捜神三国志・燭龍本紀

第十一話 密議



 胡偉度を待つ董和が、窓辺に行きかけたので、それを張嶷は制した。
「気持ちはわかるが、だれかに見られてはまずい。ここは張大人の息のかかった人間の巣窟なのだからな」
董和は不快そうに眉をしかめる。
「長星橋商店街の人間の中にも?」
「当然だ。そも、張大人とて、長星橋の住人ではないか」
それはそうだが、と董和は言いつつ、窓辺から離れた。
 しばしの沈黙。
張嶷は、打ち捨てられたちいさな卓のひとつに腰をかけ、黙然とする。
もともと商店であったのが、一家の主が賭博にはまって破産し、夜逃げしたといういわくのある空き家だ。最近では、賭博の客には荊州からの兵士たちも増えている。彼らのほうが、戦利品のおかげでうるおっている、と見た張大人が、とくに的を絞って、兵士たちを栄耀飯店の地下に誘いこんでいるのだ。
 「なあ、伯岐」
と、ちょうど向かい合うかたちで座る董和が、槍を抱えたまま、壁に背をもたれかけ、沈黙する張嶷に声をかける。
 「おまえは、なぜ九門古城に潜るのだ?」
 そうきたか、と張嶷は思った。
じつのところ、馬超と対峙して以降、董和が張嶷のほうを気にしているのには気付いていた。そんなふうに人から気遣われるのは、正直言って慣れていない。栄耀飯店でも、故郷の家でも、張嶷は便利屋あつかいであったから、その意向をたずねられたこともなかったのだ。
むしろ、たずねられたところで答え方がわからない。だから聞かれたくない。
 しかし董和は、真摯な眼差しで、まっすぐと張嶷を見つめてくる。
張嶷は、董和の名声は聞いていたし、実際に会ってみて、その想像を裏切らない人物であったから、なるべくならば、その要望に応えたいと思った。
だが…
 張嶷は、父親というものを知らない。実の父は早くに亡くなり、再婚した母親とは別れて、母の実家に育てられた。張姓を名乗っているが、あくまで形だけのこと。そもそも張はありふれた苗字である。成人してからは、養父はなにかと張嶷に会いに来たが、それとて血の繋がらぬ息子を、長男として頼りにしているからではない。面倒がおこっても文句のひとつも言わずに解決してくれる、便利な若い衆。そうとしか見ていない。
 董和を見ていると、このひとが父であったら、と思う。
頼りになるのはわかるのだが。
だが、だ。すべてを話すことはむずかしい。話してしまえばきっと、ずいぶん楽になるだろうし、このひとのことだから、きっと親身になって、一緒に悩んでくれるだろう。しかし、張嶷の身の上そのものを、受け入れてくれるかどうか。養父や故郷のひとびとがそうであったように、軽蔑し、そしり、つめたい眼差しを寄越すのではないか。
 「胡偉度とおなじだ」
と、張嶷は、それだけ言った。しかし、董和は食い下がる。
 「それは最初にそう聞いていたが、なにか隠しておらぬか?」
 「なぜにそう思う?」
 「死に場所を求めているのではないか、と思ったからだ」
ずばり核心を突かれ、思わず張嶷は沈黙する。さすが益州の各地において、民から絶大な支持を受けた男。人を見る目もずば抜けている、というわけだ。
張嶷は、張嶷なりにけんめいに虚勢を張って、わざと嘲弄するような笑みを浮かべた。
 「たしかに錦馬超に歯が立たなかったことは悔しいが、それだけでそのような不吉な想像をされるのは不快だ」
 「そうか?」
董和がむっとして、話を終わらせてくれることを期待した張嶷であるが、そうはうまくいかなかった。董和は張嶷の嘲りをさらりとかわし、言う。
 「おまえ、うちの允が、いたずらが見つかって、ふてくされているときのような顔をしているぞ」
どんな顔だ。
「言いにくい事柄ならば、無理には聞かぬ。ただ、思いつめるな。思いつめる前に、必ず相談してはくれぬか」
「幼宰どの、お心遣いはありがたいのだが、なぜにおれにそこまで気を使って下さるのだ?」
「おまえが心配だからだ。年長風は吹かせたくないが、おまえのような優秀な若者が、生真面目なあまりに思いつめて、かえって悪い連中に利用されて自滅したのを見たことがある。そのときほど、世の無常を恨んだことはなかった。おなじ思いをしたくないのだ」
「おのれが悲しい思いをしたくないからか。身勝手な理由だな」
「年寄りのわがままだ。頼む、聞いてくれ」
年寄り、というには四十後半の董和は見た目も若い。思わず笑みを浮かべそうになり、張嶷は自戒する。すっかり相手の調子に合わせてしまっているではないか。こうして人の心をほぐして、共に手をとるようにして、物事を解決してきたのだな、この男は、と張嶷は思った。その手を何のためらいもなく、取ることができたなら、どんなによかっただろう。

かたり、と戸口の開く音がした。胡偉度がもどってきたのだ。
張嶷は、胡偉度の背後を見て、舌打ちする。あれほど、目立たぬようにこっそりと、と言ったのに、胡偉度は言いつけを守らなかった。
胡偉度は、ぞろぞろと、長星橋商店街の有志、晴嬰とおやじさん三人を連れてきていた。旅籠にはいったかのように、呑気な顔をして入ってきた胡偉度をにらみつつ、張嶷は、早く中に入るようにかれらを急かした。
「あれほど目立たぬように、と言っただろうが! なぜ連れてきた!」
胡偉度はふてくされたように、顔をゆがめた。
「晴嬰さんが、幼宰さまのことを心配なさっているのを知っていて、無視するわけにはいかないでしょう」
ふたりのやり取りを尻目に、晴嬰は、空き家に入ってくるなり、董和に駆け寄った。とたん、それまで厳しく硬かった董和の顔が、やさしくゆるむ。親子ほど年が離れているふたりであるが、董和は、見た目は若いし、晴嬰はなかなかしっかりした女人だ。こうして見る分には似合いである。
「よかった、栄耀飯店はたいへんな騒ぎだったんですよ。入り口が、妙な仕掛けがはたらいたらしくて、閉じてしまったとかで、幼宰さまも閉じ込められてしまったのではと心配いたしました」
晴嬰のことばを、胡偉度が補完する。
「やはり、栄耀飯店は大混乱でありました。入り口の仕掛けは無理やりこじ開けて、通れるようにしたようです。ただし、調査のためとかいう名目で、しばらく入り口は塞いでしまうとかで、それでまた盗賊たちとひと悶着あったようです」
  胡偉度は、張大人と盗賊たちのやりとりの一部始終を話して聞かせた。
盗賊たちが言うには、董和たちが潜ったあとすぐに、入り口にほどちかいところの仕掛けが動いたらしく、九門古城に閉じ込められてしまったらしい。
「二階層目へむかう道はふたつございます。わたくしたちが行ったのは、最短の道なのですが、別の何者かが、もう一方の大回りの道を探索中に、なんらかの仕掛けを動かして、入り口の仕掛けが動いたのではないでしょうか。ふたつの道は、二階層目へつづく階段の直前で交わります」
地図を広げて胡偉度は説明する。ちょうどその場所は、董和たちが馬超らと対峙した回廊であった。
「閉じ込められて混乱していたところへ、さらに馬超らが襲ってきたのですから、盗賊たちの恐怖も想像して余りありますな。盗賊たちの話ですと、われらを逃がしたことで馬超たちはずいぶん怒り狂っていたとかで、多くの盗賊たちが命を落としたそうです」
「それでは、盗賊たちも黙っておるまい?」
董和がたずねると、胡偉度はこくりとうなずいた。
「入り口が開いたのならば、すぐに潜らせろ、馬超へ復讐してやるのだ、と大変なさわぎでありました。しかし張大人の威光に逆らえるものはおりませぬ。結局、みな、うまく丸め込まれてしまった様子で」
「九門古城でのことを恨んで、馬超たちが仕返しにやってくる、ということはないでしょうか?」
と、晴嬰が心配そうに口をはさむ。董和がそれに応えた。
  「いまいましいが、張大人の言うとおりだ。かれらは官吏だ。正統な理由がない限り、われらに手出しをすることは出来まい。むしろ日中は、かれらのほうが我らに怯えるのではないかな」
 そうだとよいが、と董和の言葉に、心の中で張嶷は反駁する。
馬超、それに共にいた彭恙という男、どちらも権威だの法だのといった決まりごとにとらわれない性質に見えた。いまの成都は法が定まらず、いつなにがひっくり返ってもおかしくない。みずからの主公を『玄徳』などと呼び捨てにできるような男…しかもそれを公言し、おのれの立場がまずくなることに無頓着な男が、世間体を気にして沈黙しているだろうか?
 「しかし、調査、とはずいぶん慎重だな。張大人は欲の皮のつっぱった男だ。入り口が開いたのなら、盗賊どもをどんどん九門古城へもぐらせて、見つけてきた宝を安値で買い叩いたほうが儲かるだろうに」
董和のつぶやきに、張嶷が応える。
 「なにか見つけたのではないか? それを黙っている、とか」
 「見つかった、とは、別の入り口が?」
 「でなければ、『得れば必ず天下を取れる宝』の手がかりになるようなもの、あるいはそのものを見つけたのかもしれぬ」
 「仮に別の入り口が見つかったと仮定して、張大人は、どう動くと思うかね?」
 董和がたずねると、張嶷は、顎に手をあてた姿勢で考え込んだ。
同族とはいえ、成都にきてはじめて顔を合わせた相手である。だが、ほんの数ヶ月のあいだにそばにいて目の当たりにしたその黒い姿は、怖気をふるうに十分なものであった。あの男の狙いは、金儲けだけではない。
 張嶷は、ここでまた迷った。張大人の狙いはわかっている。しかし、それを告げるためには、おのれの身の上も語らねばならない…その勇気、心の準備が、張嶷にはまだ出来ていなかった。
 「おそらく、おれをはじめとする手下どもに声をかけ、入り口を探索させるだろう。その入り口が『得れば必ず天下を取れる宝』につづくものであれば、そのまま宝を掘り出す。もしそうではなく、単に別の入り口ならば、めぼしい宝はすべて回収し、それから盗賊どもを通すだろうな」
 「もし、『得れば必ず天下を取れる宝』を見つけたのであったら?」
 「一刻も早くそれを掘り出し、曹操なり孫権なりのもとへ連絡を取るだろう。やつのことだ。何食わぬ顔をして、おれたちには九門古城を解放し、気付かぬあいだに雲隠れするにちがいない」
 「それはまずいな。栄耀飯店に見張りを置かなければ」
 「それはわたくしがいたしましょう」
と、胡偉度が名乗り出た。
 「ご存知のとおり、わたくしは張大人に、あなたがたへの間諜をまかされております。今夜のことは適当に報告し、張大人の出方を伺おうかと思います。そこでお願いがございます」
 胡偉度は、ふところから二枚の地図を取り出した。
 「一方は、盗賊どもも持っている、わたくしが制作した普通の地図。こちらは、今宵の出入り口を詳細に記した地図です。幼宰さま、どうぞこれをお持ちくださいませ。張大人はいまのところわたくしを信用しているようですが、あれも心の読みにくい男。いつわたくしを疑いだすかわかりませぬ。張大人だけではなく、ほかの人間とて、おなじこと。栄耀飯店に留まるわたくしが、この地図を持っていたら、かえって危ういこととなります」
 胡偉度の話に、張嶷が言う。
 「ならば、おれが栄耀飯店に戻り、おまえを守るほうがよいのではないか?」
 胡偉度は大きくかぶりを振る。
 「いけません、それこそ張大人の疑いを招いてしまいます。それに、わたくしがこの地図を幼宰さまにお渡しするのは、わたくしに二心がない、ということを示すためでもあるのです。どうぞお持ちください」
 「そこまで言うならば」
董和は、ためらいつつも地図を受け取った。そのかたわらで、地図を脇から覗き込んでいた晴嬰が、子どものようにぴたりと寄り添う。そうして、今宵あらたに書き加えられた道を指して言った。
 「幼宰さまたちは、ここから出てらっしゃったのですね。それにしても、成都のあちこちに、こんな入り口があるのでしょうか」
 「九門古城は想像していた以上に、はるかに広い、ということだ。もしかしたら、成都とほぼ同じくらいの広さを持っているのかもしれないな」
 「いったい、だれが作ったものなのでしょう?」
 「さあて、わからぬが、漢族ではないのだろう。漢族がこの地を治めるはるか前の話だ」
「始皇帝の地下宮殿じゃありませんかい」
と、飾り職人のおやじさんが、博識なところをみせて言った。
「おまえも伯岐と同じことを言うのだね。しかしわたしはそう思っていないよ。九門古城は、だれか絶対者の命令により、民が重労働のすえに作り上げられたような種類のものとは思えない。おまえたちも潜ってみたらわかるだろうが、あちこちにほどこされた鳥と大樹の装飾、見事なまでに洗練された石組みや広すぎる廊下などは、複数の人間が往来することを予想して作られたものだ。死者に捧げるにしては懲りすぎているのだよ。それに墓だとしたら、九つも門が必要な意味がわからない」
おやじさんたちは、目を丸くする。
「へえ、おれたちは潜ったことないから想像もつかないが、いっぺん見てみたいもんですな」
 「しかし、張大人が、栄耀飯店の出入り口を使わせない、というのであれば、われらが今日、見つけた出入り口を使うしかあるまい。われらはここで」
 と、董和は、馬超たちに追われて隠し扉をくぐったあとに、T字路で左に分かれた道を指さした。
 「左に進んで、第二の門、第三の門を見つけたわけだが、右に進んだらどうなっていたのか、それを調べなければならぬ。そのためには、あの入り口のそばにあった小屋の持ち主も調べねばなるまいな。もし樵夫が住んでいるようであれば、気付かれないように出入りしなければ…それと、赤頭巾が懲りずにやってこないことを祈るばかりだな」
それならば、と張嶷は、董和を向いて言った。
「小屋の持ち主を調べるのと、出入り口の見張りはおれがやろう。幼宰どのは、なるべく屋敷に留まっていてほしい」
 「なぜだね?」
 「張大人は、貴殿をとくに敵視している。貴殿の動きは逐一見張られているはずだ。九門古城では、胡偉度がその役目を、そして九門古城の外では、べつの人間が張り付いているにちがいない。そこへ、やつに第三の門の存在を嗅ぎつけられてはまずい」
 「そうそう。それに、晴嬰さんの酒家に、こんな物騒なものを投げ込んだ連中もいますしね」
と、肉屋のおやじさんが、すでに変色をはじめている指をさして言った。
 「成都に九門古城の噂を流している一派の仕業だろうか。それにしてもこれは、だれの指なのだろう?」
 胡偉度は指からいちばん離れたところでなるべくそれを見ないようにし、董和は百戦錬磨の兵の風格をみせて、臭いに眉をしかめつつも、指をじっくりとながめた。
 「警告にはまちがいないが…念のため、長星橋の住人で、指を切られた者がないか、調べておいてくれ。女のものではない。男のものだ」
 わかりましたと応える晴嬰に、董和は振り返った。
 「晴嬰、わたしの屋敷にくるか?」
董和のことばに、晴嬰はぽかんとして、しばらく言葉を出せないでいた。ほかの者もおなじである。董和は、なぜみなが驚いているのか判らない様子であったが、ふと気付いて、あわてて付け加えた。
 「いや、そういう意味ではない。ただ、指が投げ込まれたこともあるし、おまえがひとりであの酒家にいるのは心配だと思ったのだ」
 晴嬰が返事をしようと口を動かそうとした直前に、張嶷が言葉を挟んだ。
 「気持ちはわかるが、それは止めてくれ。張大人は、晴嬰どのに気があるのだ。そこへ、貴殿が晴嬰どのを屋敷に入れたら、あの男のことだ、逆上して、なにをしでかすかわからぬぞ。九門古城に潜っているあいだは、それは止めてくれ」
 晴嬰は、口をつぐみ、恨めしそうに張嶷を見たが、張嶷は肩をすくめてそっぽを向いた。
 「では、晴嬰はだれが守るのだね」
 「そうですよ、伯岐さん。おれたちだって生活がある。薄情なことは言いたくないが、四六時中、晴嬰さんを見ているわけにはいかないんだ」
不意に、扉の開く、ちいさな物音がした。
 気付いたときには、おそかった。
侵入者は、豹のようなしなやかさと素早さで、さっと空き家に入ってくると、空き家のいちばん隅にいた、胡偉度の咽喉元に刃をつきたてた。張嶷が槍をかまえると、侵入者はするどく言った。
 「おっと! 下手な真似をしたら、この男の首は、永遠に胴体とさようならをすることになるよ」
凛とした女の声である。蝋燭にほのかに浮かび上がる黒い輪郭に、晴嬰はおどろいて眼を開いた。
 「あなたは、栄耀飯店で張大人とやりあっていた…祝融、という人じゃない?」
 晴嬰の言葉に、祝融はにやりと、笑みだけで返す。
 「黒イの姫がずいぶんと無作法なことだな。なにが目的だ!」
 「第三の門の場所を教えてもらおうか」
 張嶷は舌打ちをして、大柄な祝融の腕の中で白刃におびえている胡偉度をにらんだ。うかつにも、尾行されてきたのだ。
 「お待ちくだされ、姫君。九門古城へなぜ潜られる? その理由をお聞かせ願いたい」
 こういうときでも、もっとも落ち着いて対話をしようとする董和が祝融にたずねた。祝融は、切れ長の美しい目をちらりと董和に投げる。
 「おまえの名は?」
 「前の益州太守、董幼宰と申す」
 「董幼宰…そうか、おまえが董和か。長老たちは、おまえが巴西から成都に帰ってくるのをずっと待っていた。だが、遅かったようだね。免官になったそうじゃないか。それで、劉備への復讐のために、九門古城へ潜って、『得れば必ず天下を取れる宝』を探している、というわけか」
 「宝を探しているのは事実だが、わたしは復讐など考えておりませぬ。宝がどのような形のものであれ、ようやく政情が落ち着きつつある成都に、ふたたび騒乱を巻き起こすのは必定。わたしはそれを止めたいのです」
 それを聞いて、祝融は鼻で哂った。
 「どうだか。漢人は嘘をつくのがうまい。奇麗事をいって、結局その宝を手にしたら、考えもかわるさ」
 「姫、わたしもこの年まで、腐乱しきったこの国を眺めてきた。この国にとって、民にとって、いまなにが必要かは判っているつもりだ。民が待ち望むのはもはや覇王ではない。真の仁政をおこなう者。それは貴殿ら黒イもおなじはず。黒イだけではない。ほかの民族もおなじことを望んでいるはずですぞ」
 「いいや、あたしたちの望んでいるのは、おまえたち漢人の滅亡と、黒イの独立だよ。そのためには宝が必要なのだ。さあ、判ったなら、第三の門のありかを教えるんだ!」
 ぐいっと刃を引き、祝融は胡偉度の咽喉元ぎりぎりに刃を近づけた。胡偉度がなさけない悲鳴をあげる。
 「いまはもう夜更けだ。明日になったら教えてやろう」
張嶷が言うと、祝融は苛立って、叫んだ。
 「いますぐでないと駄目なのだよ! 仲間が九門古城に取り残されているのだ! 早く助けなければ!」
 張嶷と董和は顔を見合わせた。第一の門…栄耀飯店の門が通れない以上は、今夜みつけた第三の門を通るしかあるまい。宝を得るための動機はおだやかではないが、仲間を助けるために、いますぐ潜らねばならない、という祝融の事情には同情する。
 「…わかった。第三の門をお教えしよう。その代わり、その物騒なものをしまってくれ」
 董和が言うと、祝融はぎゅっと眉根を寄せた。
 「そんなこと、できると思っているのかい?」
 「代わりに、わたしが人質となる。よいかね、その男は張大人の雇われ者だ。この騒ぎのおかげで、張大人はわれらのことを失念している。騒ぎに乗じて、こっそり栄耀飯店に戻っていないと、われらがどこから出てきたのか、やつは疑問に思うだろう」
 祝融は、燃えるような激しい眼差しを董和に向けた。
 「ほんとうに、あんたが人質になるのだね?」
 「約束する。さあ、第三の門へご案内しよう」
 

十ニ話へつづく…
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