うしろにきつね。
13

ご家老……高森主税という、この男は、これまで余裕のない素振りをみせたことがない。
いつもあまりに悠然としているので、逆にこいつってば、冷血なやつなんじゃないかとさえ思っていた。
そうではなかったようである。

いま、ご家老の顔は、『父親』に触れたとたんに、はげしく歪んだ。
古刹にて、四天王に踏みつけにされている鬼だって、この形相にはかなうまい。
ヤバイな、引き金を引くかな、と身構えたオレであるが、しかし、ご家老は、えへん、ごほん、と、いかにもわざとらしい咳をすると、いままでどおりの、余裕のアルカイックスマイルに戻った。

「カッチンの親って、どんなふうだった?」

「は?」

とうとつな質問に、オレは面食らった。
非常識もいいところだろう。銃を突きつけてする質問じゃないぞ、というよりも、この男は、オレの両親を殺した男の弟なんだ。
しかも、それを知っている。

オレが呆れて物もいえない状態になっているのをよそに、ご家老はつづけた。

「なんか想像つくよな。ごくフツーのさ、いい親だったんだろうな。だって、カッチンって、『稲荷様』のことを除けば、ほんとにフツーの人のいいやつだもんな」
人のいいやつ、というところは、誉め言葉か、それとも皮肉か。

「てまりのことを調べられたってことは、オレの家のことも調べたんでしょ? てまりの押入れに入っていたのは、たしかにうちの父だよ。ばかな奴でさ」
と、ご家老は、亡き父親とオレを重ねているかのように、口を歪ませて笑った。けれど、目は怒りに燃えている。

この、激しい怒りを抱えながらも、表面上は皮肉屋を気取って笑って見せている顔。
この顔が、ご家老のほんとうの顔なのだと、オレは気づいた。
この男は、ずっと怒っていたのだ。
その怒りは、どうやら父親からはじまって、両親を殺し、そしていまはオレに集中しているらしい。

「オレの父は見栄っ張りだったよ。無能なくせして、気位ばっかり高くてね、自分は、世が世なら殿様だ、っていうのが、唯一の心の支えだった男だ。
いったいどういう育てられ方をしたんだか知らないけれど、あの男は、薄給のくせして、所持品のすべては一流品でないと、気の済まないっていうやつでね。
しかも小学生なみの算数も出来なかったのか、やたらと他人に奢るんだ。殿様気分にひたりたかったんだろうけれど、おかげで、オレたち家族は悲惨だった。
電話がね、止まないんだよ。家の電話がさ。
借金の督促の電話なんだ。一日に十分おきで架かってくる。留守番電話がぜんぶ、督促の連絡だったこともあるよ。
電話線を切ればいいものを、あの男は、「貧乏人だと思われたくない」とかわけのわからない理由をつけて、切ることをゆるさなかった。
水道も電気もろくに支払えなかったのに、電話代だけは遅滞したことがないって、あきれるだろ?
オレは電話の音を聞きながら、大人になったようなもんだった。

親戚のあつまりのときが一番みじめでね、一張羅を着て親族と顔をあわせるんだけど、連中のオレたちを見る目っていうのは、いつも憐れみと蔑みだったな。
金がないってことが、どれだけ惨めか、行くたびに思い知らされたよ。
一方は、借金の督促におびえる毎日を過ごし、一方は、こんなでっかい自社ビルを持てる優良企業の経営者一族。
金があればね、惨めな思いも清算できるかなって、そう思うようになるのって、おかしなことじゃないだろ?」

お金に対する執着のルーツを聞かされて、そうか、大変だったね、と同情できるほど、オレは人がよろしくない。
父親が見栄っ張りだったから?
電話が鳴らなかったから?
親戚に見下されてくやしかったから?

そんなの、知るか! そんなことは、オレと、オレの親にはちっとも関係なかった!

言葉がとっさに出なかった。
それほどに、オレは怒りで目がくらんでいた。
こいつは、ひとが死ぬ、しかも無理矢理命を絶たれるときの痛みを、想像すらしなかったのか?
その想像を、欲望で封印したのか?
それとも、そもそも想像すらできないやつなのか?

「カッチン、マジでおなかすいたー」

と、オレの頭上できつねが乾いた声で、とぼけたことを口にしなかったなら、拳銃が突きつけられていようとなんだろうと、かまわず突っ込んでいたかもしれない。
オレは怒りをなんとか抑えながらも、頭上のきつねを見た。
きつねのほうは、オレのほうではなく、ご家老のほうを、なんとも物欲しげに見つめている。

そんなオレを無視して、ご家老は自分語りをつづける。
「時葉小平太の話っていうのは、オレの一族のなかでは、もうほとんど笑い話のようになっていたよ。
父は小平太さえ稲荷さまを盗まなければ、一族がこれほど落ちぶれることはなかったし、身売りのように屈辱的な政略結婚をする必要もなかったといっていた。
悪いのは、最初に稲荷さまを横取りした時葉小平太だ。
けれど、そいつは逃げてしまって、行方がわからない。行方を追うだけの力も財力も、もう僕たちの家にはなかったんだよ。
ところがねぇ、神様っているのかな。
うちの兄貴が宅急便のアルバイトをしていたとき、たまたま君の家を見つけた。
そもそも、『時葉』なんて苗字は、めずらしい。
しかも追われているとわかっているはずなのに、改姓してないなんてあるわけない、と思った。
そこで、兄と僕は慎重に君の家を調べていった。そしたら、ビンゴだったんだ。
兄は愛読していた推理小説を参考にして、君の両親の殺害計画をたてたってわけ。
一応はうまくいったけど、稲荷さまを持っていたのは君の親じゃなくて、君だった。
で、気を取り直して、君のところへ行ったなら、返り討ちにあった、と。
現在行方不明。どこへ行っちゃったんだろうね?」

淡々と、語るご家老。
この男、マイペースというよりも、自己主張が強すぎるお子さまなだけだ。
人と関わっているようで、関わっていない。
人にどう見られても、見ている者を自分とおなじ『人』だと認識してないので、気にならないのだ。
オレは、こいつの仕事振りを思い出し、あらためて、そういうことかと理解した。
どんなトラブルが起ころうと、この男があわてたり取り乱したりすることがなかったのは、それだけの人生スキルを積んできたヤツだからではなく、単に真剣じゃなかったからなのだ。
基本が『どうでもいい』から、なんとなーくみんなと一緒にさわいで、時間がなんとなーく解決してくれるのを待っていただけなのだ。
そうして、なんとなーくながめていたコールセンターのスタッフのなかに、なぜだか選ばれてしまった四人がいたわけだ。

「あんたが言う、その稲荷様の、卵とかいうの、ほんとうにそこにあるのか」
オレはたずねた。
咽喉がカラカラになっているのは、恐怖のためではなく、緊張のためだ。
きつねの言うことがほんとうなら、どこにあるのやら想像もつかないが、本体がこの世に飛ばせる数は一体だけ。
となると、ここにきつねはいるわけだから、「卵」なるものが存在することがおかしい。
「卵」とは便宜上の呼び方で、単に、オレが死ねば(後を継ぐ長男がいないので)消えるきつねを、ふたたびこの世に呼ぶときのための、マークみたいなもの、なのか?
というか、四人の命を犠牲に孵化するって、生まれたときからうしろにいるから、さしてこいつの出自とか気にしてなかったけど、どんだけ邪悪なんだよ、コイツ。

うしろをチラリと見れば、きつねもきつねのほうで、オレを見下ろしている。
「カッチンさ、いま、オレ様の存在にドン引きしなかった?」
「正直言うと」
「あ、そ。言わせてもらうとさ、オレ様ってもともと、この世の者じゃないじゃん? 
この世の者ではないオレ様が、この世に召喚されるには、ただ呼ぶだけじゃダメで、それなりの対価を支払わなくちゃダメなわけ。ま、フツーの買い物と一緒だね。
オレ様が召喚されたときは、たまたまタイミングよく病死した親戚とか、近所の人とか、そういうのを無理矢理カウントして、四人ってしたんだよ。平和解決」
「待て。四人って簡単に言うけど、犠牲の命と代償におまえはこの世に出てくるってわけだろ。
なにを基準に「お、四人死んでるから行くわ」とかなるわけ?」
「んー? 雰囲気? 手続きの上でのことだから、そこはあんましこだわんない」
「ってことは、おい、知らない人でも病気でなくなった人とかを、「犠牲」と申告しても、おまえは受け付けるってこと?」
「そういうこと。オレ様、敷居は低いのよ」
「っていうか、ばか?」

オレはずっときつねと話をしていたのだが、ご家老にはきつねは見えない。

オレのことばは、自分に向けられたのだとおもったらしく、突如として、銃口から弾が飛び出してきて、腕のよいことに、オレの脇をぎりぎりかすめて、警備室の横の壁に当たった。
どうやらサイレンサーでもつけているらしい。
空気が抜けたような、意外に迫力のない音がした。
こんな音の末に死にたくないなー。

「おいおい、危ないだろ! きつねに言ったんだよ、きつねに!」
まぬけではあるがオレが抗議すると、ご家老は、大きく眉をひそめた。
「へえ? 稲荷さまってのは、どこぞの死神みたいに、ただ人の行ないを上から眺めているだけの存在かと思っていたけど、ちがうんだね」
「あんた、漫画の読みすぎ。しかもジャンプ系」
「悪かったね」
「オレがいま、きつねから聞いたことを教えたら、あんた引っくり返るんじゃないか? 
きつねは、「四人の犠牲」なんてのは、名目だけでOKだって言っている。
つまり、四人も殺すことはなかったんだ!」
オレが決め付けると、しかし、ご家老は眉ひとつ動かさず、答えた。
「そう。でもいいじゃん。あの四人って、生きてても別に、意味なかったし」

「は?」
思わず聞き返した。
その唖然としたオレの顔が、ハトが豆鉄砲をくらったときのようなものだったのだろう。
ご家老は、人の神経を逆なでするような、せせら笑いをして、言った。
「あれ? まさか、いまさらいい子ぶって、どんな人間の命も尊い、とか言い出さないでよ。
一緒に働いていたから、わかったでしょ。あの四人は、人に迷惑をかけるばかりで、自分の稼ぎすら、ふつうに稼げなかった。
どころか、いるだけで人を不安にさせたり、不快にさせるばかりだったじゃないか。
泥棒、いじめの首謀者、虚言癖、それに、親殺し。
どいつもこいつもまともじゃない。だから、餌にしたんだよ」
「きつねの?」
「オレ様、そこまで餓えてない」
と、きつねが抗議するが、もちろんご家老には聞こえない。

「ついでだから教えておくよ。
もともと、四人のうち、てまり以外は、だれでもよかったんだ。
けどね、いざ殺すとなると、なかなか、これだ、っていう人材がいなくてねぇ。
そこで、このコールセンターを利用させてもらったんだよ。
経費を抑えるために、自社で派遣業務を立ち上げると聞いたときは、うれしかったなあ。君が派遣社員をしていることは、調べてわかっていたからね。
うまく派遣側に手をまわして、とくに問題ありそうなスタッフばかり集めたんだよ。
あとは、底辺の人間のなかでも、とくに目立ってダメな三人を選べばよかった」
「やっぱり、あんたが殺したのか」

ボイスレコーダーを持ってこればよかった!

オレが決め付けると、しかし、ご家老は、またまた鼻先でせせら笑った。
「たしかに、ここの定礎のなかに埋めたのは、『稲荷様』だけれど、四人の命を捧げるためには、殺す道具も必要だった。
てまりの実家の神社は、怪しげな術の宝庫でね、『稲荷様』だけじゃなく、その道具をつくる方法も眠っていた。
思うに、高橋の家は、昔っから、陰陽道というのか、それとも黒魔術というのか知らないけど、そういうものを駆使して家門を保たせていたんだろうな。
てまりが身を挺して『道具』を造ってくれたんで、こっちとしては大助かりだったよ。
まさか警察だって、四人の女を殺したのが、人間じゃなくなったモノだ、なんて思わないよねぇ」

人間じゃなくなったモノ。

そのことばに、オレは、井田の家の押入れにあったミイラ、そしてクーラーボックスを思い出した。
「もしかして、おまえ、自分の父親を、殺して」
「殺したのはてまりだよ。なんでも人の言うことを聞くという点では、あれはすごくいい女だったな。あ、これって、「都合のいい女」の略ね。
まあ、てまりにしても、産みたくもないのに出来ちゃった赤ん坊の始末もできたから、よかったんじゃないのかな」
「あんた、狂ってるよ、それに、始末なんて出来てないじゃないか」
できてなかったから、いま、世間じゃ大騒ぎになっているのである。

ご家老は、すこしムッとして、それから答えた。
「揚げ足取りをするヤツだなあ。僕が言った『始末』っていうのはね、死体が腐ったりしなかった、ってこと。
カッチンさ、クーラーボックスの中身、見てないでしょ?
あそこにあったのは、本来は三体の赤ん坊なんだよ。けど、警察は親父を含めて、二体しか見つけてないはずだ。
受け皿となる肉体を用意し、そこに三つの死霊を宿らせ、使い魔となす。
すっごい使えるヤツなんだ。僕が父親なんだから、当然なんだけどさ。
いま、うしろにいるよ」

「は?」

振りかえったオレは、そこに異常なものを見た。


14へつづく
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