きつねのリハウス


「あやしげなネズミはさておき、あの塔はなんだ」
と、法正は、広場の中央に鎮座まします、尖塔をもつおおきな建物を指さした。
「おお、あれは妻の住まいでございましてな」
「妻?」
法正が細い目をひらいておどろくと、許靖は、またもひげをいじりながら、カカカ、と笑った。
「沢山おりますので、何番目かはわすれてしまいましたが、これがわがままでツンケンした困った子でございましてな。
一階は職人たちに解放しておりますが、上の階へはツアーでのぼることが可能ですぞ。ちなみにツンデレラ城というのですが」
「ベタな……」
「ほかにも、リアルな小人たちが『世界はひとつ』と切々と歌いあげる施設、はちみつを探す熊を間近でみることができる施設などもございます。
ちなみに当あみゅうずめんと・ぱあくでは、動物はすべてほんものですぞ。たまに失踪者が出ます」
「たいへんではないか、捜索せい!」
「ときどき、妙に食欲がなくなっている動物がおりましてな、元気なのですが、いったいなぜなのか。翌日には、けろりとふつうに餌を食べます」
「天然なのか? それとも作為なのか?」
「そうそう、失踪といえば、以前に世話をしてやった金持ちが、ある日とつぜんに姿を消しましてな、一人をのぞき、探しに行った者がだれひとり戻りませんので、そのまま放置している塔があるのですが、揚武将軍ほどの運のよさなら、もしかして生きて帰れるかも。どうです、れっつ・ちゃれんじ」
「断る」
すると、許靖はかなしそうに顔をゆがめた。
「ううん、その塔の主は、揚武将軍と同じく、骨董あつめを趣味にしておりまして、いまでも塔にはアンティークがざくざくあるのですが、それでもいけませんかな」
「まことか」
法正がきらりと目を輝かせたのもつかのま、許靖は言った。
「一度、趙子龍どのに探索をお願いしたのです。さすが蜀漢随一のさばいばー。生還されたのはよいのですが」
「が?」
「以来、ひとことも口を利いてくださいません」
「なにがあった…というよりも、翊軍将軍がくる、ということは、軍師将軍もここに来ることがあるのか」
「たまにですが、おそらくどんな観光客より、あのかたがいちばん楽しんでます」
「浮かれ者めが、まるで子どもだな」
「ミッフィーマウスのガールフレンド、ミギーマウスのカチューシャが実によくお似合いでして。リボンがこうついているカチューシャをですな、」
「想像させるな! 説明せんでよろしい!」
「揚武将軍は短気ですなあ。ま、話は戻りますが、外貨獲得のため、この『あみゅうずめんと・ぱあく』をここまでひろげたのは、軍師の提案によるのですぞ。ちなみに、目下の左将軍府の悩みはですな」
「やはり左将軍府主導の計画だったのか……どうも理解不能なことをするのう」
「蜀の地は内陸にございます」
「地図を見れば一目瞭然であろう」
「海がございません」
「あたりまえだな」
「ですから、『DEATH NEED SEA』が作れなくて、困っておるのです」
「知るかい!」
と、そこで、突如として、うーうー、という、不気味に尾を引くサイレンがそこかしこに響き渡った。

法正がおどろいてあたりを見回すと、それまで不自然なほどリズミカルな足取りで、観光客に愛想をふりまきつつ、あちこちの掃除をしていた家人たちが、いっせいに血相をかえて、叫びだした。
「海賊だ!」
「海賊が襲ってきた!」
それを聞いて、法正は許靖にたずねる。
「海がないのに『海賊』とはどういう意味だ」
「はあはあ、困ったものでございますな。連中、またおぜぜが足りなくなったらしい」
と、許靖は、これまた顎ひげをいじりながら、なげかわしいというように首を振った。
「待て。もしやこのサイレン、例のホラーとかけていないか。サイレンが鳴ったら外に出てはいけないとかいうものではないのか」
「いやいや、単に、海賊が出たぞという意味でございまして」
と許靖が説明する途中でも、どうやらこの怪しげなあみゅうずめんと・ぱあくの常連になっているらしい観光客たちが、
「海賊が出たってよ!」
と、顔を輝かせながら、みなでサイレンの鳴り響いているほうへと走っていく。
「たいそうな人気だな。あれか。海賊に扮した従業員が、ちょっとしたショーを見せるとかいう類いものもか」
法正がたずねると、許靖は、またまた、明るく、カカカ、と笑いながら答えた。
「そうではございませぬよ。先ほどもお話しましたが、わたくしは若い時分に、小覇王と争そっておりました。ところで、もともと孫家が名を知られるようになったのは、海賊を退治したからでございます」
「そうであったな」
「孫家に追われ追われて流浪をしていた海賊たちが、あるときわたしを頼ってまいりましてな、あまりに哀れなので、一緒に益州に来ることをゆるしてやったのです」
「それは寛大な。海賊どもも、きっと感謝して改心したことであろう」
「いえいえ、人間、そう単純にはできておりませぬ。益州に入りまして、平和を得ましたら、海賊どもは、また昔の稼業にもどりたいと言い出しましてな。
とはいえ、それをゆるすことはできません。ですので、敷地の一部を海に似せまして、そこに連中のひみつの小島をつくってやったのです。そうしたら喜びましてなあ」
「与えられた小島が『ひみつ』というのは矛盾しておるぞ」
「海賊は、掠奪行為が主な仕事であります。ぐうたらなかれらは、ひさしぶりに仕事したくなると、こうして襲ってくるのでございます」
「討伐せい! というより、観光客が向かっていったぞ。安全なのであろうな」
「おそらく、腹が減って襲ってきたのでしょう。水辺に豚の丸焼きを置いておきましたから、それをとって帰るはず。ついでに集ったみなさんに歌と踊りを披露してひみつの小島に帰ることになっております」
「歌と踊りを披露するとは、律儀な海賊だな」
「かれらにとっては、ダンスもラジオ体操と変わらぬのです。ちょっとした腹ごなしに踊ってみせるだけで、観光客からチップがもらえて、これまた持ちつ持たれつ、よいことです」
そういって、許靖は晴れやかに笑うのであった。

夜になっても観光客は立ち去らない。
どころか広場をメインに電飾で飾ったパレードがおこなわれるとのことで、大いに盛り上がっている。
興奮して大喜びする妻子の脇で、明日は早朝に会議があるのに、こんなに夜更かしして、起きられるだろうかと心配する法正であった。

きらきらと宝石箱をひっくり返したようにうつくしい『ぱれえど』が終わると、最後に花火が打ち上げられた。
毎日が浮かれ騒ぎの夢の国(毒含む)・DEATH NEED LANDの一日は終わった。

子供たちが興奮して言うには、ほかにも、
赤壁を実体験できる『レッド・クリフ・ツアーズ』
交州の自然をそのままそっくり再現した『ジャングル・クルーズ』
など、じつに怪しげなあとらくしょんもあるらしい。

法正一家は、妻と娘のたっての願いのとおり、許靖の何番目かの妻の城であるツンデレラ城にしばらく宿泊することになった。
許靖というのは、お人よしでも有名であった。
不幸な境遇に嘆いている女を見ると、妻という地位だけを貸してやって解放し、さらには住まいも提供するのである。
おかげで妻と名のつく女が、許靖の屋敷には一個中隊が編成できるほどたくさんいる。
彼女らはこのあみゅうずめんと・ぱあくにて働きながら、せっせと貯金して、自立の道をめざしているとのことであった。
法正の妻は、この城の主となっている許靖の何番目かの妻と仲良くなり、ひさびさに世間話を楽しんだようである。
劉巴の屋敷にいたときとはうってかわって、一家のあいだには明るい笑顔が戻ってきた。

そうして、あと数日でつぎの屋敷へ向かうというある日のこと。
ツンデレラ城の尖塔の窓から、まばゆくも胡散臭いDEATH NEED LANDをながめていた法正は、妻から、こんな話を聞かされた。
「おかしな話を聞きました」
「なんだ」
「噂だとよいのですが、劉曹掾は、許長史とおなじように交州に逃げ込んで益州に入られた方でしたよね。そのときに、交州の蛮族に気に入られて、そこで怪しげな秘蹟を教授されたというのです」
「蛮族に気に入られていたのはほんとうだろう。あまりに秀でた人柄であったから、蛮族に補佐として望まれたのだが、断ったために逆恨みされ、命をねらわれるようになったのだ。
そこで、仕方なく益州に入ったのだ。わたしが思うに、劉曹掾は、もし蛮族たちともめていなければ、二度と漢族の地に戻らなかったのではなかろうかな」
「ご苦労をなさった方ですのね」
「うむ。その血統のよさと名声ゆえに、どこへ行っても厚遇されるが、なぜだかトラブルを招きやすい。おそらく嫉妬をされてしまうのではないかな。噂もそうしたものの類いであろう。捨て置くがよい」
と、法正は妻に説明した。
だが、劉巴の屋敷で見た、巨大な手足をもつ蛹の化け物の影が頭をかすめている。
噂はほんとうかもしれない。
しかし、そんなことはあるだろうか?



趙雲邸



胡散臭くも華麗であった許靖の屋敷から一転。
つづいて法正一家が世話になることになったのは、どういうつながりなのか、翊軍将軍、趙子龍の屋敷であった。
どうやら、武将たちのあいだでも、
『揚武将軍のお力にならなくては』
という話が出たらしいのだが、なにせもともとが貧乏所帯の武将たち、だれもかれもたいした家をもっていないので、困っていた。
そこへ、
『趙子龍ならば独り身であるし、殺風景だが、やたらと広い家を持っている』
と、だれかが指摘し、趙雲が法正一家を引き受けることになったらしい。

とはいえ、あまりに許靖の屋敷がみごとであったのがいけない。
そこに近づくにつれ、風にのって、なにやらけもの臭さがただよってくる屋敷に、妻も子も顔をしかめた。
趙子龍は、馬や驢馬をたくさん飼って、これを育てるのが趣味の男なのである。
あまり動物に慣れていない法邈は、すっかりいやがって、許靖の屋敷に戻りたいとぐずる始末である。
が、それは屋敷に到着するまでの話。

屋敷に到着して、いざ、そこの主人があらわれると、それまでぶうぶうと文句を言っていた妻と子どもたちはぴたりと口を閉ざしてしまった。
どころか、妻と娘が、屋敷の主人の姿に、ぽおっとなっているのを、法正は見逃さない。
いい男は、これだから嫌いなのだ。

趙子龍は、はじめて会ったときから、すこしも変わらず、若々しいままである。
法正は、揚武将軍の地位を得てから、激務のあまり、数年で面やつれし、人相などもすっかり変わってしまったのであるが。
自分がきつね顔であることを気にしている法正にしてみれば、趙雲のように、凛々しくうつくしい外貌に恵まれた男は、存在そのものが挑戦状である。
嫉妬に暗くうごめく心を隠し、とりあえずは形式的なのあいさつを交わす。

屋敷内を案内されて、さいごに、母屋に案内された。
趙雲の屋敷は、三つに分かれている。
ひとつが母屋、もうひとつが家人のための家屋、さいごのひとつがこじんまりとした離れである。
趙雲は、ふだんから離れで寝起きしており、母屋はいつも人気がないという。
『左将軍府に関係のある者は、どいつもこいつも変わっておる』
と、法正は心の中で憎まれ口を叩くのであった。

ふと気づけば、妻子三人の目線が、じっと法正に注がれている。
「なんだ」
不機嫌なのを隠さず法正が尋ねると、こわいものなしの娘の玲瓏が言った。
「父上と趙将軍のお年が、あまり変わらないというのが信じられない」
玲瓏のことばに、法邈も妻も、うんうんと、同調してうなずいた。
「なにがあってそんなに老け込んだの、父上」
そのことばに、法正はぷつりと切れた。
「たわけ! わたしの老け込みかたは、年相応の苦労をした結果であってだな、つまりは年相応の老けっぷりなのだ! 趙子龍、あれは例外。人類の例外なの! わたしがふつうなのだ! アンダスタン?」
しかし妻子たちはイエスとはいわずに、なにやら不満顔である。

法正にとってはじつに面白くない事態になった。
最初は『馬くさい屋敷』といやがっていた妻子が、だんだんとそのにおいにも慣れて、どころか、屋敷になじみはじめたのである。
いつも邸内ではスッピンでとおしている妻は、わざわざ時間を利用してエステにまで出かけ、娘は娘で、いささかピントがずれているものの、これから盆踊りにでも出かけるのかというくらいにけばけばしい格好で着飾り、息子のほうはというと、趙雲が気をつかったものらしく、よくしつけられた仔馬を贈ってもらい、これの世話に夢中になった。

法正は、趙雲の屋敷にやってきてから、どうも自分が疎外されている気がしてつまらない。
あたらしい家が竣工中のため、あちこちの屋敷を転々としつつ、宮城へ通う毎日を送らざるをえない。
こういう日々は、早く終わればいいと思う。
不満が胸のなかにくすぶって、面白くない。
法正は、人の笑顔を見ると、いらいらする性分なのだ。
その笑顔が、たとえ家族のものであったとしても。
そんなふうにうつうつ、もんもんとしていないで、これを機に趙雲と仲良くすればよいではないかという声もあるかもしれないが、それができるのであれば、法正は法正ではない。
趙子龍本人にわるい印象はないのであるが、わかりやすそうでわかりにくいこの武人の後ろに、はっきりと諸葛孔明の姿が見えるため、法正は素直になれないのである。

趙子龍は、聞いたところによれば、常山真定の、そこそこに名前の知られた家の末子であったということだ。
しっかり教育を受けた人間らしく、客人のもてなし方についても、すべて礼にかなっており、不足がない。
劉巴の屋敷のように不気味でもなく、許靖の屋敷のように極端に派手でもない、ちょっと馬が気になる以外は、申し分のない宿泊先なのである。
だが、法正にとっては、おもしろくないことに、妻がとうとう趙雲のことを『雲(ユン)さま』と言い出した。
問うたところ、いま成都の奥様がたのあいだで、趙雲は静かなブームを巻き起こしているということである。
端正な容姿が人気なのはもちろんであるが、ほかの武将とちがって、生臭い雰囲気がないところ、生活感のないところなどが人気であるらしい。
たしかに趙雲は、身近で見ていても、ふしぎと生活感を感じさせない。
ちいさな離れでどのように暮らしているのか、想像を拒むところがある。

きつねのリハウス4へつづく
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(C)Hasamino Nakama 2007 03 21