● おまけの広場 ●
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2007年7月13日(金)
流砂の絶佳 九十六

孔明は、大通りにしゃがみこむと、
「怖じずにどんどん射かけよ! 相手は兎怪なる!」
と、指示する士卒長らのまえに屈んで、かれらの手にしている弓矢や剣を、器用にひとつひとつとりあげた。
「ハイ、回収~、こっちも回収~」
孔明としては武器を取り上げてしまえば、みな恐れて、もう近づくまいと計算していたのであるが、なかには勇敢なものもいて、これ以上、宮城へすすませてたまるかとばかり、まだ攻撃をしようとする。
孔明は、そういった者に、ちっち、と指を振ると、ちいさく指で、ぴん、と弾いた。
まったく力をこめていなかったのであるが、兵卒は大きく身体をのけぞらせて、吹っ飛んだ。

「むむ、巨大になったというだけで、このすさまじい攻撃力。
仲達、もしかしたら、このまま北上したら、わたしは天下を取れてしまうのではないか」
飛廉の背中の仲達は、眉を逆立てて、言った。
「たわけー! そんなことになったら、歴史が変わってしまうわい! どこの世界に巨大うさぎが天下統一を果たした、などという歴史がある! 許さぬぞ、諸葛亮!」
「ええー。すべてのものに例外はあるではないか。ちょっといって、ぱっと天下を取って、さっと下宿先に帰る」
「許さぬぞ、諸葛亮! いや、たとえわたしが許しても、アイオーンの乙女が許すまい!」
いきりたつ仲達に、孔明は、そろそろと動かしていた足をぴたりと止めて、言った。
「うむ、そこだ」
「どこ」
「わたしがこのまま暴れれば、アイオーンの乙女があらわれる可能性が高い、というところだ。
おまえに連絡役をしてもらうにしても、居場所がわからぬ相手へどうやって連絡するのだ。
しかし、召喚した以上は、どこかでわれらの行動を監視しているはず。
そして、わたしが指示以外の行動をしたならば、乙女はかならずこれを阻止しようと動くであろう」
「たしかに道理であるが、アトラ・ハシースの規約に反するぞ」
「最高府の定めた規約には『外界の女神との契約にも適用される』とは書いておらぬもーん」
「もーん、ではない。可愛く言ってもダメ! 乙女は、わたしがなんとか探してみる。そなたは大人しくしているのだ!」
そう言って、仲達は、飛廉とともに、孔明のもとを離れていった。


さて、町中が、突如あらわれた巨大うさぎに混乱しているさなか、夜明けを迎えた馬超の屋敷では、みなが、一様にぽかんとした顔をして、目を覚ましていた。
それというのも、孔明たちによって記憶を消去されたのち、かれらはそのまま眠ってしまい、気がつけば朝だったのである。
しかし、だれかが肌掛けをかけてくれていたようだ。
ついでに寝台に運んでくれればよいのに、いや、そこまではよいから、せめて起こしてくれればよいのに、と、寝ぼけ眼で考える。
ちなみに、肌掛けは、孔明と趙雲、そして仲達が、みなで手分けして、かれらが目覚めるまでに風邪を引かぬように、かけてやったものだ。
いったい、なにがどうなったのだろう、とみなして首をひねっているなか、馬超だけは、この異変に、ただならぬものを感じていた。


※仙台に帰ってきて二日目。やっと体の調子も元に戻ってきた感があります。というわけで、HPの運営も、今日より元通り。ひとまず今週日曜日分のアップを本日、あさってのアップは、完成度の高いものを優先してアップというふうにしたいと思っております(^^ゞ

2007年7月14日(土)
流砂の絶佳 九十七

基本世界、つまりは、われわれの知る世界の馬超は、悲劇の英雄という印象がつよい人物であるが、この世界においては、いささか立場が微妙なものになる。

以前に説明したとおり、この世界の三国鼎立は、『世界平和』という崇高な目標にむかっての一手段として、きわめて穏便に成されたものである。
基本世界において、漢末にあった人口五千万が、戦乱によって五分の一に減ったという酸鼻きわまる状況であったのに対し、この世界においては、人口の流動はほとんどなかった。
戦がすくなかったおかげである。
そも、宗教が、人類の文明のはじまりの、かなり早い段階から統一されているために、黄巾の乱そのものが発生し得ない。
教義の解釈に多少の差こそあれ、おおよそ、人と名の付くものは、みな、同じ神を信奉している仲間であるという意識もある。
基本世界における『答えぬ神』とはちがい、この世界は『答える神』、すなわちその姿をだれしも肉眼で見ることができ、その声を聞くこともできるという、身近な存在であることも、その仲間意識を支えている。

さて、そうした状況の中、馬超だけは、存在が浮いたものとなってしまっている。

やはりこの世界においても、異民族同士の争いというものはつづいている。
とくに、中原を漢族に奪われ、荒涼たる辺境の地に追いやられてひさしい羌族と漢族の争いは、根深いものがある。
漢王朝が揺らいだとき、これを好機とみた羌族は、混乱に乗じて叛乱をおこした。
もともと反目し合っていた部族たちが結集し、さらには、もともと中央へ不満をもっていた漢族をも巻き込んで、かれらは一大反乱軍をつくって東へ兵をすすめたのであった。
が、漢王朝のあらそいが、予想以上に早く収束してしまったために、あっという間に漢軍の反撃にあい、反乱軍の首領は討たれ、あるいは捕虜となってしまった。

なかでも馬超の境遇は、目だって悲惨なものである。
馬超本人は、一族郎党すべてが捕らえられてしまったものの、従弟の活躍により、なんとか単身、漢軍の追撃をかわすことに成功。
しかし、涼州はすでに曹操・袁紹連合軍によって、すぐに制圧されてしまったから、故郷に帰ることも出来ず、仕方なく、南、巴蜀の地に逃げてきた。

逃げた馬超に対し、ここでもやはり苛烈なところをみせた曹操が、捕虜としていた一族をみな殺してしまったことから、馬超の漢族に対する恨みは、ひとかたのものではなかった。
が、ややこしいことに、馬超を助けたのも漢族、ということもあり、その心情は、むしろ基本世界の馬超よりも、複雑なのである。
劉備は如才ないところを発揮して、馬超を厚遇しているものの、ほかの家臣とはちがって、すこし距離を置いて付き合っており、上がそんなふうなので、下も、ますます遠慮する、という具合。
とはいえ、馬超自身も、一人になりたがるところがあったので、さまざまな条件が重なり、馬超は孤独のなかにいた。

その馬超に声をかけてきたのが、アモンに唆されて魂を売った、かつて曹操・袁紹連合軍に蹴散らされた、羌族の生き残りだったのである。
アモンによって、兵も武器も兵糧も用意できると聞いた馬超は、もともと親分肌で、のせられやすい、という性格もあって、ついつい、漢族への反乱軍の首領に返り咲くことを約束してしまったのだ。

屋敷内の異変に、記憶がないながらも、馬超が不穏なものを感じ取ったのは、そういった事情による。
もしや、劉備らに、自分の野心が見抜かれてしまったのではないか。
得体の知れない不安と戦っている馬超のもとへ、耳を疑うような急報が届いたのは、そんなときであった。


※気づけば百回目になりそうなこの連載。年内に終わるんだろうか。それはさておき、明日のアップですが、まだどれをアップすべきか迷っています。主役がぜんぜん出てこないHPって、どうだ? と思う反面、半端に出すのも、かえっておかしいしなあ、と悩んでいます。明日のアップまで、もうすこし悩んでみます(^_^;)

2007年7月15日(日)
流砂の絶佳 九十八

屯所の兵卒らの攻撃をものともせず、その神がかり的な力でもって、他を圧倒する巨大なうさぎの出現。
その報に接した者の反応は、だいたい同じものだった。
まずは笑い飛ばし、つづいて庭や、櫓などからうさぎの姿をみとめ、つづいては、宮城の危機、とばかりに甲冑を身にまとって戦いに繰り出す。
あるいは、一族郎党に命じて、家財道具をまとめさせて逃げようとするか。

馬超の場合はちがって、巨大うさぎの姿を見て、こう思った。
「これは、好機ではなかろうか」
と。
馬超とて、劉備に恩義を感じないわけではない。
が、袁紹・曹操連合軍によって制圧された涼州のありさまは、漏れ聞こえるところでは悲惨をきわめており、もし、かつての英雄がふたたび立ち上がったという報を聞けば、虐げられつづけている羌族はもちろんのこと、同じ目に遭っている部族も立ち上がるのは、まちがいのないところだ。
正直に馬超の心情をあばくとすれば、その心に野心がないわけではない。
が、馬超は壮年になってもなお、純粋さを心に残す人物であった。もし、かれの名をいまだに呼び続けるひとびとの姿がなかったら、馬超はおとなしく、巴蜀の地に隠棲をつづけたことだろう。

「岱」
と、馬超は、物心ついてこのかた、片時も離れたことのない、親兄弟よりもおのれに近い従弟の名を呼んだ。

この従弟は、べつの屋敷を成都の郊外にかまえているにもかかわらず、そちらにはほとんど寝泊りせず、馬超の屋敷に詰めるような形で暮らしていた。
馬超の身辺警護から、近づいてくる者が敵か味方かの見極めは、ほとんど馬岱がこなしている。
馬超よりも多く漢族の血を引いていることから、外見上は漢族そのものであることが、漢族の社会に溶け込みやすい理由でもある。
この馬岱、あえて本音を隠すところがある人物でもあるのだが、一族が曹操の報復のために殺されてしまったことに関しては、馬超以上に責任を感じていた。
同時に、表向きは、馬超以上に漢族の社会……このばあい、巴蜀の社会に溶け込んでいるのであるが、じつは、漢族への嫌悪は馬超以上であるという複雑な面をもっている。

名を呼ばれた馬岱は、馬超の言わんとすることを、すでに察していた。
成都が巨大うさぎによって混乱しているいまこそ、成都の郊外の谷にひそむ、羌族を中心とした騎馬隊を突入させる好機ではないか。
騎馬隊は、馬超の命令があれば、いつでも成都に雪崩れこむことができるという。
「機がきた」
とだけ、馬超は言った。
馬超は、この従弟以外のだれも信用していない。家人のなかに、尚書令、あるいは軍師将軍の放った細作がいるかもしれないと警戒している。
だからこその、短いことばであったが、それだけで、馬岱には十分であった。
「行ってまいります。殿もご準備めされ」
「心しておる。みなに、待つ、と伝えよ」
馬超の、巨大うさぎを見つめる横顔に、かつてない真剣さを読み取って、馬岱は深く頭をさげると、すぐさま、騎馬隊の待つ谷へと馬を走らせた。

※本日アップの予定日なのですが、ちょっと遅くなりそうなので、ニッキだけ先行アップします。本日のアップは椒聊とずんだを予定しております。さーて、間に合うかなー?

2007年7月16日(月)
流砂の絶佳 九十九

成都に兎怪あらわる、のしらせは、津波のように、あっというまに、成都のありとあらゆる階層の人間にひろがった。
いや、広がるほうが遅く、ほとんどの民は、寝ぼけ眼にいきなり巨大なうさぎを目の当たりにして、ぼう然とするほうが早かった。

とはいえ、のどかなこの時代のことだから、うさぎが宮城に向かっていること、そして大通りを直進していることを見るや、こちらにこないだろうと勝手に算段して、自邸の屋根にえっちらおっちらと登って、家族そろって朝餉を持ち寄って、やれやれ、これはめずらしい、などと、のん気にうさぎ見物をしはじめる者もいるほどだ。
それどころではないのが、成都の警備の任にあたっている兵卒らで、矢や槍でもってうさぎにけんめいに攻撃を仕掛けるのであるが、うさぎの身体は、どういう構造になっているのやら、全身くまなく鋼の甲冑を纏っているかのように頑丈で、矢という矢はすべて跳ね返されてしまううえに、あんまりしつこく攻撃すると、逆になぎ倒されてしまう始末である。
軍馬は、この巨大なうさぎに怖じて足をすくませてしまい、まったく役に立たず、虎の子の南蛮の部族から贈られた象隊なども、やはり同じように役に立たない。
こうしたなか、果敢にうさぎに戦いを挑もうとする者は、まだいた。


孔明はというと、自分のためにいつもより早い朝を迎えた成都の民の好奇の目線にさらされながら、ゆっくりゆっくり、宮城に向かっていた。
「しかし、あれだ。習性というものだな、これは。有事の際はかならず宮城へ足を向けるのが常であったから、こうしてついつい宮城へ行ってしまう。
いまさら郊外に向かうのも、なんだしな」
ぶつぶつ言い訳をする孔明の足元には、趙雲が付き添っている。
仲達が飛廉とともにアイオーンの乙女を探しにいってしまったので、孔明の誘導を趙雲がおこなっているのであった。

「なにやら背中がかゆい」
と、兎怪こと、孔明は宮城をまえにして、広場にぺたりと座り込んだ。
巨大な兎怪出現のしらせに、本来ならすでに市が立つところであるが、みな、怪異に怖じて避難してしまったので、広場にはだれもいない。
孔明は座り込むと、その毛もじゃの手を背中にまわして、背中のかゆみをとろうとするのであるが、なにせ手が短いので、届かない。
そうしているあいだも、背中には、まるで毛虫が這っているかのような、もぞもぞとした感触がつづいている。
どうやら、巨人の骨の刺さったところから、かゆみが生じているようだ。

「こら、こんなところで止まるな! 宮城に行け、宮城に!」
と、趙雲は叱咤するのだが、かゆみに勝てない孔明は、なんとか背中のもやもやを払おうと身体を捻ったりしている。
「仕方のないやつだな」
趙雲は言うと、まわりを見回した。
すると、どこかの兵卒が置いていったらしい連挺(れんてい・城壁を登る敵を撃退する際に使用する武器で、デッキブラシのブラシ部分が鬼の金棒のようになっている武器)が広場にあった。
「武器を捨てるとは、この世界の兵卒どもは、たるんでおるな」
と、趙雲は眉をひそめつつ、孔明の背後にまわると、連挺でもって、ブラッシングをしてやることにした。
孔明には、その刺激がほどよいらしく、
「これはちょうどよかったな」
などと言って、うっとりしている。
そこへ、ある男が、怖じる馬を叱り飛ばしながら、単騎で駆けてきた。


※連休最後の日に地震、そしてオシムジャパンはベトナムに勝利。いろいろあった一日でした。今週はいろいろと予定のある週ですが、なるべく余裕をもってHPの運営をしたいと思います…イヤ、ホント。

2007年7月17日(火)
流砂の絶佳 百

「さすがだな、趙子龍。抜け目のないことよ! またもや単騎で飛び出し、功を独り占めせんとは! だが、今日の手柄は、俺にゆずれ!」
鼻息も荒く声をあげる男に、趙雲は連挺をうごかす手を止めた。
孔明こと、もなかうさぎも、男の声に記憶を刺激されて、振りかえる。
男は、いまにも逃げそうな馬の手綱をしっかと握って、手に鉾を持って、膝をぐっとまげて、けんめいに恐怖と戦いながら、大地の上に立っていた。
男の背後には、盾を前面に押し出して、横一列になってじりじりと前進をしている屯所の兵卒らの姿がある。
うさぎが目を向けると、男は、大きく手にした鉾をぐるりと回転させて、その切っ先をつきつけた。
「成都をさわがす兎怪め! この魏文長が退治してくれよう! この正義の刃によって、おとなしく成敗されるがよい!」

男の名を、魏文長。
身分の低い士卒長であったのだが、その侠気を劉備に気にいられ、文官たちの顰蹙と反感を一気に買いながらも、その天性の才覚ゆえに、趙雲亡きあと、蜀の武官の中心となって活躍した男である。

元の世界的人気作家・羅貫中執筆による『三国志演義』では、息子もろとも孔明に焼き殺されかける、孔明の延命の術の邪魔をする、などのエピソードも追加され、ずいぶんと気の毒なあつかいをうける人物でもあるが、実際において、その才覚は、万軍を率いる将にふさわしいものである。
が、惜しむらくは、やはり性格である。
基本世界においては、その才能を惜しんだ孔明が(人材不足もあったが)周囲の批判から魏延をかばい、重用しつづけた。
が、当の本人はそれを当然のこととして受け止めるフシがあり、孔明の死後、とたんに文官主導の軍の運営に反発し、自ら味方を窮地に陥れるということをしてのけたため、けっきょくは命を縮めることになってしまった。
くりかえすが、魏延の、将としての才能は、たいへんに高いのである。
魏延についていけば、死ぬことがない。
さらには、勝てば褒賞も思いのまま、ということもあって、最前線にたつ将兵からはつよく支持を受けている。
なぜに悪い面ばかり大きく喧伝されることになってしまったのかといえば、将としての才覚はあったのだが、残念なことに、組織のなかでの動き方をまちがえてしまったからである。
蜀は孔明を中心とする文官主導の軍である。
軍の中枢として動くには、孔明やその側近の文官たちとうまく連動する必要があるのだが、叩き上げの軍人であった魏延には、そういった要領のよい行動がうまくとれなかった。
魏延からすれば、『国のため』の行動でも、それが文官の了承ぬきの行動であれば、『勝手な行動』とされてしまう。
尚武の気質ではなく、協調性の重視される(ただしこの場合、孔明の方針に従えるか従えないか、という狭い選択肢が要求される)蜀の軍のなかで、魏延が孤立するのもやむ終えないところがあった。
と、同時に、魏延のような人物を、孔明抜きではうまく使いきれなかったというところに、蜀の滅亡の、ほんとうの理由が隠されているかもしれない。

話がながくなった。
閑話休題。本編にもどろう。

※おお、百回目! けれど内容は魏延特集のような(^_^;) まあ、いいか。どうも悪役的扱いになってしまって申し訳ないなあ、と思いつつ、でもこういうポジションが似合う人。いつかもっと深く掘り下げた魏延を書けるようになれたらいいなと思います。でもって、孔明や趙雲がこのところ未登場が続いていて、ほんとうに申し訳ありません(>_<) 気づけば明日がアップの日だし! なんとかしたいなー、って口ばっかりになっちゃってるなあ…

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