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司馬仲達ともあろう者が、なにゆえ、うさぎなどに変化してしまっているのか?
そのあたりの事情を詳細に語っていくと、たいそうな時間を割かれてしまうので、あえて簡単に説明しよう。
ことの始まりは馬超からであった。
この馬超はアストラルとなっているのであるが、あるとき召喚された先でうさぎに変化する呪詛をかけられてしまった。
この呪詛は噛んだ相手に移る、という厄介なものであった。
つぎに、うさぎに変化した馬超をおもしろがってからかった孔明が、そうとも知らずに怒って噛んだ馬超によって、呪詛をうつされ、うさぎに変化した。
呪詛は強烈なもので、孔明は人として、いっさいのコミュニケーションを断たれてしまい、気絶していたところを、やはり、それを呪詛にかかった孔明だとは知らずにひろった趙雲によって、保護された。
そして、なんやかやとあり、孔明が呪詛にかかっていると知った仲達は、これを助けようとするも、生前のわだかまりを残す孔明がこれを拒否。
傷心の仲達は、天邪鬼なところを見せて孔明にいやがらせ(?)をするが、これに怒った孔明が仲達を噛み、仲達もまた、うさぎになった。
そして紆余曲折を経て、孔明だけは呪詛を解除されたのであるが、仲達はいったいいかなる行いゆえか、ひとりだけうさぎの身のままでいるのである。
しかし本人も周囲も、すっかりその状況になれてしまい、今日があるのであった。
さて、話をもどそう。
回覧板をまわすべく、アトラ・ハシースたちの憩うフロアを行く仲達であるが、ふと見れば、よく見知った者が、むつかしい顔をして柱にもたれている。
だれと話すでもなく、腕を組み、虚空をじっとにらんでいるようだ。
諸葛孔明という人物は、『はなはだ明るい』という意味のあるあざなのとおり、根の明るい人物である。
この場合の『明るい』とは、『にぎやかな人物』というものとはちがう。
孔明はいかなる困難に直面しようと、その根底にある明るさを失わない美質を持った人物だ。
世間をあてにして取り繕っているような明るさとは、まったく種類のちがう明るさを持っているのである。
ところが、その孔明の顔色がおもわしくないようだ。
はて、なにかあったかなと思いつつ、仲達はとてとてと、絨毯のうえを近づいていった。
すると、気配でそれとわかったようである。
孔明は顔をあげると、仲達に目礼をしてきた。
仲達もまた、それに応じてちいさな手を振った。
※さあて、いよいよあしたからゴールデンウィークであります!(^^)! 仙台は晴れがつづくそうなので、いろいろ出かけようと思います。ネタ探しじゃ~(^^♪ ニッキのアップはお休みしませんので、遊びにいらしてくださいませ(^^)/
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