|
男の余裕をふくんだ声色に、孔明はすくなからず反発をおぼえた。
なんにせよ、挑発されたらこたえずにはいられないのが孔明の性分なのである。見た目はおとなしいのであるが、実際は負けん気がつよいのであった。
「名乗れ」
孔明が問うと、男は馬車をゆるゆると走らせながら、やはりのんびりと答えた。
「それはまだ答えられませんや」
「なぜ」
「あんたがどういうひとか、俺はよくしらないからです」
と、男は、はっきりと顔を向けてきたが、それは自分を孔明に認識させるためであると同時に、自分もまた、孔明の姿を見るためであるようだった。
男の顔を見て、孔明はおどろいた。
漢族ではなく、胡人だったからである。
頭巾をして頭髪を隠しているが、そこからはみ出ている毛は赤茶色の巻き毛で、その目は、孔明がさすがに怖じるほど、澄んだ瑠璃色をしていた。
全体に大作りな顔で、鼻は胡人がみなそうであるように、漢族などにくらべるとずいぶん長くて高いのであるが、鼻梁がすっきりと通っており、しかも目の輝きの印象がつよいため、高貴な人物のように見えた。
実際はどうだかわからぬぞと、気圧されそうになっているおのれをはげまし、孔明は思う。
ここ数十年、漢帝国は大きな戦乱のるつぼにあった。
そのため、危険を避けようとする異国からの商人は、長いあいだ平和のなかにあり、いまもまた、君主は交代したとはいえ、さしたる戦乱に巻き込まれずにすんでいる天然の要害の地・益州にあつまった。
成都は、そうした商人たちの一大集結地であり、全体をとおして、蜀という地が、これほど東西南北から多くの人々を受け入れ、にぎわったのは、漢王朝がはじまって以来のことなのであった。
土地がにぎわうということは、活性化をもたらす反面、悪いものをも引き入れる。
どうやら、この男は、その悪いもののひとつであるようだ。
「なぜ世を騒がす真似をするのだ。聞けば、そなたは他人の家に忍び込みはするものの、いまのところなにも盗っていないようす。もしも改心し、自首をするというのなら、わたしも主公にかけあって、そなたの罪状を軽くしてやるが」
孔明が言うと、男は顔を正面に戻し、鼻で笑った。
その仕草が、いかにも不遜であったから、孔明はむっとする。
「慣れねぇなあ、そういう物言い。封建社会のおえらいさんっていうと、たいがいそんなもんなんだろうけどよ。俺なんかは歴史書を読むかぎりじゃ、むかしはよかったな、なんてのん気に思っていたが、実際にこうしてみると、ぜんぜん俺の住んでる時代のほうがいい」
「? どういう意味だ。おまえはどこから来た」
「それについちゃあ、答えられねぇんです。ただ、ここ一日、あんたを見ていたが、ちゃんと約束を守ってくださったようだ。ほかの連中はだめだったね。盗人が家に入ったと大騒ぎしてさ」
「事実、そうであろうが。騒ぐのは当然だ」
「けど、黙っていてくださいよと念を押して、向こうはわかりましたと言ったんですよ。それでこれだもんなあ。人間不信になっちまう」
「勝手なことを。おまえの目的はなんだ」
孔明が問うと、男は頭巾の上から、おのれの頭をかいた。
※明日はアップの日であります。現在、アップ分作成中。でもって、HP改装も考えております。あらためて告知させていただきますので、どうぞよしなに~m(__)m
|