七夕フェスタ リクエスト企画 第五弾 結城さまからのリクエスト

寒蝉の恋

リニューアル版 十六回目

かつての趙雲の主君で、公孫瓚、字を伯珪は、劉備の兄弟子でもある。
公孫瓚と袁紹の対立が激化していくと、劉備は兄弟子であった公孫瓚を助けるために、部下を率いて、薊へむかった。
そこで、劉備と趙雲は出会ったのである。
劉備が公孫瓚のもとに留まっていたのは、一年にも満たないあいだであった。
翌年には幽州を去り、徐州の陶謙のもとへ向かったのである。
公孫瓚という人物は、名門公孫氏の出であるが、本家とは遠い血筋で、出世とは縁遠いところにいた。
だが、容姿が抜きんでて秀でていたことを理由に、太守に引き立てられ、娘婿に選ばれた。
成功のきっかけが自身の容姿であったことも要因で、公孫瓚は、とくに派手好みとなっていた。
趙雲が所属していた白馬義従もそうであるが、ともかく目立つもの、判りやすい派手さをもつものを好んだのである。

「白馬義従だな。それは噂に聞いたことがある。白というのは特にえびすの恐れる色で、そのうえに洗練された馬術を駆使して襲ってくるものだから、その姿を見ただけで雪崩をおこすように、みな逃げていったと」
孔明が言うと、その、ほかならぬ白馬義従に従事していた趙雲は、にがい笑いをうかべた。
「その白馬義従が、もっぱら相手にしていたのは、だれだか知っているか」
「つねに最前線に配置されていたのではないのか」
孔明が首をかしげるようにして問うと、趙雲は皮肉めいた笑みをうかべたまま、こたえた。
「ちがう。俺たちが敵として戦ったのは、そのほとんどが夷狄であった。理由はわかるか」
問いに問いでかえされて、孔明は困惑したような顔をしたが、素直に頭をひねったあと、答えた。
「えびす討伐によって、名を挙げるためか」
すると、趙雲は、勘のよい孔明の答えに満足したように、深くうなずいた。
「そうだ。公孫瓚には大望があった。それは、いつか幽州を出て、袁家をも凌ぐ力を手に入れて、天下をおのれの手中にすることだ。
しかし残念ながら、公孫瓚が勢力としている土地は、中央から見れば、北の僻地。ふつうの功績では、その名を天下にひびかせることはできない。
どうすればよいかと、公孫瓚は、公孫瓚なりに知恵をしぼったのだ」
「わかったぞ。その手段は、単純であるが、効果のある、しかし残酷な手段であったというわけだな」
「ああ、そうだ。夷狄をはじめとする、漢族にとって『人ですらない』北方の異民族を、徹底的に討伐するのだ。かれらに咎があろうとなかろうと、いっさい関係ない。公孫瓚は、漢族以外の民族は、人として見られないことをよく知っていたのだ。
なぜなら、皮肉なことだが、公孫瓚自身、中央にほどちかい勢力からは、蛮族と変わらぬと蔑まれていた。その蔑みが深いものであると自身でわかっていたからこそ、自分がどれだけ蛮族を狩ろうと、褒め称えこそすれ、だれも責めはしないということを知っていた」
孔明は、ひざに自分の肘をおいて、頬杖をついて、暗い瞳で趙雲のことばをうけた。
「話は大きく、華やかであったほうが、広くとおくにまで伝わりやすい、か。想像がつくな。
漢族の平和を守るのだという大義名分のもと、きらびやかな武装をもつ、純白の駿馬にまたがった純白の衣を着た精鋭たちの軍団が、異民族をつぎつぎと討ち取っていく。
さぞ見栄えのする光景であったことだろう。すくなくとも、表立ってはそうだったのだろう」
「公孫瓚という男は、自分の名を高めるために、夷狄を生贄としてほふったのだ。それが、音に聞こえた白馬義従と、公孫瓚という人物の実体、つまりは、俺がしてきたことの正体だ」

投げやりにも取れる態度で付け加える趙雲に、孔明は柳眉をしかめて言った。
「なぜそんなことを言う。公孫瓚のところにいたとき、まだ十五、六だったのだろう」
「十五であれば、立派な大人だ。自分のしていることを、もっと自覚しておくべきであった。気づくのが遅すぎたのだ」
その言葉に、孔明はむしろ、ちいさく笑った。
「あなたは真面目なひとだな。ほんとうに、武将にしてはめずらしいほど反省をする。だから能力に幅があるのだろうが、それでは苦しいだろう」
「苦しい?」
孔明の言葉を、ふしぎそうに鸚鵡返しにする趙雲であるが、孔明は、なにをおどろいているのか、というふうにうなずいてみせた。
「いつまでもおのれに妥協しないからこそ、能力は向上をつづけるが、それではいつまでたっても心が満たされまい。たまには、あえておのれを休ませてやったほうがよい」
と、孔明はここで言葉を切り、笑った。
「とはいえ、休ませたら休ませたで、あとで、なぜおのれを休ませたのかと、腹を立てるあなたの姿も、容易に想像できてしまうな」
「あのな、提案したあとに、自分ですぐに否定する、という妙なことをしないでくれ」
すると、孔明は屈託なく笑った。
「すまないな。いつもはこんなことはないのだが、あなたを前にすると、不思議と口が軽くなる。気を使わなさ過ぎるというのもいけないな。さて、わたしも反省したところで、話を進めようか」

趙雲は、やれやれと言いながらも、ことばを続けた。
「公孫瓚の苛烈な仕打ちは、多くの恨みを買った。想像しなくてもわかるだろうが、それが、公孫瓚の首を絞めることとなるのだ。
夷狄になにも問題がなかったわけではない。乱世の混乱に乗じて近在の村を襲い、掠奪をくりかえした。
ただ、これを討伐するだけならばよかったのだろうが、あまりにやりすぎた。おのが名声を高めるために、降伏した者にも容赦がなかったからな。
投降した者たちは、若い者は宦官するために売り飛ばれた。だが、ほとんどは、みせしめのために殺された」
「ひどいな」
「ああ、ひどい。それは、日を追うごとに苛烈になっていったのだ。当然だが、夷狄たちはこれをふかく恨み、復讐のために、何度も押し寄せてくるようになった。

俺が公孫瓚のもとに留まっていた最後の一年は、白馬義従など、もはや名前だけのものに成り下がっていた。夷狄たちのほうも、はじめのように、俺たち白い姿を見ても、恨みのほうがまさって、もう恐れなくなっていたくらいだ」
「主公は、公孫瓚とは私塾の同窓だったと聞いたぞ。わたしで言うなら、水鏡先生のところでともに学んだ、徐兄とわたしのようなものかな」
「そうだ。兄弟弟子だったのだ。言うなよ」
「なにを言うなって?」
孔明がふしぎそうにすると、趙雲は答えた。
「公孫瓚は、すくなくとも主公には、俺がいま言ったような面は見せなかったのだ。見栄もあったのかもしれないが、主公は、昔から仁徳を看板に掲げていたから、そういった主公に、自分のしている本当のことを見せたくなかったのだと思う」
「その主公も、一年と公孫瓚のもとにいなかったのだったな」
「そうだ」

短くこたえ、昔を思い出しているのか、すこしぼんやりとした顔をしている趙雲に、孔明はたずねた。
「だから主公にお仕えしようとしたのか」
「なんだって」
「いや、袁紹のところから、公孫瓚の元に移った理由はわかっているけれど、公孫瓚のところにいるときに、主公に仕官しようとしたのはなぜだろうと思っていたのだ。嫌な話であるなら、言わなくてもよい」
「嫌な話というわけでもないが、そうだな、公孫瓚の実のない態度に気づいていたからというのはあるな」
とだけ答え、趙雲は、それ以上は言わない。
すると、孔明はおもしろくなさそうな表情をうかべた。
「主公も、公孫瓚の元にいたときの様子をお話になるときには、妙にことばが少なくなる。あなた方のあいだで、きっとあまり人にはしゃべりたくない、大切な思い出があるのだな」
孔明の気むずかしい表情に、趙雲は困惑しながらも答える。
「隠し事はなにもないぞ。ただ、こう、なんというか、うまく言葉にできないものがあるのだ」
「その言葉に出来ない部分というのが、きっとあなた方のあいだにだけあって、ほかの者がだれも入りこめないものなのだろう。言わなくてよい。わたしが不躾だった」
「難しいヤツだな。話がさっぱり進まぬ。そもそも俺の話ではあるまい。劉虞だ」

趙雲にうながされ、孔明は表情をあらためると、身を乗り出した。
「そう、劉虞だ。話してくれ」
「劉虞と公孫瓚が対立するようになったのは、主公たちがいなくなった後だった。劉虞は、公孫瓚とはまったくちがい、夷狄に対して宥和策をとっていたのだ。
そのため、公孫瓚に恨みを抱いている夷狄は、劉虞に近づく。
すると、公孫瓚は、夷狄どもが勢いに乗っているのは、きっと劉州牧が影で煽り立て、金や武器をわたしているからに相違ないと思い込み、ふかく恨むようになっていたのだ」
趙雲は、ことばを切ると、孔明にたずねた。
「劉虞のことを、どれだけ知っている?」
「そうだな、東海恭王の子孫であり、血筋も正しいことから順当に出世をかさね、中央の尚書令、そして光録勲までつとめた人物である、ということかな」
「そうだ。劉虞は、やはり、その育ちがちがったこともあったのだろうか、公孫瓚とは対照的な人物であった。
異民族への対策に関し、劉虞は穏便に、うまくこれを手なづけることに重点を置いたのだ。そのために、異民族は多くが劉虞に心を寄せた。
皇室の一族だということが、大きな影響をおよぼしたことにまちがいはない。
主公の例をあげるまでもなく、劉氏は、やはり抜群の知名度を持つ。漢王室に対する尊敬も、民のあいだにはまだまだ残っているから、劉虞は、漢族からも恨まれることがなかったのだ」
「それでは、いままでの話からすると、公孫瓚の恨みは嫉妬も混ざって、たいへんなものであっただろう」
「そうだ。公孫瓚からすれば、劉虞は、劉氏というだけで、あこがれ、夢見ている中央で出世し、うまくすれば帝位さえのぞめる身。いや、実際に、袁家から、帝位に就かないかと誘われている」
「袁家とつながってきたな」
「袁家は、俺からすると、やはり名門であり、漢王室と近すぎるということで、恐れがあったのだと思う。
だから、自分が皇帝になろうとする前に、自分たちの意のままになってくれそうな劉姓の男を探した。そいつを、いまの皇帝を廃した後に、帝位につけようと画策したのだ。
選ばれたのが劉虞だった。だが劉虞も愚かではない。袁家のさそいを、劉虞は跳ねのけてみせた。
しかし、公孫瓚は、そのあたりの事情を、よく読みきっていなかったフシがある。だからこそ、帝位への誘いを断った、ずいぶんと小癪な男に見えただろう。公孫瓚は、それを隠さなかったよ。
夷狄への対処について、劉虞と対決したとき、公孫瓚は容赦なく軍を繰り出し、劉虞を攻めたて、これを捕縛した」
「あなたが捕らえたのか」
「いいや。俺は、その戦には参加はしなかったのだ」
「なぜ。白馬義従は投入されなかったのか」
「いいや、ほかの連中はちゃんと戦に出た。けれど、俺は外されたのだ。もうその頃には、俺があまりにたびたび具申するので、公孫瓚は、俺を警戒するようになっていたのだ。
俺のように不満を持っているやつに、軍を預けられないと思ったのだろう。俺は、わずかな部下とともに、公孫瓚の本陣の護衛をつとめたのだ。そのときに、捕虜として引き据えられてきた劉虞を見た」
「そうか」

孔明は、思惑がはずれたというふうに、むずかしい顔をして、趙雲にたずねる。
「では、あなたと劉虞との関わりは、ほとんど無いに等しいということか」
「いいや」
短く答えると、趙雲は、伏目がちになって、口をまげた。
「まだ先がある。劉虞が捕らえられたとき、その処遇をめぐって、陣内が割れたのだ。なんであれ、漢王室に連なる人物を殺すわけにはいけない。
俺は劉虞の処刑を反対したのだが、公孫瓚は、劉虞は、恐れ多くも、帝位を狙う謀反人であると主張して、処刑を強行したのだ」
「ひどい話だな」
「ひどい光景だった。あえて忘れようとしていたのだがな」
「処刑に立ち会ったのか」
「言い訳をするつもりはないが、立ち会わねばならない状況だったのだ。公孫瓚は、つよい猜疑心にとりつかれていた。劉虞の処刑を反対した者たちを警戒し、ちいさな罪で処罰をくだし、追放したり、あるいは処刑をしたりすることを繰り返すようになっていた。俺も、目をつけられたひとりだったのだ」
「あなたは、大人しそうなのに、はっきり言うからな」
「あえて諫言する勇気を持たずして、なにが臣か」
「ああ、そうだよ、そのとおりだけど。話の腰を折ってすまなかった、先をつづけてくれ」

「うむ、いま思うに、俺も当時は必死だったのだ。俺一人の問題であるのならばともかく、俺の部下や、同じく常山をともに出た仲間たちの命にも関わってくる話だからな。
劉虞の処刑には反対したが、公孫瓚に背くつもりはない、というところをどうしても見せておかねばならなかったのだ。
なにせ、公孫瓚は、結局、強く反対していた者を、ほとんど同じように処刑してしまい、だれもなにも言えない状況になっていたからな」
「公孫瓚が滅んだ理由が見えてきたな」
「ああ。気づくと、俺は、孤立した状態にあった。このままでは、他の者たちと同様に、じきに公孫瓚に、同じように処刑されてしまう。ほかに選択肢はなかった。公孫瓚の勘気を解き、油断させるために、あえて劉虞の処刑に立ち会うことにしたのだ」
趙雲が言うと、孔明は声を高くた。
「それだよ、子龍。あなたの同郷の夏侯蘭が口にしていた『やんごとなきお方を見殺しにした』というのは劉虞のことを指しているのだ。
そうだとすると、合点がいく。ほかに、当時の人間で、あなたと関わりがある故人で、蘭の言うような貴人は思いつかぬ」
趙雲は、おおいに眉をひそめてみせた。
「いきなり話が戻ったな。あいつらが、劉虞の残党だというのか」
「そうだ。そうだとすると、袁家に恨みを持っていることも、あなたを殺そうとした理由もわかってくる。
袁家は、公孫瓚のねたみをあおる原因をつくった、つまりは劉虞の死のきっかけを作ったのだ。あなたは、劉虞を直接殺した公孫瓚の元部下で、劉虞の処刑に立ちあっている」
「しかし、夏侯蘭が俺の前にあらわれたのは、劉虞の処刑から七年も経っていたぞ。そのあいだに、なぜ襲ってこなかった」
「そこはそれ、単純な話さ。あくまであなたを襲った理由の『やんごとなきお方を見殺しにした』というのは口実にすぎぬ。夏侯蘭は、主公のもとにいるあなたを見て、それこそ嫉妬したにちがいない。
少年のころ、同じ日、同じ時に同じ村を出た。しかし、その運命は、まさに明暗。あまりにあざやかに分かれてしまった。
あなたはね、見た目がとても立派なので、実際以上に成功しているように見えるから、むごい運命をたどらねばならなかった夏侯蘭たちの嫉妬を、おおいにかきたてたのだ」

とっさに、趙雲の脳裏にあるのは、播天流のことであった。
じいさまの推測によれば、播天流の趙雲に対する執着にも似た恨みは、やはり嫉妬からくるものであったという。
俺はすこしも立派でもなければ成功もしていないのに、連中はなにを見て俺を嫉妬するのだろう。
「なぜ、おのれが嫉妬されるのかと、困惑している顔だな」
と、孔明がずばり言ってきた。
遠慮のないやつだと思いつつ、そうだ、と答えると、孔明は、そんなこともわからないのか、と言いたげな顔をしつつ、つづけた。
「嫉妬されるのも当然だ。なにせ、あなたはこのわたしの主騎だからな」
「なにを言い出す」
「なにをもあるか。つまり、あなたは伏したる龍の名をもつ、このわたしの主騎となる、じつに輝かしい運命を約束された身であったから、みなの妬みや恨みを買ったのだ」
「待て。蘭も、播天流も、俺がおまえの主騎になる運命を読んでいたというのか。そんな細かい未来を読める、というほうが、よほどすごいという話だろう。無茶苦茶だぞ、この能天気」
しかし孔明は、しれっとして言ってのける。
「そうだ、わたしは能天気なのだ。だからだれに嫉妬されようと、ちっとも痛くもかゆくもない。そういうわけで、あなたが嫉妬されたり恨まれたりする理由は、すべてわたしのせいにしておけ。
わたしの代わりに災難であったな、子龍。いままでご苦労。あとはわたしが引き受ける」
冗談なのか本気なのか、呆れている趙雲に、孔明は、少年のように屈託なく笑うと、表情を引きしめた。

「さて、夏侯蘭たちが劉虞の残党ではないかと仮定できたわけだが、この劉虞に、成長期にある少年たちを集めて、これを拷問にひとしい恐ろしい方法でもって肉体を改造し、刺客として育て上げるということが出来たか、だ。
ことばで言えば簡単だが、実行するのは容易ではない。金も場所も必要だ。
となれば、相当な一族でなければ、それは為しえなかっただろう」
「俺が蘭たちと別れたのは袁紹の元だった。劉虞の軍ではない。たしかに蘭の言葉だけを引けば劉虞と結び付けられるかもしれぬが、それだけでは弱い。
袁家ならば、蘭たちをあのように変えてしまうことも可能な財力と人材を持っている」
「けれど、当の本人たちが、主は袁家ではないと、否定したのだろう」
孔明が、なかなか納得しない趙雲に、不満そうな声を漏らす。
趙雲は、わかった、というふうに手ぶりでそれをおさえると、言った。
「よし、では、蘭たちが、劉虞の残党だったとしよう。劉虞の一族が、いまになって恨みを晴らすべく、袁術の血筋を狩っていたとする」
「うむ、叔至の奥方を狙ったのは、袁譚の顔を踏みつけにした、という理由ではなく、もっと根深い怨恨だったとしたら、筋が通らないか」
「袁譚の顔を踏みつけにした? そんなことがあったかな」
首をひねる趙雲に、孔明のほうが怪訝そうな顔をする。
「ちがうのか」
「いや、あのときは色々とごちゃごちゃとあったからな。そういったこともあったのかもしれぬが、忘れた」
「ほう、元部下の奥方が、かつて自分を慕っていた女だというのも、忘れている様子だな」
「だれがだれを? おまえ、聞きまちがえていないか」
「あれだけ長い話のなかでも、一番おもしろいところを聞き逃すものか。たしかに、あまりに長すぎるうえに、まだ終わっていないほど長い話であったから、途中でうつらうつらしかけたのも認めるが、そこは聞きまちがえておらぬ」
きっぱりと言ってのける孔明に、趙雲はあきれつつ、いった。
「わかった、好きなように誤解をしておけ。あとで叔至に確認する。あいつ、たまに大ぼらを話に混ぜるからな。
ともかく、蘭のことだ。俺がわからないのは、蘭たちが、俺が劉虞の処刑に立ち会っていたことを、なぜ知っているのか、ということだ」
「捕縛されたあとの劉虞の世話を、あなたがしていたという話ではないのか」
「いいや、捕虜として引き据えられてきたときに見たのが、もっとも間近で見た劉虞だった」
「あなたが手を下した、というわけでもないのだよな」
「まさか。ちゃんと楽に殺してやれる技術を持っている処刑人がやった。劉虞は、立派な男だったぞ。形場に引き据えられてきても、一言の命乞いも口にせず、みごとな最期を遂げた。あれで、よけいに公孫瓚の株が落ちたほどだ」
「言葉はかわしたのか」
「いや。目が合うこともなかった。劉虞は、俺の名すら、知らなかったはずだ。将軍職でもない男のことを、おぼえるはずもない」
「まあ、そうだな。ふむ、こう考えるとどうであろう。と夏侯蘭は劉虞を助けようとして処刑場にもぐりこんでいたが、そこで、たまたま知った顔であるあなたを見て、殺意を七年間たぎらせていた」
「しかしそれでは、蘭は、そこにいた者たちを、片端から殺さねばならなくなるということだぞ。そんな話があるものだろうか」
「そうだったのじゃないかな」
「なに?」
「その後の、公孫瓚はどうなったのだ」
「知っての通りだ。滅亡した」
「あなたのほかに、処刑場にいた者たちもだろう」
「そうだな、ほとんどみな、死んでいるだろう。公孫瓚に処刑されたもの、追放され、それきり行方の知れぬもの、易京の戦において、討ち死にしたもの、あるいは捕らえられ、そのあとに殺された者。
あの場にいた者のほとんどが、なんらかの形で、もうこの世にはいない」

「なぜそうなったのか、教えてくれ」
「劉虞さえいなくなれば、万事はうまくいくと、公孫瓚は考えていたのだ。しかし、読みちがえていた。
夷狄どもの勢いは、まったく衰えることはなかったのだ。
劉虞を処刑したあとになって、夷狄どもを煽りたて、金や武器を渡していたのが、袁家であることがわかった。そのときにはもう、取り返しのつかない状態になっていたのだ」
「なぜ。袁家が押し寄せてきたからか」
「それもあるが、公孫伯珪は、家臣たちをないがしろにしすぎたのだ。袁紹と対峙することになったとき、有能な士人は、ほとんど側に残っていなかった。
だというのに、公孫瓚は、この期に及んでもなお、おのれに諫言する者への処罰の手を緩めようとはしなかった。
そのためか、公孫瓚は、どんどん放埓になり、奢侈に耽るようになっていったのだ。
公務すらまともに果たさず、妾や下女たちとともに、内に籠もるようになった。
俺も、ぎりぎりまでは、諫言を止めることはなかったのだが、それがアダになった。公孫瓚が、俺しを捕らえようとしているという話が聞こえてきたので、俺は部下を連れて逃げることにした。
そのとき、兄の訃報が入ってきたのだ。葬式に出ることを口実に、無事に易京を出ることができた。運がよかったからだと思う」
「逃げたのとはちがうだろう、そういうのは、見切りをつけたと言うのだ」

言いながら、孔明は、納得したように、うんうんとうなずく。
「だが、これで確信を持てた。子龍、公孫瓚を滅ぼしたのは劉虞の残党、いや、それも語弊のある表現だとおもうが、夏侯蘭たちの裏工作ではないかと思う」
孔明のことばに、趙雲は思わず反駁した。
「莫迦な。なにを根拠に」
「荒唐無稽な話ではない。似ていると思わないか。偶然だろうか」
「なにが」
「劉表だ。劉表にとっての壷中、そして風狗と、公孫瓚に対しての夏侯蘭たち」
思いもかけないことばに、趙雲は、あきれたように言った。
「どちらもおなじ細作というだけではないか。強引だぞ」
「そうかな。わたしには、はっきりと見えてきたものがある。
劉虞は、たしかに公孫瓚によって死んだが、それにつらなる一族が、劉虞から引き継いで、蘭たちを動かしていたと仮定しよう。
ただ、細作というものは、基本的には、金によって動く。あなたと対等に渡り合えるだけの熟練した腕を持つ者たちが、黙って亡き主のために、何年もただ働きをつづけるとは思えぬ」
「俺が納得できないのは、蘭の性格のこともあるのだ。
蘭が劉虞にそれほど心酔しただろうか。蘭は、まるで漢王室に縁がなかったし、忠義心によって、義勇軍に参加したのでもなかった。村では食い詰めるからという理由で、俺についてきたヤツだったのだぞ。
夏侯の姓を名乗っているとはいえ、蘭の実家の格は、俺の家より低かった」

「ではね、最初に戻るが、あなたとは別に、袁紹軍に義勇軍として残った蘭たちが、なんらかの理由で細作として抜擢され、恐ろしい目に遭わされ、あのように、小人の姿にさせられてしまい、刺客として育てられたとしよう。
まず、あなたが引っかかっているところは、如何なる理由で、袁紹軍にいたものが、劉虞の部下になったのか、というところではないのか」
孔明のことばに、趙雲は深くうなずいた。
「袁紹と劉虞は、帝位をめぐっては対立していたが、そのほかの点では、関係は優良だった。
あのころ、袁紹は、劉虞を盾に使っていた節がある。
つまり、先に劉虞と公孫瓚を戦わせ、公孫瓚の力を弱めようとしていたのだ。大量の武器や兵卒が、袁紹から劉虞に提供されている。それは俺が、自分の目で確認したから、まちがいはない」
「武器や兵卒か」
「そうだ」
と、うなずいてから、趙雲は、自分のことばに、はっとなった。
「そうか、そのなかに、蘭たちが含まれていた」

孔明は、そのとおりだというふうに、大きくうなずいた。
「最初、蘭たちを刺客として育てたのは、袁家なのだ。そう考えるのが、無理のないところだろう」
「袁紹に育てられ、武器とともに劉虞に供与された。しかし、劉虞は捕らえられ、処刑された。そうなれば、連中は、また大人しく袁紹のもとへ帰ればよかったのに、そうはしなかった」
「うむ、劉虞に貸し出されているあいだに、おそらく、おそらく、袁紹のところよりも、もっと連中のこころにかなう雇い主が現われたのだろう。
そして、その者によって、自分たちを変えてしまった者への報復をふくめて、動くようにと言い含められた。つまり、蘭たちにとっては、細作としての行動は、それ自体が復讐であったのだとしたらどうだ。
では、蘭たちの主であるが、それは何者か。
曹操ではない。
夏侯蘭の口ぶりから推測すると、漢王室をないがしろにしている曹操に仕えているとは思えぬ。それは壷中の風狗もおなじだ」
唐突な名に、趙雲は首をひねる。
「おまえは、壷中の風狗と、蘭たちを結び付けて考えているようだが、その根拠はなんだ」
「結び付けているというよりは、どちらも、同じ組織の仲間で、同じ主に仕えているのだと思っているよ」
「同じ?」
「そうさ。これだけ似ている組織もめずらしい。
細作であるということ、そして女子どもを使って色仕掛けをおこない、対象を骨抜きにするという手法。同じ組織内において、前線に出る者が裏切らないように、人質をとる、というその考え方。
なによりの共通点は、劉姓の者が、かれらにつよい影響を与え、その影響ゆえに、かれらは別の組織から、いまの主のもとにひざを折っているということだ。
風狗の場合、蘭たちの組織を真似た播天流の壷中によって育てられたが、許都にて本家の組織と接触し、自分の組織を裏切って、本家のほうに入ったのだ。
つまり、壷中の一部が、風狗とともに、本家本元の組織に合流したのだよ。
風狗が変わった理由。これは、当の風狗の動きからだけでは推測できなかったが、夏侯蘭たちの動きと、なぜあなたを襲ったのか、その理由を推測して、はじめてわかった。
風狗も、夏侯蘭も、自負心のつよい性格だ。それが、単に説得されたとか、あるいは報酬がいいというだけの理由で、簡単に他勢力になびくとは思えない。
つよい動機が必要だよ。かれらの自負心にかなうような、強烈な動機だ。
風狗は、奇妙なことを口にしていただろう。自分は尊い劉氏の血を引いていると。曹操に仕えているなら、そんなことをいうものか。
おそらく、劉氏の血を引いているという自負が、なにより風狗を動かしている動機にちがいない。つまりは、それだけ漢王室に対する忠義の心がつよい、ということでもある。
その風狗が変わったという場所は、許都。曹操のほかに、許都には、だれがいる」

劉虞につながる者、許都にいる者。
その連想に、趙雲はぞくりと身を震わせた。
孔明は、まなじりをつよくして、真正面から趙雲を見すえる。
その表情は、鏡のように澄んでいた。
風狗、そして夏侯蘭の背後にいる者。
「帝だ」

十七回目につづく
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