● こうせいニッキ●
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2007年4月1日(日)
流砂の絶佳 その一

それは、むかしむかしのおはなしです。

心地よい、春の宵であった。
ふしぎな夜でもあった。
闇に浮かぶ梅の白さが目立つなか、董和の屋敷にてすこしばかり酒を飲んでいた孔明は、ほろ酔い気分で自邸へとむかっていた。
伴の者は、孔明の馬の手綱を引いて、ゆっくり、ゆっくりと馬の足を進めている。
今宵はとくべつに暖かいなと、頬にあたる風のやわらかさをおぼえつつ、孔明は思った。
ゆるやかな風にさそわれたものか、めずらしく晴れた成都の夜空にいちばん星が輝いている。
そのしたで、孫を抱いた老婆が、孫を寝付かせようと、昔語りをしている姿もある。
その温かな老婆の声を聞きながら、星に手を届かせようと、そのちいさなもみじのような手を動かす子供に、孔明は頬をゆるませた。
やさしくおだやかな光景である。こうしたなにげない平和な光景を見ることが、孔明は最近はとくに好きであった。

「おまえは、いまの昔話を知っているか」
と、馬上で、孔明は伴の者にたずねた。
「あいにくと、私は聞いたことのない話でございました」
「そうか。わたしも聞いたことがない。蜀は、わたしの知らぬものがたくさんある土地だな」
「のん気なことをおっしゃる。のんびり構えてらっしゃるが、最近の盗賊騒ぎのことはご存知でしょう。あまり夜は出歩かないほうがよろしいと、翊軍将軍さまもおっしゃっておりましたのに」
「子龍はいつだって、人が出歩くのを嫌がるのだ。過保護だ。あれはわたしがよその人間と話すのが気に入らないのにちがいない」
酒がすこし入っているため、いささか口が軽くなっている孔明であるが、伴の者は、孔明のことばの内容に頓着せず、言った。
「尚書令さまのところにも賊が侵入した由。軍師も気をつけてくださらねば」
「尚書令どのはさんざんだな。家は失火で焼けるわ、盗賊は入るわ。しかもなにも盗まれなかったので、集めた骨董品が、じつはみんな盗む価値もないまがいものではないかなどと噂も立っているとか」
常日頃の行いがわるいからだと孔明は思ったが、もちろんそれは口には出さなかった。
だれが聞いているかわからない。そのあたりの分別は、酒が入っていても残っているのである。
そうして、馬上よりふと月を見上げると、そこに、おかしなものを見た。
朧月夜を背に、屋根から屋根へと、なにかが飛び移る、その人影であった。
「おまえ、いまのを見たか」
伴の者にたずねるが、伴の者は、怪訝そうに孔明を見上げると、首を振った。


※ようやくお話がまとまりました、新連載でございます。三周年記念ということで、いかにもうちらしい、ふしぎな冒険譚を目指してみました。楽しんでいただけたらうれしいです(^^♪

2007年4月2日(月)
流砂の絶佳 その二

盗賊の話なんぞをしていたから、盗賊の姿を見たつもりになったのだろう。
孔明はそんなことを考えて、自邸に帰ると、すぐに床につくことにした。
家人は、孔明のために、すでに夜具からなにから整えており、孔明はただ、着替えて横になればよいだけになっていた。

顔だけは洗って、そのまま横になって、しばらくたってからのことである。
なにやら、頬に風があたる。
さては、だれかが廊下に出ているのかなと、寝ぼけた頭で考えた孔明であるが、しかし冷静に考えれば、廊下に出た者がいたところで、自室に風が入ってくることはないのである。
だれかが部屋に入り込んでいる?
その考えにようやく思い至って起き上がったときは、すでに遅かった。
気がつけば、おのれの夜具のそばに、見知らぬ衣をまとった何者かが畏まっている。
武器は手にしておらず、ただそこに座っているだけだ。
ちょうど男は、部屋にさしこむ月光を背にしているため、孔明からは顔を確認することはできなかった。
「たれぞ」
声を立てようとすると、とたん、男が、くぐもった声で言った。
「お静かに、貴方様に手を触れるつもりはありませぬ」
若い男の声だ。深みのある、よい声をしている。
とはいえ、そこを感心している場合ではない。
「何者か、名のれ」
「あいにくと、名のることはできませぬ」
「では、身分だけでもあかすがよい」
「この国では盗賊と呼ばれている者でございます」
そのことばに、孔明は身体をこわばらせた。
そして、そばに控えているだろう家人らのことを考える。

孔明の屋敷には、つねに何十人という、孔明の身辺を守るための人間が詰めており、かれらは、孔明が眠っているあいだも、活動をやすめることはない。
かれらはどうしたのだろうかと考えていると、盗賊は、孔明のそばに静坐したままつづけた。

「さきほど、貴方様に姿を見られてしまいましたゆえ、お邪魔した次第でございます。図々しいこととは承知しておりますが、どうか先ほどのことは口外なさらないでいただきたい」
たしかに図々しい。そしてわけがわからない。
孔明はあきれて、答えた。
「おまえを安心させるつもりはないが、あのときわたしはおまえの姿をはっきり見ることができなかった。輪郭しかわからなかったのだ。
それなのに、わざわざ危険を冒してわたしの元までやってきたというのか」
「姿を見られたからでございます。われらの流儀でございますゆえ、どうぞお約束いただきたい」
「口外せぬということをか」
「左様で」
孔明はしばし考え、闇に目を慣らすために、じっと目をこらして、男の顔を見ようとした。


※ブログのほうでも書きましたが、明日アップ予定でしたが、残業確定!のため、明後日にアップを変更させていただきます。ごめんなさい(>_<) いやはや、忙しくなるとはわかっていましたが、想像以上であります。でもまあ、春らしいといったら春らしい忙しさ。きっちり仕事して、水曜日にはアップできるようにします。お時間のある方、覗きにきてやってくださいませ(^^ゞ

2007年4月3日(火)
流砂の絶佳 その三

男は孔明が反撃に出ることを、まったく考えていない様子である。
だからこそ、控えているはずの者も手を出せないのだろうか、などと、孔明は考えた。
男の両手は、正座した太腿のうえに行儀よくならんでいるのである。
「なぜに盗みを働くのだ」
孔明がたずねると、男は、深みのある、一言一句がはっきり聞き取れるよい声で、答えた。
「探しているものがあるのです」
「探しているものがある?」
鸚鵡返しにして、孔明は、そういえば、尚書令の屋敷は、盗賊に入られたけれども、なにも盗まれなかったということを思い出していた。
しかし、それならば盗賊と呼ぶのもおかしな気がする。
「よくわからぬな。探し物があるので、盗賊の真似事をして探し回っているというのか。なにを探している」
「『流砂の絶佳』をさがしております」
「リュウサノゼッカ?」
これまた聞きなれないことばに、孔明がいぶかしんでいると、男は言った。
「どうぞお約束くだされ。われらの姿を見たと、だれにも言わないと」
「言わなければ、帰りそうにないな」
孔明は、もうすっかり眠気は覚めていたのだが、おどろきから醒めて、この男の存在に慣れてしまうと、だんだんと気味悪さをおぼえるようになっていた。
ことばどおり、孔明に害する気配はまったくない。
だが、約束を取り付けないことにはその場を動きそうもない頑迷さにくわえて、自分を守っているはずの家人たちが、だれひとりとして現れないのがおかしい。こちらの様子をうかがっている気配もないのだ。あまりに静か過ぎる。
「お約束を」
いいえと答えたならどうなるだろうと、孔明は考えた。
すこしいじわるな気持ちがおこって、いいえと答えたくなったのだが、それは、とたんに別な方向からこみ上げてきた気持ちによって否定された。その気持ちとは、恐怖である。
なにかよくわからないが、目のまえの男にたいしての恐怖感が、ぐっと強まったのだ。
「よろしい。約束しよう」
「それはようございました」
と、男は、ほっと安堵しの声を漏らした。
「お約束くださいましたので、このご恩はかならずいたします。またお目にかかります。それでは今宵はこれにて」
男は言うと、忽然と消えた。
まさに闇に溶けたかのように、一瞬にして消えたのである。
男がいなくなったのと同じく、孔明はつよい眠気におそわわれて、気絶するようにしてふたたび寝入った。


※さて、明日のアップに向けて準備中。おそらくずんだの続きになるかと思われます。なんだかよくわからないエピソードが連続して出てくる展開になっていますが、いましばらくお付き合いくださいませm(__)m それではまた明日お会いしましょう!

2007年4月4日(水)
流砂の絶佳 その四

翌朝、孔明は、なにやら腑に落ちない気分のまま、自邸をあとにした。
というのも、家人に確認したものの、ゆうべの夜半すぎに、孔明のもとへひそかに潜入してきた者はいなかったと、だれもが口をそろえて言ったからである。
みなして、失敗を隠そうとしているわけでもない。
みながこう言った。
「軍師は昨夜、酔って帰られたあと、すぐに床に入られて、そのまま朝までぐっすりと眠っておられました。変わったことをあえて付け加えるならば、いつもより寝相がわるかったようでございます」
寝相がわるかったのは、昨日、一度、目を覚ました証拠ではないかと孔明は考えたが、しかし家にいた全員が、きれいに口裏を合わせられるはずがない。だれもが矛盾することなく、同じような答えを口にしたのである。
となると、やはり自分は夢を見たのだろうか。
朧月夜のなかに見えた人影と、そしてあらわれた男と。

いぶかしみつつ、自邸を出て、孔明は左将軍府へとむかった。
左将軍府のなかでも、昨今、成都をにぎわしている盗賊の話でもちきりである。
盗賊は、大物狙いであるらしく、尚書令をはじめとして、馬超、許靖、劉巴などの屋敷にことごとく潜入していた。
そして、共通することがひとつある。
盗賊に入られたのは事実であるが、どこの家も、じっさいに盗まれた物はひとつとしてないのである。
そこが、この盗賊の気味の悪さで、話題にもなるのだ。
入られた家が、劉備の主だった家臣ばかりであったから、これはもしかして、敵国の細作のしわざかと見る者さえいた。
もしも通常であったなら、孔明もそうした見解に与したであろうが、なにせ昨日のことがある。
あれはよくできた夢だったのだろうか。
流砂の絶佳などというものは聞いたことがないし、そも、だれにも目撃譚を話さなかったところで、どうなるというのだ。
家人が、だれも夜中にあらわれなかったと言っている以上、孔明は、外のだれにもそのことを話すつもりはなかった。
外聞がわるいということはさておき、仮にも左将軍府事である自分の家にまで盗賊が入ったと知ったら、ほかのものは、さぞかし不安になるだろうという配慮からである。


※まだまだお話はオープニング部分であります。うーん、この短いなかでいろんな展開をさせるってむずかしいなあ。途中から、奇妙な展開をみせる話になる予定です。どうぞ見守ってやってくださいませ(^^♪

2007年4月6日(金)
流砂の絶佳 その五

そうして落ち着かぬままに日をすごし、やがて日の落ちるころになった。
違和感というべきか、不安に悩まされながら、孔明は、その日はこれいじょうは仕事をつづけても、たいした成果はあがらぬとみて、そうそうに切り上げて帰宅することにした。
そうして帰り支度をはじめたのであるが、ふと、座から立ち上がり、さそわれるようにして外を見れば、雨でも降るのか、黒雲がうす闇と拮抗しているような、なんとも陰鬱な空のいろである。
そして、雲のしたにひろがる地平が、いつもにも増してはっきり見えた。
地平線の彼方に澱のようによどんでいる群雲の、そのてまえにある枯れ木が、奇妙にはっきりと存在を主張しているように見えたのである。
その木は孔明からは、ずいぶんはなれたところにあるのだが、そのときの孔明には、遠くにあるとはわかっているものの、手を伸ばせば触れることができそうな錯覚におそわれた。
そして、春をむかえてもなお、さびしく枯れ枝を風に揺らしている木の、その枝のひとつが、まるで孔明を手まねいているように感じられた。

「府事」
そばに控えていた者に声をかけられ、孔明は我にかえった。
どうかしている。
ふたたび顔をあげて地平を見れば、そこにはたしかに群雲はあるけれど、街中にある左将軍府の敷地内から、地平にある木などが見えるはずもなく、ただ、壁と、庭木があるだけであった。
見える気がしたにしても、ぶきみなほどに現実感のあるまぼろしであった。
もしかしたら、つかれているのかもしれないなと思いながら、孔明はいつもの迎えの車に乗った。
どうやら黒雲は雷雨をつれてきているらしく、地平の彼方では、すでに一条の光が地面に降り注いでいるのが見えた。
そのくせ、孔明のいる場所は、夕暮れどきというのに、妙にあかるいのだ。
奇妙な天気である。
どちらにしろ、雨が降るのであれば、早く帰るに越したことはない。

「やはり、遠くが見えなさる」
考え事にふけっていた孔明に、御者がとうとつに声をかけてきた。
そのときになって、はじめて孔明は、自分のまえにいる御者が、いつもの御者ではないことに気がついた。
そして、その声に聞きおぼえがある。
身をこわばらせる孔明を振り向きもせず、背中だけを見せている男は、場違いなほどにのんびりと言った。
「困ったもんだ。さあて、どうしやしょうかね」
「おまえ、ゆうべの盗人か?」
孔明が問うと、男はようやく横顔だけを孔明にみせて、にやりと笑った。
「そんなもんでさ」

※ぎゃー、お待たせしました(>_<) どうしよう、こうしよう、と考えているあいだ、なぜだか別のお話の筋が決まりました。いいんだか、わるいんだか。お話はどんどん進む予定。これからはお待たせしないようにしますm(__)m