● おまけの広場 ●
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2007年6月1日(金)
流砂の絶佳 六十一

人の姿をしたなにか。
はじめて『それ』を見た時の印象である。

人としての容姿と外見を、なんとか止めようとしている、奇妙な肉塊。
膝が内側にむかってねじれており、そのつま先が前ではなく内側に向いてしまっているために、ふつうに歩行することができないでいる。
だから、けんめいに足を動かしているのだが、見えない糸でむりやり動かされているあやつり人形のように、全体の動きはぎこちない。

悪魔に魂も侵食されたのか、その表情には、苦悶もなければ悲愁もない。
個性すら奪われた、うつろな白い顔を、それはしていた。

大回廊という名にふさわしい廊下は大理石が敷き詰められており、天井も吹き抜けになっていて、階段を逆さにしたような天井が特徴的である。
掃き清められた、うつくしくも冷たい廊下のうえを、悪魔がたったひとり、ゆっくり、ゆっくりと進んでいる。

「こいつらは、何を狙ってやってきたのだろう」
趙雲の問いに、エピファニーは、画面に目を向けたまま、答えた。
「おそらくは、クロノス機関のシステムの破壊が目的です。もっと内部に侵入してから正体をあらわすつもりだったのでしょうが、この塔には霊的防御網がはりめぐらされておりますので、それに引っかかり、正体をあらわにするほかなかったのだろうと思われます」
「システムというと、バルさんがべり、なんとか、と呼んでいた女の声のことか」
「あれは将校にのみ使用が許可されている、対話形式の端末です。悪魔がねらっているシステムというのは、時間移動装置もふくむ、クロノス機関の中枢をになうメインコンピュータのことです」
エピファニーの淡々とした回答に、孔明が口をはさんだ。
「待て。ということは、もし悪魔がシステムとやらを破壊してしまったなら、われわれは過去に戻れない、ということか」
「申し訳ありません、そういうことになるかと思います」
たがいに顔を見合わせ、蒼くなる趙雲と孔明であるが、すぐに思いなおし、孔明はたずねた。
「しかしだ、われらには乙女たちがいる。彼女たちがなんとかしてくれるかもしれない」
すると、エピファニーは申し訳なさそうに、長いまつげをたたえた瞳をなんどもしばだたせながら、答えた。
「まことにお答えしにくいのですが、アイオーンの乙女たちは、ここ百年ほど、流砂の絶佳に姿をあらわしておりません。もしお二人を過去に戻せるとしたら、アイオーンの乙女のほかはいないのですが、こちらからはいっさいの連絡が取れない状況ですので、なんともお答えできないのです」
アイオーンの乙女、つまりは『われわれの』世界からすれば『魔女』と呼ばれる女神たちの集団であるが、『この世界』においては、たいへんに身近な存在である。彼女たちは確実に存在する、絶対的な『善』なのだ。
それがいない、ということが、孔明としてはどうしても理解できない。
大きな不安に襲われながらも、だからこそ、この国での暴政が見過ごされているのかと納得する。
悪魔のせいばかりではないのだ。
落ち込むふたりに、エピファニーが言った。
「なにかお飲み物でもお作りしましょうか」
「いや、いい。いまはなにも口に入らぬ」
「では、なにかほかに御用事はございませんでしょうか」
と言ってから、エピファニーは自分がずっと手にしていた絵本に気がついた。
「さきほど、同志バルエフスキーに依頼されました、あなたさまがたの伝説について書かれた絵本です。よろしければ、ごらんください」
孔明は、エピファニーの差し出す絵本を受けとった。


※なんだかウソツキになっていないか、わたくし…なんか今週はちょこまかアップする、とか言っていたのに、結局いつもと同じ一回だけ(-_-;)これも見通しの甘さが原因です。待っていてくださった方、いらしたらごめんなさいm(__)m 想像以上にあわただしい毎日です。自分でそう組んだんだけど…土日はきちんとアップできるようにします(>_<)

2007年6月2日(土)
流砂の絶佳 六十二

がたごとと揺れる馬車の御者台にいる孔明と、その横に垂れ耳うさぎ。
さきほどから見るものすべてがめずらしい、という様子の仲達にくらべ、孔明の反応はにぶい。
といっても、孔明の感受性がにぶいということではなく、あまりいろいろ見てしまって、気になることが出てしまったら、自分の性格からして、まず、首を突っ込まずにおられなくなるだろうから、それは避けたい、という考えからくる無関心さであった。
そのあたり、趙雲のほうが切り換えがよく、
「この世界は俺たちの世界とよく似ているというだけの、ちがう世界だ」
と割り切っている。
まったく感傷にとらわれないことはないだろうが、自分もまた感傷的になることで、気にしやすい性質の孔明に、悪影響をあたえないようにしようという配慮があるのだ。

「そういえば、アイオーンの乙女にこの世界についたときにメッセージカードをもらったのだが」
孔明のつぶやきに、垂れ耳うさぎが、首だけを器用に180度うごかして、ふりかえった。
「ふん? そなたは乙女に会っていないのか」
「アイオーンの乙女たちは直接、われらと接触することを嫌う。
理由はわからぬが、顔や特徴をおぼえられるのがいやなのではないかな」
「異なことを。それでは、この世界の時の翁の社にある、ミョーにリアルな乙女の像は、なんなのだ」
「これも推測だが、それが実像ではないと思う。彼女たちのしている『実験』というのは、いずれわれらの世界にも大きく影響しかねないほど、大きなものだ。女神に対して魔女、などと呼ばれているが、果たして、どのような存在が、所属している組織なのかもまったく不明だ。秘匿性のつよい組織なのだよ」
「ウワサが流れたことがあったな。アイオーンの乙女たちは、創造主に命じられて、人間が理想郷に住めるのかを実験しているのだと」
「宗教戦争を排除しても、人類は争いをやめぬ。ウワサがまことなら、実験の成果が完璧なものになるのは遠かろう」
「そのようであるな。で、乙女はメッセージカードになんと書いてきたのだ」
「うん、『この世界ではそれなりに振る舞うように』だと」
「それなりとは、どういう意味だ」
「わからぬよ。ただ、子龍が調べてくれたのであるが、なぜだかわたしは、この世界の未来において、魔法使いということになっているらしい」
「東南の風を吹かせたからではないのか」
「赤壁はなかったのだぞ」
「あ、そうか。うーむ、なんでであろう。『それなり』という言葉の意味が気になるな」
「この世界でのわたしは、じつに地味だ。なにせ、主公の補佐である法正は、地元ということもあり庶民に大人気で、わたしの出る幕は、ほとんどない状態なのだからな。
もしかしたら、人気回復のために、マジックでも披露したのかもしれぬ」
「それはなかろうよ」
と、話込むふたりであるが、馬車のまえに、孔明のよく見知った父子が、仲よく連れ立ってあらわれた。

董幼宰と、その息子の休昭である。


※音楽コンクールに合わせて?、ちょっぴりアップしました(^^ゞ 明日もアップを予定しています(つづきか、それ以外の連載かは、まだ決めていません(^_^;) おお、それと、アンケートにコメントをくださった方、ありがとうございましたー♪ う、うれしい…

2007年6月3日(日)
流砂の絶佳 六十三

孔明は、この世界の自分と入れ替わるまえ、あちこちを見てまわってはいたが、自分の屋敷の者以外と、顔をあわせるのは初めてであった。
董幼宰のほうはともかくとして(懐かしさはこみあげてくるが)、まだ幼げな面差しをしている休昭のほうを目にして、孔明は、自分が思った以上に動揺していることに気づいた。

休昭は長じて、孔明の補佐となり、費文偉や蒋公琰らとともに蜀を支えていく人物となるのであるが、孔明がいた世界においては、たいへんな苦労をしたのだ。大人しいばかりではなく、忍耐力も人並み以上あるがために、周囲に過剰なほどに頼られてしまい、また、その声に応えられる実力もあったため、さらに実力以上に頼られるという、悪循環のなかから脱け出せないまま、流行病を得て死んでしまった。
死後は、跡継ぎが育っていなかったことも原因で、その後、宮廷内の問題の原因を、いいように押しつけられて、理不尽にも後主に憎まれ、しばらくその名誉が回復しないという不幸にも見舞われた。
謝らねばという、泣き出したくなるような、責任感によるものか、それとも感傷によるものか、自分でもわからなくなるほどの心にとらわれた孔明であるが、おのれの衣の裾をつんつんとつつく、うさぎの存在によって我にかえった。

そうだ、この世界で、蜀はずっと長くつづくのである。
そして休昭の運命も、まったくちがったものになる。
本来ならば謝らねばならないのは、自分の世界での、もう二度と会えることのない、そのときの董休昭なのだ。
いま、こちらに気づいてあいさつにやってくる少年ではない。
本来の人生というものは、二度とやり直しがきかないからこそ、尊いものなのだということを、孔明はあらためてしみじみと思った。

「ご機嫌よろしゅう、軍師どの。いまお帰りでございますか」
と、年長の部下は、ていねいなあいさつを孔明にしてみせる。
この人当たりのよい、それがイヤミではない落ち着いた物腰は、ああ、董幼宰だな、と孔明は感慨深げに思い、礼に答えた。
「用事も終えたので、屋敷に戻る途中です。貴公らは、これからどちらへ行かれるのです」
「変わり映えのない行き先ではございますが、費家のほうに。あちらで囲碁をうつ約束をしております」
費家は、わたしの世界とはちがって、落ちぶれてはいなかったはず、と思い返し、となると、文偉はすこしちがう青年として存在しているのだろうかと、孔明は想像する。
そんな孔明に、董和のうしろに控えていた、いかにも大人しそうな、素朴な顔をした休昭が、孔明のとなりにいるうさぎに気づいた。
「おや、めずらしい生きものがおりますね。子犬でございますか」
垂れ耳うさぎは、子犬とまちがえられやすいのだ。

※コンクールも終わってしまい…つぎの楽しみを見つけなくっちゃ、やっぱり張りがないですね。さー、今度はどこに行こうかな♪ あちこち行った経験が、作品にすこしでもよく反映するといいなー、などと思っておりますが、さて…?

2007年6月4日(月)
流砂の絶佳 六十四

「ああ、それはうさぎだ」
孔明が答えると、ふしぎと年下と動物にはやたらとなつかれていた休昭は、この世界でも同じらしく、動物に対してやさしいところを見せて、うさぎのほうをのぞき込んだ。
「うさぎでございますか。両の耳が垂れたうさぎは、めずらしゅうございますね。
どちらで手に入れられたのですか。ずいぶんと毛並みもよいようですが」
事実、仲達の毛並みは、趙雲の念入りなアドバイスによって、アロマオイルでぴかぴかに保たれているのである。
二本足で立ち、むん、と得意そうに胸を張るうさぎ。
その、動物らしからぬ動きに、休昭が戸惑いの表情をみせる。
「食用ではない様子。もしや飼われておられるのですか」
飼う、ということばに反応し、仲達が、なんとか言ってやれ、というふうに、自分の肘で、孔明の膝をつん、とつついた。
わかった、わかった、と孔明は応じて、休昭たちに答えた。
「いや、飼っているのではない。これは、わたしの友だ」
「と……?!」

孔明のことばに、衝撃を受けたようにこわばる、董和と休昭。
そのあたりの反応は、父子というより一卵性双生児のようで、二人はじつによく似ていた。
孔明としては、おや、なぜにおどろいているのだろう、なにかまちがえたかな、と思う程度であるが、この時代、愛玩動物というものが、士大夫を中心とする上流階級においても、浸透していないことを忘れているのである。

「こっ」
と、二本足で、まあね、というふうに孔明のそばで、自慢げに立っているうさぎをまえに、顔を蒼くしながらも、董和は言った。
「こっ、個性的なご友人でございますな!」
「父上、おさすがでございます! 休昭では、そのことばは出てきませんでした!」
と、しきりに手を叩き、父に賞賛のことばを言う休昭。
董和は、顔を蒼くしたまま、孔明を見上げると言った。
「ええと、あのう、もしよろしければ、軍師、いまから、われらとともに費家に行きませぬか。
あちらでも軍師がいらっしゃったら、きっと喜ぶことでしょう」
「ありがとう。しかし、いまから屋敷に子龍が来る予定なのだよ」
「さ、左様でございますか。それは失礼いたしました」
「機会があったなら、また誘っていただけるとうれしい。それでは」
そうして、孔明は、顔を蒼くする父子をあとにしてふたたび屋敷に向けて馬車を走らせた。
なんだって、あの二人は顔を蒼くさせていたのだろうとふしぎに思いながら。


※コンクールびんぼうのはさみのです。調子にのって散在しすぎた…(>_<)あと10日を5000円で過ごさねばなりません。さー、どうする。って、なんだかんだと、どうにでもなるのですが(^_^;) さて、明日は早起きできるかな。

2007年6月5日(火)
流砂の絶佳 六十五

孔明は自邸に帰ると、さっそく打ち合わせどおり、思いつく限りの理由をならべて、家人たちをそれぞれ屋敷から出すことに専念した。
さすがに最低限の身の回りのことはしてもらわねばならないので、自分の世界での記憶をたよりに、なにがあっても動じないように、肝の据わった者たちだけを屋敷に残した。
胡偉度は、べつの用事でこの世界の孔明が表に出していたので、これと顔をあわせていないのは、さびしくもある反面、安堵もする。
というのも、偉度という青年は野生動物なみに勘がはたらくので、ほかの者がまったく気づかなくても、偉度だけは、孔明が入れ替わっていることに気づくかもしれなかったからだ。

掃除のいきとどいた自室にもどり、孔明は、花窓のまえに置かれた漆塗りの黒い机のまえに座る。
庭には、名前のわからない、蔓性の薄くれないの花が咲いている。
ながめていると、となりにすわる、灰色のうさぎが、窓から吹き込む春風に目をほそめながら、口を開いた。
「蜀という国は、やはり南にあるだけあって、あたたかいのう。いまごろ、わが故郷は、どのような風が吹いているだろうか」
「おとずれてみたいと思うのか」
「それは、やはりのう。旧知の様子を知りたいと思うのは、人情というものだろう。アイオーンの乙女は、ちょっと覗くくらいならかまわぬと言ってくれぬだろうか。どう思う?」
「どうかな、あまり薦められぬぞ」
「む、なぜだ」
「アイオーンの乙女たちのつくるこの世界では、三国は分裂したままでなくてはならぬ。
アイオーンの乙女たちの世界のつくり方は、基本世界の結果から遡って、結果を導く因子をことごとく排斥し、自分たちののぞむ世界を作り出す、というものだ」
「む」
仲達の顔が大きくしかめられた。
孔明は、座にすわったまま、両手を後ろについて、身体を伸ばし、言う。
「つまりだ、われらの世界では、おまえという存在を中心として、三国時代は終焉を迎えていく。
おまえとて、ハナから天下を取ろうと狙っていたわけではなく、状況が揃ったからその気になって、行動に移った、というのがほんとうであろう。
しかし、おまえの存在を、アイオーンの乙女たちがどう見るかだな。おまえの存在ゆえに、彼女たちの狙いが狂うと判断された場合は」
「された場合は?」
「最悪の場合、歴史から消されるかもしれぬ」
「ええ!」
仲達は前進の灰色の毛をさかだてた。

※切に当たってほしいロト…うう、お金ってありがたいですね。いまさらですが…(^_^;) アップですが、そろそろ、と考えてはいますが、いつになるかは、まだ未定です。すみません、もう少々お待ちくださいませm(__)m