七夕フェスタ リクエスト企画 第十弾 ふぇい様からのリクエスト
はもり。〜真・ローレライ伝説
※この作品は、独立したお話ではありますが、「からおけ。」を読まれると、さらに意味がよくわかります。
最近、宮城および、そのほか省庁につとめる官吏を中心に、『ぼったくりバー』の苦情が相次いでいた。
頭の痛いことに、孔明の統括する左将軍府においても、被害者が続出。
職務中に、今月はもう生活費がない、どうする、アイ○ル、などと蒼い顔をして、ぶつぶつつぶやく者すらいる。
おこずかいをまるまる奪われてしまい、それを妻女に相談することもできず、仕方なく、昼は左将軍府の廊下にて茣蓙をひろげ、『明日はあなたがここに座るかもしれない。カンパお願いします』と、空き缶をちょこんと置いて、物乞いの真似事までする者もでる始末。
宮城においては、もっと悲惨で、そんなところに遊びに行ったおまえが悪い、といわれて親に勘当された者や、妻女に離縁を迫られている者すらいるそうだ。
このままでは、成都中に不幸な家庭が増え続ける、と危惧した孔明は、主簿の偉度に、『ぼったくりバー』の一斉摘発を依頼。
かくて、偉度は、市井に下りて、『ぼったくりバー』を探している。
かの『ぼったくりバー』、勧誘はとびきり可愛い少女が行っているそうであるが、ぼろい商売に気をよくしたか、成都じゅうに支店を持っているらしい。
許都や洛陽などの中原の大都市に放った『兄弟たち』から、似たような被害が相次ぎ、魏では思い切った風俗店の取締りをしたため、被害はほとんどなくなったと報告があった。
おそらく、そのときに官憲の手を逃れた連中が、南の成都へやってきて、同じ悪さをしているのではないかという。
孔明としても、思い切った取締りをしたいところなのであろうが、成都の政情はまだまだ不安定。
それゆえに、思い切った施策が取れないでいる。
一部の不埒な輩のために、市井の娯楽を取り上げたなら、その反発たるや凄まじかろう。
批判は、孔明のみならず、劉備に集る。
孔明はそれを恐れているのであった。
魏と蜀の国力の違い、歴史の浅さからいえば、仕方のない話ではある。
噂によれば、『ぼったくりバー』、恐れを知らぬのか、現在は、成都の東に位置する長星橋商店街にまで、支店を出しているそうな。
なにを恐れぬのかといえば、その商店街こそ、董和をはじめ、孔明や費家、偉度の屋敷とほど近いところにある。
江東からの使者をまっ先に迎えることができ、なおかつ、さまざまな民族の商人があつまる繁華街でもあり、情報をあつめることが容易であるからだ。
孔明に関しては、養子の喬のため、という理由がいちばん大きいようであるが。
それはともかく、長星橋商店街へ出向くと、さすが成都一の繁華街。
古来より、この地域の賑やかなことは有名で、創業ン百年と看板を掲げている店すらあるが、あながち嘘ではない。
一斉摘発をするために、偉度が選抜したえりすぐりの潜入上手が、成都じゅうにある店に、いまごろそれぞれ入り込んでいるはずである。
さてはて、このあたりであったが、ときょろりと見回した偉度の目に、往来を、めずらしく息も荒く、ぷりぷりと怒りながら歩く董允、字は休昭の姿が目に入った。
深窓の坊ちゃん、買い物か? にしては、あの親バカが、伴をつけてやっていないというのは珍しいな、と思いつつ、声をかけた。
「休昭、いま帰りか?」
「帰り? ああ、そうだとも。本当はどこかで一杯ひっかけて、憂さ晴らしをしてから帰りたいところなのであるが、なにせ勉強をしなければならぬのでな」
ははは、と笑う休昭であるが、目がちっとも笑っていない。
だいたい、休昭の性格からして、たった一人で、この界隈の店に、ぱっと入る、などという真似はできやしないのだ。
「ふむ、憂さ晴らしとはおだやかでないな。なにかあったのか? いつも横にいる能天気はどうした」
「文偉のことか? ふん、あいつなんか、どうだっていいや」
「なんだ、喧嘩か」
「喧嘩もなにも、きみ、文偉とふたりでカラオケバーに行ったことがあるか」
「いいや」
そこまで親しくない。
向こうはどう思っているかは知らないが、偉度にとって、文偉と休昭のふたりは、なんだか孔明の周りをちょろちょろしている、呑気なバカ坊ちゃんズの範疇を超えていない(と、自分では思っている)。
「聞いてくれ。文偉とカラオケバーに行ったとするだろう。するとあいつめ、酒が回らぬうちは、大人しいのだよ。ところがだ、酒が回ってきたとたん、だんだん様子が変わってくる。偉度、チャゲあすの『SAY YES』を唄ってみてくれ」
「うん? ♪余計なものなど」
「「♪ないよね〜」」
「おい、なんだ、はもるのであれば、はもりますと言え、無礼な」
「と、普通はそう思うであろう? で、あいつときたら、酒が回ると、だれが歌っていようとかまわず、二本目のマイクを握って、はもりを入れだすのだ。酔っているというのもあろうが、これが原因で喧嘩になりかけたこともあるし、いつぞやは、モー娘。の歌を唄っていた団体に紛れ込み、いつの間にやら11人目のメンバーとしてセンターポジションを奪ったこともあるし」
「この間はずいぶんと大人しかったじゃないか(「からおけ。」参照のこと)」
「それはほら、趙将軍や馬将軍もいらしたし、あれでも気を遣っていたのだよ」
「で、今日はどうした?」
「わたしと一緒にいったカラオケバーで、またまた悪癖が出てだな、そこでケミストリーを唄っていた若者集団とすっかり意気投合して、そっちと盛り上がり」
「ひとり残された引っ込み思案のおまえは、怒ってひとりで店を出てきた、と」
「そうだ、そのとおり! だからわたしは怒っているのだよ」
「それは災難だったな(棒読み)。ところで休昭」
「なんだ」
「おまえ、いまハモリを入れたつもりか? 音程が同じだったではないか」
「そんなことはないとも。父上も文偉も、わたしが歌うことを嫌がって、唄うな、笛にしろ、と言うのであるが、なぜであろうな」
こいつも酔っているのかな、といささか気味悪くさえ思った偉度であるが、その視界に、どこかで見た顔が、ほんのりと朱に染まった上機嫌で、てくてくと往来を行くのが見えた。
なにやらヘンテコな歌を口ずさんでいる。
「♪兄者の『あ』は『ああ素晴らしい』のあー
兄者の『に』は『忍耐強い』のにー
兄者の『じゃ』は『弱者の味方』のじゃー♪」
「なんだそれ、字余りもいいところのドレミの歌もどきか」
偉度が言うと、上機嫌の馬岱の顔は、一気に真っ青に変化した。
「おまえは、左将軍府の小悪魔!」
となりでぼそりと、休昭が言う。
「偉度、ミョーに名前を売っているようだな…」
偉度はその呟きをあえて無視して、蒼い顔をして逃げようとする馬岱を見据える。
「ふん、こんな人出の中で、知った顔に二回も会うとはな。待てよ、おまえたち、ちょっと並んでみろ」
馬岱は偉度や休昭より一回り以上年上なのであるが、童顔のためと、性格が武将に割には、どこかぼんやりしたところがあるため、偉度に舐められきっている。
素直にちんまりと並んでいる二人を眺め、偉度はふうむ、と一人合点した。
「読みもしない新聞を三社ぐらい押し切られて取っていそうな、この面構え。これならば、向こうも油断するであろう。おまえたち、これから飲みに行くぞ」
「この面子で? 今月はきつくて…」
と断りつつ、カモシカの脚力を見せて逃げようとする馬岱の肩を、すかさず偉度は掴む。
「金のことならば、心配せずともよい。わたし持ちだ」
というよりは、左将軍府の機密費から出ているのであるが。
「軍師の命令で、これより『ぼったくりバー』の実態を調べに行くのだ。ひとりより、数名で行った方が自然だろう」
「おまえ、数行前に、ものすごく失礼なことを、実にさりげなく言わなかったか」
「気のせいだ。これは公務ぞ。人の役にたつ。もちろん、軍師将軍にもありのままご報告差し上げるゆえ、おまえたちの手柄にもなる。どうだ」
「どうだもなにも、忙しいから、また今度」
と、さらに逃げようとする馬岱を捕まえ、偉度は、その耳にぼそりとつぶやいた。
「さっきの歌のこと、市井に噂としてばらまくぞ」
「う、噂?」
「そうだ。
兄者の『あ』は『悪魔』の『あ』、
兄者の『に』は『憎たらしい』の『に』、
兄者の『じゃ』は『邪念』の『じゃ』
と馬岱が唄っていた、と」
「劣化してる! そんな歌唄ってない! メロディ的にはそっちのほうが唄いやすいけど!」
「協力するな? よし、二人とも、着いて来るのだ」
こうして、偉度は渋る二人をつれて、『ぼったくりバー』へと向かったのであった。
※
情報どおり、とびきり可愛い娘とやらが客引きをやっている、新装開店の花輪が店先に飾られた、一見すると普通の店が見つかった。
しかし、往来を行く人々は、野生の勘でなにか危険を察知するのか、娘の客引きを避けて通っている。
かわいい、と喜ぶ二人を尻目に、偉度は言う。
「いいか、いつものように振る舞え。情報によれば、やつらは安い酒ばかりを勧めて悪酔いさせるうえ、ろくなサービスもしないうえに、ほかの店の十倍近い請求を出してきて、払わないとごねると、奥からやくざ者が現れ、手元にある現金ぜんぶと、それでも払えない場合は、店の奥にある闇金融に連れていかれ、無理やり高額のローンを組まされるのだ」
「つまり?」
「店のサービスの悪さを、わたしと一緒に確認してくれ。被害を確認してから、わたしは左将軍府に連絡し、店に突入するいいか、普通に、いつもどおりに振る舞うのだ」
「なんだか、ものすごくバカにされているような気もするが、公費で酒を呑めるのならば我慢しよう。それに、あんな可愛い娘がいる店なのだからな」
と、馬岱は前向きなところをみせて喜んでいる。
休昭だけは不思議そうに首をかしげる。
「しかし、なにゆえ、このような危険な任務を、軍師の主簿である、偉度がするのだ?」
こいつ、酔ってないな、と偉度は思いつつ、そらとぼけて答えた。
「単に人材不足なのさ」
さあて、と偉度はぺしぺし、と自分の顔をたたき、頬をゆるませ、人の良くて、いかにも気の弱い顔に変わる。
そして、その早変わりに、ぱちぱちと無邪気に拍手している二人を連れて、『ぼったくりバー』の内部潜入を開始した。
店に入るや否や、背後でカチリと音がする。
どうやら、鍵を掛けられたらしい。
逃げられないようにするためだろう。
それにまったく気づかないフリをしながら、三人は呑気に案内された席へとつく。
内装はごくごく普通のバーで、入り口には生花が飾られ、それなりに高そうな酒をそろえたカウンターがあり、一応、革張りらしいソファがある。
奥まったところに舞台があり、カラオケセットが置かれていた。
一人で飲んでいる客はいない。
これは、三人連れで正解だったな、と偉度は思いつつ、ほかにも引っかかったカモたちがすでにいて、あとの地獄も知らずに、盛り上がっている様子だ。
「あっ、文偉!」
休昭の声に見ると、先客は、ほかならぬ、ケミストリーをきっかけにして仲良くなった他人たち、およそ五名と一緒に、まるで同窓会の二次会かのように異常に盛り上がっている場において、文偉が、泥鰌すくいをして、満座の喝采を浴びているところだった。
莫迦がもう一匹。
偉度はくらくらしながらも、そ知らぬふりをして、案内されたテーブルについた。
そうして酒を頼むと、すぐに注文の品はあらわれたが、酒は、アルコールを氷と水で極端に薄めたもので、不二家のお子様シャンペン バナナ味のほうが、よっぽどアルコール度が高い、というシロモノである。
文偉たちがすでに出来上がっているのは、この店に入る前に完全に出来上がっていたからであろう。
おつまみも、灰皿のような、不恰好なアルミの皿に、キオスクでも売っていそうなピーナッツとポッキーのみ。
いらっしゃいませ、とやってきて、横に座った娘たちも、馬岱が思わず泣きそうになったほど、化粧の厚い、無愛想かつ、アレな娘である。
文偉は相当に酔っているのか、おのれの芸に酔っているのか、偉度や休昭たちがあらわれたことに気づかないでいる。
休昭が恨めしそうにじっと見つめていると、ようやくその視線で気づいたか、文偉は、とろんと眠そうな目を向けてきた。
「おお、休昭。長い手洗いであったな。ようやく戻ってきたか!」
「違う店だろうが!」
「そうであったかな? まあよいわ。新しい友達を紹介しよう!」
「いや、大きいおともだちの紹介はいいのだ、おまえ、ここがどんな店だかわかっているのか?」
と、諭そうとする休昭の袖を、偉度は引っ張って、押し留めた。
「待て。言うな。文偉め、これほどに酔っていれば、なにを言い出すかわからぬ」
偉度にいわれ、休昭はしぶしぶ、自分の席に戻る。
そして、怪訝そうに言った。
「それはそうだが…しかし、偉度よ。おまえ、最近ますます軍師に似てきたな」
「うん? そうか?」
「口調もそうだけれど、考え方とか…なんだろう、雰囲気かな。仕草も似ているし」
「それ、この間、趙将軍にも言われた。幼宰さまには叱られたな」
「父上が叱った? なぜ」
「いや…難しい話であったが、物まねは、所詮物まねだ、過度の依存はしてはならぬ、とかいう内容であったよ。おまえの父君は、小気味よいほどに、はっきりと物をおっしゃる方だ」
「すまぬ」
「なぜおまえが謝る。それに、幼宰さまの言葉は間違っておらぬぞ。わたしは所詮、なにかに寄りかかっていないと生きていけないのさ」
「だったら尚更だ。父上だって、きみのことは気にかけているし、気にかけているということは、理解しているということだ。きみのことを判っていて、拠り所を否定するようなことを言ったのであれば、これはやはり、謝るべきであろう」
休昭と文偉と、両方を並べたら、豪胆さでは、はるかに文偉が上であるが、精神の深さとなったら、いったいどちらかな、と偉度は思った。
「おまえは単なるバカじゃない。バカはバカでも、いいバカ坊ちゃんだ」
「誉められたのだろうな、いまの…」
そんな会話をする偉度と休昭の横では、無愛想な娘たちを相手に、馬岱が世話好きなところを見せて「おしぼりおねがいしまーす」などとやっている。
文偉のテーブルは、文偉が花火のごとく弾けているのもあり、いつもは無愛想にただ座っているだけなのであろう娘たちも、一緒になって盛り上がっている。
目障りだな。
これでは、普通の、そこそこのサービスの店と変わらぬではないか。
『ぼったくり』を立証できなくなるとまずい。
偉度は、文偉をなんとか黙らせようとしたが、文偉はさっぱり要領を得ず、
『うちの車はアダムスキー型』
などと、訳のわからぬたわごとを叫びながら、唄ったり踊ったりと、なにかに取り憑かれでもしたか、というくらいの馬鹿っぷりを披露する。
腹を立てた偉度は、文偉の呑むコークハイに睡眠薬を混ぜて、眠らせてしまうことにした。
犯罪であるが、文偉をどうこうしようとするつもりはない。
文偉のおかげで、サービスの悪さが確認できなければ、携帯電話の向こうで出動を待っている警吏隊に、連絡が取れないのだ。
文偉はなにも知らず、睡眠薬たっぷりのコークハイをごくごくと飲み干した。
それを偉度が見届けたとき、店の照明がパッと変わり、やる気のないボーイの声で、
「いまから女の子たちのショータイムが始まりまーす」
とアナウンスがかかった。
すると、さきほどまでテーブルについていた娘たちが立ち上がり、いかにもやらされています、という空気を漂わせながら、なぜだかボンボンを持ち出して、気乗りのしない様子で、音楽にあわせてボンボンを揺らしはじめた。
とはいえ、ただ揺らすだけである。なにかほかに振り付けが入るとか、色っぽい仕草を見せる、というものではない。
ただ舞台に立っている娘たちを、眺めるだけだ。
どこが『ショー』だ、とだれしもが思う、恥知らずなまでのレベルの低さであった。
よしよし、この調子でいてくれ、そろそろ警吏を呼ぼう、と思った偉度であるが、娘のひとりが、カラオケセットのマイクに手を伸ばした。
ここで、なにやら胸騒ぎがしたのは、偉度の勘のよいところであろう。
娘は、しょうがないけどー。仕事だからー、という雰囲気満々で、『LA LA LA LOVE SONG』を歌いだす。
またずいぶんと古い歌を選ぶものだな、と偉度が白けていると、いつの間にやら舞台に上がっていた文偉が、二本目のマイクを取り出して、いかにも自然に場に溶け込み、娘と一緒になって、
「ららら らーららーぶそーんぐ♪」
とやりだした。
すると、ケミストリー仲間たちは、すでにぐてんぐてんに酔って前後不覚なのもあるだろうが、かなりのお調子者であるらしく、ぴゅうぴゅうと口笛を吹くわ、盛大な野次を飛ばすわで、一気に店は明るい雰囲気になってしまった。
「あのハモリ男めが!」
これでは、警吏が飛び込んできたところで、うまく言い逃れをされてしまう。
曰く、
『お客様をこれだけ楽しませたのですから、それ相応の料金を請求させていただくのです』
と。
文偉は拍手に気をよくしたのか、店の者の制止も聞かず、勝手にカラオケに番号を入力し、岩崎良美の『タッチ』を気前よく歌いだした。
「♪呼吸を止めて 一秒 あなた真剣な目をしたからぁー♪」
そのまま息を止めてしまえ、と偉度が思ったとき、間も悪く、携帯が鳴った。
『偉度さま、突入はまだでございますか?』
「馬鹿が一匹いて、これが止まらぬ。しばし待て」
『しかし、支店に潜入せし者たちは、見事に店の状態を暴きたて、すでにわれらの突入を待っている状態でございますぞ』
「なんと?」
偉度のプライドが激しく揺らいだ。
この自分が遅れをとっている?
偉度は、文偉の陽気さかげんに呆れつつも、場の和やかさに、いつしか笑顔さえ見せて、一緒に唄いさえしている舞台の娘たちを見た。
いかん、これでなにが暴露できたというのだ。
なぜに睡眠薬は効かないのだ? あいつ、かなりの興奮状態になって、まさか薬が利かなくなっているのではるまいな?
もう一服盛るべきか、しかしそのまま永い眠りにつかれたら嫌だな、と偉度が迷っていると、
「♪そっと悲しみにこんにち」
は、と、つづくべきところで、ごとり、と音がして、文偉はその場に倒れてしまった。
いまになって、突然に利いてきたらしい。
幸せそうな顔をして、ぐうぐうとその場で寝込んでしまった。
だが、文偉の連れてきた青年たちは、いまだ騒ぎをやめていない。
こうなれば、最後の手段である。
「休昭、唄え!」
「ええ?」
「いいから、錦馬超をも凌ぐと噂される、真ローレライの実力を見せてやれ! 馬岱どの、番号入力!」
馬岱は、なにがなにやらわからぬが、と言いつつも、舞台に上がって、偉度の指示する番号をぱぱっと入力した。
偉度の剣幕に押されたのと、突然に倒れた友が気にかかったのもあり、舞台に立った休昭が、カラオケのモニターの中に見たその曲は、
『アカシアの雨がやむとき 唄・西田佐知子』
作詞 水木かおる 作曲 藤原秀行
「あ、これ知ってる。これなら唄えるかも」
と、文偉が握りしめていたマイクを自分の手に取った。
場の雰囲気で、文偉の連れてきた酔っ払いと、娘たちは、わあっと拍手を送る。
その拍手に照れつつも、休昭はノスタルジックなメロディにのせて唄いはじめた。
偉度と馬岱は、あわてて耳を塞ぐ。
アカシアの雨に打たれて
このまま 死んでしまいたい
夜が明ける 日がのぼる
朝の光のその中で
冷たくなったわたしを見つけて
あの人は
涙を流してくれるでしょうか
警吏が店に突入したときは、店はまるで黒ミサを行ったあとのように、居心地もわるく静まり返り、鬱鬱とした空気につつまれ、客のみならず、従業員までも、生きるの死ぬのと、ぶつぶつと呟いていたという。
かくて長星橋商店街における『ぼったくりバー』は、精神衛生上、たいへんよろしくない店として摘発され、かくてその被害も収束にむかった。
偉度の報告により、馬岱と休昭の両名に、左将軍府から特別ボーナスが支給された(文偉は支給対象外とされた)。
大喜びのふたりのうち、休昭は、すっかり気をよくして、家にカラオケセットを買ったという。
『こんど遊びにきてください』
メールを受け取った偉度は、義理でも顔をだすべきか、それともうまく理由をつけて断るべきか、真剣に悩んでいる最中である。
※あとがき※
「アカシアの雨のやむとき」は、はさみのの好きな歌の一つですが、鬱な時に聞くとなんだかすべてがどうでもいいや、という、いささかヤバげな空気に包まれてしまう唄でもあります。
♪あンめにぃ 濡れながーらー たたずぅーむ人が いんるぅー♪という唄も好きですし…いや、それはともかく、文偉が偉度の仕事の邪魔をする、というリクエストでしたが、うーむ、休昭のほうが大きい扱いになってしまいました。スミマセン…リクエストどうもありがとうございました(^^♪ そしてご読了ありがとうございますm(__)m
(C)Hasamino Nakama 2005 07 28