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それは、むかしむかしのおはなしです。
心地よい、春の宵であった。
ふしぎな夜でもあった。
闇に浮かぶ梅の白さが目立つなか、董和の屋敷にてすこしばかり酒を飲んでいた孔明は、ほろ酔い気分で自邸へとむかっていた。
伴の者は、孔明の馬の手綱を引いて、ゆっくり、ゆっくりと馬の足を進めている。
今宵はとくべつに暖かいなと、頬にあたる風のやわらかさをおぼえつつ、孔明は思った。
ゆるやかな風にさそわれたものか、めずらしく晴れた成都の夜空にいちばん星が輝いている。
そのしたで、孫を抱いた老婆が、孫を寝付かせようと、昔語りをしている姿もある。
その温かな老婆の声を聞きながら、星に手を届かせようと、そのちいさなもみじのような手を動かす子供に、孔明は頬をゆるませた。
やさしくおだやかな光景である。こうしたなにげない平和な光景を見ることが、孔明は最近はとくに好きであった。
「おまえは、いまの昔話を知っているか」
と、馬上で、孔明は伴の者にたずねた。
「あいにくと、私は聞いたことのない話でございました」
「そうか。わたしも聞いたことがない。蜀は、わたしの知らぬものがたくさんある土地だな」
「のん気なことをおっしゃる。のんびり構えてらっしゃるが、最近の盗賊騒ぎのことはご存知でしょう。あまり夜は出歩かないほうがよろしいと、翊軍将軍さまもおっしゃっておりましたのに」
「子龍はいつだって、人が出歩くのを嫌がるのだ。過保護だ。あれはわたしがよその人間と話すのが気に入らないのにちがいない」
酒がすこし入っているため、いささか口が軽くなっている孔明であるが、伴の者は、孔明のことばの内容に頓着せず、言った。
「尚書令さまのところにも賊が侵入した由。軍師も気をつけてくださらねば」
「尚書令どのはさんざんだな。家は失火で焼けるわ、盗賊は入るわ。しかもなにも盗まれなかったので、集めた骨董品が、じつはみんな盗む価値もないまがいものではないかなどと噂も立っているとか」
常日頃の行いがわるいからだと孔明は思ったが、もちろんそれは口には出さなかった。
だれが聞いているかわからない。そのあたりの分別は、酒が入っていても残っているのである。
そうして、馬上よりふと月を見上げると、そこに、おかしなものを見た。
朧月夜を背に、屋根から屋根へと、なにかが飛び移る、その人影であった。
「おまえ、いまのを見たか」
伴の者にたずねるが、伴の者は、怪訝そうに孔明を見上げると、首を振った。
※ようやくお話がまとまりました、新連載でございます。三周年記念ということで、いかにもうちらしい、ふしぎな冒険譚を目指してみました。楽しんでいただけたらうれしいです(^^♪
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