七夕フェスタ リクエスト企画 第五弾 結城さまからのリクエスト
寒蝉の恋
リニューアル版 一回目
体が鉛のように重いのに、頭だけが冴えて、眠れない。
「どうした」
趙雲が、兵舎の一室をまるまる拝領し、自邸の代わりにしている部屋の、簡素な寝台の上で、上半身を起こす。夕闇迫る部屋に灯された明かりに、片肌を脱いだ趙雲の、体中に巻かれた包帯の白さが目立った。
包帯の巻かれていないところにも、青痣や切り傷の痕があり、捕らわれの数日間に、趙雲が受けていた扱いがどんなものであったかが想像されて、孔明は気持ちが沈むのを覚える。自分を逃がしたことで、連中の怒りは、趙雲に集中したのだろう。となれば、受けた傷の責任は、自分にあるのではなかろうか。
無意識に、目を逸らそうとしてしまう己を叱りつつ、孔明は思う。
痛むだろうに、なんだってこの男は、人の言うことを聞かないのだろう。
「休んでいてくれと、いったはずだが」
言うと、趙雲は仕方ない、というふうにふたたび横になる。
孔明は戸惑いつつ、寝台の横に椅子を持ってきて、腰かけた。こちらがすまないと思っていることを見越して、わざと寝ない、などという、凄まじい気遣いをしているのではないだろうかと思ったのだ。
だが、趙雲は横になったものの、大人しくはせず、寝返りを打つ。そして言った。
「気がはやって眠れぬ」
その気持ちはよくわかる。
孔明とて、再三にわたり、周囲の文官たちから、お休み下さいと言われているが、眠れない。
いや、眠ることが恐ろしいのだ。
眠っている間に、何事か起こったらどうする?
城内城外問わず、混乱と緊張と不安のなかにある新野においては、何があってもおかしくない。
緊張に耐えかねて、民が暴動を起こさないのが、せめてもの救いである。
新野の民は、孔明が思った以上に大人しく、曹操がいよいよ南下してくる、という触れを出しても、どういうことだと、騒いで役所に駆け込んでくる者はなかった。
曹操がじきにやって来るであろう、ということは、孔明は隠していなかった。
それに、孔明が隠さないまでも、東西南北を奔走する商人や、不本意のうちに各地を放浪する流民より、近々、この新野もあぶない、ということは、みな耳にしていたはずである。
孔明が迎えられる以前、徐庶がいたころから、すでに曹操がやってくる、という噂は流れていたのだ。
孔明はふと思い立ち、横になっているだけで、目を閉じる気配のない趙雲に尋ねる。
「今にして思うに、わたしが主公の軍師として迎えられ、徐兄の仕事を引き継ぐ、ということに、あれだけ四方の反発があったのは、それがほかならぬ、曹操がやってくるという現実が、近づいてきているのなのだと、みなが実感したから、ということもないか」
「ふむ、つまり、おまえ自身に反発があった、というだけではなく、容赦なく現実を突きつけられるのが、気に食わなかったと」
「そうだ。おそらく、考えすぎではあるまい」
なるほどな、と律儀な武人は納得し、しばし、あれこれと考えたあと、答えた。
「たしかに、おまえが危機の象徴のように見ていたのは、確かかもな」
「そうか。良かった」
「なぜ、それが良いのだ」
「そう思えば、いままでさんざん悪口を叩かれたり、くだらぬ噂の的にされたりしたことも、許せるからな」
すると趙雲は声をたてて笑った。
「おまえは前向きだよ。で、こんなところで油を売っていてよいのか。働くならば働け。もしそうでないなら、すこし、そこで休んでいくがいい」
「これも仕事の一環でね、新野に残った武将の要たるあなたが、ちゃんと休養をとっているかどうか、確かめにきたのだ。
こちらのほうは問題ないよ。徐兄はきっちりと、避難のための計画を最初に練っていてくれたおかげで、わたしたちは、計画通りに添って行動すればよかった。現実とかみ合わない部分が出てきたら、修正を入れて、指導してきたし」
「奥方たちはどうなされた」
「ほかの将兵の家族とともに、先に関将軍らに任せて、夏口に向かっていただいている。人質として取られたらやっかいだからな。
奥方をお送りするときに、そう言ったら、なんと言われたと思う? そういうことは慣れておりますから、お気になさらずに、だと」
「あの方は優しい方だ。おまえの負担にならぬよう、冗談を飛ばしたのだ」
「わかっている。女人であるのが惜しい肝の太さだ」
「夏口か。遠いな」
趙雲は、頭のなかに漠然と地図を浮かべているのだろう、嘆息と共に、そう言った。新野から夏口へは、樊城を通り越してもなお先にある、襄陽から南東に向かった漢水のほとりにある。
孔明が見ると、卓の上に置かれた蝋燭の明かりに、趙雲の横顔が浮かび上がっていた。
その表情は、どこか迷いがあるようで、孔明がひそかに好んでいる、峻厳とした矜持は、そこにはない。
当初の予定では、新野から樊城へ逃れ、そこで劉表とともに、曹操に当たるはずであった。
それが、劉表が死に、そして、その死を前後する異常きわまりない事態により、すべてが狂ってしまった。
もし徐庶がずっと新野に残っていて、この逃避行を主導するのも徐庶であったら、これほど複雑な事態になっていただろうか。
劉表の後を継いだ劉琮と、うまく連合して、樊城にて、曹操に当たることができたのではないか。
「おい」
考え込んでいると、趙雲が声をかけてきた。
孔明は、やれやれと、小さくため息をついて顔をあげた。 だから、眠れと言うのに。
「自分の所為で、状況が不味くなっていると、思っているのではなかろうな」
図星だ。
さて、誤魔化すべきか、それとも肯定すべきか。
迷っていると、その迷い自体を看過されたらしく、趙雲は寝台の上に横になりながら、首だけ動かして、言った。
「おまえの所為ではない。もしもだれかの所為にするとしたら、それは俺の所為だろう」
「それはなかろう。なるべくして為ったことなのだよ、きっとそうだ。いや、そう信じたい、というのが本音のところだろう。もしも、徐兄がいたら、状況はどうであったかな、と考えていた」
「もしも徐軍師がわれらの元に留まっており、そして曹操がやってくると知れていたら、やはり劉表は俺たちを見捨て、樊城に入ること、まかりならぬと言っただろうよ」
「そうだろうか」
「例の『壷中』に守られてな。そして、『壷中』の子供たちは、騙され続けたまま、劉表や蔡瑁に、いいように扱われて、死んでいた」
「でも、救い出せたのは、ごく少数だ」
「少数でもよかろう。よしとしておけ。物資は足りているか」
「大事無い。まったく、むかしは州平たちに、おまえは慎重すぎるほど慎重すぎて、おもしろくない、などとよく言われたものだが、意外なところでその心配性が役に立ったよ。
別に今日の状態を予想していたわけではないが、有事のためにと、多めに人馬や食糧を蓄えていたのだ。
自分で自分の勘のよさに、感動しているところだ。どうせだれも誉めてくれやしないのだ、自分で自分を誉めるくらい、してもよかろう」
「なるほど、すごいな」
そういう趙雲の口調は、いかにも付け足しである。
「あんまり感心していないな。物資と一言で言うが、大変だったのだ。その顛末をここで話はじめたら、恐らく曹操が到着してしまうまで、終わらなくなるので、割愛するが」
「妙なところで邪魔を入れられたり、三割引のために徹夜をしたり、いろいろだったな。樊城に行くだけで済むのであれば、まだよいものを」
趙雲としては、劉琮のことが頭にある。
趙雲が倒したはずの劉琮が生きており、重症を負ったはずの蔡瑁も、命に別状がなく、それぞれ元気で、復讐をわめいている、というのだから、頭が痛い。
その復讐の矛先はといえば、ほかならぬ諸葛孔明、そして趙雲である。
彼らが、自分たちの真上に、なにが迫ってきているのか、いまもって実感できていない、というところが、孔明の気を重くしている。
曹操が南下してきて、彼らだけが傷つくのであれば、まったく無視したであろうが、彼らは、本来民を守るべき者たちでありながら、その本分を忘れている。
樊城の民はどうなってしまうのだろう。
曹操が、徐州でしたような虐殺をしないことを祈るばかりだ。
蔡瑁の性格からして、強いものには巻かれることは予想がつく。
下手に抵抗しないほうが、犠牲はすくない。
おそらく蔡瑁は、劉琮らとともに、樊城に立て籠もるのではなく、曹操を出迎える方向で動くだろう。
そうしたほうが、生き残れる可能性が高いからだ。
蔡瑁と劉琮。
孔明は、否が応でも、あちこちで火を起こし、炎に包まれた樊城の一室で見た、異常きわまりない親子の末路を思い出した。
母親を、自ら手を掛け、血のつながった父、そして兄をも、殺そうとした。
悪夢がそれきりで、覚めてしまうのであったら、どれだけ良かっただろう。
趙雲が、悔恨をこめてつぶやくように言った。 「あのとき、地面に落ちた身体を、ちゃんと確認するべきであった」
「そんな時間はなかっただろう。どうしようもなかったのだ。最善の策は取った。彼らは、そう、異常だよ。ありきたりな言葉でしか表現できないのが、歯がゆいが、異常なのだ」
ぞっとすることといえば、曹操南下の報を聞くや、蔡瑁は、おのれを殺そうとした子を、ふたたび担ぎ上げ、平然とその庇護者として、振る舞っている、ということだ。
恐ろしくはないのか。憤りはないのか。
だが、蔡瑁というのは、おのれの感情よりも、まずおのれの命の保持を最優先にして動く、という奇妙な思考の持ち主である。おそらく、命あってこその物種と、割り切っているのであろう。
だから、周囲が戸惑うほどに、切り替えが早いのだ。
あの男であれば、傍から見れば異常な行動も、平気で取ることだろう。
新野から樊城まで、南下すれば、ほぼ二日の行程であるが、彼らがいるかぎり、近づくだけで危険である。
やはりここは、迂回して、夏口を目指すしかあるまい。
孔明たちのために、あえて蔡瑁らの注意を引き付けるために、樊城に向かっていた、という劉備は、現在、新野に一度引き上げるべく、北上しているという。孔明たちが、すぐに新野を出ない理由がそこにあった。
孔明としては、いますぐにでも出発したかったのであるが、趙雲が満身創痍なうえ、疲れ切っているのに加え、劉備からの使者が、どうしても主公が、新野の民に別れを告げたいと言っている、という。
さすがに、そんな莫迦な、と言いかけたが、それでこその義人・劉玄徳なのだ。わかっているではないか、と孔明は己に言い聞かせ、劉備を待つことにした。
劉備は、こういった逃避行に慣れているし、これまたずっと行動を共にしている豪胆な張飛が随伴しているから、新野で合流するのに心配はない。
すれ違いにはなるが、夏口へは、先発隊として、関羽と糜竺の両名が向かっている。
夏口にまで曹操が迫ってきた場合の、防御線を張るためである。
いま、新野に残っている主だった将は、孔明と、糜芳と、孫乾、陳到、それから趙雲だけである。
江夏太守となった劉琦より連絡があり、
『曹操は、とりあえず樊城を占拠し、その平定に時間を取られるであろうから、その隙に、どうぞ貴殿らは夏口を目指して来られますように』
と申し出てくれた。
劉琦は、実父なきいま、劉備こそが父である、と家臣たちにも表明し、孔明たちのために、急ぎ人馬や船を用意してくれているという。
「ところで」
趙雲が口を開くのを、孔明は、横目でちらりと見て、たしなめる。
「いい加減に休め。やはり、わたしがここにいると、気になって眠れないのだな」
孔明が腰を浮かせると、趙雲が顔だけ動かして、また言った。
「最後だ。さっきおまえ、俺に嘘を答えようとしなかったか」
自分の所為だと思っているのでは、という問いに関してである。
「嘘と言おうか…まあ、広い範囲でなら、そうかもな」
己の言葉を思い出し、吟味しつつ、孔明は答えた。趙雲はときどき、ひどく細かくなる。
趙雲は、孔明に顔を向けたまま、真摯な眼差しをむけてきた。
「俺は関羽殿と一緒でな、やはり策士というものは好きになれない。味方を騙すのも策のうち、などという言葉があるが、公務に関わらぬかぎり、嘘に慣れてくれるな」
「途方もない要求だな。つかねばならぬ、優しい嘘というものもあるだろう」
「莫迦らしい。そんな半端な優しさを求めているほどに、俺は柔な男ではないぞ」
なんだ、と孔明は肩の力を抜いた。
「ああ、あなた限定の話か。ならばよし、あなたには、わたしは、莫迦正直になればよいのだな」
「そうだ、莫迦でいろ」
「うむ…そんな要求をされたのは、初めてだ。守れるかな」
「守れよ。でなければ、俺はおまえが何かいうたびに、その言葉に裏があるのかどうなのかを、いちいち推理しなければならなくなる」
「ああ、そうだな、主騎の業務に支障をきたすな。わかった、約束はできないけれど、守るように努力はするよ」
主騎の仕事がどう、とかではなく、とぶつぶつ言いながら、趙雲は目を閉じた。ようやく眠る気になったようである。
孔明は、そっと座を立ち、部屋の外に出た。
これで狼煙が上がる前であったら、今時分はすっかりみな寝静まり、あたりは歩哨だけがうろうろしている、頃合である。
が、やはりみな、孔明と同じ気持ちでいるのか、あちこち動き回っている者の姿が目立つ。
孔明も、休んだことにして、仕事にかかろうかと思ったが、実は、部下の文官たちに、ぐっすり眠ってくるまでは、帰ってきても仕事を回さない、といわれてしまっていたのだ。
だから趙雲の部屋へ行き、様子を伺うついでに、一緒に休もうかと思ったのだが、話したいことが沢山あり、かえって目が冴えてしまった。
こうなれば、自室にもどり、無理にでも目を閉じているか、あるいは、どこかで暇を潰すか。
そうして孔明がうろうろしていると、兵舎の側で、だれかが焚き火をしているのに行き当たった。
目を開いている者は、なにかしらの仕事をこなしている、というなかで、焚き火の隣にいる男は、なにやら呑気に、餅を焼いている。
趙雲の副将で、武芸の才においては、右に出る者がない、とさえいわれる、陳到、字は叔至であった。
自分で食べるものなのか、長串に刺した餅を火の側において、楽しそうに焼けるのを待っている。
ここなら、休むのにちょうどよかろうと思い、孔明は陳到に声をかけた。
「叔至、ひとりか。隣はよいか」
陳到は、ほとんど特徴のない顔に、笑みを浮かべて、空いている、座の代わりにしている丸太を指し示した。
「お珍しいですな、軍師がこのような場所へ。ああ、趙将軍の様子を見にこられたのですか」
「うむ、わたしが同室していると、かえって眠れないようだったので、出てきたのだが」
さようでございますか、と言いつつ、陳到は、長串を手早くひっくりかえした。
炎は美しくも妖しい、生き物のようだと、孔明は思うことがある。
炎の踊るように変幻する揺らめきを見つめていると、ふしぎと落ち着く。
炎を見つめているのが、孔明は好きである。
「叔至には妻女がいたな、もう新野を出たのか」
「はい、娘の銀を連れて、奥方さまとともに南へ向かっているはずでございます」
「そうか。しばらく、離れ離れだな」
孔明が言うと、陳到は、ははは、と力なく笑った。
この陳到、どちらかといえば、遊び人の多い劉備の陣営のなかにあって、趙雲同様に、きわめて真面目な男で、きわめて理想的な家庭人なのである。
妻と娘の待つ家をこよなく愛しており、終業の太鼓が、ドンと鳴るのと同時に、煙のように姿を消す男であった。
「夏口にて、無事に会えるとよいな」
「左様でございますな」
と、どこか悲しげに、陳到は相槌をうつ。
なぜか妙にしんみりしてしまった。
やはり、わたしは、あまり人と合わせる、ということに向いていないのかもしれぬな、と思いつつ、場所を移動しようと孔明が考えていると、陳到が口を開いた。
「この空気、なにやら、昔を思い出させます」
「昔? そういえば、叔至は袁紹の元より、主公の元へ降られたのであったな」
「袁紹のところから、劉表のところへ向かう時も、ひと悶着ありましてな。あのときの空気に、よく似ておりまする。七年も前になりますか。早いものですな。
以前にお話しましたか、わたくしは、趙将軍に声をかけられて、劉予州にお命を預けることにしたのでございますよ」
「だから、叔至は、子龍の副将をしているのか」
「趙将軍とは、その時からのご縁なのでございます。あの方は、あまり変わられておりませぬが、わたしはずいぶん変わった」
「どのように?」
孔明は、趙雲と劉備の両方から、叔至は、いまでこそ、とぼけた家庭人となっているが、昔は泣く子も黙る恐ろしい男だったのだ、という話を聞いていた。
が、本人を前にしてその話を照らし合わせても、どうも冗談だろう、としか思えない。
趙雲は、もの静かな男であるが、その中に、鋭利な刃を隠し持つ静けさ、とでもいおうか、ひとたび静寂が破られたならば、炎の如く激しい働きを見せる。
陳到は、一人でいることの多い趙雲とは対称的に、いつもだれかの脇におり、人に埋もれ、前面に立つことのない男であった。
それに、見れば、いつも炉辺で餅を焼いて、ほかの将兵を巻き込んで噂ばかりしている男であったから、恐ろしい、という形容が、どうしても結びつかなかった。
「わたくしの昔話なぞ、すこしも面白くございませぬぞ」
と言いながらも、陳到は、話す気満々である。
餅を器用にひっくり返しながら、話を聞いてくれる孔明に、きらきらした眼差しを向けてくる。
いささかうろたえつつ、孔明は頷いた。暇つぶしには、ちょうど良かろうと思ったのだ。
そういえば、叔至は仕事をちゃんとしたのか?
炎を前に、陳到はなにやら照れ笑いをはじめた。
「いやはや、軍師をこれほど間近で見るのも初めてなので、なにやら照れますな。正直なところを申し上げますと、わたくしは、妻以上、あるいは同等に美しい者など、この世にはもう存在しなかろうと思っておりましたが、軍師は妻と並びます。これは、すごいことでございますよ」
「そうかい」
あんまりうれしくない。
「実は、さきほどから、なぜか昔のことばかり思い出されて、だれか側に来たなら、話してやろうと思っておりました。それが軍師になるとは、奇妙なもの。
それでは、それがしの話を聞いてくださいませ」
かくて、陳到による、長い長い昔話が始まったのであった。
孫子曰く、『兵は拙速を貴ぶ』。
つまり、戦は短期決戦がのぞましい。長引く戦は国力の衰退を招く、という教えである。
建安5年(西暦200年)。孔明が劉備の軍師となるに先立つこと8年前のことである。
帝を擁する曹氏を中心とした、奔流のごとく手の付けられない勢いとなっている新興勢力と、名門の袁氏を中心とした、財力、影響力、兵力ともに抜きんでた一大勢力のぶつかり合いがはじまった。
雪解けの季節にはじまった大戦は、日々、小競り合いを各地で繰り返しながら、半年たったいまも決着がついていない。
建安五年、二月。 袁紹は、曹操を討つべく、十万の兵を用意し、黄河を渡った。
袁紹、動く、の報を聞き、天下のだれもが、袁紹の勝利を信じて疑わなかった。名門中の名門の長・袁紹を旗頭に、十万もの兵士が率いられてきたのである。
対する曹操の勢力は、兵力はたったの二万弱。数から見ても、結果は一目瞭然であった。
だが、曹操という男の本質は、この戦において、天下に明らかになる。
袁紹は、まず先鋒の顔良に、黄河を渡らせ、白馬城を攻めさせた。
曹操は、これをまっ先に救援しようとするが、荀彧の甥(といっても荀彧のほうが年下なのであるが)荀攸の策により、手勢を二分させ、いまだ黄河の北岸に留まっている、袁紹の主力軍を挟み撃ちにする構えを見せる。
曹操が黄河を渡り、自軍の背後を狙っていると見た袁紹は、南の白馬へ向かうところを方向転換し、黄河の北岸に沿って、主力軍を率いて、西南に移動した。
西南にて、黄河を渡る曹操軍を迎撃しようとしたのである。
狙い通りに袁紹が動いたため、白馬に増援のないことを確信した曹操は、軍を率いて白馬の救援に向かう。
袁紹軍は、完全に曹操の動きを見誤っていた。
曹操軍が白馬に駆けつけたことを袁紹軍の武将・顔良が知ったのは、すでに曹操軍が、白馬まで十里もない距離に近づいたときであった。
顔良は、兄弟分の文醜と並び、袁紹軍のなかでも勇猛を謳われた武将であったが、たとえ勇猛な将が率いる軍隊であっても、ひとたび恐慌状態に陥ってしまっては、どうにもならなかった。
顔良は自軍を立て直すことができないまま、曹操軍の先陣である張遼と、客将として戦に参加していた関羽の猛攻撃を受ける。
無為無策のまま、反撃らしい反撃もできず、顔良は、単騎で突っ込んできた関羽によって、あえない最期を遂げた。
さて、緒戦を手中に収めた曹操は、気を弛ませることなく、素早く動いた。
まず、籠城をつづけていた白馬城の民を避難させ、自軍も延津の近郊に砦を築き、袁紹軍迎撃の態勢を整えた。
対する袁紹は、三ヵ月後、顔良の兄弟分である文醜に五千の兵をあずけ、先陣として、黄河を渡り、延津へと向かわせた。
この時点でも、袁紹は自軍の強さを疑わず、曹操軍の強さを、兵力の少なさを根拠に過小評価していた。
先陣五千の兵力で、全軍のなかでも、もっとも武勇に優れた文醜ならば、曹操の首級を狙えると思ったのである。
曹操は、袁紹の動き、思考を、すべて読み切っていた。
袁紹の声望は、単に名門の出自であるということから、発しているものに過ぎない。
十万の軍の内容も、あちこちからの寄せ集めで統制が取れておらず、また、袁紹自身に、十万の軍を動かす器量がないことを知っていた。
袁紹は、諫言に耳を貸さない男だったのだ。
おなじ乱世の勢力の頭としても、曹操と袁紹では、辿ってきた運命に差があった。
曹操が辛酸を嘗め尽くす人生を歩んできたことは、いまさら説明する必要もないが、それに対しての袁紹は、名門の長として、曹操ほどの苦労はせずに、家名に支えられて担ぎ上げられた。
それゆえに、すべてに対して甘かった。
自分の実力の見極めも甘かったし、自軍の力の見極めも甘かったし、なにより対曹操における戦略の見通しが甘かった。
五千の兵を与えられた文醜は、意気揚々と黄河を渡り、曹操の首を目指して、曹操が陣を敷く延津を目指す。
が、ちょうどその目の前に、まさに曹操が白馬より撤収させた輜重隊が移動しているのを見つける。
どんな軍隊であろうと、兵糧を奪われたらそこで終わりだ。
文醜はこれ幸いと、輜重隊に一斉攻撃を仕掛け、兵糧を奪い、曹操軍の生命線を断とうとする。
敵兵は、我先にと、目の前の兵糧を奪うことに夢中になった。
五千の兵の戦列は乱れに乱れ、思うような指揮もままならない。
こうなると、もはや軍とも呼べぬ烏合の衆である。
そこへ、激しく銅鑼が打ち鳴らされ、物陰に隠れ、文醜軍の隊列が乱れるのを待ち受けていた曹操軍があらわれる。
その数、なんとたったの六百。
不意を討たれた文醜は、顔良のときと同様に、体制を立て直すこともできず、やはり先陣を切ってあらわれた関羽によって、討ち取られてしまう。
ここに、袁紹軍の誇った二人の武将が、関羽によって、両方とも討ち取られてしまったのであった。
その後、関羽は、恩は返したとばかりに、ともに捕らわれの身となっていた劉備の妻・甘夫人、糜夫人らを連れて、曹操のもとを去る。
かくて緒戦は、まさかの曹操の勝利に終わった。
袁紹軍の受けた打撃は大きく、その建て直しに時間がかかったものの、それでも兵力の差は如何ともし難く、曹操も沈黙をつづけている。
そうして、膠着した状況のまま、三ヶ月が経過しようとしていた。