くっきー先生の「はさみの教室」⑥
休昭「いやあ、まいったね」
文偉「まいった、まいった」
まいったを連発しながら、いつになく暗い顔をして、いつもの雑居ビルに向かう二人。
その手には、仙台で発行されている経済紙があり、見出しには、でかでかとこうあった。
『ナゼ? 唐突すぎる成都商事への敵対的TOB。仲達ファンドの思惑を読む』
休昭「昨日から父も家に帰ってきていないよ。役職を持っている人間は、みんなで株主に、株を売らないように、って説得して回っているってさ」
文偉「白まゆげ課長なんか、友好的TOBをしてもらうために呉にまで出かけていったよ」
休昭「それってホワイト・ナイトっていうんだっけ? なんだかここ数日で、妙に経済用語に詳しくなった気がするなあ(ホワイト・ナイト=白馬の騎士。つまり仲良しの会社に、『悪いやつに会社を乗っ取られそう、お宅でうちの株を買って、悪いやつから助けてください!』とお願いする防衛方法。こういう三国志とはまったく関係のないマメ知識があちこちにあるのも、はさみの世界。しかし知識を得たからといって、あんまり役に立たないこと多し)」
文偉「しかし、ほんとうにまいったな。すっかり春から就職するつもりでいたけれど、こんな状況で、果たして雇ってもらえるものかどうか」
休昭「仲達ファンドが経営権をにぎったら、役員総入れ替えもありえる、ってこと?」
文偉「成都商事は、もともと同族会社的な傾向があって、雇用にしても、コネが優先されるという噂があった。
まあ、わたしやおまえのように、たしかに親族が同じ会社にいる、という人間で同時に就職が決まっている、という例もあるので、それは否定しきれないところがある。
が、そうした『閉塞感』が逆に、株主たちから将来を危ぶまれていた原因でもあるのだ」
休昭「どうして。同族会社なんて、山ほどあるし、コネ優先で雇用を決める企業だって山ほどあるじゃないか」
文偉「たしかにそうだが、この会社は特にいまの社長のカリスマ性でもっているフシがある。
社長は、つぎの社長の座を息子に、と考えているらしいが、息子というのが、学校の成績もぱっとしない、きわめてフツーの息子らしいのだな。
社長になるよりは、バイトでもかまわないから、そこそこの収入でのんびり暮らしたい、というタイプ。この息子が社長になったら、会社はもう駄目だろう、とさえ言われているらしい」
休昭「だって、息子さんってまだ中学生とかじゃなかったっけ?
それなのに、なにもしていないうちから、駄目だなんて噂を流されちゃって、かわいそうだね」
文偉「もしかしたら、なにか思惑があってわざと流されている噂かもしれないな。
もしこの息子が駄目だとなると、営業部長兼総務部長兼社長室長・通称もなかに白羽の矢が立つわけだが、頑張っているけれど、若すぎるし、社長ほどのカリスマ性はない、というのが周囲の評価だ。
もしいまの状態で社長が退任、となったら、古株の社員のほとんどがいなくなるんじゃないか、って噂もあるそうなのだ。
だから、一部の株主が、そういう事態を避けるために、業績のいいうちに、外からの風を入れておこうと考えたらしいのだな。
で、仲達ファンドがその動きを機敏に察知し、株式の一斉取得に動いた、というわけだ」
休昭「この仲達ファンド、っていうのも、よくわからないよね。曹魏総合商社から独立した子会社だったのが、一気に急成長した、って聞いたけれど」
文偉「新興の会社であることはまちがいない。もともと曹魏総合商社で役員をしていた人間のひとりが、現行の経営陣に不満があって、痴呆を理由に、名前ばかりの役員にしてもらって、この子会社に出向したというのだ。
ところが、この痴呆というのが大嘘で、子会社に出向したとたんに一気に動き出して、親会社から勝手に独立して、国内有数の大手コンサルティング企業に成長したそうなのだ。その成り上がりっぷりは、すでに伝説に近いノリで業界では語られているとかなんとか」
休昭「どんな人なんだろうね、その成り上がった社長って。きっとすごく癖のある人か、豊臣秀吉みたいに、すごく愛嬌のある人、かな」
文偉「興味があるのか、休昭。運良く就職決定が取り消しにならなかったら、会えるかもしれないぞ」
休昭「またそういう嫌味を言う。敵対的TOBが成功しちゃったら、父だって解雇になる確率が高いよ。そうしたら、わたしだって同じ会社じゃ働けなくなると思う。
まいったね、せっかく大道芸をけんめいに練習したのに、春の花見どころじゃなくなっちゃった」
文偉「かといって、われらに出来ることは、なにもない。成り行きを眺めてやきもきしているだけでは精神衛生上よろしくないから、こうしてくっきー先生のところへ向かっているわけだが」
休昭「今日はきっと、わたしたちのほかに、だれもいないね」
そうして二人が、いつもの雑居ビルの三階に行ってみると、いつになくカルチャー教室のあたりはひっそりとしていた。
二人がさらにいつもの教室に向かうと、そこには、がらんとした教室の、その机の上で、窓から見える残照を眺めるかのように窓辺に向かって、ちょうど二人に背を向ける形で、イヤホンでラジオを聴いて、膝をかかえて、なにやらちんまりとしているうさぎのうしろ姿が目に入った。
気のせいか落ち込んでいる様子で、ラジオを聴きながら、ひとりでぶつぶつ言っている。
くっきー「どうして……どうしてこんなことに……わからぬ……困ったのう……」
文偉「どうしたのだろう、くっきー先生、ずいぶん暗いな」
休昭「声をかけてみようか、先生……」
どうされたのですか、と声をかけようとした、そのとき、どたどたと、雷鳴にも似た激しい勢いで靴音を高らかに鳴らしながら、雑居ビルの階段を、だれかが駆け上がってくる音が聞こえた。
休昭「な、なんだろ? カルチャー教室に遅刻しそうで焦っている生徒?」
文偉「いや、このせわしない足音には、とっても聞き覚えが……」
そうして二人して、どんどん近づく靴音が迫ってくるのを、じっと教室の入り口を見つめながら待っていると、やがて、がらりと扉が開いた。
文偉「ぎゃあ、出た! 出るとは思わなかった御大!」
休昭「どうしてここに? というか、あれ? 話が見えないよ?」
荒々しく扉をあけて、あらわれたのは、ひと目で見るものの心を奪うような容姿に恵まれつつ、芸能界などの華やかな道に進むこともせずに、なぜだか地方で地道に働いている、諸葛孔明その人であった。
上から下まで隙のないこの人物、しかし、ここ数日間、動きまわっていたことの証か、服も皺が目立ち、靴もうっすらと汚れている。
孔明は、教室に入ってくるなり、うさぎに目を止めると、怒鳴った。
孔明「やはり、ここにいたか、この性悪うさぎ! いますぐおまえの孫に言って、うちの会社へのTOBを止めさせろ!」
戸惑う二人をよそに、孔明は一張羅のコート姿のままで、大股に荒々しく教室に入ってくると、あわあわと慌てている垂れ耳うさぎに向かって歩いてくる。
うさぎはうさぎで、慌てつつも、孔明がそばに来ると、開き直ったのか、にっこりと愛想笑いを浮かべて、挨拶をした。
くっきー「や、や、久しぶりだのう、諸葛亮。いやー、ようやく風もぬくくなって過ごしやすくなってきたではないか。変わりはないか」
孔明「変わり? あるとも。ここ三日間、まともに眠っておらぬ。靴だって、歩きまわりすぎて、たった三日で、卸したての靴を一足履きつぶしたぞ!
血圧はおかしいし、貧血だし、胃は痛むし、花粉症っぽいし、意味もなくいらつくし、眩暈はするわ、どこにいようと電話の呼び出し音が聞こえてくる気がするわ、目はかすむわ、疲れているのに仮眠を取ろうとしても眠れないわ、知り合いと顔をあわせるたびに『うちの会社はどうなる』と聞かれるので、うつむき加減で歩く癖がついたし、顔色は冴えないし、注意力もいまひとつだから、お気に入りのべっ甲のミニ靴べらを失くした、最悪だ!」
文偉「べっ甲のミニ靴べらって……さすが高給取りだな」
休昭「聞いた話じゃ、収入のほとんどは服飾品やアクセサリーに消えるらしいよ。
結婚しない理由は、経済観念が稀薄なので、逆に女の人から呆れられてしまうからだそうだ」
文偉「完璧な人間って、なかなかいないものだな」
そんな会話をする二人をよそに、孔明は、垂れ耳うさぎの背中に手をまわすと、その首のうしろの皮を掴んで、ぶらりと空中にぶら提げた。
怒りの表情を浮かべている孔明の顔は、しかしそれでも美しい。
ちなみに休昭にさんざんと言われているが、それは事実で、孔明はたいそうな着道楽である。
趣味はリリアン。
見た目は派手だが、趣味は地味なのも特徴だ。
くっきー「病院へ行くべきだぞい。過労死するぞ」
孔明「まずはおまえの会社のTOBを止めさせてからだ。ついさっき、おまえの孫と話をしてきたが、おまえが止めろといったら止めるそうだ。いますぐ止めさせろ!」
くっきー「そうは言っても、炎ちゃんも忙しくて、祖父のわたしとて、なかなか連絡がとれなくてのう」
孔明「その心配はない」
言いつつ、孔明はコートのポケットから携帯電話を取り出す。
そして垂れ耳うさぎをぶらりと手でぶら提げたまま、親指で器用に携帯電話を操作して、どこぞへ電話をはじめた。
孔明「わたしだ。あなたの情報どおり、仲達は抑えた。
そちらに問題は? そう、ありがとう。それではいまから、こやつに『止めろ』と言わせるので、子龍、あなたも電話口に孫を出してくれ」
くっきー「ええ、ちょっと! うちの孫になにしたの!」
孔明「話し合いをしたと言っただろう。安心しろ、不正はしていない。
いま子龍が孫と一緒にいる。電話口に出るから、さっきの言葉をいえ、『止めろ』と。さあ!」
すると、うさぎは愛らしい顔を、むっと歪めて、口を尖らせた。
くっきー「命令されると、ちょっと嫌だな、とか思うんですけどー」
孔明「そんな悠長なことを言っている場合か、うん? わたしが一般常識の通用する人間だと思うなよ?
もしおまえがここで『止めろ』と言わなかったら」
くっきー「言わなかったら?」
孔明「わが社の最優良部門である、アパレル関連の部署と工場を、すべて売却する」
くっきー&文偉&休昭「はあ?」
思わず耳をうたがう二人と一匹。
電話の向こうからも、似たような抗議にも似た声が上がったのが聞こえてきた。
くっきー「というか、意味がなかろう。成都商事の魅力といったら、質の高い服の製造と販売しかなかろうが!
アパレル部門がなくなったら、ただのわけのわからぬ、そなた考案の健康器具を売っている怪しい会社になってしまうぞい!」
孔明「わけのわからぬ、は余計だが、しかしアパレル部門がなくなれば、わざわざ苦労して買収する意味がなくなるな」
くっきー「なんだ、その、肉を斬らせて骨を断つ、っつーか、やられたらやり返すっぽい方法! 感じわるっ!」
孔明「感じが良かろうが悪かろうが、知ったことか! もはやわれらとて、なりふり構っておられぬのだよ!」
くっきー「ほほーん、ということは、ホワイト・ナイトは失敗したのだな」
文偉「なるほど、だから作戦を変更せざるをえなかった。これは焦土作戦ってやつだな(スコーチド・アース。会社の価値をわざと下げるために優良部門などを売却し、買収行為の目的や行為そのものを無効化し、諦めさせるという、捨て身の防衛法)」
文偉のつぶやきに、孔明は、はじめて二人に気がついたようである。
目の下にうっすらとクマをつくり、髪も乱れたような孔明は、うさぎを手にぶら提げたまま、振り向いた。
孔明「なんだ、バイトの二人ではないか。こいつと知り合いか?」
言いつつ、孔明は文偉と休昭のまえに、ぶらーん、とくっきーを吊り下げる。
くっきー「ちょっと、ちょっと、わたしはいつまでこのままなのだよ。これぞまさしく吊るし上げ。痛くないけど気分はイマイチ(うさぎを持ち上げるときは、背中の皮をびよーん、とつまんで、その後、赤ちゃんをかかえるようにして抱っこするとよい。たくさん神経が通っている耳を掴む、という、昔の手品師のような持ち上げ方より、はるかにうさぎに負担がかからない)」
文偉「知り合いといいますか、『はさみの教室』の先生なのです、というか、くっきー先生をぶら提げないでくださいよ」
孔明は器用に片方の眉だけを吊り上げると、手でぶら提げている仲達を見て、言った。
孔明「引退したと聞いていたが、ほんとうなのだな。しかし、引退してもなお、わが社を敵対視するとは、粘着質なやつ」
くっきー「敵対視していたわけではないぞい、孫の炎ちゃんにだな、成都商事のようなアパレル関係につよい企業が、傘下にあったらステキだな、とか言ったら、炎ちゃんが気を利かせまくって、いきなり敵対的TOBを!」
孔明「つまり、おまえの意に反して現状がある、というわけだな?」
孔明が念を押すと、うさぎは真剣に、うんうん、とうなずいた。
くっきー「そうそう、そのとおり! そこは誤解しないでほしいのだよ、ホント」
孔明「それでは、TOBを中止せよと言うのに問題はないはず。さあ、言え!」
くっきー「だから命令されるのは嫌いなのだって。んもー、これではなんのために痴呆のフリまでして独立したかわからぬぞ。
炎ちゃーん、そういうわけだから、もうTOB、止めてよいぞ。こやつのことだから、脅しでもなんでもなく焦土作戦を実行しかねぬ」
電話口の向こうから、『ちぇっ、もうちょっとだったのになー』という、幼い声が聞こえてきた。
くっきー「これでTOBは終わるはず。そなたの思い通りだ、諸葛亮」
孔明「そうだな」
孔明は短く答えると、くっきーを机に置いて、それから大きくため息をつきながら、まるで空気が抜けたようにして、近くにあった椅子に座り込んだ。
電話口から、文偉にも休昭にも聞きなれた声が聞こえてくる。
孔明は、すこしばかり放心状態のまま、焦点の合わない目を虚空に向けつつ、携帯電話を手に、言った。
孔明「大丈夫だ、一気に疲れが来ただけだ。ああ、あとのことは、うん、そうだな、すこし休んで、それから戻る。こやつが言う以上は、もう大丈夫だと思う。ああ、お互いによくやった。いい結果が出せたと思うよ。
でも、あとちょっとだ、ここで気を抜いてはいけない。TOBの阻止は成功しても、株主に不安を与えてしまったことは大失敗だった。
最後が肝心だぞ、わかっている。では、くわしくは、あとで。」
電話を切ると、孔明は、また大きく息を吐いて、つぶやいた。
孔明「つかれた」
そんな孔明に、つままれていた背中の皮を気にしつつ、くっきーがその顔をのぞきこむようにして、たずねてくる。
くっきー「なにか飲むか?」
孔明「いや、ありがとう、でも、いらない」
くっきー「そうか、しばらくここで休むとよいぞ。それから社に戻ったほうがよかろう」
孔明「そうする」
休昭「なんか妙だね。うさぎの正体も妙だけどさ、この二人、結構、仲がよいみたいだ」
くっきー「なんでわたし、こと司馬仲達が『うさぎのくっきー』なのか、その理由と、このわたしと諸葛亮の関係などは、『ずんだGAME』のなかの『うさ・ルート』にくわしい」
休昭「あれ、急に講義になったよ……そっか、今回で最終回だもんね、って、前フリが長すぎないですか?」
くっきー「はいはい、気にしない。そういうわけで、ラスト! ずんだGAME」
ずんだGAME
文偉「これもわれわれの出演しない作品ですね」
くっきー「細かい設定やどのようなストーリーなのかは、『ずんだMAP』に記載されているので、そちらを是非ご覧いただきたい。
どんなものか説明してみよう。
2003年の仙台市を舞台に、2003年のクリスマスイブに起こる事件を止めるため、アトラ・ハシース(一定条件を満たした英雄が天使のような存在になったもの)があらわれる。
しかし未来を変えられると、存在が消滅してしまう未来人のレティクルと戦うことになり、一時期、アトラ・ハシースたちは仙台中に散開し、ある者は記憶を失い、ある者は彷徨うはめになって、時間を逆戻りして、戦いをやり直すことになる。
時間が遡った世界において、互いの正体のわからないまま、仲間を捜し求めつつ、かれらは次々と襲ってくるレティクル、そして吸血鬼らと戦うことになる」
休昭「『ずんだGAME』そのものに登場する三国志関連の人物は少ないですよね」
くっきー「第一部は、いつもの二人だけ。第二部からは……これはひみつ。さまざまな歴史人物が登場する物語で、代表的なところではジャンヌ・ダルク、エリザベス女王、ケマル・アタチュルクなどなど。
神話の人物なども顔を出す、ごった煮ワールドなのだ。
ちなみに、オリジナルMAPにて『ジャンヌ・ラ・ピュセルの覚え書』なるジャンヌ・ダルクものの連載があるのは、この関連ではある。
しかし『覚え書』も三国志の本編同様に、史実に準拠した設定になっている」
文偉「『うさルート』は、どのタイミングから読み出せばよいでしょう」
くっきー「最初から『うさルート』でもかまわぬが、この『ずんだGAME』はこむずかしい設定がいろいろあるので、まずその世界観に慣れていただいてからのほうがよいかもしれぬ。
軽く説明すると、アトラ・ハシースというのは、基本世界(われわれが居住する世界)から発生するパラレルワールドすべてのトラブルを解決するために存在する天使のようなもので、そのアトラ・ハシースと契約し、補佐の役目を担うのがアストラルである。
この両者は、ふだんは『下宿先』なる、北欧神話でいうところのヴァルハラに居住しており、平行世界を管理する女神たちに召喚されるまでは、『下宿先』から動くことはない。
『ずんだGAME』は女神に召喚されたアトラ・ハシースとアストラルの戦いの物語で、『うさルート』というのは、『下宿先』を舞台にした、よりごった煮的要素のつよい物語である。
『ずんだGAME』の世界観に慣れた方ならば、『うさルート』にも馴染んでいただけるように思える。
最近、新規で入られた方は、この連載は未読だ、という方が多いのではないかな」
休昭「逆に『ずんだGAME』から入った、という人もいるかな」
くっきー「いるかもしれぬ。現在のオススメの入り方であるが、これはやはり『ずんだGAME』の第一部を読んでいただき、並行して『うさルート』。そのあとに『ずんだGAME・第二部』としたほうが判りやすいかと思う。
というか、そうしないと、二部の意味が判らぬと思うのだな。
なぜかというと、『うさルート』というのは、『ずんだGAME』の本編がはじまる前の時期を舞台にしており、第一部に登場しなかった『うさルート』の人物たちが、設定もそのままに、第二部に登場していることがあるからだ。
だれがどう、という具体的な話は、ネタバレになってしまうので、あえて割愛する。
ネタバレしてしまうと、ほんとうに面白くなくなってしまうのだな、この作品は」
孔明「むかしは本編のリンクをせっせと直していたようだが、いまは『うさルート』のリンクを直したほうがよかろうな。とくに短編群」
くっきー「まったくそのとおり。『ずんだGAME』は、書き手も愛着をもっている作品であるが、同時に困っている作品でもある。
出来うることなら、ごっそりリニューアルしたいくらいだとか」
文偉「またリニューアル? いつまでも終わらない作品ばっかり増えちゃうよ」
くっきー「そういうわけで、リニューアルの予定はなし。いつか連載が終わったときに、リニューアルを書けるやもしれぬ」
孔明「『ずんだGAME』はいろいろ問題を抱えた作品だが、しかし、最大の疑問は『終わるのか?』というところではないか?」
くっきー「終わらせなくちゃいけないよね」
文偉「なんだか他人事ですね、先生」
くっきー「じつはこれも燭龍本紀と同じで、書いているうちに方向性がずいぶん変わってしまったもののひとつなのだよ。
ラストまでの流れは、当初の予定よりだいぶちがってしまっているので、現在、あらたに考え中。ぼんやりとであるが、『こうするか』という構想ができつつある」
休昭「終わるといいですね、先生」
くっきー「おかげさまで『うさルート』は完結させられたからな。
『ずんだ』はここまで引っ張ったので、どうせなら最後は盛り上げておしまいにしたいところだ」
文偉「これも登場人物が多い作品だよね」
くっきー「うむ。これまた悩んだのであるが、登場人物を並べると、ネタバレするものが多いのだな。
どのような人物が登場しているのか気になる向きは、『ずんだGAME 設定集』をざっと読んでいただけるとありがたい」
孔明「むかし作ったものが役にたつものだな。
さて、そろそろわたしは行かねばならぬ。休ませてもらったな、ありがとう」
くっきー「べっつにー。あとでちゃんと病院に行くのだぞ。本当に過労死なんぞ、しゃれにもならぬ」
孔明「わかっている。それではな」
そう言って、孔明は片手を挙げて挨拶のかわりにすると、カルチャー教室から出ていった。
その背中は、普段、見るには、背のわりに華奢な印象がつよいのであるが、いまは、戦いの勝利を掴んだ充足感にあふれた、たのもしいものに見える。
休昭「ああいうのを企業戦士っていうんだね」
文偉「春からは、われらも頑張らねば」
くっきー「と、美しくまとまったところで、最終回ならではの『おまけ』をつけてみたぞ。
『椒聊よ、遠き条よ』『燭龍本紀』『ずんだGAME』の、次回再開分のさわりをちょっとだけご紹介!
読むかどうか迷っている方は、作品の雰囲気をこれで掴んでいただけたらと思う。
常連の方は、どこで終わったのか、思い出していただけるとうれしいのう。
いやー、諸君、いままでよく付き合ってくれたのう」
文偉「いえいえ、先生もお疲れさまでした」
休昭「そういうわけで、作品の数だけはやたらと多いこのHP、ほかの作品も読んでみたい、という方は、ぜひゆっくり遊んでいってください」
くっきー「おお、大事なことを忘れておったわ! 諸君、いよいよ転居の季節となったわけであるが、新居でも『はさみの世界』を忘れてくれるなよ。
ネットをつなげて、検索バーで「はさみの世界」を入力。
トップにこのHPが出てくるぞ! 新生活のおともに、『はさみの世界』をぜひ!」
文偉「なんだか選挙っぽく終わるなあ」
休昭「ここまでお付き合いくだったみなさん、ありがとうございました。
あとはサンプルで楽しんでください」
椒聊よ、遠き条よ・サンプル
祭りのような賑わいを見せていた市場から離れ、路地を進んでいくと、やがて、風のようにうなりをみせている喧騒は背後に遠くなっていった。
男二人が並んでやっと通れるくらいの路地には、ふたりの足音のほかは、趙雲の佩いている剣が、歩くたびに外腿に触れてかちゃかちゃとちいさく鳴るくらいで、こわいくらいの静けさにつつまれている。
休昭は、成都のなかでも、いま歩いている路地のある界隈にやってきたのは、初めてであった。
休昭は、大人の言うことをよく聞くこどもだった。
聡明で周囲の気配に敏感すぎるくらい敏感な、感じやすいこどもであった。
自分が一人息子であることや、あまり体が丈夫でないこと、父が激務にのぞんでいることや、母がいない分、父に迷惑をかけてはいけないのだということまで、物心ついたときから、完全ではないが、知っていた。
であるから、大人(とくに父やじいや)の言いつけにそむくことは、悪いことだと信じていた。
大人たちは、休昭が市場に一人で出かけたり、あるいは見知らぬ路地に入って遊びにいくことをよろこばなかった。
危険だからというのである。
それを察し、休昭は、父が行ってよしと許可をだした地域(比較的、おなじ身分の人間があつまって暮らしている、いわゆる山の手地区)にしか行ったことがない。
いま歩いている場所は、成都のなかでも、あまり治安のよくないところで、昼間でも薄暗く、人通りも少ない。
長い坂になっていて、広場を抜けてからすぐにはじまった階段は、下りても下りても、まだ先があった。
このあたりに住んでいる人間は、買物にはさぞかし不便をしているだろうな、などと休昭は考えながら、黙ってとなりを歩いている趙雲にしたがって、階段を下りていった。
そして、どこへ向かっているのか知らないけれど、帰りはこの坂を戻ることにならないといいな、と考えた。
趙雲は、さきほどの玻璃の破片を大事そうに布に包んで懐にしまい、そのあと、馴染みらしい武器商人から剣を一振買うと、片手でそれを持って、もくもくと階段を下りていく。
いつもそうであるが、趙雲の素の顔は、あまりに整いすぎていて、隙がなく、とっつきにくい。
干渉を拒んでいるような、きびしい顔をしている。
休昭は、いまもって趙雲が、自分をどういうふうに思っているのか測りかねていたが、淡々と階段を下りていくその横顔からは、どんな感情も読み取ることができなかった。
やがて、階段を下りるのに休昭が飽きてきたころ、唐突に、趙雲が口をひらいた。
「おまえは剣術をたしなむか」
「は」
突然の質問に、意図をつかみかねて、休昭がぽかんとしていると、趙雲は答えを待たずに、つづけて質問をしてきた。
「剣に限らずともよい。書生とはいえ、士大夫の家に生まれたのであるから、馬術と武術は学んだであろう、どうだ」
「はい、すこしだけ」
休昭がみじかく答えると、趙雲は、そうか、とだけ答えて、手にしていた剣を、無造作に休昭のほうに押しつけてきた。
自分は、いつか執務室に掛けてあった長剣を、腰に佩いている。
それは、尚書の呉を斬った剣でもある。
剣を受け取りつつも、休昭は、まだ趙雲の意図がつかめずに、うろたえていた。
もしや、この人は、人気のないところにわたしを連れていき、いまから武術の訓練をほどこすつもりではあるまいな。
だとしたら、無駄以外の何物でもない。
休昭は、おのれの体力のなさと、武術の才能のなさをよく理解していた。
武術も馬術も、たしかにたしなんだが、ほんとうにたしなみ程度で、普段は温厚で根気のつよい父でさえ、息子の上達の遅さに匙を投げたほどである。
いまさら、つけ焼刃で努力したところで、なににもならない。
「おまえの手を見ればわかるが、鉄筆か笛くらいしかもったことのないような、マメのない、やわらかな手をしているな」
苦労知らずと言われているようで、休昭は、急に恥ずかしくなって、黙り込んだ。趙雲は、ときどきすごく意地悪だ。
しょげて黙り込んだ休昭に、趙雲はつづける。
「おまえも生き延びることができたなら、やがては戦場へいくことになる。
いまからでも遅くない。武将並みになれとは言わぬが、いまから、自分くらいは守れる程度に鍛えておいたほうがよいぞ」
「戦場と申されましても、わたくしはゆくゆくは文官として」
成都にいて、劉家をお助けするのです、と答えるより先に、趙雲が言った。
「休昭、いまは戦乱の世だ。成都は、いままで大きな戦火にさらされてこなかったので、どうもそこに住まう人間も危機感が足りぬように思える。
おまえは本当に、おのれの未来を具体的に考えたことがあるのか」
「わたくしの、でございますか?」
未来、などという漠然とした、しかしおのれに踏み込んだことばが出てきたので、ますます休昭は戸惑った。
以下次号……
燭龍本紀・サンプル
闇というものを、はじめてありがたく思った。
闇のおかげで、おそらくそこかしこに転がっているであろう死体を見なくてすむ。
死体ばかりではない。
見たくないものを、闇は隠してくれる。
見なければ、まだ勇気を保っていられるのだ。
文偉は、腕を絡ませるようにしてぴったりくっついてくる休昭を、自分もやはり腕で抱えるようにしながら、暗やみのなかを、ゆっくりと進んだ。
ふつうに離れて進んだほうが、ずっと早く進めることはわかっていたが、恐かったのである。
地上の光の差さぬ地下の古城、狂った殺人鬼、盗賊たちと、そして、あの得体の知れない首のない化物。
「あれ、形天というのだよ」
と、小刻みに震えながら、体をぴったりと寄せてくる、寒がりの子犬のような休昭は言った。
「山海経にあったもの。胸に顔があって、首のない化物を形天というのだ」
休昭のことばに、緊張しきっていた文偉は、いささか気が抜けて、間近にいるであろう休昭のほうに、すこしだけ顔を向けた。
「おまえ、山海経なんぞ読んでいるのか。あんな書物、でたらめもよいところだ。
市場にあつまっている南蛮の商人どもに、山海経の書いてあることが本当かどうか聞いてみろ、どいつもこいつも、きっと鼻で笑うぞ」
「商人たちは笑うかもしれないけれど、でも形天はいたじゃないか。
ねえ、文偉、この古城は、なんなのだろう。もしかして、まだほかにも、あんな化物がそこかしこに潜んでいるのじゃないだろうか」
おびえる休昭のことばに釣られるようにして、文偉はすばやく周囲に目を走らせ、そして耳をすませた。
運の悪いことに、ちょうど、遠くのほうから、だれかの断末魔が聞こえてきた。
抱えた腕のなかで、休昭が、びくりと身を震わせたのがわかった。
「化物、おおいに結構だ」
文偉は、わざといまの断末魔が聞こえなかったふりをして、つとめてほがらかに言った。
「もし化物がいるのなら、わたしは連中の長に言って」
「長なんているだろうか」
「いるだろう。猿にだって狼にだって長はいるのだもの。
まあ、ともかくそいつらの長か、でなくちゃ連中を一ヶ所に集めてだな、国家がいま、どれだけの危機に瀕しているかを懇々と説く。それはもう、連中が泣いて『どうぞお仲間に加えてください』と申し出るまでな。
で、連中だけの分隊をつくって、戦場で暴れまわって、勲功を打ち建ててだな、三公とまではいわんが、ともかく出世して、伯父上を楽にしてさしあげるのだ」
きっとすごいぞ、と想像してみて、その想像があまりに愉快であったので、思わず文偉が笑うと、休昭は、すっかり感心して、言った。
「すごいよ、文偉。ほんとうに、文偉のそういう前向きなところ、尊敬する」
馬鹿にしているのではなく、本気でそう言っている。
気弱なのが玉に瑕だが、口下手であろうと嘘をつくことがないのが、休昭のよいところだ。
文偉はこの親友の誠実さと、父親そっくりの頑固さの両方を、とても気に入っていた。
そうして、二人して、幼い兄弟のようにぴったりと身を寄せあって、しばらく進みつづけた。
以下次号……
ずんだGAME・サンプル
茫洋と立ち尽くす白い影。
背丈は180センチは超えている、がっしりした体つきのその影は、アコが助けてから、しばらく行儀よく学校の玄関に立ち尽くしていた。
その足元には、四足の生きものが、やはりおなじように、じっと立ち尽くしている。
霧が固まって人型になっているかのような、その白い影は、まったくののっぺらぼうで、輪郭だけはわかるものの、細かい特徴などはわからない。
背の高い男の影だ、ということがわかる程度だ。
足元にいる四つ足の生きものは、犬のように見えるが、もしかしたら山羊かもしれないし、子牛かもしれない。
ふたつの影は、声を発することもなければ、身じろぎをすることもなく、ただ立っている。
だが、アコには、かれらが、自分とたれ耳うさぎを見つめているように思えた。
「うーん」
アコが思わずうなり声をあげると、となりで直立の姿勢で腕を組んでいた、しゃべるたれ耳うさぎのくっきーも、うなり声をあげた。
「ううむ」
うなり声をあげることで、気持ちを切り替えようとしたのであるが、うまくいかなかった。
だれもいない千台栄華学院の正面玄関に、影は変わらずそこにおり、ただなにをするでもなく、立っている。
「くっきー、この人って、人間?」
白い影から目を離せないまま、ちらちらと、自分の足元にいるうさぎにたずねると、うさぎのほうも、白い影から目を離さずにこたえた。
「人間といってよいものか、なんというか」
「どうして影なの? というか、影っていっていいのかな」
輪郭そのものも周囲の空間にぼやけてしまっているので、幽霊ほどの不気味さはない。
けれど、いつ消えてしまってもおかしくないような儚さがあった。
アコはしばらく、じっと影を観察していた。
いつか輪郭からどんどん空気に溶けていき、影の全体が消えてなくなってしまうのではと思ったのだ。
が、しかし白い人型の塊は、空気に拡散することなく、そこにある。
くっきーはというと、じっと動かないでいる影に、抜き足差しで近付いていくと、こわごわとそのふくらはぎのあたりを、人差し指をのばして(このうさぎには、うさぎらしからぬことに人間のように五本の指があるのである)影にちょん、と触れる。
「すごい、くっきー、触った!」
おどろくアコの声に気をよくしたか、くっきーはしばらく影をさわった人差し指の先をじっと見つめていたが、なにを思ったか、急にその指先を口に運んで、ぺろりと舐めた。
「舐めた!」
おどろくアコに、くっきーは愛らしい顔をゆがめると、むむ、とちいさくつぶやいて、くびをひねった。
「うむ、しょっぱいのう」
「それって、たぶん自分の汗の味だと思うけど……」
「ぬ、そうか。こやつが溺れていたのは海ではないことがこれで確定した」
「そうだね。どうみても海で溺れていたわけじゃないよね。アスファルトで溺れていたのも普通じゃないけど。
この人、だれだかわからないけれど、しゃべれないのかな」
「尋ねてみるか。おい、そこな白い影よ、おまえは何者ぞ!」
白い影の気を引くために、くっきーは小さな手を振りつつ、たずねるのだが、影のほうはまったくくっきーのほうに注意を払わず、ただそこにある。
「聞こえていないみたいだね」
「耳がないのか、それともこやつ、影のみがここにあり、実体は別にあるのか」
「なにそれ、どういう状態?」
以下次号……
くっきー「こんなふうに、お話はつづくのだよ。興味を引かれた諸君は、それぞれのおまけのあとにある『以下次号』をクリックすれば、作品別マップに飛ぶぞ!
はさみの世界を、これからもどうぞよしなに、なのだ!」
おしまい。
ご読了ありがとうございました(^^♪
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