこざがあった程度で、九門古城への盗賊たちの出入りを止めるわけがない。
おそらく張大人自身が指揮していた者たちが、宝(あるいはそれらしきもの)を見つけたので、出入りを止めたのだ。
「見つかったのは図讖というのか。つまり、書物と?」
「書物ではないそうだ。外には持ち出せない類いのものであるという」
法正の返事に、董和は、おや、と思った。
法正は、張大人から、宝が見つかったと聞いているようだが、現物をまだ見ていないのだ。
「貴殿は、それを見たのか」
「いいや、あいにくと、まだ目にしておらぬが、張がいうには、他国に高く売りつけるわけにもいかぬが、とはいえ、独占して、利益を得るだけの儲けしかないのも勿体無い。いったいどうしたらよいかと、持て余していたところへ、思いついたのが、このわたしというのだ。
図讖は未来を予告する。蜀の未来をにぎるわたしにこそ、その宝はふさわしいと思ったのだという」
と、得意そうに笑う法正。
張大人の、へびがうねるような巧妙なかけひきの方法を、董和はよく心得ていたから、すっかりその手中に入ってしまっている法正が、むしろ気の毒にすらなってきた。
「貴殿は、もう張大人に報酬を払ってしまったのか」
悔しさのこめられていない董和の声に、法正は違和感をおぼえたようであるが、これは素直に答えた。
「当然であろう。わたしに売れなければ、軍師将軍に話を持っていくというのだからな。
図讖などというものが、あの思い上がった若造の手に宝が渡ってみろ。あやつは美麗な外見をみごとにうらぎって冷酷無比でおそろしいやつよ。きっと宝を悪用するにちがいない。
巴蜀の未来は暗いものになってしまうであろう」
自分のことを棚にあげて語る法正であるが、董和は、さらにたずねた。
「張は、報酬だけで満足したのか」
「さあて、これからもいろいろ便宜をはかってほしいと言ってはいたが、だからなんだ。もう貴様に教えることはないぞ。
ああ、いや、もうひとつ。張から伝言を預かってきたのだった。
『晴嬰のことは心配しなくてもよい、お前の代わりに、女として、最高の生活をさせてやろう』と」
「貴様!」
立ち上がろうとする董和を、脇にいた処刑人が抑える。
その様子に、法正はなにがおもしろいのか、声をたてて笑った。
「しかしうまく行くときには、四方八方、すべてがまるくおさまるものなのだな。
貴様をかつぎ上げて、われらから離反しようとしていた費家と楊家の動きも押さえることができた。
あとは、やつらをどう料理するかだ。
なにせわたしには『得れば天下を取れる宝』がある。もう恐ろしいものなどなにもない。まさにこれほどうれしいことはないぞ。
さらば、董幼宰。めぐり合わせのわるさに泣くがよい」
「さあて、ややもせぬうちに、貴殿の首が、おなじくこの地に転がることにならねばよいが」
「負け犬の遠吠えだな。無駄なおしゃべりはこのあたりにするか。さて、わたしは忙しい。刑を執行せよ」
法正が用意された椅子のうえで、手をさし上げて合図すると、それに答えて、青竜刀を手にした処刑人が近づいてきた。
水を打ったような静けさにつつまれていた民から、ふたたび、はげしい怒号があがる。
しかし法正は涼しい顔で、椅子の上でくつろいでうりょうに身をくずすと、さっさとしろ、といわんばかりに、急ぐようにと処刑人に手で合図を送った。
董和は焦った。
孔明のことをぶつけてみるにしても、材料が弱すぎる。
孔明は、宝の正体がなんであるかをはっきり言わなかった。
法正が知らないことで、孔明が知っていることは、古城のなりたちと、九つの門の所在、その構造、そして宝の正体である。
しかし、宝を手に入れた法正にとって、それらの話は、もはやどうでもよいことだ。
孔明は、九門古城のことを知る者は、なにがあってもすべて排除すると、きっぱり言い切っていた。
法正と張大人がこれを手に入れたというのなら、孔明は武力でもって、これを排斥するのではないか。
成都が戦火につつまれる。
それだけは止めねば。
「尚書令、貴殿は騙されておるぞ!」
怒号の飛び交うなか、董和は叫んだ。
しかし、法正は、まるで感心をしめさない。
むしろ法正のいまの感心は、自分に罵詈雑言をあびせている民のなかに、知った顔がないかどうかであるようだ。
法正の感心をひくために、董和は叫んだ。
「貴殿は、まだ宝を目にしておらぬのであろう! 張の得意な詐欺の手段ではないか。貴殿はたぶらかされておるのだ!」
しかし、これでも法正は見向きもしない。
どころか、どんどんと処刑人は近づいてくる。
ええい、ままよ。
董和はなかば自暴自棄になって、叫んだ。
「古城の宝は、軍師将軍がすでに得ているのだ!」
「なんだと」
法正の顔色が、はっきりと変わった。
よし、と心の中で快哉をあげて、董和はつづけた。
「貴殿が政敵の始末ばかりに気をとられているあいだ、軍師将軍は独自に古城のことを知り、地下に荊州兵の部隊を潜らせて、内部を探索させていたのだ。
そして、宝を見つけた」
「張大人が、諸葛孔明とも取引をしていたというのか」
「いいや、軍師将軍は、祖先から伝わった地図を持っていた。その地図こそが、古城の地図であったのだ」
「たわけたことを! 軍師将軍は徐州は琅邪の出自であろうが。それなのに、なぜ巴蜀の古城の地図がつたわるのだ。
命が惜しいからと、でまかせを口にするとは、董幼宰、落ちたものよ。
これ、早く処刑してしまえ。罵詈雑言は聞きあいた」
処刑人がそばに立った。
そのとき、ようやく董和の心ははげしく乱れた。
全身に流れる汗が、おのれの体に、まだ脈々と、熱い血潮が流れていることを告げてくる。
死にたくない。こんな何も判らない状態で、すべてを置き去りにしたまま、死にたくない。
怒号が渦のようになって、刑場の空気をかきまわし、激しさを増す。
こめかみが痛み、耳鳴りがする。
目のまえに、処刑人の持つ青竜刀の刃が見えた。
まだ、考えろ。落ち着け。
生きるのだ。まだ死ぬときではない。
必死におのれに言いきかせる董和の耳に、耳鳴りとはべつに、怒号に紛れつつも、じょじょに近づいてくる地鳴りのような音を、はっきりと聞いた。
地鳴りが大きくなると同時に、民の後方から、怒号が快哉に変わっていくのがわかった。
おどろいて顔をあげると、処刑場にあつまった民の群れの背後から、おびただしい数の水牛の群が、こちらに向かってまっすぐに突っ込んできていたのである。
水牛の群の、その先頭にいるのは、古城の三番目の門のところで見た、神々しいまでにうつくしい白馬にのった、赤頭巾であった。
水牛の勢いはすさまじく、迷惑なことに、民衆さえもなぎ倒し、土石流のごとく処刑場へとなだれ込んでいく。
水牛は、赤頭巾の指導のもと、まるでよく訓練された兵卒のように、その大きな角と黒い巨体でもって、竹で編まれた柵をあっさりと壊した。
そうして興奮しきった牛は、刑場に侵入すると、興奮しきった様子で、だれかれ構わず、目についた者をその凶悪な角でもってひっかけて、はじき飛ばしはじめた。
当然のことながら、民衆をも巻き込んで、その場は大混乱となった。
法正は、その場にいた兵卒たちに檄を飛ばすのであるが、混乱がひどく、甲高いその声は、民衆の悲鳴や怒号にまぎれて、ただしく通らない。
董和は、後ろ手を縛られたまま、牛に蹴り飛ばされないよう注意しつつ、脇に倒れている偉度のところへにじり寄った。
動けない偉度が、牛に踏み潰されることを警戒したのだ。
赤頭巾はといえば、じつに楽しそうに牛をあおっている。
助けにきてくれたのかとおどろく董和であるが、牛の群れの後ろから、晴嬰をはじめとする長星橋商店街の面々が、手に手を武器になだれこんできたのを見て、事情を理解した。
長星橋の面々が、自分のために立ち上がってくれたのだ。
心に熱いものがこみあげてくるのを感じながら、董和は、必死に偉度をかばった。
牛の群れの突撃が、単なる暴走などではなく、なにものかの襲撃なのだということがはっきりわかると、法正の私兵たちの動きは早かった。
たちまち牛を弓でもって仕留め、つぎに、なだれ込んできた商店街の面々に弓を向ける。
逃げろ、と董和が叫ぶまでもなかった。
兵卒たちの弓は放たれることはなった。
というのも、まるで降ってきたようにあらわれた、董和の見たことのない白頭巾の男が、弓隊のなかに槍でもってつっこんでいったのである。
その槍さばきは見事としか表現しようがなく、兵卒のことごとくは、男によって跳ね飛ばされてしまった。
白頭巾の動きがあまりに華麗なために、牛の暴走に怯えていた観衆から、盛大な歓声と拍手が沸き起こるほどである。
いちばん大喜びしているのは、自身はなにをするでもなく、ただひたすら観衆と牛を煽っている赤頭巾であった。
「すげえ、あの男、一人で全部やっつけちまえますぜ!」
そう嬉しそうに言いながら、駆け寄ってきたのは、肉屋の親父と、晴嬰だった。
「幼宰さま、ご無事で!」
晴嬰が董和を抱き起こし、手をいましめている、枷を外そうとする。
それを制し、董和は言った。
「わたしはよい。それより、偉度をなんとかしてやってくれ」
「もちろんそうですが、ひでぇ有り様ですぜ、幼宰さま」
と、肉屋は、董和と偉度の戒めを解きつつ、怒り混じりに言う。
おのれの姿を顧みることがなかったので気づかなかったのだが、董和の姿はぼろぼろであった。
衣はあちこち裂け、ところどころ血がこびりついている。
千里の彼方から、這ってきたような有り様である。
肉屋の親父は、自分の店の道具でもって、器用に、董和と偉度の枷をはずした。
偉度の意識はいまだ戻っていないが、それでも手足が自由になると、かすかにうめき声をあげた。
両腕を解放されてほっとした董和であったが、自分をのぞき込む肉屋の親父と、涙ぐむ晴嬰の背後に、いままさに、斬りかからんと襲ってくる、職務に忠実すぎるほど忠実な、処刑人の姿を見た。
董和は、傍らの晴嬰を抱きかかえるようにして身をよじらせると、地面をそのまま転がるように移動した。
鞭打ちをうけた傷が、砂利の感触に悲鳴をあげたが、止まってはいられない。
そうして、白頭巾によって打ち倒された兵士の体から、とっさに剣を奪うと、ふたたび襲ってきた処刑人の刃を受け止めた。
しかし、鞭打ちを受けたばかりの体は、ちょっとした衝撃にも敏感である。
たった一撃を受け止めただけなのに、董和の全身に痺れが走った。
思わず剣を落とすと、処刑人が、にやりと残酷な笑みを浮かべた。
「いけない!」
その叫びが聞こえたのと、目の前に晴嬰が立ったのが、ほぼ同時であった。
処刑人が、すべての体重をこめて、身をひねるようにして、横から切り伏せるべく、刃をふるうのが見えた。
とっさに、董和は前に立った晴嬰を背後から抱きしめるようにして、そのままぎゅっと目をつぶった。
が、恐れいていた悲鳴も衝撃も、なかなかやってこない。
目を開けると、処刑人は、口から泡を吹いて、膝から崩れ落ちていた。
その背後には、赤頭巾が得意そうに棍棒を持って立っていた。
すっかり興奮しており、赤頭巾からのぞくその目は、悪戯小僧のように得意そうに笑っている。
「どうだい、これで立派に恩返しができただろう?」
「かたじけない」
場にふさわしからぬ明るい声に、董和は思わず素直に頭を下げていた。
だが、そんなふうに場が和んだのも、一瞬のことであった。
白頭巾がほぼ孤軍奮闘して、つぎつぎと兵卒を打ち払っていたのであるが、この騒ぎをききつけて、別の部隊が応援にやってきてしまったのだ。
彼らは高台より弓を構え、まず先に白頭巾めがけて、矢をかける。
白頭巾は、神業とも言える華麗な動きでもって、それらをことごとく地に打ち伏せるのであるが、自身に向けられた矢を払うのにいっぱいいっぱいになってしまい、その隙に、ほかの私兵たちが、長星橋商店街の面々や、騒ぎに乗じて、日ごろのうっぷんを晴らそうと暴れていた民衆に向けて、つぎつぎと弓をはなってきたからたまらない。
とたん、場は悲惨な叫びにあふれた。
暴徒がさらに混乱したのをみきわめた法正が、これを機にとばかりに、兵卒に合図し、兵卒たちは、それにしたがって、今度は剣でもって、徒手空拳の民を切り伏せにかかった。
たちまち、刑場は、逃げ惑う人々であふれかえった。
牛はさらに興奮し、全身に矢をいくつも浴びながら、狂ったように暴れまわり、兵士たちは目についた者から、つぎつぎと捕まえて切り倒していく。
「まーったく、やりたい放題もいい加減にしやがれ!」
赤頭巾が怒りにまかせて立ち上がったそのとき、空を裂くような、呼子の音が場を断ち切った。
新手である。