うしろにきつね。
10

「それだよ。あれって、なんかのわらべ歌だったのかなー? カッチン、どう思う?」
わらべ歌と聞いて、オレがまず思い出したのが、『かごめかごめ』である。
あれも、どこか不気味な歌詞だが、井田の口ずさんでいたことばは、一種独特の節回しではあったものの、唄ではなかったように思えた。

「てーそーの下にたまご、とかなんとか。なんの卵だろ?」
「季節外れのカブトムシの繁殖かな? あれって儲かるんだってね」
などと、呑気にいうきつね。
「カブトムシに必要なのは、てーそーとかいうナゾの物質じゃなくて、おがくずじゃないのか。
というか、カブトムシ蛹だよな。卵じゃなくて。あれ? 卵か? あー、どっちでもいいや。
ともかく、カブトムシじゃない気がする」
「てーそーってことば自体が、よくわからないよね。てーそーって、低層所得者になりたくないー、っていう歌だったりして」
「だから、唄ではなかったよ。死ぬ間際にそんなこと言うか?」
「なんかの記念に歌った、特別な唄だったとか。卒業式とかさ」
「それはない。ありえない。というか、おまえが聞いたことがある、って言い出したんだぞ。思い出せよ」

オレが突っ込むと、きつねは、右へ、左へと首をかしげる。

「それがさー、なんていうの、咽喉の奥に記憶がひっかかっちゃって、うまく表に出てこない感じ。伝わるかなー」
「おまえの脳みそって、咽喉にあるのかよ」

そんな会話をつづけながら、オレたちは、薄暗い、古ぼけた蛍光灯のともされた廊下のベンチに座りつづける。
オレたちを最初に連れてきた刑事は、
「また事情を聞くかも知れないから、ちょっと待ってて」
と言ったきり、姿をあらわさない。

刑事課では、ぴろぴろと電話が鳴りつづけているが、とても対応ができてない状況だ。
コールセンター勤務としては、受話器を持ち上げたい誘惑にかられる。

「なにか新事実でもわかったのかな」
「ミイラの身元が判明した、とかじゃないの、もしかして。じつはカッチンが知っている人、とかだったらどうする?」
「これ以上、なにかあるのか。勘弁してくれ。というか、まだ思い出せないのか、きつね」
「げろっと吐いて、楽になりたい」
「んじゃ、順序だてていくか。聞き覚えがあると思ったのは、井田のことばのどこにだ? 
一部? それとも全部?」
「全部だよ。カッチン、あれってやっぱり唄だよ。だれかが歌ってたんだ。美空ひばりかなー」
「だから、それは絶対にないから。ヒットチャートに上った唄ではないことは確か。どこで聞いた?」
「けっこう前」
「おまえの前って、どれくらいだよ」

「あ」

と、きつねは急にオレのほうにとがったあごを向けて、言った。
「ずばり思い出した。オレ様が、この世に出てくる前後」
「……はい?」
「正しく言うと、オレ様がこの世に召喚されたとき」
「召喚?」
「そうだよ。オレ様を召喚したやつが、『これで金儲けができる』とかなんとか言って、うかれて唄ってた。そのときの唄だよ! あー、思い出すなー、その唄が、なんか嫌でさー、で、となりにいたやつに」

世間話でもするように、ふつうに語り続けるきつねを、オレはあわてて止めた。

「待て、一気に話を進めるなよ。召喚したやつ? だれだよ、それ。っていうか、召喚がどうとか、限りなく初耳なんだけど」
「そりゃそうだよ。だって昭和事変の前だもん。あんまり前なんで忘れてたや。
オレ様たちは本体から分裂して行動する思念体だから、記憶は共有しているんだよね。
召喚術で人間に呼ばれたりすると、本体は自分のコピーを人間界に派遣すらうわけ。
すなわち、それがオレ様。
で、憑いた人間が死ぬと、契約解除になって、コピーは本体に戻るわけさ。
オレの記憶のオリジナルは、たぶん、カッチンのご先祖に当たる人に憑いたやつのものだろうな。
で、その人に最初に憑いたときに、聞いた歌ってことだよ」

「きつね」
「なにさ」
「おまえって」
ことばを切って、オレはまじまじと、隣にいる黄金色のきつね(らしきもの)を見つめた。
「うちに取り憑いたのって、もしかして、けっこう最近なの?」

オレは、両親のことばを思い出していた。
なんとなく、それこそ弥生時代くらい昔から、こうなんだ、というような口調だった記憶がある。
が、よくよく思い出してみれば、『いつから』と両親が明言したことも、また、ないのだった。

オレの問いに、きつねはいう。
「んー、いま記憶をダウンロードしています。しばらくお待ちください」
「どっからダウンロードしているんだよ!」
オレのことばを無視し、きつねは目を閉じて、耳を、アンテナのつもりなのか、ぴっ、ぴっ、と動かしていたが、やがて目を開いて、言った。
「ダウンロード、終了しました。カッチンのご先祖に、時葉小平太っているはず。
それが時葉家にオレ様が憑くきっかけになった人」
「こへいたー?」
知らない名前だった。
というか、すべての不吉の元凶は、小平太とかいう、じいさんだったのか!
「小平太から数えて、カッチンは八代目だよ。末広がりの八で、おめでたいね」
「待てよ、昭和事変よりちょっと前って、おまえ、まだ百年も経ってないじゃないか。
それって、けっこう最近っていわないか? それなのに、もう八代目」

なのか、と言いかけて、オレは口をつぐんだ。
思えば、オレのまえに、時葉家の長男だったという人は、十代の若さで死んでいる。
死因は変死だった。金回りがよいことを、悪い連中に目をつけられて、そのトラブルに巻き込まれて死んだのだと聞いた。
この気の毒な人が、オレの伯父さんにあたる人だ。
この人が死んですぐに、オレが生まれて、きつねはやってきた、というわけだ。
もう鬼籍に入ったが、家のことならなんでも知っているという大伯母がいて、その人が言うには、きつねが憑いた長男は、たしかに金には不自由しないけれど、その代償なのか、決して布団のなかで死ぬことが出来ないのだと言っていた。
それを聞いたとき、オレは、なんだかカウボーイみたいだなあと思ったものである。
カウボーイは、撃ち合いなどで死ぬと、その遺体のかたわらに、脱いだブーツを置いてもらえると聞いたことがある。
子供心に、そうしてもらおうと考えたので、覚えているのだ。

「小平太って人は、陰陽師かなんかだったのか? 
ふつう、おまえみたいなのを召喚する術なんて、一般人は出来ないぞ。
せいぜい出来て、こっくりさんくらいなもんだ」
「召喚したのは、小平太じゃないよ」
「じゃ、だれだよ」
オレの質問に、きつねは困ったような顔をして、答えた。
「カッチン、自分のルーツくらい押さえときなよ。カッチンのご先祖は下級武士だよ。
維新のあとに武士をやめて農民になったんだけど、パッとしなかったんで、むかしの雇い主がはじめた会社に入社して、そこで地味に事務員をはじめたんだ」
地味に事務員、というところに、シンパシーをおぼえる。
「で?」
「うん。だけど、世界恐慌の波にもろに呑まれて、会社が傾いちゃったんだ。
で、その雇い主が、先祖代々伝わっていた禁断の方法でもって、金儲けをしようと考えた。
その禁断の方法というのが」
「きつねを自分の長男に取り憑かせて、自然と金が集るように仕向ける方法?」
すると、きつねは、長いふさふさの尻尾を、ぐるぐると回してみせた。
「大当たりー。でも賞金はナシ」
「待て。禁断の方法を使ったのは、ひいひいじいさんの雇い主のほうだろう。
どうして、ひいひいじいさんに憑いた?」
「だって、あたりまえじゃん。雇い主の感じが悪かったんだもん。
そいつ、すっごく無知でさ、戌年なのに、オレ様を召喚したんだよ。
オレ様って、犬との相性はサイアクなんだよね。戌年なら、犬神を呼べばいいのにさー」
と、きつねは、しれっと言ってのけた。

そして、その、人間にはわかりづらい、あきれるほど単純な理由こそが、すべての悲劇の原因だったりするのであった。

「それじゃあ、その戌年の、おまえを召喚したやつは、すっごく悔しがっただろうな」
「うん、みたいだねー。『なんでだよ』みたいなツッコミを入れられたから」

そりゃそうだ。会社のためと苦労して、得体の知れない何者かを召喚したら、自分の干支が気に入らないからといって、その場に居合わせた別の人間にもっていかれた。
金を引きつけるきつねの力の凄さは、オレはよく知っている。
だからこそ、召喚した人間の悔しさもまた、わかる。

「で、そのあとどうなったんだ?」
「どうなったも、こうなったも、エグイ話だよ。カッチンのご先祖を幽閉してさー、それで集ってくる金を自分のものにしようとしたんだよね、そいつ。
オレ様たちってのは、基本的には、取り憑いた人間には、あれこれ干渉しないものなんだけど、さすがに気の毒でさ。
だって、食事は無駄に豪華だけど、日のまったく差さない座敷牢に閉じ込められてさ、毎日、毎日、差し出される新聞を読んで、どの株が当たるかとか、オレ様の力で読むようにって強要されてたんだよ。
小平太ってのも真面目でさー、殿様を裏切ったんだから仕方ない、とかいっちゃって、フツーに答えてたっけ。
でも『こんなの、もうヤダ』とかぎゃあぎゃあ喚かれるより、ひたすらがまんしている人のほうが、なんだか同情したくなる、ってとこ、ない?
オレ様もまさにそれで、小平太を座敷牢から出してやったんだよ」
「それで?」
「晴れて自由の身となった小平太は、オレ様と一緒に実家に帰ると、すぐに荷物をまとめて、なじんだ土地から離れていったのさ。
なるべく都会に行けば、追っても探しにくいだろうと思ったんだろうね。で、このS市に引っ越してきた、ってわけ」
「追っ手はどうなったんだ?」
「んー、カッチンのご先祖を幽閉していたやつ、会社が潰れて、財産一式、ぜーんぶ差し押さえられて、破産したって聞いたよ。そんな状況じゃあ、追っ手を雇う余裕もなかったんじゃない?」
「その、おまえを召喚したやつの名前は?」
「なんだったっけか。たしか、高橋、とかいう名前だったよ」

オレは、気いたことのある苗字が出てくることを期待していたのだが、そうではなかった。
高橋なんて、ありふれた苗字である。
何十年と昔に破産した高橋という男が、きつねを呼び出したのだとわかっても、それ以上でもそれ以下でもない。

と、思っていた、そのときだった。

「たかはし」

「はい?」

オレは思わず顔をあげ、声が聞こえたほうを見上げた。
たかはし、そう口にしたのは刑事課の刑事のひとりで、携帯電話片手に、ファックスで送られてきた紙をみながら、どこかへ電話している。
その内容が、オレの耳にも聞こえてきた。

「身元不明者の身元が判明。成人男性のほうが、おそらく高橋光行という人物。
昨年から失踪届けが提出されていたって。免許証が胸ポケットにあったんだよ。
たかはしみつゆき。そう、ふつうのたかはしに、みつゆきは、光に行くって書いて光行。
『菓匠・みちのく燦然』の元役員らしいんだが、この人物が失踪して以来、家族もどこかに引っ越してしまって、その後の住所は判明してない、と。
あとの詳細は司法解剖待ち。マスコミには、まだ流すなよー」

『菓匠 みちのく燦然』と、高橋がつながった。
井田てまりは、たしか縁故でコールセンターに働いていた、ということだった。
でも、苗字がちがう。
井田の残した、『てーそー』という、なぞのことば。
待て。『菓匠 みちのく燦然』は、むかし、このいったいを治めていた殿様の末裔が代表取締役だったよな。
その縁故でセンター長をしていたのがご家老こと、高森主税で、井田も縁故で、あれ? なんだか、わけがわからなくなってきたぞ。

混乱しながら、オレは無意識のうちに、答えを探そうと、携帯電話で話をしていた刑事を、じっと見つめていたらしい。
刑事は用件のあと、しばし飲み会の打ち合わせだか、ゴルフの打ち合わせだかのみじかいやりとりをして、そのあと、電話を切ると、オレのほうを見た。
見た、というより、なぜ自分を凝視するのか、その理由を確認しようとした、といったほうが正しい気がする。
オレは気まずくなって、すぐに目を逸らしたが、刑事のほうは刑事のほうで、気まずくなったのか、電話をしまいながら、近づいてきた。
「君さ、井田の部屋のミイラの発見者だよね? 聞こえちゃったかなあ、いまの」
「丸聞こえだよー。マスコミにリーク、リーク。懲戒処分のフラグ立ちまくり」
と、刑事をからかうのは、きつね。
もちろん、きつねの声はマスコミに聞こえないから、リークのしようもない。
「あ、大丈夫です」
と、オレは嘘を言った。

幼少期より、きつねのせいで、やたらと高価な落とし物をひろう子どもということで、おまわりさんの世話になることは多かった。
だから、どちらかというと、警察官にはよい印象がある。
悪いやつもいるみたいだけれど、運良く、いまのところ、そういう悪徳警官とめぐり合ったことはない。

しかし、その刑事はオレが否定しても食い下がり、言いわけをはじめた。
「悪いんだけどさ、いまの、まだ黙っててくれないかなー。たぶん、早くて明日にはマスコミに嗅ぎ付けられて、報道されちゃうことだろうけどさー」
と、照れ笑いのようなものを浮かべて、誤魔化そうとする刑事。いいけどさ。
「君もたしか、『菓匠 みちのく燦然』で働いているんだっけ? 明治は遠くになりにけりどころか、いまや昭和は遠くになりにけり、って感じなのに、いまだに封建時代そのまんまな会社って、存在するんだねー。
君のところの会社の役員のほとんどが、『ご先祖が藩主だった』『ご先祖が華族だった』とか、そんなんばっか。なにかそれについて知ってる?」
すかさず事情聴取に切り替えるあたり、この刑事の要領のよさはすばらしい。
「うちのセンター長も、先祖が家老だったと聞いています。井田さんも、役員の縁故があって雇われていたって聞きましたが」
「あ、そうなの? センター長っていうと、だれのこと?」
「高森主税さんですけど」
「高森? ふうん?」
と、刑事は考え込みながら、癖なのか、無精ひげのある顎をさする。

「高森っていうと、家老の家柄だったよねぇ」
「そうです。自分でそう言っていました」
オレが肯定すると、刑事は、ふーん、と納得したのか、それともため息なのか、判別し難い声をだして、オレの隣に乱暴に座った。
「なんだろねぇ。俺の記憶違いじゃないと思うんだけどさ」
「はあ」
「俺は大学時代に郷土史を勉強してね、ここいらの歴史には、ちょいとうるさいわけ。
戦国時代から戦後までの、大名やら華族やらがどうなったのかは、たいがい抑えているわけよ」
「すごいですね」
「でもさ、高森って、たしか戦中に断絶したはずなんだよな。跡取りが満州事変で戦死したとかで、たしか妹が婿養子をもらうって話が出た直後に、空襲でやっぱり亡くなったって聞いてたよ。
あんまり悲惨な断絶の仕方なんで、おぼえていたんだよな」
「え?」
「そのあと、養子でももらったのかねぇ。でも初耳だなー」

高森はこの際、たぶん関係ないけど、と刑事は言ったが、オレはその刑事に頼みこんで、高森家をふくむ、地元の藩閥の研究書を教えてもらうことにした。
刑事はオレに、大学の同窓生が、本格的に研究をすすめていて、HPも運営していると教えてくれた。

オレは警察署が混乱しているのを逆手にとって、最初に事情聴取をしてくれた刑事さんに、さりげなーく挨拶をして、さりげなーく警察署を出た。
なにかあった場合の連絡先も教えておいているから、逃げたわけではない。
あとは刑事たちが調書を作っている段階で、
「あれ、こいつって、もしかして住居不法侵入でパクらなくちゃいけないやつ?」
と気づかないことを祈るばかりだ。
窃盗目的とかじゃないから、厳重注意で終わりそうな気もする。

でもって、その注意も、いまの混乱のさなかに終わったことになってくれると、ありがたい。

家に帰るまでの時間が惜しかったので、オレは目についたインターネットカフェに入ることにした。
教えてもらったサイトは、検索ですぐに見つかった。
定期的に論文をアップしている、更新もマメなサイトで、リンクを見ると、どうやら同好会のようなものまであるらしい。
藩主と、その家臣たちの家の名前から、役割、その歴史まで、さすがに最近のものはプライバシーに触るせいか、詳細は書いていないが、戦中くらいまでは、かなり細かく調べられている。
どうやら、同好会に藩主の一族が何名か含まれているらしく、それが、このサイトの内容が充実している理由のようだ。
藩主の一族、つまりは、『菓匠 みちのく燦然』の経営者の一族、ということでもある。
しかし、そのあたりのつながりは、この一族は隠すこともなく、むしろ誇りに思っているところがあって、HPには、『菓匠 みちのく燦然』のバナーが堂々とあちこちに貼られている。
どころか、同好会の会合が、『菓匠 みちのく燦然』主催のお茶会として開かれた様子も、『写真集』のコーナーで紹介されていた。

この『写真集』が、オレときつねの気を引いた。
定期的に回ってくる『みちのく燦然・派遣だより みちのくの風』という刊行物があるのだが、そこに写真つきで掲載されている社長やら専務やらの姿が、そのサイトの写真集にもあったのだ。

オレは『家系図』のコーナーと、その写真を交互に見比べて、つぶやいた。
「なんというか、ほんとうに、藩がそのまま企業になったんだな」
藩の主だった家臣たちと同じ苗字を持つ者が、そっくりそのまま、役員になっている。
なぜわかるかというと、家系図の最後(つまりは現在の当主)のところには、『みちのく燦然 勤務』と書いてあるからだ。
そこからして、後ろ暗さや、秘密めいた雰囲気は見当たらない。
だが、たしかに刑事が言ったとおり、家老職をつとめていた高森家は、戦中に断絶したことになっており、その後は、家系がつながっていないのだ。

その代わり、高橋光行という名前を見つけることができた。
井田の押入れで、ミイラになっていた男である。
その男の写真は、『写真集』のなかにも収められていて、家族で参加したらしいピクニックの様子がアップされていた。
痩せぎすの、品のよい中年男だ。もちろん、写真は生きているときの様子を映している。
元気そうな半ズボン姿の男の子と、紅白の運動帽を目深にかぶった男の子、ふたりの子どもの手を引いて、カメラにはにかんで笑っている。
こうして笑顔を振りまいていた頃から数年後、ミイラになる運命が待っているだなんて、だれが想像するだろう。
カメラ目線の高橋と、オレはしっかり目を合わせて、しばらく考えたが、やはり、なぜ井田の押入れに、この男がいたのかはわからなかった。

「なんか、こいつの顔、見たことある気がするなあ」
「井田の部屋で見たじゃん」
「いや、あんなにはげしくダイエットしたあとの顔じゃなくってさ」
高橋光行という人物の死因が、餓死とかじゃないといいなと思いながら、オレはその顔をじっとながめる。
「あれ」
きつねが、不意に素っ頓狂な声をあげて、モニターを尖った鼻先でつついた。
「カッチン、これってもしかして、井田じゃない?」
見ると、子どもの手を引く高橋のうしろに、ピクニックにそぐわぬ、ひらひらフリルのワンピースという出で立ちの少女が映っている。
その暗く、下から睨めあげるような目線は、まさしく井田そのものであった。

11へつづく
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