説教将軍シリーズ(?)
からふる。
※このお話は、『説教将軍シリーズ(?)反抗したがる子供たち』の続編であります。時代考証は前回の宮城県地震で破壊され、復旧のメドが立っておりません。あらかじめご了承くださいm(__)m)
※ 前回までのあらすじ?
東北のとある小さな印刷会社で、アルバイトのKが、『今日は小人がやってくる』との、なぞの言葉を残して無断欠勤した。
小さな印刷会社ではあるが、激安料金がウケて、稼ぎがかなりよい。
そのわりに薄給であることを嘆いていたKの同僚である亮は、憂さ晴らしにKの家に遊びに行くが、そこには何年も前から住んでいるという女が。Kの住所は嘘だった。
しかし、ひょんなことから、深夜に会社に戻った亮は、誰も居ないはずの会社で、主だった社員たちが集って、会議をしているところを見てしまう。そして、その席には、Kの家にいた女が…
盗み聞きした結果、会議は月一回行われていること、他者の人間には口外してはならないこと、女の存在は誰にも教えてはならないことなど、制約があることを知る。
そして会議では、亮を含めた、複数の会社のアルバイトたちのことが俎上に上がっている。
奇妙に思いつつも、亮はその場をこっそりと離れた。
数日後、会議で話題になっていたアルバイトの一人が、またも無断欠勤をした。
果たして亮の取るべき行動は?
A・アルバイトの家に行ってみる
B・会社を辞める
C・会議に参加していた社員にそれとなく聞いてみる
D・そのほか
果たして、結果や如何に……!(※ たまに出没する嘘あらすじでした。当然のことながらまったく関係ないお話です。実はこれは四年前、仕事が暇で暇でどうしようもないときに考えたミニストーリーで、ずんだの元となっているお話です。さて、亮の次なる行動は…お時間のある方、想像してみてください(^^ゞ って、ムダに長いよ!さー、本編は下からドーゾ。
※ 真・前回までのあらすじ
小学生の娘・銀輪の作る手作りプリン。この絶品なプリンを食するのが、このところ孔明の主簿・胡偉度ばかりである、ということに腹を立てた趙雲の部将・陳到は、娘のプリンを取り戻すべく、偉度に見合いを画策。
しかし、これに反発した銀輪と偉度の様子を見て、孔明は二人を婚約させることを決めるが、小学生の銀輪に早すぎると断られ、謝罪して撤退する。
見合いの話だけがあとにのこされてしまい、ダーツで穴埋めの相手を探す孔明だが、見事見合いの参加権を得たのは董和の息子・董休昭であった。
だが、父の董和は、孔明のいい加減な選抜方法に怒り、結局、見合いは孔明が行くハメに。
しかし休昭は、写真で見た見合い相手に一目ぼれした気配で、見合いの様子をさぐるため、会場である目黒の雅叙園へ、親友の費褘ととも、にアルバイトとして入り込むのであった。
嫌味なほどにからりと晴れた秋の日であった。
「支度はできたか」
趙雲が言うと、孔明は、まるで刑場にひったてられる囚人のようなのろのろした足取りで、屋敷を出てきた。
その衣裳は、色鮮やかなあやめ色に金糸をちりばめたものである。
普通ならば派手すぎてなかなか手の出ない組み合わせだが、むしろ派手さを貫禄にかえて着こなしてしまうあたり、着道楽の面目躍如というところである。
「また派手な。相手を威圧させてしまうぞ」
「どうしてもこの色が着たかったんだ」
憮然としてわがままを言う孔明であるが、用意された馬車にふと乗り込む段になり、馬車の随伴をしてくれる趙雲のほうを見た。
趙雲のほうは、あいかわらず地味にまとめているが、そのほうが、鍛え抜かれた体や、本来の顔立ちのよさ、もの静かな中にある鋭い雰囲気がよく出てくる。
計算したものではないだろうが、得な男だな、と孔明は思う。
飾らなくてもいいのだから、衣裳に凝る必要もないし、小道具に頭を悩ませる必要もない。小奇麗にしているというそれだけで、ぐっと好感度が増すのである。
一方の自分ときたら、嫌いな女顔にすこしでも箔をつけようと、派手で、それでいて趣味に走り過ぎない衣裳を選ぶのに、毎朝あれこれ悩まねばならない。
いや、衣裳のことは後回しだ。
どうも思考までが逃げ腰になっていないか、うむ。
「よいのか」
「なにが」
「わたしがこれからどこに行くのか、知っているのだろう」
「ちゃんと主公より説明を受けてある。問題が?」
「だからそれを聞いているのに」
趙雲はふむ、とすこし考えたあと、答えた。
「おまえの問題だろう」
答える趙雲の顔色は、べつに無理しているわけでも、事態を面白がっているふうでもなく、平常そのもの。これから視察に行くのとなんら変わりはない。
「ときどき思うのだが、わたしとあなたと、どちらが冷たいだろうか」
「俺かな」
「あっさり認めるものだな。もういい、行こう」
孔明は馬車に乗り込むが、そのやりとりの一部始終を聞いていた御者は、なんのことやらと、手綱を握ったまま首をひねっている。
道すがら、幌ごしに趙雲が声をかけてきた。
「おかしな真似はするなよ」
「おかしな真似って? 直前に逃げ出すとか、席につくなり『なかったことにしてください』と頭をさげて出てくるとか?」
「そんなことを考えていたのか…まあ、それも駄目だが、席につくなり粗相ばかりすることや、あえて嫌われる言動ばかりをとるような、第三者が見て、眉をしかめるような行動は慎め、ということだ」
「ふん、主公に言い含められてきたな」
「駄目だからな。言ったぞ」
「子龍、あらためて聞きたいのだが」
と、幌を掻き分けて、孔明が顔を出すと、趙雲は、何事かというふうに、馬上から見下ろしてきた。
「わたしが相手の女を気に入って、所帯を持つと決めたなら、どうする」
「おめでとうと言う」
「そりゃ、どうもありがとう。それだけか?」
「ほかにどうしようもなかろう。おまえが気に入ったのであるならば」
「ふむ」
ちょうど、趙雲の顔は、秋の陽光を背に受けて、逆光になっていたために、どんな表情をしているか、よく探れない。
「まあ、いつもどおりだ」
だれに言うともなしに言って、孔明はふたたび馬車の中に身を落ち着けると、ありとあらゆる種類の断り文句を、いまから頭のなかで編集するのであった。
成都にあるのに『目黒の』雅叙園は広かった。
街中にあるというのに、こんもりとした緑の丘に、よく剪定された植木が趣味よくあり、遊歩道の配置、池の風情、枯葉の落ちる位置や鳥の羽ばたきの瞬間までもが、よく作りこまれたもののようにさえ思える。
ふと視線を逆に向ければ、本日のお見合いの会場である、落ち着いた離れがよく見える。
広大なうつくしい庭を一望できるようにしつらえられた部屋で、いまからすでに部屋は開け放たれ,本日の主役たちがやってくるのを待っているのであった。
「いやはや、都心にあるとは思えぬ建物だな。だれがセッティングしたのか知らぬが、これはかなり気合が入っていると見た」
「まあ、わが国の実質的NO.2の見合いだからな。飯店の食事処で、というわけにはいくまい。ところで庭掃除とはいっても、これだけ広いと追いつかぬな。というか、多少サボっても判らないのではないか」
「金を稼ぐのが目的ではないとはいえ、仕事を頼まれたからには、真面目にやろう、文偉」
と、休昭は、ちらちらと離れのほうを気にしながら、枯葉を竹箒で掃き集めるのであった。
広大な庭の庭そうじ、時給1000円(なぜかエン)、レストランの食事つき。なかなかの厚遇である。
「しかし食べさせてもらった黒酢入りふかひれスープは絶品だったな。また貰えないだろうか。どうおもう、休昭」
「あれはたまたま貰えたのだ。おまえときたら、黄金色に輝くトランペットを羨ましそうにショーウィンドー越しにみつめる黒人少年のようにご馳走をみつめていたものだから、さすがのシェフも憐憫の情をもよおしたのだろう」
「今度は、頭つき大正えびの香り蒸しが食べたい」
「遊びに来ているわけではないのだ。恥ずかしい真似はしてくれるなよ。ほら、ちりとり」
へいへい、と言いながら、文偉はやる気がなさそうにちりとりを構えた。
「休昭が、急に大人になってつまらない」
「あ、来た」
休昭が、箒を止めて、離れのほうを見る。
すると、かしこまった立派な髯を持っている男と、そのうしろで、すこしうつむき加減に歩いている女が廊下をしずしずと進み、離れの部屋に入っていくのが見えた。
遠目で、女の顔はよくわからない。
文偉は、ほとんど使っていなかった箒と、ちりとりを持ったまま、いかにもゴミをすくっています、というふうに、わざとらしく、踊るように足を動かして移動し、瓢箪池を跳び越して、離れの庭に入り込み、柿の木の影から見合い相手の女…宋珪麗を見た。
宋珪麗は齢24ということであったが、実際よりもっと上に見えた。
肌が衰えているとか、顔が老けている、ということではない。
どっしりと落ち着いた、といおうか。
細身で色白、しかし雰囲気がとてつもなく重い。
神経質できつそうだが美人ではある。普段はあまり色気がない様子で、流行の化粧をほどこしているが、いまひとつしっくりきていない。
すこしつり上がり気味の目に、ふっくらした赤い唇が印象的な女であった。
女は席に着くなり、じっと机の面を見つめており、おそらくは父親であろう初老の男とは、まるで言葉を交わさない。
たしか、妾腹の子ということだ、父とはあまり仲良くないのかもしれない、と思いながら、さっさと箒を動かしていると、やがて、いつも見慣れた姿がふたつ現れた。
あわてて文偉は離れから出て、休昭のところまで戻る。
「来たぞ、軍師と将軍だ」
「見ればわかる。珪麗さんの様子はどうだった?」
「緊張しているようだ」
と、ふたたび二人して離れを見れば、その姿に気圧されて、錦鯉もあわてて水中に潜るというほどの派手やかな孔明の姿があらわれた。
後続の趙雲の姿がこざっぱりしているだけに、その派手さと華やかさが際立っている。
「うわあ、軍師、いつにも増して派手だな。紅白の衣裳みたいだ」
「というか、あれ、去年の忘年会の使いまわしじゃないのか。そうか、あえて場違いな衣裳を着てきて、嫌われようという算段だな」
「相手が威圧されている、威圧されているぞ!」
「よし、そのまま嫌われろ!」
「……休昭……」
「は!」
孔明は敏感に向けられた悪意(?)に反応し、庭を見た。
だが、庭は端整で清閑そのもの。
ふと見れば、視界の端にふたりのアルバイトが掃除をしているくらいだ。
「は? どうした?」
趙雲の問いに、孔明は首をふりつつ答える。
「おかしいな。いま、聞いたことのある声が聞こえてきたような」
「気のせいだ。挙動不審を装って嫌われようとしても駄目だぞ。おとなしく座につけ」
「そういうつもりではないのに」
ぶちぶち言いながら、しぶしぶと孔明は座に付いた。
本来ならば仲人同席が普通であるが、仰仰しい席は困るという相手の申し出により、当人と、その付き添いだけの席となった。
茶と茶菓を前に、ちらりと孔明は、うつむき加減の相手の顔を見る。
なかなかの美人だ。悪くはない。
が、なんだろう、この重い空気は。
照れてうつむいている、という、初々しい雰囲気ではない。
つらい責めに耐えてじっと我慢している、と言った風情ではないか。
賢そうな女ではあるし、美人で性格も悪くなさそうだが、一緒にいて苦しくなる相手を伴侶にするのはもう十分だ。
なぜだか、わたしはこの係累の女性と縁があるな、と孔明は内心で嘆息しつつ、自分の名と、役職をあらためて告げた。
すると、相手も父親が紹介するよりはやく、遮るように、自分で名乗った。
「宋珪麗と申します。ただのつまらぬ女です」
孔明はおや、と思った。
父親のほうが、これ、無礼だぞ、とたしなめるが、珪麗は、まったく悪びれる様子もなく、ひと睨みしただけで父親を黙らせてしまった。
ああ、ますます似ている。
「つまらぬなどと仰いますな。今日はこうして縁あってお目にかかれたわけですから、楽しいお話をいたしましょう(←社交辞令)。ご趣味は」
「琴でございます」
「娘は、幼少のころより楽の才能にめぐまれまして、かつて帝の楽人であったという方のご指導をいただき、この地にはほかに並ぶ者がないというほどの腕前でございます」
「嘘でございます。帝の楽人にご指導を仰いだのは本当ですが、楽の道を行くには厳しいのであきらめるようにと言われました。ですから、本当に趣味でこっそりと弾いております」
「娘は恥ずかしがりやでございまして」
「いいえ、嘘が嫌いなだけでございます」
「ほかには、ご趣味はございませんのか」
「漬物を漬けるのが好きです。でも、美味しくありません」
「なぜです」
「わたしの味覚は人様より辛いものを好むようでして、人につけたものを差し上げますと、たいがいが、一口食べたきりになってしまいます。あとは水ばかりをみなさま欲しいとおっしゃいます」
これには孔明も面白くなって声をたてて笑った。
「なかなか、はっきりおっしゃる。では、裁縫などは如何です」
「それは結構自信がございます。ただ、色選びはあまり上手ではありません。色と色の組み合わせを考えているうちに、なにがなんだかわからなくなってしまうので、要するに面倒になって、適当に無難なところを選ぶ悪い癖がございます。ですから、わたしの作ったものも垢抜けないようです」
「ますます面白い」
「おい、なんだかいい雰囲気になっておるぞ」
「会話が聞こえぬので、どうなっているのか詳細がわからぬ。掃除のフリをして、もうすこし近づいてみよう」
大胆に、箒を動かし、離れのほうに移動する休昭に、文偉もちりとり片手にあわてて付いて行く。
ふと、途中で、錦鯉の泳ぐ瓢箪池のほとりに、きらきらと輝くものがあった。
はて、さてはドジな錦鯉が、餌ほしさに水中高く跳ね上がり、あやまって池のほとりに落ちてしまって、そのまま瀕死になっているにちがいない。
助けてやろう、と、仏心を出して、文偉はそれに近づいていく。
しかし、近づいてよく見れば、それはきらきらと、秋の陽射しに七色に輝く布なのであった。
その布には続きがあって、背中があり、袖があり、帯があって、足がある…人であった。
池のほとりにしつらえられた大きな石の影に隠れて、日の当たり具合によって色のかわる、人工素材の布でできた頭巾を被っている男が、池のほとりに蹲っているのである。
「申し、なにをされてらっしゃるのですか」
と、文偉が尋ねれば、その男、目だけを出した頭巾のまま、くるりと振り返る。
その長い両手足の中年男を見て、文偉は絶句した。
「と…?!」
そこで、素早く文偉は頭を働かせた。
見合いの席にやってきた軍師を、主公が気にしてお忍びで見にいらしたにちがいない。
ここで自分が、主公がいると騒げば、休昭のことだから、もっと騒いで、さらに向こうの離れにいる趙将軍や軍師もそれと気づくであろう。
そうすれば見合いの席は潰れてしまい、主公がせっかくお忍びでやってきた意味がなくなる→不興を買う→出世の見込みがなくなる→お先真っ暗。
「アナタサマはドチラサマ?」
引っくり返った声で問うと、七色の頭巾を被った劉備は、からからと笑いながら答えた。
「ああ、見つかったか。怪しい者じゃねぇ。ちょいと、あそこにいる連中の所縁の者なのだ。あんたは、ここで働いている人かい。ただここにいるだけで、あんたたちの邪魔はしねぇから、見逃してくれないかねぇ」
「そ、それは」
もちろん、と言いかけて、生真面目な融通の利かない休昭がやってきた。
「あ、不審者!」
「莫迦! この人は不審者じゃない!」
主公だ、と教えてやりたいところであるが、本人を前にしてひそひそとやるのもわざとらしい。
そこで、内線電話をかけて警備員を呼ぼうと、意気込んでいる休昭の足先の砂利に、『これは主公』と、素早くつま先で書いてみせる。
とたん、本来内気で小心な友は、さっと蒼ざめた。
「と…?!」
「ああ、儂のことは、七色仮面とでも呼んでくれていいぜ」
悪びれず、頭巾は言う。
「はるか昔に同名のふるーい特撮ヒーロー(中身・千葉真一)がおりましたが」
「うん? もういるのか。それじゃあ、こう呼んでくれ。『カラフル頭巾』」
「からふる?」
「ガムみたい…主公には似あわ」
ない、といいかけた休昭の口をあわてて文偉は塞いだ。
「主公って言わなかったか、そっちの細いの?」
「いえいえ! 主公にそっくりなナイス・ルッキング・ミドルと申し上げたわけでございます」
「そうかい。似ているかねぇ」
「似ておりますよ、なぁ、休昭」
「はあ…というか、そのもの…」
口の減らない友を、こんどは肘で小突きつつ、文偉は頭巾の気持ちを逸らせるべく、尋ねた。
「しかし初めて見る素材の頭巾でございますな」
「これは、今度のパリコレで注目を浴びた新素材で、蜀錦のあたらしい形を追及したものなのだ。陽にあたると、その都度、色が変わるのだぜ。ほうら、綺麗だろ」
と、カラフル頭巾は得意そうに、日なたに出たり、日陰に引っ込んだりして、頭巾の色が変わるのを二人に見せた。
二人は、懸命に手を叩きつつ、言う。
「ナイス、カラフル! 我々は、何を口にしているのだろう、文偉?」
「ナイス、カラフル! 今後の出世に響く。ここは合わせろ、休昭!」
得意になったカラフル頭巾は、得意ついでに、ヨイヨイと、踊りまで披露してみせるのであった。
「なんだろう、庭のほうで、余興が行われているようだが」
孔明が、にぎやかな庭に目を向けると、瓢箪池のほとりにおいて、趣味の悪い七色の頭巾を被った男が踊り、それを、さきほど掃除に励んでいた従業員が、手を打ってはやしているのであった。
「特撮のショーが行われるそうだから、その下準備ではないだろうか(※本物の雅叙園では、そういう浮かれたイベントは行われていません)。それより、おまえは目の前の相手に集中しろ」
と、隣にいた趙雲は、ぐい、と孔明の頬を押して、顔を前に向けさせた。
珪麗の父親のほうは、孔明の華やかな雰囲気にすっかり飲まれており、まさかうちの娘に、こんな良縁が舞い込むとは、と浮かれている。
その浮かれっぷりが、いまにも空を飛びそうなほどなのを見て、孔明は危ぶんだ。
悪意のある相手をやり込めるのは得意なのだが、善意から行動して行く手を阻むものを遮るのは苦手なのだ。
見たところ、宋という男は、とても純朴で善良な人柄らしい。
この席に孔明が来た、というだけで、ほぼ話が固まったと思ってしまっているようなのだ。
これは、早いうちに断らねば、勝手に周囲が動き出して、本当に再婚ということになりかねない。
「ところで、気になっておりましたが、本日は、なにゆえ趙将軍がご同席なさっているのでしょう。ああ、もちろん、軍師将軍の主騎をされてらっしゃるとは伺っておりましたが」
もういっそ、この者がわたしの伴侶でして、実はわたしは女ですと、派手な嘘でもつこうかしらん、と孔明が考えている隙に、趙雲が答えた。
「それがしは主公のご命令で、本日は軍師の身内代わりとして随行した次第です」
「おお、主公がそのように気を配ってくださっているとは!」
宋は、目を輝かせて、ありがたいことでございますなあ、と満足そうに頷いた。
「そうそう、気を配っているのだぜ」
と、離れの様子を伺いつつ、カラフル頭巾は、うんうんと頷く。
その後ろでは、休昭が、敵発見、とつぶやいた。
あわてて文偉は休昭の頭を小突く。
「たわけ、おまえは! おまえが主公のご不興を買えば、累はおまえだけではない。幼宰さまにも及ぶのだぞ。弁えろ!」
「ヤダ。だって、軍師も珪麗さんも、あんまり嬉しそうじゃないだろう」
「そんなこと、当人にしかわからない。案外、お互いに気に入っているかもしれないぞ」
「いいや、あの顔は、いかにして場を逃げるか、考えている顔だ!」
文偉は、休昭は、こんなに思い込みの激しいヤツだったかな、と戸惑いつつ、満足げなカラフル頭巾越しに、ふたたび離れに目をやった。
「さて、若い方には若い方のお話があるでしょうし、わたくしは、すこし席を外させていただきます。趙将軍、わたくしと一緒に、こちらの庭を散策するというのは如何でしょう」
決まり文句に頷いて、趙雲が腰を浮かしかけるのを、孔明は素早く制した。
「いいえ、わたくしも役職上、方々から命を狙われている身。まして、わたくし自身に腕の覚えがございませぬゆえ、主騎が常にそばにいないと、お嬢様もお守りすることができませぬ」
「ああ、なるほど、左様でございますな。それでは、わたくしだけが席を外しましょう。では、失礼をば」
そう言って、善良な豪族は席を立ち、離れの部屋には、視線を上げぬまま、うつむき加減の珪麗と、落ち着かない孔明、それから、もっと身の置き所の無い趙雲が残された。
「どういうつもりだ、この莫迦! こんな見合いがあるか! いまからでも遅くない。俺は席を立つからな」
小声で抗議してくる趙雲が、立ち上がりそうになる気配を察し、孔明はその服の裾を、ぐっと掴んだ。
「頼む、居てくれないか。実を言うと、わたしはこの係累の女人には、とことん弱いのだ」
「は? つまりは、惚れてしまいそうになる、と?」
「ちがう。本心を告げることができず、相手にひたすら合わせて、はいはいと答えてしまうのだ。このまま、二人になって、彼の女が夫婦になってくださいと言ってきたら、気圧されて、わかりましたと答えてしまいそうな、己がいるのだ。もしわたしの口が滑りそうになったなら、ぶん殴っていい」
「あのな、自分で気を強く持てば、そんな人生に深く関わる言葉が、簡単に滑り落ちるはずないだろうに」
「そこがすべりかねない、この不思議」
「おまえの不思議に、毎回付き合っておられぬ」
「冷たい男だな。よし、見ているがいい、きっぱりはっきり目の前で断ってやろう。珪麗どの、お話がございます」
「なんでございましょう」
と、珪麗が顔を上げた。
「実は、わたくし、諸葛孔明ではございませぬ」
「は?」
「は?」
と、これは珪麗と趙雲が同時に聞き返した。
「いいえ、諸葛孔明という人間は、実は存在しないのです! 天才軍師・諸葛孔明というのは、実は曹操を欺くためのハッタリでして、わたしは、主公に雇われた一介の俳優に過ぎませぬ。
曹操が荊州を襲ったおり、すこしでも時間稼ぎをするべく、『劉玄徳が天才軍師の諸葛孔明を手に入れた』という情報を流し、相手陣営をかく乱させたのです。この作戦は大当たり。
主公はからがら生き延び、つづく赤壁の戦いにおいても、架空の諸葛孔明の名でもって、同盟を成功させ、あとはトントン拍子に荊州三郡を手に入れ、巴蜀をも手中におさめ、現在にいたる、というわけでして、わたしは架空の諸葛孔明を演じている一般人なのです!」
とたん、趙雲は孔明の頭をぱん、と、はたいた。
「痛い! 何をする!」
「やかましい、こっちが何を言う、だ! 真っ直ぐ断るかと思えば、壮大なほら話を聞かせてなんとする! 女々しいぞ、諸葛亮!」
「いいではないか、これだけ巷に三国志演義の亜流が発生しているのだ。ひとつくらい、これくらいぶっ飛んだ設定の三国志があってもよかろう!」
「いまはそれを語る場ではない。堂々と断れ!」
「いや、孔明が、錯乱して妙な事を口走る癖がある男だと知れたら、嫌われるかな、と。しかし、なんだって、そこまで怒るのだ。今朝はどうでもいい、という風だったくせに!」
「どうせ断るだろう」
「判っていたのか。たいした自信だな、ええ?」
「自信なんぞあるものか。普通に会って、普通に気に入るということは、縁があって引き合わされた、ということだろう。天の宿命には逆らえぬ」
「生涯を決めるほどの縁など、そういくつもあるものか。わたしの縁は、ほとんど新野で出尽くしているよ。まったく、どうしてそこまで、人のことで怒れるのだ」
「俺はおまえの主騎であり友だからだ」
「へえ、友って、だれが?」
「……………………………」
「………………………冗談…………だよ?」
「軍師と趙将軍が見合い相手を差し置いて、コントをしている…止めなくていいのだろうか」
「コントの割には、趙将軍の周囲に『ゴゴゴ…』の擬音つきで黒い雲が…珪麗さん、怒って席を立たないかな」
「なんだか今日の休昭はブラック風味だな」
「お二方に、わたくしからもお話がございます」
と、それまで沈黙を守っていた珪麗が、口を開いた。
孔明も趙雲も威儀を正し、庭の文偉らも、耳を側立たせる。
「このお話、どうぞ、なかったことにしてくださいませ」
「よろしいのですか」
と、拍子抜けしたように孔明が問い返すと、珪麗は、こくりと頷いた。
「はい、このお話がやってきましたとき、父があまりに嬉しそうな様子で乗り気だったものですから、今日、この場に来るまで、切り出すことができなかったのでございます。
わたしがこの年まで、世間的には独り身を通しておりましたのには理由がございます。わたくし、すでに夫を持っております」
「なんと?」
庭では、休昭が瓢箪池に飛び込みかけていた。
「わたくしには、幼い頃より許婚がございました。わたくしが十六のときでございます。冒険好きなあの方は、この乱世だからこそ名を挙げたいと申されて、巴蜀を出るとおっしゃいました。わたくしは、それに付いて行くと言ったのですが、危険だからと、どうしても聞き入れてくださいませぬ。
ですので、このまま一人置いていかれるよりは、すぐに妻にしてほしいと申し出まして、親にも内緒で、ふたりで婚儀をしたのでございます。
それを知らぬ父は、許婚に捨てられた娘とわたしを不憫がって、この年まで、無理に縁付けようとはなさらなかったのですが、さすがに年も年、気弱になってきたのか、妾腹で、本妻腹の子とはあまりうまくいっておらぬわたくしの行く末が、心配になったのでございましょう。
そこへ、この話がきたのでございます。父としては、貴方様がたが、救いの神に見えたにちがいありませぬ。
ご無礼とは知りながら、今日のこのときに至るまで、父を欺き、貴方様がたを愚弄する真似をしたこと、どうぞおゆるしくださいませ。
父は何も知りませぬ。もしも罰をおあたえになるというのであれば、私の身にお与えくださいますように」
「罰など、とんでもない話ぞ。して、その許婚とやらは、どうしたのだね」
孔明が尋ねると、珪麗は、悲しそうな重いため息とともに、首を振った。
「成都を出たきり、行方が知れませぬ。当初は手紙も来ておりましたが、そのうち、途絶えてしまいました。
おそらくは中原を目指したものと思われますが、その名が聞こえてくることはなく、山育ちの田舎者のことですから、もしかしたら、途上で野盗にでも襲われ、それきりになってしまったのかもしれませぬ」
「ふうむ、帰らぬ夫を八年も待ち続けるとは貞女の鑑。この話は、こころよく断らせていただく。もちろん、理由はわたし側の所為にしてよい。世人は、わたしよりも、わたしのことをよく知っているであろうから、見合いを断られたと聞いても、それみたことかと思うだけであろうよ」
「自虐的な…しかし、貴女は、このまま行方の知れぬ夫を、ずっと待ち続けるとおっしゃるのか」
趙雲の言葉に、珪麗はこくりと頷いた。
趙雲は、顔をしかめて言う。
「それではあまりに不憫な。生きているか死んでいるかもわからぬ者を、これからさらに長い歳月をかけて待つなど、良いことではない」
「お、なんだか優しいな」
揶揄する孔明を横目で睨み、趙雲は言う。
「生きている者を待つのでさえ辛いというのに、それが生死のわからぬ者というのであれば、どれだけ辛いことか。なんとかして、その夫の消息が掴めればよいが」
「よし、探すぞ!」
と、割って入った明るい声は、なんともいえない趣味をした、七色頭巾をかぶった手足の長い中年男のものであった。
「主公? 何ゆえ、斯様な場所にいらっしゃいますのか?」
「そりゃ、おまえ、見合いがどうなるか、気になるからじゃねぇか」
カカカ、と笑いながら、劉備は七色頭巾を外す。孔明の会話から、相手がほかならぬ劉玄徳だと知るや、珪麗はあわてて畏まるが、劉備は、手ぶりでそのままでよいと示した。
「主公、その布、たしかあまりにテカテカと光りすぎて、いまひとつ品が無いから使えないと、生産中止になった布では…」
「ええ? そうだったか? パリコレに出品したの、これだろ?」
「ブーイングの嵐でした」
「そうだったっけか。まあ、頭巾はともかくとしてだな、八年も夫を待つ女、こりゃたいへん結構だ。しかし相手の男が、とんと便りを寄越さず、生きているか死んでいるかも判らない、というのは、こりゃいけねぇ。というわけで、旦那を探すことにする。その役目はこ…」
「ハイハイハイハイ! 是非わたくしめにお任せを!」
と飛び込んできたのは、瓢箪池にダイブするところを、持ち直して、離れに飛んできた休昭であった。
「休昭? おまえ、どこから生えてきた!」
驚きの声を発する孔明をよそに、休昭は意気込んで劉備に言う。
「わたくしがやります! やるときの休昭でございます。ここはどうぞお任せあれ!」
「ん? えらい勢いだな。まあ、やるって言っているなら、やらせてやってもいいが、おまえ一人で平気か、細いの」
「やります!」
目をきらきらと輝かせつつ、ちらちらと珪麗を見る休昭を見て、孔明は勘の良いところで、すぐに事態を把握した。
なんだ、だったらやはり休昭をこの場に出すべきだったのだ。
「やらせてみましょう。もちろん、我らも補佐に加わります。董休昭は、いささか引っ込み思案な男ですが、それがこうまでやる気になっているのです。せっかくの意気込みを削いでしまっては惜しい。休昭は、わたくしの後進として、目を掛けている一人でもございますから」
孔明のことばに、劉備はすこし驚いたような顔をして、言った。
「ほう、おまえがそこまで言うならば、任せてみるか。本当は、孔明に調査させて、縁付ける、って考えもあったのだがな。なあ、子龍」
すると、趙雲はぷい、と顔を背けて冷たく言った。
「友ではない者のことなど、知りませぬ」
「子龍…」
「おいおい、仲良くしろよ。しょうがねぇやつらだな。よし、これも縁か。孔明がこんなだし、おまえに任せる、がんばれよ、休昭」
「はい!」
と、元気よく返事をする休昭であるが、その後ろでは、文偉には、夫が見つかるかもしれないというのに、なにやら困ったような、不機嫌そうな顔をしている珪麗の様子が、気にかかったのであった。
※ あきれたことに、まだ終わらず。 え? 孔明の性格が、いつもと違うのでは? そんなことは…あるとしたらそれは秋のせい、にとりあえずしておきます。次回捜索編&仲直り編につづく気配濃厚です。お楽しみに?