説教将軍シリーズ(?)
にげろ! たいやきくん

※このお話は、『説教将軍シリーズ(?)クッキーとカルビ』の続編であります。(初見の方へ。タイトルどおり、時代考証は虹の彼方のまさにオーバー・ザ・レインボウ。あらかじめご了承くださいm(__)m)
董休昭は、てくてくと、「およげ! たいやきくん」を口ずさみながら、左将軍府の廊下を歩いていた。
休昭の職場は宮城にあるのだが、とある事情があって、宮城へお使いにいく先輩の仕事をむりに譲ってもらって、父の幼宰が勤める左将軍府にやってきたのである。
歌を唄いながら廊下を、いつになくフラフラと行く休昭に、左将軍府の面々も迷惑そうな顔を隠さない。まさに唄う休昭も『やんなっちゃうよ』な気分ならば、仕事に励んでいるなかで、まるで冷水を浴びせられるかのように、休昭の鬱鬱たる歌声を聞かなければならないほうも『やんなっちゃうよ』だ。
その日、左将軍府の早退者は、開府以来、最高記録に達したが、それはまた別の話である。
鉄板の上で焼かれる毎日にウンザリし、みずから海に飛び込んで自由を手に入れたと思ったら、釣り人に吊り上げられ、あえない最期をとげるたいやきくんの悲劇をエンドレスでくりかえし唄いながら、休昭は父の姿を、なんとなくだが探していた。

この場合、なぜ『なんとなく』なのかは説明が必要だろう。

朝、電池が切れていたため目覚まし時計が止まっており、朝ごはんも食べずに猛然と走ったけれども、遅刻した。
遅刻したおかげで朝礼を聞き逃し、仕事のミスを連発した。
しょんぼりしつつも、前向きなところをみせて、気を取り直して飲み物でも買ってこようと席を立ったはいいが、自動販売機の前でなけなしの五百円硬貨を落してしまい、五百円氏は、そのまま行方不明。消息が知れないため、お昼を買うことができなくなった。
そのため、休昭は朝も食べられず、お昼も食べられないために、おなかを、山鳩を抱えているかのように、ぐうぐうと鳴らしながら、父の幼宰に頭を下げて、お金を貸してもらおうと思って、その姿を探しているのであるが、貸してもらうにしても、事情を説明せねばならず、となると、この粗忽者と叱られるだろう。
叱られるけれども、腹は減っているし、叱られるなら腹は減ったままでもよいかという気分にもなるしで、解決を先延ばしにしたい気持ちがあらわれて、『およげ! たいやきくん』を唄っている、というわけである。

たいやきくんが自由を手に入れて、モモイロサンゴに手を振ってもらっているところまで唄っていると、遠目からでも目立つ孔明の痩身の華やかな姿が目に映った。廊下まで出てきて、難しい顔をして、こちらを見つめている。目があった、と思ったら、言ってきた。
「休昭、いかに釣果とはいえ、海水でふやけていたであろう『たいやきくん』を食べる、『おじさん』は、かなりのつわものだと思わぬか」
「どうでしょう。あんこと塩加減が絶妙だったのかも」
「高度成長期のサラリーマン哀歌などとも言われたこの歌だが、聴けば聞くほどに悲しさが迫ると言うか、欝な気分になるというか、やる気がなくなってくる、というか、どうでもよくなるというか」
孔明は、もうすべてがウンザリ、というふうにため息をついた。
励ますつもりで、休昭は言う。
「お仕事をしましょう、軍師!」
「いま、新車ではじめて出かけたところへ、いきなり追突されてぼう然としていたら、車をぶつけてきた相手に『人生、たまにはこんなこともあるさ』と言われたような複雑な気持ちになったのだが」
「? よくわかりませぬ。『人生いろいろ』は好きな歌ですが。唄いますか」
「唄うな。ときに休昭、そなたの選曲、どれもこれも古いので、じつはおまえが四十代ではないかという風評が立っているのだが」
「それでは、わたしは軍師より年上ということになってしまうではありませぬか」
「そうは思うのだが、どうもそなたには、歌声喫茶に通っていた過去を持っていても、ああ、そうなのかな、と納得できる、じじむささがあるというか…浅間山荘事件、おまえリアルタイムで報道を見て、鉄球を打ち込まれている山荘の画像に『これで一つの時代が終わる…』とつぶやいていたクチじゃあるまいな」
「はさみのだって生まれておりませぬよ。はさみのの母親は、歌声喫茶で上条恒彦と一緒に唄ったことが自慢だそうです」
「どうでもいいエピソードは削除。ほかにどんなレパートリーがある」
「はあ…流行の歌は苦手なもので、父の好きな唄ばかり聴いているのですが、『フランシーヌの場合』とか。歌ってみましょうか」
「よい! ♪あまりにもおばかさん♪ で、はじまる唄だろう。反戦歌ではないか。われらにはふさわしくない。ほかは?」
「『いちご白書をもう一度』とか」
「おまえ、やはり、安田講堂と聞くと、なにやら熱い物がこみあげてくる世代じゃないのか。最近の唄は?」
「最近……ええと、ええと、中森明菜の『難破船』とか?」
「どこが最近なのだ。ほかには?」
「ええと…『上海帰りのリル』」
「さらに時代を遡って、リュック背負って闇市に参加していたクチではあるまいな…ソ連が崩壊して、ロシアになったのは知っているだろうな? 最近の唄だ」
「サザンの『TUNAMI』」
「確かに、いままでにくらべれば新しいが、なんだか引っかかる。あの唄は、団塊世代にウケが良かったというし(はさみの親がめずらしくCD購入してました)まあよい、なにしに来たのかはしらぬが、すこし寄ってゆけ」

孔明が、手にした白羽扇で、こいこい、とするので、休昭は、腹をすかせていたけれども、断るわけにもいかず、孔明の執務室へと入って行った。
入るなり、孔明は、空腹のあまりぼんやりしている休昭に、つりの浮きのようなものを手渡す。なんだかエビフライのような大きさだなぁと、ぼんやり考えていると、孔明は言った。
「それをあそこに投げてみよ」
孔明の言う、あそこには、なぜだか派手なターゲットボードが、ぐるぐると旋回しており、見知った左将軍府の役人が、同情の顔を隠さず、脇に控えている。
いつもならば、こういう役目は偉度がするのに、どうしたのかな、と思いながら、休昭は、素直なところを見せて、えいやっ、とダーツを投げた。
とん、と音がして、投げた矢がダーツに当たる。
それを見て、孔明が、おお、と声をあげた。
脇にいた役人が、声も高らかに、当てたものを読み上げた。
「おめでとうござりまする。董幼宰さまのご子息、休昭さま、みごとご当選でございます」
「は? 当選? 社員食堂の回数券一ヶ月分とか?」
と、目をきらりと輝かせる休昭に、役人はすまなさそうに付け加えた。
「休昭さまには、もれなくお見合いの権利が与えられました」
「はい、休昭に決定。よかったな。相手は気立ての良い、美しい娘だという」
ぱちぱちと、隣でにこやかに拍手をする孔明を尻目に、役人は、やれやれと、聞こえよがしにつぶやきながら、ダーツを片づけていた。



「莫迦休昭。なんだって左将軍府に来たのだよ。メールで、今日は絶対に来るなと教えてやったのに、まったく甲斐のない」
「だって、今日はあわてて出てきたので、携帯を忘れてしまったのだよ」
胡偉度がぶちぶち言うのを横に、休昭は、いまだぴんと来ず、おごってもらった牛丼をぱくぱくと食べていた。
「なあ、おまえ、妙にのんきにしておるが、現状がわかっているのだろうな。見合いをするのだぞ、見・合・い! 下手すれば、相手の娘と夫婦になるのだぞ」
「うん」
「うんって…やっぱり判ってないな、その顔は。適当に出かけて、気に入らなければ断る、なんて単純な席じゃないぞ。なにせ許長史が選ばれた娘で、あちらもかなり気合を入れて婿探しをしているそうだからな」
「よい子かな」
「知るか。ふん、まるっきり茫然自失ってわけでもないのか。写真を見せてやるよ、ほら」
と、偉度が出した写真を覗きこみ、休昭は、さいごの牛肉のひときれを咀嚼して、まんざらでもない、という顔をしてみせる。
その顔を見て、さすがの偉度も顔をひきつらせた。
「もしかして、喜んでるのか」
「だって、わたしは文偉とちがって、女の子とはさっぱり縁がないからな、こういう席を設けてもらえるならば、ありがたい」
「ありがたいはよいが、もし気に入らぬ娘であっても、断ることは難しいぞ。なにせ先方は、お見合いをする前から、もう嫁入り道具をそろえているという話だからな」
「へぇ、可愛らしい子だから焦ることないのに、なぜかな」
「さてね。探らせているが、相当慎重にしているのか、家人の口が固くて、詳しくはわからぬ。豪族の周氏の分家筋で、素性はたいへんよい。親も堅実で、評判も悪くない。釣書によれば、趣味はお琴と裁縫、それから料理だと」
「家庭的なのだな。趣味に音楽があるのはうれしい」
休昭のことだから、パニックを起こして、めそめそするだろうと考えていた偉度であったが、意外にも休昭は、この押し付け見合いを喜んでいるようだ。
自分の代理とは、絶対にいえないな、と思いつつ、お椀にのこった最後の米粒を、器用にひとつひとつ、すくって食べている休昭を、偉度は同情の眼差しで見た。
「まあ、さきほど幼宰殿が、軍師のお部屋にV2ロケット並の勢いで飛び込んでいったから、もしかしたら、お流れになるかもしれないけれど」
「父上は、わたしがまだ子供だと思っておられるのだ。わたしももう十八になろうというのだから、子供ではない」
「年齢的には問題ないが、精神年齢的には危ういものがあるような」
「ふん、年下のわたしが、みなより先に家を構えるというのは、面白くないか」
「面白い、面白くないの話ではない。おまえ、意外に保守的な奴だったんだな」
「ホシュ?」
「いや…勝手に決められた相手で満足するのか、という意味なんだが、判らなければいい」
「普通そうだろう。父も親戚のすすめで母と知り合って結婚している。おまえの両親だって、そうじゃないのか」
「うちは売買婚だ」
え、と言ったきり、言葉に詰まって、わたわたとしている休昭を見て、かわいそうになり、偉度は言った。
「冗談だ」
「ひどい冗談だ。ご両親に対しても侮辱だぞ」
「うちのことはともかく、おまえだ。幼宰殿と軍師の関係を気にして、わざとうれしそうにしているのであれば、わたしから言って、軍師にほかを当たるようにして頂くが、どうだ。
軍師になんか遠慮することはないぞ。あのひと、今回は気まぐれと、思いつきだけで動いているからな」
「なんだかご機嫌斜めだったようだが」
「それはそうだろうよ。叔至殿と大喧嘩なさってな。趙将軍が間に入らなければ、『おまえのかあちゃんデベソ』レベルの口喧嘩に発展していたかもしれない」
「なんでまた」

それを答えるのは、偉度には出来なかった。
孔明は、いったいなにを考えたのやら、おたくのご長女をうちの主簿の許婚者にどうだろう、などとひょろりと申し込みに行き、パニックを起こした陳到とそのまま口論となったのである。
だれもそんなことを頼みはしてないし、まして、まだ相手は子供だというのに、結婚を申し込んで、親がいいですよ、などと簡単に言うものか。
張飛の奥方だって、十三のときに輿入れしたのだから、と孔明は言っていたが、偉度は知っている。
輿入れなんてものじゃない。拉致監禁同然だったのだ。
あのひとも、常識人かと思うと、突然に非常識を平然と実行する。莫迦と天才はなんとやらというが、まさにその垣根を自在に行き来しているのだ。

そうやって話をしていると、孔明の部屋から、ぶりぶりと怒った董幼宰が姿を現した。
「休昭、帰るぞ。話にもならぬ!」
「如何されました、父上」
「如何もなにも、偉度よ、わたしは明日から出仕せぬ。仕事はすべて軍師が行うゆえ、あとは任せた」
「ご冗談でございましょう。ただでさえ、軍師は過労だというのに、これ以上の仕事は回せませぬぞ」
「なれば、ふざけた見合いの話は撤回せよと申し上げてくれ。わたしも直に言って来た。軍師がおふざけを撤回せぬかぎり、わたしも出仕せぬ!」
幼宰は、虎のようにがあっ、と吼えると、ぽかんとしている休昭の手を引き、そのままどすどすと足音を響かせ、本当に帰ってしまった。



幼宰のうしろ姿を見送りつつ、なにがあったのか、たいがいの予想をつけた偉度は、孔明の執務室を覗いてみる。
すると、孔明は、卓に肘をもたれさせて、ゆるゆると扇をあおいでいた。
「さすがの幼宰殿にかかっては、軍師の弁舌もまったく冴えなかったようでございますな」
「怒鳴られまくって耳が痛い。偉度、もうすこし大きな声で頼む」
「幼宰殿にかかっては、軍師の弁舌も、まったく冴えなかったようで」
孔明は、偉度のほうを見ないまま、ぼんやりと視線を宙に浮かせ、言った。
「偉度、そなたのために用意した着物であるが、袖を通したか」
「いいえ、見合いの話も流れたのですから、お返ししようと思っておりました」
「そうか。ならば、早いうちに、あれをわたしのところへ戻してくれぬか」
「構いませぬが、あれを休昭に? 申し上げますが、休昭に、あの華やかな色は似合わぬかと。衣裳が浮いてしまいます」
「休昭が着るわけではないよ。まったく、幼宰殿は、いささか子離れができていないというか、問題だな」
「お見合いの話自体を断るわけにはいかないので?」
「先方は、すっかりその気でな、『いまをときめく左将軍府にお勤めのかたなら、どなたでも』と言ってきている」
「それならば、休昭は当たりますまい」
「だが父親が中郎将ぞ」
「わたしが引っかかるのは、先方のその言動でございますよ。左将軍府の人間ならば、だれでも良い、という。なんともブランド志向、中身後回しな考えが好きになれませぬ」
「許靖殿が顔相で選ばれた娘だからな、欲に走った娘だとは思えぬが」
「娘本人はともかく、親がそういう気風ならば、結婚後も振り回され、苦労することでしょうよ。幼宰殿とて、大切な一人息子を、己の流儀とまったく反する家の娘と、娶せることに反対なさるのは当然です」
「そうだろうな。誰でも良いといわれて、のこのこ出かける男子がおるか、と怒鳴られたもの」
「あちこちで怒鳴られておりますな。で、例の衣をどうなさるおつもりか?」
「どうするこもうするも、わたしが着るのさ」
「まあ、軍師ならば、あの衣を着こなせましょうが」
と、答えてから、偉度は、考え直し、そろそろと慎重に尋ねた。
「軍師、もしや、見合いの席に、ご自身が行かれるおつもりか」
すると、孔明は顔を上げて、覇気のない顔をして答えた。
「うん」
「うん、じゃありませぬ。莫迦ですよ、あなたは。さっさと断ってらっしゃい!」
「見合いはもう三日後だぞ。いまさら、すみません、なかったことに、などと言えるか。まったく、わたしは、いまだかつてない逆境の中にいるのではないか? 幼宰殿を怒らせてしまうし、叔至とは派手に喧嘩したし」
「叔至殿のことは、わたしは知りませんよ。そうしてくださいと頼んだわけじゃなし。あんな子供に、いまから婚儀を頼む人がどこにいます。光源氏ですか、わたしは」
「おまえにも突き放されるし。そして市場に引かれる牛のように見合いの席へ。さらば、気楽な独身生活」
「独身というわけでもないでしょう」
「見合いの話を持ってきたのは叔至だが、受けたのはわたしで、おまえを、見合い相手にはさせられぬと言ったのもわたしだ。となれば、責任の所在はわたしにある。ゆえに、わたしが見合いに出るのだ」
偉度は、それまで、どこか冗談半分で話を聞いていたのだが、孔明が本気だとわかると、まじまじと、疲れの見える顔を見つめた。
「本気なのですか」
「本気だよ」
「呆れた。趙将軍がなんとおっしゃいますことやら」
「なぜに、そこに子龍が出てくる。たしかに呆れるだろうが、あれならば、『責任をとれ』というだろうさ」
「言うかもしれませぬが、本心とも思えない。軍師、軍師が見合いに出るのなら、やはりわたしが参ります」
「おやおや、ここへ来て、涙の出ることを言ってくれるではないかね。偉度、いきなり孝行息子にならずともよい。今回のことは、わたしに任せよ」
「任せられぬから、あえて申し上げておりますのに。それに、わたしは、あなたの息子ではない」
「本格的に見捨てられつつあるのかな。偉度、おまえが出たなら、たぶん、婚儀はまとまってしまうぞ」
「わたしでそうなら、あなたもご同様でしょう」
すると、孔明は、ふふん、と意味ありげに笑って、言った。
「偉度、わたしはおまえより、一回りほど長生きしているのだが、そのあたりのことを、おまえは忘れてしまっているようだね。まあ、見ていてご覧、龍の逃げっぷりはすさまじいぞ」
「逃げる…らしくもないお言葉で」
不満たっぷりに偉度が言うと、孔明はからからと笑いながら、いいから、いいから、と言った。

さて、見合いの結果は……それはまた、後日の話となる。
※ まだ続くらしい…まんざらでもなさそうな休昭と、なにやら曰くありげな相手の娘、そして孔明は見合いで玉砕覚悟なのか? あきれ企画、次回をお楽しみに?


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