リクエスト企画
ちゃんむぐの近いはミスター・匙っ子

ある朝、ふと目が覚めたとたん、劉玄徳はいやな予感にとらわれた。
太陽は東の空からあがってきて、風もおだやか。よい一日になりそうな気配ではあるが、胸の中のもやもやした気分は晴れないのである。

寝台のうえで、こんなことを考えてみる。
『どうだろう、毎日しっかりがんばっているわけだし、たまーには、こういういやな日は、仕切りなおしということで、さぼっちまってもいいのじゃないか』
そうだ、そうしよう、と決めて、もういちど寝てしまおうと、裸足のつま先を布団に入れなおしたところへ、側仕えの者がやってくる。
「主公、今朝は、さきほどより揚武将軍さまと軍師将軍さまがお待ちでいらっしゃいます」
さて、いやな予感は早速的中したと、劉備はうんざりしながら、布団にもぐりこむのをやめて、たずねた。
「あの二人が朝っぱらから仲良く政務の報告をしにきた、というわけはあるまい。なんかあったのか」
「はい、どうやら御両者が、いつものことながら意見を衝突させたご様子でして、この決着を、ぜひ主公につけていただいたいとおっしゃっております」

やれやれ、どうして仲良くできないかね、などとぶつぶつつぶやきながら更衣をする劉備であるが、法正と孔明の対立というものは、私利私欲のぶつかりあいといったものではなく、それぞれの仕事に対する情熱だったり、哲学だったりの衝突がほとんどであるから、その点、儂は家来に恵まれているよ、とも思う。

さあて、どんな面倒が起こったのかなと、法正と孔明が待つ広間に向かえば、すでにふたりは正装をして、きちんと畏まって、劉備を待っていた。
とはいえ、そう物々しいものではなく、主だった顔ぶれは法正と孔明といったなじみの顔で、ほかに料理人らしき者たちが控えている。
なぜに料理人なのかは劉備もわからなかったが、事前に、朝餉は用意するからすぐに来てくれといわれていたことと、なにか関連があるのかとも思う。

ぐうぐうと空腹を訴える腹の虫を、このところ贅肉が気になりだした腹の皮を撫でてなだめながら、劉備は法正と孔明にたずねた。
「で、なにを揉めているというのだ」
すると、年長者で位も高いということで、まずは法正が、拱手しながら前に進み出てきた。
「本日お呼びたていたしましたのは、われらの争いに、ぜひに主公の舌で決着をつけていただきたいと思ったからでございます」
「どんな争いが起こっているんだい」
「じつは先日、わが屋敷にて、みなさまとの親睦を深めようと宴がおこなわれたのでございますが、ほぼ時をおなじくして、軍師将軍のお屋敷でも、じつにめずらしく(法正はここを特に強調した)宴が催されたのでございます。べつに意図してぶつけたわけでもないでしょうが、日程がほぼ重なってしまいましたので、これをはしごする者も少なくなかった様子。
そうした者たちが申しますに、料理がわたくしの屋敷で出たもののほうがよかったという意見が多数。
しかし、残念ながら、いつでも競争したがる者はおりまして、いやいや、軍師将軍の屋敷で出たもののほうが、味がよかった、という者もあり、そうした者たちが、わが屋敷を指示した者をけなし、けなされたほうは、おのれの味覚を馬鹿にするつもりかと腹を立て、とうとう深刻な対立になってしまったのでございます」
「まあ、食べ物の恨みは怖いというからな」
「というわけでございまして、こうした対立にきっちり決着をつけるべく、主公に、わが屋敷で出したものと、軍師将軍が出したものをそれぞれ比べていただこうと、こういう趣向なのでございます」

とたん、劉備の心は、ぱあっと晴れた。
こんな対立ならば、いつでも大歓迎。
法正と孔明の宴は、それぞれに趣向を凝らした料理を出すことで知られている。
劉備は立場上、どちらの宴にもほいほい顔を出したことがなかったが、いつも出席者の「あの料理はうまかった」ということばをうらやましく思っていたのである。

こりゃ、朝のいやな予感はハズレだったな、と機嫌よく思った劉備であるが、それも、料理人を紹介されるまでの話であった。
「それでは、本日は、それぞれの雇っております料理人を連れてきております。
主公に料理をご賞味いただきますまえに、紹介させていただきます。
まずは、わたくしのほうから。これ、ごあいさつせよ」
法正にうながされて現われたのは、どう見ても十代前半の少年であった。
目がやたらと大きく、口もそれに比して大きい。妙にはつらつとした笑顔を周囲に振りまいているが、あまりに笑顔がはつらつとしすぎていて、かえって胡散臭く感じられる。
仮面のように無表情をよそおって、おのれの本心を隠そうとする者がいるが、この少年の場合、笑顔をよそおって、本心を隠しているように感じられた。
とはいえ、こんな年端もいかぬうちから、そこまで計算して表情を作るもんかな、とも劉備は思う。
人を見た目で判断しちゃならねぇ、ということも頭ではわかっているのだが、長年の経験が、こいつはあんまり信用しちゃいけない、と報せてくるのだった。

劉備の表情で、あまりウケがよくない、ということを悟ったか、少年の代わりに、法正が言う。
「見た目は未熟者でございますが、奇抜な発想から、美味を生み出す天才でございます。
名を、ミスター・匙っ子(自称十五歳)と申しまして」
「は、はい?」
おばか企画であったか! 
といまさらながらに気づき、蒼ざめると同時に、まだまだ儂の勘もにぶっちゃいねぇなと感心する劉備であった…が、孔明側の料理人に目を止めて、もくもくと心に垂れ込めていた不安が、またまた晴れた。
そこに畏まっていた料理人は、目のぱっちりとして色白、鼻筋のよくとおった美しい妙齢の娘で、そのみずみずしいうつくしさは、料理人にしておくのも勿体ないほどである。

法正側の料理人であるミスター・匙っ子の紹介がおわったとみるや、孔明が自分の雇っている料理人を紹介した。
「わたくしの料理人は、女らしい繊細な味を生み出す天才でございまして、器用なことこのうえなく、家庭料理から宮廷料理まで、幅広くなんでもこなしてみせます。名を、ちゃんむぐ、と申しまして」
「名前は言いづらいが、こっちの勝ち」
劉備がさっそく判定すると、法正が眉をさかだてて抗議の声をあげた。
「主公! 料理でお決めください! というより、軍師将軍、わざと器量のよい娘を選び、連れてきたのではあるまいな!」
「見損なってもらっては困る。美人で主公をつろうとなどとは思っておりませぬぞ。
そのような下世話な策は、この孔明とりませぬ。正々堂々と料理で勝負をいたします」
「しかし、おまえが若い女を雇っているというのはめずらしいな。なんか心境の変化でもあったのかい」
劉備がたずねると、なぜだか、孔明側の料理人ちゃんむぐが涙を袖で隠す素振りを見せた。
それを見て、孔明が代理で答える。
「この娘、じつは気の毒な境遇にございまして、徐州にて生まれてこの方、父の顔を知らず、母とふたりでこの乱世を生き抜いてきたのでございますが、その母とも死に別れ、女師匠に引き取られまして成長したものの、この女師匠も道半ばにして夭折。
女一人で身を立てるためには料理で勝負とばかりに腕をみがいてきたのでございますが、心にかかっているのは、名も知らぬ父親のこと。
料理人として名を挙げれば、いつか父が見つかるのではないかと思い、各地を放浪し、ついに成都にたどり着いたというわけです」
「ほーお、その境遇に同情したおなじ徐州の出のおまえが、めずらしくも、ちゃんむぐを雇い入れたというわけか」
「主公がご存じないだけで、わたしの屋敷には、ほかにも若い女が働いておりますよ。男女雇用均等法はきっちり守る孔明でございます。
それはさておき、ちゃんむぐの父親なのでございますが、これは母親がいうに、右の肘に北斗七星のような並びの、ホクロがある、ということなのです。
主公はそういった特徴の者にお心当たりはございませぬか」
「北斗七星のような並びのホクロ? いや、ふつうは、肘は袖に隠れて見えないだろう…」

と、そこまで口にして、劉備は、はっとした。
左手が、思わず右の肘を触りそうになるのを、ぐっと堪える。
じつは劉備には、孔明がいま言ったように、右の肘に北斗七星のような並びのホクロがあるのだ。
とたん、劉備の鼓動が早くなってきた。

「ところで孔明、ちゃんむぐの年は?」
「今年で十八になるということですが、なんです、宮城には出仕させませぬぞ」
目を細めて劉備を牽制する孔明に、信用ねぇなあ、などと、表面では冗談を飛ばしながらも、劉備は、心のなかで、けんめいにおのれの過去との計算をしていた。
十八年前といえば、たしかに徐州に身を寄せていた頃である。
そしてあの頃は、やたらと血気盛んで、旗揚げしてからはじめてといっていいほどの厚遇を受けたことで舞い上がり、なんだか遊びもぱあっと派手にやったような。

さりげなく、ちゃんむぐを見てみる。
この器量よしの母親なら、きっと同じく器量よしだったにちがいない。
はっきりいって、儂の好みの顔をしている。
もし、十八年前だったら、手をだしていなかっただろうか。
もしかして……もしかして?!

心拍数をはげしく上げつづける劉備の顔色がわるくなったのを、空腹のためと推測したらしく、法正は、こほん、と咳払いをすると、言った。
「料理人の紹介もおわったことですし、さっそく主公には料理を召し上がっていただきたく思います。まずは前菜より」
と、早速、盆に載せられた料理が、着飾った側女たちによって、うやうやしく運ばれてくる。

二つ並んだ盆を、まだばくばくと鼓動をつづけている心臓をなだめながら見た劉備であるが、さっそく絶句した。
そこには、見たこともない、里芋を長く引き伸ばしたような野菜が、そのまま、ぽんと乗せられていたのである。
「なにこれ」
法正は、劉備のぼう然とした顔に、逆に、にやりと不敵な笑みをみせて、言った。
「前菜として用意させていただきましたのは、わが朝ではたいへんめずらしい異国の野菜『キャッサバ』でございます。タピオカ、とも申します。ぜひありのままの珍味をおめしあがりください」
「さあ、食べてみてよ!」
匙っ子のことばに、劉備はすばやく反応した。
「無茶いうな、おまえら、皮すらむいていないぞ、コレ! こんなん料理か!」
すると、なぜだか敵であるはずのちゃんむぐが進み出て、言った。
「いいえ、殿様、料理とは、皿に食材が盛り付けられた時点で料理なのでございます!」
「えー? それだったら、皿に生肉をぽんと置いただけでも料理?」
「そうでございます! 食べてくれる人のために用意したものは、すべて料理でございます!」
「本当かよ、っていうか、これ、無理! ちゃんむぐ、おまえのほうの料理は……」
と、ちゃんむぐの料理を見て、劉備はホッとした。
地味ではあるが、そこにはピーマンのおひたしがあったのである。
さっそく箸をすすめる劉備であったが、ひと噛みし、ふた噛みしたあとで、異変に気が付いた。

「!?!?!?」

辛い、やたらと辛いのである。
法正側がさっそく不利と見て、余裕の笑みを見せつつ、孔明は説明した。
「珍味という点では、こちらも負けておられませぬ。いま召し上がっていただきましたのは、ハバネロと申します、世界で一番辛いといわれる野菜でございまして、辛味を好む巴蜀の食卓にもぴったり馴染むかもしれぬと、さっそくためしに仕入れたものでございます」
「水!」
「なにか?」
「おまえを呼んだんじゃねぇ! いまさら水魚の交わりを洒落るつもりはねぇよ! 水だ、み・ず! 
うはあ、口に入ってくる空気さえ痛いっ!」
「はいはい、水でございますね。というより、つぎは羹(スープ)ですので、そちらをご用意いたしましょう。
当方が先行でよろしいですな?」
孔明の申し出に、法正は渋々とうなずいた。
「仕方あるまい。主公はキャッサバを口にすらしてくれなかったからのう」
「それでは、羹でございます」
と、劉備のまえに置かれたのは、ぐつぐつと煮えたぎった、真っ赤な香辛料がところどころに浮いている、溶岩のような、熱々の麻婆豆腐であった。

「羹じゃねぇだろ!」
火を吹きそうな口に悶絶しながら劉備が抗議すると、孔明はしれっと答えた。
「いいえ、これは豆腐スープでございます」
「そこは譲れよ、麻婆豆腐だ、これは!」
「甘口、中辛、辛口と味が分かれておりまして、主公にはぜひ、究極の超辛口をためしていただきたいと思いまして用意いたしました。
ちなみに15分以内に完食できた場合には、わたしから金一封(図書券500円分)さしあげます」
「いらねー!」
「それでは、わたくし側の羹を召し上がれ!」
と、法正から差し出された羹を見て、劉備はさらに悶絶した。
黄金色に輝く羹は、複雑な香辛料のにおいをぷんぷんとさせて、いま劉備の鼻孔を直撃する。
そんな劉備に頓着せず、法正は高らかに言う。
「特製カレースープでございます! 甘口、中辛、辛口と味が分かれておりまして、主公にはぜひ、究極の超辛口をためしていただきたいと思いまして用意いたしました。
ちなみに15分以内に完食できた場合には、わたくしから金一封(文具券500円分)さしあげます」
「さあ、食べてみてよ!」
「いらねーって言ってんだろう! みずー! っていうか、どっちか飲めっていうのなら、そこの卓にあるラー油を飲んだほうがまだマシだぜ!」
「おなかを壊しますぞ、主公」
「悪食ですな」
と、それぞれ眉間に皺をよせる孔明と法正。

もしかして、こいつら、ひそかに儂に不満があって、手を組んで嫌がらせをしているんじゃなかろうなと、思わず劉備は疑うが、ちょうどそこへ、見かねたものか、側女が水を持ってきてくれた。
水というのはこれほど甘くて美味しかったかとしみじみ思う。
ふう、と息をついて落ち着いた劉備のまえに、今度はまだ湯気もあたらしい、ほかほかのパンが運ばれてきた。
いくらなんでもパンに間違いはないだろうと思う劉備であったが、この憶測は甘かったということをあとで知ることになる。

法正側のパンは、一見すると野球ボールのように大きく丸めたパンである。においも甘く、食欲を刺激するものだ。
「お、こいつはいいんじゃねぇか」
ぱくり、とひとくち食べて、劉備は口の中の違和感に、おおいに顔をしかめる。
最初の一口こそよかったが、なにやらパンのほかに、小石のようなものが混ざっているようなのだ。
なんだよ、これ、と抗議をこめて法正を見ると、法正は、なにを浮かれたものか、キャラクターに似合わぬさわやかな笑みをたたえて、片手をまな板に、片手を包丁のようにして、中を割って見ろ、というしぐさをしている。

このしぐさ、どこかで見たような?

そうして法正に言われるままにパンを開いてみて、劉備はことばを失った。
というのも、パンの中には、なにがどうしてそうなったのやら、小さなダイヤモンドをトップにした、銀の鎖のペンダントが二つも三つも入り込んでいたからだ。
「なんだよ、事故か?」
抗議する劉備に、法正はとんでもない、と顔をゆがめた。
「おや、主公は『冬のソナタ』をご存じない? あの名シーンよ、もういちど、というわけでして、ヨン様がチェ・ジウにポラリスペンダントを雪玉に入れて渡すシーンをパンで再現したものでございます。
とはいえ、ペンダントがひとつでは寂しいので、太っ腹なわたしは、ペンダントを五つも入れてみました」
「食いモンにペンダントを入れるな!」

孔明側のパンに目をやれば、そこには作りたてのハンバーガーが三つある。
念のためと、パンを慎重にひとつひとつ開いてみるが、ピクルスや肉、レタスにおかしなところはない。
朝餉を抜いてこの戦いの判定にやってきた劉備は、ずっと腹をすかせていたので、これ幸いと、ハンバーガーのひとつを手にとって、早速むしゃむしゃとやりはじめた。
味も悪くない。ふつうに美味である。

「にしても、ハンバーガー三つとは、どういうわけだい」
むしゃむしゃやりながら劉備がたずねると、孔明は答えた。
「三択なのでございます」
「三択?」
「はい。二つがアタリで、ひとつがハズレ」
「なんだそりゃ、アタリがでるともう一個?」
「いいえ、三つのハンバーガーのうち、ひとつがビーフ100%ではなく食用ミ○ズ100%でございます」
「うぉい! ちょっと待った! わしがいま食っているのって、アタリ? ハズレ? どっち?」
「ちゃんむぐ」

孔明は料理人を呼ぶと、劉備からは聞こえないところで、なにやらひそひそやりはじめた。
劉備が息を呑んで待っていると、孔明とちゃんむぐは、なにかの書類を見て確認をはじめたが、やがて、ふたりは、ふうっ、と大きなため息をつくと、悲しげに首を振った。
そして、孔明のほうは、表情を消すと、劉備のほうに向きなおる。
「さて、つぎの対戦でございますが」
「結果を教えろよ!」
「いよいよメインディッシュの登場でございます。当方からの紹介でよろしいか」
孔明の問いに、法正は面白くなさそうな顔をしながらも、うなずいた。
「よろしい、自信作を見せてもらおう」
「そのまえに、対戦を盛り上げるためにコーラス隊をご用意させていただきました」

孔明がぱちりと指を鳴らすと、それまでじっと待機していたのか、するすると部屋のカーテンが巻き上げられ、そこには正装した男女が二十名ほど立っていた。
「それでは、当方のメインディッシュをどうぞ。たんと召し上がれ」
と、しずしずと運ばれてきた皿には、シャケのムニエルがあるのだが、なんだか全体的に茶色い。
そしてバターのにおいといりまじり、どちらかというとデザートのような奇妙なにおいが皿からたちこめている。
見た目は美味そうである。
しかし本能が、これは罠だと伝えていた。

「なんだよ、シャケに見せかけて、じつはちがうなにか、とかいう話じゃないだろうな」
「いいえ、孔明が主公に、そのようないじわるをするとお思いですか」
「前科があるだろうが! というか、おまえらもしかして、儂のこと、きらい?」
「なにをおっしゃいますやら。老人性被害妄想に陥るのは、まだ早すぎますぞ。
さあ、遠慮せずに召し上がれ。コーラス隊、そなたらも、日ごろの成果を主公にお見せするのだ!」

孔明がまた合図をすると、コーラス隊の横にいたピアノが、ぽろん、ぽろんと、聞いたことのあるメロディを弾きはじめた。
シャケのムニエルに取りかかった劉備であるが、それに合わせて、コーラス隊が唄いだす。
「♪わたしの〜 お墓の前で 泣かないでください〜」
「や、やめろよ、その唄。食事中に聞いてたのしい曲じゃないだろ」
「おや、『千の風になって』はお気に召さない? 中高年に人気の曲だと聞いておりましたのに。それでは別の曲にいたしましょう」
「♪ゆきの降るまちを〜 わわわわ〜 ゆきの降るまちを〜 わわわわ〜♪」
「それもダメ! 暗くなる!」
劉備の二度目のダメ出しに、孔明は落胆の表情を浮かべて、つぶやいた。
「主公は贅沢に慣れておしまいになったのか」
「贅沢とかじゃなくてだな、選曲のセンスの問題! もっと明るくて楽しい曲にしてくれ!」
「わかりました」
と、孔明はコーラス隊を見るのであるが、どうもコーラス隊のほうが渋い顔をしている。
「主公、どうやら彼らはバラード専門のようでして」
「じゃあ、唄わないで黙っていてくれ」
「アメンジングレイスなら得意だそうです」
「それだって葬式の唄じゃねぇか。冷めないうちに儂はシャケのムニエルを食べたいのだ。ぱくっ……」

ひとくちシャケのムニエルを口にした劉備は、その口内にひろがる、えもいわれぬ甘味と苦みと塩気の微妙すぎるコラボレーションに、思わず目をきょろりと向いた。
噛んでいられなくなったので、とりあえずごくりと飲み込んでから、劉備は孔明にたずねた。
「なにこれ!」
「シャケのカフェ・オ・レ煮でございます。お口に合いませんでしたか」
「合うわけないだろ、カフェ・オ・レ煮? いったいどういうセンスだよ!」
と、劉備は、孔明のうしろに控えているちゃんむぐを見るのであるが、その怯えた大きな瞳が、劉備にはこう語っているように見えた。
『お父さん、どうして?』
本来ならば怒鳴り散らすところであるが、もしかするともしかするため、ちゃんむぐを叱ることもできない。
怒りのことばをぐぐっと飲み込み、中腰になっていたところを、ふたたびけんめいに自制心をふるって席に着く。

その一連のやりとりを見て、勝機あり、と見たか、ここぞとばかりに法正が進み出てきた。
「主公、こちらのお口直しに、こちらのメインディッシュをぜひご賞味くだされ」
「んー? 今度こそマトモなものなんだろうな」
「はい。ミスター・匙っ子特性・田んぼ・ア・ラ・カルト。なつかしい夏の日をイメージした一皿でございます」

そしてふたたびしずしずと運ばれてきた皿を見る劉備であるが、そこには、大きな皿に……(あまりのすさまじい料理のため、読む方の感情を配慮し、あえて詳細な説明は省かせていただきます。食材はカエルの卵・ザリガニ・タニシです。この料理の登場により、劉備の魂が7割方抜けかけたことをご説明申し上げれば、そのおそろしさをお分かりいただけるでしょうか)。

「さあ、食べてみてよ!」
「ふざけるな、こんなもの食えるかあ!」
とうとう、怒り心頭、シャケのムニエルを食べていたときに持っていた、ナイフとフォークでもって、暴れだした劉備。
この怒りのナイフから逃れるべく、ミスター・匙っ子ほか、孔明、法正、ちゃんむぐも逃げ出して、場は大混乱となった。
劉備はぶんぶんとナイフを振り回すのであるが(もちろん殺傷能力は低いとわかっていて振り回しているのである)、その刃が、逃げるミスター・匙っ子の衣に引っかかった。そうと気づかず、劉備はナイフを振り回す。
そうして、ミスター・匙っ子の衣がべり、と裂けてしまった。
肌もあらわになったミスター・匙っ子のその右の肘を見て、その場のだれもが声をなくした。
そこには、はっきりと北斗七星のように見えるほくろがあったからである。

ちゃんむぐは、ホクロを見るなり、叫んだ。
「おとうさん!」
「ええー!」
この驚嘆の声はその場の全員から発せられたものであるが、そのなかには、あきらかにちゃんむぐに対する「そりゃないだろ、しっかり見ろ」という、声なきココロの意見も含まれている。
それを代表して口にしたのは、雇い主である孔明である。
「待て、よく見ろ、こいつはどう見ても君より年下。父であるはずがない」
「けれど、おかあさんが教えてくれた、おとうさんの特徴にそっくりです!」

では血縁なのでは、とだれもが思ったのであるが、ミスター・匙っ子のほうを見ると、なにやら驚きあわてる人々をよそに、あいかわらず機嫌よく、はつらつとした笑顔を見せている。
やはり、とてもうさんくさい。

劉備が怪しんでいると、唐突に、匙っ子は口をひらいた。
「うん、よくわかったね、俺がおとうさんだよ」
「ちょっと待て! ありえねぇ!」
劉備の声に、ミスター・匙っ子は、くるりと振り返ると、やはりはつらつとした笑顔のまま、言った。
「だって、俺、実年齢74歳だし」
「えっ、どう見ても十代だぞ! どんなアンチエイジング?」
「やだなあ、揚武将軍が紹介してくれたときも、あくまで年齢は『自称』って書いてあったじゃないか。それと、この際だから言っておくけれど、俺の名前、まちがっているよ」
「は?」
「ミスター・匙っ子の字、まちがっているから。最初からいままで、ずーーっと誤字」
「え? 誤字? 誤字なの? すごい誤字だな! っていうか、それなら、おまえの名前は!」
「ミスター・左慈っ子」
「あっ! 魏から手配書がまわってきた、国際窃盗犯! 曹公のおやつのみかんを盗んだ、せこい仙人!」
法正が記憶力のよいところを見せて、左慈の正体を暴くものの、異様に若すぎる74歳は、はつらつとした笑顔を崩さず、答えた。
「だって、俺も、みかんを食べたかったし」
「その同じノリで、『俺も天下を取りたかったし』と、曹公を脅迫したわけか」
孔明のことばに、左慈は、これまた平然と答えた。
「脅してないよ。ちょっとだけ天下を分けてもらおうかなって思ったことを、本人の前で口に出しただけ。
それを受け止めた側がどうとったかは、俺にはわからないなー」
「ほんとうかよ…なんだか、うさんくさいぞ、こいつ」

唖然とする一堂のなか、ちゃんむぐは進み出ると、左慈のまえに身を投げ出すようにして、訴えた。
「おとうさん、ずっと探していました! 娘のちゃんむぐです! ここに来てから、もしかしたらってずっと思っていました! 
だから手元が狂ってしまって、あんなヘンテコ料理ばっかりになってしまったけれど、おとうさんに会えたから、結果オーライです!」
「うーん、俺ももしかしたら、って思っていたよ。この料理の卓越したセンスは、おなじ一族ではないと出せないって。
娘が見つかったということで、呉から依頼された、『敵国の君主のストレスを溜めさせる』って作戦は中断するしかないなあ」
「やっぱり、敵の工作員!」
劉備はおのれの勘が見事に当たっていたことに、自分で感心し、そうして、身に帯びていた剣を抜くと、左慈に切りかかる。
が、しかし左慈はひらりとこれをかわし、ちゃんむぐの手を取ると、ふわりと空中に浮き上がった。
当然のことながら、ピアノ線で釣り上げているのではなく、娘を片手で引き揚げた状態で、まるで地上にいるかのように、平然と浮いているのである。

「やや、仙人というのは、まことであったか」
「俗事に関わるのはタブーなんだけれど、ちょっと暇だったからからかってみたよ! でも俺の娘を軍師将軍がちゃんと雇って養ってくれていたことを考慮して、もうからかうのはやめてあげるよ。
ついでに、あんたたちにかけていた暗示も解消しておく。それじゃあね!」
左慈が、空いているほうの手をぱちりと鳴らすと、とたん、それまで劉備とともに左慈の行動におどろいていた孔明と法正は、糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。
同時に、ちゃんむぐと左慈の姿も、煙のようにその場から消えてしまった。
コーラス隊の影も形もない。
あるのは、ゲテモノ料理だけ…

ひとり残された劉備が、医者だ、と人を呼ぼうとしたそのとき、法正と孔明は、何事もなかったかのように、ふたたび起き上がると、怪訝そうに、きょろきょろと周囲を見回しはじめた。
「おや、おかしいな。わたしはいつ宮城へ来たのだろう。今朝からいままでの記憶がない」
「それはこちらの台詞ぞ、軍師将軍。朝っぱらから貴殿の顔を見なければならぬとは」
「わたしだって、同じ見るなら、キツネより豚のほうがマシです」
剣呑に火花を散らしあうふたり。
そうして、においにつられたものか、孔明が、あちこちにある料理に気がついた。
「なんでしょう、この珍妙な料理の数々は」
「見たことのないイモ、ピーマンのおひたし、麻婆豆腐、カレースープ、ハンバーガー、怪しげなシャケのムニエル、そして、なんだ、これは…生きたザリガニ? ザリガニが、なにゆえこんなところにいるのだ」
「趣味の悪い料理ですな。わたしの宴では決してだしません」
「む、その物言い、まるでわたしが出したものと決め付けたような」
ふたたび、バチバチと火花を散らす孔明と法正。
いつもこんな調子なのである。

劉備はそれを見て思った。
そうか、仙人によって操られていたのか。
こいつらが儂を嫌っている、というわけではないのだな。
でもって、あの娘も、儂の娘じゃなかったのか……こっちはじつは、ちょっぴり残念だったりする。

ホッとしたために、なんだか疲れてきた劉備は、椅子に腰掛けると、軽く目をつむった。
孔明と法正のいつもの言い争いを耳に、ああ、平和だなあと思いつつ。
目が覚めたら、ちゃんとした料理を三人で食べることにしよう。
※奇しくも父の日前日のアップとなりました。たぶんはじめての劉備視点のおばか企画。リクエストとすこしずれてしまったかもしれませんがーが、がんばって書いてみました! 遅くなりましてごめんなさい。そして、ご読了ありがとうございましたm(__)m

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