しんぼくかい。〜前編〜

※このページは、いつになくキャラの破壊度が進行しており、そりゃあもう大変な騒ぎです。なにがあっても大丈夫、というフタバの物置並に心の強い方に特にオススメするものであります。
馬超の屋敷は意外にも閑静で、清潔、かつ落ち着いた雰囲気に満ちていた。
建物のたたずまいも簡素ながら趣味がよく、植木の配置もわるくない。
孔明と趙雲が来意を伝えると、羌族の者とおぼしき老人は、髯をきれいに剃って、漢風の衣裳をまとっていたが、漢風の儀礼にかなった丁寧な礼をとって、しずしずと奥へと入っていった。
「初めて見たな」
趙雲がぽつりとつぶやくのを、孔明は聞きとがめる。
「羌族を見るのが?」
「そうではない。羌族やほかの遊牧を生活の旨とする民族というのは、長時間、馬にまたがるために、年を経ると不能になる者がいる。そういった者は、馬から降り、宦官として過ごすのだ。いまの老人もそうなのであろう」
「いろいろ勉強をしているのだな」
「成都にはさまざまな民族がいるし、俺のあたらしい部隊も出自がばらばらだ。民族間の仲が悪いこともあるから、最初にいろいろ調べて編成しないと、あとで厄介なことになる。それで俺なりに、見聞を広げているのだ」
「現場の苦労だな。おや、屋敷の主がきたようだ」

ほどなく、背のすらりと高く痩せぎすで、特長的な腰の細さをもつ馬超があらわれた。
その日、馬超はご機嫌で、いつもならば、孔明と趙雲という取り合わせを見ると、警戒して顔を曇らせるのであるが、酒でも入っているのか、満面の笑顔で出迎えてきた。
「軍師将軍、それに翊軍将軍、よくぞ参られた。拙宅へようこそ、なにもないが、歓迎しよう」
客は歓迎する、というのは民族に関係なく、礼儀として共通するところであるが、その日の馬超は本当に機嫌がよい様子である。
馬超は、容姿から鎧から言動から、なにもかもが派手な男であるが、屋敷は対称的に静かで、調度品のなかには、孔明が思わず足を止めたくなるほどのめずらしいものも稀にあったが、おおむね、漢族の上流階級の屋敷と、肩を並べることができるほどに趣味がよかった。
これは一朝一夕の付け焼刃でそうしたわけでも、家人の努力の賜物というだけでもない。馬超という男の本質が、意外に上品な落ち着きをそなえたものなのではないか。
屋敷に足を入れて、はじめて孔明は馬超に好感を持った。
それまでは、嫌いだったというわけではないが、馬超の言動はとかく派手すぎて、寡黙な趙雲に慣れてしまっている孔明としては、どこか警戒してしまう相手だったのである。
「よきお屋敷であるな」
孔明が誉めると、馬超は嬉しそうに相好をくずして、顔を振り向かせた。
「そうか。貴殿にそう言ってもらえると、俺としても自信が持てるというものだ。この屋敷の調度やしつらえは、すべて従弟の馬岱が選んだものなのだ。あれはなかなか目利きなのでな」
「馬岱どのと、共に住まわれておられるのか」
「百を超える数を有したわが一族も、いまや、俺と従弟だけになってしまった。俺と馬岱は従弟というだけではない。あれが生れ落ちたときから、常に共にいることを運命付けられた、いわば対の者なのだ」
それにしては、馬岱の姿がない。あいにく入れ違ってしまったのだろうかと孔明が考えていると、やがて客間に通された。
そこには石造りの立派な卓と椅子があり、見事な芙蓉の花の飾られた壷がある。この屋敷にくる途中、道沿いに芙蓉の花の咲く道があったが、もしかしたら、この屋敷の者が手入れをしたのだろうかと孔明は感心した。
ちらりと隣を見ると、趙雲も、悪くない、というふうに、素直に感心しているようである。
黒を基調にした、派手でも地味でもない、ほどよい加減の衣を着こなした馬超は、孔明と趙雲に席につくように促すのであるが、その段になって、はじめて孔明は、卓の上に、ちいさな、場の雰囲気にまるでそぐわぬ粗末な壷が置いてあるのに気づいた。
そっそっかしい家人のだれかが置き忘れたものなのだろうか。だとしたら、あえて指摘するまでもなかろう。気づかない振りをするのが礼儀というものだ。
そうして孔明が気を遣って黙っていると、馬超は、二人が席につくなり、卓の上の、ちいさなみすぼらしい壷を手に取り、なにやら大切そうに、まるで赤子を抱くような手つきで、顔をほころばせた。
「軍師は、すぐにこれに気づかれたようであるが、やはり良いものは、ひと目につくらしいな」
「よいもの?」
誤解である。孔明の目には、馬超の手のなかにあるのは、ただの粗末な壷にしか見えない。
「これは今朝、市場にて俺が見つけたものなのだ。商人曰く、かの光武帝の愛用していた由緒ただしき壷という。この壷にはふしぎな力があり、人を人外の遊里に導いてくれるという」
とくとくと答える馬超を前に、孔明と趙雲は、思わず顔を見合わせた。
「…市場の取締りを強化して、悪徳商人を追い出さねばなるまいな」
「純朴な羌族を騙すとは許しがたいものがある」
二人の会話を聞きとがめた馬超は、太い眉を大きくしかめて声を尖らせる。
「なに? 詐欺ではないぞ。この壷は、本物だ。現に、馬岱はこの中だ!」
と、壷の差し口を、二人に向ける。
「派手な法螺を吹くな。大の男がそんなちいさな壷に入るものか。切り刻んで押し込んだとしても無理だ」
「子龍、そういう血なまぐさい喩えは、止めてくれないか。想像してしまったじゃないか」
「疑い深い漢人め。この『みんなウットリ。本物の壷中』の素晴らしさが、なぜわからぬ」
「こちゅー?」
孔明も趙雲も、その言葉を聞くなり、顔をしかめて、くるりと馬超に背を向けた。
「おい、どこへ行く、無礼者」
「嫌な名を久しぶりに聞いたな。やはり、子龍の予感は当たったというべきか」
「すまぬが、壷中と名のつくものに対しては、よい印象が皆無なのだ。その壷、早々に処分されるがよい。では、また日を改めて参る」
「馬岱がこの中にいるというのに、処分などできぬ。それに、俺をほら吹きと言う、その根性が気に入らぬ。おい、翊軍将軍、軍師将軍!」
するどく名を呼ばれ、ついつい振り向いた孔明と趙雲であるが、その瞬間、ごう、という強風と共に、視界が真っ暗になった。

ちらちらと顔に触れるほのかな気配によって、意識の闇から徐々に目が覚めてきた。いまは夜であったかな、と思いつつ、徐々に明瞭になる自分という形を意識しつつ、そろそろ目を開けようかなとぼんやり思っていると、やわらかな白粉の薫りが近づいてきた。
女が居る?
孔明はそこで目をパッチリ覚まして、起き上がった。
そうして視界いっぱいに飛び込んできたものは、一面いっぱいに桃の花の咲き乱れる、澄んだ池の真ん中にしつらえられた大き目の東屋と、そこに至るまでの橋、東屋に並び、こちらに微笑みかける、文字通り花のように可憐な乙女たちと、その場にまったくそぐわぬきつい顔をした趙雲であった。
孔明の目の前にいた娘は、やわらかな笑みを浮かべたまま、孔明が立ち上がるために手を差し伸べてきた。手入れの行き届いた爪と、傷ひとつない白い指である。
ゆるやかな風に、水に泳ぐ魚のように衣をなびかせて、娘は孔明を東屋へと導くのであった。
澄み切った水のなかには、孔明がはじめて見るような、見事な色合いの魚が、陽光にきらきらと鱗を輝かせて、泳いでいる。風が吹くたびに、視界いっぱいの満開の桃の花から、ふわふわと白い蝶のように飛んでいく。
緊迫した心がゆるゆるとほどけていくような、美しい世界であった。

しかし、そのなかに、浮き上がる男が一人。

まるでこれから拷問を受けることが確定している囚人が、意地を見せて周囲を威圧しているような顔をして、趙雲は、美女たちの微笑を一顧だにせず、むすっと口を引き結んでいる。
美女たちにぴったり体をくっつけられ、両脇を挟まれるようにしているにも関わらず、すこしも嬉しそうでないのは、相変わらずだな、と思いつつ、ここまで案内してくれた娘に、同じように座るように進められると、はじめて趙雲が口をひらいた。
「そこはだめだ。軍師は俺のそばに」
「夢の中でもお堅いやつだな。すこしは楽しもうではないか」
「そういうおまえこそ、夢の中でも妙に臨機応変だな。楽しむなんぞ、冗談ではない。目が覚めたら、こんなわけのわからぬ世界にいたのだ。気を許すな。ここはおかしい。いままでの類例から察するに、この女たちは全員、刺客かなにかで、この場所も魏か呉の細作が作った村であったりして、お前の命を狙うための、妙に大掛かりな罠であったりするのだ! まちがいない!」
「そうだろうか…」
おや? もしかして、夢ではないのかしらん、と不安と共に思い始めた孔明と、美女たちの差し出す杯を、つめたく断っている趙雲の前に、高らかな哄笑を響かせ、白煙がどろん、と上がった。
そうして、驚いたことには、白煙の中から、目のぎょろりと大きな山羊のような白髯をたくわえた、白い単衣をまとった老人があらわれたのである。
「ようこそ、現世からウッカリここに陥った諸君! 我は壷中仙人。壷中の世界にようこそ!」
「ここが、壷中だと?」
孔明と趙雲の声が、増して尖ったものになったのだが、仙人は気づかずにほがらかに笑う。
「そのとおり! 諸君らは、壷中の入り口たる『みんなウッカリ。本物の壷中』に呼ばれて、ここに陥ったというわけじゃ。まあ、籤にあたるよりもずっと小さな確率に掠ったのじゃ! ここには餓えも身の危険もない。たっぷり楽しんで過ごすが良いぞ」
「もう帰る」
孔明がそういうと、とたん、仙人と美女たちが、ぶうぶうと不平を鳴らした。
「おかしいぞ、おまえたち! この世界のどこに不満が? とくにおまえ!」
と、仙人は、仏頂面どころか、すでに臨戦態勢に入り、愛用の剣を抜きかけている趙雲を指さした。
「女に興味ないのか? 健康な成人男性なら、ちょっとは嬉しいな、と思うはず!」
「たわけが。ここは確かに美しい。しかし、美しくありすぎる。世は常に清濁の混ざり合った状態こそが健常なのだ。どちらかに極端に傾いている世界は異常だ。だから俺は警戒しているのだ」
「さすが子龍。子龍はどこへ行っても子龍だ」
思わず拍手する孔明のとなりで、壷中仙人は不満そうである。
「せっかく歓迎してやっているというのに、その態度は許せぬぞい。そんな物騒なものは、こうしてくれよう、ホイサッサ!」
仙人の掛け声と同時に、ぼん、と白煙がふたたび上がり、趙雲の剣が、一本の百合の花に変わってしまった。
「俺の剣! おのれ、老いぼれ、元に戻せ!」
「ヤダ。それに儂の名は老いぼれではない、壷中仙人じゃ。それに元の世界に帰ることはもう出来ぬぞ。ここにひとたび足を踏みいれたなら、何人たりとも死ぬまでここから出ることはかなわぬのじゃ。ほれ、そこにも、おまえたちの先輩がおるわい」
と、仙人が指差す方角には、池のほとりに、きれいに並べられた白骨死体がずらりと彫像のように飾られていた。
思わず孔明は背筋を寒くする。
「なるほどな、まさに世は常に清濁の混ざり合った状態であることが健常。世界のすべてに意味があるとは思えない。しかし、これはおまえが作り上げたものである以上、おまえの意志があるはずだ」
「ほう、なかなか知恵の働く若造じゃな。だが、そこまでわかったところで、儂が教えると思うか?」
挑戦的な眼差しを向けてくる仙人に、負けず劣らず孔明は目を細め、悠然と笑みを浮かべる。
「言わないだろうな。だが、推測することは可能だ」
と、果てのないように見える青空を見上げる。雲ひとつない空であるが、そこにあるはずの太陽もないのであった。
「すくなくとも、この世界は、外界の人間が、なんらかの形で必要なのだ。是が非にでもここから出さぬということは、引き入れられた人間にとっては、不利な状況であると判断できる。おまえは、馬超のような単純な男に魔法の土瓶『みんなウットリ。本物の壷中』を売りつけて、罪のない人間を引き入れる手伝いをさせたのだ」
「なんだと、あの単純莫迦の馬超め、こんなペテンに容易くひっかかりおって、ますます許せぬ」
趙雲の唸り声に、壷中仙人は、ぴくりと反応する。
「ふぅむ、壷のあたらしい持ち主は馬超というのか。ところで、そこの細くて口の回るキラキラした顔の方、『みんなウットリ』ではない『みんなウッカリ』じゃ。おそらく馬超とやらが聞き間違えたのであろう。そうか、だから、さきほど落ちてきた男も、馬姓であったか。親類かなにかであったのかな」
「もしかして、それは馬岱のことか?」
仙人は、白髯をしごきつつ、思い返したのか、うんうんと肯きつつ、答える。
「そんな名前じゃったのう。おまえと同じように、ここに来るなり、帰ると言い出してのう、ダメだといくらいっても聞かぬうえに、ひどい駄々をこねるので、別の世界に送り込んで、その試練を果たすことができたなら、ここから出してやろうと約束したのじゃ」
「別の世界? 試練?」
そのとき、頭上より、雷にも似た大音声がひびいてきた。

「おーい」

その声は、まぎれもない。あまりに響いて割れてしまっているが、馬超のものである。

「おーい、軍師将軍、翊軍将軍、ついでに岱! そろそろ戻って来ーい!」

わんわんと響き、池の魚が驚いて割れるほどの声に、耳を塞ぎ、苛立つ仙人は、舌打ちをして、言った。
「たわけが。この世界から出るには、儂の与えた試練を乗り越えるか、儂の真名を言い当てることが出来ないかぎりは、無理じゃ!」
「なんだと、おまえの真名は、なんだ?」
趙雲は女たちをかき分けて、仙人のところへやってくると、いまにも掴みかからんばかりに襟元を締め上げた。
「答えよ、俺はともかく、軍師だけでも元に戻せ!」
顔が梅の実のように青くなっている仙人は、手足をバタバタとさせながら、叫んだ。
「おのれ、不埒な振る舞い許せぬ! こうしてくれようぞ! てい!」
仙人の掛け声とともに、ぼん、とふたたび白煙が上がったかと思うと、それまで仙人を掴み上げていた趙雲の姿は掻き消え、そのかわり、1頭の立派な虎があらわれた。
「子龍! 子龍が虎に!」
黄と黒の模様のまぶしい毛艶のよい虎は、孔明の言葉に振り向くと、長細い尻尾をゆるゆると動かした。少しは言葉がわかっているらしい。
虎には似合わぬ穏やかな表情で、とことこと孔明の前に立つと、なんともいえない悲しげな眼差しで孔明を見上げる。
孔明は身を屈ませると、虎になっても立派な容姿を保っている友を安心させるべく、なだめるように首に腕をからませ、頬をつけた。
「必ずわたしが元に戻してやるゆえ、安心するがよい」
頬にあたる毛並みの心地よさが、なんとも悲しい。
仙人は、咽喉もとを抑えつつ、あらわれた大きな虎を見て、なぜか首をかしげている。
「ううむ、犬にしてやろうと思ったのに、虎になってしまったぞい。こいつの本質が、虎に近いということか。まあ、よいわ。これでしばらく大人しくなるであろう」
「ふざけるな、人を獣に変えるなどと、許せぬ! 早々に子龍を元に戻すがよいぞ!」
「生意気を言うと、そなたも獣に変えてしまうぞ」
威嚇してくる仙人であるが、孔明はその邪な目をまっすぐ見据えて、答えた。背後では、趙雲が牙を剥いて、いまにも挑みかからんばかりの勢いである。
「やるならやってみるがよい。わたしは世人より龍と渾名された者。龍に変わったら、この世界なんぞ、ぼろぼろに破壊しつくしてやろう」
仙人は、う、と言葉につまり、それから、まだ「おーい、おーい」と呼びかけのつづく頭上を見て、ぱっと手をかざし、叫んだ。
「うるさい、おまえもこっちへこい!」
とたん、ふたたびドロンと白煙が立ち上がり、さきほどまで自邸にいた馬超が、そっくり姿を現した。馬超は、きょとんとして、周囲を見回している。
「なんだ、ここは? もしや、これが壷中? おお、なんという美しい場所、そして美女!」
仙人は得意そうに孔明と虎の趙雲に言った。
「ほうれ、これが普通の反応じゃ!」
仙人の声に、馬超は、孔明と虎の趙雲のほうをようやく向いた。
「軍師将軍、いくら呼びかけても返事がないので、心配いたしましたぞ。おや? なぜ百合の花をくわえた虎の首にかじりついている? その虎、是非にわが寝室の敷布に頂戴したいところであるが」
とたん、虎の趙雲が、があっ、と大きく口を開けて、馬超を噛む素振りをする。
孔明は虎の頭を撫ぜて宥めてやり、馬超に言った。
「我らのことは、ほうっておいてくれ。それより、馬岱が大変だ」

かくかくしかじか、と孔明は事情を説明し、馬岱が世界から抜け出すための試練を果たすため、別世界に飛ばされたことを話した。
とたん、それまで美女たちの手前、へらへらと愛想を振りまいていた馬超は、本来の戦士としての顔を取り戻した。
「壷中仙人とやら、岱は無事なのであろうな?」
「頑張っているようじゃが、時間の問題であろう」
仙人が、へろんとした顔で平然というと、馬超は怒り心頭、といった面持ちで、子龍がそうしたように、その白い単衣の襟元をつかみあげた。
「馬岱を戻せ! そうして、俺たちも元の世界に戻すがいい!」
「だまれ、あの男は、生きてふたたび現世に戻るため、儂と契約をしたのじゃ! 一度、約束したことを破るわけには行かぬ! もしどうしてもあの男を取り戻したいというのであれば、お前も共に、試練を果たすが良いぞ」
「ようし、ならば、その試練とやらを言え! 拾った指輪を還しにいくとか、王の命令で魔王を退治しに行くとか、八本頭の人食い龍を退治しに行くとか、そういう話か?」
「まあ、そんなもんじゃな。しかも安心するがいい。儂の試練は、たとえその世界で命を落としても、実際には命を落としたことにはならず、こちらの世界でまた復活することができるという『あんしん設計』になっておる。あ、死んだな、と思ったら、魔法の呪文『利世止(りせっと)』と叫ぶのじゃ。心の準備はよいな? さあ、行くがよい! まはりくまはりた!」
仙人の掛け声とともに、またまた白煙があがり、馬超の姿は掻き消えてしまった。
孔明は、床に伸びた形で横たわる虎の趙雲に顔を寄せ、仙人に聞こえないように小声でささやく。
「どうやら、試練とやらは体力勝負のようであるから、私には不得手だ。この世界から抜け出るための、もうひとつの方法、あの仙人の真の名を突きとめることにしようと思う。協力してくれ」
わかった、というふうに、虎はゴロゴロと咽喉を鳴らした。
「もちろん、あなたを元に戻す方法も、必ず見つけ出すよ。もし元に戻れなかったら、わたしの庭で飼ってやる。ああ、今の屋敷では足りぬな。庭の大きな屋敷に越さないと駄目だ」
うー、と虎は抗議の声を上げる。
「わかっている、冗談だ。牙をむくことないだろう。わたしを食べてもあんまり栄養にならぬぞ。そうそう、落ち着け。しかし、よいこともあるな。私は一度、生きた虎というものに触れてみたかったのだよ。毛皮というのは、なにゆえ、こうも手触りがよいのであろう」
そうして子供のように喜んで、虎の毛を撫でさせる孔明であるが、ほかならぬ迷惑そうな虎の顔には『ふざけるな』と書いてあった。

なんと後編に続く…
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