捜神三国志・燭龍本紀
閑話 蒼亀の背の上で
成都の空にたなびく雲は、朝焼けに生えて、天女の衣のように美しい。
青空と茜色の織りなす幻想的な色彩を愛でつつ、法正は、大きく息を吸い込んだ。
肺を真新しい空気でいっぱいにする。
清清しい気分であった。
法正という男を見知っている者がその顔を見たならば、きっとびっくりしたにちがいない。
法正はまるで童子のようににっこりと、空を眺めながら笑っていたからだ。
笑わずにいられようか。これから、自分の天下がやってくるのだから。
さらば、目障りな諸葛孔明。そしてその取り巻きたち。
彼らが少しは恭順さを示すのであれば、諸葛亮は、追放するだけにとどめてやってもよい。
フンフンと鼻歌を刻みつつ、馬車に乗りこもうとする法正を、御者以下、私兵たちも、不気味なものを見るような目で見ている。
もしかしたら、今夜にでも、成都は大雪に見舞われるのではないか。
だれかがそんな冗談を口にしたのだが、笑うものはいなかった。
もしかしたら、という部分もあったし、うっかり同調して笑って、しばらく経った後に法正に思い出されて、ひどい目にあわせられたら、たまらないからだ。
おそらく成都の野良の子犬でさえ、法正の姿を見れば、たちまち顔をしかめて逃げたであろう。
法正という男は、つねに損な星回りに生まれてきた。
そもそも、仕官をするつもりなどなかった。
彼の祖父の法真は著名な隠士であり、ずばぬけた才能と人物鑑定眼をもちながら、どんな招聘にも応じず、田舎で自給自足の生活をして過ごした。
世評を気にして隠士を気取っているのではない。
慎ましやかな人柄で、ほんものの清貧の鑑であった。
父親はごくごくふつうの官吏であったから、よけいに祖父の法真の清らかな生き方はまぶしく見えた。
祖父も、内孫のなかでは、もっとも聡明な法正を可愛がり、膝の上にのせて、おもしろい話をいろいろと教えてくれたものである。
祖父の博識さと、語り口の上手さは魔法のようで、法正は空想の世界に遊んだまま、祖父の膝の上で眠ってしまうこともしばしばだった。
法真の気負わない生き方にあこがれて、法正は、大人になったら、自分もそうなるのだと夢見ていた。
しかし、父親は、法正のそんな願いをよく思わず、逆に法真のようにならぬよう、きびしく躾けた。
同年の子供と遊ぶにしても、遊び相手は父が選んだ子供でなければならず、遊びの時間が過ぎれば、机の前に座り、難解な文言の並ぶ書物を何度も読まねばならなかった。
ときに、子供らしい反抗心でもって、逃げ出すこともあったが、そうなれば父親のきびしい折檻が待っていた。
母親は父親の顔色を窺っているような状態で、家人たちも同様であった。
法正はたったひとりで、きびしい父親と対決しなければならなかった。
孫の窮屈そうな様子を見て、法真は
「学問は強制されてするものではない。お前のは教えているのではなく、押し付けているのだ」
と父親にとりなしてくれる。
父親は表面上では、
「はい、父上」
とよい返事をするのであるが、その舌の根もかわかぬうちに、ふたたび法正を机の前に向かわせた。
法真の名声があまりに高いために、父親はかえってそれを迷惑そうにする向きがあった。
だから、というわけでもないだろうが、法真が口をはさんでくると、そのあとの勉強は、はさんでくる前よりきびしくなる傾向があった。
法正は、祖父が好きであったが、そんなことが日常的にくりかえされたので、だんだんと祖父を頼ることを考えなくなった。
父のきびしい要求に、応じることができるだけの才能が、法正にはあった。
成長するにつれ、周囲の
「あの坊ちゃんは、あんなに小さいのに、こんなに学問ができなさる」
という賞賛の声が増えるにつれて、嫌でたまらなかった机の前に、だんだんと自ら向かうようになっていた。
とはいえ、法真のようになりたいという夢が、すっかり失われたわけではない。
法正は、父親に囲われるようにして成長していたので、感受性の乏しい、表情のない少年になっていたが、それでも、祖父の膝の上ではぐくまれた想像の世界は、まだ胸の中に大切にしまわれていた。
父親は、法正を官吏にしたがったが、法正は、あくまで法真のような生き方を望んでいた。
しかし、転機が訪れる。
ある年、法正の住む扶風郡は、飢饉におそわれた。
餓死者が多く出て、食糧をもとめ、農民たちが流民化し、盗賊となるものまであらわれた。
こうなると、ちっぽけな自給自足の生活は脆く崩れた。
法真は、自ら鍬を持って田畑を耕していたが、実りは薄く、それでもなお、近隣の貧しい民に食糧をわけてやったがために、おのれが身体を悪くして、ついにはそれが原因で倒れ、そのまま亡くなった。
多くの子供たちが、親兄弟とともに飢えに苦しみ、あるいは死んでいくなかで、法正は無事であった。
父親が、官吏という立場を利用して、官戸の食糧をこっそり横流しし、家族の分を確保していたからである。
この明と暗をくっきり分けた出来事がきっかけで、法正は空想の世界に遊ぶことを止めた。
無意味だということがわかったからである。
夢や理想では人は食べていくことすらできないのだ。
食べること、すなわち生きること。
生きてこそ、目的は達することができるのだ。
祖父は慕われてはいたけれども、理想のために死んで、そのままなにも果たさなかった。
そんな人生に、なんの意味があるというのか?
その疑問は、法正に、何も残せずに死ぬことへの恐怖を植え付ける。
あれほど人々から慕われ、愛されていた人物さえ、なにも為せずに死んでいった。
その不条理に対する埋もれた怒りが底のほうに蟠っていた。
だが、おのれの心の中にあるものに、本人は気づいていない。
成長した法正は、笑わない青年になっていた。
彼の目に映る世界というのは、どこもかしこも味気なく、バカばっかりで、絶望的であった。
たとえ誉れの高い人物と対峙しても、祖父以上の人物はいなかった。
祖父は本物であった。欲というものがなかった。
いや、あったのだろうが、すさまじい克己心でそれを駆逐したのである。
祖父に比べれば、そこいらの名士や豪族たちも虫けらで、すまし顔の底に、俗物根性が透けて見えた。
法正は、その態度を隠そうともしなかったら、当然、周囲の反感を買った。
若くて才能がある、ということが、かえって損になることがある。
妬みも混ざって、法正はつねに周囲から爪弾きにされる存在になっていた。
建安初年に起こった全国的な飢饉に押される形で、とうとう仕官することになったときも、上司には嫌われ、同僚からの支持も得られず、後輩からは煙たがられ、という始末で、周囲から浮き上がりつづけた。
それどころか、「品行が悪い」と同郷の人間に讒訴される始末。
この場合の品行とは、劉璋のことを、所構わず手厳しく批判したからだ。
しかし法真の名声の助けがあって、法正は讒訴されたものの、罪に落とされることはなかった。
このことがきっかけになり、法正の周囲には、「反劉璋」の人々が多くあつまることになった。
張松や彭恙らもその中のひとりである。
そうして不満は膨らみ、具体的な形を取って、やがて劉備をつかって劉璋を追い出そう、という計画に変わっていく。
法正は、劉備という男の評判は聞いていたが、あまりよい印象は持っていなかった。
ともかく、負けっぱなしである。
意味のある負け方、というのではない。
ただただ、ひたすら負けている。
張松は劉備にわざわざ会いに行き、彼こそがわれらの求めし主なり、と法正に力説するのだが、当の法正は、いまひとつ気乗りではなかった。
張松や彭恙たちの劉備に対する思いが、どこか、子供が根拠もなく、いつか誰かが迎えに来て、遠い素敵なところへ連れて行ってくれるのではと夢に思うのに、なんら変わりがないように見えたからである。
そんな夢想をするのは、祖父の膝の上に収まっている幼子のときに止めていた。
いまさら、実のない夢に乗るつもりはない。
そんな法正に、張松は厭かず、説得をつづけた。
張松という男は、すぐれた頭脳と純粋な魂の持ち主であったが、生まれつき奇怪な容貌をしているというためだけに、人から疎んじられており、そのため、いささか人間不信の傾向があった。
その男が、まるで恋をした少年のように目をかがやかせ、劉備のことを語るのだ。
法正はうるさがったが、ふと、張松がこんなことを言った。
「君はいつも現実を見よ、現実がすべてだという。
たしかにそうかもしれんが、縁というものに、我らの未来を賭けてみないかね。
劉左将軍の字は玄徳だ。
きみの祖父の法真さまも、世間から『玄徳先生』と呼ばれていた。
劉左将軍へお仕えせよ、という、法真さまのお導きとは思わないか」
お導き、などとは思わなかったが、その言葉は、法正の心の琴線に、不思議と触れた。
会ってみれば、たしかに張松ほどの男が夢中になるのも判った気がした。
劉備という男は、光を当てればさまざまに色の変わる宝玉のような男で、漢祖を想像させる破天荒な面もあれば、無邪気な子供のような面もあり、ときに子兎のような惰弱ささえ見せた。
劉備の捉えがたい不安定さは、逆に言えば、臨機応変さに拠るものである。
五十を過ぎてなお、その柔軟な考えを持ち続ける純粋な魂と、親子ほど年のはなれた龐統に、師に仕えているような態度を見せているのも好ましいものであった。
また、この龐統統とも、法正は気が合った。
法正は、けしてまずい面貌をしているわけではなかったが、中身の偏屈さがにじみ出て、たしかに万人に好まれる顔ではなかった。
龐統も、幼い頃にわずらった疱瘡が原因で、顔にひどいあばたができていた。
ひどく内気な男で、法正と顔をはじめて合わせたときも、目を合わせることだけで精一杯、というふうであったが、ひとたび、巴蜀攻略の話になると、人が変わったように饒舌になり、その醜い顔の裏側にある、どんな逆風にも負けぬ力強い性格を見せてくれた。
龐統も法正を気に入ったようで、ふたりは旧来の友だちのように戦の準備について夢中で話し込んだ。
この男たちにならば、協力ができる。
法正はそう判断し、はじめて、己の夢を、他者に託したのであった。
そうして法正の思惑どおり、劉備は入蜀に成功し、劉璋は荊州の片田舎へおいやられた。
張松や龐統などの犠牲はあったものの、法正は、はじめて世界の表舞台に立ったのだった。
気心の知れた、真の意味での友たちとの永別は、法正に思わぬ悲しみを味あわせた。しかし法正はだからこそ、死んでいった友のためにも、彼らの志を継ぐのだと、固く決意した。
祖父のようにはならない。名も実もある男となって、たった一人でも、主公を守り、現世を生き抜いてやるのだと。
が。
まさに舞台の幕の裏にて、これから貴方の出番ですと指示をされ、立ち位置すら決められていたのに、いざ幕が上がってみたら、ぜんぜん違うやつが横からひょい、とあらわれて、満座の拍手喝さいを攫ってしまった。
そんな気分を法正は味わうことになる。
満座の拍手を攫っていったのは、諸葛孔明という男であった。
法正は、荊州からやってきた諸葛孔明という男とはじめて顔をあわせたとき、これは反則だと思った。
世の中には、天恵を一身に集めたような人物が存在する。
天才と呼ばれる詩人であったり、歌妓であったり、文章家だったりするわけであるが、諸葛孔明も、その類いであることは、法正はすぐに理解した。
理屈ではない。
そういった人物は、自分たちから何もしないでも、見えない看板を背負って、大声で存在を喧伝しているような、衆目をあつめる「なにか」がある。
孔明もそうで、不気味なほどの美貌と、冴えた眼差しと、洗練された雰囲気と気品で、まず法正を圧倒した。
容姿からして、法正とは正反対の男であった。
ただ、外見ばかりで中身の伴わない男であれば、法正はこれほど孔明を憎まなかっただろう。
法正をうろたえさせたのは、孔明が中身もきちんと備えていた点である。
法正からすれば、謙虚さのない傲慢な青年なのであるが、しかし仕事ぶりはたしかで、人を使うのがうまい。
外見がすばらしいせいか、周囲にはふしぎとその人物に惚れ込んでしまった人々が集まっており、孔明のために、身を粉にしてはたらく。
直属の部下たちは孔明を崇めている、といってもよいくらいだ。
鷹揚にしているかと思えば、ねずみのように、いろんな場所に顔を出し、こまごまとはたらいている。
その行動の捉えどころのなさは、劉備すら上回っている。
劉備は法正をたてて、孔明よりも上の地位につけているが、寵愛の度合いでいえば、孔明のほうがはるかに可愛がられていた。
法正も劉備を敬愛していたけれども、劉備のほうは、法正に本当に気をゆるしてはいない。
そんなことを知りたくはなかったが、気づいてしまった。
もしも龐統が死なず、孔明が荊州に留まっているのであれば、法正は、きっと生涯それに気づかずにいられたかもしれない。
これは法正にとっては、なにより堪えた。
はなから期待を抱かずに仰いでいた前の君主の劉璋のほうが、その点では、まだよかったかもしれない。
主公は、自分を孔明の土台か補佐のようにしか捕らえていないのでは、とさえ思うことがある。
法正からしてみれば、孔明は、盟友である龐統が、文字通り心骨砕いて手に入れた蜀という土地に、あとからのんびりやってきて、うまうまと龐統の後釜にすわって、平然としているようにしか見えない。
法正と龐統が戦略を練り上げていたからこそ、劉備は蜀を手に入れられたのである。穏便に政権交代が行われたのではない。血は流された。
練り上げた計画も、現実に実行してみると、齟齬が出てくる。渦中にいると、そのあやまちに気づかないものであるが、傍からながめれば、見通しがよいのは当然である。
孔明は、一番重要な部分にまるで噛まずに、あとから知った顔をして、やってきた。あの苦労を知らない癖に、という苛立ちもあるし、それなのに劉備の寵愛が深い、という矛盾に対する怒りもある。
もちろん、その微妙な怒りは、他者にはわかりづらいものであり、公に口に出せる類いのものでもない。
それゆえに、怒りはくすぶり、法正は、孔明を無視することも、許容することもできずに、苛立つことしかできないでいた。
だが、こんな苛立ちとも、今日でおさらばだ。
策を弄するまでもなく、孔明は庶民の董和のために叛乱したのだ。
これではいかに荊州方が庇い立てしようと、言い訳もできまい。
見つけ次第、捕らえて蜀から追放する。
しかも『九門古城』の図讖のおかげで、一枚岩だと思っていた荊州側の人間にも、反孔明がいる、ということがわかった。
彼らと結び、蜀を足がかりにして天下を狙うのも夢ではない。
もちろん中心に据えるのは劉備であるが、その第一の担ぎ手は、ほかならぬ自分なのだ。
法真のように、ただ土に還るような人生にはしない。
後々まで語り継がれる蜀の英雄。そんな未来が待っている。
さあ、今朝はその第一歩。
と、上機嫌で法正は宮城へ向かい、まずは劉備に会見をするつもりであった。
劉備に孔明が叛乱をしたということを告げ、孔明の捕縛の命令を劉左将軍からの正式なものとしなければならぬ。
劉備の、孔明に対する常日頃の態度からすれば、いささかぐずるかもしれないが、そこはそれ、優柔不断な主を決断させるコツを、法正は心得ている。
劉備は、今朝はまだ私室にてのんびりしているという。
不意打ちのようになるので、劉備はきっと驚きあわて、どころか怒り出すかもしれない。
最初のひと言が肝心になるだろう。
神妙な顔をさらに神妙にして、
「主公、非常に残念な報告をせねばなりませぬ。軍師将軍が」
いやいや、これでは月並みだ。
「主公、貴方様のご機嫌を損ねることになるこの不埒な家臣をお許しくださいませ。
どうしても至急申し上げたき儀がございまして参上いたしました」
うむ、これでよかろう。
取次ぎの女官が、主公がお会いになられます、といって法正を奥に通す。顔がゆるむのを懸命におさえつつ、法正は劉備の前に立つ。
劉備はくだけた格好で、もりもりと朝飯を食べていた。
先客がいるようで、和やかな調子の会話が聞こえてくる。こんな早朝に、まずいな、と思いつつ、深々と拱手した法正が、顔を上げると、劉備の差し向かい、ちょうど法正には背を向ける格好で、
ほかならぬ、軍師将軍・諸葛孔明がいた。
「んな」
なにをやっているか、貴様、と言うつもりが、舌がもつれた。
孔明は、小憎らしいほど平然と振り返り、おやおや、といいながら立ち上がると、顔を半端に上げたままの姿勢で固まっている法正に、優雅に拱手をかえす。
「これはこれは、朝早くにお勤めご苦労様でございます」
まるで先刻のことなどなかったような、嫣然とした笑みを浮かべ、孔明は言った
劉備は法正を見ると、朝食を咀嚼しながら、こっちへこい、と手まねきをした。
法正は、孔明から目線を外せないまま、劉備の手招きに応じる。
叛徒がおのれの嫌疑を晴らすために、主人のもとへ駆けつけて庇護をたのんできたことろを、法正が踏み込んだ、という筋書きをつくって、周囲を巻き込んで孔明を捕らえることも考えた。
が、孔明と劉備の様子があまりに和やかで、騒ぎ立てるのがかえってあやういと判断した。
孔明の穏やかな表情からは、刑場で見せていた負の感情は、なんら伺うことはできない。
なにを考えているのか。
じっとりと、法正の首から背中にかけて、嫌な汗がにじむ。
諸葛亮というのは、法正に嫌な汗をかかせることにおいては、天才的才能を示す。
だから法正はよけいに孔明が嫌いだ。
劉備のほうを盗み見るが、劉備は普段とかわらずほがらかだ。
法正と孔明の言葉を並べて、劉備がどちらを取るか、その計算すらわからない。
情でいえば、劉備は孔明を取るだろう。
しかし、現状をまっすぐ見たならば、法正を取らざるを得ないはずだ。
法正なくして、成都の安定はありえない。
どんなに衆望がなかろうと、結局、民の上に立つ官僚たちを動かすのは尚書令たる法正なのだ。
軍師将軍、そして左将軍府事の孔明ではない。
あらためて、法正は、おのれの置かれている立場の微弱さに心細い思いを感じた。
孔明が免官となった董和のために、あれほどの無茶ができたのは、劉備の寵愛を信じていられるからだ。
またもや、胸にもやもやとした不愉快な感情がこみ上げて、法正は自戒した。
いまは、この二人の考えを読むことに集中しなければ。
下手に舵の切り方をまちがえると、自分が沈む。
「朝早くからご苦労だな。貴殿は感心するほど真面目だ。官吏の鑑だな」
と自分のことばに、うんうんと肯きながら劉備は言う。
朝食は食べ終わった様子で、傍らにひかえていた女官に合図をして膳を下げさせると、同時に人払いをするように命じた。
しまった。
法正は、孔明が先手を打って、逆に法正を捕らえるべく罠を仕掛けていたのでは、と身構えたが、劉備も孔明もけろりとしており、動きはなにもない。
劉備は孔明から、なにも聞かされていないのか?
「軍師将軍もお早いようで」
と、法正は辛うじて返したが、いつもの悄然とした態度を保つことはできなかった。
「こんなに優秀な臣下に二人も仕えてもらえて、幸せだよ、俺は」
屈託なく笑いつつ言う劉備のことばに、孔明は
「ありがたきお言葉」
と、ありきたりの返事をかえして軽く頭を下げる。
そうして続けて何かを言うのでは、と警戒しつつ法正は待ったが、孔明からはなんの言葉も出なかった。
なかったことにしようとでもいうのか?
なかったことになったらどうなるか?
法正はすばやく頭を働かせた。
答えは、どうにもならない。
そもそも、孔明が叛乱の意思を示して挙兵をした、という事実からして、状況だけで作り上げた、いわば言いがかりなのである。
むしろこの状況では、孔明に、法正が自分を讒訴しようとしていると劉備に泣きつかれるほうが、よほどあやうい。
法正が叛意ありと決め付けた、その証拠は、実際にはなにもないわけだから、その点を突かれてしまったら、逆に法正こそ、叛意があるのでは、と疑われてしまう。
孔明のほうが、何もなかったことにしようというのならば、いまはそのほうが好都合だ。
孔明の失脚を謀れなかったのは残念だが、董和の処刑を邪魔したのは事実なのだから、いまはダメでも、あとから別の機会のときに追い込む手段として使えるだろう。
孔明が刑場に乗り込んできたのは、ろくに証拠もなしに董和を捕らえ、処刑しようとしたという点に異議を唱える、という理由からであったが、逆に時間があるのであれば、董和を捕らえるのに十分な「証拠」はいくらでも作れるというものだ。
孔明が口を出させないように完璧に策を講じ、目ざわりな董和を片づける。
董幼宰。
この人物も諸葛亮とおなじ類いの人間だ。
名誉や蓄財にはまるで興味をしめさずに、無私の精神で、バカ正直に任務に打ち込み、損ばかりしているのに愚痴一つこぼさず、民の人気を一身にあつめている男。
成都の令として、腐敗しきった劉璋の治世をもっとも目の当たりにして、絶望しきっていただろうに、劉備が攻めてくると、最後まで劉璋に従って、筋を通した。
これまた、法正とは真逆の人生を歩んでいる男だ。
巴蜀の、この男に対する期待は過大なほどに大きく、民だけではなく、官吏や費家や楊家のような名族のなかにも、支持者が多くいる。
名誉欲がない、という点では、あとあと面倒になる確率が低かったので、免官にしただけで放っておいたのであるが、九門古城に絡んできたので、やはり始末をすることにしたのだ。
九門古城にて、せっかく得た図讖を横取りされたらたまらない。
あれには栄耀飯店の張大人に、巨額の報酬を払っているのだ。
四角四面なこの男のことだから、『得ればかならず天下を取れる宝』は、劉備か、あるいは曹操の庇護下にある帝に献上すべしだと言い出すだろう。
孔明が董和をなぜ庇っているのかは不思議であるが、こちらで「正当な理由」を作ってしまえば、引き渡すのに異議を唱えることもできまい。
孔明が叛意あり、と騒がれながらも、屈辱に耐えて沈黙し、何もなかったように振る舞っているのは、おそらく現状では、真正面から尚書令たるおのれにぶつかっても勝ち目がない、と判断したにちがいない。
荊州兵がいかに訓練された精鋭の集団であろうと、ここは巴蜀。
彼らだけで益州は制し得ない。
よそ者である孔明が巴蜀の状態をつかみかねているあいだに、こちらは動いてしまえばよいだけの話だ。
そこまで考えて、法正は落ち着いてきた。
有利なのはこちらだ。
孔明はすべて後手にまわざるを得ないのが現状だ。
それに、もし困難にぶちあたったとしても、九門古城の図讖がある。
あれを信じれば、間違いなど犯しようがない。
問題は、部下たちに軍師将軍の叛乱を報せ、左将軍府にも兵を差し向けていることだ。
連中がハメをはずさないうちに、撤収を命じなければなるまい。
とくに荊州兵の兵舎に差し向けた彭恙には、早馬を飛ばさなければ。
彭恙のことだから、法正の言葉を必要以上に守って動いているにちがいない。
それと馬超…そういえば、その後の報告は一切ないが、あの誇り高い悍馬はどこへ行ったのだ?
「二人が揃ったところでちょうどいい。内密に、話しておきたいことがあったのだ」
と、劉備は法正が席についたところで切り出した。
「せっかく戦が終わったっていうのに、このところ成都は血なまぐさい話ばかりが聞こえてくるようだな」
直截的なことばにぎょっとして、法正は、やはり孔明がなんらかの対策を講じていたのか、とちらりとその横顔を盗み見たが、意外なことに、孔明の柔らかな線を描く秀麗な横顔も、劉備を怪訝そうに見ている。
劉備は、おどろき言葉を返さない二人の顔を交互に見比べると、いつになくきびしい顔で言った。
「このままじゃ、成都の民は不満をつのらせ、前の劉璋のほうがよっぽどよかったと騒ぎ立てるだろうよ。
しかも上が益州だ、荊州だと人を出自で色分けして、お互いに争っているのじゃ、話にならねぇ。
俺なんかよりはるかに頭のいいお前たちが、そのことに気づいていないはずはないのだがな。そうだろう?」
ずばり核心をつかれ、法正はさすがにうろたえた。
隣の孔明も同様で、白い顔に朱が差している。
「そこでだ、お前たちに協力して、科を作ってほしい」
「科、でございますか」
劉備は大きく肯いた。科とは刑法のことである。
「そうだ。孔明、法孝直、伊機伯、劉子初の四人でこれにあたれ。なるべく早くにな。
目からウロコってくらいの立派な法科が出来上がることを期待しているぞ。細かいところは孔明、お前が調整してくれ」
「お待ちくださいませ、今朝、わたくしがこちらへうかがいましたのは…」
と、孔明が口を開き、あわてて法正もそれに言葉をかぶせようとするのを、劉備は手で止めた。
「俺はしばらく、おまえたちのどっちの話も聞かない」
「主公、それでは混乱を招きます」
「孔明、おまえが収められない混乱を、俺が収められると思うのか?」
「主公だからこそ収められるのでございます。我らを放っておかれると申されるのか?」
そうとは言っていないだろうが、とぼやく劉備に、孔明はさらに言う。
小憎らしいまでにいつも悠然としている青年だとばかり思っていたが、意外なところで感情をあらわにしている。
そのうろたえぶりは、法正からすれば、幼いくらいに見えた。
「主公はわたくしを誤解されておりますぞ。
聞けば、市井の者たちに、諸葛亮は冷たいとおっしゃったとか。
それとて心外なお言葉でございますが、主公から見れば、そのように見えたこともあったかもしれませぬ。
しかし、わたくしは私利私欲のためや派閥を守るために心無い振る舞いをしたわけではありませぬぞ。
すべては主公のため。それなのに、わたくしを見捨てられると申されるのか!」
食い下がる孔明に、はじめて劉備は怒気をあらわにして言い放った。
「阿呆!」
孔明は、劉備の顔をぽかんと見ている。
「阿呆?」
「そうだ。この阿呆、いまの自分の顔をとっくり鑑で眺めてみろ。法孝直、おまえもだ。なんて面してやがる。龍が蛇になっているぞ。
いいか、おまえたち、いつまでもいがみ合って、成都をめちゃくちゃに振り回しつづけるつもりなら、俺にだって考えがあるぞ。
おまえたちは、成都には己がいなければ成り立たないとそれぞれ思っているんだろうが、そんなことはねぇ。
いいか、あらためて言っておく。
お前たちが地方領主の家臣のままで一生を終えたいのであれば、それはそれでかまわねぇ。
しかし、俺が必要なのは、俺に天下を取らせてくれる家臣だ。お前たちがこのまま小さい器に納まって満足しているようならば、俺は本気でおまえたちを捨てる。
お前たちは、おれの馬車の車輪のようなものだ。どっちが欠けてもおかしくなる。片方がダメなときは、もう片方がどんなによくても、走ることはできねぇ。
ずばり言うぞ。お前たちのどっちか片方がダメならば、お前たち両方を捨てる」
法正は、あまりの条件に言葉もでない。主公は狂ったのか?
孔明のほうは、まだ発言する元気があるらしく、なおも劉備に訴える。
「現実として、我らがもし両方とも捨てられるとして、その後、主公はどうされますのか? 家臣たちはまとまりませぬぞ」
「そこがお前のうぬぼれているところだよ。
お前たちの抜けた分は、伊籍と劉巴がなんとかする。荊州から馬良を呼んでもいいしな」
「伊籍殿や馬良はともかく、主公は劉巴とは、うまくやっていけますまい」
「孔明、舐めるなよ。俺はお前がまだおしめをしている時分からずうっと人の中で折衝してきた男だぞ。
たしかに劉巴は気むずかしいが、お前が常々誉めているように、あれの能力は本物だ。劉巴の能力を引き出すためなら、俺は俺を変えることができる自信がある。
ま、そのときは、お前は隆中なり、どこへなり好きなところへ隠居して、俺の活躍を見てくれてりゃあいいさ」
孔明はしばらくぼう然としつつ劉備の顔を眺めていたが、やがて、つぶやくように言った。
「本気でございますか」
「あいにくと本気だ。そういうわけで、俺の話は以上だ。
しばらく、公務に関すること以外の相談は受け付けないし、取次ぎもさせないので、そのつもりでいろよ。じゃあ、またな」
と、劉備は薄情なほどにあっさりと席を立って行ってしまった。
孔明も法正も、金縛りにあったように席を立てないでいる。
競争させて、どちらか良い方を取る。それがふつうのやり方ではないのか。
劉備はいったいなにを考えているのか。
まさか、劉巴の陰謀?
と、いつもやる気のなさそうな劉巴の暗い表情を思い出し、法正は首を振った。
あの男にそんな元気があるとは思えない。
孔明が言ったとおり、そもそも劉巴は劉備とうまくいっていない。
荊州を曹操が制した際、そのまま曹操に仕官したのが劉巴である。
しかしその後の劉備の荊州三郡の攻略時に戦乱に巻き込まれ、曹操のもとへ帰れなくなってしまった。
そのときに、降伏するように孔明や劉備に説得されたのであるが、これを拒否し、逃亡をはかった。
そうして南の蛮地を経由して蜀へ逃げ込み、劉璋の庇護下にいたのであるが、益州はこれまた劉備に攻められ、とうとう劉備の配下にならざるを得なかった、という経歴の持ち主である。
行政官としての能力はずば抜けているのだが、感情というものに乏しい男で、荊州の人間ながらも益州の人間と誼が深く、孔明に高く評価されており、友情に近いものまで示されているというのに、本人は孔明とも距離を置いている、という微妙な位置にいる人物だ。
劉巴はどうだっていい。
追い落として寵を得ればいいという話ではなくなってしまった。
益州人士の代表として、率先して、相手と仲良くしなければならない。
できなければ、劉備に捨てられる、つまり、尚書令という、文官の頂点たる輝かしい地位を追われ、一介の庶民になってしまう、ということだ。
法正は、ぞくりと身を震わせた。
名も成せず、無位無官のまま果てるなど、冗談ではない。
そんな結末が待っているのならば、なぜいままでこれほどに手を汚してきたのか。
この汚れきった手で、祖父の法真のように暮らせるか、と問われれば、即座に答えは出る。
否、と。
九門古城の図讖は、こんなことをひと言も言っていなかった。
どういうことだ?
ちらりと横を見ると、蒼ざめた孔明の横顔があった。
意外なことに、かなり衝撃を受けた様子で、冷水を浴びせられたように、唇まで蒼ざめている。
細長く白い指先は膝のあたりで固く組まれ、目はじっと主の去った椅子を思いつめた様子で見つめている。
突付いたら泣きそうだな、と思い、はじめて法正は、隣に並んでいるのが自分よりずっと若いということに気がついた。
たしかに人をまとめて有事にあたる、という能力にかけては卓越したものがある。
天才とは、天より始めから高い能力を与えられていた人間のことではない。
与えられた能力を、鳥のように高く飛翔させることができる人間のことを指す。
ただし実生活において精神の天才というものは存在しない。
そればかりは、現実生活でおのおの磨いていくしかないのだ。
孔明の場合、天才にはちがいないが、精神がその高みにまだ追いつけないでいる。しかし精神においては、未熟な部分が目立つのだ。
もちろん、同年の青年たちとくらべれば、はるかに成熟してはいるが。
これが、この青年の持つ弱点なのである。
敵ながら、詰めが甘い。
もし自分が孔明であったなら、法正がやってくる前に劉備に讒訴し、のこのこと現われたところを捕らえさせている。
それなのに、なんの行動も起こさず、やり過ごそうとさえした。
慈悲を見せたつもりなのか。
だとしたら、なんという甘さか。
そんな甘ったれた慈悲を示されたところで、こちらが感謝するとでも思ったのか。
長い睫毛で伏せられた孔明の双眸がふと上を向き、それからようやく気づいたように、となりの法正に向いた。
気味が悪くなるほどの美貌だな、これではかえって生活がしにくかろう、と変に感心していると、まさかそれが読めたわけではないだろうに、孔明はぎゅっと柳眉をしかめた。
ここで負けている法正ではない。
法正も同じく顔をしかめると、孔明に言った。
「主公の言葉にかえって救われたようですな」
「それは貴殿も同じこと。主公はああおっしゃったが、気まぐれなところのあるお方だ。暫くすれば、考えを変えられるかもしれぬ」
「そのきっかけが、貴殿の失敗でないことを願いますぞ」
「それはわたくしの言葉です」
剣呑なやり取りのあと、二人はとりあえず作法どおりに辞去の挨拶をかわし、てんでばらばらの方向に歩き出した。
法正は、もはや宮城でゆっくり仕事などしていられない。
図讖のご託宣を聞きに、栄耀飯店へと飛んでいった。
主公の心を変え、孔明を追放するにはどうしたらよいか、その未来を聞くために。