● こうせいニッキ●
本文へジャンプ XX月XX日 

 

2007年4月17日(火)
流砂の絶佳 その十六

「店の主の主らしい小男が、それじゃあ、こちらの気が済まないからと言って、だいぶ値引きして尚書令に腕輪を売った。
尚書令は大喜びして、さっそく自慢の宴を開催した、と」
「で、めずらしくおまえを呼んだのが、尚書令のまちがいだったな。
尚書令は黄金の腕輪をさらに引き立てるために、屋敷のなかでいちばん器量のよい娘をえらんで、これに腕輪をはめさせて披露したのだ。
ところが、それをおまえがはめてみたら、これが存外に似合ってしまったため、なにやら場が気まずく」
「待て。間がだいぶ省略されている。それではわたしがしゃしゃり出て、腕輪を自分の腕に嵌めたみたいではないか。
事実どおりにいうなら、酔っ払った許長史が、娘のより肌の白いわたしの腕に似合うはず、とかわけのわからぬことを言い出して、わたしの腕に無理にはめたのだ」
「おまえが逃げれば問題なかった」
「足が痺れていたのだ。だいたい、娘より色が白いなどということがあるか。
思うに許長史は老眼が進みまくっている。そのうち、蕪よりわたしのほうが白いとか言い出すぞ」
「あれはあれで、おまえを持ち上げたつもりであったのだろうさ。
なにせ、あの宴の客のほとんどが尚書令の知己。左将軍府側は、それこそ数えるほどで、だいぶいじめられていたから、酔ったふりをして意趣返しをしたのだろう」
「わたしをダシにすることはないのに。おかげで尚書令との仲が、またも険悪だ」
「いつだって険悪だろう」
「もっと険悪になったのだ。うまくいえないが、新月の日の夜空に墨を混ぜ込んだような」
「同じだろう」
「余人にはわかりづらいかもしれないが、もともと真っ暗だったのに、さらにどす黒いものが混ざりこんだのだよ。この違和感ときたらないぞ!」

訴える孔明であるが、ふと、違和感つながりで思い出したことがあった。
いまは大人しく馬車の御者をしている盗賊の来哲、この男が忍び込んだ高官は、すべて法正の宴に呼ばれていた者たちだったのである。
なにか関係があるのかなと、ちらりと目線を向けると、敏感な男であるらしく、来哲のほうも孔明のほうを、その青い瞳で見ているところであった。

油断ならぬやつと孔明が思っていると、来哲は言った。
「盛り上がっているところ申し訳ありやせんが、平西将軍のお屋敷に到着しましたぜ」

※ゆうべはまたもや遅くなりました…ごめんなさい! 拍手くださった方、どうもありがとうございました。とても励みになります!(^^)! この連載も、今週末で方向が見えてくる予定。楽しんでいただければと思います(^^♪

2007年4月18日(水)
流砂の絶佳 その十七
この場に足を運んだ経緯が経緯だけに、孔明は落ち着きなく、門のまえにて取次ぎを待った。
趙雲がなにか気づくのではと、期待して横を見るのであるが、宮城で会ったという、どこのだれやらわからない『諸葛孔明』のほうがよほど気になっているのか、らしからぬほどにうわの空である。
孔明には、馬超に用事など、まったくない。
というより、孔明は馬超を苦手としている。
その人となりが苦手なのではなく、馬超の立場が苦手なのだ。

政治的にみて、馬超ほどあつかいのむつかしい男はいない。
曹操秘蔵の青州兵に堂々と対抗できる騎兵を中心とした軍事力を背景にもち、いささか志に不明瞭なところもあるというのに、民衆の人気は高い。
本人はそれをよく自覚しており、これだけさまざまな方面において、劉備を中心に落ち着きつつある蜀のなかにあって、決して『客将』としての立場をゆずろうとしない。
とはいえ、それが頑なで鼻につくほどではなく、ここぞというときには、平然と、文句もいわずに家臣としての礼も尽くす賢さを持っている。
その賢さがあるがゆえに、孔明も法正も、馬超にたいしては、どうしても距離をとらざるをえないのだ。
孔明からしてみれば、劉備でさえ完全に取り込めることができなかった男を、どうして自分がとりこめようかと思うところである。

「いつ来ても、宿のような屋敷だな」
と、趙雲が、なかなか含みのあることばを漏らした。
孔明は、いつも趙雲のことばを参考にしているから、素直にたずねる。
「なぜ宿のような、などと思う。たしかに、少しばかり雑然としているようだが」
孔明のことばに、屋敷のあちこちに、武人らしく、油断なく目線をはこびながら、趙雲は答えた。
「雑然としているのは、人の出入りが多いからであろう。妙に活気がありすぎる。
片付きはわるくないが、地面を見ろ、轍がこんなに深く刻まれているし、蹄鉄の跡がそこいらにある。
それだけ多くの人、多くの荷が、この屋敷をひっきりなしに出入りしているということだ」
趙雲の言うことはもっともで、砂まじりの土は、無数の蹄鉄ですっかり固められており、荷車か、あるいは馬車の轍も、深々と地面にくい込んでいる。
「それに、おまえが平西将軍になんの用事があるのかは知らないが、追い返される可能性があるぞ」
驚いて、孔明はたずねた。
「なぜわかる」
「おまえはかねてより来訪を約束していたわけではあるまい」
「うむ」
「厨から出ている煙の数を見ろ。家人の分の飯を用意しているだけではあるまい。おそらく客が来ているのだ。それも複数だろう」
趙雲の推察力に、孔明は心から感服して言った。
「あなたは、ほんとうに、ただの武人にしておくのが惜しい人だな」
「そうか? あまり誉められた体質ではないような気がする。おまえのように鷹揚であるのが、本来の士大夫としてもとめられる気質であろう。
俺のは、武人の習性ゆえのあら探しだ」
「そうかな。わたしの場合は、細かいことには気づくのに、肝心なところは見逃すことがおおい、うすぼんやりだと言われるが」
「だれに」
「偉度にさ」
「あれは最近見ないがどうした」
「すこしばかり蜀の外に出している。ほら、あなたの言ったとおりだ。面会は断られそうだ」
屋敷の家令らしい品のよい男が、いかにも悲しそうな顔をして、こちらに近づいてくるのが見えた。
2007年4月19日(木)
流砂の絶佳 十八

「たいへん申し訳ございません。主はただいま留守にしておりまして」
と、家令は、歯切れ悪く言うのであるが、それはすぐに嘘だということはあきらかであった。
なにせ趙雲が指摘するとおり、屋敷には活気がありすぎた。
客がきており、そのもてなしに、家中がおおわらわなのは明らかである。
客人を大切にもてなすことが家主としてのたいせつな役目であるから、おおぜいの客を屋敷において、自分だけが外に出ているなどということを、馬超がするはずがない。
そういう社交的なところについては、意外なほどに積極的な男なのである。
おおぜいで賑やかにするのが、苦ではない。むしろ、楽しみなのだ。

「申し訳ございません。わたくしでよろしければ、ご用件をおうがかいさせていただきます」
家令のほうも、自分の嘘がばれないはずがないとわかっているようだ。
落ち着こうと虚勢を張っているのが目に見えてあきらかで、孔明としては気の毒にすら見える。
来哲のほうを見れば、これは不機嫌そうに顔をしかめている。
よほど馬超に用があったものらしい。

断られているものを、ここで粘ることもなかろうと、孔明が引き返そうとすると、孔明を通り越して、来哲が口をひらいた。
「お屋敷の主さまはお留守とおっしゃるが、どうやらほかにもお客人がいなさるようだ。
何人くらいいらしているのか、教えていただきたいのですが、それはなりませんかね」
身分のひくい御者がしゃしゃり出てよい場ではない。
その無礼を孔明は叱ろうとしたのであるが、家令のほうは、決まり悪さがまさっているのか、さして気にするふうでもなく、あっさりと答えた。
「客人は六名ほどでございます」
「そいつは、すべて漢族の方ではないのではありませんかい」
来哲のことばに、家令はおどろいて目をひらいた。
「やっぱりそうでしたかい。こいつは順番をまちがえたようだ」
来哲はいうと、突如として家令を突き飛ばすようにして、馬超の屋敷のなかへと突っ込んでいった。

残された孔明と趙雲は、わけがわからない。
顔を見合わせるも、ほどなく、屋敷の奥のほうで、物が派手に壊れる音と、娘らの悲鳴が聞こえてきたため、自分たちも屋敷のなかに入ることにした。


※アップの日でありましたが、急用が出来てしまったため、明日のアップとさせていただきますm(__)m ご容赦くださいませー!

2007年4月20日(金)
流砂の絶佳 その十九

孔明が、もっとも騒ぎが起こっている部屋についたとき、まっさきに気がついたのは、においであった。
強烈な異臭である。
硫黄のにおいにも似た、吐き気をさそうにおいであった。
口と鼻を手のひらでかばいながら見れば、大きな円卓の周囲に何人か、見たことのない屈強そうな男たちが座っていた。
かれらはみな、目立たぬ漢族の服装を身に纏っているのであるが、その顔立ちは、あきらかに漢族のものではない。
かれらの表情は、恐怖にこわばっている。
それもそのはず、席のひとつが空いており、そこにべったりと、異様な黄緑いろの、粘り気をもつ液体がくっついている。
そして、異臭はそこから発せられているのであった。

部屋には、留守であるはずの馬超もいたが、これは孔明たちが部屋に入ってきても、気づかなかったようだ。
目のまえの、異臭をはなつ椅子と、その椅子のまえで、奇妙な金属を手にして立っている来哲をぼう然と見つめている。
泣く子も黙ると揶揄されたほどの英雄が、凍りついて身動きをとれないでいるのだから、孔明らが駆けつける前に起こった事態が、よほど度肝をぬかれるものであったということはわかった。

孔明は、来哲のほうを見た。
事態がまったく把握しきれていないが、この騒ぎをおこしたのが来哲だということだけはわかる。
みなが凍りついているなかで、来哲の表情だけが、ぶきみに静かだ。
その手には、孔明が見たことのない、剣の柄だけのような、金属の筒が握られていた。
細作がよく好んでつかう、刃を隠してある懐剣かと思ったのだが、細工物が好きな孔明が観察したところでは、ただ刃が飛び出すだけの仕掛けがほどこしてあるにしては、柄の部分の金属の部品が複雑すぎた。
そして、いかなる職人がつくったのか想像もつかないほどに、その金属の仕上がりは、卵の殻のようになめらかであった。

「しつっこい男だこと! クロノス機関の人間が、こんなところまで追いかけてくるなんてね! というか、役者がそろっているじゃないのよ、わざわざお越しいただいて恐縮だわー」
ほほほ、と甲高く笑うその声に、孔明がぎょっとして身をすくませると、となりで、趙雲が素早く剣を抜いて、片方の腕で、孔明をおのれの背後にかばった。


※うーむ(-_-;) こればっかりはどうしようもない…HPのアップですが、本日も延期とさせていただきます。早く落ち着いてくれい…

2007年4月21日(土)
流砂の絶佳 その二十

「なんていうか、当然だけれど顔が同じだからムカツキ度MAXって感じ? っていうか、中身も一緒なんでしょうねー。あ、もっとむかついてきた。
ちょうどいいわよ、あんたたちがいまここで死んだら、あいつら、どんな顔するかしらね」
笑いをかみ殺したような甲高い声は、鼓膜を嫌味に震わせる。
顔をしかめつつ、孔明が、声の主を探すと、趙雲のほうがやはり早く、首を天井にむけた。
おなじく天井を向いて、孔明はことばをなくした。
子供ほどの背丈しかない、異相の小男が、天井に蜘蛛のようにぺたりと張り付いていたのだった。
「貴様、何者だ!」
趙雲が誰何すると、小男は、器用に天井に張り付いたまま、にやりと笑って、言う。
「答えたところでわかりゃしないでしょうよ。あんたたちは、どっちみちここで死ぬわけよ。解けないなぞなぞを抱えて墓場に行くなんて、嫌じゃない?」

罠か?
孔明はとっさに来哲と、馬超を見た。
二人が組んで、孔明を暗殺しようとした可能性を考えたのである。
そうして、見れば、いつのまにか、円卓にすわっていた男たちもたちあがっており、孔明と趙雲らのほうを向いている。
そのまなざしは、悪寒がするほどにいやらしいものである。
目線で全身をくまなく舐められているような感覚がした。
それは趙雲も同じく感じているらしく、この、いつもは誰よりも頼りになる男の剣を持つ手は、めずらしくも震えているのだ。

「平西将軍、これはどういうことだ」
震えを押し殺して趙雲がたずねると、茫然自失の様子であった馬超は、夢からさめたようになって、頬を紅潮させると、言った。
「これはなにかの誤解だ! いや、それより、貴殿らこそ、この男は何者なのだ! わが客人を殺めてしまったぞ!」
「客人を殺めた?」
鸚鵡返しにしつつ、趙雲は異臭をはなつ椅子を見る。
孔明もそれにならって椅子を見た。
「どこにも死体はない」
「それは」
馬超はすぐに答えられなかったらしく、ぐっとことばに詰まったが、感覚的なところで、孔明は、おそらく馬超のことばに嘘はないのだろうと感じた。
死体はないが、だれかが死んだのだ。
そして、殺してしまったのは来哲である。

逃げねば。
感覚よりも思考よりも先に、駆け抜けてくる声がある。
それが孔明に危険を告げていた。
逃げねば。この場に留まれば殺される。

天井の小男は、来哲のほうに首を向けて、唄うように言った。
「アレクセイビッチ、エウゲニー・バルエフスキー。ええい、長ったらしい名前だこと。何様のつもりよ、って、それはいいわ! 一気に片をつけてあげる♪ 
あんたの手にしている、その司祭の剣は、言っとくけど、あたしには通用しないわよ。只人の司祭の清めた水なんてのが、あたしみたいな超上級悪魔に通用すると思ってー? そこまでばかじゃないことを期待しているけれど」
「だまれ!」
来哲は叫ぶと筒を小男に向けた。
とたん、筒からは、白い柱が立ちのぼる。金属ではなく、水蒸気のようである。
水の柱でできたその剣を、来哲が振りかざすと、小男は、笑いながら、それを受け止めた。

※なんとか落ち着いてきたー。ほっ…(^_^;) たいへんお待たせしました。本日、ずれまくった分のアップとなります(^^ゞ