| 2011年3月11日(金) |
| おしらせ |
まずは今回の東北地方太平洋沖大地震にてなくなられた方に哀悼の意を表するとともに、被災されたすべての方にお悔やみ上げます。
はさみのの家はおかげさまで最小限の被害ですみました。
障害を持つ身でいろいろ不便もありますが、毎日、家族そろって、なんとかこの震災を乗り越えようとしています。
さて、いままで活動を停止している状態で、多くのお客さんをガッカリさせていたこのサイト。
今回、たくさんの励ましのメッセージをいただきました。もちろん、被災したことに関するメッセージが主だったのですが、わたし、というよりも、わたしの作ったものを、これほど多くの方が愛してくださっていたことにとても感激いたしました。
そして、現在進行形で、このサイトを見てくださっている方はどれだけいるでしょうか。もしかしたら、避難所などで不便な生活を送りながら、携帯などでここをチェックしてくださっている方もいるかもしれない。
そうでなくても不安なニュースばかりが駆け巡るなか、平静なまま日常を過ごしている人はどれだけいるだろうか。不自由な身の上の自分にできることはなにか?
自分なりに考えて、一日おきにサイトを動かすことにしました。
当初の予定とはちょっと変更がかかりましたが、このサイトでいっときの憂さを晴らしていただきたい、という想いはおなじです。
どうぞお楽しみいただけたらと思います(^^ゞ |
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| 2011年7月4日(月) |
| 雲と為り雨と為り その36 |
ふと、龐統の脳裏に、暗い影がよぎった。
鶉火のことを思い出したのである。
鶉火は龐思をさがしにいき、城市のなかで見つけたのだといったが、ほんとうにそうか。
鶉火が香雪を殺し、その罪を龐思にかぶせるためにいつわりを言っているという可能性はないだろうか。
まさかと、龐統はおもった。
だが、そのまさかの気持ちは、ずいぶん根拠のない甘いものだと、考えれば考えるほどおもわざるをえなかった。
まず、龐統は、鶉火という少年について、ほとんどくわしく知らない。
孤児で、劉表にひろわれて、ただ『村』とだけ呼ばれていた人里から隔絶した場所で、刺客としての訓練をつんでいたところを、龐統がひろいあげたのだ。
刺客として訓練を受けていたわりには、曲がったところがひとつとしてなく、素直で従順すぎるくらい従順な少年だ。
ときおり感情を見せるときがあるが、それとて、邪悪なところは感じさせないものばかりである。
それが仮面かもしれないと、疑ってみる必要が出てきた。
鶉火のいうことはほんとうなのか、九折村でたしかめてみねばならぬ。
そうと決まったところで足の早まった龐統であるが、そこへ、背中から、声をかけられた。
「おや、あんた、張清栄どのではありませぬか」
鶉火のことがあまりに気にかかっていたので、龐統は、最初、その声が自分にかけられているとは気づかずに過ぎるところであった。
二、三歩いったところで、持ち前の冷静さがあらわれて、足を止めた。
そうだ。張清栄とは、ここに来るまでに名乗っていた偽名ではないか。
無視してすぎれば、それこそ仮面がはがれる。
あわてて振り返ると、そこには、陳到と、そして、趙雲のふたりがそれぞれ部下を引き連れて立っていた。
おもわぬことに、ふたたび東門に検分にやってきたようであった。
かれらの部下のひとりが、ほかの兵にあれこれ指図をして、東門をくぐる者すべてを調べているのが、視界の隅に入った。
まずいと、龐統はおもった。
だが、いまさら逃げ出すわけにもいかない。
懸命に笑みをつくり、頭を深く下げ、なるべく二人と目を合わさずにすむようにする。
「まだ桂陽にいらしたとは。といいますか、わたしは貴殿の行き先を聞いておりませんでしたなあ」
そういって、陳到は屈託なく、声をたててわらった。
龐統は、場をなごませるために、一緒にわらってみせたが、気が気ではなかった。
自分のあばただらけの面貌が目立つものだということは、じゅうぶんに承知している。
そのことから、四方の門に貼られている自分の人相書きと関連して思い出されてしまうとまずい。
ちらりと趙雲のほうを見ると、これはわらわずに、じっと龐統のほうを見つめている。
このようなときであるから、外部の人間のすべてを疑っているのであろうが、それにしては、疑い深い目つきであった。
「どちらにご滞在です」
陳到がたずねる。
「九折村におります」
「ああ、沼地を越えたところにある小さな村ですな。そういえば、あの沼地のほとりでも、女が殺されたのですよ。最近は物騒だから、あんたも用心なさったがいい」
「殺されるのは、女ばかりと聞いておりますが」
つづく…
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| 2011年7月7日(木) |
| 雲と為り雨と為り その37 |
「そう、いまのところ女ばかりですが、下手人の気持ちがころっと変わって、男も殺されるかもしれない。まあ、用心にこしたことはない。曹操の残兵もまだうろうろしているという話ですし、村に帰るのなら、ひとりではなく、だれか道連れを探されたほうがよろしいでしょう」
「お気遣いありがとうございます。そうすることにしましょう」
ここで、龐統の心に大胆な気持ちが動いた。
いま目の前にいるふたりは、情報の宝庫である。
町に流れているうわさより、たしかな情報を持っているのだ。
陳到も趙雲も、目の前にいるのが、まさか龐統だとはおもってもいないようである。
「香雪さまはお気の毒でしたな。聞けば、親戚に会うのだといってこっそり城を抜け出されたのだとか。その親戚というのは、趙家ではなく、龐家の者なのでしょうか」
陳到は、その特長のない顔に、ふしぎそうな表情を浮かべながら、答えた。
「龐家の者と会うのだといっていたそうです。なぜそんなことをお聞きになる」
「いえ、わたしも襄陽の人間でしょう。龐家が絡んでいるとなれば、聞き捨てなりません。ですから、おたずねしたのですが」
「左様か。龐家の人間といっても、下手人は手紙をよこして呼び出したらしいので、ほんとうかどうか」
「手紙」
「とはいえ、ひとくちに龐家といっても人数が多い。だれだか特定できたらいいのですが、その肝心の手紙を、香雪どのは持って出かけたらしいのですな。一緒に出かけた侍女がいうのには、手紙には、落ち合う場所の地図も書いてあって、香雪どのはそれを頼りに外に出たらしいのです。おそらく、手紙の主は、香雪どのを殺めたあとに、手紙も持ち去って行ったのでしょう」
「侍女がいっしょだったのですか」
「落ち合った場所に向かう途中で、主人の香雪どのからはぐれてしまったとか」
「まぬけな侍女ですな」
「本人は相当に責任を感じているようですよ」
「身包みをはがされていたと聞きました。むごいことをするものです」
「まったくです。下手人は、殺した女の衣を持ち去る癖があるようだ」
「桂陽にわたしが来るまえにも、女が殺されていたと聞きましたが」
「そうそう。あんたが来るまでに三人ほど。手口が一緒なので、おなじ下手人と見てまちがいないでしょう。とまあ、こんなことは、街のだれもが知っていることだろうからしゃべってみたが、あんたもあんまり詮索しないほうがいいですぞ。あんまり噂になっても龐家が気の毒ですし」
龐家が気の毒だ、ということばは、いかにも付け足しのように聞こえたが、龐統の耳にはそれはどうでもよいこととして聞こえていた。
香雪を殺した人間は、そのまえに三人もの女を殺している。
龐統と一緒に旅をしていた鶉火に、三人の女を殺せるはずがない。
龐統の頭には、龐思といっしょに書物を音読して、たのしそうにしていた鶉火の姿があった。
つづく… |
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| 2011年7月10日(日) |
| 雲と為り雨と為り その38 |
ほとんど祈るような気持ちで、龐統は、鶉火と下手人を切り離そうとしていた。
「では、わたくしはこれにて失礼させていただきます」
ぺこりと頭をさげて、二人に背を向けようとしたときであった。
「待て」
それまで、じっと黙っていた趙雲が、龐統の背中に向けて声を投げつけてきた。
まさに、氷の礫のように冷たい響きであった。
その一語で、龐統の心臓は跳ねた。
とはいえ、ここで正体を暴露するわけにはいかない。
平静をよそおい、満面の笑みを浮かべて振り返る。
「はい、なんでございましょう」
趙雲はしばらく龐統の顔を凝視していたが、ゆっくり、ゆっくり口をひらいた。
「道中、怪しい者を見たなら教えてくれ」
「はい、それはもちろんでございます」
龐統は慇懃に腰を低くして頭を下げたが、その心の下では、べろりと舌を出していた。
やはり孔明の手下は莫迦がそろっている。
趙雲に見咎められなかったことで、龐統のなかに大胆なひらめきが起こった。
さっそく東門から引き返し、市場に出かけて必要なものを買い揃えた。
一刻後には、隠士としての龐士元の姿はなく、ちいさな荷物を背負った、行商人としての龐統の姿があった。
かれは城に向かうと、通用門をくぐり、監視する役人には『襄陽から龐夫人に呼ばれてきた』といって誤魔化して、後堂へつづく広間に入ることに成功した。
背中を曲げ、大きめの笠をかぶり、どんな下っ端の役人にも腰を低くして頭を下げるさまは、まさに世慣れた行商人そのものだ。
通用門さえくぐってしまえば、龐統に対して疑問の目を投げかけてくる者はいなかった。
応対にあらわれた年増の下女は、見慣れない龐統の顔に怪訝そうにしたが、かれの持ってきた荷物と、その価格を聞いて、とたんに目を輝かせた。
「まあ、きれいな簪に櫛に玉に。市場で同じ物を見たけれど、倍の値段で売っていたわよ」
「勉強させていただきました。どうぞお手にとってごらんください」
龐統には智恵と金との両方があった。
そこで、市場にて、女たちがいかにも喜びそうな装飾品を買い集め、自分は行商人に化けたのだ。
値段を市場の半分にしたのは、もちろん女たちの歓心を買うためである。
安いと聞くと女たちの顔つきがかわってくる。
一人が歓声をあげると、それにつられてもうひとりが、そしていい思いをした一人が、さらにもう一人を連れてくる、という按配で、たちまち龐統のまわりには奥向きの女たちでいっぱいになった。
女たちは夢中になって、並べられた品物をつぎつぎに手を取る。
ごっそり買おうとする女もいたし、慎ましやかにひとつだけ、ちょっと恥ずかしそうにして買う女もいた。
龐統はそれぞれににこやかに応対しながら、女たちの会話に耳をすませていた。
「香雪さまがいらしたら、きっと喜んだことでしょうに」
「美玲を呼んでおいで。すこしは気分転換になるでしょうから」
つづく…
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| 2011年7月13日(水) |
| 雲と為り雨と為り その39 |
「どなたにも贔屓せずにお売りしますよ。品物がなくなったら、またもってきますから、どうぞどんどんお買い求めください」
龐統の調子のいい声に、女たちも緊張がゆるんだのか、こんなことを言った。
「美玲にはとくべつにいいものを出してあげてちょうだいね。あの子ったら、ずっと泣き伏してばかりで。米の一粒も食べようとしない」
「かわいそうに、ずいぶんきつくお調べを受けたそうよ」
すると若いが、非常に生真面目そうな女が声をすこしきつくして言った。
「仕方ありません。死んでも離れてはいけなかった香雪さまと離れてしまって、それでは疑われても仕方がないというものです」
「それはかわいそうですわ。あの子だって、真っ暗な街のなかを、香雪さまをさがして、朝までずっと彷徨っていたというではありませぬか」
「自業自得というものです。ぼんやりとしていたのがいけないのですよ。おかわいそうに、香雪さま。あんなひどい死に方をなすって」
女のしんみりしたことばに、その場に詰め掛けていた女たち全員がしんと静まり返った。
「体中を刺されていたのですって、どれだけ痛かったでしょう、怖かったでしょうね、やっぱり美玲はおそばを離れるべきではなかったのですよ」
若い女がそんなことを言って袖でなみだをぬぐう。
ほかの女たちは黙ってしまっている。
なかには、その女を場違いな者としてかるく睨む者もいた。
龐統の耳に、こんな小さな声が聞こえてきた。
「あの子ったら、自分より美玲が香雪さまのお気に入りだったこと、いまだにうらんでいるのよ」
「あそこまで言わなくてもいいではないの。ねえ」
女たちがふたたび騒ぎ出したのは、うわさの美玲という侍女があらわれてからだった。
見たところまだ十五を超えたばかりといったふうの少女は、黒目がちの目のまわりを赤く染めて、おずおずといったふうにあらわれた。
これが香雪をさいごに見た侍女なのだ。
まわりの下女や侍女たちが、美玲のために、いちばん前の席をゆずった。
「さあ、買物でもして気を紛らわせなさい。香雪さまがお亡くなりになったのは、おまえのせいではないのだからね」
美玲は答えず、どこか遠い目を美麗な品物の上に彷徨わせるばかりである。
「お嬢さん、この珊瑚の簪はどうです。きれいな赤色でしょう。おぐしにぴったりですよ」
龐統が本物の商人ばりに言って、美玲に勧めると、彼女はかなしそうに首を振った。
「いまは赤いものを身につける気持ちになれないわ。血を連想するのですもの」
「そんなことを考えるものではないわ。こんなことを言ってはなんだけれど、香雪さまは、わざとおまえを置いていったのでしょう」
美玲は、香雪の名を聞いて、とたんに目をうるませた。
「ちょっと目を離した隙に、姫さまは逃げていってしまわれました」
つづく…
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| 2011年7月16日(土) |
| 雲と為り雨と為り その40 |
「ほんとうに、手紙にはなんて書いてあったのかしらねえ。仲良しだった美玲を置き去りにしてまで会いたかった相手とは、いったいだれなのでしょう」
「好いた人に会いにいったというのなら、話はちがってくるのでしょうけれどね」
「そうよ、好いた人に会いにいったというのなら、城の外に出る必要はないわ。城の中にいるのですもの」
龐統は、そこで初めて、香雪に好きな男がいたことを知った。とはいえ、口を挟めば不審に思われる。そ知らぬ顔をして、商品を丁寧に並べなおす。
「趙子龍さまは香雪さまのお
気持ちを知っていたのかしら」
龐統の手が思わず止まった。香雪は、あの父親ほども年上の男を好いていたのか。
たしかに、趙雲は実際よりも若く見えるが。ともかくその事実は、降伏して以降、香雪や霜華への扱いが、意外に『良かった』ことを物語っている。
自分を虐げるような男を好きになるはずがないからだ。
お人よしで、だれにでも笑顔を振りまいて、そして、母親の縁談相手に恋をしてしまっていた少女。
五娘に似ているという娘の姿が、龐統の脳裏にくっきりと浮かび上がってきた。
侍女のひとりがきつく顔をしかめる。
「めったなことをおいいでない。あの方は本来なら香雪さまのお父様になる予定だった方。おかしな噂がたてば、香雪さまの名に傷がつくのはもちろん、奥様も傷つくことになるのですよ」
「申し訳ありません」
「そもそも、手紙はどこから来たものなの」
美玲が、泣きそうな顔をして、震える声で答える。
「駐屯している兵卒に、手紙を渡してくれと頼まれたのでございます」
「その兵卒とやらの顔はおぼえているの」
「申し訳ありませぬ。髭を生やしていたことくらいしかおぼえておりませぬ」
「仕方ないわね。冑をかぶって髭を生やしている男なんてそのあたりにごろごろしているし、わたしだって、そういった男に用を頼まれても、次に会ったときにはもうだれだかわからなくなっているでしょう」
「とすると、兵卒のだれかが香雪さまを?」
「いま、孔明さまがひとりひとりを調べているそうよ。でも妙な話ではなくて。どうして龐家の親戚からの手紙と騙ったのかしら」
「香雪さまが喜んで出てくると思ったからでしょう」
「そこがおかしいわよ、どうしてなの。しかも真夜中に出かけなければならなかったなんて、秘密のにおいがするわ」
「たしかに秘密のにおいはするわね。美玲、手紙を読んだときの香雪さまはどんなふうだったの」
「手紙を読んだ香雪さまは、ずいぶん興奮されていました。でも手紙に書いてあったのがどのようなことであったのかはわかりませぬ」
j次回ブログ・はさみの世界出張版につづきます |
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