● こうせいニッキ●
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2006年9月4日(月)
椒聊よ、遠き条よ 番外編 おむすび 23
翌朝、孔明は心地よく、パッチリと目を覚ますことができた。
それこそ夢もみずに、深く眠っていた。体を動かしたことが良かったのだろう。
そうして、軽く体を伸ばし、あたりを見まわす。
さすがに香のにおいは四散したようである。
孔明は自分が虫に食われていないかを確かめたが、香は、大げさな売り言葉を裏切らず、見事な効能をみせて、どこも虫に食われていなかった。

これはわたしの勝ちだと意気込みつつ、趙雲のほうを見ると、なにやらむずかしそうな顔をして、じっと手元を見ている。
「どうした。虫に食われていないだろう。賭けはわたしの勝ちだ」
「たしかに虫は寄ってこなかったが」
言いつつ、趙雲は、手元にあったものを、孔明に差し出して見せる。
それは、ぎょっとすることに、ちょうど腕の長さほどもある、死んだ大蛇であった。
「ゆうべ、体を這う音で目が覚めた。あんたのところにも何匹も来ていたようだが、ぐっすり眠っていたようで、声を掛けてもぜんぜん起きなかったな」
「……何匹?」
覗き込めば、趙雲の寝床のまわりには、退治した蛇が、ちょうど四匹ほど、きれいに並べられていた。
どれも毒のない種類の蛇ではあったが、その気味の悪い姿に、孔明はぞっとする。
「蛇は虫になるのか?」
「噛まれていないからな……『虫に三箇所以上食われたら』という条件だったから、あんたの勝ちでいい。しかし暗闇のなかでの蛇との戦い。疲れたぞ」
「すまぬ。こんどは、この香と、『どんな毒蛇もイチコロ』というのが売りの『退蛇香』も持ってこよう」
「あのな、すこしは懲りてくれ」

趙雲は、蛇は骨が多いが食べられる、と言い出したが、孔明はさすがに辞退し、朝は、趙雲がもってきた餅を焼いて食べた。
そうして出発することになったのだが、頂上のほうを見上げると、趙雲は言った。
「そうだな、昼前にはつくだろう」
頂上になにがあるのだろうと、期待しつつ、孔明はふたたび山を登り始めた。

※夜ご飯を食べていたら、真正面の窓から真黄色な月が見えました。秋ですねぇ。ところで「青い玻璃の子馬」で馬超についていろいろご感想いただけてうれしいです(^。^)書いた甲斐があったな~と思います。明日はアップの日であります。なにがアップされるか、どうぞお楽しみに(^^ゞ
2006年9月5日(火)
椒聊よ、遠き条よ 番外編 おむすび 24

昨日とつづいての快晴で、初夏の山風は適度につめたく、孔明の肌にここちよい刺激をあたえた。
頂上をひたすら目指し、山道をあるく孔明であったが、朝まで昨日と変わらぬ様子であった趙雲が、頂上が近づくにつれ、だんだんと口数がすくなくなってきた。
はて?
「どうした、疲れたのか」
昨日は香に引き寄せられたのか、あらわれた何匹もの蛇と格闘し、ほとんど眠っていないという。
そのために疲れがでたのだろうかと心配した孔明であるが、趙雲は、あいまいな返事を返してきた。
「いや、そういうわけじゃないのだが」
「だが?」
「俺は間抜けかもしれぬ」
突然の反省の弁に、孔明としてはわけがわからず、首をひねる。
「なんだってまた」
「いや、こいつらが」
と、趙雲は、山道の両脇に、当然のことながら生い茂り、みずみずしい生命力をみせている木々のうちの、葉っぱを、まるでだれかの手を掴むようにしてとると、ゆさゆさと揺すった。
「木がどうした」
「この季節は、数日で木々が一気に生長することを忘れていた。そういえば、十日ほど前に、雨がつづいた日があったな。ああいう日のあとの、草木の生長というのはいちじるしい」
「そうだな」
「軍師、いまから謝っておく。かなりつまらぬかもしれぬ」
「なんだかわからぬが、期待するなというのだな」

山道は、頻繁に往来があるものらしく、しっかりとした道になっていたが、途中より、頂上には向かわず、そのまま西へ向かってつづいているようであった。
趙雲は馬を下りると、孔明にもそうするようにいい、そして山道の脇に馬をつなぐと、せまくて細い、道なき道を登り始める。
いや、ある程度の道はできあがっているが、あまり人は頂上に向けては足を運ぶことが無い様子で、整備されておらず、のぼればのぼるほどに、足元の岩石が邪魔になるようになってきた。
ええい、やはり、もっと軽装をしてくるのだった、と後悔しつつ、裾を気にしながら孔明が苦心して山道をのぼっていると、先に軽々と、それこそカモシカのように岩石の連なりをのぼっていた趙雲が、手を差し伸べてきた


※さてはて、なんだか変な時間の使い方をした火曜日でありました。
いかん、ウッカリしていると日付が変わる。本当は頑張って二本アップだ! と考えていたのです(>_<) 無理だ…
次回アップ時にどかーんと一気にアップ、あるいは、いちばんみなさまがきてくださる土日にゲリラアップしようかなと考えております。
時間の使いかた云々というより、メンタリティの問題なのですよね。こんなダメダメはさみのに励ましの拍手を!(おねだりですか…)

2006年9月6日(水)
椒聊よ、遠き条よ おむすび 25

手を差し伸べられ、一瞬、孔明はためらった。
べつにほんものの龍をきどって、逆鱗がある、というわけではないのだが、叔父の玄を樊城で、目のまえで失って以来、人というものに触れられることに恐怖をおぼえるようになっていた。
感触が気持ちわるいから触れられない、などという程度ではなく、本能がこれを、反射的に避ける。
命という物をつつんでいる人の肉体のもろさ、そういったものを恐れているのか、それとも、目のまえの者が、こちらの敵になることを無意識のうちに恐れているのか、孔明は自分の心を何年もかかって懸命にさぐっていたが、いまもって、答えは出ていない。
十六からはじまった、この奇癖は、十年以上かかって、ようやく改善され、自分が覚悟を決めさえすれば、人に身を寄せられることに我慢できるまでにはなった。
が、それ以上は無理である。
唐突に、人に身を寄せられれば、おどろいて身を引いてしまうし、どころか、本能に克てずに、これを暴力で持って突き放してしまう場合もある。

目の前の手を、なかなか取らない孔明に、趙雲は、すこし怪訝そうにしながらも、遠慮しているのだと好意的に受け取ったようで、うながすように、その手を軽く、左右に動かした。
大きな手だな、と孔明は思う。
武器を持つ者の手だ。叔父を殺した男も武器を持っていた。
けれど、大丈夫だ、この男は、わたしを傷つけたりはしない。
孔明は差し伸べられた手をとり、岩石をのりこえた。
「あんたは、鳥の羽根のようだな」
身の細さを言われたのだろう。自分の動きが、軽快さとは程遠いからこそ、この男は手を差し伸べてきたのだ。

趙雲は、そのあともしばらく、大きな岩石をのりこえては、振り返り、手を差し伸べてくる、ということをくりかえした。
そのたびに孔明はその手を受け取ったが、くりかえしているあいだに、手を取ることは作業となり、頭の中からむつかしい悩みは消えた。
そうして、最後の岩石の連なりをのぼりきると、やがて頂上にたどりついた。


※週の半ばに疲れがどどーんときます。しかもやたらと鮮明な夢を見る…真夜中の、坂だらけのどこかの街を、家に帰るために右往左往するという、とても疲れる夢を見てしまい、寝た気がしませんでした。あう。よくない兆候です。今日こそは早めに寝て、金曜日のアップに向けてがんばりますヽ(^。^)ノ
金曜日こそ、お待たせしないように! 昨日はカウントがすごいことになっておりました。みなさま本当に待っていてくださったんですね、ごめんなさい。反省。金曜日のアップのためにも、疲れを取るのだ、ワタクシー! と、自己暗示。おむすびは明日にて最終回となります。最後までどうぞよろしくお願いいたします(*^^)v

2006年9月7日(木)
椒聊よ、遠き条よ 番外編 おむすび 最終回

先に頂上にたどりついた趙雲は、本来であれば、孔明を振りかえり、どうだ、と自慢の光景を目のまえに差し出してみたかったのであろう。
だが、孔明が眼下に広がる光景を見るに、そこはふつうの、生い茂る木々の連なりを見下ろすだけの、ごくごく平凡な山の風景であった。
頂上へ来たという爽快感はあるが、生い茂る草木ばかりが映る風景には、とりたてて目だって、素晴らしいと思える物はない。
「やはりな」
という、趙雲のガッカリした声が横から聞こえてきた。
「もうすこし早い時期であったら、木々もこんなに茂っていなくて、ちょうどここから、まっすぐに見えるものがあったのだ」
「なにが」
「新野の一帯がだ」
「ああ」
方向からして、山をまっすぐ直線でみると、新野城と、その周囲の町であろう。
「あんたが来てしばらくだったかな。前から、自分がいま、どこにいて、なにをすべきか、知りたいと思うときにここにやってきていた。
ここへくると、不思議と気持ちがおちつく。あんたも、ここ最近、浮かない顔ばかりしていたから、すこしは気がまぎれるかと思ったのだが」

ああ、そうだったのかと、孔明はようやく、趙雲が『視察』などといって、自分だけをここに連れ出した理由を理解した。
「たしかに、いまはなにも見えないけれど、気持ちがいいよ」
頂上を走り抜ける風を全身でうけながら、孔明は心から思った。

そうだ、だれになんと言われようとかまわない。
わたしは、たとえこの身にどんな風を受けようと、こうして泰然と立っていなくてはいけなかったのだ。『軍師』になったのだ。人の頭(かしら)になったのだから。
つまらないちいさなことで、思い悩んでいるのは、どこか甘えと余裕があるのかもしれない。
もっと精進しよう。部屋に閉じこもっているだけでは駄目だ。
もっと外へ。世界を知らなければ。

趙子龍。この男は、自分の立場がわるくなることもいとわず、大事なことを思い出させてくれたのだ。
励まそうと、純粋にそう考えてくれただけで、うれしい。
「くさくさしてていはいけないな。大事な主騎にまで心配をさせてしまう。ありがとう子龍」
孔明が言うと、趙雲は、あきらかに照れたらしく、顔を背けた。
「あんたのその直言、なおす予定はないのか」
「あいにくと、ない。どうしても我慢できない、ということであればなおすけれど、そこまで嫌か?」
孔明が問うと、趙雲は逸らしていた目を孔明のほうに向けた。

その目を見たとき、孔明はすくなからずおどろいた。
なつかしい表情を、そこに思い出したのだ。
もちろん、顔立ちはだれにも似ていないけれど、趙雲のその目に浮かぶ表情は、叔父や父たちが向けてくれたものとおなじ種類のものだった。
かぎりなく優しく、あたたかいもの。
そうか、だから手を触れるのも、恐ろしく感じなかったのか。
そうしてそのとき、孔明は、孤独だと思っていた自分の道のうえに、かぎりなく添うようにして、共にあるいてくれる人間を得た。
これは、わたしだけの剣。ほかはだれも知らない。

「ありがとう」
言いながら、手を差し伸べると、趙雲のほうがすこしおどろいて、ためらったが、趙雲が先ほど孔明にしたように、孔明がおのれの手をひらひらとさせて、触れるようにとうながすと、ためらいながらも、趙雲は、手をつかんできた。
あらためて触れた手は、思った以上に大きく、ごつごつとして、温かく感じられた。
父や叔父、そして襄陽で親しんだ仲間たちともちがう、本物の剣を、わたしはいま手に入れた。
この剣を失わないように、わたしも、もっと強くならなければ。
「ありがとう、子龍」
重ねて言うと、趙雲も、こまったようにしながらも、やがては笑った。

頂上の風が、雲ひとつ無い青空の上を駈け巡っていく。
こんな清清しい心のまま、いつまでも、どこまでも行ことができたなら。
いいや、どこまでも行ってみせよう。
どこまで行けるかは、わからない。
たとえそれが一時的なものだったとしても、この出会いで得たもの、そしてこの場所に立って思ったことは、生涯忘れないようにしよう。
これを口にしたなら、趙雲は、またも怒り出してしまうだろうなと、孔明は思ったので、沈黙を守り、ただ感謝の意味をこめて、太陽のように明るい笑顔を見せるにとどめておいた。


※ご読了ありがとうございました。そうしてこのあと「孤月的陣」のお話に突入する、というわけでありますm(__)m
明日のアップはオリジナルとずんだ関係の二本のアップとなります(^^ゞ 「なんだ、オリジナルかー」という声が…ああー、行かないでー(>_<)
今後の展開ですが、九月は歳華春、寒蝉、ラクリマ、笹かまと最終回が目白押しとなります。と、同時にいただいたリクエストの開始、あたらしいアンケートなどもございます。そして明後日からはこのこうせいニッキで『塔』の連載がスタートします。
二日置きのアップですが、濃い内容でのお届けを目指しておりますので、どうぞこれからも遊びにきてやってくださいませ(^o^)丿

2006年9月8日(金)
おむすび あとがき
「おむすび」、ご読了いただきまして、ありがとうございましたm(__)m
本編がどんより殺伐としているうえに、寒蝉から先が止まっているので、趙雲と劉備、そして孔明の三者の見解がどんどんずれていく経過がまだ書けていないのですが、その出発点を明確にしたかったこと、単に惚れたはれたというだけではなくて、自分の理想、理念といったものに、まさにぴったりときてしまう相手を見つけたがゆえの、「椒聊」におけるいまがある、としたかったのですけれど、まあ、難しいことは考えず、平和そうだなあと思っていただければと思います。
閉鎖的な社会のなかで、自分を「こんなもんだ」と見ていた趙雲でありますが、孔明の登場により、「ちがうんじゃないか?」と思いはじめ、それが次第に確信に変わっていく。
三十代にして迎えた、爆発的な成長期といいましょうか、趙雲は腕がやたらとたつ用心棒という位置から、何十万という兵卒を率いることができる将軍に変貌していくわけです。
そうなれたのは、すべて孔明の影響でありまして、趙雲もそれをきちんとわかっている。

ふつうなら、ここで絶対的な主従関係が出来上がってしまいそうなところが、孔明が心情面において趙雲に全幅の信頼をおいて依存する……つまりはやたらと甘えるうえに素顔をさらしまくるため、主従というのもなにかちがう、対等でありながらもどこかそれもピンとこないような、微妙ないまの関係に転じていくわけです。
この関係の根底にあるものが、依存か、愛情なのか、それともエゴイズムの変形か、まあ、その細かい部分は以降の本編に譲るといたしまして、こうせいニッキ・ものがたり編。つづきましては実験作・『塔』がはじまります。
全編において、趙雲と孔明の会話のみ。
他の登場人物もふたりの会話だけに存在しますので、会話から、逆にあれこれ想像していただく形になる、つまりト書きのない脚本のようなものです。
塔って、どこの塔よ? つーか、セリフだけって、はさみの、またまた自分で自分の首をきゅうきゅう絞めてない? 
というのはまあまあ、いつものことであります。どこまで面白くできるかわかりませんが、どうぞお付き合いくださいませ(^^ゞ