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本屋に行って、うさぎの本をかいがてら、小説を買おうと思っていたのですが、なぜか購入したのはノンフィクション。おかしぃなあ。
はさみのはノンフィクションものが大好きです。
ともかく、意外なところから意外な事実がぽろりと判明したり、小説ではとても採用し得ないような馬鹿な失敗が、とんでもない大きな物事につながっていく。
その意外さがともかく面白いのです。
歴史物でも、小説より伝記や評伝のほうを先に読んで、それから面白そうな小説を選ぶことにしています。時代背景を知って読むほうが面白いし、とくに西洋史などは、もともとなじみがうすいため、勉強しておかないと、途中でおもしろいことが書いてあっても、知識がないため見逃してしまいつまらなく感じてしまう。
それに、事実を、どう小説化したのか、比較できて面白いのです(そりゃあもう、プロの先生はエピソードの取捨選択や繋げ方、知識がすごいですね。小説を書いたことがある方ならば判ると思いますが、「事実をあえて無視して創作部分の流れにあわせる」のが、意外とむずかしい。というより、そこで「ちがうだろう」と読者に強く感じさせてしまうと、読者の中で、物語の流れが止まる。そこを「面白ければいいか!」と納得してもらうための技術が、やはりプロとアマの差でしょう。いかに上手なうそをつくか、です。わかっちゃいるけど、できてない(>_<))
書いていて、気をつけなくちゃな、と思うのは、登場人物の名前を、だれかほかの人物に変換しても、違和感なくお話を読めてしまうようになっていないか、ということ。
たとえばですねー、先日アップした『朝の歌』の孔明の名前の部分を、ほかの人物に変換しても違和感なく読めてしまうようだったら、はさみのの大いなる力不足。孔明という人物がまるで書けていなかったことになります。
人間を書くということは、おもしろくもあり、むずかしくもある。まだまだ勉強せねば。とりあえずは、会社に行ってきます(^^ゞ
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