飛鏡、天に輝く

二十九

「衛士が軍師をじろじろ見ていた理由がわかりました。もしあそこで断わっていたなら、きっとなんやかやと理由をつけて、斬り伏せてしまうつもりだったのでしょう」
怒りですっかり興奮している偉度が、孔明の後ろを小走りに追いかけてくる。
というのも、孔明も怒りのあまり、駆け足にちかい早足になっていたからだ。
とはいえ、それだけ足を動かしたところで、よい知恵が浮かんでくるわけではない。
あと十日。そのあいだに、三万本分の鏃を作らねばならないのだ。
いったい、どこから鉄鋼を仕入れ、そして職人らを確保すればよいのか。

「気づくのが遅くなって申し訳ありませぬ。宴席におりました衛士たちのほとんどが、甘将軍の部将らでございました。
気づいていたなら、あのような無理難題を押し付けられるまえに、適当に理由をつけて、席を立つこともできましたのに」
孔明は、そこでぴたりと足を止め、振りかえった。
「偉度や、どうして衛士が甘将軍の部将だとわかる」
「鈴でございます。甘将軍は、その配下に、自分とおなじように腰に鈴をつけさせているのです。衛士たちのほとんどが、鈴をつけておりました。申し訳ございませぬ、そこを見落としてしまいました」
すまなさそうな表情を浮かべ、さらには、叱られるだろうか、というふうに、大きな目で上目遣いで見る偉度に、孔明は笑みをみせて、答えた。
「おまえは子龍のいない代わりに、その役目をよく務めてくれる。どちらにしろ、受ける以外に道はなかったのだとわかったら、かえって気が晴れた。
あそこで断わっていたなら、わたしもおまえも、きっと命がなかったであろうよ」
「ですが、十日で三万本など、あまりに無茶でございます」

言ってから、偉度は、まだ馬車に乗り込まずに、立ち話をしている江東の士人らを気にしながら、小声で、そっと言った。
「逃げるのであれば、いますぐに船を用意いたします」
「逃げるのも手かもしれぬ。が、偉度よ、そうなった場合、おまえの、まだ柴桑にとどまっている弟妹たちはどうなる。
かれらは、おまえが龐士元にそむいたことを知らぬはず。わたしは一人で逃げ出すような真似はできぬぞ」
孔明の言葉に、偉度は唇を噛みつつ、悔しそうに言った。
「重ねて申し訳ございませぬ。弟妹らは、いま連絡のつく者に命じて、手分けをして探させております。
わたしの知らぬところで、だいぶこちらに呼び寄せられていたようでございまして、なかなかすべてを集めることができませぬ」
「数はどれくらいになるであろう。おおよそでかまわぬ」
「わたしがあとから呼び寄せたものが三十。これらはすぐに把握ができますが、龐士元のが、独自にあつめた者の数がわかりませぬ」
「独自に集めた、となると、樊城や義陽の隠し村にいた子らとは別の子らか」
「弟らの報告によれば、まちがいなく細作であろう子どもらの姿を、何度か見かけているようです。
かれらがどこから来たのかはわかりませぬが、まずまちがいなく壷中の残党かと」

そうか、と応じて、孔明は考え込む。
逃げるという手もあるのは事実である。鏃の準備をするという理由をつけて、そのまま江夏に帰るのだ。
ただし、その場合は同盟の破棄は覚悟しなければならない。それこそ下策である。
もうひとつの『逃げ』は孫権に事情を打ち明け、泣きつくことである。
効果は高いだろうが、この場合は周瑜と孫権の対決を招くこととなり、戦自体があやうくなる。
やはり下策だ。

逆に考えれば、この十日のあいだに逃げなければ、龐統も周瑜も何も仕掛けてくることはない、ということだ。
つまりは、龐統がいま使っている子供らの身も安全だということである。

さて、どうするか。
考えていると、近づく者がある。
魯粛であった。

魯粛が近づくと、それまで悲しそうに顔をゆがめていた偉度が、とたん、猛禽のように鋭い顔を取り戻し、魯粛をにらみつけた。
魯粛はというと、決まり悪そうに頭をかきながら、孔明のほうに近づいてくる。
そして、孔明と偉度を交互に見て、それから言った。
「とんだことになったな。まさか都督も、これほど無茶な要求をあんたにするとは思わなかった」
「しらじらしい。知っていたのではないのですか」
と、これは偉度である。
魯粛は、偉度と目が合うと、困ったな、というふうに眉をひそめた。人のよい男なのである。
「知らなかった。知っていたら、止めただろうさ。おまえのこともだ、偉度。劉公子(劉琦)の細作じゃなくて、軍師の名付け子だと、だから軍師がそばに置いているのだと知っていたら、俺はおまえを庇っていた」
「それはどうでございましょう。貴方様も、所詮はわれらを薄汚い鼠と見下しておられる手合いでは?」
偉度が吐き捨てるように言うのを、孔明はやんわりたしなめた。
「これ、そのように恨みつらみをぶつけたところで、気が晴れるわけでもなかろう。適当なところで止めておけ」
「ですが」
「偉度!」
きつく名前を呼ぶと、偉度は、しゅんとなって、口を閉ざした。

「この子の無礼は謝る。なにせいま再教育中でな。おおまかなところは目をつぶってほしい」
「責められても文句は言えん。けれど、困ったことになったな。もしこれで十日のうちに鏃を用意できなかったら、おそらく都督は、その失敗の代償をあんたに求めてくるだろう」
「つまり、命を寄越せと」
「そういう空気に持っていくはずだ。ここまで面倒な仕掛けをしたのは、あんたのことを守ろうとしている張子布や、孫将軍の反論を封じ込めるためだ。
とはいえ、あんたもいけないのだぜ。都督がここまでやるなんて、そこまで嫌われるとは、なにをしたっていうのだ」
「わたしがなにをしたというより、貴殿らがなにをしているのか、と言いたいな。魯校尉、貴殿は龐士元をどこまで知っている。そして、かれがなにをしているのか、どこまで把握しているのか」
とたん、魯粛は、大作りの顔を、怪訝そうにしかめた。
「どういうことだ」
「都督に聞くか、それが叶わなければ、貴殿が寄宿させている龐士元に聞くのだな。
両者が沈黙を守るようならば、わたしのところへ来るがいい。
けれど、なるべくならば、都督から貴殿に話があることを望んでいる」
「意味がわからん。都督は、俺に隠し事をしているというのか」
「そうだ」
孔明は短く答えると、偉度をともなって馬車に乗り込み、庵へと戻っていった。

孔明が三万本の鏃を十日のあいだに用意する、という話は、いろいろと歪曲し、さらには尾ひれ、背びれをつけて江東中に広まっていた。
おおまかなところでは、周瑜や甘寧のつよい勧めによりそうなった、というふうではなく、江東の苦境を見かねた孔明が、かれらのために立ち上がり、十日のあいだに鏃を用意すると豪語した、ということになっている。

「おそらく、わたしの引っ込みがつかなくなるよう、わざと曲げて話を伝えているのだろうが、逆にこれで鏃を用意できたら、きっとわたしの評判は昇り竜の如く、上がりまくるであろうな」
孔明がそんなことを口にすると、偉度が呆れたように言った。
「呑気なことをおっしゃる。なにかよい策はありますのか」
「なにもない」
憮然と返事をすると、偉度は癇癪を起こして、詰め寄ってきた。
「どうなさるのです! 弟たちに調べさせましたところ、柴桑とその周辺の鍛冶職人も、鉄商人も、あらかじめ都督から声をかけられていて、軍師に協力するなと言われているそうでございます」
「愉快な話をありがとう」
「ちっとも愉快ではございませぬぞ!」
「わかっておる。そうわめくな。今日を除けば、のこり九日。
もし最悪の結果しか生み出せないにしても、なにか手を打っておかねばならぬ」
「鏃を用意するための?」
「いいや。おまえたちのことだよ。偉度、弟妹らは集められたのであろうな」

孔明がたずねると、偉度は、困惑した表情を浮かべつつ、答えた。
「順調に集っております。弟のひとりが突き止めたのですが、どうやら龐士元のつかっている者は、鶉火を中心とした一派で、荊門山のなかにあった村の出自の様子」

荊門山は、襄陽から南西に位置する山である。
孔明は、龐統がひとり旅をしたおりに、霧の中で迷い、山の中にある、大人のいない奇妙な村を見つけたという話をしていたことを思い出した。
その奇妙な村こそが、壷中の隠し村のひとつであったわけだ。
そこから、どういう経緯を経て、龐統が劉表の作り上げた組織の実態に触れたかはわからないが、劉表の死の混乱のどさくさに、その一部を我がものにしたのは、まちがいない。

「鶉火が村に残っていた子供を呼び寄せて、柴桑に集めているとかで、弟らが調べたところ、やはり、かれらは壷中そのものが瓦解したことを知らないでおりました」
「劉州牧は死んだのに、まだ壷中が続いていると思っていたのか」
「劉州牧はたしかに死にましたが、けれど、その後継者は生き残っております」
孔明は、ふと嫌な予感にかられて、偉度を見る。
「劉琮どののことか。となると、偉度、龐士元は、劉琮どのと通じているというのか。
その名代だといって、子供らを柴桑に集めている?」
「それがよくわからぬのです。もしかしたら、そういう嘘をついているだけなのかもしれませぬ。
騙されて、子供らは集められているのかもしれない」
「どちらにしろ、救わねばならぬことに間違いはない。
おまえたちの目から見て、どうだ。子供らは、われらの説得を聞き入れそうか」
「みな、どうして自分たちが樊城ではなく、柴桑に呼び寄せられたのか、わからないで戸惑っているそうでございます。
うまく説得すれば、容易に江夏に向かわせられることも可能かと」
「よろしい、そこはおまえたちに任せよう。もし説得がむつかしい者がいたら、多少荒っぽい手を使ってもかまわぬから、わたしの元へ連れてまいれ」
「どうなさるのです」
「わたしが、じかに話す。だれ一人として取りこぼしのないようにしなければな」

そのとき、庵の家令が、客が来ていると告げた。
聞けば、張子布の使者であった。

「話は聞いた。なんと無茶な要求を受けたものだ。
あの宴には、わたしの知己もいたのだが、断われないように強引に話を進められたそうだな」
と、張昭は、怒りと申し訳なさが混じった、いささか普段よりも荒っぽい口調で言った。
「貴殿に、わざと大きな失敗をさせて、最終的には斬るつもりであろう。そうすれば、われらも口を出せぬし、江夏側も黙らざるを得ない。
とはいえ、あまりに都督らしからぬ策ではある。貴殿を斬ったら、たとえそこに理由があったとしても、劉予州は黙っておるまい。
当面は同盟は継承されるであろうが、局面が変われば、どうなるかわかったものではない」
「この戦に勝ったあとでも、江夏におりますわが主公の苦境に大きな変化はございませぬ。
すくなくとも、あと一年は同盟を破棄することはできないことを見越してのものでございましょう」
「して、どうする。なにか策はあるのか」

張昭に問われても、孔明は、やはり答えることはできなかった。
「わたしも調べさせたのだが、貴殿が手を回さぬように、鍛冶職人も鉄商人も、すべて都督の管理下にあるそうな。
それどころか、江夏と連絡を取れぬように、舟も押さえてしまっているらしい。これでは、なにをすることできぬ。
十日後の貴殿の失敗は、もう決められているようなものだ」
「お気遣い、感謝いたします。いま他の策を模索しているところでございます」
「他の策とは? もしや、あの海賊あがりの甘将軍の船を駆って、曹操の本陣に突っ込むつもりか」

張昭は、甘寧のことは、よくは思ってない様子である。
たしかに、保守的な張昭と、荒っぽい雰囲気をかもし出す甘寧とは、まったくウマが合いそうにない。

「それも手でございますな。同じ死ぬなら、華々しく」
孔明が冗談を言って笑うと、ふと、張昭は表情を曇らせて、孔明に顔を近づけて、小声で言った。
「話は逸れるのだがな、都督の具合が、やはりよくないようだ」
「なんと、まことでございますか」
「うむ。調練の場などでは必死に隠しておられるが、このところ、熱が下がらず、ずっと薬湯を飲み続けているらしい。
それに、どうもここへきて、いろいろと物資が足らないことなども出てきたようなのだ。鏃のことも、そのひとつであろう」
「病のために、あちこちひずみが出ている、というわけですか」
「うむ。都督は慎重な男ゆえ、以前ならば、鏃が足りない、などという失敗をすることはなかった。病のために、集中力に欠いているのだろう。
孫将軍は、そのことを憂いておられる。果たして、いまの都督で勝てるのであろうかと」

孔明は、大きく眉をひそめた。
鏃云々よりも、孫権の意志が覆ってしまうことのほうが問題だ。

「先にいうが、ひとたび開戦を決めた以上は、わたしはそれに従う。孫将軍に降伏せよなどと、いまさら勧めたりせぬから、安心するがよい。
ただ、心配なのは、こうしたひずみが兵卒どもを動揺させ、士気が落ちてしまわぬか、ということだ。前途多難であるな、この戦は」
そういって顔をしかめつつ、張昭は、おのれの額を叩いて、言う。
「もし都督が壮健な身であるならば、こうまで貴殿を目の仇にすることもなかったであろうな。
いまさらであるが、貴殿が孫将軍の家来になることを承諾してくれたなら、また話も変わるのに」

なるほど、それも『逃げ』の別な方法だな、と孔明は考えた。
ただし、その場合は、『失敗して罰せられることを恐れて孫権に泣きついた』ことが生涯付きまとい、ろくな人生にならないことはたしかだ。

「もし貴殿が江夏と連絡をとるというのであれば、わたしの持っている船を貸してもよい。
さすがに都督も、わたしの船には手をだせないであろうからな」
言いつつ、張昭は、伝わっただろうか、というふうに、孔明をちらりと見る。
それは、暗に、もし逃げるならば、それを使っても良いと言っているようなものであった。
孔明は、その気遣いにほほ笑みで返して、それから答えた。
「子布さま、それとは別に、お願いがございます」

「願いとは」
孔明のことばに、張昭はなんであろうというふうに、かしこまる。
「もしや、死んだあとの葬儀の世話を頼むという話ではあるまいな。
それならば断わるぞ。泥をすすってでも生きる覚悟がなければ、この苦境は越えられまい」
「ありがとうございます。この孔明、まだ絶望はしておりませぬゆえ、子布さまにいやな役目を押し付けるようなことにはなりませぬ」
「すると、なんであろう」
「じつは事情がございまして、百に近い数の子供らを引き取ることになりました。
この子供たちは、戦が本格的に始まるまえに、江夏に送るつもりでいるのですが、そのための仮の宿りがございませぬ。
あつかましいお願いとは思いますが、この子らのための宿をご提供いただきたいのでございます」
「子供!」
張昭は、思いかけないこの申し出に、目を白黒させている。
「よくわからぬが、なぜにこの状況で子供なのだ」

孔明は、その詳細はあえて省き、劉表が子供をつかって細作のまねごとをさせていたことや、劉表が死んだあと、その頭目たちもいなくなり、あとには孤児が残されたことなどを説明した。
詳細を教えなかったのは、そうすることで、張昭を、いまだ解決していない闇から守るためであった。
壷中という組織は、たしかに樊城が陥落した時点で瓦解したかのようではある。
だが、実際には、その一部は生きつづけ、劉琮と、そして曹操の擁護するある人物のもとで引き継がれている。
かれらの理想は『劉氏による漢王朝の復興』だ。
そのお題目だけ見れば、その理想は劉備のそれと合致するかのようである。
だが、かれらは血統というものに異常なこだわりを見せており、劉備はかれらの理想からすれば、たしかに『劉氏』ではあるけれど遠すぎた。
それに、孔明は、壷中という組織すら土台にして、非情に天下を裏から動かそうとするその手法に、つよい反感を持っていた。
劉氏による漢王朝の復活。
それは清流の士人であれば、まず最初に口にすることばだろう。
孔明も、当初はそこにこだわるべきだと考えていた。

だが、その究極ともいっていい形の『血』にこだわる人間と対立し、考えを徐々に変えつつあった。
あくまで、理想としては必要な考え方であるが、それを必ずしも実践しなくてはいけないとは限らないのではないか。
そう考えるようになっていたのである。

もちろん、こんな考えを持ちはじめていることは、劉備はもちろんのこと、趙雲にも教えていない。
うかつに他者に知られて誤解されたなら大変なことになる。
つまり、諸葛孔明は劉備を利用し、自分が帝位につくための土台にしようとしているのではないかと、そう考えられてしまう危険があるのだ。
劉備がすでに四十を越えた年齢であることから見ても、そうした噂は流されやすい状況だ。

張昭は、孔明の子供たちの話を聞いているあいだは、ずっと黙っていたが、やがて話が終わると、すっと立ち上がった。
「孔明どの、わたしとともに庭を見ぬか」

30へつづく
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