孤月的陣
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二
「播天流とは、さきほど、うなされて口にしていた名前だな」
孔明が竹簡に文字をしるしながら、さりげなく言ったので、趙雲は、寝そべった姿勢のまま、孔明のほうを向いた。
「俺は、うなされていたのか」
「播天流がどうとか、助けねばならぬとかなんとか。すまぬな。聞かれたくないことであったのか」
孔明は、律儀に筆を止め、すでに綴っていたらしい、播天流の名をしるした部分を、竹簡から消そうと手を動かしている。
しかし、趙雲は頭を左右に、よわよわしくふった。
「わざわざ消すこともない。播天流の名ならば、主公もご存知だし、いまさら隠すようなものでもないのだ。そうだな。播天流のことから話したほうがわかりやすいか」
独り言のようにつぶやいて、趙雲は先をつづけた。
常山真定で義勇軍の募集がおこなわれたとき、趙雲は家を飛び出すようにしてこれに参加した。
当時の気風にのって、大恩のある漢王朝をおたすけするのだと義憤に燃えていた。
おなじく義勇軍に参加した少年たちのなかには、幼なじみもおおくいた。
常山真定のなかでも、趙家は名家のほうであった。
そのため、自然と、趙雲は義勇軍の頭のようになっていた。
かれらは、最初、三世五公の名門袁家の軍門に連なった。
それほどの名家であれば、まず間違いはなかろうという、単純な理由からである。
しかし、そこで待っていたのは、古参兵による、新兵に対する凄惨なしごきであった。
いや、しごきというには苛烈すぎた。
あれは一種の私刑であったと、趙雲はいまも恨みに思っている。
なかには、あまりにむごく扱われすぎて、戦場に出る前から命を落とした者さえいたほどであった。
世間知らずの少年たちは、軍というものは、そういうものなのだろうかと疑問に思いつつも、ただ従うしかなかった。
袁家の軍があまりに巨大すぎるため、末端では、袁紹の直属の将兵の目がいきとどかず、そのために一部の思いちがいをした兵が、上級将校の目のとどかないことをよいことに、暴走をしていた。
その状況に巻き込まれてしまったのだと、田舎から出てきたばかりの少年たちにはわからなかったのである。
古参兵たちはろくに水も食糧も与えず、新兵たちに、拷問まがいの調練を連日のようにくりかえした。
戦場に赴くまえから、病に倒れ、つぎつぎと脱落していく同年代の少年たちを横目に、たしかに、このままでは死ぬかもしれないと、趙雲は思い始めていた。
自分の身体を見ればわかる。
鍛えられているどころか、痩せ細っているではないか。
このまま戦場に出たら、なにもできないまま、敵に殺されてしまうにちがいない。
そんなとき、播天流と出会った。
播天流は、公孫瓚の意をうけて、中原に埋もれた人材をさがす旅をくりかえしている男だと名乗った。
痩せぎすで、しっかり鍛えられた体つきをしており、ていねいに手入れのされた泥鰌髯をたくわえている。
播天流は、趙雲のなかにある才覚をするどく見抜き、自分とともに、北で名を馳せている公孫瓚のもとで働かないかと誘ってきた。
趙雲は考えた。
このまま、袁紹のもとに留まっていても、意味のない暴力に日々耐えるばかりで、芽が出ることはない。
公孫瓚は袁家ほどの名族ではないが、しかし、それでも自分たちを買ってくれるのであれば、そちらへ行ったほうが、いまよりマシではないのか。
そう判断した趙雲は、仲間たちと相談し、賛同してくれた者たちとともに、公孫瓚のもとへと向かった。
あとは順調であったと思う。
その容姿のよさが公孫瓚によろこばれ、弱冠十五で、公孫瓚の虎の子部隊である白馬義従の一員に抜擢された。
白馬義従とは、公孫瓚の自慢の部隊であり、はえぬきの精鋭ばかりをあつめた突撃騎兵隊である。
部隊の者は、全員が純白の衣裳をまとい、白い駿馬にまたがり、敵を襲う。
敵とは、もっぱら北の夷たちである。
血風の吹きすさぶ戦場を駆けぬけ、蛮族をしりぞける白い集団は、たちまち天下の噂となり、だれの口からも、公孫瓚といえば、白馬義従という名がすんなりと出てくるほど、有名になった。
この白馬義従の得意とする攻撃が、弓であった。
趙雲は、むかしは、弓は嫌いではなかったのだ。
むしろ、得意であったと言っていい。
狙いを定めて、弓を引き、射る。
風を振るわせる、大きな蜂の羽音のような音がして、敵は倒れる。
ひとり、またひとりと、おもしろいほどに、ばたばたと人が倒れていく。
とくに、馬上から放たれる趙雲の矢は、百発百中というので、異民族はとくに趙雲をおそれるようになった。
やがて、趙雲が姿を見せただけで、かれらは背中をむけて逃げ出すようになった。
趙雲は、その背中にも、容赦をしなかった。
弓をつがえ、ぴんとはった弦に矢をつがえる。
狙いをさだめて、射る。
趙雲が出る戦は、負けることがない、というので、仲間たちの評価も上がっていった。
上からは評価され、下からは慕われる。
順風満帆であった。
なにも問題はなかった。
戦場はいい。自分の実力が、目に見えるかたちではっきりとする。
戦場は、趙雲にとっては、居心地のよい場所であった。
袁紹の軍で味わった屈辱の日々も、自分の手できずいた栄光に打ち消され、昔の悪夢のひとつにすぎなくなった。
恐れるものはなにもない。
そんなとき、趙雲の耳に、播天流が放浪から戻ってきたというしらせが入った。
趙雲にとっては、播天流は、命の恩人だ。
もしも播天流に拾われていなかったら、趙雲はだれにも名前を知られることなく、干からびるようにして死んでいたかもしれない。
播天流が姿をあらわしたとき、まるで幼子が父に駆け寄るように、慕わしさを満面にうかべて、趙雲は播天流に駆け寄った。
播天流は、いまの自分をどう見てくれるだろうか。
武将として、認められるようになった、自分の姿をみてほしい。
故郷の常山真定では、老齢の父は、趙雲に愛情をしめすことがなかった。
すでに痴呆の症状がつよく出ており、末っ子であった趙雲が、自分の子であることすら知覚できないほどになっていた。
それだけに、趙雲にとっては、命の恩人であり、道を示してくれた播天流は、父親にもひとしい存在だったのである。
白馬義従として、みじかいあいだに名声をえていた趙雲は、少年らしく、自分を誇りに思っていた。
播天流も、これを喜んでくれるにちがいない。
そう思った趙雲であるが、ひさしぶりに対面した播天流の顔は、固かった。
「子龍、おまえ、あやういぞ」
開口一番に、播天流は言った。
趙雲は、言葉の意味をつかみかね、戸惑った。
播天流は、まわりくどい言い方をする男ではあるが、まず、ことばの意味がわからない。
あやういといわれなければならない部分は、自分のどこにもないように思われた。
公孫瓚のもとに集まった若者のなかでは、趙雲は抜きんでていた。それは自他ともに認めるところだ。
怪訝そうにしていると、播天流はつづけて言った。
「おまえは殺しが巧(うま)すぎる。殺しが巧いのと、立派な武人であることはちがうぞ」
「殺しがうまい?」
趙雲が鸚鵡返しにすると、播天流は、大きくうなずいて、そのほそくするどい双眸で、射抜くように趙雲を見すえた。
「おまえは弓で人をあやめるときに、あきらかにたのしんでいる。敵に勝つことではなく、敵をほふる、その行為自体を楽しんでいるのだ」
そういわれて、背中がぞくりとした。
戦場では大義名分があるからこそ、人を殺すという行為を平気でこなすことができる。敵を多く殺すことができ来るものは、すなわち正義を守る者なのだ。
乱れた天下を正し、平安をもたらす。
少年の趙雲はそのための尖兵として戦っているつもりであったから、大義名分を忘れて、殺しを楽しんでいるのだ、と指摘されて、納得できるものではない。
「そんなことはない。俺はいつだって、殺す数が少ないほうがよいと思っているし、こんな世の中は、早く終わればいいと思っている」
趙雲が抗弁すると、播天流は、きびしい眼差しのまま、つよく否定してきた。
「おのれの本性をいつわるな。おまえは殺しが楽しいのだ。先の戦、俺も参加していたのだ。気づかなかったであろう?
戦場でのおまえは、まるで笑いながら、馬を駆っているようであったぞ。
おまえは、じぶんのはなつ矢で、ひとが倒れるたびに笑っていた。まるで悪鬼のごとくにな」
戦場で戦うということは、物を右から左へとならべるような、整然とした作業ではない。混乱と恐怖のなかでの命がけの仕事となる。
そんななかで、笑いながら人を殺していたとしたら、それは狂人だ。
たとえ命の恩人が相手だとしても、狂人だと指摘されては、趙雲は黙ってはいられなかった。
「それは嘘だ。俺は笑ってなどいない。おなじ場所にいたのなら、俺がどれだけ、敵をまえに」
と、ここで趙雲は周囲をみまわし、言いよどんだ。
そして、だれもいない、だれも聞いていないことをたしかめてから、播天流に向きなおって、言った。
「俺は怯えていのが、見えていたはずだ」
しかし、播天流は、きっぱりと冷たく、少年のことばをはねつけた。
「いいや。見えなかったな」
「それは、あの乱戦で、あんたが俺を見失っていたか、でなければ見間違えていたからじゃないのか。俺がどんなにこわくても戦うのは、負けたら死ぬからだ。
俺だけじゃない。仲間も死ぬ。だから、敵を倒すのだ。俺は必死でやっている。笑ってもないし、楽しいからでもない」
「いいや、子龍。たしかにおまえは、始めは怯えていたかもしれぬ。しかし、おまえは弓を敵に向けつづけているうちに、恐怖を忘れ、高揚感を感じていたはずだ。
戦場でのおのれの為したことを、すべて思い出すことができるか?
おまえは夢中になって殺していた。じつに見事であった。だが、あれは武人の振る舞いではない。
おまえは確かに笑っていたとも。なにが楽しかった? 敵を殺めることか? それとも、おのれの才能に自惚れたか」
それは、たしかに一部は、真実をふくんだ言葉であった。
極限状態のなかにあれば、記憶は、一時的にでも、吹き飛ぶ。
趙雲は、ふたたび、ぞっとした。
花が一夜にしてしおれるように、自分に自信がなくなってしまったのである。
もし、その記憶が空白になっている、夢中になっていたそのときに、播天流の指摘したような状況であったら、どうだろうと。
それでも、必死に、しかしちいさく、趙雲は抗弁した。
播天流に逆らうことは、実の父親に逆らうことよりもきびしいことであった。
「ちがう。嘘だ」
言うと、播天流は、虎のように吼えた。
「黙れ! この俺に逆らうのか!」
一喝され、白馬義従の若き勇士は、子どものように身をすくませ、沈黙した。
播天流もまた、優秀な武人である。
趙雲は、常山真定で師匠を得られずに、独自に武芸の才を磨いていたが、それを洗練したものに変えてくれたのは、播天流だった。
師に逆らうのかと問われて、そうだと肯定できるほど、趙雲の自我は、まだはっきりと固まっていなかった。
はげしく渦巻くような胸の不満を押し殺し、
「もうしわけございませぬ」
と答えると、播天流は、納得したらしく、ちいさく息をついて、言う。
「おまえをここに連れてきたのは、俺のまちがいであったかもしれん。おまえには、おまえのその恐ろしい本性を制御する人間が必要だ。妻を持て。よい妻を持って、心の平安を得るといい。
もしそれができない、というのであれば、早々に薊から離れ、常山真定へ戻るのだ。それがおまえのためだ」
趙雲は、混乱した。
自分がいままで必死で築いてきたものが、狂人の振る舞いと、なんら変わらぬと否定されてしまったのだ。
それも、心の支えのように思っていた、恩人の播天流に否定されたのだから、たまらない。
それに、いまさら故郷に帰れというのか。
そのことも、趙雲の心を追いつめた。
趙雲は、父親の姿というものを、おぼろげにしか憶えていない。
父親には複数の妻がおり、趙雲は、最後の夫人から生まれた子であった。
古いばかりで陰気な屋敷には、父の夫人たちと、腹違いの兄弟たちが、それぞれが、父のもつ財産をねらって、たがいに角を突き合わせて暮らしていた。
息のつまるような生活であった。
いまの、白馬義従としてのびのびと過ごしている生活とくらべれば、まるで牢獄である。
父親は老いており、子どもたちすべての面倒を見る体力も気力も、もうなかった。
病床にあって、ただ呼吸をしているというだけの、老いてしぼんだ肉。それが父である。
そんな趙雲の面倒をみたのは、いちばんうえの兄であったが、これもまた、趙雲に十分な愛情を注いだかといえば、これもあやしい。
父と兄。
このふたりを、うやまわねばならないことは、頭では理解していたが、しかし仲の悪い兄弟同士の仲裁もできず、夫人たちの言いなりになっている父、そして、おのれの地位を虎視眈々とねらう弟たちを疑い、神経をとがらせて生きている兄の姿には、、尊敬の要素はすくなかった。
そんな環境に育った趙雲にとって、播天流は、父に代わる存在であった。
播天流が、初めて安心できる居場所をつくってくれた。
だからこそ、趙雲は播天流を慕った。
それなのに、ひさしぶりに会った男は、無情にも、趙雲を否定し、この場を去れ、という。
戦場においてもなお残っていた、少年らしい素直さ、そして純粋に人を信じる気持ち、そういった、人間らしいあたたかさを中心に据え、拠り所とするような心のありようは、その瞬間にすべてなくなってしまった。
荒野に吹きすさぶような、冷たく荒涼とした風が胸のなかにある。
それは開いたばかりの傷口に、容赦なく吹き付けてきた。
もうだれに頼りすぎてもいけないし、頼ること事態がばかげている。
成果を認めてもらえたとしても、それはごく一部。相手の意にかなったところだけを認めてもらえるのであって、自分は狂っているのだから、そもそも理解などしてはもらえない。
趙雲は、そう信じたのであった。
しかしそれでも趙雲は、ほかにもう行き場所がなかったから、播天流のことばに逆らい、公孫瓚のもとを去ることはなかった。
ただ、弓を射ることができなくなった。
狙いを定めると、播天流の声がよぎるのである。
おまえは殺しが巧すぎる。殺しを楽しんでいるのだ、と。
そうではない。そんなことはない。
否定するたびに、目の前に積み重なり、増えていく遺体を見るに付け、趙雲は笑う。
それは、播天流が言ったような、哄笑などでは決してない。
播天流がおそれた、おのれの本性とやらが、言葉どおりなのを、自信で知覚して、おかしくて笑ってしまうのだ。
ひどく乾いた笑いであったが、どうしようもなかった。
「そういえば、あなたが弓を射ているところを、あまり見たことがなかったな」
と、完全に筆をとめて、孔明が、うすい布越しにこちらを見ているのがわかった。
趙雲は、こういう、孔明のささやかな気遣いが好きである。
「糜芳が、なにゆえあなたを嫌うのかは、叔至から聞いたことがある。弓では勝っているのに、槍ではかなわない。だから嫉妬しているのだと」
「あのおしゃべり」
と、趙雲は、そこにはいない陳到の、特徴のうすい顔を思いうかべて鼻で笑った。
しかし、そのとおりで、同時に、天下の人格者と名高い兄とは正反対の、驕慢そのものの糜芳の顔を思い出し、また哂う。
そんな趙雲に気をつかってか、孔明は言った。
「糜一族は、弓馬にかけては、右に出るものがいない。昔からそうだ」
意外な言葉に、趙雲は、寝台の、薄布の帳のむこうにいる孔明に顔を向けた。
「知っているのか」
「おなじ徐州だからな」
「では、新野に来るまえに、糜一族と面識があったのでは?」
「ないな。もしかしたら、父や叔父はあったかもしれない」
そのあとに、孔明はぽつりとちいさく、いまは確かめようがないけれど、とつぶやいた。
趙雲は、それはどういう意味か、と詮議しようとして、やめた。
いつもあきれるほどに明るいその横顔が、そのときだけは、暗く重たいものに見えたからだ。
部屋の翳が落ちていただけではあるまい。
しばしの沈黙。
趙雲は、気を遣って黙っていたのだが、孔明は、彼方を見やるような目を、ふっと笑わせて、言った。
「ここで、どういうことだと聞かないところが、あなたの良いところでもある。しかし、すこし味気ないな」
「家のことは、あまり話したくなかろうと思ったのだが」
孔明は、おや、と意外そうな顔をして、それからつづけた。
「それはたぶん、あなたが、自分の家のことを触れられるのが、嫌だからではないのか。たしかに、わたしもあまり詮索されるのは好きではないけれど、話してもいい」
「では話せ」
「わたしの父は太山郡の丞であったが、わたしが十二の年に病で死んだ。叔父と父は仲がよかったのだが、父が病で寝たきりになる前は、よく叔父がきて、一緒に旅に出ていたのを覚えている。
たぶん、そのときに糜家のだれかと親交ができていても、おかしくないかな」
「だから、糜子仲殿は、おまえを贔屓しているのかな」
「わたしもそうかと思って、父か叔父を知っているのかと尋ねたのだが、どちらも知らないと言われた」
「そうなのか。おまえへの世話の焼き方を見ていると、自分の息子を構っているようにさえ見えるが」
「わたしのほかにも、若い者にはああいう態度を取る方ではないのか」
「ちがう。おまえにだけだ。だから不思議なのだ。おなじ徐州の、琅邪の諸葛家ということで、感慨があるのかもな」
「感慨か。あのまま、徐州に留まっていたなら、もしかしたら、もっと早くにお会いすることもあったかもしれない。
けれど、父が死ぬと、父と兄のあいだで家督をめぐって意見が割れてね、叔父は家督を兄に譲らず、わたしをあたらしい後継に選んだのだ。
それが面白くなかったというのもあるだろうが、兄は江東へ行ってしまい、わたしたちのほうは、袁術に仕えていた叔父が、自分の任地である予章に呼び寄せてくれた」
「予章というと、楊州だろう。なぜそこから襄陽に?」
「任地争いだよ。叔父は袁術から任命された太守だったが、漢王朝より任命されたべつの太守があらわれてね、孫策や劉表の争いのことも背景にあったのだが、そこで戦になってしまった。
叔父は、領民を戦禍に巻き込みたくないといって、任地を明け渡したのだ。
ところが、新しい太守の朱皓という男が、それでは安心できないと思ったのか、孫策の後押しを受けて、叔父とわたしたちに賞金首をかけた。
とたんに、それまで叔父を慕っていたはずの予章の領民たちは、いっせいに敵になって、わたしたちを襲ってきた。
徐州から揚州へたどり着くまでの道中より、そのときのほうが、よほど恐ろしかったな。
出来ることなら、東へは、もう行きたくない。怒りに任せて、民を虐殺した曹操の気持ちが、そのときなんとなくだが、理解できた気がしたよ」
そうして自嘲めいた笑いをうかべる孔明であるが、ふと、おのれがなぜ、いままで一度も足を踏み入れたことのない、自分の主騎の部屋にいるのかを思い出したらしい。
「わたしのことはよいのだ」
と、だれに言うでもなく言い訳して、気まずそうに、趙雲のほうに顔を向けた。
「すまぬ、勝手にぺらぺらと。あなたの話に戻ろう。弓と、斐仁とが、どういう関係があるのだ」
「それはこれからだ」
趙雲は、軽く息を吐くと、ふたたび語りはじめた。
つづく
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(C)Hasamino Nakama 2003