ジングル。

※ここはいったいいつの時代なのか? クトゥルフの呪いを受けた様子で、時代考証は宇宙の神々に持ち去られてしまいました。あらかじめご了承くださいm(__)m

世に祭りの数あれど、クリスマスほど絢爛豪華でありながら、荘厳さも兼ね備えた祭りはなかろう。
その起源はなかなかにややこしい。
12月25日、かのヘロデ王の幼児虐殺から、胎内の子を守るため逃れた聖母マリアが、逃亡先の馬小屋にてイエスを生んだ日とされている。
イエスが生まれた日には、東方より、星に導かれて三人の賢者が馬小屋を訪れたとされており、クリスマス・ツリーのてっぺんについている大きな星、あれは天使が賢者たちを導いた星の象徴なのだ。

と、あるが、これは新約聖書の話と、あとづけの解釈がまぜこぜになったものである。
実際のイエスの誕生日は定かではない。
イエス・キリストという人物について、もっとも重要なのは、その死と復活にあり、誕生に関しては初期キリスト教では、さほど重要視されていなかった。
キリスト教というのは、ご周知のとおり、ローマ帝国に迫害されつづけ、313年に公認されるまでは、信者ということがわかれば、悲惨な運命を辿ることとなった。
闘技場に連行され、素手でライオンと戦わせられたり、あるいはサディスティックな拷問にかけられ、死に至らしめられたりした。
原因は、信徒同士で「兄弟」「姉妹」と呼び合うことが、同性愛者の集団だと疑われたためだとか、地下墓地(カタコンベ)で集会をする姿が、いかがわしい宗教であるイメージを喚起したためだとか言われるが、最たるものは、その平等思想である。
神の元、人々はみな平等である。
つまり、キリスト教的思想の前では、町をゆく普通の人間も、皇帝も平等なのである。それを国家として認めてしまったなら、皇帝の権威が崩れるのは明白である。
皇帝は、だれより特化された、太陽神の化身でなければならないのだ。
ユダヤ人のイエス・キリストのほうが偉いなどということが、あってはならない。
この危惧のもと、ローマはあれやこれやと迫害をつづけたが、キリスト教の伝播力というものはすさまじく、ついには、皇帝がキリスト教を認め、やがては国教とせざるを得なくなった。
さて、こうなるとまるで皇帝がキリスト教に屈したように見えなくもないが、そこは老獪なローマ人。
これだけ民衆のあいだに広まったキリスト教を迫害しつづけるのは、治世に問題が出る。
とはいえ、放置すれば、国家としての成り立ちが危うい。
どうするかと考えて、迫害するのではなく、彼らの都合のいい宗教に変えて、管理することに政策を方向転換したのである。

その方向転換のひとつの策として、クリスマスがあるのだ。
もともと12月25日は、太陽神の祀りの日であった。
そう、冬至に新しい太陽の誕生を祝った日であったのだ。
この日を太陽神の誕生の日ではなく、キリストの誕生の日にまるまる変えてしまった。

キリスト教を国教にするにあたり、それまでローマで太陽神を信仰していた信徒たちが、抵抗なくキリスト教を受け入れられるようにという、計算が働いていたのである。

かくてここに、クリスマスが誕生したわけであるが、サンタクロースの出現はさらにあと。
4世紀のトルコ出身の聖人ニコラスが、サンタクロースのモデルであることは広く知られている。
キリストの誕生日に、なんだって赤い老人が、プレゼントを子供たちに配りまくるようになったのかは、これまた諸説あるのだが、古くは聖人ニコラスを崇拝していたオランダ人がアメリカに移住後、新大陸の自分たちの作り上げた都市に、故国の都市のように、守護聖人をつくろう、ということになり、白羽の矢が立ったのが聖人ニコラスであったのがはじまりらしい。
すでに当時、財産家であったニコラスが、貧しい子供たちのために多額の寄付をしたという話には尾ひれがついており、貧窮する家庭をこっそり助けるため、煙突から金袋を入れたら、ちょうど暖炉のところにかけてあった靴下に入った(おそらく炉辺で濡れた靴下でも乾かしていたものと思われる)という話は定着しており、そこからイメージは肥大し、都市の守護聖人から発展、クリスマスに子供たちにプレゼントを配る素敵なおじいさんに変貌していった。
もちろん、資本主義のアメリカが、この便利な偶像を見逃すはずがなく、サンタクロースはクリスマス商戦に借り出されることになった。
つまり、サンタクロースの現在のイメージ、赤い服、白い顎鬚、いささか肥満気味、赤鼻のトナカイに引かせた橇で世界中を駆け回るというものは、19世紀以後に作られたものであり、じつはそう新しくないのである。

では、19世紀以前のクリスマスはどうであったかといえば、イブの誘惑を題材にした神秘劇を演じ、人類の罪と罰について考える、荘厳なものであった
クリスマス・ツリーは、イブがその実を手に取る知恵の木、そしてツリーに飾られる、謎の赤い玉、あれはじつは蛇がイブを誘惑する際にもちいた実である(聖書には、知恵の実が林檎だとは書いてない。エデンの園の知恵の実は、コカの実だという説もあるそうだ)。
いまの煌びやかなクリスマス・ツリーの原型は、エデンの園において、イブが原罪をになうきっかけとなった木だったのである。
もちろん、常緑樹の象徴ということで、枯れることのない生命力への崇拝、キリスト教以前にヨーロッパにさまざまにあった異教の祭りのイメージが、ここに投影されていることは説明するまでもない。






「それ、もっともらしいが、じつはところどころ間違っている、なんてことはなかろうな」
孔明の主簿・胡偉度が言うと、宮城の、互いに名の知れた家の出でありながら、なぜだかびんぼうな書生の二人、費文偉と董休昭は、ぶうぶうと不平を鳴らした。
「あるわけなかろう。馬岱どののお話だぞ? 何せ馬岱どのは、我らよりはるかに見聞が広いゆえ、知識が豊富なのだぞ、ジングル」
「それに気取ったところのない方だからな、まず間違いなかろう。軍師ばかりが何でも知っているわけではないのだ、ジングル」
「わかったよ………ええと、ベル?」
馬岱はついでに、なにも知らない世間知らずのばか坊ちゃんズに、
「クリスマスには、『ジングル』『ベル』と語尾につけて話すのが国際流」
と大法螺を吹いていた。
普段の偉度ならば、さんざんにこき下ろしたところであるが、いまは元気がない。
赤鼻のトナカイの着ぐるみをまとった二人を横目に、言う。
「なんだってそんなに似合っているのだ、着ぐるみ。おまえたち、朝からその格好だったと聞いたが、なんだってまた」
「昨夜はずっと雪が降り続いていただろう。我らが朝、出仕しようとしたら、道端で、薄着で酔いつぶれた男が倒れていたのだよ、ジングル」
と、赤鼻が、いまひとつ似合わない文偉が答える。
「助け起こそうとしたのだが、とんでもない大男で、雪にまみれてしまって、顔もわからないほどだ。そのうえに、肩を貸そうとすれば、『俺に触れたら殺す』とか物騒なことを言うので、仕方なく、我らの衣をかけてやって、置いてきたのだ。
とはいえ、今度は我らも寒い。どうしようかと思っていたら、着ぐるみがあるではないか。これを着ない手はない。一人であったら恥ずかしくて仕方ないが、文偉が一緒であるからな。この着ぐるみ、かなり温かいぞ、ジングル」
と、得意そうに休昭。
「間抜けな…。無礼な酔客なんぞ、放っておけばよいのだ。凍え死ぬにしても己の責任であろうに。かさ地蔵でも期待していたのか?」
「嫌なことを言う。我らは純粋に気の毒だから衣をかけてやったのだぞ」
「ああ、悪かった、怒るな。やれやれ、今年のクリスマスは最悪だな」

偉度がぼやくのも道理で、ここは成都の宮城なのであるが、さきほどからトナカイやらサンタクロースやら、うごくもみの木やらでせわしない。
彼らのほとんどは、手にクリスマスケーキを何箱か持っている。
なぜかと言えば、これは揚武将軍・法正の、めずらしくも壮大なミスよりはじまる。
11月、歳末の資金繰りが、想像以上に思わしくないことに気づいた法正は、宮城の料理人たちに命じ、揚武将軍印のクリスマスケーキを作らせ、その販売利益を不足分に当てることにしたのだった。
ところが、なんの手違いか、料理人たちは張り切りすぎてしまい、アルバイトまで雇ってケーキを大量生産。
予想していたより倍のケーキが出来てしまった。
もとより、材料費もタダではない。
焦った法正は、主だった武将・文官に、
「一人、十個のノルマでクリスマスケーキを売りまくれ。売れなかったら自己負担」
と、布告。
天下の揚武将軍にそう命じられては、下手に断ったら年を越せるか危うい。
そこで、みな、一個でも多く売ろうと、めいめいが着ぐるみをまとって、町に繰り出さんとしているわけである。

しかし、偉度だけは、着ぐるみは纏わず、普段どおりの文官装束のままであった。
「偉度にはノルマが回ってこなかったのか、ジングル?」
「もうとっくの昔に売りさばいてしまったよ。いまバタバタしている連中は、行動が遅すぎる」
「偉度はすごいな。軍師はどうされただろうか、ジングル?」
休昭が尋ねてくるのを、偉度は答えた。
「軍師に商売なんかさせられるか。あのひとの分と、あわせて二十個をもらって、もう売り切った。休昭、幼宰どのだって、もう売り切ったとおっしゃっていたぞ。どうしておまえは乗り遅れているのだ?」
「父上のは売ったとはいえないよ。今回のノルマの話が公になったとたん、長星橋の商人たちが屋敷にやってきて、ケーキを売らねばならないなど、お仕事のさわりになってしまうでしょうから、わたくしどもで買い上げさせていただきます、とかなんとか言って、全部引き取って行ったのだよ、ジングル」
「そうだろう、こういうときに、人脈というのは大切になるのだ。わたしなぞは、軍師の名前を出しただけで、一気に売り切れだ」
偉度の言葉に、文偉は眉をひそめる。
「おまえ、町に『頭のよくなるケーキ』が出回ったという話があるそうだが、それがそうか、ジングル?」
文偉の非難めいた声に、偉度は肩をすくめ、答えた。
「売り方だろう? 商品イメージを上げるための戦略だ」
「要領いいなあ…人脈となると、わたしは危ういかもしれぬ、ジングル…」
やたらとよく似合っているトナカイの着ぐるみをまとい、暗い顔をする休昭に、文偉は肩を叩いて言った。
「なあに、安心しろ、いざとなれば、二人でノルマを分け合えばいいさ、そういうときの友ではないか、ベル!」
「文偉、ジングル!」

ジングルジングルとやかましく友情をはぐくむ二人をよそに、偉度は、やれやれと場を離れ、左将軍府へと足を向けた。
とはいえ、帰ってくるなときつく言われているので、漫然と歩いているだけである。
つくづく、愚かなことを言ったと思うが、覆水盆に還らずの言葉どおり、もはやあとの祭りなのであった。

なにがあったかといえば、それはつい一時間も前のこと。
ケーキを売りさばいて報告のために左将軍府へ戻る途上、陳到の娘、銀輪が歩いているのを見つけ、声をかけた。
クリスマスという日には、馬岱の薀蓄に耳を傾けるまでもなく、みながにこやかになる日でもあるから、偉度も気安い気持ちで銀輪に声をかけたのであるが、ある意味、緊張感が抜けてしまっていたのがいけなかった。
銀輪はとても上機嫌で、今日はサンタクロースが来るから、早く寝るのだとうれしそうに言う。
偉度は冗談だろうと思った。
なにが冗談かといえば、銀輪のように、年齢に見合わず、しっかりした内面をもつ少女が、サンタクロースを本気で信じているなどと、ゴマ粒ほどにも思わなかった。
ああ、機嫌がいいから、下手な冗談を言っているのかと判断した偉度であるが、これがまたいけなかった。
「叔至殿も大変だな。四人も娘がいれば、プレゼントを買うのもおおわらわであろう」
すると、銀輪は、不思議そうに首をかしげて、言った。
「どうしてパパが大変なの? 大変なのは、サンタクロースだよ」
「あのな、プレゼントを買うのも叔至殿だし、靴下の中にプレゼントを入れるのも叔至殿だろう」
銀輪は、口をミミズのようにゆがめて、笑っていいのか、沈黙するべきなのか、わからない、というふうな顔をして言った。
「パパじゃないよ。だって、銀、サンタを見たことあるもん。妹も一緒だよ」
「だからそれは、叔至殿がサンタの格好をして、おまえたちにプレゼントを配っていたのだ。サンタを見たというが、では、そのときに叔至殿を見たか?」
とたん、銀輪は顔を蒼くして、うつむいた。
「パパ……そういえば、パパ、居なかったかも」
「そうだろう。サンタクロースなどというのは、企業が生み出した利益製造マシーンに過ぎないのさ……って、おい」
銀輪は、いつの間にか、猫背になって、偉度に背を向けて、とぼとぼと自邸へ戻っていく。
追いかけた偉度であるが、銀輪は、
「サンタって、いなかったんだ」
と、泣きそうな顔をしながら去って行った。

こうなってみて、はじめて、ああ、不味いことをしでかした、と後悔した偉度であるが、追うか、それとも時間を置いて、こちらの気まずさが薄れるのを待つべきか、どちらにしようかと迷っていると、背後より、ごつんと殴られた。
振り返れば、細雪を避けるために笠を被った孔明であった。
「ばか偉度。また銀をいじめたのか。いまのは罪が深いぞ。無垢な少女の夢を壊したのだからな。せっかくのクリスマスも台無しではないか。まったく、今月は減給だ」
「軍師、いつの間にいらしたのですか…というより、このわたしが、こんなトロイひとの拳を避けられなかったことが迂闊すぎる!」
「……いまの発言で、ボーナス返上決定」
「横暴でございますぞ。プライベートと仕事を、一緒に評価されては困ります」
偉度が抗議すると、孔明は、なにをいまさら、という顔をして、言った。
「おまえは、わたしに近すぎるからな。いまさら私的な事柄を省いて、おまえを冷静に観察することなど、無理だ。だから開き直って全部を評価対象にすることにした」
「また身勝手な…だから月によって給料に差があるのか…ところで、またもお供をつけず、街中で、おひとりでなにをしておられる」
すると、ますます孔明は眉をしかめて、あきれたように言った。
「おまえが、わたしの分までケーキを売りにいったので、いったいどうしただろうと心配して、迎えにきたのに決まっておろう。でなければ、この年の瀬の人出のなか、真っ直ぐおまえに行き会うはずがなかろうが。
そうして見つけてみれば、相も変わらず口を滑らせておるし。おまえには感心させられることもあるが、反動で、こちらを落ち込ませることもおおいにしてくれる」
「そりゃあ、どうも申し訳ありませんでしたね」
照れ隠しに乱暴に言うと、孔明は、やれやれとため息をついた。
「しかし、いまのは、まったくもって、いただけぬ。
銀は、たしかに大人びた娘ではあるが、それは、すれているということと同義ではない。おまえと気が合うのだから、口はしっかりしていても、純真な娘だということを理解してもよいものを、おまえはそれがわからぬのだね。困ったものだ。
というわけで、偉度、銀に謝るまで、わたしの前に立つことをは許さぬ」
「は?」
「『は?』ではない。当たり前だろう。うやむやにやり過ごすつもりであったのか? おまえのよいところは、直言実行だと思っていたが、そこも評価を変えねばならぬのかね、偉度や」
「それは」
困ります、と、らしくもなく口元でごにょごにょ言う偉度に、孔明は、よいな、と念を押して去って行った。
かくて、偉度は左将軍府に戻れない。
戻ったなら、孔明と顔をあわせてしまうからだ。
孔明の言葉は、最初は柔らかく優しいが、これで舐めて行動に移さないと、二度目からは雷、三度目は無明の闇に突き落とされることになる。
とはいえ、このままでは、各方面に、あまりに気まずい。
かくなるうえは、仇敵とも言うべき、あの男に頭を下げねばならぬかもしれぬ。
厄介なことだ、とつぶやきつつ、偉度は陳家へと足を運んだ。





一方、陳家では、もともと祭り好きな陳到が、うきうきと屋敷中のデコレーションをこなしていた。
陳家の派手なイルミネーションは界隈でも有名で、パチンコ店がそのデザインセンスを学びに、デジカメ持参でやってくるほどなのだ。
ジングルベー、ジングルベーと歌いながら金モールを部屋に飾る陳到がふと見れば、愛娘たちが、柱の影から、じっとこちらを見ているのである。
最初は気に留めなかったが、あちらの部屋、こちらの部屋と移動しても、娘たちはぴったりくっついてくる。
一緒に飾り付けをしたいのかと思い、声をかけても、娘たちは、首を横に振って、父親を遠巻きにしているばかりであった。
これで普通ならば疑問に思うところであるが、陳到は底抜けに明るい男であったから、娘たちは、わたしが好きでたまらないので、付きまとってくるのだろうと喜び、嬉し涙さえ浮かべてみせるのであった。
そうして、納戸の奥にこっそりと隠してあるプレゼントを思い浮かべ、この娘たちは、どれだけ喜んでくれるだろうと、いまからわくわくするのであった。

さて、父の喜びをよそに、銀輪たちの思惑はちがった。
銀輪を長とする四人の娘たちは、
「父上がサンタかどうか、今日は寝ないで確かめよう。交替で父上を見張れば、なにかわかるかもしれない」
と話し合っていたのである。
こと、銀輪は、偉度の言葉が嘘だとは思いたくないけれど(からかわれることはままあるが、嘘をつかれるとなると、心持が変わってくる)、サンタがいないとは信じたくない。
偉度の言葉が本当かどうか、きっと突き止めるのだと思っていた。

かくて、陳家の緊張したクリスマスが訪れた。





さて、トナカイの着ぐるみをまとって街に繰り出した文偉と休昭であるが、同じ目的を持った文官・武将たちがいっせいに外に出たわけだからたまらない。
もともとのんびりした気性の二人だけに、たちまちケーキ売買商戦に乗り遅れ、早くも完売を決めた者たちを横目に、さびしくケーキを売るはめになった。
「ケーキでジングルー」
「おいしいでベルー」
と、寂しく街行く人に声をかけるが、二人分の悲しげなオーラが邪魔をして、まったく相手にされない。
ケーキは、休昭とも旧知である幼宰の知り合いが、ほとんど義理で一個買ってくれたばかり。
ふたり合わせて十九個のケーキが残っている。
しかも、細雪は、次第に本格的な降りに転じ、雪の粒もマシュマロ大になってきた。

互いに口数も少なくなり、どっぷりと落ち込みつつあるところへ、丁寧に磨きこまれて、凝った装飾のほどこされた橇が二人の前で止まった。
見れば、橇に乗った、サンタクロースの扮装をした馬超であった。
その後ろには、トナカイの扮装をしつつも、なぜだか茶色の全身タイツにトナカイの被り物という、不思議な格好をしている馬岱がいる。
「あ、馬岱どのだ。ケーキは売り切ったのですか、ジングル?」
休昭が尋ねると、馬岱は不思議そうな顔をして、首をひねった。
「なんだって、語尾にジングルなんてつけているのだ? 喋りにくいであろうに」
「あなたが、クリスマスはそういうふうに喋るものだと、言ったんじゃないか…そうか、だからここ何日か、我らを遠巻きにして見る者が多かったのだな…」
「言ったかな? ハテ、記憶にあるような、ないような。すまぬ、三日以上前のことは忘れてしまうのだ」
「便利なオツムだな。ところで、なんでタイツ? 寒かろうに」
文偉に問われて、馬岱は不思議そうに、自分の姿を見下ろして、タイツの一部を指先で摘むと、答えた。
「80デニールタイツだから、あんまり寒くないぞ。おや、まだケーキを売り切れてないのだな」
「助けると思って買ってくだされ。平西将軍もいかがです?」

橇を運転する馬超はといえば、さむい、さむいといいながら、ポケットから小瓶を取り出して、酒を飲んでいるところであった。
顔は赤く上気し、やはりコニャックがいちばん温まるな、などとつぶやきつつ、二人に顔を向ける。
「買ってやってもよいが、わたしは甘いものをあまり好まぬ。辛子で出来たケーキならば考えるが」
「そんな怪しいケーキ、用意しておりませぬ」
「ならば、肉でできたケーキならばよい。なあ、岱よ。われらなんぞは、町で、錦馬超のケーキなるぞ、みな買うがよいと叫んだだけで、あっというまに売り切ったぞ。
なにせ、翊軍将軍めが、ノルマのケーキは、部下の分まで自腹で買い上げたうえに、仕事で家に帰れない部下たちのために一個づつ配る、などというカッコイイことをしたあとだけに、負けてはおられぬからな」
「へえ、さすが趙将軍、心配りがちがう」
文偉が言うと、酔っ払いサンタの馬超は、むっとして言った。
「なにがさすがなものか。わかりやすい人気取りではないか。わたしは、あの男の、そういう武将のくせに、変に繊細なところが好かぬ。
ところで、おまえたちはまったく売れていないようだな。わたしのように名前で売れるわけでもなし、翊軍将軍のような太っ腹が上司にいるわけでもなし、無名の文官は、こういうときに辛いものだな」
嫌味を言っているつもりもないのだろうが、コニャックでほどよく酔った馬超は、はははと声も高らかに笑う。
それに合わせて、小癪に馬岱も、はははと笑うのであった。
「酔っておる。しかも、われらに嘘を教えたうえに、趙将軍までも愚弄するその態度! もう許せぬ」
「お? 書生が、わたしに挑むというのか」
と、馬超の挑発の言葉に、文偉は、となりの休昭に言った。
「休昭、歌ってやれ! 地獄のクリスマスソングを!」
「ええ? そんなの知らないよ。山下達郎の『クリスマス・イブ』でいい?」
「おまえが歌えば『赤鼻のトナカイ』も『きよしこの夜』も同じだ! それいけ!」

それいけ、と言われて、休昭は、雪の舞い散る成都の真ん中で、♪きっときみは こなーいー♪と、世にも有名なフレーズを口ずさみ始めたのであった。

ほどなく、文偉と休昭のいた広場には、あれほどいた人々が、蜘蛛の子を散らしたようにいなくなっていた。
「あれっ? だれもいない。文偉、平西将軍と馬岱どのは?」
「さいでんなー、そうでんなーと叫びながら逃げ去って行ったぞ。あの錦馬超を、たった一曲で逃走させるとは、休昭、おまえは素晴らしい! こちらの勝利だ。ケーキは一個も捌けていないけれど、気分がいいぞ!」
「なんだか釈然としないけれど、だれもいないよ。ケーキ、どうするのだ、これ…」
雪のしんしんと降り積もるなか、悲しげな休昭のつぶやきが風に紛れていく。
と、次第に厚くなる雪のベールのなか、二人連れの影が徐々に近づいてくるのが見えた。
「おお、いたいた。いやはや、本降りになってきたな。ケーキはまだ売れ残っているようじゃねぇか。ちょうどいいや」
と、笠を上げるその顔を見れば、驚いたことに劉備である。
その後ろはといえば、ほかでもない、その義弟たる張飛なのであった。
「ひい、ふう、みい…と、十九個か。おい、益徳、いけるか?」
「ケーキの一個や二個、軽いものだぜ。うちは、みんな大食いだからな。よし、全部くれ」
思わぬなりゆきに、文偉と休昭がぽかんとしていると、劉備は、にっ、と明るく笑って答えた。
「今朝は益徳が酔いつぶれて寝ているところを、助けてくれてありがとうな。おかげで凍死しなくて済んだってものよ。
おまえさんたちがこいつにかけてくれた衣から、身元を割り出したのだが、ちょいと時間がかかってしまった。礼と言っちゃなんだが、このケーキは、儂たちが全部買い上げるから、おまえたち、風邪をひかねぇうちに、早く家に帰りな。
こいつの家の人間は、イナゴみたいによく食べるから、明日の朝までには、ケーキはぜーんぶ胃袋のなかに消えているだろうよ」
劉備の言葉に、文偉と休昭は、思わず互いに顔を見合わせた。
「すごいぞ、これはもしかしなくても、かさ地蔵のようではないか!」
「かさ地蔵は米だの野菜だのを運んでくれたが、主公たちはノルマ解消という幸運を運んでくれたぞ。偉度に自慢してやろう。見返りを求めて善行にはげむわけではないが、百にひとつは、かならず報われることがある、とな」
「文偉がそう言ったら、偉度もきっと驚くだろうな」
二人は顔を見合わせ、それから、また、明るく笑いあった。

その後、馬超と馬岱は橇の飲酒運転で逮捕され、さらに運悪く、扮装していたために馬超と気づかなかった役人のミスで、せっかくのクリスマスを、牢屋で過ごすハメとなった。
いつもならば暴れ騒ぐところを、休昭の歌の効果で、生きるの死ぬのと馬超が落ち込んでいたために、よけいに本人確認が遅くなったことは、あとで判明した事実である。





その日の夜。
銀輪は、妹たちと交替で、父の叔至を見張っていたが、いまのところ、自分たちが用意した靴下に父が手を触れることもなければ、サンタクロースの格好に着替えるような素振りも見せなかった。
ご馳走をたべ、ケーキを食べ(陳到は、ケーキのノルマを偉度よりも早く解消していた。やはりこういったものは人脈と人柄の賜物なのである)、家族でミニカラオケ大会をしたり、ビンゴ大会をしたりして楽しみ、休むこととなった。

妹たちと銀輪は相談し、今夜は、みんなで一緒の部屋に寝ることにしようと決めて、枕持参でネズミの子のように四人姉妹で身を寄せ合って、陳到の部屋で眠った。
要するに、父母ともに娘たちも、ひとつところに集って眠ったのである。

深夜、カタコトと、銀輪があらかじめ仕込んでいた木の細工物が鳴った。
銀輪は飛び起きて、父の寝台を見るが、陳到は、ぐうぐうと寝息をたてて眠っている。
ふと、冷たい風に気づいて、戸口を見れば、赤い背中が、ちょうど外へ出ようとしているところであった。
「サンタだ!」
銀輪が叫ぶと、ぐっすり眠っていた下の三人の娘も、飛び起きた。
銀輪の声にサンタクロースも気づかれたことがわかったらしく、たっ、と駆け去っていく。
俊敏な娘たちは、裸足のままサンタクロースを追いかけるが、娘たちが外に出て見たものは、白い大きな袋を抱えた、意外に若そうで痩せたサンタクロースが、身軽に塀を飛び越えて、屋敷の外へ飛び出していくところであった。
娘たちの騒ぎに、あくびをかみ殺しながら起きた両親のまえで、娘たちが靴下のなかのプレゼントを開けてみれば、そこには欲しかったおもちゃが、ちゃんと入っていた。

三人の妹たちがうらやんだことには、長女の銀輪の靴下のなかにだけ、二つの贈り物が入っていたことである。
ひとつは前々から欲しかったあたらしいお菓子作りの道具とレシピの本であったが、もうひとつは、白い貝殻のイヤリングであった。
思わぬ贈り物に、目を輝かせて喜ぶ銀輪であったが、なぜだか陳到が、それを見て、苦虫を噛み潰したようなシブイ顔をして、
「聞いておらぬ」
と、つぶやいたことは、娘たちのあいだでも、しばらくの謎として残った。





すべてが白く染め上げられていく。
付き合いで、宴席に顔を出したあと、酔いを醒ましたいという口実で一人になった孔明は、いつのまにか厚く積もっていた雪によろこび、紙燭の灯りを闇夜に掲げて見た。
墨をこぼしたような夜の中、音も立てずに雪が、ちらほらとさまざまに動きを変えながら、地上の白のひとつとなって姿を消していく。
じかに肌で触れれば冷たい雪であるが、地上に落ちるまでの直前、風にあおられて、くるくると輪を描いて踊るようにして消える雪の、幻想的な舞を見ていると、飽きるということがない。
そうして、寒さもわすれて、しばらく一人、雪の景色を楽しむ。

すべての色が消され、形も失われ、なにも見えなくなっていく。
白はうつくしい色だけれども、無垢でありすぎて、何物とも相容れない色でもあるな、と孔明が思っていると、ふと、がさりと音がする。
枝に積もった雪が落ちた音であろうかと紙燭を見れば、笠もかぶらず、趙雲が立っていた。
「風邪を引くぞ」
言いながら近づくと、濃い白い吐息をこぼしつつ、趙雲はすこしだけ笑った。
「おまえらしいといえば、らしいが、雪の落ちるのを見るのが、そんなに楽しいか」
「楽しいよ。飽きない」
「楽しいのはいいが、こんな夜更けに何をしている。屋敷には帰らぬのか」
問いに、孔明は、笑い声のかすかに漏れる屋敷のほうを指差した。
「招かれているのでね、酔いを醒ますために外に出ていたのだが、あなたは仕事か」
と、孔明は、趙雲の武装を見て言った。

ちらりと背中越しに見れば、愛馬がそばに繋がれている。
部下たちは、兵卒長の指示で、他へ移動する途中のようだ。こちらには目を向けていない。
そうして、趙雲に視線を戻せば、相変わらず厳しい顔をしている。
職務中に、無駄口を叩くことを嫌う、趙雲らしい態度である。

「門が開け放しになっているのはよくないと言いに来たのだがな。まさか会うとは思わなかった」
「驚かせてすまなかったな。門のことは伝えておく。さきほど、あらたに客が増えたので、そのときに閉めるのを忘れたのだろう」
「おまえが悪いわけではなかろう」
言いながら、趙雲は手を伸ばし、孔明の肩に散った雪のかけらを払いのけた。
雪の破片をつけた手を、孔明は見て、冷たそうだなと思った。
宙で留まっていた手を掴むと、酒で温まっている孔明の手の感触におどろいたのか、趙雲が手を引こうとする。
しかし孔明はそれを許さず、両手で手を掴んだまま、言った。
「獣の革でつくった手袋を、今度、準備しよう。手甲だけでは温まらないだろう。指先がこんなに冷えてしまっている。武器をもつとき辛いぞ」
「それほど冷えてない。動かしているからな」
「ならば、もっと温めれば、もっと動きがよくなるだろう」
突然、孔明は思い出し笑いをして、趙雲を不思議がらせる。
「むかし、ばあやに、よくこうして温めてもらったことを思い出したよ」
「俺にはそんな記憶はないな」
「ならば、いま、こうすることで、わたしの記憶を分けてあげよう」

しばらく両手で、卵を温める鳥のように静かに手を包んでいると、もういい、と趙雲が言った。
孔明は手を離し、それから尋ねた。
「子龍、護軍の配置に口を出すつもりはないが、最近、夜警を勤めることが多くないか? 他の者に遠慮して多く受け持っているのであれば、不公平だ。あなたが言いづらいことがあるのなら、わたしが動くが」
「不公平ではない。俺が申し出て、夜警を多くしてもらっているのだ」
「なんでまた。夜警は連続して勤めるものじゃない。昼夜の調整が狂って、体を壊すぞ。武将には致命的だろう」
「そしたら文官にでもなるか」
「まっ先に左将軍府に来てくれ。いや、冗談ではなく、心配なのだよ。本当になにもないのだろうな? あなたは滅多にわたしに愚痴らぬから、心配だよ」
「おまえが危ぶんでいるようなことは、なにひとつない。ソツなくやっているさ。この頃は特にな」
「ならばいいけれど、体の不調はなかろうな?」
「大事無い。単に夜警を多くしてもらっているのは、夜は眠れないからだ」
「不調なのではないか。あとで薬を煎じて屋敷に届けるよ。子龍、体が本格的におかしくなる前に、夜警は控えよ。
人間は、やはり太陽と共に行動するように、体の仕組みが出来上がっているのだ。不眠は万病の元だぞ。主騎たるあなたに倒れられたら、わたしはどうなる」
それを聞くと、趙雲は、それはそうだな、と、困ったような笑い方をした。
孔明は、趙雲の、物憂げなこの笑い方が好きではない。
「子龍、年内は難しいけれど、年が明けたら会いに行くよ。いや、年が明けたら、まっ先に行くから、張り切って一人で宮城の参賀に行ったりしないように。命令だ、命令」
「困ったヤツだな、おまえは子供か」
「命令は?」
「わかった、聞こう。そのかわり、予定が変わるようならば、すぐに使者をよこせよ」
「そのあたりは抜かりない。一度だって、わたしがあなたに不義理をしたことがあるか?」
「どうだったかな。忘れた。それより、もう十分に酔いは冷めているだろう。早く屋敷に戻れ。雪の積もった案山子のようになっているぞ。後で十分に体を温めろ」
職務中であることを意識してだろうが、趙雲は、丁寧に孔明に拱手すると、雪の帳の向こうに消えて行った。

「眠れない、か」
つぶやきながら、孔明は、深いため息をついた。
残された己の両手を重ね合わせ、わずかにのこる冷たさを追って、しばらく立っていた。
やがて、屋敷の中から、名を呼ぶ声があったので、気持ちを切り返るために冷気を大きく吸い込むと、雪を後にした。
※ アヤシイ薀蓄→おばか企画→シリアス?と、なんとも奇妙なバランスの本作品。
ちなみに法正は、自分のノルマ分10個を、『お歳暮』と称し、クール宅急便で孔明の屋敷に送りつけたそうです。しかも全部バタークリーム。
長いお話となりましたが、ご読了ありがとうございました(^o^)丿

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(C)Hasamino Nakama 2005 12