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「桑の木の精は、たしかに厄介だぞ。自信家で人間ぎらいなうえに、偏屈なのだ。人間ぎらいになったのは、やはり鍋でぐつぐつ煮込まれたことを恨みに思っているかららしい。
なにせ、食われてそのあと、ふたたび受肉して桑の木の精に戻るまでに百年以上かかったらしいのだ。だからこそ、ぐつぐつ煮込んだ男の代わりに、その叔父である孔明は、目の敵にされておる。なんやかやと、言いがかりをつけられては、ことあるごとに呼びつけられて、何時間も説教を食らっているようだ。
あいつもそのあたりは妙に忍耐強さをみせるというか、『わりとためになる話を聞ける。頼んでもいないのに、霊薬の調合なども教えてくれたりするし、なかなか親切だ』などと言っていた。まあ、あいつは、マイナスもプラスにむりやりにでも変えたがるやつだからな」
水筒に水を入れつつ、趙雲が言った。
趙雲が孔明のことを語るときは、本人をまえにしていないときは、いつも誇らしげであることを、仲達は気づいている。
かつては敵対していたから、同じ時代を生きたとき、ふたりがどのようにして絆を深めたのかはしらない。
けれど、仲達が知る限りでも、このふたりの友情や愛情で強固にむすばれた絆をもつ者たちはめずらしいと思う。
と、同時に、こうした稀な絆を基準に見ること自体が危ういのかもしれぬと仲達は考えた。
いまや孔明や趙雲を友人と堂々と呼ぶことができる仲達であるが、さて、ではその絆の強さはかれらと同等かというと、それはちがうのである。
おそらく、かれらと同じになることはできなかろうと思う。
曹丕が評した、八方美人ということばは、ただしい。知り合いはたくさんいるが、唯一無二の友はいない。孔明がそうだといいなあと思うところだが、しかし孔明に唯一無二の友はだれだとたずねたら、間髪おかずに「それは子龍だ」という答えがかえってくることもわかっている。
心から信頼できる最高の友というものは、だれしも努力すれば得られる、というものではなく、これもまた運命のめぐり合わせなのらしい。
だとしたら、いまだどこか孤独をかかえたままなのも、運命のめぐり合わせなのだろうか。
そんなことをしょんぼりと考えつつ、仲達は、趙雲たちといっしょに暮らしていたときに使用していた、うさぎ用の椅子のうえにちょこんと座っていた。
せっかくだから、昼食をとっていけ、ということになったのである。
趙雲は、ここでもマメなところを遺憾なく発揮し、いつの間につくっていたのやら、納戸から、仲達専用の手作りの椅子とテーブルを用意してきて、さらには自家製の新鮮野菜のサラダをテーブルのうえにのせた。
「そうだ、れんげのはちみつが採れたが、それも持って行くか。あとは、そうだ、裏庭の胡桃の木から、ちょうどよい実もとれたのだ。それもつめ合わせて持っていけ。自転車のかごに入れておこう」
なんとも、田舎の実家(というものが、もしあったとしたら)に、戻ってきたようではないか、と都会生まれ都会育ち、田舎知らずの仲達は感心する。
孔明とは、ほとんど遠慮がなくなったが、いまだに趙雲を友と呼ぶには、すこしばかり距離感があるように、仲達は思う。
仲達のほうは、趙雲に対してわだかまりはないのだが、趙雲のほうは、親しくはしてくれるが、この男は誰に対してもそうだが、ある程度のラインを持っていて、そこから先には、容易に近づいてこない。
単純にうさぎとして扱われていたほうが、まだ親しげだったようにも思う。
むずかしい男だな、と、もしゃもしゃとサラダを食しつつ、仲達は考える。
同時に、どうしても思い浮かぶのは、見るたびにやさぐれている元君主・曹丕の姿であった。
※あんけーと、少しずつ動いているようで、ありがたいです。なによりくっきーに一票増えていたことがうれしい~(^^♪ 今週ものんびり連載はつづきます。どうぞお付き合いくださいませ。でもって、小説のほうのアップは水曜日を予定しておりますので、合わせてよろしくであります(^^ゞ
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