● こうせいニッキ●
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2006年2月8日(水)
あとすこし

あとすこし、あとすこしと言いながら、なんだかどんどん長くなっている、リハビリ長編。
最初に、ここで止めておこうというという位置を決めていたのですが、校正をかけていくうちに、どんどん『ここで終わったらヘン』になっていく…
そしてシーンをつけたしていくと、あれも、これも、あ、戻ってこのエピソードも追加…となってまだ書き終わってません(>_<)愚かな…
かなり長いので、一気にアップという考えを改めようかと思ったのですが、でもなー、『以下次号!』としたくないお話なのです。わがまま言ってお待たせして申し訳ありません。今週中に……終わるか、これ? 明日木曜日じゃありませんか…
時間の使い方がすごく下手になっているなあ…わざと伸ばしているわけじゃないのですよ? あとすこし、あとすこしお待ちくださいm(__)m

2006年2月6日(月)
ほんのりやまいびと風味・はさみのの「脱トンデモへ向けて」

専門的に勉強していないために、ぴったりな言葉がわかりません(-"-)
はさみのの回りくどい文章、今年はこれを克服せねばと思っているのですが、では、なぜ回りくどいのか? その答えが上記の文章なわけです。
読む方に、すぐにイメージしてもらえないような言葉はあえて避けたり、わざと時代考証を無視したりしてはいるのですが(佩玉は帯飾り、とか、孤月の劉表の病名とか)、たまに読書をしているときに、「ああ、あのとき、これを読んでいて、この用語を知っていたなら、文章はもっとスッキリしただろうに」と思うことが、本当に多い。

なにせ、きちんと知識を系統立てて整理することが判らない。そのため、頭のなかで知識がバラバラになっていて、ときどき、平気でトンデモな知識と結びついていたりする。
あとになって正しい知識を得たときに、トンデモ部分を引き離して、正しい位置に知識を持っていく作業が必要になり…そんなことを繰り返しているため、どうにも自分の知性に自信が持てません。
ネットで確かめることができるものならば、まだよいのですが、これは間違いなかろうと信じている場合は、どうしたらよいのか?
頭から信じているわけですから、疑うこともしないわけで、間違ったまま、ずーっと来てしまう。
うわあ、怖い。恥ずかしい。
それを防ぐ手段は、つねに自分を疑うこと。そしてともかく正しい知識を得るための努力をするしかありません。
自分は「トンデモさん」になっていないだろうか…? なっていたら、相当恥ずかしい。
とはいえ、あまり自分を疑いすぎると、今度はノイローゼになる(加減を知らぬヤツ…)ので注意せねば。
今年のテーマのひとつは、『脱トンデモ』と宣言いたします。さーて、今年でどれだけ知識の垢を落せるかしらん。

さて、激しく痛まなくなってから七日目!を数えました。人、これを回復という。
うわーい、歩いても頭に響かないってステキ! 今日は歩いて病院に行けました!(^^)!
TVを見ても痛くならなくなりました。ネットはサイトによりますが、だいたい大丈夫! 日常生活へ戻れそうです。ヨカッタ(/_;)
更新準備をぽつぽつとしているのですが、読み返したところ、やはり、心もなんらかの形で蝕まれていた様子で、なんだろう、僻みっぽい。こんなものまさに病人の妄想。お見せデキマセンです。
ので、大幅に校正をかけています。まだお時間を頂く形になりますが、どうぞお待ちくださいませm(__)m
それではまた明日お会いしましょう(^o^)丿


2006年2月5日(日)
まだすこしやまいびと・はさみのの「しまった」

先々日、「ギエーン②」において、「身から出たさび」という言葉を中心に書きましたが、ふと、気づいたことが。
はさみのが主に参考にしている三国志は「ちくま学芸文庫」の正史三国志なんですが、ほかの訳でも、やはり同じように「身から出たさび」となっているのでしょうか?
それを確認しないまま、ダメじゃん、魏延、という話を進めたのですが、うーむしまった、こういうときは訳を最低でも二つくらべて判断しなくちゃいけないというのを忘れておりましたm(__)m
原文も「身から出たさび」なのかなあ…いろいろ解釈できる言葉だったら、また話が違ってきますね。うーむ、とはいえ、原語なんて読めないわたくし。オバカサン(-"-)

このニッキまで目を通して下さっている方は、もう気づかれているかと思いますが、
はさみのに特に欠けているもの↓
○ 理科系の知識全般
○ 数学的センス
○ 素晴らしいオチ
○ 広い心
人生において特に大事な物が欠けている気がしますが、広い心は一朝一夕で身に付かないから後回しとして(おーい)、要するに理系の知識ですね。これがないので、書いているときに「間違っている。絶対トンデモ系になっている!」とドキドキしています。科学とか、勉強すると面白いんですけれど、なかなか身に付かないのはセンスがないから?おかしいなあ。
そして、三番目の素晴らしいオチ。はさみの、このHPを開設して、ようやく完結作品を普通に書けるようになった人間なので、導入部はまあまあでも、ラストが弱い傾向があります。これは数をこなすしかないですね。考えてみれば、バレエのプリマなんかは一日何時間も練習するわけですから、やはり書くのも、それだけ時間を費やさなくてはいけないのかしら。
ただ本を読んでいるだけではダメなんですよね…まだまだ修行せねばです。

さて、近況ですが、おかげさまで、日に日によくなっております!(^^)!
とはいえ、日常生活にやっと支障がなくなった、程度だったりします。朝方は痛むんですが、吐き気や異常な鼻づまりはもうありません。本当に嬉しーい(^^♪
小説のアップ時期ですが、もう少々お待ちくださいませ。読みきりの前後編となります。
どうぞお楽しみにー! それではまた明日お会いしましょう(^o^)丿

2006年2月4日(土)
まだまだやまいびと・はさみのの「ギエーン③」

さてはて、演義では有名な、孔明が魏延を「反骨」だといって嫌ったエピソード、これは史実にはありません。
当時は「顔にその人物の品格や運命が宿る」と信じられておりました。
近年の欧米においても「犯罪者は、通常とはちがう、独特の骨格を持っている」と信じられたことがあり、司法機関が、犯罪者の骨格の記録を収集していた時期があったくらいです(骨相学ですね)。

(少々ずれますが、ヒッチコック映画「ロープ」、あれは「自分たちの優秀さを世間に示したい」として、同性愛者の19歳の青年レオポルドとローブ二人が、顔見知りの少年(自分の弟の友達だったっけな? すみません、失念してしまいました)を誘拐し殺害したという、実際の事件をベースにしています。
これをもとにした、出演者が全員本物の同性愛者という、「恍惚」というモノクロ映画がありまして、そこで、捕まった青年二人が、頭蓋骨の大きさを測定されているシーンが印象的でした。
当時、犯罪者の脳は、一般人より小さい(劣っている)、とされていたのですが、捕まった青年は、二人とも上流階級出の高学歴、しかもIQ200という天才だったため、骨相学、あてになるのか、と問題になったのです。彼らがユダヤ人だったことなんかも絡んで、かなり複雑な話に展開したそうです。
ずれまくりますが、1924年、アメリカはシカゴで起こったこの事件、TVでも紹介されたことがありますので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。最近では、サンドラ・ブロックの映画「完全犯罪クラブ」のモチーフにもなっております。
すこしネタバレ→天才青年の傲慢と失墜。気弱で大人しそうに見える青年のほうが、じつは主導権を握っている、という二人のバランスも面白い。映画によって、二人の力関係が、じつは…と明かすところが違うので、それも見所です。
ヒッチコックの「ロープ」も大好きなんですが(何度見ても飽きない)、「恍惚」も画面が美しくて印象的なシーンがいくつもあり、お奨めです(^^ゞ

あー、ずいぶんずれてしまいました。
さて、顔相ですが、孔明も、もちろん顔相から人を判断していたでしょう。
孔明が厚遇していた許靖(許靖のお兄さんは、曹操の顔相を判断した人で、人物評価を得意とする一族だったようです)の名を挙げるまでもなく、当時の士大夫は「人物を顔相で判断する」のは常識だったわけです。
もちろん、羅貫中も、そのことは承知していたわけで、「反骨」のエピソードは、伏線として、「この人は「反骨」だから、孔明が言うとおり裏切りますよ」と読者に予告しているわけです。
すごい演出だなあ…つくづく三国志演義というのは、よくできたお話だと思います。
そうして読者の頭には、魏延という人物を想像する際に、自然と「なんだか腹に一物ありそうな傲慢な男」の顔が浮かぶ、という具合。そして五丈原にて、伏線が見事に生かされる。
羅貫中は凄すぎる…(-_-;)

羅貫中が凄いのはともかく、いっそ、記述をまったく無視して人物造形すりゃあいいじゃん、という声もあるかもしれませんが、一応、わがサイトは正史準拠と謳っているので、あんまり外したことはできないなあと思っていたりします。ええ、相変わらず融通きかないのですわ。とほほ。

さてはて、これだけちまちま書いておりますので、はさみの、だいぶ良くなったみたいじゃないのか、とご感想があるかもしれません。
早朝は、まだ痛いのですが、以前のように暴れだしたくなるほどではなくなりました。嬉しいー(^^♪
と、いうわけで、しばらくお休みいただいておりましたが、そろそろ小説をアップいたします。連載ものではないのですが、このニッキで書いたことから派生したお話です。
アップは…来週となります。どうぞお待ちくださいませ(^^ゞ

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