|
その夜、成都の空を見上げれば、うっすらと光る、奇妙な雲を見つけることができただろう。
月が出たり隠れたりをくりかえしたために、その奇妙な雲の正体が地上から見えることはなかったが、たまにあらわれる月光が映し出すその姿は、まちがえようもなく龍であった。
蛇行して風をすすむ龍を先導するように、透明な蜻蛉が群れを為して飛んでいる。
悪魔の臭いをたどって追跡している仲間を、さらに追いかけているのである。
龍の頭部には、ちょこりと灰色のうさぎが座っている。
通常であれば、あっというまに風に吹き飛ばされてしまうところだが、平気なのは霊力によって守られているからだ。
心地よいほどに変転する薄闇の下の蜀の地を見下ろしながら、うさぎは目をほそめて、龍に化けている孔明に言う。
「そなたは風に乗るときに龍になるのを好むが、やはり生前の号を意識してのことなのか」
「空を飛ぶもの、と想像して、最初に思い浮かんだのが龍であったのだ」
「鳥も昆虫も飛ぶではないか。まあ、わたしは面白いからよいけどな。
こうしていると、ついつい歌を唄いたくなるよ。
♪ぼうや~ よい子だ…」
「はいはい。歌はよい」
「つまらぬ。しかし只人と交流すると、いつも実感するのであるが、われらというのは、馬や車や飛行機や船などにまったく頼らず、自力で素早く移動できる。敵に対してどのような作戦を取るのかも、まかされている。
これほどやりがいがある仕事をしているというのに、自由な身の上だというのは、贅沢なことだと思わぬか。
いま、この状態で、只人とおなじ生活に戻れといわれたら、きっと窮屈でたまらなく感じるのであろうな」
「しかし自由というものは恐ろしい。わたしは、おまえとちがって引きこもりがちな性格だから、下手をするとなんでも自分でまかなえてしまうことをいいことに、他者と交流することがまったくない日がつづくことがある。
楽なことは楽なのであるが、知らぬあいだに、偏屈になっていたり、わがままになっていたり、視野が狭くなっていたりする。
自由というのは、それだけ高い自己管理能力も求められていると、つくづく思うよ。
アトラ・ハシースとしての位は、わたしのほうが弱冠上ではあるが、おまえのように、他者との交流がまったく苦ではない者のほうが、じつはアトラ・ハシースとしてすぐれているのではなかろうかと思うときもある」
「おお、それは誉めているのか」
「たまには」
孔明が言うと、うさぎの仲達は、うれしそうに、にんまりと笑った。
「誉められるというのは、いくつになってもうれしいものよ。しかし諸葛亮よ、そなたは、わたしのことを、ずいぶん要領のいい者だと思っているのだな」
「事実、知り合いは多かろう」
「浅く広く、という人間関係を作ることは得意であるが、そなたのように、狭く深く、という付き合い方はできぬ」
「正直にいえば、おまえの浅く広くという付き合い方を、羨ましく思うときもあるよ。どちらがよいのかな」
「さあて。わたしはそなたをずっと羨ましく思っていたが、これはとなりの芝生は青い、の類いの話なのかもしれぬな。
この世界は、たしかにわれらの世界と似ているが、まったくちがう世界なのだ。
知り合いの姿を目の当たりにしたらわからぬが、理詰めで割り切ってしまえるから、いまのわたしは、母国に帰りたいとは、さほど思わぬ。
すべては過去だと思っているからだな。しかし、そなたのように人と深くつながりを持った者は、複雑であろう」
「たしかにな。なぜわかる」
「んー、たまーに、つらそうな顔をしておったからな。あまり無理せぬほうがよいぞ。
この仕事は、早く切り上げるのが正解かもしれぬ」
「そうかもな。さあ、異民族の居住地に来たぞ。たしかに、悪魔の気配がするな」
龍を先導していた蜻蛉たちが、徐々に地上に向けて下降をはじめた。
※ニッキがいつもより遅いアップとなってしまいました、ごめんなさい。これはヨン様を観ていたからというだけではなく……いや、半分はそうだったりしますが、まー、なんといいましょうか、初恋、13話まで観ました。ジウ姫とヨン様の掛け合いが面白くて目が離せません…とかいうのはさておき、日曜日のアップに向けて、鋭意努力中です。面白いものに出会えるといい影響をもらえるので、作品にいろいろ反映できたらなと思っています。
|