飛鏡、天に輝く

十二

「あんたには、やってくれたなというべきかね」
と、魯粛は、顔を苦々しくゆがめながら、孔明のほうを向く。
孔明は孔明で、しれっと答えた。
「正直に答えろといわれたから答えたまでだが、孫将軍はどちらへ?」
「更衣だ。まずは祝辞を述べるべきだろうな。孫将軍は、あんたの望みどおり、江夏の劉予州と同盟を組み、ともに曹操に当たることを決断された。
いま、これから俺は、広間にいる連中を集めなおさなくちゃならん」
「新参の無位無官の人間が、場を仕切るなと文句がでるのではないか」
孔明が言うと、魯粛は、やめてくれ、というふうに手を振った。
「おかげさまで、いまさっき官位を得た。賛軍校尉だ」
「それはおめでとう。動きやすくなっただろう」
「まあな。とはいえ、あんたに感謝する気持ちはどうも出てこないな」
「おまえを出世させるために発言したわけではない。
会った時から何度も言っているが、わたしは劉玄徳の軍師なのだ。周公瑾の後継にはならぬ」
「だからと言って」
と、魯粛は声を荒げかけ、それから、自分の気持ちを抑えるためか、ことばを切ると、それからつづけた。

「あんたの正直な発言のおかげで、孫将軍は、じつにやる気だ。溌剌としてらっしゃる。
黄祖との戦とおなじく、曹操に対しても、おのれが指揮を執るのだと意気込んでいるのだ」
「それはよかった。江東の主は孫将軍なのだから、それは当然だろう」
とたん、魯粛は大きな目を冷たくして、孔明をにらんできた。
「理屈でいえばそうだが、周都督の立場はどうなる」
「立場は変わらない。孫将軍の、もっとも信頼する家臣。それでよいではないか。
そこで怒るというのは、いささか筋がとおらぬぞ。
魯賛軍校尉どの、貴殿はだれの家臣か」
「張子布あたりに言われそうなことばだな。孫将軍の家臣だ。それはわかっている。
けれど、あんたは触っちゃいけないところを、わざわざ触って、はっきりと暴いちまった。なにも起こらないはずがない。
このツケは、あんた自身に跳ね返ってくるぜ」

魯粛のことばに、それまで黙っていた趙雲が、中腰になって、唸るように言った。
「魯子敬、それは脅しているつもりか」
「あんたらが率直なように、俺も率直になってみただけさ」
「黙っていればよかったか? しかし、あえて言わせてもらうならば、孫将軍は、おそらくわたしがはっきりと答えなければ、同盟の話も呑まず、開戦の意志も固めることはなかっただろう。
他所のことながら言わせてもらうが、おまえは賛軍校尉という高位を与えられ、そしてそれを受けたのだ。
つまりは、孫将軍は、おのれのために動けと命じ、おまえはそれを承諾したことになる。
わたしはたしかによそ者であるが、だからこそ言えるのだ。
江東は、昔の体質を捨てる時期に来ているのだ。孫将軍はその必要を感じ取っておられる。
だが、あの方は情にとらわれて、ためらっておらられた。そこをわたしは一押ししただけだ。
それに従うか否かは、おまえたち、一人一人の問題ではないのかな。
あらためて言うが、わたしは劉玄徳の軍師だ。今後は孫将軍と話をする。
おまえは周都督の遣いか、それとも孫将軍の賛軍校尉か、どちらだ」

「あんたは台風みたいなやつだな」
魯粛は愚痴ると、大きく息を吸って、それから答えた。
「そうだ、俺は孫将軍の家臣だ。だが、同時に、だれよりも周都督を尊敬している。
あんたがいま、はっきりと、俺たちの申し出を蹴った以上、俺のほうも、いままでどおりあんたに接することはできなくなるな」
「それで構わぬ。わたしは、江東のどの勢力にもつかない。
というわけで、子龍、今夜からの宿探しが苦労だな」
「野営でもするか」
「よせよ。賓客として呼んでいるあんたらを、外にほっぽり出すようなまねができると思うか? 江東の人間は、そこまでけちじゃない。しばらくは、俺の屋敷にいればいい。
ただし、あんたらに宿の当てがあれば、そっちに行くのも自由だがな」

そう言って、魯粛は、家臣たちを一同にあつめるために、広間のほうへと移動して行った。
「すっかり怒らせたな」
趙雲のことばに、孔明もため息まじりに答えた。
「仕方ない。悪い男ではないが、かれはわたしたちの仲間ではない。ここは未来の敵地で、そして、かれも、未来の敵だ。その確認が、すこし早まっただけのことだ。
子龍、宿の件だが、今宵はあちらの厚意にこたえるとして、明日は移動したほうがよさそうだな」
「探しておく」
と、趙雲は短くこたえた。



奥に籠もりつづけ、限られた人間としか顔を合わせようとしなかった孫権が、ようやく、一同のまえに姿をあらわした。
憔悴しきった若き君主の登場を想像していた家臣たちは、あらわれた孫権の、思いのほか、晴れ晴れとした表情を、意外に思いながら見つめた。
孫権は決断したのである。
そしてそれを、高らかに宣言しようとしている。

だが、その宣言は、すぐには行われなかった。
魯粛が、周瑜の到着を待つようにと進言したのである。
孫権は、最初は、あとから報せればいいと言ったが、魯粛ばかりではなく、古参の家臣たちも、周都督を待つべきだと進言し、孫権も、結局はそれに折れるかたちで言うとおりに従った。
孫権が、周瑜を待とうとしなかった。
ちいさな事柄ではあったが、そのことが、一堂に介した家臣たちに、つよい印象を与えることになった。
それまで、孫権は、どちらかというと、義兄である周瑜に頼りきりになっている感があった。
いままでであったなら、周瑜があらわれなければ、こうして家臣たちを集めることもしなかったにちがいない。
しかし、孫権は、周瑜抜きでも、行動を起こそうとしている。
ひとりの君主として、曹操との戦を真正面から乗り切ろうとしているのだ。

孔明は、賓客として、上座から家臣たちの様子をながめた。
このちいさな、しかし重大な変化が、家臣たちにあたえたものは、大きいようだ。降伏派の者たちは、どうやら開戦になりそうだという気配を感じ、不安そうな表情を浮かべているが、張昭だけは、子どもの成長におどろいているような表情で、孫権をじっと見つめている。
程普とその周辺の者たちは、孫権の態度で、なにかしら感じとっているらしく、たがいにひそひそとことばを交わしている。
程普が、以前は周瑜と仲が悪かったという話は有名だ。
やがて和解したということであるが、しかし、すべてが一致したわけではないだろう。
程普たちのその表情からは、一枚岩に見える江東の武官たちが、じつは、なかなか複雑な状況のなかにいることが読み取れた。

もっとも苦々しい表情を浮かべているのが魯粛と、そして周瑜の側近たちである。かれらにしてみれば、開戦を最初から願っていたのだから、これは歓迎すべきことではあるが、孔明にしてやられた、という気持ちがつよいにちがいない。

冷静に考えれば、孔明が孫権に口にしたことは、回りまわれば、江東全体にとって、よいことであるはずなのだ。
周瑜はたしかに英傑ではあるが、決して君主ではない。
君主になるべき人物でもない。
孫権は君主であり、そして君主らしくならねばならない人物だ。
孔明は正論を述べた。
が、このことが、のちのち、波紋を広げていく。



周瑜は信じきっていた。
朝から、龐統をまえに、開戦にいたるまでの説得の方法、降伏派への工作、孫権にどのような態度で接するべきかの細かいところまで、何度も何度も打ち合わせし、そして家臣たちのまえにあらわれるつもりであった。

魯粛との打ち合わせでは、まず孔明が先に行き、同盟を持ちかけ、孫権を開戦に傾ける。
そして、最後の止めとして、自分があらわれて、孫権を説得すると決めていた。

孫権のことは、子供の頃からよく知っている。
爆発的な行動力を示す兄とはちがって、沈思熟考の大人しい青年である。
情にもろく、内気で、考えすぎなところもあって、決断を下すのが苦手だ。
頭はよく、時には羽目をはずして人々を和ませることもできるので、君主としては問題ない。

が、まだまだ面倒をみてやらねばならない人物だ。
若すぎるし、経験も足りない。
いまはきっと、さまざまな意見を頭にいっぱい詰め込んで、どうしたらよいのかと迷っているにちがいない。
兄たるわたしが出て行って、これを正しい方向へ導いてやらねばならないと、周瑜は思う。
そうすることが、孫家への、周公瑾の忠節の姿なのだ。
なにもしなくていい。
孫家が繁栄さえすればいいのだ。
親友の遺していった家が、天下の一部をになう。
それが周瑜の喜びなのである。

昼ごろに、魯粛からの使者がやってきて、至急、参上するようにと伝えてきた。
魯粛はあわてているのか、なにが起こっているのか、詳細は伝えてこなかった。
仕方ないやつだと、周瑜は苦笑しながらも、出発の準備をする。
降伏派、つまりは張昭たちが、思いのほかがんばっているのか。
だとしたら、劉予州の軍師も、困り果てているにちがいない。
やはり、わたしが出て行かなければ駄目だ。

周瑜は、たとえ開戦派が劣勢だったとしても、自分が出て行けば、容易に意見をひっくり返せる自信があった。
それほどに、孫権……いや、孫家と積み重ねてきたものがあるのだ。
だれよりも信頼されいている家臣。
孫一族のひとり。
その自信が、周瑜の立場を揺るぎないものにしている。

しかし、場に到着してみて、周瑜は、すぐに予想とちがう状況になっていることに気がついた。
周瑜は、劣勢に陥っている開戦派が、到着と同時に、助けて欲しいと飛んでくるくらいのことを想像していた。
が、実際にあらわれたのは、案内役の人間で、あつめられた家臣たちのほとんどは、粛々として、あらわれた周瑜のほうを、冷静に観察してくる。
目線に熱がない。
そのことが、周瑜の違和感を、さらに煽った。
見慣れた顔から向けられる目線は、ほとんどがみな、冷めていた。
遅れてやってきた重臣に対し、いままでなにをしていたのだといわんばかりの顔もある。

そして、家臣たちのまえにある、孫権の姿を見たとき、周瑜は、遅れてやってくるという自分の作戦が、失敗だったことに気がついた。
ひと目でわかった。
孫権は、決断をしたのだ。
自分抜きで。

魯粛のほうを見れば、これは苛立ちまじりの表情を浮かべて、目でなにかを訴えてくる。
その目線が向かわんとしているところを追いかけて、周瑜は上座にある孔明の姿を見つけた。
荊州の、草深い田舎に暮らしていた、人生経験のとぼしい、青白い青年。

まさか。
周瑜が唖然としていると、孫権が口火を切った。
「さて、公瑾どのも到着されたようであるし、みなに伝えねばならぬ。
わたしはここにおられる諸葛孔明先生の勧めにしたがい、劉予州と同盟を組み、曹操と対決し、この江東を守り抜くことに決めた。
それぞれに意見もあろうが、今後は、わたしに従うかたちで、みな一丸となって動いていただきたい」

「公瑾どの、貴殿より、曹操がいかに恐るるに足らぬ者どもか、みなに伝えてほしい」
孫権に請われて、そこではじめて、周瑜は、いつものとおり、自分が場の全員の視線をあつめたことを知った。
それまで、みなの目線は、孫権と、そして論客である孔明を交互に見つめていた。
そんなことは、これまでになかったことである。

周瑜は、孫権の命ずるままに、曹操の軍の内容と、いま調練している兵の仕上がりなどを説明としたのであるが、しかし、気がかりがあったためか、そのことばはところどころつっかえがちになり、家臣たちから、怪訝そうな目線を浴びることとなった。
それでもなんとか建て直し、すべて説明し終わってから、孫権のほうを向くと、そこには、だれよりも不満そうな表情を浮かべる若者の顔があった。
それは、慣れ親しんだ義弟の顔ではなかった。
同時に、周瑜は、この若者こそが江東の支配者であって、この不興を買うことがあったら、自分はおしまいなのだという、当たりまえのことに、はじめて気がついた。
認識はしていた。
が、頭の中でしっかりと、その立場のほんとうの意味を理解していなかった。
義弟であるという以前に、君主なのだ。
自分の上に立つ者。
いままでは、それを互いに自覚していなかっただけの話で、その事実は動かしようがない。

たった一日で、はっきりと、なにかが狂った。
いや、なにかが奪われた。
奪っていった者。
それは、あの年若い論客だ。
孔明が、なにを言ったのかは、いまの時点で、周瑜にはわからない。
だが、周瑜は、線のほそい女のような顔をした青年が、油断ならない盗人であることに気がつき、そして憤り、後悔した。
決して、この若者を先に孫権のところへやってはいけなかったのだ。
あくまで決断を促すのは、自分でなくてはならなかった。
そうでなければ、場の主導権は握れない。
これまでもそうだった。
よそ者が口を出していいことではない。
それなのに、あのよそ者は、それを無視して先走ったのだ。

周瑜は、おのれの胸のうちに、それこそ生まれて初めてといってもよいほどに、どす黒い感情が生じたのを感じた。
それはとぐろを巻いた蛇のようにうねって、病んだ体内を不気味に動きまわった。
悪意がある、ないは、どうでもよかった。
いままで苦労をして築いてきたものを、人生の終わりにきて、一日であっさりと突き崩されてしまった。
そのことが、ひたすら許せない。

孫権が開戦を宣言したときも、周瑜はおどろきもせずに、ただ聞いた。
予想していたことだから、いまさらおどろくこともない。
そして、開戦の宣言にどよめく家臣たちをまえに、孫権が大剣を抜き放つと、その机の端をすっぱりと切り落とし、
「今後、この決定に反対するものは、この机と同じ運命をたどることになると思うが良い」
と言い放ったときも、どこか心のないまま見つめていた。


13へつづく
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