七夕フェスタ リクエスト企画 第五弾 結城さまからのリクエスト

寒蝉の恋

リニューアル版 二十二回目

どうして心の臓が動いているのか、その理由を知らない。
どうして人の顔が、さまざまにちがうのか、その理由を知らない。
どうして人の心が、ひとつになることがないのか、その理由を知らない。
そして、なぜ自分が陳叔至という人間であるのか、その理由を知らない。
わかっているのは、ただひとつ。ほかはどうだか知らないが、自分という人間は、家族という宝物を得てはじめて、親から授かった、ほんとうの名を名乗ることができた者だということ、そうして、全幅の信頼と愛情を一身にうけて、はじめて責任や義務の重さと喜びを知った、英雄でもなんでもない、どこにでもいる、ごくごく平凡な男だということだ。

自ら手綱をとり、馬を疾駆させ、舞い上がる砂塵の向こうに、自分の助けを待っている者がある。
その者たちこそが、陳到にとっての『陳叔至』である。
いま、ここで馬を走らせている者は、自分に無垢な信頼を寄せてくれるもののために生きる、影のようなものに過ぎなかった。



荊州に落ち延びた劉備一行のあとに、なんとなくついていくかたちとなった陳到であったが、そのあとに、故郷に帰ることはできなかった。
袁譚、つまりは袁紹を裏切ったのは事実なのである。まだ、そのときは、袁紹が勝つかもしれないという可能性がのこっていたから、陳到は、みずから家族との縁を切った。累が及ばないようにするためである。
もともと、家族のなかですら目立たぬ、平凡きわまりない、冷や飯食いの次男坊であった。実家のほうも淡白なもので、以来、七年間、連絡はいっさい、取っていない。
だからといって、さびしく思うことはなかった。
荊州の劉表は、先発でむかった糜竺が上手に交渉したおかげもあり、あたたかく劉備をむかえいれてくれた。
もとより、おなじ劉姓を名乗る、いわば親戚のようなものであるし、劉備の義の心に、つねづね感服していたためだと劉表はいったが、それを鵜呑みにするほど、のんきな者はだれもいなかった。
劉表のことばは、それはもちろん建前である。
袁紹が勝つにしろ曹操が勝つにしろ、いずれは南下してくるであろう中原の軍を、最前線である新野で守らせるための軍隊を、劉表は必要としていた。
そこへちょうどよく、袁紹のことも曹操のこともよくしっている、劉備といううってつけの男があらわれた、ということなのだ。
もしも、官渡の戦いにおいて、袁紹が勝利をおさめていたなら、おそらくは、勢いに乗じて、すぐさま軍を南に向けてきた可能性はある。
だが、幸いに、とでもいうべきか、勝ったのは、天下のほとんどが予想していなかったことに、帝を擁しているという以外には、なんら勝ち目がないと思われていた曹操のほうであった。
圧倒的な兵力をほこっていると思われていた袁紹の軍は、肥えすぎて身動きのむずかしくなった豚のような軍になってしまっていたのだ。
三世五公という美名が、まさに魔法のように辛うじて軍を統率していたにすぎない。
曹操は、巧みに内部の切り崩しをはかり、最終的には寡兵にて袁紹を打ち破った。
分散された袁紹の軍は、戦意にとぼしく、つぎつぎと曹操に呑みこまれていった。

曹操が勝った。
その報告を受けたとき、おどろきの声よりもさきに、むしろ安堵のため息が、劉備陣営から発せられたのは、当然のことであった。
かれらは、最前線にて曹操と袁紹の対決を見た。
だから、勝ったとはいえ、曹操の勝利は、かなり、ぎりぎりなものであったことを知っている。

関羽は、たしかに曹操は勝ったけれども、あれは先の先を読むことができる男だから、勢いに浮かれて南に軍を向けてくることはなく、まずは、徹底して北の大地に逃げた袁家の一族を狩ることに専念するだろうと言った。
南下するのは、そうして後顧の憂いをすっかりなくしてからにちがいない、と。
すくなくとも数年は安泰だ。
そのあいだに、自分たちは、力を養っていなければならない。

皮肉にも、宿敵といってよい曹操によってもたらされた平和な七年のあいだ、劉備は、新野に居住し、そこで群臣をまとめると同時に、自身もさまざまに勉強をはじめ、文字通り、力をつけていった。
劉備は、かつて若いころに遊学していたことはあったけれど、若かったこともあり、学ぶことよりも、まず街でいかに目立つかということのほうばかりを気にかけていた。
だから、学問はほとんど身についておらず、そのためか、それまでの劉備という男は、動物的な勘でもって、さまざまな危機をくぐりぬけてはきたけれど、一貫した戦略によって行動したことがなかった。
経験と知恵はあるけれども、知識がなかったのである。
その行動原理は、義にかなっているか、いないか、食っていけるか、いけないか。それだけである。
そんな劉備に、あらためて学問をやり直すように進言したのもやはり、関羽である。
関羽は、曹操のつよさは、単に才能や運だけではなく、つねに貪欲になにごとも学ぼうとする姿勢にあることを見抜いていた。
もともとのすぐれた頭脳にあわせて、つよい好奇心と、向上心が結びつけば、たとえどんなに高齢になろうと、人間はおのれの器をどんどん大きくすることができる。
曹操は天才でもあったが、持って生まれた才能に磨きをかける努力を怠らない男でもあったのだ。
実際に、詩作にも励んでいたし、忙しい政務の合い間をぬって、孫子に注釈をつけるといった、実益と趣味をかねたことまでもしてのけている。
進化しつづけるものに対抗するには、やはりこちらも進化をするしかないのである。
おなじところにいてはいけないと、関羽は劉備を説いた。
そして、曹操のもとに集った、有能な軍師たちの存在のことを語り、おなじように、劉備にも軍師が必要だと進言したのも関羽である。
義弟とはいえ、四十を過ぎてなお、関羽のことばを素直に聞ける劉備も、やはり英雄の器であった。
そうして、劉備が目を付けたのは、樊城の人間とはすこしばかり距離をおいている、水鏡という号をもつ男の主催する塾に通う若者たちの一群であった。
最初に劉備は徐元直という、どこか自分たちの気風に似たところのある若者を軍師にむかえることになるのだが、その話はまた別にゆずろう。


こうした流れのなか、陳到は、劉備たちが、一見すれば地味ながらも、着実に力をつけていくその下で、実家を出て以来、はじめて戦場をはなれて、穏やかな暮らしを味わっていた。
ひとりではない。深手から奇跡的な回復をみせた紅霞と、なんとなく共に暮らすようになっていた。
袁紹のもとから逃げる道中も、ずっと看病をつづけていて、新野にたどり着いて、看護のできる女を雇えるようにもなったけれど、それでも陳到は紅霞から離れなかった。
銀兎が、何度か一緒に北に戻らないかとさそいをかけてきたが、しかし、その誘惑に心が揺れることは、もうなくなっていた。
紅霞は、新野にきてから、めっきりと口数が減った。
袁譚に仕えていたこともふくめて、過去に触れることはいっさい、語ろうとしない。
ためしに水を向けてみても、口を閉ざしてしまう。
あたりさわりのない会話には、ふつうに応じたし、傷が癒えて、体を動かせるようになると、逆に陳到の世話をするようにさえなった。

それでも、陳到は不安であった。紅霞がなにを考えているのか、わからなかったからである。
自分の世話をしてくれるのは、傷の手当てをしてくれたことへの恩返しのつもりではないだろうか。
紅霞が、もう十分に恩はかえしたはずだから、北に帰りたいと言い出す可能性はあった。
過去を語ろうとしないことが、逆に、過去にとらわれているようにも想像できた。
紅霞は、捨てられたとはいえ、それでも袁譚に心を残していたことは、自ら身を挺して、兇刃から、袁譚をかばったことが、その証左ではないか。
命を助けられたということだけで、簡単に紅霞が心を変えるとは、陳到は思えなかった。紅霞はそんなに軽い女ではない。
それに生真面目な女であるから、おのれのすべてを捧げて仕えた主家が、いま滅びつつある。それを黙ってみていられないだろう。
いや、そうではなく、もしかしたら、北にある(どこにあるかは、陳到はいまだに聞き出せていない)故郷に帰りたいと思っているのではないか。

かつて上役としておのれの上に君臨していた女との、男女のそれともすこしちがう、どこか緊張感を残した奇妙な共同生活は、一年ほどつづいた。
陳到は、趙雲の副将として、新野にて、本格的に劉備の家臣に加えられたのであるが、あたえられた仕事をこなしながら、紅霞の待っている家に帰るたび、そしてその扉に手をかけるたび、ふと、いつもとちがう様子が家に感じられるたび、もしや紅霞はいなくなってしまったのではないかと、いちいち恐れた。
上役としての紅霞を、陳到は理解していたつもりであったが、女としての紅霞は、陳到は理解できていなかった。
理解しているつもりであったが、共に暮らして、日々を重ねれば重ねるほど、紅霞という女の意外な面がつぎつぎとわかって、ますますわからなくなった。
紅霞は、有能な女であったが、主婦の役割も、みごとにこなした。
陳到としては、紅霞がまさか厨にたって、料理を作ってくれるような日が来るとは思っていなかったので、そういった平凡な女としての紅霞の姿を見るたびに、自分がいままで理解していると思ってきたことは、なんだったのだろうと混乱した。
要するに、陳到も真面目なのである。

そんなふうに日々はすぎていくなかで、流れてくる北の情報は、かつて袁家に近しく仕えてきたものには、つらい内容が多かった。
紅霞にも、その報せは耳に届いているはずである。
だが、なにも言わない。
陳到は、紅霞に、北に帰るきっかけを与えてしまうことになることが怖かったので、なにも切り出せないでいた。
思い出すのは、いつかおとぎ話で聞いた、水浴びをしているところを男に見つかり、羽衣を隠されてしまったがために、男の妻として下界に留まらざるを得なかった天女の話である。
陳到は、羽衣にあたるものはなにも持っていなかったけれど、紅霞の性格からして、命を救われた義理でもって、さして心を傾けていない自分のもとに留まってくれているのではというおそろしさは、いつまでも消えないでいた。
要するに、恐れているということは、この女を失いたくないと、つよく自分が思っている、ということであり、いつのまにか、自分はこの女に惚れているのだということを、ずいぶんと遅まきながら、陳到はようやく理解した。
とはいえ、紅霞がどれほど献身的に袁家に仕えてきたか、それを身近に見ていたからこそ、もし、北に帰りたいと紅霞が切り出した場合、どうしてもと引き止めることが、きっと自分にはできないだろうということも、陳到は理解していた。
このどっちつかずの状況に我慢できずに、勇気を出して、紅霞の本音を聞こうとしたことが何度もあった。
もし、紅霞の意志が、ほんとうは北ヘ行きたいというものであったなら、出立のための路銀をだしてやるための貯金も、こっそりしていたほどであった。

そうして恐ろしさを抱えたまま、悶々と、紅霞とともに暮らして一年。
祝言をあげることもなければ、だれかに自分たちは夫婦だとはっきり言ったわけでもない。
なんとなくそうなったという状況のなか、陳到は、あるとき、じつに唐突に打ち明けられた。
どうやら、子ができたらしい、と。
羽衣ができた、と陳到は思った。
天女をこの世に留めさせるための、大事な大事な羽衣である。
おとぎ話では、天女は、かくしてあった羽衣を見つけると、子どもと夫を捨てて、薄情にもふたたび天に戻ってしまうのであるが、子ができたと言った、そのうれしそうな紅霞の、それまでにない慈愛にみちた笑顔をみたとき、陳到は、紅霞が、北ヘ行くことは、もうないのだと確信した。
そうして思ったのである。
自分という男は、それまで『なんの特長もないことが特長』の、使い捨てにされる一兵卒にすぎなかった。
しかし、紅霞は、あまたいる兵卒たちのなかから、陳到の才能を見い出し、細作としての名を与え、さまざまな任務をとおして、経験を積ませてくれた。
自分は、たしかに汝南の母の腹から生まれてきたが、いまの自分を生んでくれたのは紅霞だ。
そうして、今度は、自分の子までも産んでくれるという。
紅霞に対する愛情というのは、銀兎にたいして強烈に抱いた、心を鷲掴みにされるような、甘く、心がはずむようなものとはちがう種類のものであった。
紅霞に対して、陳到には、畏怖と、何物にもかえがたい、尊崇があった。
子を授かって以来、紅霞という女は、陳到にとっては、母であり、妻である女となった。

それからというもの、陳到にとって、生きるということの意味が変わった。
かつて、陳到が劉備に仕えることを決めたのは、細作としてこのまま生きることに虚しさをおぼえたからだ。
つまり、人並みに、名誉欲に動かされたのである。
だが、紅霞に子ができてから、陳到は、細作であったとき以上に、徹底して目立たない男を演じつづけた。
趙雲にすらひけをとらないと評価される武芸の腕前さえ、めったに人前で見せることをしなくなった。勲功には見向きもせず、趙雲の補佐であろうとしつづけた。
なぜかといえば、紅霞が、子が出来て、はじめて、本音を語ったからである。

まさか、この自分が、母になれるなんて夢にも思っていなかった。
ずっとこんなふうに、平和に暮らしたい、夢のようだ、と。
なにも望まない。贅沢もなにもしたくない。
こんなふうに、平和に、ふつうの主婦として生きることができるのが、なにより幸せだとも、紅霞は言った。

紅霞の言う平和を維持するために、陳到は知恵をはたらかせた。
つよい光を浴びれば、濃い影ができあがる。
つまり、妬みから発するくだらぬ争いに巻き込まれやすくなるということだ。
だから、おのれの腕を隠した。
そのために侮られようと、すこしも気にならなかった。
趙雲といういかにも大将然とした、立派な上役を持てたことが、陳到にとっては、ますます幸いであった。
この容姿のすばらしい男は、ぱっとしない自分をすっかり隠してくれる、じつにちょうどいい盾である。
さらに、小さな小さな人間関係のなかで起こるいざこざに巻き込まれないようにするために、率先して人々から噂を仕入れて、身の振り方の先手を打った。
それは武人らしからぬ、いささか卑怯な振る舞いであったかもしれないし、実際に、そのように同僚から謗られたこともあるが、それでも陳到は気にしなかった。
紅霞のねがいが、陳到にとっては最優先であったからだ。
そうして、生まれた娘たちと、紅霞とで、一緒に過ごすことができたら、それだけで十分だった。
おそらく、国をひとつやろうと、だれかが陳到に言ったとしても、紅霞が要らないと言ったなら、陳到は、なんの未練ものこさず、その話を蹴ったであろう。
陳到にとっての新野での七年間というのは、陳到なりの努力をついやして築いた『平和な』七年間だったのだ。

はじまりがあるのならば、終わりもやってくる。
それは、武人であるから、わかっていた。
あくまで、この平和は、かりそめのものであり、新野が終の棲家になることはない、ということも。
だが、それでも、こんな別れは嫌だった。
うまく逃げられるはずであったのに、徐庶から発せられて、孔明に引き継がれた策が、打ち破られようとしている。
いいや、天下の趨勢なんぞ、このさい、どうでもよい。
なにより宝物のように慈しみ、守り、ともに歳月を重ねてきたものを奪おうとする者がいるというのなら、たとえ相手が百万の軍であろうと、戦ってみせようではないか。
青ざめた空のうえでは、自分を導くかのように、何代目かの雀の欣欣が、まるで道を示すかのようにくるくると、鳶のように、おなじところを回っている。
確信があった。
あの下に、妻と子がいる。
そしてわたしの助けを求めているのだ。

常日頃の、なんとも頼りなさそうな、平凡きわまりない陳到を知る者なら、おどろいたかもしれないが、陳到は、馬上で、まるで獣のように雄叫びをあげながら、黄色い砂塵を巻き起こし、ひたすら一直線に雀の飛ぶ空のしたに向かって行った。
だが、おなじように、ちょうど陳到とは反対側からも、猛然とやってくる不吉な砂煙が、近づくにつれ、見えてきた。



「かあさま、敵です!」
銀の強ばった声に、紅霞は地面に耳をつけて、音をさぐった。
そうして、暗然と、娘のことばがただしいことを確信する。
これは、騎馬兵が襲ってくるときの、ひづめの音である。襲撃者たちは、まさに樊城の方角からやってくる。
つまり、樊城は完全に、曹操に降伏することを決めたのだ。
一回目の捕縛に失敗した劉琮が、ふたたび、夫人を人質にとらえて曹操に差し出すべく、二回目の軍を差し向けてきたのである。
今度は、子供による奇襲ではない。訓練を積んだ、樊城の騎兵隊による追撃であった。
立ち上がり、地平の彼方に見える土煙を見て、紅霞は、護身用として手にしていた剣を片手に、銀をつれて、糜竺のもとへと急いだ。
糜竺の周囲には、その養子たちを中心とした弓兵が何十名か控えているばかりで、とても軍隊と呼べるものではない。
しかも、だれもがみな、安車の下敷きとなり、息も絶え絶えとなってしまっている糜夫人の、あまりのひどい状態に、すっかり士気をなくしていた。

紅霞とて、その光景に揺れないわけではなかった。
かつて敵であった自分を庇ってくれた、恩のある女性である。
その女性の無惨な姿を見るのはつらかった。
つらかったけれど、そこで足を止めてしまったなら、もっと悲惨な運命が待っている。
「子仲さま、兵がやってまいりました。すぐにみなに退避の命令を下してくださいませ。このままでは、夫人ともども、御子までも敵の手に渡ることになってしまいます!」
だが、糜竺は、品のよい顔に、あきらかに疲れと諦めを浮かべ、あろうことか、劉備の子である阿斗をだいたまま、その場にどっかりと座り込んでしまった。
「逃げねばなりませぬ。貴方様が命令を下さねばならぬというのに、なぜに座りこんでいしまわれるのですか?」
紅霞が詰め寄ると、糜竺は、暗い面差しのまま、わけがわからないからこそ泣きもせず、義理の伯父となる糜竺の腕に抱かれている阿斗をあやしつつ、掠れた声で答えた。
「わたしは、ここを死に場所と定めたい」
「気弱なことをおっしゃいますな! まだ敵は、そう近づいておりませぬ。いまのうちに逃げれば、なんとかなるやもしれませぬ」
だが、紅霞のことばに、糜竺は悲しそうに首を振った。
「わたしには、妹を見捨てて、自分ばかり生き残るなどということはできないのだよ。この傷の深さでは、たとえ安車に乗せて移動したとしても、逃げ切ることはできなかろう。ならば、わたしも運命を共にしよう。
主公の足を引っ張らぬよう、捕虜にはならぬ。妹とともに、ここで自刃する」
「いけませぬ! あきらめてはなりません。阿斗さまは、それではどうなるのです!」
そのことばに、地面にあぐらをかいた糜竺は、顔をあげるのであるが、その双眸は、紅霞がおもわずひるむほどに、暗い翳りを帯びていた。
「紅霞どの、まだ十分に走れる馬がある。貴女に重責を負わせることとなって心苦しいのであるが、御子とともに、ここから離れて、関羽どのの部隊と合流してはくれまいか。われら一族は、主公に仕えてより、このような最期を遂げることも覚悟していた。
だが、御子はちがう。これまで、主公のお子は、戦乱の波に揉まれたためか、たとえ生まれても、育たない子が多かった。この御子は、いまやたったひとり生き残った、主公の血を引くお子である。われらと運命をともにさせることはできぬ」
「それをおっしゃるならば、子仲さまとて、ここで果ててよいお方ではありませぬ!」
紅霞がしかりつけると、しかし、糜竺は首を横に振った。
「いいや。あの調練場の楠木のひみつが明らかになったとき、やはりわたしは沈黙の代償として、おのれの命を絶つべきだったのだ。
いまも、子を奪われ、財貨を奪われ、理不尽にも命を奪われた者たちが、わたしを呼んでいるような気がしてならぬ。
われらのことは、気にせず行ってほしい。そして、御子を、かならず主公に」

そんなことはできないと、紅霞が断ろうとしたそのとき、それまで、じっと、となりでやりとりを聞いていた銀が、顔をこわばらせて、紅霞の裳を引いた。
「かあさま、敵が、もうはっきり見えます!」
銀のことばに顔を向ければ、たしかに、敵影は、はっきりとその鎧の形がわかるほどの距離まで迫ってきた。
そして向こうも、こちらにだれがいるのか、気づいたようである。
「いけない! ほら、早く!」
と、糜竺が差し出した阿斗を、紅霞は思わず引き受ける。
「わたしの馬を使うがいい。このなかで、いちばん胆力のある馬だから。さあ、早く! 貴女たちは生き残ってくれ、頼む!」
もはや問答をしている暇はなかった。
紅霞は阿斗を抱え、そしてとなりには、小さな娘をつれて、糜竺の言う、胆力のある馬にまたがった。

紅霞には、たしかに武芸の腕におぼえがある。
とはいえ、それはあくまで細作としての働きのことで、武将のようには動けない。
まして、赤子と、子どもを庇いながら、どこまで行けるか。馬も、女一人、子ども二人の重さに、どこまで耐えられるだろう。
いいや、あれこれと思案している場合ではない。一刻も早く、敵から逃げなければ。
恩のある糜夫人を、そのままにして去らねばならないことは、うしろ髪を引かれる思いがあったが、ここは断ち切らねばならなかった。


平和だった七年間。
最初の一年は、体の傷を癒すのと、自分自身の心の整理をつけるための年月であった。
命の恩人でもあり、そして気心の知れている、かつての部下である陳到とともに暮らし、あるいはその世話をしながら、紅霞は自分の心と正直に向き合った。
かつては、自分が世界を動かしているようにさえ錯覚していた。
それほどに、袁家の力はつよかった。袁家を陰で支えているのは自分だということに、快楽をおぼえていたのは、事実である。
だが、権力というのは、なんと儚いものだろう。
結局は、女であるという理由から、いちばんそうなりたくないと思っていた、母のように、男の情にすがっては裏切られる女にならざるをえなくなっていた。
そのことに気づかずに、捨てられたとはっきりわかってもなお、立場に執着していたのは、なぜだったのか。

静かに沈思のなかにいるあいだにも、時間は粛々と流れており、かつては、その名を守るためならば、命を捨てても惜しくないとさえ思っていた、輝かしい名家の、悲しいまでの没落の様子は、風に乗って北から届けられてきた。
悲しく思わなかったわけではない。
北に帰るべきではないかと、迷ったこともある。
しかし、結局は新野に留まったのは、陳到との生活が、楽しかったからである。
過去のことを口に出してしまえば、きっと陳到は、かつて自分が上役であったことを思い出し、いやな気持ちになるだろう。
袁譚の愛人であったことも知っている男だから、そこもおもしろく思わないにちがいない。
権力を握っているときよりも、退屈で平凡ではあるが、ごくごくほどよいふつうの生活のほうが、それまで波乱に満ちた生活を送ってきた紅霞には、刺激の多い日々であった。
刺激が薄れていくなかでも、平和の与えてくれる穏やかさになれてしまったあとでは、北に戻りたいという気持ちは、ほとんどなくなっていた。
だから、紅霞は、じぶんでもずるいと思ったが、過去のことを口にしようとしなかった。
そこに触れれば、どうしても自然と話は、これからどうするかという話に流れていく。
そうなれば、やはり北に帰るか否かと言う話になるだろう。
紅霞としては、もうそんな気持ちはなかったから、ことばにすることで、陳到が逆に、北に帰るべきだと言い出すことを恐れていた。
陳到が、それほどに袁家に忠誠を誓っていたとは思っていなかったが、しかし、陳到の一族は、みな北にいるのである。
故郷を捨てた自分とちがって、北にいる一族に会いたいという理由で、過去をすべて振り切るかたちで、自分を捨てて……そう、あの若くて美しい銀兎という舞姫とともに……去ってしまうような事態を呼び込んでしまうことを恐れたのだ。

子が出来たと気づいたときに、紅霞はどれだけ安堵したかしれなかった。
正式に婚儀もせずに、なんとなく一緒にいて、徐々に過去を忘れ、そして夫婦となった。
子が生まれれば、それを理由に、北に帰ることをせずにすむ。
陳到も、そんなふうに話を切り出してこなくなるだろう。
そうして、これは都合のよい想いなのかもしれないが、陳到の子を産むことによって、完全に自分は過去をすてて、陳到の妻になったのだという証立てを出来た気がしたのである。
生まれた子は女の子であったが、陳到は、これを目に入れても痛くないほどにかわいがり、つづいて、翌年にまた女の子を生むと、これもまた、大喜びして可愛がった。
この二番目の子は、この混乱のなかで、乳母とともにはぐれてしまった。無事であるといいと思う。
二人の娘を得た陳到は、紅霞が予想していなかったほどに、よい父、よい夫となった。
だから、紅霞もまた、よい母、よい妻となることに決めた。
もう、権力も、華やかな暮らしも求めない。平和で穏やかに暮らしたいと、紅霞は陳到に打ち明けた。陳到もそれがいいと喜んだ。

それまでのことが嘘のようなほど、幸福な七年間だった。
多くの人間の運命を握ったことすらある自分に与えられるには、過分なほど幸福な歳月であったようにも思える。
いつか、この反動が来るかもしれないとさえ、紅霞は思っていた。
もしかしたら、いま、このときが、恐れいていた反動なのかもしれない。


「しっかり捕まっているのですよ。すこし乱暴に走らせますからね」
なるべくしっかりとした声で語りかけてやりたいのであるが、しかし口から出た言葉は震えている。銀はこくりとうなずくと、乗った馬の背にある馬具を、しっかりつかんだ。
紅霞は正面に縛り付けるようにして、阿斗を抱えている。
つまり阿斗は、銀と紅霞のあいだにはさまれるような形となった。背中に負ぶって、弓の的にされてしまうことを恐れたためである。
馬を走らせる直前、紅霞はちらりと糜竺たちを見た。
かれらは、主と運命を共にする覚悟を決めたらしい。
やってくる、騎馬兵たちにむかって、それぞれが、悲壮な面持ちで弓を構えはじめた。
これが、幸福の幕切れなのか。兵卒たちや部将たちのなかには、見知った顔もたくさんある。
かれらの最期の姿を、目に焼き付けておきたかった。

そうして、馬を走らせようとしたとき、銀が叫んだ。
「かあさま、新手です。ほら、あっちから!」
気丈な銀が、さすがに悲鳴のような声をあげて言う方向を見れば、たしかに、猛然たる勢いで、同じく騎馬隊がこちらに向かってくるのが見えた。
曹操が、新野もすでに飲み込んで、もう追いかけてきたというのか?
「いけない、早く」
逃げなければ、と言いつつ、馬腹を蹴ろうとした紅霞であるが、その一団の先頭の男、なにやら、とても見覚えのあるような。
もしやと思いつつ、馬首を、新野の方向からやってくる一団に向ける。
すると、たしかにその先頭の男は、叫んだのである。
「待っておれ! いま助けるぞ!」

つづく
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