不機嫌な幽霊
三
兄を自邸に招いた均は、その夜は、正月以上に饒舌であった。
これまでが、いかによそよそしい関係であったかを物語るように、つぎからつぎへと話題を出して、孔明を飽きさせなかった。
義妹の料理は、孔明にとっても、なつかしいものであった。
襄陽にいたとき、嫁いできた義妹は、嫁入りまえに母親から教わったという料理を、いつも必死に作っていた。
それを、うまいといったり、まずいといったり。
いや、当時は気を遣って、うまいとばかり言っていたように思える。
いまは世辞を抜かしてもうまい。
盛り付けの工夫や、料理の出てくる早さ、すべての手際の良さが、やはり歳月を物語っていた。
弟がいて、義妹がいる。
料理を口にしながら、孔明は、ほんの一時ではあったけれど、もう二度と帰ることがないだろうと思っていた襄陽での暮らしを、再現しているかのような錯覚をおぼえた。
朝になって目が覚めたなら、土の香りのする、小さいが温かい、土塀にかこまれた襄陽の屋敷にいるかもしれない。
そして起き上がったあとは、気が向くまま、友人の家へあそびに行くか、司馬徳操の私塾へ向かうか決める。
そんな自由で、束縛のない生活が待っているといい。
願いが届いたか、その夜、弟の屋敷にそのまま泊まりこんだ孔明は、なつかしい夢を見た。
蜀とはちがう、太陽の燦々と照る下に広がる、目にまぶしいほどのあざやかな緑の山河、慎ましやかな山里の家。
吹きぬけるおだやかな風のなか、毎日を、ただ静かに過ごしていた。
書を読み、ときに旅に出て、あるいは友の家を訪ねる。
実際には、当時は和解することができなかった妻と、嫁いできたばかりで、右も左もわからない義妹との同居で、かなり気詰まりな生活をしていたのだが、夢の中ではすべてが解消されていた。
鮮やかにあらわれる、なつかしい顔、顔、顔……
まどろみから覚めながら、孔明は思った。
いまのわたしのまま、当時に戻ることができたなら、どれだけ幸せなことだろう。
若くて浅慮であったために、多くの人を傷つけて省みなかった、その過ちをすべてやり直すのだ。
夢でもかまわない。
やり直しができるというのなら、このままずっと眠っていたい。
記憶のままに、みごとに再現された過去の風景を、夢のなかで見まわして、しかし孔明は、大事なものが欠けていることに気づいた。
ちがう。
これはちがう。
ここに戻ることに意味はない。
はっきりと目が覚めたあと、そこが襄陽の家ではないことに、孔明は軽い失望をおぼえた。
まだ夢から抜けきらないらしい。
正気にかえるようにと、励ますようにして、手の平で、軽くおのれのこめかみを打つ。
あらためて均の屋敷を見まわしてみて、孔明はあることに気がついた。
こうして一人になって、冷静に周囲を観察してみれば、均の屋敷の調度品のほとんどは、かつて襄陽で暮らしていたときと同じものなのである。
古ぼけてはいたが、どれもこれも見覚えのある、思い出の品であった。
よく持ってこられたものだと感心して、さらに部屋を見てまわる。
なつかしの品々のなかでも、その最たるものは、孔明の寝台のそばに置かれた銅の燭台であった。
ほかの調度品にくらべても、格段に立派なそれは、叔父の屋敷で使っていたものであった。
まさかと疑いすら抱きながら、重い銅の燭台に触れてみて、思い出した。
揚州から荊州へ逃げ切ったとき、残った荷物をたしかめてみて、その燭台があったのを、叔父が見つけたのだ。
それを見て、ほかに持ってくるものがいっぱいあっただろうに、どうしてそんなものを持ってきたのだろうと、みなで笑いあった。
家族がだれも欠けることなく、なんとか生き延びることができた。
いま思えば、あれは、その喜びをたしかめるための笑いであったのだ。
叔父も姉も、笑いながら泣いていたように記憶している。
もしかしたら、自分も泣いていたかもしれない。
なつかしい品々に触れれば、そのひとつひとつに籠められた記憶を、思い出せるような気がする。
昨日は暗くて気づかなかったが、無意識のうちに記憶が揺さぶられて、だからこそ、あんなに鮮明な夢を見たのかもしれない。
と、不意に、この屋敷にいることが、怖くなってきた。
理由はわからない。
それまでは、居心地のよい場所だとおもっていたのに、急にここから立ち去りたくなった。
衣を纏って外に出ると、いつになく冷たい空気が頬を打つ。
空はどんよりと曇っていて、厚い雲がいつもよりも近くで垂れ込めている。
雪になりそうだ。
ふと、庭のほうから、子供たちのにぎやかな声がして、それまで不安に取り込まれていた孔明は、すこしだけおのれを取り戻すことができた。
手足がかじかむほどの寒さのなか、子供は元気だなと覗いてみると、子供たちは、庭の暗がりに集っている。
水溜まりに張っていた氷を、うまく掬い上げることができたので、みなで、それが鏡のようだといって、大喜びしているのであった。
泥がついているので、水で洗おうという下の弟を、そんなことをしたら氷が割れると、上の子たちが叱っている。
さして厚い氷ではない。
時間がたって、日が高くなれば、自然に溶けてしまうだろう。
それより先に、子供たちの興味がなくなるか。どちらであろうか。
そんなことを考えながら孔明が見ていると、子供たちのうち、独楽の勝負をした、いちばん上の子が近づいてきた。
といっても、そのまなざしは、隣に住んでいる偉い伯父上に対するものではなく、年が父以上に離れている遊び友達に対するものだ。
妙な交友関係ができたな、と思いながら、孔明は子供たちに朝の挨拶をする。
「こんなに寒いのに、おまえたちは元気だね。その氷はどうするつもりだ」
「鏡にして遊ぶ」
「じきに解けるよ」
「じゃ、食べる」
「腹を壊してしまうよ。朝餉は食べたのか。ほら、下の子は、顔も洗っていないようだな。
おまえたちは士大夫の子なのだから、身だしなみには気をつけなければならないよ。下々の手本にならなくてはいけないのだからね」
「士大夫になんてならないよ。農民になるんだ」
「それは自分で決めることではないよ」
「なんで?」
「だって、おまえたちは、この家に生まれたのだから。勉学にも励まなくてはならないし、礼儀作法だってしっかり身につけておかねば、あとあとおまえたちが大人になって、父上のように出仕するようになったとき、恥をかいてしまうではないか」
孔明がいうと、子供たちは、この大人は、なにを言っているんだろう、ばかじゃないのかしら、というふうに不服そうに顔をしかめた。
「それはないよ。それだったら、学問所をやめなさいなんて、父上が言うはずないもの」
「父上がやめろと言ったのか? ほんとうは、おまえたちがごねたのではないのか」
「ごねてない」
「それでは、師匠が合わなかったのかな」
そうであれば、この子らのために、よい師匠を見つけてやろうと孔明が考えていると、子供たちは答えた。
「お師匠さまが贔屓するから、おまえたちのためにならない、って言って、だからやめろって言った。えと、父上が言った」
「まことか」
「うん。まこと。おれたち、学問所ではお師匠様のまえの席に座って、ほかの子たちよりいろいろ教わっていたんだよ。まちがっても叱られなかった。軍師将軍の甥御だから、って。
だからいまは、勉強は、父上が教えてくれる」
そうだ、そうだ、とほかの子供たちもうなずく。
「父上は、あんまり勉強しなくていいって。それより、お外で遊びなさいって言うよ」
「それは問題だな。おまえたちが、この先、なにになるにせよ、学問は大切だよ」
「おうちにいたほうが、父上に叱られるもん」
「伯父上のようになっちゃうから、外に行きなさいって」
子供たちとの軽快なやりとりに、すっかり気をゆるませていた孔明は、咄嗟に言葉を出せなかった。
この子らにとって、『伯父上』は複数いる。
江東の諸葛瑾と、この自分、そして義妹の兄弟たちである。
が、均が引き合いにだせるほど知っている『伯父』となると、たったひとり。
自分だ。
夕べは、弟の歓待ぶりによい心地になっていただけに、子供たちの言葉は、よけいに響いた。
よい意味で引き合いに出されたのではない。
あきらかに、悪い意味で持ち出されたのだ。
なぜなのか。
弟が、自分を嫌っている?
蒼ざめ、黙り込んだ伯父を見て、子供たちも、敏感に、口にしてはならないことを口にしてしまったのだと悟ったらしい。
無邪気な笑みをみせていた子供らの顔から、徐々に明るいものが消えていった。
いけないな、と思いながらも、孔明は誤魔化すこともできずに、沈黙する。
そんななか、義妹がやってきたのは、幸いであった。
「義兄上さま、お目覚めでございましたか。朝餉ができましたのよ。冷めないうちに、どうぞ召し上がってくださいまし」
と、狐か狸かの皮をなめした、袖のない上着を身にまとって、寒さをしのいでいる義妹は言った。
むかしは、もうすこし洒落た格好もしていたのにな、などと、孔明はぼんやり思う。
小柄な女だが、八人もの子供を産んだため、腰のまわりにずいぶん肉がついた。
風格も出ていて、その顔には、困難にめげずに家をしっかり守りつづけた、主婦としての自信があらわれていた。
過去の自分を知り、そしていまの自分をも知る、数少ない女性である。
孔明は、ふと、この女性が、自分を、ほんとうのところではどう思っているのか、聞いてみたい衝動にかられたが、押さえた。
聞いたところで、義妹は本音を吐露すまい。
仲が悪かったわけではないけれど、屈託なく会話をしたこともない。
その距離は、いまも同じだ。
いや、疎遠であった歳月のことを思えば、もっと開いているかもしれない。
「均はどうしている。まだ寝ているのかな」
「いいえ、郎君は今朝早くに出かけました。まだ早いので、義兄上さまは、まだ起こさないでよいと申しまして」
「この早くに、どこへ出かけたのだろう。左将軍府か」
「わかりませぬ。行き先は教えてくれませんでしたので」
「寒いなか、徒歩で行ったのか。もしや、ひとりで?」
「あのひとは、たいがい、ひとりですのよ。馬をと勧めたのですが、かえって寒いから、いいと」
「困ったやつだな」
徒歩で出て行ったことをあきれたのは、いくら位が低いとはいえ、均も士大夫階級の人間であるのだから、馬を使えばよいのにと思ったからだ。
士大夫の常識からすれば、徒歩で移動するということは、恥ずべきことである。
もちろん、無位無官で自由気ままに暮らしている陰士だというのなら、徒歩でもおかしいことはない。
が、均は位のある人間だ。
そして、この蜀の、実質上の二番目の地位にある人間の、兄弟なのである。
「徒歩であることが多いのか」
「ええ。あのひとは、歩くのが好きですもの」
と、義妹は、屈託なく答える。
常識的なことだけではない。
身の危険のことも考えれば、供もつけずにひとりで歩く、など、あまりに危機意識に欠ける。
これまで、なにもまちがいがなかったのが、むしろ幸いだった。
こうして弟のことを知ってみれば、わからないことだらけであった。
もっとも近しい人間であるはずなのに、いまはいちばんわからない。
いや、それよりも。
「困っていることはないかね」
「なんですの?」
「いや、これだけ子供もいれば、なにかと入用だろう。困っていることはないかと思ったのだ」
学問所にやらせるにしても、自分の供をさせる人間を雇うにしても、先立つものがなければ、なにもできない。
孔明が叔父から譲り受けた遺産のほとんどは、偉度たちを援助するのに使い果たしてしまった。
弟は、遺産の恩恵に、ほとんど預かっていない。
子供たちを学問所へやらせる金も、人を雇う金もないのではと思ったのだが、義妹は答えた。
「いいえ、なにも不便はありませんわ」
「子供たちは、遊んでばかりいるようだな」
すると、義妹は、ころころと声をたてて笑った。
「困っていることがあるとしたら、それですわね。郎君は、子供たちを自分の目の届くところに置いていないと気が済まないようですの。
外で遊べ、とは言っているようですが、外は外でも、あまり遠くへ行くと、叱っておりますもの」
「学問所は必要だ。勉学についてもそうだが、頭の柔らかいあいだに、世間に慣れておいたほうがいい。
あまり口出しはしたくないけれど、遊ばせるまま、ほったらかし、というのもどうかと思う。なにか考えでもあるのだろうか」
「申し訳ありません、子供たちのことは、郎君がいつもお一人で決めてしまいますので、わたしには何も言えません。
学問所をやめさせたのも突然でしたわ。尋ねたら、そんなものがなくても、わたしや兄上はなんとかなった、とかおっしゃって。そうでしたの?」
「たしかに、子供の頃はそうだったかもしれないが、けれど、教師になってくれる人が、まわりに大勢いた。いまのあの子たちとは環境がちがう。勉強を教えているのは、均ひとりなのだろう」
「厳しい先生になっているようですわ。でも、いつも途中で遊びになってしまって、けじめがないようです」
そのときの、なにか愉快なことを思い出したらしく、義妹は口を袖で隠して笑った。
どうも、この義妹も、子供の教育ということに関しては、弟同様に、あまり熱心ではないらしい。
「郎君はいつも、自分の子供のときを引き合いにだして、子供たちのことを考えているようですわ。
わたくしはよく知りませんけれど、お手本にしたくなるほど、子供の頃というのは、楽しかったのでしょうね」
均の子供の頃というと、それは琅邪で過ごした頃の話ではなく、揚州で過ごした、みじかい期間のことだろう。
叔父がいて、叔父の家来たちと、ばあやと、姉と、そして自分と。
頼りになる大人たちに囲まれた生活は、均にとって、それほど至福だったのだろうか。
たしかに家庭のなかは安定していたが、城の外の治安は悪く、屋敷のなかに閉じこもりきりの生活だった。
同年輩の友人のいない、家族だけの、ちいさなちいさな世界。
もし、自分が子供を育てるとして、自分の時代を手本にするとしたら、揚州で過ごした時代ではなく、襄陽の、司馬徳操の私塾に通っていた時代を選ぶだろうなと、孔明は思う。
そして実際に、偉度たちに対しては、襄陽での暮らしを参考に指導にあたっていた。
おなじ時を過ごしていたはずだが、やはり兄弟で、過去への思い入れにも差があるようだ。
孔明は気をとりなおし、用意してもらった朝餉をもらうことにした。
ゆっくりしても構わなかったのだが、あえて急いだ。
理由は、弟のいない屋敷に、いつまでも留まっているのも気詰まりであった、というのもあったが、なぜだか、朝に感じた、ここにいてはならない、という感覚が、また迫ってきたためでもある。
弟の屋敷から、目と鼻の先にあるおのれの屋敷に戻ってみて、ほっとした。
更衣をすませて、身づくろいを整える。
そして趙雲のもとへ出かけようとした矢先に、家令が、偉度が迎えにやって来たと告げた。
おどろいて、思わず孔明は、空を見上げる。
雲は、朝よりもなお迫って、厚くなっているように見えた。
おかげで、時間がよくわからない。
「今日は遅すぎたか。偉度が迎えに来るとは」
「いいえ、いつものお時間でございます」
となれば、なにか問題が起こって、偉度がやって来た、ということである。
応対に出て行くと、偉度は、困惑しきった表情を浮かべて、孔明を待っていた。
「おまえが朝から来るとは、なにかあったのか」
言うと、偉度は渋い顔をして、孔明にたずねてくる。
「軍師、趙将軍にお会いになりましたか」
「いや、ゆうべは、あいにくと行きそびれたが、なにかあったか」
「今朝方早く、趙将軍が落馬なさったということでございます」
孔明は、言葉の意味がつかめず、しばし、絶句した。
「落馬? 子龍が?」
「はい。なんでも夜明け前に屋敷を出て、馬が氷に足をとられたらしく、落馬なさったとか。
趙将軍が、毎朝、遠駆けをなさるのはご存知でしょう。おそらく、その出掛けの事故だと思うのですが」
「気になることでも?」
「はい。落馬なさったというその場所が、この屋敷のすぐそばなのでございます。趙将軍がいつも遠駆けなさっているときの道とは、真逆です」
「この屋敷に来る途中であったのか」
「もしやそうではないかと。ですから、軍師がなにか用事があって、将軍をお屋敷に招いたのかと思っておりました。ちがうのですか」
「もしもそうであったなら、わたしはいまごろ、こんなにのんびりしておらぬ」
「たしかに、ご尤も」
「子龍は屋敷にいるのか。ならば、いまからすぐに」
出かける、と言いかけて、孔明は、気づいた。
偉度の顔は、まだ曇りつづけている。
「偉度、事故は夜明け前のことだと言ったな。なぜおまえが、これほど早くにその事故のことを知っている」
「それが、今朝、めずらしく軍師の弟君が、わたしの屋敷にいらっしゃいまして、趙将軍の事故のことを教えてくださったのです」
また均か。
それが、孔明が最初に思ったことであった。
「あれが、おまえのところにわざわざ出向いたのか?」
「ですから、おかしいなと思いました。どこかにこれから出かけるにしても、軍師がおやすみになっておられる屋敷に報せればよいこと。
それをせず、わざわざ、わたしのところへやってきた」
「なぜだ。いや、それより偉度、おまえは子龍の怪我の具合を知っているのか」
「ご安心くださいませ。すこし肘を打っただけで、大きなお怪我はないご様子でした。
ただ、大事をとって、今日は公務をおやすみなさるそうでございます」
「それがよかろう。それにしても、均のことは奇妙だな。どこかに出かける途中だったので、引き返すことが惜しかったのか」
「あるいは、趙将軍の事故に居合わせたので、わたしの屋敷に来たのでは」
「どういうことだ」
「つまり、趙将軍が屋敷のそばで事故に遭われたのを見た弟君は、趙将軍のお屋敷に向かわれていたのではありませぬか。
それで、後戻りをするのが惜しかったので、趙将軍の屋敷に近い、わたしの屋敷のほうにやってきた」
「しかし、子龍は、わたしの屋敷に向かっていたのだろう」
「趙将軍は軍師の屋敷へ、弟君は趙将軍の屋敷へ、それぞれ向かう途中での事故であったなら、いかがでございますか」
「筋はとおるが、しかしそれでもわからない。なぜ、おまえを呼んだ?」
考えられることは、孔明が深酒をしたことを均は知っていたから、引き返して起こすのが忍びがたかったので、偉度のもとへ行った、ということである。
が、それにしてもおかしな話だ。
孔明を起こさなくても、自分の屋敷か、あるいは隣の孔明の屋敷に行けば、すでにだれかしら起きていたはずである。
わざわざ遠くの偉度の屋敷に出向く必要はない。
もうひとつ考えられること。
それは、均が、孔明に、事故のことを知られたくなかった、ということだ。
いつかは知られるが、それが遅いほうがいいと思っていた。
それでも、趙雲の事故のことを報せなくてはならないが、交友範囲の狭い均には、兄の知り合いで、なおかつ趙雲の知り合いである人物に、偉度のほか、思いつかなかった。
あるいは、思いついても、その屋敷の所在を知らなかったのではないか。
「子龍は屋敷にいるのだな。いまから行ってくる」
「軍師、今日の仕事は、偉度のほか、われら主簿が、すべて片付けておきますゆえ、左将軍府のことはお気になさらずどうぞ」
「ありがとう」
「弟君はどうなさいます。兄弟に命じて、探させますか」
そうしたほうがよい、と思う声が最初に湧き、つづいて、それは必要ないという、否定の声が強い調子でつづいた。
弟に不審な点があるのは事実だ。
だが、騒ぎ立てて、それを明らかにしたくない。
甘い、とも思ったが、孔明は決断するぎりぎりのところで、肉親の情に負けた。
「いや、それはよい。左将軍府のほうを頼む」
「わかり申した。お任せください。ただ、くれぐれもお気をつけて」
偉度のほうは、もっと容赦のない可能性を考えているようだ。
孔明は、それがどんなものであるかを想像することもできず、重い気持ちをかかえたまま、自邸をあとにした。