飛鏡、天に輝く

四十四

孔明は、魯粛のことばで、だいたいの状況を察した。
周瑜の真意がどこにあるのか、孔明にも掴みかねたが、怪我をしたことで、さらに周瑜は感情に押さえがきかなくなっていることと、それがゆえに、側近中の側近といってもいい魯粛さえ疑っている状況に陥っている、ということは理解した。

仙術で風を呼ばせよう、失敗したなら首を刎ねよう、などという、めちゃくちゃな話が、すんなりと通ってしまうことが恐ろしいと思う。
だがしかし、魯粛のことばが示すとおり、周瑜のことばが絶対化されている江東では、どれだけ無理のあることでも、強行されてしまうのようだ。
たった一人の人間の影響力のすさまじさ。
味方であれば、これほど力強い者はないが、敵であれば、これほどに厄介な者はない。

孔明は、なぜ周瑜がそこまでおのれを敵視するのか、その理由を分析しはじめて、止めた。
いまはそこを考えて、反省している場合ではない。
魯粛は、おのれが監視されていることを承知で、わざわざここへ危険をおかして足を運び、孔明に危機がせまっていることを教えにきてくれたのだ。
その心を無碍にしてはならない。

「教えてくれてありがとう。感謝する」
孔明が礼をのべると、魯粛は薄く笑って、よろよろと立ち上がると、もやの晴れつつある河岸の道を、ふらふらと歩いて去っていった。
魯粛が最後にのこした笑みは、ひどくさびしげで、哀しそうであった。


「さて」
ひとり残された孔明は、気持ちを切り替えるためにつぶやいてみた。
さて、現状はたいへんきびしい。
かえすがえすも仙術を使える、などと、ほらを吹いたことが悔やまれる。
が、しかし、江東の船の護符を消させるためには、あれくらい強烈な理由をつけなければ、船出すらできなかっただろう。
それに、追い詰められていた状況であったから、あとのことを考える余裕もなかった。

憎むべきは周瑜の狭量さであるが、そこを恨んでもはじまらない。
どちらにしろ、周瑜がこのまま引っ込んでいるとは思っていなかった。

それにしても、風を吹かせよ、とは。
鏃のときは、まだ知恵で、なんとか解決できる余地があった。
もし霧のことを知らなくても、最悪の場合は鳥林に上陸して、倉庫を襲う、という道もあったわけである。
が、風となると、完全に勝手がちがう。
姿の見えない風伯(風の神)の機嫌をどうやって取り結び、南東の風を呼び寄せればよいのだ。
人智のおよばぬところの話となると、なるほど、仙術に頼るしかないわけだが、残念ながら、それは不可能だ。
孔明は仙術なんぞ、さっぱり使えない。
そも、これまでの歴史で、仙術が表舞台で役立ったなどという話を聞いたことがない。
つまりは、仙術はまやかしの産物であるからだ。
人智のおよばぬ神秘は存在するとは思うが、人間が容易にどうこうできるものではない、と孔明は考えている。
周瑜は、人間にできないことをやれ、と言っているわけだ。

落ち着いて考えようと思ったが、どう考えようと、風を吹かせる、などということができるようには思えなかった。

やがて偉度や家令夫婦が起きだし、村の女たちが賄いの準備に入ったころ、魯粛が予告していたとおり、使者がやってきて、周瑜が呼んでいると告げてきた。

疲れているな、というのが、調練場の全体の空気を見ての、孔明の感想である。
周瑜が怪我をして戻ってきてから、調練場全体が浮き足立ち、右往左往して、回復を待っていたことがうかがえる。
たった一人が倒れただけでこれなのだ。
周瑜の信望の厚さを物語っているわけだが、なるほど、これでは、周瑜がおのれがいなくなったあとの江東を憂う気持ちもわかると、孔明は合点した。
孫権は、たしかに大器であろうが、しかし内向的なところが風貌や振る舞いににじみ出ており、周瑜ほどに兵卒を惹きつけることはできそうにない。
孫権を孔明が焚きつけて開戦が決まった、といういきさつがあるが、もし江東に周瑜がいなかったら、どれだけ孔明が弁舌を尽くそうと、孫権は開戦に踏み切れなかったのではないか。
それほどに、軍内の周瑜の影響力、牽引力はつよいのだ。
周瑜は大胆で自信家だが、孫権は慎重で内向的。
江東がこの戦に勝つにしろ、負けるにしろ、両者のこうした性質の差が、今後の歴史に影響を与えるだろうということを、孔明は感じた。

調練場全体に、静けさがあった。
もちろん、調練そのものはつづいている。
そこかしこから戦のための準備をしている鍛冶師や大工たちの槌の音が聞こえ、そして兵卒たちの掛け声が聞こえてくるのだが、気のせいか、勢いがなく、遠慮がちである。

周瑜は調練場全体を見渡せる高台に、ちいさな感じのよい建物をかまえており、そこに妻の小橋とともに休んでいた。
孔明が到着したころには、魯粛や甘寧といった周瑜の側近たちが集まっていた。

孔明は魯粛の指示をまもり、なぜ呼び出されたのかわからない、というふりをしていた。
演技をしながら魯粛のほうを見れば、二日酔いをしているのか、ときおり辛そうに、ぴくり、ぴくりと眉を動かしている様子が見える。
ほかの側近たちは静かなもので、孔明に挨拶したあとは、余計なことばは、なにも発さない。

てっきり、家人が取り次ぎをしてくれるものかと思っていた孔明は、取次ぎにあらわれたのが、ひどく美しい女であったことにおどろいた。
周瑜の妻の小橋である。
なるほど、曹操に望まれている、という噂がたつのも仕方がない。
孔明が素直に納得してしまうほどに、小橋は美しかった。
すでに三人の子を産んでいるが、体型はまるで崩れていない。
軽く抱えただけで折れてしまいそうな細い腰に、すらりと伸びている手足と、それから、やつれた様子をみせた物憂げな顔。

その切れ長の黒めがちの目と目が合ったとき、孔明は、思わず苦笑した。
目立つ風貌をしているせいで、他者より奇異の目でみられることには慣れているが、やはりこれほどの美女に疎まれるのは、気分のよいものでない。
小橋は、口元は微笑んでみせているのだが、目はすこしも笑っていなかった。
そして、笑みを浮かべつつも、双眸をするどく光らせて孔明を観察する。
口には出さなかったが、孔明を恨んでいるようである。
おそらくは、あちこちからいろいろと話を聞いたのだろう。
もちろん、周瑜側に都合のいい話として聞いているだろうから、孔明は江東をかきまわし、夫の心労を増やす、悪いよそ者と印象を持っているはずだ。

「主簿の方はご遠慮くださいませ。夫はあなたさまお一人とお話したいと申しております」
小橋は、孔明に随行していた偉度のほうを冷たく見て、言った。
「内密に、大事なお話をしたいということですから」
女主人たる小橋の口調には、有無を言わさせぬところがあり、この大人しそうな女人が、見た目とはちがって、なかなかはげしい気性を持っていることをうかがわせる。
ここで問答をしても仕方ない。
孔明としては、護身のために偉度を随行させたかったが、ここでごねたら、かえって面倒になることを察して、ひとり、周瑜の屋敷の奥に入っていくことにした。

周瑜のねむる部屋に通されたとき、孔明はそこに漂う暗い気配にぎょっとして、その入り口で、思わず足を止めた。
魯粛の口ぶりでは、周瑜は肩を矢で射抜かれたということだが、命にかかわるほどの重症だというふうに話してはいなかった。
しかし考えてみれば、弱るのも無理はない。
もともと病身であったものが、つめたい夜霧のなかで矢に射抜かれたのである。

部屋には医師が積めており、奴婢がその脇で、看護の手伝いをしている。
熱さましの薬を煎じたのか、薬草独特のにおいが部屋に充満していた。
鼻腔を刺激する薬草のにおいが、妙になつかしく感じられる。
孔明はにおいにつられるようにして、思い出していた。

この暗い淀んだ空気。
これは、病身であった父の部屋と同じだ。
父は長い闘病生活の果てに、眠るようにして息を引き取った。
ふと、喧嘩別れして、それきりの兄のことが思い出された。
いまごろはどうしているだろうか。

「郎君、孔明どのがいらっしゃいました」
小橋が寝台で眠る周瑜に声をかけると、力のないよわよわしい声がそれに応じた。
天蓋の布のむこうで、周瑜が妻や奴婢に助けられて、身を起こしたのが見て取れた。
身づくろいを整えたり、あるいは水を飲ませたりと準備があったのち、孔明と周瑜のあいだを隔てていた天蓋が、小橋によって開かれた。
「お待たせいたしました。お近くへいらしてくださいまし」
小橋に呼び寄せられるまま、孔明は周瑜の近くへ進んだ。

寝台の脇に、ちいさな椅子が置いてあり、小橋がそれに座るようにと、手振りで示した。
すすめられるまま、孔明は椅子に座った。
そして、寝台をはさんで向かい側に立っている、奴婢と医師を観察する。
かれらは天蓋に溶け込むように、気配を殺して立っていた。
素早く、その手と、そして顔つきを見遣る。
刺客である可能性とてあると思ったからだ。
けれど、武術を好まず、ほとんど鍛錬らしい鍛錬をしてこなかった孔明は、医師らの手を見ても、すぐにそれが武器の扱いに慣れてた者の手か、それとも水仕事に慣れた者の手か、判断することができなかった。

手を見たのは、趙雲の受け売りである。
細作はうまく化けるが、手だけはごまかせることが出来ない、と言っていた。
おそらく子龍であれば、ここに姿を見せぬ刺客が潜んでいるかどうかも、見抜けるのだろうな、と孔明は思う。
趙雲は孔明の主騎になるまでは、劉備の主騎をつとめていたため、人を見る目がほかとちがう。
鳥林の様子はどうであろう。生きて帰ってくるだろうか。
そして、いま、目の前にいるのは、おなじく鳥林から怪我を負って帰ってきた男である。

寝台の脇に腰かけ、孔明は周瑜の顔を見た。
血の気の失せた、衰弱しきった顔をしている。
これは相当に重症なのではないか。
おのれの命を執拗に狙う男だが、かれがいなければ、この大戦を乗り切れないのも事実。
周瑜は、ひとりであまりに多くのものを手にしすぎている。
若く美しく、華やかで才気にあふれ、貴門の出自で、孫家とのつながりも深く、さらには美しい妻を持つ。
これほど人がうらやむ要素を独占している男もめずらしい。
大陸をすべて見回してみても、周瑜以上に恵まれた条件をそなえている人物はいないのではないか。

だが、この人物が持ち得なかったものもある。
寿命、そして運だ。

孔明が座ると、周瑜はゆっくりと顔を孔明のほうに向けてきた。
ちょっとした仕草をするにも、苦しそうである。
その目の下には青黒いクマができており、そのせいで、血の気の失せた青白い顔のなかで、特に目だけが浮き上がって見えた。

「ご足労かけて申し訳ない。すでに表で話は聞いたであろうが、貴殿を真似て鳥林へ偵察に向い、このざまだ。貴殿は曹操の恨みをも買ったようだな」
「申し訳ございませぬ」
ちいさく、ぼそぼそと語る周瑜のことばにつられて、孔明が思わず言うと、周瑜は、唇をゆがめて、笑った。
「貴殿が謝ることはない。油断したわたしがいけないのだ」
「お加減のほうは」
「見てのとおりだ、よくない。傷の痛みは薄らいできたが、熱が下がらぬのだよ。
医者は、わたしの熱が下がらぬ理由は、心にかかることがあるから、というのだが」

来たな、と孔明はかまえた。
そして、病人を前に、気持ちが萎えてきているおのれを叱咤した。
うわべばかりの義理人情に惑わされるな。
気の毒だとは思うが、この男はこちらを殺そうとした男だ。
それに、この両肩には江夏の人々の命が預けられている。
同情は無用だ。
徹底して割り切らねばならない。

「この戦において、われらが勝利をおさめるには、得意とする水上戦で決着をつけなければならぬ。陸戦となれば、数に勝り、しかも百戦錬磨の青州兵を有する曹操には勝てぬ。
しかし、戦がこれきりで終わるわけではない。曹操を撃退しても、残された荊州に残るであろう曹操の兵との戦が待っている。
水上戦にうまく持ち込んで、曹操を撃退することができたとしても、そこでわれらの損害が大きいようでは次に繋げられぬ。それでは駄目なのだ」
「ごもっともでございますな」
「ここまで話せば、貴殿のことであるから見当がつくのではあるまいか。
わたしは火計をもちいて曹操を撃退する方法を考えた。だが、鳥林へ実際に向かってみて、気づいたのだ。
風が足りぬ。曹操は鳥林から長江を西から東へと縦断する。われらはらは陸口から鳥林へ、ちょうど横に向かう曹操軍を真北から襲う格好となる。火計を用いるためには、曹操により多くの被害をもたらすことのできる南東の風が必要なのだ。
だが、この時期、南東へ向かう風は吹かない。いまのままでは、火を用いたとしてもこちらに被害が出てしまう」
「風が吹くまで待つしかありませぬな」

孔明がいうと、周瑜はまた薄く笑って、首を振った。
「貴殿は本音を隠すのがうまい。曹操が慢心している、いまが好機なのだ。それに兵の士気も戦が長引けば長引くほどに落ちていく。
われらの軍のなかには、黄祖との戦いからこのかた、ずっと、故郷に帰れていない兵もいるのだ。いくら報奨をえさに士気を鼓舞したところで、その方法にも限度がある。それに」
周瑜は、目だけをちらりと動かして、孔明を見た。
病み衰えた周瑜は、それはそれでさまになっている。
容姿がよい人間の得なところだ。
「鳥林で疫病がひろがっているそうだ。曹操の軍の士気は落ちている。曹操とて莫迦ではなかろう。このまま多くの兵を疫病の蔓延する陣にとどめておけば、兵卒の恨みを買うことくらい理解しているはずだ。
わたしが放った細作によれば、曹操は疫病にかかった兵卒たちを隔離して、荊州中の医者をかきあつめて治療させているそうだ」

趙雲だ。
成功したのだ。

孔明は、心の中で快哉をあげた。
これで龐統の策は頓挫したことになる。
江東にとっては都合が悪いことかもしれないが、孔明にとっては、江東であろうが荊州であろうが、人は人。思うままにならぬ世を懸命に生きている者に対し、人道にはずれた策を用いて勝利を得る、というやり方は、やはりどうしても許せない。
趙雲も同じ思いを持っている。
そして一人で鳥林に赴き、いかなる方法でか、疫病に苦しむ末端の兵卒たちを救い上げてみせた。
孔明が江東に遠慮して沈黙を守り、そして龐統が、世間の目を引くことを疎んじて沈黙するかぎり、この隠れた功績は世に残ることはないだろう。
それとわかっていて、あえて危険な仕事を引き受け、しかも成功させる。
あらためて孔明は、趙雲の能力の高さと、その精神力に感服した。

孔明は、おのれの心中で沸き起こっている興奮を、必死で隠した。
周瑜がどれだけ龐統のことを把握しているかわからないが、もし孔明と趙雲がなしたことをすれば、どうして敵を助ける真似をすると怒るのは明白であった。

「疫病のために、曹操の軍の士気はさらに落ちている。いまが好機だ。これは外せぬ。なのに、風が足りぬのだ」
周瑜は力のない声に、くやしさをにじませながら、言った。
「巷では、貴殿が仙術を使える、などという噂が流れているようだが」
本題に入ったな、と孔明は思った。
魯粛の忠告にしたがい、ここは、なにも知らない顔をしなければならない。
「まさか御伽噺でもあるまいし、いくら貴殿とて、風を吹かせることなど無理であろう。
もし出来る者があるとすれば、それは本物の仙人だ。貴殿はあいにくと、仙人ではない」

孔明は拍子ぬけした。
魯粛の話とはちがう。
周瑜は、自分の言った冗談に、自分で笑って、孔明の背後にひかえていた妻に言った。

「すまぬが紙と筆を頼む」
ほどなく、紙と筆が運ばれきた。
周瑜は寝台から、奴婢の力を借りて立ち上がると、部屋にあった卓に向かい、そこで一気に筆を走らせた。
なにを書いているのだろうと孔明が戸惑っていると、周瑜は振り返り、孔明にもこちらに来るようにと言った。

「愚かしいことに、わが陣営のなかには、貴殿が仙術を使えるなどという話を真に受けて、南東の風を吹かせてみようなどと口にしている者もいる。
しかし貴殿は大事な客分。そのような滅茶苦茶な言いがかりのために嫌な思いをさせてしまうのはしのびない。
ここに、わたしの名において、貴殿に対し、誹謗中傷をする者は厳罰に処すと書いた。そして、貴殿が仙術にたよらぬ智者であることを証明するとな。
ここに貴殿の名を署名してはくれぬか。わたしと貴殿の連名で書けば、もうそのような言いがかりをつけるものもいなくなるであろう」

孔明はおどろいた。
魯粛が今朝、警告してきたこととは、まったく逆の展開である。
あの酔っ払い、じつは相当に頭にきていて、内容をあべこべに伝えてきたのではあるまいな。
それほどに、周瑜の態度、そして表情は、孔明に対してへりくだったものであり、敵意をまるで感じさせなかった。

「貴殿には、こちらの不注意で、嫌な思いをさせてしまったかもしれぬ」
周瑜はそう言うと、叱られ、しょげた子供のような表情を見せた。
「しかし、貴殿はわれらの要求に応え、みごとな結果を示した。いろいろと行き違いがあったかもしれぬが、これを機に、貴殿とは真の友情を築きたいと思う。
どうか、その意味もかねて、この書面に署名してはもらえぬか」
言って、周瑜は立ち上がろうとするが、動いた瞬間に傷の痛みが走ったのか、ちいさく悲鳴をあげて、ふたたび座り込んでしまった。
周瑜に、あわてて妻の小橋が駆け寄り、傷を受けたという肩をなだめるようにさする。
痛々しい光景に、孔明が沈黙したまま動けないでいると、周瑜はみずからも患部をなぜながら、言った。

「貴殿からすれば、いまさら、というところがあるかもしれぬ。だが、見てのとおり、わたしも弱い立場になって、はじめて貴殿の苦境と、そして必死にならざるをえない心情を思いやれるようになったのだ。
貴殿の立場を悪くし、追い詰めたことを恨んでいるのならば、いま、この場で謝る。思うさま、罵倒してくれてもかまわぬ」
これが誇り高い周瑜の言葉だろうか。
孔明は、あまりのその変貌ぶりに、驚きを通り越して、感動すらおぼえはじめていた。
周瑜の態度は、とても演技には思えなかった。
曹操から受けた矢に、もしや素直になる副作用のある毒でも塗られていたのではないのか。
そんなことを考えて、孔明はあわてて皮肉っぽくなるおのれを戒め、そして考え直した。
周瑜とはうまくやっていったほうが、これから先、楽に決まっている。
すくなくとも、この戦が終わるまでは、偽りの絆であろうと、結んでおいたほうがいい。

「いいえ、わたしがいま沈黙しておりましたのは、都督のお心遣いに感動していたからでございます。
署名ならば、いくらでも。そも、同じ敵に当たる者同士が角を突き合わせていたことがおかしいのです。
これまでの誤解は、おたがいに水に流そうではありませんか」
「そう言ってくださるか、ありがたい」
と、周瑜は心から安堵したように笑ってみせた。
その笑顔は童子のように無邪気で明るいもので、嘘偽りはないように思える。
病人らしからぬ、その快活な笑みに押されるようにして、孔明は立ち上がると、周瑜の求めるまま、書面におのれの名を書き入れた。

45へつづく
BLOGまとめMAPへ
MAPへもどる
更新履歴へもどる