雲の下のさかな


※このお話は「風の終わる場所」を読了後で「うつせみ」をご読了の方にオススメするものであります。
「風の終わる場所」のラストから「うつせみ」の最初のエピソードのあいだのお話です。


空はあんなに蒼いのに、雲はあんなに白いのに、その下にぽつんといる、人間のことなんぞそ知らぬ顔で、今日も今日とて、勝って気ままに動いていらっしゃる。
変幻自在に姿を変える雲というのは、たまに細くたなびいて、龍そっくりに見えることがある。
だから、むかしむかしのご先祖さまは、雲は龍の化身であろうと考えた。
おそらく、趙雲の名付け親も、そのことを頭において、名と字を決めたのであろうと思う。
儂の姓も劉。軍師の号も臥龍。でもって、目下のところ最大の問題児の字も子龍。
なんの因果だ、こりゃ。

そうしてぼんやりと広大な庭をながめる劉備。
劉璋というのは、趣味は悪くない男だった。自分の居城の庭は、ごちゃごちゃと木を並べずに、なるべく見晴らしの良いようにして、池と、人工の山と、東屋と、ほどよく配置された低木が、それぞれに絶妙な具合に視界に並べられている。
これみよがしのコテコテの悪趣味に走ることもなければ、堅苦しくて面白みに欠けるところもない。
庭師の言うことには、この庭を整えさせたのは、本人だということだから、思うに、あの男の内面が、このやさしい風景にあらわれているのだろう。

もしも乱世に生まれていなかったら、あの男とて、のんびり屋のよい領主として、民に慕われて、生涯を終えたのかもしれない。
なにがわるかったといえば、いまが乱世であるということだ。
一瞬の油断が命取りになるようなご時世では、そこそこの政治を行う、優柔不断な君主はたよりなく、民の信望をあつめなかった。
劉璋を追放するにとどめて、命まで取らなかったのは、劉璋に、ふたたび覇権を取り戻そうとする意欲が、まるで感じられなかったからである。
思うに、今頃は、荊州の片田舎で、巴蜀を守らねばならぬという責務から解放され、のんびりのほほんと暮らしているのではなかろうか。
すこしばかりうらやましい。

池のふちにしゃがみこみ、魚がすいすいと泳いでいるのをぼんやりながめつつ、どうしたものかと考え込む劉備。
一人になりたいときは、昔は馬を飛ばしてひとっ走り、ということもできたのだが、いまは簡単にはいかないため、こうして庭でつくねんとしている。
とはいえ、実際には、庭に一人でいるというわけではなく、物陰をさぐれば、警護の者が潜んでいるはずである。それは劉備もわかっている。
つまりは、とりあえず視界にはだれの姿もなく、だれの気配も感じないところを楽しんでいる、というのが正しい。


やれやれ、と小さくつぶやいて、何度目かのため息をついていると、無粋にも、どすどすと荒い足音を響かせて、近づいてくる者がある。
見なくてもわかる。張飛であった。
「兄者、聞いてくれ!」
「聞きたくねぇ」
即座に言うと、単純明快な張飛は、とたんにむくれて不平を鳴らした。
「なんでだよ! 聞けよ、いい話なのだから!」
「成都に入ってから、みんな少しずついろいろと変わったっていうのに、おまえだけはかわらねぇな。見てわからねぇか。儂は一人を楽しんでいるのだ」
「楽しんでくれよ」
「おまえがいちゃあ、一人じゃない」
「なぜ。俺と兄貴は一心同体。つまり、ぜんぶ一緒なのだから、問題はねぇ」
きっぱりと言い切り、去る様子は微塵も無い張飛に、劉備は、あからさまに大きなため息をついた。
「おまえは本当にアレだ。幸せだな」
一心同体だと言って、なにやら晴れやかに笑う張飛に、思わず劉備は嫌味を口にする。
そして思うことは、あれに、どうしてこの単純さがないのかということである。

いや、単純ではないからこそ、面倒な任務もこなしてきてくれたのか。
そもそも、新野にいた面子のなかで、あいつ以上に賢そうで、孔明の話し相手に耐えられそうな武人は、ほかにいなかった。
だから主騎に決めたのだ。歳も近かったし。
しかし複雑にすぎるだろう。
どういう経路をたどったら、ああいう結論に行き着くのだ? 
忠誠が昂じて、妙な方向に考えがいっちまったのか? 
そりゃあ、孔明は、ちと気味悪く思うほどに年齢も性別もよくわからねぇ綺麗な姿をしている。
宦官の若いのにだって、あれだけ綺麗なのはなかなかいないだろう。
が、だからって、あいつと同じような考えが、ちらとでも頭を掠めたことはねぇぞ、儂は。
心身ともに、すこぶる健康なのだ。うむ。
だいたい、男ばっかりの牢獄に閉じ込められていたってわけでもあるまいし、そんな発想がふつう、浮かぶか? 
しかもあいつは、戦場に女を連れ込んでも文句を言われねぇ将軍職にいるのだ。ご面相とて悪くない。いや、むしろいい。
なのに、本当に、心から、なぜ、なに、どうして。
やはり、もっと早いときに、無理にでも結婚させておくべきだったかねぇ。

「子龍の結婚のことなのだが」
これはまた以心伝心。
どうしたことかと、劉備はおどろいて張飛を振り返る。
「子龍がなんだって? 結婚するのか?」
「いや、そういう予定はないが、そうなるだろうぜ。」
「なんだい、ややこしい」
「兄貴は覚えていねぇかな、長虹っていう女と子龍の噂」
「長虹? ああ、そんな名前の女が、奥の侍女にいたな」
と、思い出すのは新野にいたころの話である。
顔は良く覚えていないが、長虹という名前はおぼえている。
当時は、趙雲と、長虹という婀娜っぽい女とは公然の仲であったのだ。そういう時代もあったのだ。

そうして、劉備は、はっと気づく。
ああ、思い出したぜ。
ひでぇ女で、子龍と、どこぞの大店の若旦那とを天秤にかけて、いい暮らしができそうなほうにあっさり嫁いじまったのだ。
あいつ、あの女のことがきっかけで、妙な方向にゴロゴロと転がっちまったのじゃねぇのか。

「その女が、旦那と死に別れて、いま俺の女房を頼ってきているのだ。再婚相手を探しているのだよ。
子持ちだが、どうだろう、子龍も昔のことを思い出して、この女となら、うまくいくのじゃねぇかな」
と、張飛は、目を子どものようにきらきらとさせて、劉備に言う。
しかし、劉備は、その不吉な輝きを前に、口を濁らせるしかできない。
「んー、そいつは難しくねぇかな」
「なんでだよ!」
「なんでって、おまえだって知っているだろう。長虹ってのは、子龍を一度、袖にした女だぜ」
「知ってらあ。だからこそ、昔逃した魚よ、もう一度、というわけで」
「儂が子龍であったなら、あんたとは苦労できませんと去って行った女とは、一緒になりたくないけれどね」
「なんでぇ、兄者は、変なところで潔癖だからな。あれくらいいい女なんだから、見ればまた、グラッとくるって」
「いい女だ? いま一つ屋根の下で、みんなで暮らしているのだろう? まちがいが起こっちゃいねぇだろうな」
「冗談じゃねぇ! 女房が狼みたいに昼も夜も目を光らせているのだ。何も出来るもんかい。だけれど、そういう事情で、あんまりうちに置いておくわけにもいかねぇんだ」
「なんだい、押しつけかい」
「押しつけじゃねぇよ。俺は、子龍を心配しているんだよ。あいつ、本当になんだって結婚しないのだか」
「本当にな…」

趙雲が、だれも娶ろうとしないその理由を知っているのは、おそらく本人と、自分だけであろうと劉備は思う。
しかも、当の本人より先に気づいてしまった、勘のよすぎる儂。
孔明は、ちゃんと気づいてはいるようであるが、それでよいのです、なんて言い切っているところをみると、しらばっくれているのかね、残酷なやつ。
とはいえ、拒んだら、有能な武人が派閥からいなくなっちまうわけだし、受け入れるってのも、あれの気性からは、なかなかむずかしいだろうな。

「なあ、長虹ってのは、孔明みたいな顔だったかな」
「はあ? なにを気味の悪いことを言いやがる。なんでそこで軍師が出て来るんだよ」
「気味悪いのをこらえて答えてくれや。どうだ」
「似てねぇよ。これっぽっちも似てねぇ。強いて言うなら」
「言うなら?」
「顔だけじゃ、軍師のほうが勝っているよ」
劉備はがっかりして、野太いため息をついて、手で掴んだ小石を、池に投げ込んだ。
ぽちゃりと小さな音がして、水面にうつくしい波紋がうまれる。
「それじゃあ、ますます望みは薄かろうよ」
思わず口がすべってしまい、しまったと焦る劉備であるが、張飛は怪訝そうに首をひねる。
「兄者は変なことばっかり言うな。だからこそ、いまが狙い目なんじゃねぇか」
「どういう意味だよ」
「知らねぇのか。陳叔至から聞いたのだけれど、子龍は最近、軍師と派手に喧嘩したそうだぜ。理由は知らないけれど、お互いに口も利かないくらいの状態らしい」
「本当かよ? ん? 待てよ、益徳。それが、なんだって狙い目なんていう言葉になるのだ?」
「俺が思うに、子龍が結婚しないのは、軍師にベタ惚れしているのが原因だと思うわけだ」
「おいおい」

劉備の顔から血の気が引く。
張飛のように、思ったことをぽんぽんと口にしてしまう男が、趙雲のことを知ったとなれば、それはもう、全軍に知れ渡るということに等しい。
どうしたら、こいつに口止めできるだろうか、と劉備は考えた。

が、張飛のほうは、劉備が顔色を変えたのを、違う意味で受け取ったらしい。
「いや、わかっているって。いくら子龍が軍師に惚れているとはいえ、それは、俺が兄者に惚れているのと比べりゃあ、小さいものだぜ。
俺と兄者と、関羽の兄貴の三人の想いの強さは、山で喩えるなら泰山。あいつらは、そうさな、そこの東屋のとなりにある、嘘っぱちの小山みたいなもんかな…って、兄者、なんだってしゃがんだ姿勢のまま、じりじりと俺から離れるのだ」
「離れたい気分なのだ、放っておいてくれ。話を戻すと、つまり子龍は孔明と喧嘩をしているので、気持ちが他に向きやすいだろうと、おまえは計算しているってことだな?」
「おうよ。そこを逃す張飛さまじゃねぇ。うちでさっそく宴をする準備をととのえた。そこに子龍を呼んでだな、長虹と感動の再会をする、というわけよ」
「子龍が行くかね」
「そこは叔至がうまくやるってさ。さて、兄者にじつは、頼みたいことがあったんだが」
と、張飛は、急に威儀を正して、きりっとした眼差しで劉備を見据えた。
「もしも子龍がめでたく長虹を娶るとなったら、位を上げてやってほしいのだ」
「位? なんだってまた」
「なんだってもなにもねぇだろう? 子龍がいつまでも翊軍将軍なんていう雑号将軍じゃあ、気の毒じゃねぇか。
ほかの、働きがあんまりよくなかった男だって、豪族と結びつきがあるとか、どこだかの名門だとかいう理由で位が上になっていることがあるのに、おかしいぜ」
「しょうがねぇじゃねぇか。益州をうまくまとめるには、位で釣らなくちゃならねぇやつがいっぱいいたのだよ。そこへいくと、子龍は『それがしの位はどんなに低くとも構いませぬ』とか健気なことを言ってくれてだな、でもそれじゃあ、悪いので、翊軍将軍、と」
「だからさ、これを機会に、すこし位を上げてやってくれよ。でなくちゃ、いつまでもあいつは、軍師の雑用係みたいに思われて、ほかの奴に舐められ続けるぜ」
「む? あいつを舐めている奴がいるのかよ?」
劉備がたずねると、張飛は、気まずそうに顔をしかめ、目をそらした。
「まあ、いるって言ったらいるのだが」

張飛の交友関係と、趙雲の交友関係は、まず滅多なことでは重ならない。
そんな二人が、うまくやっているというのも不思議であるが、ともかく、張飛側の武人を中心とした交友関係を思い描けば、だれがそんなことを口にしているかは、だいたい想像がついた。

「困ったもんだな、おまえらには。本当は、孔明の悪口を言いたいのだが、なかなか材料がないので、孔明といつも一緒にいる子龍をいじめているわけだ。あいつがあんまり人付き合いをしない理由がわかる気がするぜ」

そうして孤立したことが、子龍を極端な方向に追いつめたのではないかと思い、劉備は嘆息する。
結果論ではあるが、趙雲に高い位を与えていたら、趙雲が孔明にかこつけて批難されることも少なくなっただろうし、孤立もしなかったであろうし、当然、今日の悩みは起こらなかったかもしれない。
考えてみれば、張飛には、益州入りの功績をたたえて、金だ銀だといろいろ与えたのに、趙雲にはなにも与えていない。
これはなにもケチケチとした結果ではなく、趙雲自身が、いらないとはっきり断ってきたからなのだ。
とはいえ、こちらもそれに甘えすぎたかな、と劉備は反省する。
そうして、ふと気づいた。

「ちょいと待て。聞きたいのだが、益徳、その長虹のことは、おまえたち夫婦と、陳叔至のほかに、知っているやつはいるか」
「うん? なぜ?」
「大事なことだから聞くのだ。ほかに、誰か噛んじゃいねぇだろうな。法孝直とか、李正方とかよ」
具体的な名前をあげると、さすがに張飛も、劉備がなにを言わんとしているのか悟ったらしく、顔を朱に染めて反駁した。
「ひでぇぜ、兄貴! 俺は、子龍を派閥争いのエサにしようなんて思っちゃいねぇ」
「ならいいのだ。すまねぇな」
「まったくだぜ。君主ってのは、いやな商売なんだな。義弟さえ疑ってみせるんだから。子龍を軍師から取り上げようなんて考えで動いているやつはいねぇから、安心してくれ」
二人をいっそ引き離すべきではないかとも考えていただけに、張飛の言葉に、劉備は素直にうなずくことはできなかった。



さて、張飛の宴は着々と準備が進められ、陳叔至もうまくやったらしく、趙雲は宴に行くことになったらしい。
だが、そのあとの話は、劉備の耳に届いてこなかった。
劉備としては、よい結末をまるで期待していなかったから、報告を待ちわびる気にもならなかった。
たとえ理解し難い奇妙な想いを胸に抱いている男とはいえ、劉備は、趙雲も、張飛とおなじくらいに大事に思っているのである。
趙雲が十五の時にはじめて会ってから、不思議な縁で結ばれて、今日までやってきたのだ。
まして、趙雲の心には、赤心がたしかに残されているのだということを、劉備は知っている。
ただ、それよりもはるかに上回る深さでもって、趙雲は孔明を想っているのである。
もしかしたら、あいつは、生まれて初めて、自分を捨ててもいいと思うくらいにひとを好きになったのじゃあなかろうか、と劉備は思う。
公孫瓚のところで会った子龍は、まるでよくできた人形のようだった。
見た目も才覚も申し分ないのに、心だけがどこかで置き去りにされているような印象があった。
その後、放浪して、すこし変わったようではあったけれど、決定的に変わったのは、やはり新野の八年目の春からだろう。
それまでもよく働いてくれる男であったが、目立って動きがよくなった。

俺は、もしかしたら、ちゃんとあいつを認めてやっていなかったのかな、と劉備は考えた。
子龍のよいところを引き出したのは、儂ではなく孔明だ。
孔明が子龍の中にあるものを認め、評価し、最大限まで引き出したからこそ、子龍は、そう、張飛のように単純に表現するなら、とても嬉しく思ったのだろう。
自分でも気付かなかったようないいところを誉めてもらえて、そのうえ、全幅の信頼を受けて、ほかのだれとも違うとはっきりわかる態度で、あんなにきらきらした奴に慕われたなら、そりゃあ、ちょっとの加減で、気持ちがおかしな方向に傾いちまうかもしれない。
しかも、孔明も思わせぶりなところがあるから、武官のなかで孤立していた子龍は、余計に入れ込んで、自分たちだけの世界に籠もっちまったのかな。

あれこれ考えて、劉備は悲しくなってきた。
趙雲に同情したのである。
もしも、孔明と同じくらいの深さでもって、あいつを理解してくれる女がいたなら、こんなことにはなりゃしなかったろうに。
そしてあいつの最大の失敗は、おのれの最高の理解者こそ、全身全霊を傾けて守るべき者だと、おのれのなかで定めてしまったことだ。
孔明を守ることで、おのれの心をも守ろうとしているのか、あいつは。
考えていた以上にはるかに繊細で、複雑な思考を胸に秘めているということを、見破れなかった儂にも、原因はあるのかもしれない。
あまり丈夫ではない孔明を優先させすぎるあまりに、子龍がなにを考えているか、ほとんど想像してこなかった。
不用意に、ずっと側に置きすぎたのだ。
とはいえ、これを引き離すのは、いまさらむつかしかろう。
儂は、あいつらになにをしてやれるだろうか。
困ったねぇ。



そんなことを悶々と考えていたからだろうか。劉備は、とんでもない悪夢を見た。
それは、あきれ果てたことに、夢の中では孔明は都合よく女になっており、趙雲とめでたく婚儀をあげるということになって、劉備もほっとするという夢であった。
目が覚めて、夢だとわかったときの、なんともいえぬ嫌悪感をともなう重々しい気持ちは、なかなか表現がむずかしい。
ともかく、今日は孔明と顔をあわせないようにしようと決めて、劉備は、またも、庭でひとり、つくねんとしていた。
すると、そこへ、足音も荒くやってくる者がひとり。
振り返るまでもなく、やはり張飛であった。

「一人になりたいから、ここにいるのだと言っているのに」
「だから、俺と兄貴は一心同体だろうが」
「もういいけどよ。で? 今日はなんだい」
「おう、聞いてくれ、兄貴! 子龍のやつ、とんでもねぇ!」
ああ、やはりだめだったか、と劉備は心のうちだけで嘆息した。
しかし、心の中に、失望だけではなく、どこか、安堵する気持ちがあるのも不思議である。

劉備は、あれから、いろいろな人事を頭の中で組み立ててみたのだが、やはり、自分の膝もとである成都を安心して任せられるということを優先させると、文官の側近は孔明、それを補佐する武官は趙雲という組み合わせ以外は、考えられなかったのである。
気むずかしい孔明が、趙雲以外のがさつな武官に容易に心をひらくとは思えなかったし、孔明以外の文官が、趙雲のように知恵も知識もクセもある男をつかいこなせるとは思えなかった。
ならべてみて、ほかのだれかが隣にいるということが、想像できないほど、うまく似合ってしまっているのが二人なのである。

これは、儂まで毒されてきたのかな、と思いつつ、劉備は張飛の言葉の先をうながした。
「なにがとんでもないって?」
「それがよ、俺がせっかく宴をもうけて長虹にあわせてやったのに、あいつときたら、ちっとも嬉しそうにしねぇんだ。それどころか、軍師の具合が悪いからとかいう理由で、宴の途中で帰っちまったのだぜ? 信じられるか? いくらかかったと思っているのだ。友の心、友知らずだな!」
「そんな言葉、初めて聞くぜ。しかし、孔明と子龍は、仲違いをしていたんじゃなかったのかい?」
「そうだったはずなんだがな。いつの間にか仲直りしたみたいだ」
「うまくいかせたけりゃ、孔明を宴に呼ばなければよかったじゃねぇか」
「そのつもりだったぜ。なのに、うちの家令が、変な気を利かせやがって、軍師を招待しちまったんだ。まったく、うまくねぇなあ」

それを聞いて、劉備もまた、嘆息した。
自分と張飛や関羽のように、どんな困難があろうと、決して断ち切れない絆というものは、確かに存在するのである。
それが、どうやら、趙雲たちにも言えそうであった。
その絆に含まれるものが、劉備の理解を超えるものだとしても、これを定めたのは天であろうから、もはや人の手には負えないということである。
空はあんなに蒼いのに、雲はあんなに白いのに。
「本当に、うまくねぇなあ」
と、張飛とおなじくぼやきつつ、劉備は、こうなったら、なにがどうなろうと、うろたえることだけはもうしないようにしようと、固く心に誓ったのであった。


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