飛鏡、天に輝く

十八

臥龍と鳳雛。
この勇ましくも華々しい号を得たふたりは、襄陽ではつねに比較される存在でもあった。
徐州からの難民である孔明と、荊州の名家の御曹司たる龐統。
容姿も性格も、なにもかもが正反対。
際立った容姿を持つものの、繊細であるがゆえに、他者には把握しづらい性格をもつ孔明と、冴えない容姿であるがゆえに、逆にそれを利用して、うまく交友関係をひろげている龐統。
孔明は、いいにつけ悪いにつけ、目立つ存在であったから、臥龍という号を得たときも、襄陽では、なんであいつが、と大騒ぎになった。
数少ない擁護者が、当然の結果だと言い、大多数の非擁護者が、それはおかしいと反論する。
しかし、そうした議論が活発であったからこそ、孔明は注目され、逆に名前がひろまった。

龐統の場合は、名家の出自ということが大きくものを言って、号を授けられたことについて、大きく騒ぐものはいなかった。
しかし号を授けたのが、ほかならぬ龐統の叔父であったことから、影では、身内びいきではなかろうかと、あれこれささやかれたものである。
たしかに、孔明という人間は、一対一で差し向かいになった場合、その気むずかしさに面食らう。
よほど似た気質をもつ人間でなければ、初対面において、この人物のどこからどこまでが飾りで、どこからが本音かを見分けることはむずかしい。
しかし、その行動と結果だけを目で追った場合に、これほどわかりやすい人間はいないという、特徴を持っている。
孔明のやることは、ごくごくあたりまえのことばかりだ。
どうして他のものが、いままでそうしなかったのかと、ふしぎに思うほどに、あたりまえのことをする。
孔明は、常識というものに、あきれるほどに忠実なのだ。
だからこそ、信頼できる。

龐統はというと、見事に逆で、一対一で差し向かいになった場合、親しみを覚えるのであるが、その行動を見ると、どこか計算高さが目につく。
とはいえ、龐統が偏った気質のもち主だというわけではない。
龐統のもつ性質は、大きく見れば、これもまた、ごくふつうのものである。
襄陽に、もし諸葛孔明という人間がいなかったなら、龐統は声望と才覚に恵まれた、どこの時代、どこの国にも存在する青年として見做されていたはずだ。
龐統の不運さは、比較対照として、あまりにわかりやすい、正反対の性質をもつ青年が、同じ時期に同じ場所に存在したことだろう。

偉度が思い出すかぎり、孔明が龐統のことを話題にしたことは一度もない。
孔明はつねに、自分と接点のある人間のことにかかりきりになるので、接点のない龐統のことは、ほとんど意識をしていないのだろう。
ところが、龐統は、おもしろいことに、孔明をつよく意識しているのだ。
なぜかはわからない。
だが、それは好意からくるものではないことは、明らかである。

「あんたは、諸葛孔明のことを周都督に差し出すつもりなのかい。つまり、殺してしまえばいいと」
偉度がたずねると、龐統は、陰鬱な横顔を見せながら、答えた。
「周都督が、そう望まれればな」
「それほどに、周都督に心服しているっていうことか。あんたも、なかなか純情じゃないか」
偉度が揶揄すると、ふたたび、龐統の表情に笑顔がもどった。
が、その笑顔は、さすがの偉度もたじろぐほどに、邪気に満ちたものだった。

「花安英、おまえはなにか勘ちがいをしているようだから、答えておこう。
わたしがこうして動いているのは、なぜだと思う」
「周都督に心酔しているから」
答えると、とたん、龐統は、大きく声をたてて笑った。
その笑い声は、ここに愚か者がいると、周囲に知らせようとしているかのように、耳障りにひびくものであった。
「心酔か。ひとを純情だという、おまえのほうが、痛々しいほどに純情だな。
わたしが劉州牧と距離を置き、各地の士大夫と文通をしながら、放浪をつづけている理由は、おのれを試すためだ。
おのれの才能が、いったいどこまで世間に通用するか、その実験なのだ。
周都督のもとに身を寄せているのも、心酔しているからなどではない。
単に、周都督がくたばりそうだという噂を聞いたので、そのまえに、江東の美周郎とまで謳われた男が、いったいどんな人物なのか、そして、その采配ぶりは、どのようなものかを見るためだ」

偉度は、龐統の真意をはかりかねて、滔々と語る、その表情を見つめた。
目が合うと、龐統は、唖然としている偉度の表情を、おもしろそうに見て、また目をほそめた。

「どこのだれが天下を取ろうと、どうでもいい。所詮はつまらぬ権力あらそい。長い歴史をながめてみれば、同じことのくりかえしではないか。
皇帝が立つ。時間がたって、腐敗する。天下が乱れて争そいあう。そのうち、もっとも狡猾で運のよかった者が皇帝になる。つまらぬことよ。
さりとて、どこかの田舎に引っ込んで、隠士となって住むにしては、わたしには才気がありすぎてな、血はさわぐのであるが、しかし権力にはまるで興味がない。
むしろ、権力を得るために躍起になっている馬鹿どもを、この口先だけで躍らせることのほうが楽しくてならぬのだ」
「口先だけで躍らせるって? あんたは周都督を騙しているのかい?」
「騙しているのともちがうな。わたしには、わたしなりの仁義というものがあって、食べさせてもらっているあいだは、最善を尽くす。
周都督の目下の悩みは、自分がこつこつと築き上げてきた地位を、突然にやってきた説客に奪われやしないかということだ」

「張子布が引き抜きを成功させるのじゃないかと思っているのなら、それはないと、周都督に伝えればいい」
「それではつまらぬ」

龐統のことばに、偉度はことばをつづけられずに、沈黙する。
龐統は、おまえも我が意を汲み取れぬ類いか、と見下すような目線を送ってきた。

「江東の美周郎と世間でさんざんにもてはやされ、あの若さで都督の地位に就きながらも、なお見せる地位への執着。そのくせ、おのれの度量が広いなどと勘ちがいをしているのだから、あきれたものだ。
おまえは知りたいと思わぬか、なぜにそこまで執着できるのか、その理由を」
「意味がわからない。あんたは、人の心を覗いてみたいと、ただそれだけで、周都督のそばにいるっていうのかい」
「ただそれだけとは、ひどい言い草だ。世を動かすすべては、人の心から生まれるものではないか。
世間からよい評判ばかりを寄せられている男、求心力に長けた男が、なぜか、実兄にすら憎まれている、ほとんど無名に等しい一人の人間に翻弄される。
これほどおもしろい見世物は、ほかにあるまいよ」
「おもしろいって? 諸葛孔明のほうに、争うつもりはないのだと知れば、周都督は引っ込むはずだ」
「しかし、それでは、周都督のきりきり舞いする様子が見られなくなってしまう。
見たいのだよ、あの男が、死に際に、すべての本性をさらけだす、その瞬間をな。おのれを世間の評判どおりの英雄であると思い込んでいる、あの男が、おのれの本性を目の当たりにしたときに、どうなるか、その姿を見たい」
「見てどうするのさ」
「おもしろいではないか。くだらぬこの世に生をうけ、漫然と日々を食いつぶしていくしかないわたしに、すこしは楽しみが与えられてもよいとは思わぬか。
とはいえ、見料は惜しまぬ。周都督が動きやすいように知恵を貸してやるくらいはする。
そういうわけで、おまえたちには協力してもらうぞ。
劉公子を死なせたくなかったなら、孔明のもとへ戻れ。
それと、当然、このことは孔明に打ち明けてはならぬ。あれは、見かけによらず短気ゆえ、自分のものが横取りされていると知ったら、なにをしでかすか、わからぬからな」

偉度はつよく反発をおぼえたが、劉琦のことを思い、やっとのことでおのれを抑えて、その場を離れた。
そして、これから戻る場所にいる、孔明のことを考えた。
あのひとも、自分たちを『自分のもの』などと思っているのだろうか。

その日、陽が落ちるぎりぎりまで、孔明は何度と、そう広くない庵を行ったり来たりすることとなった。
この時代の屋敷のほとんどがそうであるように、庵の作りも、主の部屋が奥に作られている。
主賓である孔明はそこで寝起きをしたり、寄せられる手紙に目を通し、必要なものには返事をしたためるなどの作業をしている。
孔明は気が向くと立ち上がっては玄関へ向かい、なにも変わりがないのを見ると、部屋にもどる、をくりかえしていた。

「思うに」
と、孔明は、対象的に泰然として、獣脂をつかって武器の手入れをしている趙雲に言った。
「わたしの足の甲を中心に、草履の要領で布を履く、というのはどうであろう」
「どうなる」
「すり足で歩けば、掃除になるのではないか」
「だれも見ていないところで試せ。よその国でするな」
「よい考えだと思ったのだが。そうすれば、腰痛に苦しまなくてすむぞ。
賄いの女たちを見てわかったのだが、家事というのは、腰を屈めなくてはならない作業が多いのだな。みな、作業の合い間、合い間に立ち上がると、拳でもって、腰をたたいて肉をほぐしている。
老人のなかに、腰が曲がっているものと、そうではないものがいるが、原因は家事であったか。発見した」
「なにをいまさら。家事というか、生きていくための仕事をしていると、腰は痛むだろう。
おまえは、襄陽で農作業をしていたのではなかったか」
「うむ」

孔明は、それこそ、いまさらなんであろう、というふうにうなずき、答えた。
「弟夫婦が畑を耕しているので」
「手伝った?」
「いや、その畑に蒔く種を、ざるにひろげて、よいもの、わるいものと選り分けたり、散策ついでにかみきり虫を見つけては、弟に届けていた。あれは害虫なので、届けると喜ばれる。
なんであろう、その怠け者を批難するような目は。これは立派な農作業だろう。そうでなければ、なんだ?」
「俺には農作業のひやかしに聞こえるが。鍬を持つことはなかったのか」
「ひやかしとは無礼な、監督と言ってもらおう。手伝いにくる近在の農夫たちにふるまう食事の手配をしたり、種まきや刈りいれどきの手伝いの人員の調整から、ご近所一帯の川から引く水の配分、すべてわたしが監督していたのだぞ。
ちなみに、いちど、炎天下に弟の手伝いで畑に出たことがある。朝は元気だったが昼には倒れた。
以来、姉の厳命で、力仕事はご法度となったのだ」
「おまえの姉君は、おまえに甘すぎるな」
「姉上は古風な方であったから、弟が畑仕事をするのも嫌がっていたよ。
わたしは家長になる身の上であるから、まっ黒に日に焼けているのはさまにならない、とおっしゃっていて、だから力仕事はしなかった。姉上に逆らうと、怖いからな」
「おまえの身内は、みんな極端だ」

そんなことはないだろう、と反論しようとしたところへ、玄関のほうで音がした。行ってみれば、そこにはようやく帰ってきた偉度の姿があった。

一日姿を消していた偉度の顔は、孔明が想像していた以上に、思いつめた、暗いものであった。
これは、いま問い詰めないほうがよいだろうなと思った孔明は、なるべく自然に振る舞うように気をつけながら、声をかけた。
「いま戻ったか。夕餉に間に合ったようで、なによりだ」
「冷や飯でもかまわないけれど」
偉度は、力なくぼそりと言う。
さて、この言葉のつづきはあるのかな、と待っていた孔明であるが、偉度は、ちらりと上目遣いで孔明を見て、すぐにまた目線を落とすと、言った。
「わざわざ劉予州の軍師が出迎えとは、わたしも出世したものだね」
なにがあったのか、だいぶ臍を曲げている。
あえてそ知らぬ顔をするのも思いやりだろうと思った孔明は、自然に、自然に、と心のなかで念じながら、つんとすまして答えた。
「べつに、おまえを待っていたわけでも、探していたわけでもない。
単に、このところ屋敷に閉じこもりがちで動いていなかったので、散歩をしていたのだ」
「屋敷のなかを、何十往復もな」
ぼそりと趙雲が付け加えたが、しかし偉度は、それには答えず、胡乱なまなざしのまま、
「疲れたので、今日は休ませていただきます」
と無愛想に言って、あてがわれている小部屋に引っ込んでしまった。

その背中を見送りながら、孔明は、対応がまずかったかなと思いつつ、ぼやいた。
「自然に振る舞ったつもりであったが、逆効果であったか? いなくなっていた理由を聞くべきであったかな。どう思う、子龍」
孔明の問いに、趙雲は、手入れをしていた武器を片付けながら、呆れたように答えた。
「どうもこうも、いまわかった。極端なのは、おまえの一族の家風だ」
「む、なにやら批難がましい物言い」
「いまの振る舞いの、どこが自然だ」
「ちがっていただろうか。努力はしてみたのだけれど」
「悪気がなかったことはわかるが、とんちんかんであったことに違いはない。今度から、素直に待っていたと言え」
「いまのは、まずかったか」
「その優秀な頭で考えておけ。挽回する機会が来るまでな」
孔明は、いますぐ失敗を挽回するにしても、時機を失したことを感じて、偉度の去った薄暗い廊下を見つめつつ、沈黙した。

こう着状態がつづいた。
開戦を宣言してからの数日のあいだは、江東の人々も、明日にでも矢が降ってくるのではなかろうか、戦のはじまりを告げる銅鑼が聞こえてくるのではなかろうかというふうにさわいでいたが、あらたな展開もないままに数日を過ごしていくうちに、しだいに以前の落ち着きを取りもどしていった。
柴桑は、もともと交易の盛んな町である。
外から来るものに対して慣れるのが早く、柴桑の人々は、あつまってきた各地の兵卒やその長、あるいは孫家とその家臣といった者たちの存在にも慣れた。
諸葛瑾のように、さっそく命じられた任地へと向かうものもいて、いっときほどには、柴桑の人口も過密ではない。
それでも、このにぎわいに目をつけた商人たちが、遅まきながらも、続々と集ってきており(仲間を呼ぶ者もいたのである)、市場のさわぎは、毎日が祭のようであった。

水辺では、周瑜の率いる水軍による演習がおこなわれ、そして柴桑に残っている大物と目される人物の屋敷には、毎日のように早馬が出入りをしていた。
孔明はちょうど、それらの輪から外れたようなかたちとなって、張昭の庵にて、焦れるような日々を送っていた。

胡偉度は、姿を消していた日以来、ふさぎがちで、狭い庵のなかで顔をあわせても、ろくに口を利かない。
用事を言いつければ、ふつうにこなすのであるが、孔明のほうも、主簿見習いにしてはみたけれど、実際は劉琦の家臣である偉度に対し遠慮があって、そう強い態度に出られないでいた。
それでも、なにか変わったところがないかと注意しながら、動きのない情勢を横目に、日々を過ごす。

張昭からもたらされた情報がほんとうであれば、この静けさは、江東にとっては不吉なものとなる。
いまは、自分の力だけでは、どうにもならない。
これも忍耐力を養うための、一種の修練だと思うことにしようと自分に言いきかせながら、孔明は、気をまぎらせるために、趙雲をともなって川辺を散策したり、賄いの女たちや、魚貝をとどけてくれる漁夫らと言葉をかわしたりした。

趙雲のほうは、律儀な面をしっかり見せて、日に何度かは、漁村にまで足をのばし、異変がないかをたしかめていた。
べつに義理を果たしているわけではなく、脾肉をたるませぬためだとは、本人のことばである。

そんなふうに、焦れる心を抑えながら過ごす孔明の耳に、ほどなく、長江の向こうにいる曹操軍の噂が聞こえてきた。
噂をもたらしたのは、張昭でも、偉度でもなく、漁村の者たちであった。

ある朝、目が覚めて、いつものように厨の様子を見に行くと、まるで戦場のようにさわがしい厨が、めずらしくしずかである。
さて、なにかあったのだろうかと首をかしげていると、かつて孔明が脱走兵から助けだした漁夫が、厨に手伝いに来ている女たち、そして張昭の雇っている家令夫婦をまえに、真剣な顔をして、こんな話をしていた。
「曹操が要塞をたてている鳥林のほうでは、近くの村ものたちは、ひどい目に遭っているようで、夜になると明かりもつけられぬとか」
「なぜ。真っ暗ななかでは、なにをすることもできないでしょう」
「それがな、明かりをつけてしまうと、脱走した兵が、夜闇に乗じて、明かりを頼りにやってきてしまうのだそうだ。
なんでも鳥林では、脱走する兵があとを断たず、盗みを働いたり、果ては村に火をつけたりと、狼藉をくりかえしているのだと」
「いやな話だね」
「さあて、それから行くと、わしらなんてのは、まだぜんぜん幸せなほうなのだろう。
少なくとも、悪いやつがやってきても、追い払ってくださる方がいるのだからね」

鳥林の様子が具体的にもたらされるのは、これが初めてであった。
悪い噂ほど、広まりが早い。
噂は噂であるから、多少の誇張が混じっている可能性があるにしても、鳥林にあつめられている兵卒に脱走兵が多いというのなら、それは逆に、士気の悪さを物語っている。
戦が長引くと悟った兵が、我慢ができずに逃げているのか。
それとも、北方から徴兵された兵が、大戦をまえに、怖気づいて逃げているのか。
これだけでは判断ができない。

市井に噂が流れているくらいだから、周瑜らの耳にも、こうした噂は届いているだろう。
確執を無視して、情報をあつめに、周瑜のもとへ出向くのも手だ。
口実は、なんでもよかろう。
周瑜の動きは、いまのところ静かなものだ。
かれは、面子を大事にする男であるから、堂々とあらわれた客に対して、狼藉をはたらくことはできまい。

善は急げだ。行ってみるか、と、さっそく出立の用意をしようとした孔明の耳に、漁村のほうから、ぼおん、ぼおん、という、音が聞こえてきた。
開け放たれた厨の裏口に集っていた漁村の者たちは、いっせいに口をつぐみ、村のほうに目を向ける。
村の櫓にくくりつけた木でつくられた特磐(ヘの字の石片を吊り下げて槌で叩く古来からの楽器)に似た銅鑼が、打ち鳴らされているのである。
戸口にあつまった男女のなかで、だれかが悲鳴にも似た短い叫びをあげた。
音はまだつづいており、そのなかで、漁村のほうから、もくもくと、ひと筋の煙が立ちのぼっていたのだ。

孔明は戸口まで出て、薄曇りの空に立ちのぼる黒煙を見上げた。
火事だ。
孔明をはじめ、厨にあつまった者たちの脳裏には、すぐに、脱走兵たちのことが浮かんだ。
さきほどから、鳥林のことを口にしていただけに、火事と、たびたびあらわれていた脱走兵のことは、かれらのなかで容易に結びついた。
戸口にいた漁村の者たちは、最初は呆然としていたが、やがて、どうやら村が燃えているらしいとわかると、漁夫を先頭に、つぎつぎに村へと駆け出した。
村に残された家族のことを思えば当然である。
孔明もまた、ともに駆け出そうとしたが、これは、その場にいた、張昭の家令に止められた。
「お待ちください、いま孔明さまが村に行かれては、危険でございます」
「けれど、村にまた兵卒どもがやってきたのなら、村の者だけでは太刀打ちできまい」
とはいえ、孔明ひとりが出て行ったところで、やはり太刀打ちすることは無理である。
無理ではあるが、自分が張昭の客であると言ったなら、兵卒は怖じて逃げるのではあるまいか。
他力本願ではあるが、それが一番いいように思える。

「調練から逃げた兵が、近在の住人に狼藉をはたらいたなら、それだけで厳罰ものだ。まして、火をかけたとなれば、これは捕まれば死罪は免れまい。
村で暴れている連中がいるなら、おそらく必死で立ち向かってくるだろう。
おまえが何者であろうと、顔を見られたと知れば、襲ってくるのはまちがいない」
見れば趙雲で、鎧こそ纏っていなかったが、手に剣を持ち、孔明と村のほうを交互に見る。
「俺が行ってくる。おまえは庵から出てはならぬ。
ただし、一刻経っても俺が戻らぬ場合には、張子布でも魯子敬でも、どちらでもいい。かならず助けを求めにいくのだ。よいな。
それまでの守りは、偉度に任せてある。くれぐれも慎重に動けよ」

19へつづく
BLOGまとめMAPへ
MAPへもどる
更新履歴へもどる