くっきー先生の「はさみの教室」②
仙台市某所の雑居ビル。
三階にある、いささかチープなちいさな看板にある『カルチャー教室・3F』を見上げ、今日も今日とて真面目にやってきた董休昭と費文偉は、思わず足をとめた。
文偉「冷静に考えるとだ、われわれは春の余興をいまだに考えていない。
こうしているあいだにも、刻一刻と時間が過ぎているわけで、思うにのんびりと『はさみの世界』の講座を受けている場合ではなく、むしろ駅前の丸善かジュンク堂にいって、『宴会隠し芸集』とかいう本でも(あるならばだが)買って作戦会議を開いたほうが、はるかに有効だと思わないか」
休昭「思うけれどさ、でも、受講生って、わたしたちだけであったよね?」
と、ふたりはカルチャー教室の一室を思い浮かべる。
『くっきー先生のはさみの教室』はいちばんちいさな教室で行われており、長椅子とパイプ椅子がならんでおり、椅子の数は十しかなかった。
つまり、定員が十名のうち、二人しか集っていない、ということになる。
休昭「わたしたちがいかなかったなら、あのうさぎ、きっとガッカリするだろうなあ」
文偉「そういわれると弱いが。しかし休昭よ、おかしいとは思わぬか」
休昭「なにが」
文偉「うさぎそのものに、だ。なぜしゃべる」
休昭「……文偉、それって、わたしがこの前そう言ったら、細かいことは気にするな、って言ったのに」
文偉「あのときは勢いでそう言ったのだ。が、やはり考えるとおかしい。不自然だ。あのうさぎは何者なのだ?」
休昭「わからないよ。もしかしたら、今日の講座で明らかになるかもしれないよ?」
文偉「そう思うと、不思議とやる気が湧いてくるな。さっそく行ってみよう!」
休昭「ええ? どうも矛盾しているなあ。余興は?」
文偉「問題ない。丸善には帰りに寄ればいいさ」
休昭「本に載っているような余興なら、とっくの昔にだれかがやっているような気がするのだけれど……」
ちなみに二人は同じ会社でアルバイトをしている。
文偉も休昭も、それぞれ学校を卒業したなら、その会社に就職することが内定しているのだ。
会社の名前は『成都総合商事』。
なんとも古臭い名称の、いったいなにをしているのかよくわからない企業名であるが、実態も非常にあやふやで、社長である劉備のもと、『なんだか面白そうなことを片っ端からやってみる』という行き当たりばったりともいえる会社である。
たとえば、昨日は割り箸を作っていたかと思えば、今日は突然にエコに目覚めて、割り箸のリサイクルの機械を作ろうとし始めるようなところなのだ。
こうしたあやふやな企業体質は、逆にいえば自由極まりないわけで、若く柔軟性に富む人間には、一攫千金、スピード出世を狙うチャンスが与えられているといっていい。
なにせ劉備社長は、出来る部下には給料の支払いをまったく惜しまない。
ここぞと見込んだ人間を、大胆に大抜擢することでも有名だ。
休昭も文偉も、そういった社風に惹かれたのである。
安易ではあるが、働きぶりさえよければ、ふつうの会社よりも昇給が早いのは、やはり魅力だ。
この成都総合商事、自由すぎるがゆえに、一方で先の見通しが立てられないと、堅実な暮らしを求める人間からは敬遠される傾向にあり、慢性的に人材不足でもある。
なので、長く勤務している人間ほど、大事にされる、という傾向もある。
ちなみに成都総合商事は、かつての大財閥・後漢グループのひとつであったが、これが汚職疑惑だの食中毒事件だのを引き起こしたために解体されることとなり、その騒動の中、こっそりと独立した、という経緯をもつ。
後漢グループはその後、数々の企業に分裂してしまったが、現在、その流れを汲んで勢いをつけているのが、東京に本社をもつ曹魏グループと、東京都江東区に支社をもち、なぜか広島県呉市のほうが本社という船舶企業・建業造船である。
成都総合商事は、どちらかというと行き当たりばったり経営なので、これら二つの企業より、すこし遅れたところにいるのが実情だ。
が、内輪で和気藹々とやっているためか、ほかの二社と比べて健全な会社経営をしているのが売りであり、きな臭い噂が立ったことは一度もない。
ヘンテコな商品を世に売り出して、呆れられたことならば多々あるが。
それはともかくとして、休昭と文偉がエレベーターにて三階にいくと、いくつか並ぶカルチャー教室の扉のまえで、灰色の垂れ耳うさぎが、廊下の真ん中に、ぽつんと立っている。
どうしたのだろうか、と見ていると、カルチャー教室のひとつから、なんとも和むハワイアンミュージックが流れてきて、うさぎはそれに合わせて、休昭や文偉たちに背を向けるかたちで、器用にフランダンスを踊りはじめた。
両手を波のように優雅に躍らせながら、腰を、くきっ、くきっ、と音楽に合わせて揺らす。
うさぎは、休昭と文偉たちがそこにいることに気づかないらしく、ぶつぶつ言いながらフランダンスを踊りつづけている。
くっきー「うーむ、ただ音楽に乗ればよい、というものではないな。腕の動きに集中すると、腰の動きがおろそかになってしまう。
しかしなかなかこれは腰を使うな。メタボ対策にちょうどよいかもしれぬ。
腰がもうすこし、こう、くきっ、と……うむ、いまのはよい動きであったな」
休昭「あのう……」
休昭が声をかけると、とたん、うさぎの動きは、踊りをつづけているときのまま、ぴたりと止まった。
見る見る凍りつく空気。
しかし構わず教室から漏れ聞こえてくるハワイアンミュージック。
うさぎは、なにもなかったかのように、そーっと腕を下げると、くるりと振り返り、叫んだ。
くっきー「居るなら居ると、先に言わぬか、こーの無礼モノめ! 恥ずかしいではないかあ!」
休昭「す、すみません」
文偉「お言葉ですが、先生、見られたくなかったのなら、廊下で踊るということ自体がまちがっているように思えますが」
こうした局面では冷静さを見せる文偉がそう言うと、まったくそのとおりなために、うさぎはむっと顔をしかめた。
くっきー「まったくもう、最近の若い者は! というか、わたしが廊下に出ておったのは、そなたらを待つためぞ!」
文偉と休昭は、思わず顔を見合わせた。
やはりほかに受講生はいないのか。
そしてこのうさぎ先生、よほど暇であったらしい。
そんなふうに考えたのが表情に出たのか、うさぎは自分の教室のほうを指さして(このしゃべるうさぎには、不思議なことにふつうの人間のように、きちんと五本の指があるのである)言った。
くっきー「今日は、そなたらのほかに、二人の受講生が来ておるのだ。かれらが時間より早く来たので、先に講義をはじめることも考えたのだが、そうすると、そなたらが気の毒であろう。
だからこうして廊下で待っていたのだ。ありがたがれ!」
休昭「ありがとうございます、というか、それは申し訳ありません。でも、わたしたちの到着は、時間通りですよね?」
くっきー「たしかに。それと、ここだけの話だがのう」
と、急にうさぎは声をひそめて、二人のところへとことこと寄ってきて、教室のほうをチラチラと見ながら、言った。
くっきー「あたらしい受講生らは、どーも仲が悪いようでな。教室内にぴりぴりムードが漂いまくっておるのだ。
そんななかで講義をするのも、ちと辛いものがあるぞい。そなたらが早く来ないかな、とそれで外で待っていたのだよ」
文偉「そうして待っているうちに、ほかの教室からハワイアンミュージックが流れてきたので、ついでに踊っていた、と」
くっきー「む、まあ、そういうことだ。ほら、フラダンスって、最近、ダイエットにいいというであろう。このあいだも映画『フラガール』とかやっていたし、それでまあ、ちょっと興味をおぼえてだな、そのう」
うさぎはしばらくごにょごにょと、決まり悪そうに言いわけを口にしていたが、やがて顔をあげると、こほん、と咳払いをひとつして、言った。
くっきー「まあ、ともかくなんだ、さきほどは怒鳴って悪かった。
そういうわけで、ささ、そなたらも早く中に入れ。これですこし中の空気も変わろうぞ」
うさぎはそういうと、先に教室の中に入っていく。
文偉「ぴりぴりムード?」
休昭「なんかすごいところに来ちゃったね。でもいまさら帰れないしなあ」
文偉「知り合いだったりしてな。どれどれ」
言いつつ、中を覗き込む文偉であるが、とたん、
「ほあたあ!」
と、ナゾの奇声をあげて、扉から後ずさった。
休昭「どうしたの?」
文偉「どうしたもこうしたもあるか、見てみろ!」
ひきつる文偉の顔を怪訝に思いつつ、休昭が扉の窓から中を覗いてみると、たしかにそこには知った姿がふたつあった。
休昭「ぎゃあ! 製造企画室長の怪人と、総務部長のきつね!」
成都総合商事には、なんだかよくわからない部署が大量にあり、劉備の事業方針が変わるたびに、ころころとその名称が変更になる。
製造企画室もそのひとつで、経営企画部とはまたちがうセクションである。
劉備の思い付きをうけて、営業部長でなおかつ経営企画部長、そして社長室長という、いかにも地方の同族会社にありがちなめちゃくちゃな肩書きをもつ諸葛孔明が、なんだってまた、と全社員のツッコミを受けるようなアイデアを出すと、製造企画室の室長たる劉巴が、よせばいいのに生真面目にも、実際にどんなものになるか試作品をつくる、という流れになっている。
ちなみに休昭の父の幼宰は、この孔明の部下にあたり、経営企画一課長をしている。
仙台市のありとあらゆる胃腸科にくわしく、胃腸薬コレクターとして、とうとう開き直ってHPまで立ち上げた。
アクセス数は、悩める社会人を中心に、かなりのものであるらしい。
それはともかく、製造企画室は、じつは職員が一人しかいない。
アルバイトに蒋琬という人物がいるが、これはほとんど出社してこない幽霊アルバイトである。
製造企画室は、孔明の要請があればすぐに仕事を返す優秀な部門であるが、普段はなにをしているのか、いっさいが不明だ。
社屋の片隅にあるその扉は、四季を通じてぴったりと閉ざされており、ときおり、その中から、この世のものとも思えない奇妙な呪文めいた言葉や、嗅げば一生涯忘れられそうにない、珍妙な香のにおいが漏れている。
劉巴は社内の人間とは、必要最低限以外は、まるで付き合おうとせず、しかもその風貌からして、ディケンズの名作『クリスマス・キャロル』のスクルージを思わせる。
実際に偏屈で、怪しげな空気をぷんぷんと漂わせているため、『怪人』とあだ名がつけられるに至った。
噂では、仙台郊外にある元病院だという古い洋館にひとりで住んでおり、その敷地内には底無し沼があるとかなんとか。
たまに劉巴の留守を狙った近所の子供たちが、肝試しに屋敷に侵入しては、『戦利品』と称して家の中のもの(噂だと、いまだに過去の医療器具がそのままに放置されているらしい)を取って帰宅する。
すると、かならずその夜に、その子供の家に、
「こちら○○病院の者でございますが、昼間持ち出した△△を、明日、かならず当方に、所定の位置に返却するよう、お願いいたします。お返しいただけない場合は、明日の子の刻に、そちらのお家へ回収作業に伺いますので、どうぞよろしく」
と、抑揚の無い事務的な声で電話がかかってくるという。
それはじつは怪談でもなんでもなく、劉巴の仕業で、劉巴は、その驚くべき捜査能力と推理力でもって、侵入者を短時間で特定し、盗品の返却をうながす電話をかけるのだ。
おかげで最近では、不届きな侵入者はいなくなったわけだが、代わりにおどろおどろしい怪談話が子供たちを中心に仙台中に広まったのは、いうまでもない。
さて、もう一方の総務部のきつね、こと法正は、これは別名・ざんこく鬼。
かつて成都総合商事が、別会社を吸収合併したさいの立役者であり、そのために総務部長という要職についたのであるが、人事課につよい影響力を持っており、気に入らない人間や、かつての政敵を、ことごとくリストラして追放した人間である。
その情け容赦の無いリストラぶりに、社内からも非難の声があがったほどであるが、結果として、逆に吸収合併がスムースにすんだため、なんのお咎めをくらうこともなく、現在に至っている。
この劉巴と法正の仲は、良くもなければ、悪くもない。
ただひとつ気にかかる点は、劉巴はかつて営業部長兼経営企画部長兼社長室長(長すぎ)の孔明の大学時代の先輩で、いまだに『先生』と呼ばれて慕われているのだが、いっぽうのきつね、こと法正は、現段階での、諸葛孔明のライバルである。
劉巴は、どちらにつく、と宣言もしていないわけであるが、いま、教室にいる二人の微妙な距離感から、なんともいえない緊迫感が漂っているのは、バイトの文偉や休昭でも見てとれることができた。
ちいさな教室には、長テーブルが四つ並べられている。
そのいちばん前の長椅子には、仕立ての大変よいツイードのスーツを着た劉巴(劉巴は着るものはすべてオーダーメイドにしているのだ)が座っている。
そして最後列の長テーブルには、きつね(なぜきつねかというと、取り憑かれているのじゃないかしら、というくらいにきつねそっくりであるからだ)の法正が、憮然とした表情で腕を組んで座っている。
そのテーブルには紙とはさみが律儀においてあるところからみて、最初に文偉と休昭がした勘違いを、おなじようにして、この教室にやってきたようだ。
休昭「うーん、どっちに座ろうかなあ」
などと呑気なことを言いながら教室に入ろうとする休昭を、文偉はあわてて止めた。
文偉「待て、休昭。どこに座るかによって、われらの未来が決まるぞ、これは!」
緊迫した親友の声に、休昭はおどろいて振り返る。
休昭「ええ? ただ座ればいいのじゃないの?」
文偉「いや、おまえは甘い! よいか、怪人の後ろの席に座れば、これはきつね総務部長を避けたようにとられ、総務部長から睨まれる。
だからといって、怪人を避けてきつね総務部長の前の席に座ったなら、こんどは怪人の不興を買う。
いまやわれらは、きつね派ともなか派、どちらにつくか決断をせまられているのだよ!」
ちなみに『もなか』とは営業部長兼経営企画部長兼社長室長(ほんとうに長すぎる)の孔明のあだ名である。
もなかが好物だという説もあるが、もなかという名前に格別な想いがあるから、という別の説もあり、真相はよくわかっていない。
休昭「そんな大げさな話に発展しているの、コレ? フツーに座りたいよ!」
文偉「ならば、わたしは止めぬ。だが、おまえがバイトを経て、晴れて正式採用された場合、すでに派閥は決められているものと心得よ!」
休昭「心得たくないよ、そんなもの。文偉はどうするつもりなの」
文偉「できれば、このまま、回れ右をして帰りたい」
休昭「消極的だなあ。だめだよ、ほら、くっきー先生が、早くしろ、っていうふうに手招きしているもの」
文偉「よし、こうなれば中庸策だ。休昭、おまえは怪人の真後ろに座れ、そして、わたしはきつねの真ん前に座る。そうすれば問題はあるまい」
休昭「要するに、四人で縦一列に座るってことだね。なんだか妙な配置だなとは思うけれど、うん、わかったよ」
そうして、長い長い前フリをおえて、『はさみの教室』第二回がはじまったのだった…
HPおよび連載の傾向・Ⅰ
くっきー「さて、本日は受講生の数も倍になり、たいへん喜ばしいことである。
第一回の講座の内容はおぼえておるな? イマイチ覚えていません、という方は、①をもう一度、読み返してから先に進むように。
では、第一回も参加した費文偉くん、このHPにはいくつの流れがある?」
文偉「ええと、本編A、本編B、それからずんだ、燭龍本紀、おばか企画、こうせいニッキ、オリジナルの七つです」
くっきー「よろしい、よくできました。では今日は、さらに突っ込んだところから話を進めて行こうかのう。
さて、現在のなかでもつねに動き続けているのは、以下の流れである。
○ 本編Aの『飛鏡、天に輝く』(赤壁編・gooブログにて連載)、『椒聊よ、遠き条(えだ)よ』(入蜀後)
○ 本編Bの『藍の儀礼』
○ 捜神三国志・燭龍本紀
○ ずんだGAME 第二部
○ オリジナル(アメーバブログにおける『B.B.の世界』)
休昭「要するに六つですね。で、そのうち三国志関係は五つ」
法正「五つと言っても、史実に即したものと、そうではないものがあるわけだ」
劉巴「とくに『ずんだGAME』は蜀の人間は軍師と趙子龍、それから稀に主公と姜維と馬超と…それくらいかな?
メインが違う時代の人間に移るときも多いし、無理して三国志のカテゴリーに入れることはないような気がするね」
くっきー「たしかに。純粋に史実に沿った流れで動いている作品は、じつは本編Aの『飛鏡、天に輝く』『椒聊よ、遠き条よ』のみなのだ。
このHPをご覧になってくださっている方の中には、三国志と呼ばれるもののうち、『正史三国志』と『三国志演義』の差がわからないという方がいるかもしれないので、下記に簡単に差を記しておく。
詳しく知りたい向きは、『どうしようもない僕に陳寿の霊が降りてきた』をご参照いただけたらと思うぞ」
○ 正史三国志
三国時代終焉後、蜀漢の遺臣であった陳寿(字を承祚)が魂を削って(?)書き綴った史書。
じつは生前は正式な史書として認められていなかったが、死後に認められ、現在に至る。
文章が簡潔にすぎる、という評価もあるが、のち、裴松之というツッコミ名人が注釈を入れ、現代の形になった。
陳寿が蜀の遺臣であったことや、どう考えても孔明大好き人間だった(その著作を集めた『諸葛亮集』をわざわざ編纂している熱の入れようなのである)ことなどから、いささか公平性を疑われているが、この故郷に対する情熱が、のちのち、『三国志演義』等における『蜀漢こそ正統な王朝、曹操は悪いやつ』という流れを作り出したのは、特筆に価する。
この『正史三国志』以外にも、同時代の事蹟をつづった書物は大量にあり、それが政治的意図より記述が真っ向から食い違うこともあったようだが、裴松之が丹念に真贋を選り分けてくれている。
日本語訳のなかでは、どういう意図からか、この注釈と陳寿の記述をごちゃまぜにして、並列に記述している本もあるようだが、裴松之の事業の意味を考えると、そうした編集には、はさみのは賛成しない。
注釈の記述には奇妙な食い違いが多く、推理のさまたげになってしまうことが多いからだ。
陳寿の記述は簡潔にすぎるため、ひとりの人間の伝だけではなく、同時期に活躍した人間の伝も並行して読まないと、まったく読み違えてしまうか、トンデモ推理が成立してしまうので要注意。
また、注釈に挙げられている書物が『なんのために、だれのために書かれたか』に注意して読む必要がある。
とくに注釈で挙げられることのおおい『魏略』の蜀に関する記述には注意を要する。
残念ながら、裴松之は、そうした怪しいものに対して、どう怪しいかの理由は述べていない。あくまで読み手の感覚に判断は委ねられており、それはそれで良心的な対応であるように思われる。
つまりは、数多くある諸説のうち、『こんなのもあるけど、ま、ご参考に』という程度に挙げてくれているのである。
○ 三国志演義
出版というものが広く伝わっていなかった中世までは、人々は物語を口伝でつたえていた。
講談もその文化の一種で、『三国志平話』と呼ばれる一連の三国志ものが、それである。
元代に入り、世界的に文化が成熟したころに、天才作家羅貫中が、この『三国志平話』を文学というかたちでまとめあげた。それが『三国志演義』である。
これは『正史三国志』をベースにした『伝奇小説』であって、史実どおりに動いているが、かならずしも同じではない。
三国志平話は、庶民の願望を受けて、講談師たちが何百年とかけて作り上げていった物語であり、それが本来の歴史から徐々に離れてしまった、というわけである。
羅貫中は、こうした荒唐無稽にすぎる部分などはうまく調整し、いま現在、ほとんどの人間が知っている『三国志』の形を作り上げた。
極端なところでは、やはり曹操を悪役にするための史実の捻じ曲げが多く、たとえば荊州に侵攻したさいに、蔡夫人と劉琮が処刑され、しかものちに孔明の策略によって蔡瑁まで殺された、というエピソードが登場するが、これはまったくのでたらめで、史実では、全員がそれぞれ生をまっとうしている。
また、有名なところでは関羽の忠臣である周倉は実在しないし、傾城の美女・貂蝉も実在しない。
近年の小説・漫画・ゲームなどのベースは、この『三国志演義』に拠るものが多いため、そこにある物語はかならずしも正しい歴史とはかぎらない、というところは頭に入れておいて損はないように思える。
法正「基本だな」
劉巴「基本だね」
休昭「えっ、基本なんだ…メモしとこう」
くっきー「でもって、このHPの特色とも関連するわけであるが、どうも最近、ブームの影響で雨後の筍のごとく、にょきにょき出てきた三国志関連の作品であるが、なのになぜか蜀の臣はマイナーなまま!
マイナーな諸君、もっとがんばりたまえよ!」
法正「たしかにマイナーだな。わたしとそこな費家の跡取りはまだしも、『劉巴? 董允? だれよそれ?』って読者の方が多いはずだぞ」
文偉「いや、われらとてマイナーでしょう。ちょっとくわしくなった人が、「はいはい、知ってるよー」となる程度というか…無双に登場するキャラくらいじゃないか、蜀で有名なキャラというと」
劉巴「文官は、どうしたって軍師の影に隠れてしまうからねぇ。かれは、よくも悪くも目立ちすぎるよ。まあ、こちらはおかげで気楽なものだけれど」
法正「言い方を変えれば、あやつが無双シリーズにまで引っ張り出されて、どう考えても無茶だろ、という武器を片手に戦っているのを見ると、マイナーでよかったかな、と思わんでもない」
休昭「あの羽扇、どういう構造になっているんでしょうね。でもってビーム……」
くっきー「はいはい、雑談はそれくらいにして、と。このHPのメインは、あくまで諸葛亮にあるわけであるが、その主眼は諸葛亮の事蹟を追うためだけではない。
というより、穴が開くほど諸葛亮伝を読んだところで、その人となりはわからないと、この管理人は考えているのだな。
要するに、ほかの蜀の家臣らに対して、どういう影響力を持ち、どういう行動をとったかを見て、孔明という人間を知りたい、それを書きたいという、そういうHPなのだよここは」
文偉「なるほど。だから、マイナーな人物がぞろぞろ登場するわけか。軍師の引き立て役として」
くっきー「引き立て役、というほどあつかいは小さくしていないはずだぞ。
MAPを見ていただけるとわかるとおり、主役である孔明や趙雲が登場しない作品で、そなたら二人が主役であったり、あるいはきつね氏が主役であったりする話さえある。
話を戻すが、同じくマイナーでも、孔明とほとんどつながりが無いように思われる人物が登場していないことからみても、孔明を中心に動かしているということは明らかだったりするのだな。たとえば簡雍とか」
休昭「あ、言われてみればそうだ」
法正「あやつは、ほかの人物の伝を見ていると、けっこう狭量で短気で変なところにこだわるところも見えてくるぞ。
董和伝で自己申告しているとおり、なかなか癖がつよい。決して聖人君子でも、おのれの所業に嘆くナイーブなやつでもなかったことがわかろう」
劉巴「それも含めて、見ていて飽きないのだけれど、どうだろう」
文偉「飽きない、といいますか、ときどき迷惑蒙ります」
そうつぶやく文偉であるが、かれは、やがて就職後、出張帰りの孔明に呼び止められ、突然の呉(広島県)への長期出向命令を受けて、泣きながら仙台駅で新幹線に乗り込む派目になることを、まだ知らない……