桟雲たなびくふもとにて

首吊り岩のすぐそばにある、おおきな一枚岩のうえで、大の字になっていた休昭は、首だけを鳥のようにあげて、そばに潜んでいる偉度と銀輪のほうに、不安そうに言った。
「ほんとうに、大丈夫なのだろうね」
すると、偉度は草叢から顔を出し、休昭を叱責した。
「こちらを向くな! 気づかれてしまうだろう!」
「だれにさ。わたしたちのほかに、だれもいないよ」
「じきに来る。たぶん」
「たぶんなの?」
「いいから、一度は是(はい)と言ったことだろう。おまえもとりあえず男なら、一度言ったことは守れ! 
おまえはいま、野良仕事につかれて、岩のそばで昼寝をしている呑気な村の若者なのだ! 演じきれ! がんばれ休昭」
「わたしは役者には向いていないよ。というか、偉度、ほんとに、そういう物のいい方、とっても軍師にそっくりだよ」
「うるさい! ここにある石を投げて、おまえを強制的に眠らせてもいいのだぞ」
「わかったよ。もう、偉度はややこしいなあ」
「いいから眠れ!」
はいはい、と言いながら、休昭はふたたび横になる。

その姿を見て、偉度のとなりにいる銀輪が、不安そうにつぶやいた。
「ほんとうに、だれか来るものなの? こんな山の中だよ」
草叢の中で声をひそませ、じっと無防備に横たわる休昭を見つめつつ、偉度はうなずいた。
「山の中だから、人の目が届かない。おまえたちも見ただろう。
ここには、まちがいなくだれか人が入ってきている。村の人間以外だ。あの竹にぶら下がっていた紐が、その証拠だ」
「どうして紐が証拠なの?」
「村からつぎつぎと若者が消えてしまっても、村の人間は妙に鷹揚にかまえている。理由はおそらく、いままで一度も若者の遺体が見つかっていないからだろう。むかしは本当に死を選んだ若者がいたようだが、いまは仙人なんてものが妙に信じられていて、村の仲間がみずから死をえらぶことのほうが信じられない。
死体なんて、たいがいいいものじゃないが、自死した死体は見るも無残だぜ。首吊りは特に悲惨だ。首は伸びるし、人相は変わるし、身体も汚れるしな。
そんなものがもし見つかっていたら、たとえ薄ぼんやりばかりが揃っていた村だとしても、これは仙人に追い返されたなんて単純なものじゃないと理解するだろうさ。
でもそうなっていないのは、だれも村の近辺では死んでいないからだ。いや、生きているかな。今は何とも言えぬが」
「じゃあ、どこへ行ってしまったの?」
「仙人に連れて行かれたのだ」

偉度が答えると、銀輪はからかわれたと思ったのか、頬をふくらませた。
「偉度さん、それじゃあ、村の人といっしょじゃない」
「いっしょじゃない。わたしはすくなくとも、仙人なんているものかと思っている。
仙人というのは、たいがい不死を願っておかしな修行を積む変人じゃないか。そういうやつらが、貧しい人間を見てほどこしをしてやろうなんて思うか? 
だいたい、不死を願うなんてところからして、理解しがたい。終わらない毎日をひたすら生きることに、なんの楽しみがあるのだ。莫迦なやつらだ」
「なんだか、偉度さんのことばだけを聞いていると、ほんとうに仙人がいて、その悪口を言っているように聞こえてくるよ」
「おまえの耳が悪いのさ」
「いいけど。毎日が幸せでたまらない人がいたら、こんな毎日がずっとつづきますように、って思って、仙人になりたがるのかもしれないよ」
「ちがうね。毎日を幸せでたまらなく思える人間は、自分のすごす日々が有限で、生きていられることそれ自体が幸せだとわかっている人間だ。
生きて触れることのできるすべてが、特別なことなのだとわかれば、小さなこととて大きな喜びになるだろう。
だが、それが不死になんぞなってみろ。生きることが当たりまえになったなら、それまで感じていた喜びもすべて当たりまえになってしまう。
賭けてもいいね。不死を手に入れた人間がつぎに捜し求めることは、不死の人間が死ぬ方法だろうさ」
「そういうものかなあ」
「そういうものだ。むかしは不死というものに憧れを抱いたこともあったけれど、いまはそんなことは思わない。
これまでの記憶を抱えたまま、ずっと生きるなんて、まっぴらごめんだ」
「ふうん? よくわからないけれど、偉度さんは、生きるのがいやなの?」
ずばりと切り込んでくるやつだな、と思いつつ、偉度は答えた。
「たまに、どうしようもなく、すべてが鬱陶しくなるだけだ」
「死のうと思ったこともあるの」
「ないとは言わない」
「あるんだ」
「覚えていたいことと、覚えていたくないことを、自分で自在にえらべる、という仙術がもしあるなら、それは学んでみたいな。だったら、わたしも仙人を目指すかもしれない」
「覚えていたくないことを忘れてしまったら、覚えていたいことが、『覚えていたいことだった』ってわからなくなってしまうのじゃない?」
「うん?」
「さっき偉度さんが言っていた、幸せがあたりまえになるのと一緒で、『覚えていたいこと』があたりまえになっちゃうの。もしかしたら、言葉だけが一緒で、同じことかもしれないな、って思うよ。どうだろ」
「どうって、そうだな……冗談だろう、銀輪なんぞに論破された」

「なんだか楽しそうだなあ、そっちへ行ってもいい?」
と、休昭が、また首を上げて、偉度のほうを向く。
すると、偉度は、用意していた小石を、当たらないように注意しながら、休昭のほうへ投げた。
「だめだ、おまえは寝ていろ!」
「石を投げることないだろう、偉度の短気! まったくもう。成都に帰ったら、いまの話をみんなに教えることにするよ」
「休昭のくせに生意気な。『いまの話』とは、どこからどこまでだ」
「偉度が銀輪に仙人の悪口をいって、そのあと言い負かされて、わたしに腹いせに石を投げたところまでだよ」
「おまえのいう、みんなとはだれだ」
「知り合いぜんぶ」
「それはつまり、左将軍府の人間のほとんど全員ということだろう! 休昭、ここで永遠に昼寝をするか?」
「わかったよ、眠ればいいのだろう」
「そうだ、寝ておれ」

ぶつぶつ言いつつ、また茂みの中にひそむ偉度にあわせながら、銀輪が小声でたずねてくる。
「休昭さんを囮にして、何を待っているの?」
「仙人さ。むかしの失踪はわからないが、ここ最近、たてつづけて起こっている失踪については、まちがいなく自称・仙人の仕業だ。
純朴な村人を騙して、村の外へかどわかしているやつがいる。
竹の先に結わえられた紐は、おそらく光る蛇の人形か、でなくちゃ仙人の人形だろう。
いま休昭が寝ている岩から見上げると、あの紐のあたりになにかがぶら下がっていたら、ちょうど目の前に、なにかが浮かんでいるように見える。
村の外から来たわたしたちは、もしそこに人形がぶら下がっていても、奇妙にしか思わないだろうが、村の伝承にどっぷりと漬かっている村人なら、どう思う? 
まして、ここの連中は、どうも頭がゆるい。最初は騙されるのではないか? 本物があらわれた、と」
「騙さなくても、ふつうに攫ったほうが早いのに」
さすが武将の娘、そのあたりの反応は、ふつうの娘とはちがって客観的かつ、現実的である。銀輪のことばに、偉度もうなずきつつ、答えた。
「しかしこの山の中では、馬も通れない。攫うのは手間だと思わないか」
「そうか」
「攫うよりも、誘い出して、連れ出したほうが、もっと楽だ。相手が仙人だと思わせるのは、山を下りるまででいい。
山を下りたら、すぐ街道だ。そこにあらかじめ安車でも待たせておいて、暴れだしたら縛るかなにかして、放り込んでしまえばいいのだ。
昨日の大雨であいにくと轍もなにもかも消えてしまったのが残念だな」
「でも、どうして人を攫ったりするの?」
「さて、いろいろあるのだろう。攫ったあとのことは、おまえは知らなくてよし」
「どうして」
「おまえの人生に、あらたに覚えていたくないことが増えるぞ」
「だったら聞かない」
「よろしい。休昭のやつ、さっそく寝ているな」

奇妙に変形した草木の生い茂る影から、一枚岩の様子を見ていると、なるほど、大の字になっている休昭は、さっそくぐうぐうと、気持ち良さそうに寝息をたてている。
竹林のまにまに岩に降り注ぐ陽光が、よほど眠りにさそうものなのか、それとも、風にそよぐ竹のやさしげな葉音が子守唄がわりなのか。
「竹林って怖いよね。茂った竹の姿って、うなだれた人の影に見えることがあるよ。
いまはちょうどいいけれど、もうすこし風が強くなったら、竹林って大きく揺れて、独特の音を立てるでしょう。ごう、ごう、って。
あれって、人が身をよじって泣いているみたいに見えて、好きじゃないなあ」
「たしかに、あまり気持ちのよいものではないな。けれど」
「なあに」
「おまえも、案外、怖い想像をするものだな。いつも、もっと能天気なことばかり考えているのだと思っていた」
「あたしだって、いろいろ考えるもん。ところで偉度さん」
「なんだ」
「仙人のフリをしている人たちがいるとして、その人たち、今日はここに来るのかな」
「さて、わからん。雨のこともあるからな、もしかしたら、今日は休業かも」
「ということは、あたしたちは、偽の仙人があらわれてくれるまで、ずっと休昭さんが昼寝をしているところを見ていなくちゃいけないの」
「そういうことになる」
「これから毎日、ずっと?」
「おまえは先に帰っていいぞ」
「そんなわけにはいかないよ。あたしが帰ったら、だれが偉度さんと休昭さんの面倒を見るの?」
「休昭はともかく、わたしはおまえに面倒を見てもらった覚えがない」
「あたしがいなくちゃ、退屈するくせに」
「退屈しない代わりに、うんざりしている。黙って休昭を見ていろ」
「見ているだけってつまらないなあ。早く偽の仙人さんが来ないかなあ」
などと銀輪は、物騒なことをぼやいてみせた。



大雨の過ぎたあとの、ぬかるんだ道を進んで、肉屋が密告したという悪党の住処なる場所にたどりついてみると、そこはいかにもうらぶれた感じが漂う、柳の枝の垂れ具合も陰惨に見える、川辺の湿地のなかにあった。
もともとは、どこかの富豪が、郊外の屋敷として買い求めていたものらしい。
それがいつのまにか空き家になったのを、悪党たちが勝手に住み着いたものらしかった。
「人の気配はないが」
趙雲は言いつつ、率いてきた部下たちに馬を降りるよう命令し、慎重に屋敷を取り囲む。
川辺の屋敷は、水遊びをするため建てられたようで、いつでも気ままに小舟を出せるように、屋敷の庭につづけて桟橋が作られているという、変わった構造になっていた。
悪党からしてみれば、地上から役人が押し入ってきた場合、舟で逃げられるわけだから、これほど便利なことはない。

慎重な孔明は、悪人たちが逃げないように、趙雲の部隊のなかで、舟をこぐのに巧みなものを選びだし、かれらに川のほうへまわるようにと指示をした。
これで、周囲をぐるりと取り囲んだかたちになる。

舟のこぎ手が、準備は万端だという合図を送ってくると、趙雲は、すぐさま捕り物にかかった。
あばら家の中に押し入ると、人の気配がしないと感じたのはあたりで、すでに悪党たちは、なにかの気配を感じたものか、逃げ出したあとであった。
趙雲と、その部下たちが、屋敷をくまなく探り、危険がないとわかると、外で待機していた孔明を中に呼び寄せた。

屋敷の中には、たしかに昨日まで、複数の人間が生活していたと思われる痕跡が、ところどころにあった。
厨にある鍋には、まだ腐っていない残飯が残っていたし、寝床のあとにしても、まだそこに人のぬくもりが残っていてもおかしくないほど、生々しさを見せている。
暇をつぶしていたのか、双六の道具なども散乱しており、悪党たちが、かなりあわてて逃げ出したのはまちがいなかった。

「妙な臭いがしないか」
と、孔明が鋭敏なところを見せて、口と鼻を袖で覆って眉をひそめる。
いわれて見ればそのとおりで、もぬけの殻になっている屋敷には、あきらかに腐臭が漂っている。
さらに家捜しをつづけたところ、趙雲の部下が、厨に地下蔵があるのを見つけた。
もともとは果実酒や漬物を保存しておく部屋だったものを、なにか別な用途に使っていたのはまちがいがない。
異常な臭気はそこから漂っている。
直感的に嫌な予感をおぼえた趙雲は、孔明に離れているように指示をすると、部下のなかで、豪胆なものをえらんで地下蔵に人を潜らせてみる。
すると、予想通り、地下からは、なんとも暗澹とした気持ちにさせてくれるものが見つかった。

趙雲が、孔明に地下で見つかったものを教えると、案の定、孔明は火が点いたように怒り出した。
孔明は、温厚そうに見えて、なかなか短気なところがある。
が、とくに激しく怒る場合、たいがいは人間がないがしろに扱われているのを目の当たりにしたときだ。
虐げられた者が、親しい、親しくないは関係ない。
孔明はすべての不正をにくむ。だからこそ、その日々が平穏であることが少ないのであるが。

孔明は、密告にあらわれた肉屋が留め置かれている役所へその足で向かうと、自分のまえに引き出させた。
肉屋はおっかなびっくりとあらわれたが、世慣れた男らしく、その表情には、媚びるような甘えた表情が浮かんでいる。
うまく取り入って、おのれの罪を軽くしようという魂胆が見え見えであった。
孔明は、自分が世渡り下手だから、ということもないだろうが、この手の、要領ばかりいい男が大嫌いだ。
しかもやたらと怒っている。この男も終わったなと、冷めた気持ちで趙雲は、肉屋を見る。

肉屋は、引き出された場に、屯所の役人だけではなく、あきらかに身なりから高位の人間とわかる、孔明や趙雲たちが揃っているのを見て、不安そうに目を泳がせた。
「おい、肉屋、おまえの仲間は、みな逃げてしまったぞ」
孔明は、肉屋が座につくなり、切り出した。
肉屋は孔明のことばを聞いて、ぎょっとしたが、しかし、すぐに頭を働かせ、媚びた笑みを浮かべて、孔明に言った。
「それはきっと、あの草鞋売りの死体が浮かんだと知ったからでしょう。あっしは、まさかあいつらが、あんな荒っぽい真似をするとは思っておりませんでした。せいぜい、しゃべりすぎだと脅すくらいかと」
しかし、孔明は、肉屋を突き放すように、目をほそめて、冷たく言う。
「仲間割れの経緯は、このさい、どうでもよろしい。地下蔵に隠していたのも見つかった。おまえは知っているはずだな。あれはなんだ」
「あれは、羊です。あっしはそう聞いています」
「羊か。そういえば、おまえはあの街で、さかんに羊の肉を売っていたな」
「あの街には、いろんな出自の人間があつまります。羊の肉が好きなやつも多いし、安いので、よく売れるんでさ」
「そうか、珍しいものを安く売って損がない、というのも奇妙な話だが」

孔明は、噴出しそうになっている怒りを必死に抑えているらしく、蒼白くなっている相貌に、酷薄そうな笑みを浮かべる。
こういうときの、こいつはあんまり見たくないなと思った趙雲は、思わず口を入れた。
「食糧難になると、市場で羊の肉が出回ることがある。ただし、ただの羊の肉ではない。『二本足の羊』と呼ばれるそれは、人肉の隠語だ」
趙雲のことばに、その場に居合わせた役人たちのなかから、おぞましさのあまり、うめき声を上げる者もいた。それがふつうの反応である。

肉屋は、腰を浮かせて、あわてて抗議する。
「とんでもない、そいつはちがいます! あっしはそんなもの、売っちゃいません、ほんとうです!」
「野蛮な土地においては、人の肉がもっとも滋養があるとして、美食のひとつにしているところもあるそうな。その人間のもつ力を取り込める薬の一種として食べることもあるらしい」
蒼ざめたままの孔明が言うと、肉屋はとんでもない、というふうに、何度も首を振りながら、答えた。
「ちがいます、ちがいます。そりゃあ、そういう噂は聞いたことがありますが、あっしの商売はまっとうなものです。
義弟が羊を飼っているんですよ。だから安く手に入るんです。で、そいつを商っていただけでさ」
「ほう、まっとうな商売をしていた割には、悪党のことに詳しいのは、なぜだ。あの地下にいたものを羊と呼んでいたのは、さきほど趙子龍が言ったとおり、『二本足の羊』と同じ理由からではないのか。
正直に答えよ。さもなくば、拷問に処す」
「拷問!」

肉屋の顔は、孔明の追及に、それこそ熟れたからす瓜のように赤くなっていたが、その言葉を聞いて、今度はなったばかりの胡瓜のように蒼くなった。
がたがたと震えだした肉屋を指さし、孔明は警吏に命令した。
「かまわぬ、この者が真実を語るまで、拷問にかけよ!」
警吏が、孔明の命令にしたがって一歩、足を踏み出したとたん、肉屋はがばりと地面の上に臥して、叫んだ。
「ほんとうにあっしが商っていたのは、ただの羊です! いや、正直に申し上げますと、義弟の飼っている羊のなかでも、病気になったやつを屠って売っておりました! そいつがばれるのが怖くて、いままでしらばくれておりました、お許しくだせえ! 
あの地下にいたのを『羊』と呼んでいたのは、仲間うちの、ちょっとした冗談なんです。人の肉が市場で売れたこともある、というおそろしい噂も聞いたことがありますが、それは中原のほうの話でしょう。この成都は、そこまでの飢饉に襲われたことはありませんぜ! 
それに、あっしは無学で、文字もまともに読めません。人の肉を『二本足の羊』なんて洒落たふうに言うなんて、いま、はじめて知りました!」
「ちっとも洒落てなんぞおらぬわ!」
孔明が一喝すると、肉屋は、ますます恐れて平伏した。
「はい、そのとおりでございます!」

悪党の住処の地下に隠されていたのは、病み衰え、ろくに食事もあたえられずに放置されていた人間であった。
ほとんどが若者で、みな、すでに身動きすることもできずに、飢えて衰弱しきっていた。
かれらの放つ臭いが、屋敷に踏み込んできた孔明たちの不審を誘ったのである。
息がある者はすぐに保護されて医者の下へ連れて行かれたが、なかには、すでに死んでしまった者も含まれていた。

意識があった者が言うに、この地下に閉じこめられているのは、蒙鳩村をはじめとして、田舎からだまされて連れてこられた者たちであるという。
都会の生活にあこがれる若者たちをたくみに誘い出し、この場所につれてくると、閉じこめる。
逃げようとすると、たちまち捕らえられて、殴る蹴るの暴行を受ける。
おとなしくなってきたころ、ようやく外へ出されるのだが、外へ出たとしても、そこでは重労働が待っている。
悪党たちは橋梁工事などを監督する役人たちと結託して、人夫の不足している場所へ斡旋していたのだ。
そうして、人夫たちに支払われる賃金をまるごと奪っていたのである。

「では、一味のなかでの、おまえの役割は、なんであったのだ」
孔明が、気を鎮めて肉屋に尋ねると、すっかり胆をすくませている肉屋は、ぺらぺらとよくしゃべった。
「一味の中では、それぞれに役割が決まっているのでさ。あっしの役割は、仲間が裏切らないように見張ることでした。仲間はたいがい、あの街で、べつの商いをしていますからね。
ゆうべ殺された草履売りは、もともとは役人だったとかで、文章を書けるので、お上に届ける書類を改竄する手伝いをしていたんです。
ですから、あいつは実際には一味のことはよく知らなくても、一味がどれだけの人間をどこから攫ってきて働かせているのか、書類を見て知っていたのです」
「なるほど、ただ書類を改竄するだけであったからこそ、罪の意識もうすく、われらにあれほど容易に口を開いたというわけか。
蒙鳩村の若者を特に攫ったのは、なぜだ」
「それは、笑い話ですが、あの村の連中は、呆れるくらいに騙されやすい。ちょっと仙人に似せた人形を木からぶら提げて、いっしょについて来いと言うだけで、ほんとうにふらふらと付いて来ちまうんです。
釣りをしているみたいに、簡単に人を攫えるっていうので、面白くて、なんども足を運んでいたと聞いています。
最初にあの村のことを教えたのは、草履売りだそうで、あいつは昔、あの地方で勤めていたのだと聞きました」

肉屋からすべて話を引き出すと、孔明は、趙雲のほうを見て、どうだ、というふうに首をかしげてみせた。
「なんとも、いやな話ではないかい。けれど、これは偉度の勘が当たっていたことになる。
もし、あの子が、あなたの態度を不人情だと非難して、蒙鳩村に行くと言い出さなかったら、この悪事は、しばらくばれることなく、つづいていただろうね」
孔明の言うとおりであった。
蒙鳩村の老いた母親が、息子を探してくれと言ってきたとき、ただの家出だと、ろくに事情も聞かずに断じた、自分が間違っていたことになる。
「やはり、俺の頭が固くなっていたというわけか」
「いや、そうしてすぐに非を認められるのであれば、やはりわれらの趙子龍だ。で、どうする」
「決まっている」
答えると、趙雲は、あらためて肉屋のほうに向きなおる。
「逃げた連中がどこへ行くか、心当たりはあるか」
肉屋にたずねると、こんな答えが返ってきた。
「一味は二手に分かれて行動しています。人を攫うやつらと、攫ってきたのを働かせるやつらです。
逃げたのは働かせるほうですが、人を攫うやつらは、まだ蒙鳩村のあたりで仕事をしているはずです。
逃げたやつらは、そいつらに合流しようとするはずです」

つづく…
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