飛鏡、天に輝く
二十三
女の手際がすばらしくよいということは、素人の逸徳でもわかった。
呼吸の浅くなっている煙雪を、あらためておのれの上衣のうえに横たえさせ、傷の具合をたしかめる。
そして、ともに連れている、十歳くらいの少年に命じた。
「斂(れん)、脈の取り方はおぼえているな。わたしは止血をするから、おまえ、やってごらん」
「はい、奥様」
斂と呼ばれた十歳くらいの少年は、素直にそううなずくと、女老師とおなじように、慣れたてつきで脈を取りはじめた。
その仕草だけ見ていれば、とても少年とは思われない。
「まだ名乗っていなかったな。わたしの名は嫦娥(じょうが)。敵でもなければ味方でもない。ただ、この娘に縁のある者だ」
「縁者なのか」
逸徳がたずねると、嫦娥と名乗ったその背の高い医者は、処置をつづけながら、淡々と答えた。
「壷中という組織は、おなじ仲間を家族と見做す」
「貴女も壷中なのか」
「そうであった女だ。もう壷中はない。ないというのに、同じことをしている莫迦な子たちがいるようなので、様子を見ていたが、案の定だ」
苛立ちの籠もった声色であるが、そこには愛情も感じ取れる。
「この娘たちを助けるために鳥林へ来たのか? なれば、遅かったな。
この娘以外の者たちは、みな江東の人間に殺されてしまったそうだ」
「知っている。さっき弔ってきたばかりだ。それに、わたしは、この子達のためだけに鳥林に来たのではない。戦場には、医者が必要だろう。だから来た」
変わった女だなと、乾きはじめた涙を始末しながら、逸徳は思った。
女の医者というのは珍しい。
産婆などは知っているが、医者だとはっきり名乗る女を見たのは、これが初めてだ。
それに月の女神と同じ名を名乗るところからして、大胆ではないか。
嫦娥は、月に君臨する女神で、いまも天に輝くあの鏡のうえで、不死の薬を精製しているうさぎたちといっしょに暮らしているはずだ。
しばらくすると、それまで冷徹そのものだった嫦娥の口から、ちいさくため息が漏れた。
「運の強い子だ。急所も外れていたし、もう大丈夫だろう」
「まことか!」
「医者はこんなときに冗談を言わん。ただし、ゆっくり休ませねば駄目だ。若いから回復は早いだろうが、傷は深いのだ」
「もちろんだ」
大きくうなずく逸徳であるが、しかし、嫦娥は顔をあげると、蔑むようなまなざしを送ってきた。
「わかっておらぬな。おまえは今の立場から、どうやって生き延びるつもりだ。
四方八方敵だらけ。上訴したところで、工事の状況をごまかしていた罪は問われるのだぞ。まともに故郷に帰れると思うか」
煙雪が助かったという喜びから一転、現実を突きつけられて、逸徳は落ち込んだ。たしかに嫦娥の言うとおりだ。
煙雪を連れて帰ったなら、きっと妻も喜ぶだろうな、などという考えも、どこかに吹き飛んでしまった。
「ついでに俺の心配もしてくれ。これでしばらく要塞には帰れぬだろう」
くたびれ果てた声がして、見れば、草叢のうえに、ぼろぼろになった風体の、徐元直が立っていた。
「なんとか撃退したが、あいつら、また追ってくるぞ。壷中の分派、それもあらたに編成され、鍛えなおされた筋金入りだからな。
話は聞かないわ、凶暴だわ、まったく、ろくなものではない。あんなものを作っちまう『あいつ』と、むかし友だちだったことが信じられぬよ」
「撃退した、というのはすごいな。誉めてやろう」
と、すこしも感心していない口調で、嫦娥が言う。
すると、徐元直は、剣を抱えてないほうの手を、蝶のようにひらひらとそよがせながら、答えた。
「ちっともすごくない。そこの煙雪があいつに毒針を仕込んでくれたお陰だ。
俺と斬りあっているうちに毒が回ってきて、やばくなって逃げたのだ。で、助かるか」
「愚問だ。わたしが診ているのだぞ」
「似たもの夫婦め。まあ、それならばよかった。だが、問題はこれからだぞ。俺も帰れないし、陳司馬、あんただって帰れない。
あんたの上役の校尉は、江東の人間に、そうとは知らずに取り込まれているから、上訴をぜんぶ叩き潰すだろうよ。
やつらは巧妙だ。蔡都督にもくい込んでいる。こいつらを押さえて、疫病のことを上に報せにゃならん。そうしなければ、多くの人が死ぬ。戦どころじゃなくなるぜ。
疫病は、軍だけじゃなく、荊州中に広がる可能性だってある」
「何万と犠牲になる。かつて黄巾賊が大地を荒らしまわったときのようにな」
と、嫦娥がつぶやいた。それを受けて、徐元直もうなずく。
「そうだ。戦なんてする連中がどうなろうと知ったこっちゃないが、罪のない者たちまで危険にさらそうなんて策は、下策中の下策。見過ごしてはおられない。
『あいつ』はそういうところの感覚が、ごっそり抜け落ちてるな。これは止めなくちゃならんだろう」
「どうする」
「人が足りない。味方がほしいな。煙雪たちからの連絡が絶えたことで、柴桑のやつが動くだろう。
だが、その動きを待っていられない。柴桑に使者をだす」
徐元直のことばに、逸徳はあきれて抗議した。
「柴桑? 江東ではないか! 裏切るつもりか!」
「裏切るつもりはない。俺はただ、疫病からみなを救いたいのだ。
煙雪から聞いたかもしれぬが、江東のやつらは、南方で疫病が流行しているのに目をつけた。
そこで、わざと疫病の人間を人夫たちに紛らせて病を流行らせたのだ」
「なんだと!」
非道な策である。
病に苦しむ人間を故郷から引き離し、戦場に投じたのだ。
「疫病に罹ったら、まず助かることはない。そこに付け込み、遺される家族への多額の報酬をやるとでも約束したのだろう。
そして、疫病の流行しやすいように、要塞の建設を遅らせた」
「それはもう、策ともいえぬ鬼畜の所業ではないか!」
「そうだ。だからこそ、これを止める。敵だ、味方と言ってはおられん。
曹丞相を動かす道が塞がれている以上、これを突破するには、味方が必要だ」
「その味方が柴桑にいるというのか?」
「まあ、あんたにはわかりづらいかもしれないが、この策を進めているやつにとって、目の上のタンコブともいうべきやつが柴桑にいるのさ。
そいつなら、俺たちに加勢をしてくれる。たとえ敵を助けることになるとわかっていても、道理に反することには駄目だときっちりいえるやつだ」
「まったくわからん。そも、柴桑へ、いったいだれが行くというのだ」
「俺はこのあたりじゃ顔を知られているから、駄目だ。柴桑に行くまでに足止めをくらう」
「わたしは煙雪と、それから兵舎の病人を診なければならぬ」
徐元直と嫦娥の視線が、自然と逸徳のほうへとのびてくる。
「莫迦な、なんだ、その目は。わたしは江東の道はまるでわからぬし、第一、ことばで疑われる、駄目だ!」
「いや、あんたにゃ、期待してない」
と、徐元直は言った。
「となると、斂、おまえが適任となるわけだが、かといって、子供ひとりを柴桑に向かわせるわけにもいかぬ」
「待て、そうなると、はやりわたしが行け、ということにならぬか」
逸徳が口を尖らせると、徐元直は、仕方ない、というふうに小さくため息をついた。
「あんたが行くなら、俺も行くさ。で、斂は留守番だ」
「逃げたと思われるぞ」
「そこはおいおい考える。これでも、もとは軍師だ。悪知恵だけはあるのさ。
あんたには覚悟を決めてもらわねばならんが、ここで要塞に戻れば殺される。
戻らなければ戻らないで、裏切ったと言いがかりをつけられて殺される。どうする」
「道はひとつ、というわけか」
「そうだ。この陰湿な策謀を止めねばならん。要塞にいる連中は、江東にいる主の言うがままだ。
つまり江東にいる主が、もうやめろと言ったら、この策謀は止められる」
「さっきから、あんたが言っている『あいつ』とは、だれのことだ」
「龐士元という、荊州の豪族の子息だ。鳳の雛なんて呼ばれているほどの切れ者だが、あいにくなことに、高い志も理想もなにもない男だ。
そういうやつに、神のごとき知謀が与えられて、それを生かす場も与えられているのだから、天は残酷なもんだと思うよ」
そんなことばを、どこか深い悲しみをたたえた双眸をした男は、要塞に星のようにともる明かりをながめながら、独り言のようにつぶやいた。
柴桑の街の郊外にある、ひなびた村では、いま、槌の音が絶えない。
周瑜率いる水軍の調練から逃げ出した兵が、掠奪のために、この小さな村を襲い、火をかけた。
さいわいにも、大きな被害はなかったのだが、賊が卑劣にも家屋に火を放ったため、いま、あらたに焼け落ちた家屋の建て直しを中心にした復興がおこなわれている、というわけである。
村の復興の中心を担っているのは、村長でも、江東の役人でもなく、孔明である。
このところの孔明は、ときおり、江東の士大夫に招かれて出かけるほかは、ほとんどを河岸の庵ですごしていた。
周瑜は孔明を完全に無視しており、これまで使者が訪れたこともなければ、その様子をたずねる信(手紙)が届いたこともない。
周瑜の態度にならってか、魯粛のほか、江東の主だった士人たちも、孔明を避けているフシがある。
声をかけてくるのは、張昭側の人間ばかりなのだ。
江東の内部で、いまなにが起こっているのか。
張昭を通してでしか孔明はそれを知ることが出来なかったが、狙ったとおり、この戦の主導権は孫権がにぎっており、周瑜はその線に従って動く、という、従来とは微妙にちがう体制で動いているようである。
これまでは、孫権は、たしかに中心ではあったけれど、どちらかというと周瑜のことばを聞き、その言を自分のことばとしてみなに発進する、という役割であった。
それが、いまは、孫権自身が考え、判断し、周瑜はそれにしたがって言上する、というふうになっている。
いままでは、周瑜の思い通りに右から左へ物事が動いていたのが、孫権を通して物事を動かさねばならないので、周囲の人間にたいする、周瑜への盲目的な服従も、だいぶなくなっているようであった。
「神をあがめるが如く、というふうであったから、いまのほうが、よほど健全であろうと思う」
とは、張昭の素直な感想である。
「こういうと、周都督は怒るかもしれぬが、いまの体制のほうが、迫られる責任も軽くてすむ。病身の都督には、調度よいのではあるまいか。
本人は若いゆえ、これまで培ってきたものが失われたように思っているかもしれぬが、長い目で見れば、これでよかったと思うようになるだろう」
張昭の感想は、なるほど世知に長けた人物らしい言葉であったが、孔明は、周瑜に、いまの体制に慣れ、納得するまでの時間が残されているのだろうかと、そちらのほうが気になった。
大将が病気だ、などということが兵に知れれば、その士気はがくんと落ちる。
大将は、兵の心の支えである。
みなの心を奮い立たせるためにも、完璧でなければならないのだ。
それゆえ、病気のことは、魯粛ら側近と、孫権とそのごく近しい家臣たちしか知らない。
いま、村では焼け落ちた家を建て直している。
孔明は、これを機に、村の土塁も直し、賊が用意に侵入できないつくりに変えようとしていた。
これは村長たちと話し合って決めたことなのであるが、それは困ると言い出したのが、村の一部の老人たちである。
かれらは生まれ育った家を、そのまま元に戻して欲しいと願っていた。
そうすることで村全体の機能が落ちることはないから、ではそうしようと決めると、こんどは、若者たちのほうが、時代遅れの家はいやだ、せっかくあたらしくするのなら、もっと過ごしやすい家に直したいという。
孔明の仕事は、かれらのそれぞれの言い分を聞き、折り合いをつけさせ、一日でも早く村を元通りにすることである。
「あちらを立てれば、こちらが立たず、だな。小さな村のことですら、こんなに頭が痛むのだもの。
これで荊州の町を復興させようとなると、どれだけの問題が出てくるものだろうな」
村から帰ったあと、孔明が愚痴ると、趙雲が答えた。
「仕方なかろう。家は人生の一部だからな。みな必死だ。
俺のように仮住まいばかりしてきた人間は、家そのものに執着はないが、この地に生まれ育った人間は、それこそ命がけで家を守ろうとするだろう」
「家そのものが祖霊である、と考えている?」
「近いものはあるだろうな。だからそっくりそのままに、元に戻したいというのだろう。
けれど、若い連中は、過去より今のほうが大事だと思うから、もっと過ごしやすい家が欲しいと願う」
「なるほど。最近は、若い者のほうが、孝心がうすいのだろうか」
「そうではなく、年寄りのほうが、近々、祖霊に会う予定があるからではないか。あの世で祖霊に『なんで変えた』と責められて、言い訳をしなくちゃならないのは、素直に考えれば先に逝くだろうじいさんたちのほうだからな」
「……なるほど」
もしかして冗談かな、ここは笑うべき場面だったろうか、とも思い、表情をうかがうが、趙雲は、にこりとも笑ってない。
趙雲は、昼は孔明に付き添って村ですごし、日が落ちるころに、ともに庵に戻ってくる。
武器の手入れをしたり、どこから調達してきたものか、書物などを自室で読んで、夜更けになると眠る。
そして朝はだれよりも早く起きて、庵を中心にぐるりと周囲を散策してきて、そのあと孔明を起こして、朝餉を口にする。
その規律の正しい生活ぶりに、どちらかというと野放図に過ごすことのほうが好きな孔明は、引け目すらおぼえる。
孔明は、公務ともなれば、だれよりも節目正しく行動するが、それ以外のところでは、思い切り力を抜く。
心に緩急をつけることで、より集中力を高める意図もある。
この習慣は、新野で身につけたものだ。
だから、公務における孔明の執務室は、ほかのどこよりも綺麗に整えられているのだが、自室となるとひどいもので、不潔とまではいかないものの、あちこちに書物の山ができており、煩雑きわまりない。
そんなふうだから、趙雲の規律正しい生活を邪魔するのは、もっぱら孔明の役目である。もはや日課と言ってもいい。
「あなたの意見はどうだろう。どうも村長は押しが弱い人物のようだ。
さっき話を聞いていたら、同じように復元しろという者の言うことにも一理あるから、若い者のいうことは、このさい、無視してくれというのだ」
「おまえの考えは?」
「そっくりそのまま、というのではなく、外見だけはそっくりそのままで、直すべきところは直したほうがよいだろうと思う。
燃えた家を図面に書き起こしてみたけれど、建て増しを何度も繰り返していたようで、たしかにこれは過ごしづらいだろうなと思ったからな」
「そうか、では」
「うん?」
趙雲は、書物に綴られた文字を追いながら、孔明のほうに顔を向けずに答える。
「村長に従っておけ」
「子龍、村長は頼りない。だからこそ、村人も、わたしを頼ってきているのだと思う。それでもか」
「それでもだ」
「どうして」
「おまえはよそ者だからだ。この土地で、これから先も生きていく人間じゃない。戦が終われば、おまえはいなくなる。
つまり、おまえがいくら意気込んでみたところで、負える責任というものはわずかだ、ということだ」
「むずかしいな」
「村人たちのことばを、そのまま素直に受け止めすぎるな、ということだ。
村人たちの軋轢は、村人だけが解決しうる。おまえに村人が期待しているのは、村の復興事業そのものではなく、張子布のつてをいかした、木材の調達や大工の手配などの役目のほうだ。
一緒に考えてくれといわれても、それは本音じゃない」
「では、なんだ」
「社交辞令だ」
「社交辞令? くれぐれもよろしくと頭をさげられたぞ。ずいぶん重い社交辞令だな」
「そうか? おまえが村人の立場になったとしたら、やはり同じように言わないか?
ちょうど自分の住んでいる場所のそばに、土地の実力者と親しい「賢者」と評されている人物がいたら、かれらの顔を立てるために、その気はなくても、『ご意見をお聞かせください』とな」
「うむ、言う」
「その程度のものだと思って、あまり気負って深入りするな。あとでなにかあったとき、おまえはもう、なにひとつ解決もできないし、約束もできないのだ。
村の出来事の責任は、村長が受ける。そのための『長』だ」
「つまり、どちらにすればよいかの決断は、わたしがするのではなく、長がするべきだと?」
「そう。決断をしたあとに起こりうる反発をどう和らげるか、そちらのほうに、おまえは気を配ったほうが、よほど感謝されると思うがな」
「そうか」
相槌を打ったものの、孔明は、どこかむなしさに似た失望をおぼえた。
村の復興をするのだ、自分がその中心なのだと意気込んでいたのに、だれより信頼している趙雲に冷や水をかけられた形になったからだ。
冷静に過ぎるだろう、と反発を覚え、書を読みつづける趙雲の部屋を立ち去り、自室に戻った孔明であるが、次第に冷静になってくると、たしかにそのとおりかもしれないと思うようになった。
そして一方で、いま、趙雲に対して抱いた怒りこそ、問題の大小に大きな差はあるけれど、周瑜の怒りなのだと、孔明は気がついた。
完璧な人間はいない。残念ながら。
つよい求心力と、それを補うに十分な美貌にめぐまれ、主家と姻戚である、才能溢れる男。
しかしこの男には、狭量だという欠点がある。
孔明は、いままで周瑜という人物を分析するに当たり、この「狭量」ということばにすべてを閉じこめて考えすぎていたことに気づき、反省した。
健康状態がわるいこともふくめ、その心の焦り、苛立ちを、もっと慮るべきではなかったか。
そして、自分はあまりに公平無私というところにこだわりすぎて、人の心を忘れていなかったか。
これでは魯粛が怒るのは当然だ。
いましがた、自分が趙雲に腹を立てたのと同じ怒りを、かれらも、こちらに持ったのだろう。
敵ばかりを作ったこの状況は、決してよいものではない。
自分にとってもそうだし、自分を代表として江東に送り込んだ、劉玄徳にとってもよいものではない。
「子龍、すまない、わたしがまちがっていたよ」
怒って自室に引きこもっていた孔明が、今度は興奮した様子で戻ってきたのを見て、趙雲は戸惑いながらも、書物から目を離して、振りかえった。
「なにをあやまる?」
「村でのことだよ。たしかにわたしは、あなたの言うとおりよそ者で、自分の理想を先に考えて、村人が本音ではどう思っているのかを、想像することすらしなかった。
それは善意の押しつけだ。あなたに指摘してもらえなければ、とんだ恥をかくところだった。思い上がりに気づけて、ほんとうによかった」
「思い上がりは言いすぎだろう」
言いながら、趙雲は、孔明のほうに向きなおると、その正面に座るようにと、手ぶりでうながした。
孔明はすなおに従う。
「人のためになにかしたいと考える人間には二種類いると思う。自分の力を見せ付けたくてたまらないやつと、根っこから理屈ぬきで、そうしなければと考えているやつ、このふたつだ。
おまえは、どちらかというと後者だ。おのれを卑下しすぎるのも偏向の元だぞ。そこは貶める必要はないだろう」
「そうかな」
「おまえに足りなかったのは、人との距離の置き方だ。俺はこれは技量のひとつだと思っている。深入りしすぎてもいけないし、かといって浅すぎてもだめだ」
「うむ」
「おまえは人との距離をとることに慣れていない。だから深入りしすぎて周囲に翻弄されてしまうのだ。
いつでも雲の上から下界を見つめているような心持ちであれ。すくなくとも、俺たち、つまりは劉玄徳とその家臣は、軍師としてのおまえに、そういった立場であることを望んでいる」
「あなたは何もかもお見通しだな。わたしがあなたの年になったときに、それくらい鋭い眼識を持てているだろうか。
人を動かしたければ、知識だけではだめだ。人の心を動かさねばならぬ。
頭ではわかっているが、やはりわたしは、そのあたりが拙いのだな。隆中にいたときに、もっと世間を広げておけばよかった」
「らしくないぞ。明日に寿命が尽きるというわけではなし、いまからでも遅くない、一歩でも前に進め。
おまえのいいところは、柔軟なところだ。その柔軟さは、若いいまだからこそのものなのかもしれない。吸収できるときに、なんでも吸収しておけ。多少の毒は引き受けてやる」
「うむ。ありがとう子龍。しかし」
「なんだ」
「あなたは、どうしてそこまでわたしによくしてくれるのだろう。これも主騎の仕事なのか。だとしたら、主騎というのは重労働だな」
孔明の感心しきったことばに、趙雲はおおいに眉をひそめて、なにやら考え込んでいたが、やがて答えた。
「重いと感じたことはないが、しかしたしかに、主騎の仕事かは疑問だな」
「でも、わたしにとっては、とてもありがたいことだよ。あなたがいてくれて、ほんとうによかった。
あなた以外の人間が主騎だったら、わたしみたいな、頭でっかちの世間知らずは、きっともっと早くに駄目になっていたと思う」
「あのな」
「うん?」
「おまえ、照れとかないのか」
「照れ? なぜ? 思ったことを言っているだけだ。下心なんぞ微塵もないぞ」
「それはわかるが」
そんな微妙に噛み合わない会話をしているとき、家令が、客がやってきたと告げてきた。