七夕フェスタ リクエスト企画 第五弾 結城さまからのリクエスト
寒蝉の恋
リニューアル版 十四回目
手足の先ばかりが大きく、頭の目立つ、まるで大人が、見えざる手で頭からつよくおさえつけられて、身をちぢまされてしまったような、その奇妙に不恰好な姿をした小人は、うろたえる趙雲の顔を見据え、顔をゆがめて笑った。
「夕闇で俺がわからぬか。せっかくの再会だというのに、味気ない。おまえは友達甲斐のない男だよ」
「おおきなお世話だ」
趙雲もまた、小人から目をそらさずに、無感情に言いかえし、さらに槍をにぎりしめた。
「貴様、何者だ?」
「見てもわからぬか。やれやれ、あせっておまえを討とうとしなくても良かったということか。俺は、てっきり、おまえに姿を見られてしまったと思っていたよ」
そう言うと、少年の姿をした何者かは、しわがれた声で、またわらった。
「しかし、おまえは気づいていなかったとは。おまえとは、袁譚の幕屋のなかで、何度か顔を合わせていたのだが、それすらもおぼえていないのか?」
「かすかに記憶にある。袁公子の横にはべっていた、侍従の一人か? 子どもの一人かと」
「木を隠すには、林に隠せというわけさ。子どもがずらりとならぶなかで、俺のような姿の者がいても、すこし変装するだけで、思いこみが邪魔をして、まさか子どもと変わらぬ背丈の大人がそこにいるとは、なかなか思わない。ほかの子どもと同じように見てしまう。
しかし、おまえは、俺のほうを、はっきりと見た。気づかれた。いや、思い出されたのかと思ったよ」
「思い出す?」
怪訝そうにする趙雲に、小人は小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「ふん、俺のほうを見て、なにか勘づいたと思ったのは、思いちがいだったというわけか。まあ、どちらにしろ、おまえは殺す予定だった。やんごとなきお方を見殺しにした罰としてな」
小人は、ここで、くぐもった声で笑った。
「俺が、だれを見殺しにしたと?」
趙雲が問うが、男はそれを無視し、歌うようにつづけた。
「おまえと目があったように感じたのは、おまえに対する羨望が、そんな錯覚を見せたのかもしれないな。それにしても子龍、おまえは予想通りに立派になった。顔だって、親父さんにそっくりだ」
その言葉に、趙雲は、両手で槍をつかみなおした。
じわじわと迫るような小人の言葉に、さきほどまで冷徹そのものであった趙雲の表情から、余裕がなくなっていく。
「同じ日、同じ時に村をでたというのに、なんという不公平な運命だろうなあ。公孫瓚の元へ向かったおまえたちは、結局のところ生き残り、俺はこんな姿に変わってしまった」
「おまえは、常山真定の者なのか? 俺と一緒に義勇軍に参加した?」
いぶかしる趙雲に、間合いを取りながらも、少年の姿をした何者かは、趙雲の発する気が、さきほどよりだいぶ鈍っていることを喜んでいた。
さながら、獲物をいたぶる獣のように、酷薄そうな笑みを浮かべながら言う。
「わからずとも仕方ないか。俺の心は変わらぬが、姿はあまりに昔とちがう」
趙雲は、槍を何度もかまえながら、逢魔が刻の視界のあやふやななか、顔をしかめて、少年の顔を見る。
かたわらにいる陳到には、趙雲が、少年の正体に気づきはじめているのがわかった。
趙雲のこめかみより、汗がひとしずく、流れて落ちる。
ゆっくり、趙雲が口をひらいた。
「おまえは、蘭か? 夏侯家の?」
趙雲が名前を口にしても、小人は、からかうような笑みをおさめず、平然としている。
一方の趙雲は、すっかり狼狽していた。
答えぬ小人の表情のなかに、かえって答えをみつけてしまったのである。
「蘭か? 本当にそうなのか?」
「いまごろ気づいたか。鈍いやつだ」
と、小人は嘲いながらいう。
「俺がだれだかわかった。おまえの幼なじみの蘭だ。背は子どものままだが、顔は、俺の死んだ親父にそっくりだろう? 仲間にもよく言われるよ、親父さんに似てきたって」
その言葉は、趙雲を完全に打ちのめした。
さきほどまで趙雲の全身を包んでいた、炎のような殺気は、すっかりうせている。
「ありえぬ」
ひくく趙雲が言葉を漏らすと、蘭の口端はおおきく歪んだ。
「ありえぬ、か。したり顔のおまえの顔が、そうして歪むのを見るのはたのしいな。ならば、俺がこの身になっておまえの前にあらわれたことを、おまえはどう説明してくれるのだ」
「莫迦な……なぜだ! おまえは、村を出たときは俺とおなじくらいの背だった。小人などではなかった。なぜそのような姿に変わってしまったのだ?
病のためか? そうなのか? 袁軍に残った者たちも、みんな病になったのか?」
と、趙雲は、うろたえつつ、周囲を見まわした。
それは、自分がいま打ち倒した者たちのなかに、かつての旧友たちの姿がないかを確認しているのである。
その、将らしからぬ姿を見て、小人は、満足したように鼻を鳴らした。
「病なんぞではないぞ、子龍。なにも生まれついての者ばかりが、小人になるとは限らない。世の中には、いろんな方法があるのさ。
たとえば、薬を使うとか、成長を止めるために、壷に押し込めて過ごさせる、とかな」
その話に、さすがの陳到も、ぞくりと全身を震わせた。
兵卒たちが、暇つぶしに語る怪談のなかには、本当に行われたのかどうか、かなりあやしい拷問についての話があるが、まさか、そんなことを現実に行うものがいて、その犠牲となった人間がいるとは、これまで夢にも思っていなかった。
しかし、趙雲にとって、その話は、むしろ冷水を浴びせられるのにも似た効果をあらわしたらしい。
趙雲は、ゆっくりしずかに息を吐くと、ゆるめかけていた手に、ふたたび力を入れた。
「本当か」
「疑うのか? おまえたちと袂を分かった俺たちが、どんなふうに扱われたか、くわしく説明してやってもよいのだぜ。それとも、俺がこの身に成り果てた顛末を、こと細かに冥府へのみやげに聞かせてやろうか。
けれど、俺としては、このまま隠棲すればよいものを、また恥じも知らずに世に出てきたおまえに、思いしらせてやらねば気が済まぬ。素直にむくいを受けるといい。まあ、俺としては、おまえを生け捕りにして、俺と同じ目に遭わせてやりたいのだが」
蘭の痛烈なことばに、平静をとりもどした趙雲は、しずかに答えた。
「すまんが、成長しきっているのでな」
「方法は、いろいろあると言っただろう。この身と同じにならずとも、苦しみを味あわせてやることはできる。
さあて、おしゃべりはそろそろ切り上げるとするか。俺は、旅芸人たちのなかにいた娘に用事があるのだ。おまえにではない。
俺のことを聞きたいのであれば、さきに、冥府の入り口で待っておれ。俺がこの寿命をまっとうしたあとに、ゆっくり教えてくれように!」
いいざま、男は地を蹴ると、趙雲とふたたび刃を交わしはじめた。
そ
れに呼応するようにして、それまで成りゆきを見守っていた、生きのこりの子ども、いや、子供のように見えるが、小躯の者たちも、ふたたび動き出した。
陳到もまた、舌打ちをすると、ふたたび糜夫人の馬車を襲おうとする刺客たちを迎撃し、薙ぎ払う。
しかし、先ほどよりも、押し寄せてくる数がおおい。
ちらりと振り返れば、おどろいたことに、趙雲の動きはにぶく、固い。
槍にそれまであった、神がかり的なするどさが、すっかり失せてしまっている。
平静はよそおっていても、心の動揺が、はっきりと穂先に反映しているのが見てとれた。
「蘭、教えてくれ。おまえはそのような姿に変えられながら、なぜ、袁家に忠誠をささげられる」
刃をかわしながらも趙雲がたずねると、蘭のほうは、口はしに笑みを浮かべたまま、答えず、つぎつぎと剣戟を繰り出してくる。
趙雲は、防戦一方となった。
「蘭、聞け! おまえと俺が戦う理由がどこにある!」
苛立ちのまざった声で趙雲が言うと、蘭はそれを鼻でわらい、刃と刃を組み合わせたあいだから、趙雲に答えた。
「我らが主は、袁家などではない!」
「なんだと?」
趙雲は、力の限り蘭を撥ねのけるのであるが、子どものような体躯に見あわず、蘭の力はつよかった。
子どものような体躯というだけで、筋力はしっかり鍛えられた大人のものであるらしい。
ぎりぎりと、刃と刃がこすれあう。
しばしの押し合いのあと、足元のすべった蘭が、すばやく背後に飛びのく。
趙雲は、蘭を捕らえようと槍を繰りだすが、なおも切っさきに迷いがあるのが、遠目でもわかった。
蘭は、趙雲の振りかざした槍から、容易に体をひねってのがれている。
そうして、さらに地を蹴って宙返りをし、趙雲からはなれると、嘲弄して言った。
「俺が簒奪者を生み出した家なんぞに、仕えるはずがなかろう。我らが天は、常に一つだ」
「では、なぜ貴様は、銀兎を狙うのだ?」
趙雲の問いに、蘭は以外にも、眉をしかめ、なにやら怪訝そうにしている。
「銀兎? ああ、銀兎というのか、俺たちの追っている娘は? しかし、そいつの名前なんぞ、どうでもよい」
銀兎が狙いではない?
いや、銀兎そのものが狙いではない、ということか?
蘭が、糜夫人の馬車のほうを向いた。
馬車からは、ちょうど糜夫人が、外の様子をうかがうために、そっと顔を出したところであった。
しまった。
陳到は糜夫人の姿を蘭から隠そうとする。
が、しかし、意外にも蘭の表情に宿ったのは、狼狽であった。
「娘ではない? 子龍、たばかったな! 銀兎をどこにやった!」
その言葉に反応したのは陳到である。
やはり、かれらの狙いは銀兎であったのだ。
しかし、何故なのかは、陳到にはわからない。
蘭は、馬車から顔を出したとたんに、自分をにらみつける刺客に身をすくませた糜夫人に向かっていく。
行きがけの駄賃に、その命を取ろうというのだ。
「いかん!」
陳到が叫ぶのと同時に、糜夫人が、服の裾に隠し持っていた物を、ぱっとかまえて、刺客に突きつけるのとは同時であった。
糜夫人が取り出したのは、兵卒がよく手にする武器・弩である。
その矢の切っ先を向けられ、蘭が踏み込みをためらい、たたらを踏むと、糜夫人は、狙いすましてその片手を離し、容赦なく矢を放った。
びゅん、と風を切る音がして、矢は蘭のわき腹を、ぎりぎりかすめた。
同時に、背中から追いすがってきた趙雲が、蘭を真っ二つに切ろうと、横からその槍をふるう。
しかし、蘭は、すぐさま矢の衝撃からさめ、ふたたび、ひらりと風に乗るようにして趙雲の刃からのがれる。
そうして、趙雲のほうに向きなおると、篝火の前に立ち、そうして高く指笛を吹いた。
とたん、それまで四方八方に散っていた子どもの姿をした刺客たちは、それを合図として、飛蝗のように、夕闇のなかに影だけを浮かばせて、やがて森の中へと逃げて行った。
「いずれ」
蘭は、みじかくそういい残すと、仲間たちと同様に、森の中へと消えていった。
「子龍殿、叔至殿も、ご無事ですか?」
と、弩を片手に、糜夫人が心配そうに駆け寄ってきた。
すこし興奮しているのか、その声は震えている。
やさしげな風貌も変わらないが、弩を片手に大地に立つ姿は、はじめに見たときの、可憐な少女のような、はかなげな風情はない。さすがは劉備の妻、貫禄さえ感じさせた。
呆然とその姿を見る陳到に、糜夫人は、素の顔をとりもどして、少女のようにはにかみながら言った。
「兄に手ほどきをしてもらったので、弓の扱いは得意なのですよ。これは、特に女でも簡単に引けるように、工夫がしてあるのです」
と、手にした弩を見せた。
ふつうの兵卒が持つものよりも小ぶりで、扱いやすい工夫がさまざまに去れているようである。
さすが徐州でも一、二をあらそう財産家の糜家である。受難つづきの妹のために、糜竺がつくらせたものであろう。
「ご無事でなによりでございました。奥方様こそ、お怪我はございませんか」
「わたくしたちは大丈夫です。ですが」
と、糜夫人は、つらそうに、自分の馬車の手綱を取ってくれていた男を見下ろした。
その男は、刺客たちに襲われて、地にうつぶせに伏したまま、絶命している。
馬車から、糜夫人の侍女のひとりが飛び出してくると、伏した男を見るなり、耳をつんざくような悲鳴をあげた。
そして、男に取りすがるようにすると、はげしく揺その身を揺さぶった。
どうやら夫婦であったらしい。
あたりはすっかり闇につつまれていた。
冷たくなった夫にすがる女のすすり泣きのほかに、やはり刺客との争いに巻き込まれ、命を落とした者たちの家族のなげきや、傷を負った者のうめき声が、星のまたたきはじめた夜の森のなかに、しずかに響いた。
おそらく、剣戟のさなかに、趙雲か陳到のいずれかが避けた投刀が、流れてしまったのだろう。
いまだとつぜんの襲撃による衝撃から抜けきらないひとびとのなかから、ぐったりとした子供を両腕にかかえた男が、ふらふらと趙雲のもとへやってきた。
運わるく、身に流れてきた刃を受けたものらしい。
眠るような、蒼ざめた顔が篝火に浮かび上がり、痛々しい。
「なぜだ」
男は、趙雲の顔を見るなり、言った。
さすがに沈痛な面持ちのまま趙雲は沈黙しているが、男はさらに詰め寄る。
「俺はずっとあんたたちを見ていた! いや、あんたを見ていた! けれど、あんたは、途中から、戦う気がなくなっていただろう! あんたが、ちゃんとあいつらを仕留めてりゃ、俺の子は死ななかったはずだ! 俺たちを守るのが、武人の仕事だろう!」
趙雲も陳到も沈黙する。
男の言うことはもっともである。
しかし、つめたい理屈かもしれないが、趙雲が蘭を仕留めるのをためらわなかったからといって、男の子供が死ななかったという保証はない。
男は沈黙する趙雲に、さらにいきどおりを見せた。
そして、腕に抱いた、まだぬくもりをのこしている死んだ子を、趙雲に突きつけるようにして差し出した。
「この子に説明してくれ! なんだってためらいやがったんだ! あんた、むかしは袁紹の軍にいたことがあるっていうじゃないか! もしかして、あいつらは、あんたの昔の仲間なのか?」
「いや、それは」
趙雲が説明しようと口をひらいたのを、肯定の態度と受け取った男は、周囲にいる者たちを見まわし、わめいた。
「やっぱりそうだ! こいつ、袁紹軍の間者なんだ! みんな知っているぜ、あんたが、前の主君の公孫瓚が滅びる前に逃げ出した男だっていうのはな!
あんたはずっと袁紹軍の間者だったんじゃねぇだろうな! 俺たちをほろぼすために、味方のフリをしてまぎれこんでいる、そうだろう!」
「ちがう、そうではない!」
趙雲の反駁を、男は涙を滂沱と流しながら、首をはげしく振って、否定した。
「誤魔化されねぇ! あんたのとなりにいるその男は、やっぱり間者だった奴だぜ! 主公が話をしているのを、俺は聞いたんだ、まちがいねぇ! 俺の子は、おまえらに殺されたんだ!」
「銀兎というのは、だれなのでございますか」
今度は、泣きわめく男のうしろにいた、腕に傷を負った女が、せまってきた。
「そのような名を、わたしは今日まで聞いたことがありませぬ。銀兎という娘のために、わたしたちは襲われた。そうなのでございましょう? 銀兎とは、だれのことなのでございますか。お答えくださいませ!」
それは、と陳到が割って入ろうとする前に、趙雲はきっぱりと答えた。
「それを教えるわけにはいかん!」
「なぜでございますか! 貴方様には、その娘のために傷ついた者の姿が見えないとおっしゃるのですか! 銀兎とは、何者なのでございますか!」
「答えてどうする! おまえたちは、その娘をどうするつもりなのだ!」
趙雲に厳しく決めつけられて、女は言葉に詰まった。
それを見て、糜夫人が割って入る。
「おやめなさい! 子龍殿は、主公が見込んで、ご家来衆に加えられた方なのですよ! 仲間が傷ついているときに、お互いに対立して、どうするのですか!」
しかし、すでにさわぎによって、たくさんの人が、趙雲と陳到のそばにあつまってきていた。
その視線は、みな険しく、疑念に満ちている。
中には、兵卒の姿も混じっており、仲間の死を目の当たりにしたためか、義憤のために興奮しており、憎悪に顔をゆがめて、いつでも剣を抜けるよう、柄に手をかけたままの者さえいた。
ぴりぴりした空気を感じながら、陳到は、糜夫人をかばいつつ、どうすべきかを考えた。
この人々に、銀兎がどこにいるかということを知られるのは、おそらく時間の問題であろう。
そのとき、銀兎が引き据えられ、いわれなく私刑にかけられることだけは避けなければ。
やはり、自分は、この一行から離れるべきではないのか。
「おいおい、待った、待った。待ちなって」
と、どこかのんきな声が、張りつめた空気をゆるませた。
人々の輪がゆるみ、見れば、劉備が、関羽をともなってあらわれたのだ。
「刺客が襲ってきただと? そいつらは逃げていったのだな? 追っぱらったのは、子龍と叔至か。よくやってくれたぜ」
劉備が笑みさえみせて二人に言うのを、先ほどの男が抗議した。
「しかし主公、趙子龍は、敵を斬ることをためらいました! 敵と通じているに違いありません。そこにいる男もグルなのです!」
「へえ? そうなのかい?」
と、劉備は、とぼけた顔をして趙雲と陳到にたずねてくる。
当然、ふたりは大きく首を横に振る。
だろうよ、と劉備はみじかく応じて、死んだ子を抱えている男に振りかえり、その肩に手をかけて、言った。
「腹ぁ、立つだろう、わかるぜ。せっかくここまで逃げてきて、ほっとしていたっていうのに、こんなところで子どもが死んじまったのだからな。
けれど、おまえの怒り方はまちがっているぜ。子龍と叔至であるから、たった二人だけで刺客を追っ払えたのだ。もしも他のやつだったら、追っ払えたかどうか、正直、怪しいぜ。ほとんど一撃で倒しているじゃねぇか」
と、劉備は、地面に倒れたままの、篝火に浮かぶ刺客たちの死体を見下ろした。
「見事な腕だ。ためらったっていうのは聞き捨てならねぇが、どうだ、おまえも一部始終を見ていたのだろう。子龍が、敵サンと通じているように見えたかい」
劉備に声をかけられた糜夫人は、おおきく首を振った。
「いいえ、たしかに言葉を交わしているようではありましたが、敵と通じているというふうには見えませんでしたわ。わたくしとて、武人の妹であり、妻でもある女。見誤ってはないと思います」
「だろうよ。おまえの目は確かだ。うむ、しかし、ためらったというのは、聞き捨てならねぇな。
子龍、みんなの疑いを追っ払うためにも、すこしここで答えてくれや。なにを話していた。敵ってのは、おまえの知り合いだったのだな?」
趙雲は、周囲に目をくばりつつ、慎重に答えた。
「はい。それがしと対峙した男は、夏侯家の蘭と申しまして、幼友達の一人でありました。あやつの言うとおり、それがしとあの男は、同時期に義勇軍として村を出たのですが、参加した先の袁紹軍の陣は、ひどいところでありました。
そのとき、それがしに公孫瓚のところへ来ないかと声をかけてきた者がおりまして、それがしは、賛同者とともに北へ向かったのでございます。
しかし、蘭たちは、三世五公の名家袁氏を裏切るような真似はできぬ、ここでこらえれば、きっといつか芽が出るはずだといいまして、そのまま、それがしと別れて袁紹軍にとどまったのでございます」
「あの者たちは、それでは、あなたとおなじくらいの歳だと言うのですか? わたくしには、子どものようにしか見えませんでしたけれど」
糜夫人の言葉にうながされるように、劉備の背後で大木のように立っていた関羽が、地面に打ち捨てられている刺客の死体を、松明で照らした。
つめたい地の上に横たわる死体は、見た目はたしかに子どものように小さかったが、しかし、よくよく見れば、その顔の造形や肌に刻まれた風韻は、まちがいなく大人のものである。
その奇怪な姿に、一堂は息を呑んだ。
「どうしたっていうのだ、こりゃあ。病かなにかで、こうなっちまったのか?」
うめく劉備に、趙雲もまた顔をこわばらせたまま、答えた。
「蘭は、病ではないと申しておりました。こういう体になるためには、いろいろな方法があるのだと」
「狂っているぜ。どうしてこんなふうに、人の体を変える必要があるというのだ」
それは、と陳到が前に進み出て、答えた。
「我々は、普段は子供にさほど注意を払いませぬ。だいたいが、子供の姿を見ては、油断をするでしょう。そうして、子供のなかに刺客をまぎれさせ、相手の油断を誘い、ことを成し遂げる。
もともと生まれついての小人というものは存在いたしますが、数がすくないうえ、丈夫に育つ者も稀なのです。
これは想像でありますが、そういった者たちを全国からあつめて訓練するよりも、小人を作ったほうが早い。そう考えた者がいた、ということです」
それを聞くや、劉備は、顔を思い切りきつくしかめ、呻くように言った。
「作る、だと? それはつまり、人間のからだを、むりやり作り変えるってことか。胸のわるくなる話だな。吐き気がするぜ。そんなことを、袁家が考えたってことかよ」
すると、今度は趙雲がそれに答える。
「いいえ。蘭は、自分は袁家に仕えているのではない、と言い切りました。あそこで嘘をつく意味はありませぬ。おそらくは、べつの者かと」
「べつ? 曹操か?」
劉備は、関羽と顔を見合わせるが、しかし関羽のほうが、気難しそうに髭をなでつつ、首を振った。
「いいや、それはあるまい。子龍が義勇軍に参加したのが、だいたい十年前。そのとき、曹操は、董卓に追われる身であったのだ。とてもそんなことをする余裕があったとは思えん。第一、そんな手間のかかる方法を、あの男が選ぶかな」
「手間? 漬物を作るように言うなよ」
「しかし、実際にそうだろう。どんな方法かは知らぬが、人ひとりの体をまったく作り変えてしまうのだ。一人や二人で出来る仕事ではないぞ。時間も手間もかかる。人数も揃えねばならぬ。
刺客として利用するのであるから、秘密も守らせねばならぬ。秘密を守らせるためには、金、女、住まい、さまざまなエサを与えねばならぬ。これは、相当に余裕のある人間がやったことだ」
「世のなかが黄巾賊で大騒ぎってときに、余裕のある家なんかあったかね」
「あったのだろうよ。でなければ、話が合わぬ」
と、関羽は重々しくつぶやいた。