七夕フェスタ リクエスト企画 第十二弾 ナツノキ様からのリクエスト

画眉の背景

前編

長坂、赤壁とつづいた激戦が、荊州三郡を手に入れてから、落ち着いて、まるで嘘のように平和であった。
にもかかわらず、趙雲は目覚めが悪く、今日は嫌な予感がするなと、思ったものである。
劉備に、「いい年して、兵舎で寝泊りもなかろう」と与えられた街中にある屋敷には、やはりほとんど帰らず、兵舎の一室をまるまる借り切って、そこで寝泊りしているのであるが、使い慣れた寝台から起きる段になり、足がもつれたようになって、転げ落ちた。
以前にも同じことになった日が一度だけあり、それが、孔明の主騎に任じられた日であった。
ゆえに、今日は悪いことが起こるに決まっている。

とはいえ、不機嫌さを隠さずにいるのは大人気ないし、将として上に立つものの態度ではなかろう。さすがにいつも笑顔を絶やさぬ劉備のようには振る舞えないが、せめて常に、顔色を変えぬ男でいたいものである。
趙雲はそう思いつつ、兵卒たちの挨拶に答えながら、ともに食事をとるべく食堂へ行こうとすると、なにやら、向こう側からどすどすと、足音も荒っぽくやってくる者がある。
なにかと思えば、ズタ袋を地面に引きずった魏延であった。
この魏延、字は文長は、ここ最近、劉備に目を掛けられ、部隊長となった男である。
年は趙雲より三つほど年下である。趙雲は実際の年齢より若く見られる容姿ならば、魏延は、実際の年齢より年かさに見られる、気むずかしそうな、いかめしい顔をした男だ。
やる事為すこと荒っぽく、怖いもの知らずなのか、世間知らずなのか、口に遠慮がなさ過ぎるため、腕は立つし、兵卒のあつかいも上手いのに、いつもだれかと諍いを起こしていた。
だからというわけでもなかろうが、魏延はおのれの周囲を、お気に入りの兵卒でいつも固めている。
魏延はえこひいきが多い、それに軍師をあまりよく思っていないようだ、という話も聞こえてきたので、趙雲は付き合うのに距離を置いていた。
「おう、趙子龍殿、良い朝でございますな」
良い朝だということが気に食わない、とでも言わんばかりの剣幕で、魏延は言った。
そして、その手を見れば、ズタ袋だと思ったそれは、ズタ袋のように粗末に扱われ、殴られ蹴られを繰り返された、無残な若者の姿であった。
「その者は?」
「おう、生意気にも、脱走したやつなのです。それも何をトチ狂ったか、洛陽へ行きたいなどと言っている」
脱走、と聞いて、趙雲は、半ば意識を失い、呻いている兵卒を見下ろした。
見れば、まだ若い。十七くらいであろうか。とはいえ、脱走は重罪だ。戦中ならば、理由の如何を問わず即処刑であるが、いまはわずかに軽い。とはいえ、労役は免れまい。
しかし、この扱いは酷すぎよう。
趙雲は魏延に尋ねた。
「で、どこへ行く?」
「決まっております。調練場にて、こいつを吊るしてやるのですよ」
「吊るすだと。裁きにもかけず、おまえが私刑にかける、というのか。それは許されぬ。荊州三郡における賞罰はすべて軍師が行っている。軍師に引き渡せ」
軍師、と聞くや、武骨な魏延のいかつい顔が、ぴくりと震えた。
「脱走は脱走でございましょう。なぜにあの御仁に」
「規則は規則だからだ。おまえが嫌だというのであれば、俺が軍師のところへ、そいつを連れて行く。おい、名は?」
魏延が足を止めた際に、若者も意識を取り戻したようである。呻く若者に尋ねると、
「毛、字は…」
「毛、字は叔英です」
と若者の声にかぶせるように、魏延が大きく言う。
そして、やはりこれは、それがしが軍師の下へ、と足を進めるので、なにやら予感に突き動かされた趙雲は、引きずられ、あちこちぼろぼろの泥だらけな若者に、あらためて聞いた。
「そなたの名は?」
「毛、字は伯義」
「なに、伯義とな。長子か」
字に「伯」の字がつくのは長子の証しである。著名なところでは、「史記」に登場する「伯夷・叔斉」の兄弟であろうか。江東の小覇王と呼ばれた風雲児、孫策も、孫堅の長子であったから、字も伯のつく伯符である。
「文長、此度の徴兵は長子以外の男子、ということではなかったか。おまえ、ちゃんと徴兵のときに調べたのか」
「調べましたとも。こいつが嘘をいっているのでしょう」
魏延はしれっというのであるが、どうも怪しい。
そういえば、こいつの部隊は、ほかのどこよりも早く徴兵を終えて、劉備に誉められ、得意になっていたが、もしや、裏工作をして、無理に兵卒を集めたのではなかろうな、と趙雲は思った。
魏延は、劉備が大好きな男だ。まるで熱烈な恋に落ちているようですらある。劉備に気に入られるためには、なんでも過激にしてしまう、悪いところがあるのだ。
「魏延、やはりその男は俺に任せろ」
「将軍、この男が嘘をついているのでございます」
「そうなのか? あらためて問う。おまえの字はなんだ」
ふたたび問うと、毛は、よわよわしい声音で、答えた。
「毛、字は伯義。長子でございます」
「なにを、こいつ。俺を愚弄するつもりか」
魏延がいきり立って蹴ろうとするのを、趙雲は抑える。
すると、首根っこをつかまれたまま、泥だらけの兵卒は、うっすらと目を開けて言う。
「洛陽に連れて行ってやると言われて、こちらへ参りました。まさか兵役に付くことになろうとは…ここにいては、いつ洛陽に行けるかわかりませぬ」
「徴兵の役人に騙された、ということか」
といいつつ、ちらりと魏延を見ると、趙雲の言葉に、すこしホッとしたような顔色を見せる。やはり、こやつは怪しい。
趙雲の視線を振り払うように、魏延はさらに強面を激昂させ、兵卒に怒鳴った。
「いつ洛陽にいけるかわからぬ、とは不埒な! 我が君のお力があれば、間もなく洛陽ぞ!」
「それはどうかな」
「趙将軍! 将軍職にあるお方が、なんと弱気な!」
こいつ、本気か、それともお芝居か?
「端的に事実を述べたまでだ。いずれは洛陽を目指しはするが、現状ではまだ難しかろう。特に、まともに徴兵すらできぬ将兵がいるような状態ではな」
魏延はうろたえつつも、強気なところを見せて、言った。
「それがしが、役人どもに騙されたのです!」
「どちらが騙されたのかは、あとで取り調べるとして、そうなると事情が変わってくるのではないかな。こいつは長子で、本来ならば兵役につくべき男ではない。しかも騙されたというのであれば、尚更だ。だが、行き先が敵地、というのが気にかかる。おまえ、毛伯義とやら、なにゆえ、洛陽を目指す?」
趙雲が尋ねると、毛は、呻きつつも答えた。
「画師に…わたしは画師になりたいのです。洛陽には著名な画人がおりまする。ぜひ弟子入りしたいと…父にも承諾をいただき、路銀まで用意していただいたのに、なぜかこんなところに」
「こんなところ、とはなんだ!」
魏延が吼えるのを手で押さえ、趙雲は毛を助け起こしてやり、考えた。
「文長、やはり、こいつは、処刑はできまい」
「なんですと」
「軍師に裁定を仰がねばならぬが、おそらく脱走の罪には問えまいよ。まあ、みなを騒がせたというので、軽い労役くらいにはなるだろうが」
「うん、そいつはいいな」
突然の声にぎょっとして、振り向けば、そこに劉備と関羽が立っていた。
いつからそこにいたのか、趙雲はわからず、魏延に集中していた。
あわてて礼を取ると、劉備は、いいから、いいから、と言いながら、なんとか起き上がり、劉備に礼を取ろうとしている若者の前に立つ。
朝陽をさんさんと浴びて、いつにも増して機嫌のよい劉備の笑顔に、緊張していた毛の顔も、ほっとゆるんだ。
「毛伯義とか言ったな。故郷を出て、親父さんに頭を下げ、遠い洛陽にいる名人に弟子入りして、画師になりたいというのなら、それなりの才能があるってことだろう。自信はあるかい」
「恐れながら、ございます」
と、正座しているぼろぼろの毛伯義は、あざだらけの顔で、まっすぐ劉備を見据えて言った。
息子に書画を習わせるくらいの家であるから、良い育ちをしたのであろう。毛の顔立ちにも品があり、清潔な、好ましい印象を抱かせるものであった。
「いい目をしているな。よし、それじゃあ、おまえさんの心意気に免じて、わしがどんな労役をするか決めてやろう。おまえさんは、あれを書くのだ」
と、劉備がぴっ、と指差した先を、趙雲、魏延、関羽が見る。
その先には、なにやら楼閣の上で、馬良らとあれやこれやと話をしている、早朝から目も覚めるばかりに典雅で、上質の衣を身に纏った孔明の、長身痩躯の姿があった。
「兄者、それはむずかしい」
「主公、それは無理かと」
関羽と趙雲が、劉備の取り決めを否定したのは、ほぼ同時であった。
劉備は気を削がれたようで、なんでだ、という目を向けてくる。
「なぜだ。おまえたちは見たくないのか、孔明を描いた絵」
「見たいとは思うが、絵にする、となると、ちと難しいのでは」
と関羽が呆れたように、自慢の髯を手で梳きながらいう。
劉備は、というと、すっかり毛と友だちのようになって、ちょこんと正座したその肩に手を回し、そんなこたぁねぇよな、と念押しをして、こくりと頷かせている。
しかし関羽は重々しく言った。
「軍師は絵にするには不向きぞ。わしが思うに、軍師のよきところは、単に秀麗な外貌にあるのではない。あのころころと変幻自在に変わる、表情にあるのではと。となれば、ひとつの面しか描ききれない絵では、軍師を描ききることは、むずかしいのでは」
「でもよ、表情にもいろいろあるが、その人だからこその表情、ってのもあるわけだろう。孔明だかこその表情、ってやつを見つけて、絵にするのだ。ちょいと大変だが、為せばなる。もしちゃんと描けたら、親父さんの用意してくれた路銀ってのは、俺が代わって、また用立ててやろう」
関羽の言葉を頭のなかで反芻し、それから、馬良と一緒になって、絵図を広げて熱心に相談している、遠目にも、世にも稀な美貌の主とわかる孔明の姿を見て、毛は不安そうに劉備に問うた。
「もし描けなかったらどうなりましょう?」
「そんときぁ、魏延のいうとおりだな」
もちろん悪い冗談なのだが、毛はすっかり震え上がり、絶対に描きます、完璧に描きます、と何度も頷いた。
その傍らで、関羽が、嘆かわしい、というふうに首を振る。
「兄者も人が悪い。もしわしが画師であったなら、軍師を描け、といわれても断るぞ」
「なんでだ。いい題材じゃねぇか。わしは、あれほど綺麗な男はほかにない、と思っているがな」
「たしかに綺麗は綺麗だが、綺麗な男、というと、なにか違わないか」
と、関羽が目を向けると、視線に敏感な孔明は、地上の者たちが、自分を見ていることに気づき、典雅に礼を返してきた。
関羽は、それを律儀に返しつつ、劉備に言う。
「うまく口にはできぬが、あれは、『綺麗な人』だ。男とか、女とかで、あえて区切りたくない雰囲気。その曖昧なところに、軍師の美の特長があるように思える」
「ふん、なるほど、言いたいことはわかるぜ。たしかに色も白いし髪も真っ黒、顔立ちも整っているが、綺麗な顔ってだけなら、結構、そこいらにあるからな。あれの持つ、迫力ってのは『美人』だから、というわけではなさそうだ。なんだと思う?」
趙雲は水を向けられたのは判っていたが、あえて黙っていると、魏延が代わりに口を開いた。
「女のような顔をしているのに、並みの男より背が高い、その不均衡なところが、人の目を引くのではないでしょうか。僭越ながら、それがしは、そのように思うのですが」
「それじゃ、女が男の格好をして、ああいうふうに振る舞ったら、おまえは言うことを聞くかい」
「主公が聞け、とおっしゃるならば」
「おまえの中の女ってのは、ずいぶんちっぽけな存在のようだな、よくないぜ、文長。それはともかくとして、孔明の顔は、女のような顔かな。たしかに睫毛は長いし、唇も、朱を塗ったように赤いけれど、女みたいだなと思ったことはないぜ。なあ、子龍」
いよいよお鉢が回ってきたので、趙雲としては、口を開かざるを得なくなった。
「女に、ああいう顔の者は、そうそうおりますまい」
それは正直な感想であった。だが、魏延の言葉を否定することにもなったので、おもしろくない魏延が軽く睨みつけてくる。趙雲は、あえて無視をせず、その視線を受け止めた。
「こらこら、変なところで張り合うな。ま、あんまり言いたくないっていう、おまえの気持ちもわかるけどな。孔明を絵に。ちょいとした思い付きだったが、やっぱり面白いぜ、これは。なあ、難しいからこそ、やりがいがあるってものだろう」
がんばれよ、と肩を叩かれた毛は、だんだん蒼ざめてきて、はあ、と曖昧に返事をする。
横で、関羽が、ぼそりと、
「兄者は鬼だ」
と言った。
そして、毛の世話は、趙雲が特別にすることとなった。
孔明を描くのだから、孔明の主騎である趙雲と一緒にいたほうが、面倒がなくていいだろう、という劉備の言葉があったからである。

「ふん、画師。画師ね」
と、それまで有能な主簿の顔をして、つんとすましていた胡偉度は、とたんに意地悪そうな笑みを毛にむける。
それだけで、毛は竦みあがってしまう。
そういえば、こいつも画才があったな、と思い出し、趙雲は尋ねた。
「そういうわけで、軍師の絵を、こいつが描くことになった。軍師には、主公からお話が行っているはずだ。おまえから、ほかの主簿たちに話をしておいてほしいのだが」
「ま、殿様のご趣向ならば、いた仕方ございません。ご協力いたしましょう。に、しても、軍師を描くとはいい根性しているね、あんた」
と、偉度は後れ毛を蓮っ葉にかきあげてみせる。
地味にしている偉度が、唐突に本性をあらわすと、その極端な差に、たいがいのものは言葉をなくす。態度が変わるだけではない。その纏う雰囲気が、一気に毒々しささえ含んだ華やかなものに転じるのだ。
これには、慣れている趙雲でさえ、たまにうろたえる。初対面の毛は、なおさらであった。
気の毒になり、凍り付いている毛を庇うようにして、口を入れる。
「おい、いきなり脅すやつがあるか。仲良くしてやってくれ。しばらく俺と一緒に行動するのだからな」
「これはこれは、面倒見のよろしいことで。この無茶な冒険者のために、骨折りをなされるか」
「無茶?」
偉度は小馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、言った。
「わたしは軍師を描こうと思ったことは一度もありませんよ。だって、無理だもの」
「おまえも、やはりそう思うか。だが、なぜそう思う?」
「軍師はね、あの雰囲気に特長があるのです。玲瓏たる容姿のなかに隠された、強靭な精神、鋼のごとき意志。見た目が問題なのじゃない。心のありようが、あの方を、世にも稀な絶佳に見せているわけですよ」
縮こまっていた毛は、偉度の言葉に、なにかしら心に響くものがあったらしい。
首を伸ばして、偉度に尋ねた。
「どこに特長があると思われますか」
「特長? そんなことは、あんたが観察して、見つけ出すことだろう」
厳しくぴしゃりとやられ、毛は首を亀のようにひっこめて、趙雲の後ろに隠れる。偉度は、こういう育ちの良さそうな同年輩の若者には、ことさら意地悪をする傾向がある。
「意地悪しないで教えてやれ。どうせ、あまたある意見のうちのひとつだ。出し惜しみするな」
「出し惜しみなんかじゃありませんが、まあいいや。顔の作りがどう、体つきのしなやかさがどう、という話じゃありません。先ほども申しましたとおり、雰囲気。あの方の心の中にあるものがさまざまに作り上げ、全身から発せられる、気、とでも申しましょうか。あの独特の迫力で全身を鎧われておられるからこそ、軍師は軍師なのです。
それともうひとつ、どちらかといえば、脆弱なふうに見られがちな体躯をしておられるのに、舐めた態度に出る者がすくないのは、仕草でしょう。
あの人を、まったくの他人だと思って、そこいらに何もさせずに座らせておけば、わたしたちは、まちがいなく、軍師を女のような弱弱しい男がいる、というふうにしか見ない。
でも実際には、軍師はすこしも弱弱しくなんかない。わたしたちがそう思うのは、あのひとの言動を聞いたからであるし、あの人の仕草は、役者のように、ぴしゃりと、まるで謀ったように綺麗に決まるのです。軍師がうろたえて、オロオロとみっともなくしているところは、見たことがありません。つまり、そういった印象の積み重ねが、さらにあの人の特別な印象を強くするのでしょう」
「まあ、たしかに、困っていても、妙に堂々とえらそうにしているやつだからな。なるほど、ヒトによって、あれこれ違うものだな。おまえは、雰囲気や仕草が、軍師の特長だというのか」
「仕草を絵に籠める、というのは案外むずかしいのですよ。それにあの人ときたら、まるでだれかに指揮されているように、ここぞという場面にぴったりの仕草をするのです。司馬徳操の私塾で学んだ成果なのですかね。あまりに決まりすぎていて、圧倒されてしまうこともありますよ。あと雰囲気、これを絵に出す、というのは、名人でも、なかなか難しいでしょう」
「言われてみれば、仕草は力強いな。顔が女のようだと思うのは、おまえもか」
「顔の形の線が鋭いので、女の顔ではないのですが、睫毛が長いので、そう見えてしまうのですよ。あれで損をしている人ですよね。女々しいところなんか、すこしもありゃしないのに」
「そこは同感だ」
と、趙雲は偉度の言葉にうなずいた。
「でも、男らしいかといえば、そうでもない」
偉度は、すっかり毛のことは頭になくなったらしく、頭の後ろで手を組んで、なにやら思案して彼方を見る。
「女顔、というのは、わたしのような顔を言うのです。軍師が女装しても、似合わない。今月の給料を賭けてもいい」
「賭けるまでもなく、似合わぬだろうよ」
趙雲が言うと、偉度は目を細めて、にやりと意味ありげに笑った。
「でもすこし、見てみたいと思いませぬか」
「いいや、全然。話を戻せ。軍師は、女々しくもないが、かといって男らしくもない。では、なにものだ?」
「その得体の知れなさこそが、実は諸葛孔明という人間のもつ、美の源かもしれませぬな。引き合いに出すのはあれですが、若くて美しい宦官のように、男でも女でもない、独特の神秘的な、妖しい気配というのと、すこし似ている気がいたします」
「かといって、弱い存在ではない」
「それは、われらがあの人の言葉を、いつも耳にしているからですよ。あの人は弱音を吐かないし、基本的には能天気ですから、落ち込んでもすぐに回復する。それに結構しぶといですしね。そういう性格を知っているから、強い、と思っているからで、将軍が最初に軍師と会った時は、どう思われましたか?」
「最初? 最初から、あいつは偉そうであったから、なんだか嫌なやつだと思ったな」
「へえ、本当ですか」
興味津々、といった顔で偉度が首を伸ばしてくる。
「では、いつごろから、いまのようになったのです」
「いまのように、とは?」
「またまた誤魔化す。まあ、よろしいですけれどね。さて、そこの労役囚、考えはまとまったかい」
趙雲が振り返ると、毛は、すっかり混乱し、なにをどう捕らえたらよいのか、わからなくなっているようであった。
たしかに、孔明という多面性をもつ人間を、一瞬を切り取るしかできない絵で表現するのは、なかなかに難しいかもしれない。
趙雲は毛をつれ、偉度の執務室をあとにした。

後編につづく
更新履歴に戻る
MAPへ戻る