七夕フェスタ リクエスト企画 第九弾 とくさ様からのリクエスト
カントク。
孔明「あなたの男気に惚れました。わたしを妻にしてください…って、言うかな、フツー、こういう台詞」
趙雲「相判った、一生、食いっぱぐれないようにする(棒読み)」
(二人、手を取り合う)
「だーめ、だめだめだめっ! カット! 軍師、脚本の台詞にいちいちケチをつけなくて結構! 趙将軍は、棒読みで声がぼそぼそしているうえに勝手に台詞変えちゃ駄目でしょうが! そこは『わかった、一生幸せにする』ですよ! 『食いっぱぐれがないようにする』んじゃあ、ほかはどうでもいいや、って感じじゃないですか! まったく、やる気はあるのですか、あんたたちはぁ!」
あるわけないよ、と二人とも言いたいところであるが、蒋琬が構えるところのカメラがまだ回っているので、あえて黙っている。
監督用の折りたたみ椅子に座って、なにやら、えらそうに足を組んでいる偉度は、メガホンをぱんぱんと叩きつつ、カチンコを叩く役の董休昭、助監督兼照明の費文偉を脇に従え、言った。
「それに、その手の組み方! いまから腕相撲でもするおつもりか? あー、もうこのシーンは置いておくかぁ、はい、じゃあシーン58、行きまーす。台詞はよろしいですね? はい、アクション!」
偉度のかけ声よりワンテンポ遅く、休昭のカチンコが鳴らされるのが、二人のやる気のなさに拍車がかかっているのだが、休昭が、現場の空気について行こうと必死なのが伝わってくるので、何もいえない。
いったい、何をしているのかと言えば、左将軍府ではじめている『交通ルールを守ろう』キャンペーンの一環で、各地の民に見せるための、教育映画を作製しているのだ。
このプロジェクトは、偉度が自ら立ち上げ、企画したものである。
孔明としては、偉度が前向きに仕事をしているので、よしよしと、まるで孫を温かく見守るお爺さん的気分であったのだが、キャスティングが決まり、脚本が出来上がった時点から、なにやら様相が変わってきた。
ちなみに、映画の内容はいたってシンプル。
通勤途中に、どうしても遅刻を避けたい、という娘が、無理に道路を渡ろうとしたところ、そこへ車が突っ込んでくる。
すんでのところで、通りすがりの男が、アクションスターも真っ青な活躍で娘を助け出す。
礼を言って別れる二人。
だが、男は娘の落とした免許証を拾い、それを届けるため、娘の職場にと向かう。
そして二人は唐突ではあるが恋に落ち、結婚することになって、めでたしめでたし、でも交通ルールは守ろうね、という娯楽恋愛アクション教育映画である。
趙雲が、偉度に聞こえないように小さく尋ねた。
「おい、シーン58って、どれだ」
孔明は、軽い眩暈をおぼえつつ、答える。
「職場に忘れ物を届けたあと、結婚を互いに承諾して、抱き合うシーンだろう」
とたん、趙雲の顔が強ばり、後ずさる。
「子龍、さっさと終わらせよう。終わらない限り、家に帰れないどころか、徹夜の上、左将軍府にも戻れぬ。抱き合うだけだ。さあ、来い!」
「さあ、来い、ってな…仕方ない、参る!」
趙雲はとっとと終わらせたい、という気分を隠さずに、素早い動きで腕を伸ばす。
しかし、本来、背中なり、腰になり伸びなければならない腕は、なぜだか孔明の頭部を通り越して、襟のうしろをがっしりと掴んだ。
まさに武人の癖なのだろう。そのままなにをするつもりやら、足元を浮遊感が襲い、孔明はあわてて子龍を制止する。
「上投げは禁止! いますぐ中止!」
「だーめ、だめだめだめっ! カット! 趙将軍、奥襟取ってどうするのですか! 柔道でも始めるおつもりか? ああん? 軍師投げ飛ばすの? 軍師を投げ飛ばすのっ?」
「偉度……いま勝負つけるか」
趙雲の全身から、怒気が発せられるのを避けるべく、孔明はすばやく間に入って、偉度に尋ねる。
「偉度よ、やはり、キャストに問題があるのだよ。子龍の人気を取って主役に据えるというのはわかった。だが、相手役がわたし、というところに問題があるのではないかね。いまからでも遅くない。女優なり、あるいは宮女を使って撮りなおすべきでは?」
孔明が言うなり、偉度は、ふうっとため息をついて、ちっち、と指を横に振る。
「カ・ン・ト・ク、とお呼びくださいませ。この場においては、わたくしがこの場の最高責任者でございますゆえ」
「カントク」
偉度はすっかりその気になっており、A-HA? とでもいわんばかりの肩のすくめ方を見せて、つづけた。
「だーかーら、ですね、趙将軍の相手役なんて、普通の女優なり、宮女なりがやって御覧なさい、成都中の女どもの嫉妬を買って、いじめられまくります! そんなことになったら可哀相、ということで、ここは軍師、ということになったのですよ」
「おまえのほうが、子龍との背丈のバランスを見ても、適役だと思うぞ。この陳腐な脚本も書き換えてやるから、わたしが監督、おまえが主演女優代行、というのはどうだ」
「背丈を問題にするのは変でしょう。チェ・ジウも背が高いし、二コール・キッドマンだって179センチ、ほぼあなたと同じくらいの身長ですよ!(その差2センチ前後・推定者、偉度)さーて、諸兄らに質問。『趙将軍の隣には軍師が当たり前だと思う』者は手を挙げて」
すると、蒋琬、休昭、文偉、三人ともがすぐに手を挙げた。
「ちょっと待て、質問がおかしい。『趙子龍の相手役として諸葛孔明より、偉度…カントクのほうがふさわしいと思う』者は挙手をせよ」
すると、蒋琬、休昭、文偉の三人は、互いに顔を見合わせ、しょんぼりとうつむき、孔明から目線を外す。
「偉度……なにやった」
「べつにぃ、朋友として、知っておくべきことを知っているだけでございますよ、なあ、諸兄。というわけで、趙将軍の相手役には軍師しかおりませぬ。撮影を再開しましょう」
「さらに待て。俺が主役というよりも、西涼の派手なヤツのほうが、よっぽど喜んで役を勤めよう。俺より、あやつのほうが人気はあるのだし、そうするべきだ、そうしよう」
と、趙雲が言うと、偉度は折りたたみ椅子から立ち上がって、があっと牙をむく。
「巴蜀結婚したい未婚男性ナンバーワンが、なにを弱気な!」
「その文言に作為性があるのだ。なぜ単純に『結婚したい』とか、『夫にしたい』としなかった! それでは選択できる幅も狭まってしまうだろう」
そうだ、そうだ、と既婚の蒋琬がカメラを構えつつ頷く。
孔明は、蒋琬がカメラを回している、ということが、非常に気になって仕方がない。
「公琰、大事無いか?」
趙雲と偉度がわあわあと問答している横で、孔明が尋ねると、公琰は、心もとなくも、
「おそらくは」
と、答えた。それを聞いた、助監督兼照明の文偉が口を挟む。
「軍師、われらは心配してくださらぬのですか」
「話しながらライトを向けるな。おまえたちのことも心配しているとも。とくに休昭。そなたは幼宰殿にこうまで遅くなると連絡してあるのか。きっと帰りが遅いので、気を揉んでおられるぞ」
すると、掛け声とカチンコを叩くタイミングを合わせる練習をしていた休昭は、なにやら悲しげな顔を孔明に向けてきた。
「このあいだ頂ました特別褒賞にて、カラオケルームを拙宅に設けましたところ(はもり。参照のこと)、父上がそれから、なぜかあまり帰宅されなくなってしまったのです。
もしや、女人かと思っておりましたが、噂では、カプセルホテルに入り浸っておられるとか…父上はどうされてしまったのでしょうか」
「男にも更年期障害はあるからな。幼宰さまは、おまえに病だと知られたくなくて、そうしているのかもしれぬ。そのうちに、また元気に戻ってくるさ。おまえのせいじゃない」
と、文偉は親友らしく、前向きに、しょんぼりうなだれる休昭を励ます。
これは、早急に左将軍府開発室にて開発中の『ローレライ対策用耳栓』を完成させねば、成都一仲良し父子の絆を裂いてしまうな、と孔明は思った。
時刻はすでに丑三つ時。
撮影は遅々としてすすまず、偉度のテンションばかりが上がっていく状態である。
趙雲が、こういった華やかな話を嫌うのは当たり前であるが、孔明も、今度ばかりは、相手が相手だけに、好きだの惚れただの言うのに抵抗があるのだ。
好きは好きだが、この映画の主役たちはあくまで男女であって、それとはちがう種類の好きなので、いままで好きだの、気に入っているだの言っているわけだが、いくら役の上とはいえ、あらためて言うのも、不自然ではないか。
思考の迷路にはまっていた孔明は、偉度の叱責に我に返った。
「そこのサボっている、『蜀の四英』とか言われて、いい気になっている四人! 撮影再開しますよ!」
「わかった、わかった、そう尖るな」
やれやれ、と孔明は立ち位置に戻るのであるが、趙雲は相変わらず憮然として、腕を組んで不機嫌そうである。
「子龍、わたしをニコール・キッドマンだと思って演れ」
「おまえのどこがニコール・キッドマンだ。ニコール・キッドマンに悪いだろう。だいたい、なんだってニコール・キッドマンなのだ。そもそもが、人種からしてちがうだろう」
「二コール、二コールと三回も繰り返す必要はない。あなたがそうして早口になるときは危険な兆候だな。普段ならば、この時間はもう眠っている時間だろう。だから神経が過剰に尖るのだよ。だから早く終わらせて、家に帰ってぐっすり眠ろうではないか」
「生活時間が狂うのは、戦場ではいつものことだ」
「そうか? 偉度といい、あなたといい、やはり場所が問題なのかな。おい監督、やはりロケ地を左将軍府に変えて、また明日、仕切りなおしということにしないか」
「だめです、この部屋が、わたしのイメージにぴったりくるのです!」
と、六人が借りきっている部屋は、実は左将軍府の一室でも、宮城の一室でもなく、揚武将軍の執務室の真となりにある、陳情者のための待合室である。
普段は、孔明はもちろん、ほかの四人も滅多に足を踏み入れない場所であるが、偉度はこの部屋のしつらえが気に入って、『イメージぴったり!』とかなんとか言って、ありとあらゆる手段をつかい、揚武将軍・法正に頼み込んで、ロケに使わせてもらっている。
とはいえ、昼間はいつも陳情者であふれている部屋であるから、ロケが出来るのは夜しかない。
そして撮影は押しに押して、ただいま丑三つ時、というわけである。
いつもは角突き合わせている尚書令の部屋の隣、ということで、本人不在ながらも、そこかしこに気配を感じ、特に鋭敏な者が、落ち着かないでぴりぴりしているのだろう、と文偉が推理をはたらかせて、休昭や公琰に同意を求めている。
孔明は口をはさまない。
特に趙雲は、めずらしいほどに落ち着きがなく、妙にそわそわとしては、あたりをきょろきょろと見回している。
孔明としては、あえて周囲を見回さないでいる、というのに…
孔明は、またちらりと蒋琬のほうを見た。
どういう理由で蒋琬がカメラを構えているのか、そのあたりはよくわからないが、これは不味いのではなかろうか。
やはり撮影は、早いところ終わらせてしまうのがいいだろう。
「子龍、いきなり抱きつく、というのが難しいのであれば、どうだろう、手を握るところから始める、というのは」
と、孔明が手を差し伸べると、まあ、それなら、と、しぶしぶと趙雲がその手を取った。
「よしよし、こうして手をつなぐと、幼少期の遊びを思い出さないか」
「あいにくと、俺はそう言う遊びはしらぬな」
それを見た文偉が、「お」と言って、となりの偉度に言う。
「なあ、これ、いいじゃないか。この二人の雰囲気からして、いくら互いに好き合っているとはいえ、いきなり職場で抱き合う、というのはなさそうだからな。いまの軍師の台詞もいけるぞ。
つまり、こう変更するのだ。娘に惚れた男であるが、もともとシャイなため、結婚してほしいと切り出せない。
それを敏感に察した娘がこういうのだ。(声をオクターブ2くらい上げてお読み下さい→)『焦らなくても大丈夫、手を握るところからはじめましょう』。で、男が手を握り、そこでハッピーエンド」
偉度は、ううむ、と、♪せっせっせのよいよいよい、でも始めそうに、手をつないだまま、偉度の指示を待っている孔明と、居心地悪そうにしている趙雲を見ている。
「まあ、たしかにこのキャストで、いきなり抱擁、というのは無理があるか…仕方ない。それでいいですよ」
「よかったな、子龍。これですこしは気が楽になっただろう」
「まあな」
短いながらも、あきらかに趙雲はほっとしたようで、顔から険が取れていった。
「はい、それじゃあ、本番行きまーす」
アクション、と偉度が言おうとした、まさにそのとき、ばたん、と音がして、部屋の扉が開かれた。
見ると、揚武将軍の法正が、めずらしくも、そのキツネ顔を覗かせたのである。
「おや、ご一同、まだこちらで仕事をされていたとは、ご苦労なことであるな」
と、酒と牛タン、あるいは焼き鳥の匂いをぷんとさせて、法正は機嫌よく周囲を見回す。
おそらく接待帰りなのだろう。
もちろん、接待を受けたほうの側である。
法正は、なにやら手を握り合っている孔明と趙雲の姿に、細い目をさらに細くした。
「男同士でなにをされている? 薄気味の悪い。教育映画の撮影ではなかったのか?」
「教育映画の撮影にはちがいないのですが、いささか事情がございます。『孤月的陣』と『説教将軍シリーズ』そのほかもろもろを全部読了しただけると、意味が通るかと」
孔明が答えると、法正は酔っているせいもあるのか、いつもより、さらに尊大に鼻を鳴らした。
「くだらぬ。斯様な時間は、御辺らとちがって、わたしにはない。さあて、ちゃんと朝までに終わるのであろうな。そもそも、御辺らが、我らの職場を下手に探っていやしないかと、それが心配で戻ってきたのであるが」
ほほほ、と笑う法正を横目に、孔明は、蒋琬に、カメラを向けるな、と合図をするのであるが、蒋琬も腹を立てているらしく、カメラはしっかり法正を撮影している。
もっとも怒りをあわらにして、文偉が言った。
「われらは、そのような卑しい真似はいたしませぬ」
しかし法正は、どうだか、というふうに肩をそびやかし、周囲をぺたり、ぺたりと歩きながら、唄うように言う。
「誰かと思えば、零落した費家の息子ではないかね、いやはや、このような雑事に従事せねばならぬとは、哀れなことよ。
そして、その隣は董幼宰の親不孝息子ではないかね。なぜに近頃、父親が家に寄り付かぬか、その理由は知っているのかね」
「わたしの所為だと?」
顔色を変える休昭に、文偉がさらに腹を立てて、噛み付こうとするのを、偉度が手で制止し、あいも変わらず監督モードのまま、言った。
「で、暇つぶしにこちらに帰っていらっしゃった、お友達のすくない法将軍は、じつはこの映画に参加されたいのでは?」
「莫迦な、わたしがそのような」
「なれば、なにゆえ、わが友に揚武将軍ともあろうお方が絡まれるのです」
友、と聞いて、文偉と休昭が「偉度ー」と目をうるませる。
怖いもの知らずの偉度と、怖いものからあえて目を逸らして威張っている法正の両者が、喧々諤々とやりだしたのを横に、趙雲はぶるりと身を震わせた。
武者震い、ではなさそうだ。
「なんであろう、急に冷えてきたとは思わぬか」
「揚武将軍が扉を開けたので、つめたい夜風が入ってきたのだろう」
「そうだろうか…なんだ、今度はおまえが落ち着かないな。さっきから、公琰のほうばかり気にして、なにかあるのか?」
「そういうわけではないよ。やはり今日は仕切りなおしだな。偉度のバカタレ、いくら文偉たちが莫迦にされたのが許せぬとはいえ、あんな下手な挑発の仕方があるか」
「そうだな、そろそろ止めるか。ところで軍師」
「なんだね」
「俺たちは、いつまで手を握っていればよいのだ?」
「………」
孔明と趙雲は、ぎゃんぎゃんと、野犬VS山猿ほどの喧嘩になりつつあった、偉度VS法正のあいだに入り、なんとか場を治めたものの、法正は修まらず、
「御辺ら、出てけ! わたしの職場から出て行け!」
となり、結局、その夜の撮影はお流れとなったのである。
※
さて、数日後。
孔明が左将軍府にて職務にはげんでいると、廊下の向こうから、休昭が、へなへなと、いまにも倒れそうになるのを懸命にこらえながら、こちらにやって来るのが見えた。
どうしたのかと、孔明は席から離れ、いまにも気絶せんばかりの休昭を抱きとめてやった。
「如何した、休昭」
「ぐぐぐぐぐぐぐ」
軍師、と言いたいらしい。休昭はすっかり混乱の極みにあり、呂律が回らなくなっているのだ。
「ヘへへへへ、変、フィルム、ヤバ!」
「なんと、やはり問題が起こったか」
よくわかるな、という、左将軍府のひとびとの尊敬のまなざしを背後に、孔明は休昭を助け起こしつつ、ともに映画の編集室へと向かった。
編集室には、偉度を中心に、蒋琬、文偉、趙雲と言った、法正を除く、あの日のメンバーが勢ぞろいしている。
孔明が部屋に入っても、だれも振り向くことなく、編集中の画面を凍り付いて眺めていた。
画面再生中…
『「おい、シーン58って、どれだ」
孔明は、軽い眩暈をおぼえつつ、答える。
「職場に忘れ物を届けたあと、結婚を互いに承諾して、抱き合うシーンだろう」
とたん、趙雲の顔が強ばり、後ずさる。』
そのとき…
「あっ! ほらっ! いま背後に、女の子が横切った!」
と、文偉が鋭く指摘する。
それに素早く反応して偉度がフィルムを巻き戻すと、スロー画像でもはっきりと、たしかにその場にいなかった少女の姿が、後ずさる趙雲を避けるようにして、画面からフレームアウトするのが見えた。
「これは…」
言葉をなくす一同であるが、偉度はさらにフィルム再生を進める。
画面再生中…
『「公琰、大事無いか?」
щжжъ-'и???!
趙雲と偉度がわあわあと問答している横で、孔明が尋ねると、公琰は、心もとなくも、
「おそらくは」
と、答えた。それを聞いた助監督兼照明の文偉が口を挟む。
「軍師、われらは心配してくださらぬのですか」
「話しながらライトを向けるな。おまえたちのことも心配しているとも。とくに休昭。そなたは幼宰殿にこうまで遅くなると連絡してあるのか。きっと帰りが遅いので、気を揉んでおられるぞ」』
「いま、最初の軍師の声のあとに、変な声が紛れていなかったか?」
偉度がいつもの冷静さを崩しつつ、あわてて巻き戻し、スロー再生して音声を解析すると、たしかに何者かの声が入っていた。それも、だれも聞き覚えのない声が…
『大事―? あるよー、こっちは死んで…死ん…死…………寒いよー、寒いよー』
「怖いよー!」
いつもの向日葵のような明るさは明後日の方向に、文偉はすっかり顔色を失って、休昭と手を取り合って、ガタガタと震えている。
そのなかにあって、顔色をかえず、なるほど、と顔色を変えないで、平静を保っているのが、約二名。
「やっぱり、こうなってしまったか」
つぶやいたのは、蒋琬である。
その意味ありげな言葉に、一同の視線が蒋琬に集中する。
「わたしが撮影すると、かならず、心霊現象が撮れてしまうのだ。『写るんです』しかり、デジカメしかり…」
「先に言え! つーか、教育映画が、心霊ホラームービーに…」
さすがの趙雲も、心持ち、顔色を変えていたが、ふと思い出し、そして孔明に向き直る。
「軍師、そういえば、この撮影中、ずっと公琰を気にしていたが、このことを知っていたのか?」
「うむ…隠すつもりはなかったのだが、言えば、おまえたちが怖がるだろうと思ったのでな。偉度や子龍が、わけもなくイライラしていたのは…」
「していたのは?」
「あの部屋は、一種の霊の溜まり場なのだよ。霊も大量に集えば力を得る。そうだな、いつもは個々に現世を漂う霊が、行き場を失って、あの部屋にあつまって、それが徐々にひとつの大きな力を形成しつつある、といえば、わかりよいであろうか。
あの部屋に入ったことで、特に子龍と偉度にへばりついていた低級霊が力を得て、二人の邪魔をしようとしていたのだ。とはいえ、二人の精神力が強いこともあり、ただイライラさせるだけしかできなかったのだ」
「……見えていたのか?」
「普段なら、何かいるな、程度だよ。しかし、あの部屋はすごかったな。あれだけはっきり見えるのだから、早々に強い霊力をもつ神官か巫女に鎮魂の儀を行わせないと、とんでもないことになるぞ」
「法将軍にもお知らせすべきか…」
と言ったところで、とつぜん、ばたりと派手な音がして、見れば、休昭が、すっかり目を回して倒れこんでいる。
なんだろう、と画面を振り返った一同は、さすがにそのすさまじい画面にそれぞれが悲鳴をあげた。
画面再生中…
『「おや、ご一同、まだこちらで仕事をされていたとは、ご苦労なことであるな」』
法正がちょうど、接待の帰りに、ひやかしにやってきたところであった。
しかし、あの夜はまちがいなく一人であった法正であるが、その後ろには、ずらりと、恨めしそうな顔をして、法正をじっとりと睨んでいる、何十人もの人間が立っていた。
明らかに、生きている人間の顔色ではない。
「法将軍が、かつて罪に陥れ、そして処刑した一族の怨霊だな。そのほかにも、陳情に来たのに冷たくあしらわれ、無念のまま死に至った霊などが、一緒になって取りついているのだ」
フィルムはさらに進み、偉度と法正が激しく喧嘩をしているところである。
法正のうしろにぎっしりと順番待ちでもしているのか、並んでいる霊たちは、偉度の言葉に大喜びで、手を打って応援しているのであった。
偉度はさすがに震えた声で言う。
「あの夜、なぜか妙に舌のすべりがよいな、と思ったら、これが原因だったのか…」
画面再生中…
『
喧々諤々とやりだしたのを横に、趙雲はぶるりと身を震わせている。
「なんであろう、急に冷えてきたとは思わぬか」
「揚武将軍が扉を開けたので、つめたい夜風が入ってきたのだろう」』
孔明の隣で、ぼそりと趙雲が、
「………孔明のウソツキ」
と言った。
字を呼び捨てにされたのは初めてだ。
悪い気はしないが、こういう珍しいことがあった時は要注意だ。
孔明は早々に退散し、趙雲の怒りから逃げることにした。
かくて、娯楽恋愛アクション教育映画は、当初の予定より一転、娯楽心霊ドキュメンタリーになった。
お蔵入りも真剣に検討さられたが、偉度が『交通ルールを守ろう』キャンペーンを、急遽、『虐殺は、ダメ、絶対!』キャンペーンに切り替えたため、上映が可能となった。
たった十五分に満たないフィルムは、そのあまりの鮮明な映像のために、巴蜀のみならず、魏や呉でもおおいに受けまくり、その年、歴代の映画を抜き去って、興行収入ナンバーワンの座に輝いた。
現在、法正が名誉毀損で胡偉度を民事で訴えているが、裁判の結果は、フィルムに写っている心霊現象の数々が、はたして本物かどうかにかかっているようである。
※あとがき※
おばか企画。偉度のたくらみの巻…になるはずが、あれ? 「本当にあった怖い話」になってしまいました。本当は、冬ソナとか韓流のパロにしようかな、と思ったのですが、さすがに時流と添わなくなりつつあるので、やめましたm(__)m そういうわけで、蒋家にアルバムはないそうです(嘘)。
リクエスト下さいましたとくさ様、お待たせした上に、こういう作品となりましたが…い、如何でございましょうか…リクエストありがとうございました&ご読了ありがとうございましたm(__)m
(C)Hasamino Nakama 2005 07 31