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二十九
みずうみ?
ニュースを見る、と言って貴海はTVをつけた。
ニュースでは世界情勢や政界の動きなどを報じている。
食事が終わったので、理音は、食器の片付けをはじめた。
台所で洗いものをして、それからふたたび応接間で帰り支度を整えていると、
「少し待ってろ」
と言って貴海がティーカップを持ってきた。
ほとんど帰るだけになっていた理音は、ふたたびソファにすわった。
とっとと帰れと言っていなかったっけ?
さきほどの不機嫌そうな表情はなくなって、貴海はおだやかな顔をしている。
そのお茶は、いつか化学準備室で飲んだのとおなじ、ハーブティーだった。
庭の小さなハーブ畑を思い出し、あそこのハーブだったのか、と理音は納得した。
「母が作ったハーブなんだ。すこしでも体が良くなるようにって、いっしょに種から始めて、大きくした。ハーブの調合も母が教えてくれた。ハーブがこんなに普及する前のことだよ。生きていたら、もっといろんなことを教えてもらえたかもな」
「物知りなお母さんだったんだね」
「物知りというか、凝り性で、病気だったせいか、どこか現実感がない、というか、いまにも空気に溶けてしまいそうな、儚い人だった印象があるな。
起きてるときは、グラビアの多い雑誌ばかり眺めてた。
たまにおれと散歩して、庭をきれいにしている家を見るのが大好きで、花の株なんかを分けてもらったり、おれたちはおやつをもらったり。なかには、ほとんど初対面だというのに、お茶に呼んでくれる人もいたな。不思議と人を引きつける人だった」
きれいな人だったんだろうなあ、と理音は思った。
昨日みかけた貴海の父親は、全体の目鼻立ちは似ていたものの、どこか堅く味気ない印象があった。
貴海の顔立ちにある、整っているだけではない清楚な雰囲気は、母親のほうに似たのだろう、と理音は勝手に決めた。
「なんだか急に母親のことを思い出したよ。どうしてかな」
「亡くなった妹さんの話を知ったからじゃないの?」
「かもな。赤ん坊の声……聞こえてたんだ。ちゃんと。はっきり覚えていないんだが、家に帰ったら、母がひどく泣いていたときがあって、たぶんそれだったんだろう。
おれは妹が死んだので、祖父の家から、この家に戻れたんだ。事情はよくわからなかったけど、罪悪感があったのを憶えている」
「先生のせいじゃないよ」
「でも子供だっただけに、事情もわからなくて、家に帰りたくて帰りたくて仕方がなくて、母や、おれを祖父に預けた叔母を恨んだのは事実だ。
なのに帰ったら、母が泣いているんだからな。混乱したんだろう。わすれていたけれど」
「子供なら、みんなそう感じるよ。大人だってそう思うかも。自分のこと責めたらダメだよ。
自分が悪いときにそれを認めないで、悪くないときにそれを認めるのは、負け犬になる一歩手前、ってカチカチ山も言ってたし」
「そうか?」
「自分を憐れむことの痛みがわからない人に、人の痛みがわかるとも思えないし。もし先生が、自分をかわいそうだと思うこと自体を、格好悪いとか、みっともないとか思っているなら、それもやっぱり違うんじゃないのかなあ。自分を憐れむことも必要だよ。でないと、つらいばっかりになっちゃうもん」
「でも、それは好きじゃないな」
「わたしだって、自分のこと憐れむの、好きなんかじゃないよ。自分はいつもいい状態でいたいもの。
でも自分がかわいそうだと思って、辛いと思ったら、今度はそんな思いを味あわないようにするにはどうしたらよいか、って一生懸命考えるの。
憐れむこと自体はいけないことじゃないよ。憐れんでばっかりいることが、いけないんだよ。それじゃあ、ただのナルシストだもん」
と、そこまで言って、また貴海がふしぎそうに、じっと理音を見つめているのに気づいた。
またまたなんなんだ?
「おまえ、やっぱり変わってるよな」
「それ、ほめ言葉ですか? リアクションに困るんですけど」
「前におれが言ったこと、覚えてないのか?」
「なんでしたっけ?」
「天生で言ったことだよ」
ああ、と生返事をしつつ、理音は間を誤魔化すためにハーブティーを口にした。
「一晩寝たら忘れました」
「嘘をつくな。おまえがそんな単純なヤツじゃないってことは知ってるぞ。なかったことにしよう、ってことか?」
「突っかかるなあ。もしかして薬の副作用? いまそれを蒸し返して、いいことある?」
「誤魔化しは好きじゃない」
「じゃあ、改めて言うね。田端理音は『いくらか気にかけている程度』の生徒ではいやです。いまのままでいさせて下さい」
「なんでまた。おまえ、本当に全部覚えてるか? なんだってそうおれに懐くんだよ」
「わたしは杏樹ちゃんとちがって、先生にいくらも幻想なんて抱いてませんよ。それでも側にいてほしくないの? わたしに気を遣ってるなら、昨日も言ったけど大きなお世話。先生に総理事長がいるなら、わたしには祥一郎さんがいるもの。権威がほしくて先生に近づいているのでもないよ。それでも付きまとわれたくないっていうなら、それはやっぱり、わたしも幻想を持って先生を見ているように感じられるから?」
貴海は軽いため息のあと、沈痛な面持ちで悲しそうに言った。
「おまえが俺に幻想を抱いているとは思ってないよ」
「自分をわざと貶めて相手を安心させるのって、一種の自己防衛だよね」
「そうだな」
「わたしが怖い?」
「少し」
「だから、そばにいられると困るの?」
それは、と貴海が口を開きかけたとき、耳ざわりなシグナル音が邪魔をした。
見ると、貴海の携帯が鳴っている。
貴海は電話に出た。最初は不機嫌な顔をしていたが、相手の声を聞くと、途端に強ばった。
「なんでだ?」
と、貴海は言った。
理音は立ち上がり、電話の相手の声に耳をすませた。
電話越しにもはっきりわかるハスキーボイス。
天羽だ。
『微笑ましいからお邪魔したら悪いかとも思ったけど、でも放っておいたらあなた、なにを言い出すかわからないじゃない? 図星でしょ?
そしたらみずうみちゃんがかわいそうだと思って。初恋を早々に無くしてしまうことになるんだから、傷は浅いほうがいいでしょ? ふふ、少し露骨だったかしら』
どこからか見ていた?
理音は窓辺によって、窓の外を見たが、狭い路地には人影はない。
窓もスクロールカーテンが引いてあり、外からは簡単に見えないようになっている。
「初恋ってなに?」
顔を真っ赤にして反論する理音を、貴海は冷徹に制した。
『どうもあたしはあなたたちを刺激しすぎたみたいね。思っていたのと反対の効果を引き出しちゃったみたい。でもせっかくだけど、お楽しみはそこでおしまいよ。TVをローカルネットに変えなさい。いますぐに』
言われるまま、ぶうたれつつ、理音はチャンネルを変えた。
ちょうど番組と番組の間に入る、5分の地方ニュースがはじまっていた。
アナウンサーが原稿を読む。
『昨夜未明、千葉県雨咲市に住む4歳の男児が公園から連れ去られるという事件があり、警察で行方を探していましたが、今朝、無事保護されました。
男児は、見知らぬ男から 『お母さんのところへ行こう』と誘われ、あちこち連れ回された後、男に服を脱がされ、体を触られるなどの猥褻行為を受けたということです。
警察は、長崎で起きた児童殺害事件を受け、雨咲町でも類似した事件がここ1週間に頻発していることを発表しました』
『天狗が出たのよ』
と、天羽は言った。携帯を持つ貴海の手が震えている。
「俺じゃない!」
『わかってるわ。当時、あなたはまだ5歳。いくらなんでも性に目覚める年じゃないもの。いい? いまあたしはヒントをあげたわよ。
あたしの復讐を防ぎたかったら、思い出しなさい、いますぐに! かわいい恋人のためにもね』
と、芝居がかった笑い声を残し、天羽は電話を切った。
貴海の顔色は悪い。また吐き気が戻ってきたのだろうか。
理音が支えるように手を添えると、貴海はその手をなだめるように、ぽんぽんと叩いた。
「みずうみへ行ってくる」
「みずうみ? 天生の沼のこと?」
「犯人の顔を思い出すんだ。そうしないと、また被害者が出る。おれは20年前、たしかになにかを見たんだろう。それを忘れているために、同じことが起こっているのだとしたら、それは許されないことだ」
「ちょっと待った! また先生の悪いところだよ。どうしてそこまで一人で責任を負わなくちゃいけないの? 5歳の子供だったんだよ? 忘れないで。
天羽先生も嫌な思いをしたかもしれないけど、それを先生一人にかぶせようとするのはおかしいじゃない!」
「わかってるよ。だけど、それしかほかに方法がない。それに天羽は犯人を知ってる」
「そんなの変だよ。知ってて、野放しにしてるってこと?」
「昔の犯人を知っているんだ。だが今のそいつがどんなふうで、どこにいるかはわからないんだろう。名前も知らないにちがいない。
知っていたら、警察に通報するなりしただろうからな。さっきヒントがどうとか言ってたな。なにかわかりそうなんだが」
貴海は言いながら、壁にかけてあったスーツのポケットを探った。
すると、奥のほうから、小さな黄金虫大の機具が見つかった。無線盗聴器である。
「あんたがおれにこだわるのは、たぶん、あんたも犯人を探しているからだ。過去におれがなにをしたかわからないが、二人いっぺんに片付けようってうのは欲が深いんじゃないのかい?」
言うと、貴海は盗聴器を床に叩きつけて、おもいきり踏み潰した。
「おまえはここで待っていてくれ」
「一人でいくの?」
貴海はつらそうに顔を険しくして言った。
「一人で考えたいんだ。なにかあったら、かならず連絡する。いいか、天羽がおまえを狙っていることを忘れるな。家から出るな。ここにいろ。ご両親が帰宅する時間になったら、ここまで迎えに来てもらえ。絶対に一人で外出するな」
貴海の顔色はまた悪くなっている。
どうも天羽は貴海にとって歩く劇薬のような存在であるようだ。
貴海はジャケットを羽織るとすぐに外出の準備を調えた。
「待ち、って結構辛いんですけど、なにか出来ることは?」
「庭の草むしりかな」
「そうじゃなくて…いえ、やってもいいですけど」
「一番してほしいのは大人しくしていることだ。横手のときみたいに、先走るんじゃないぞ。待っててくれ、いい子だから」
また子ども扱いか。
しかし貴海の声はひどく切実に聞こえた。
「わかりました。いい子にしてます」
「ありがとう」
そう言うと、貴海は出ていった。
一人、貴海の家に残された理音は、しばらく昨夜自分で書いたメモと睨めっこをしていた。
1983年の次に、2003年の出来事を付け加える。
2003年 天羽霧子が雨咲学院に貴海家のコネで赴任
☆ 先生への復讐ってなんだろ?
再び男児猥褻事件発生
『おんなじ犯人なのかな。手口はすごく似てる、けど』
天羽霧子が貴海家のコネで雨咲名望に赴任したわけだが、貴海も貴海の父も、そのことを知らなかった。
天羽家の被害者に、祖父は口止めをしたわけだが、それを暗示する日記帳をわざわざ遺した、ということは被害者の行く末を気にしていた、ということだろう。
理音はちらりと、貴海がさきほどぺしゃんこにした盗聴器を見た。
『盗聴器まで仕掛けているなんて、相当だよ。当時5歳だった先生が、なにをしたっていうの?』
そうしてぼんやりしていると、ジリジリと呼び鈴がなった。
誰か来たらしい。今日は叔母のサナさんは来る予定はないはずだ。
まさか、天羽霧子?
身をすくませつつ、理音が玄関まで行くと、シルエットが向こうに見えたのか、元気な声が聞こえた。
「こんにちは、貴海先生! 遊びにきちゃいましたあ! コーヒーの差し入れ持ってきたんですけどぉ、すこしだけでいいんで、顔を出していただけませんかあ」
理音はぎょっとした。杏樹である。
学校での珈琲の差し入れがうまくいったので、今度は家にやってきた、というわけだ。
その行動力には驚くが、貴海は留守である。
しかも理音が顔を出したら、ややこしい事態になるのは目に見えている。かといって、居留守もしらじらしい。声色を使って、叔母さんか妹のフリをする。
ダメだ。声色を使うなんて器用なマネ、できない。
絶対にバレる!
「あれえ、いらっしゃるんでしょお? 入りますよぉ」
もちろん、天羽を警戒した貴海が、玄関は施錠した。引き戸が動かないので、杏樹はがたがたと扉を揺らしている。
頼むからこのまま帰ってくれ。
祈る理音であるが、杏樹も負けない。
ばんばんと扉を叩いて、いませんかぁ、開けてください、と叫んでいる。
病み上がりのためか、声がすこし鼻声だ。
「貴海先生! いないんですかぁ。開けてください! あっ、もしかして、具合が悪くて開けられないんですか! 救急車呼びますよ!」
いかん、大事になる。
理音は仕方なく鍵を開けた。
「え? あれっ? どーして理音先輩がいるんですかぁ?」
「えっと、あの、風紀生活委員の、打ち合せなの、ほら、文化祭の」
我ながら相当にくるしい言い訳である。
化学準備室にさえ容易に生徒を入れない貴海が、自宅に生徒を入れるなど、普通では理解できないだろう。
案の定、杏樹は怪訝そうに、じいっと理音を見つめている。
気まずい。
なんとか杏樹を追い返す方法を考えなければ。
「先生ね、ちょっと出かけてるから、留守番頼まれたんだ」
「へえぇ? どこへ行ったんですかぁ。あ、そだ。待たしてもらっていいですか?」
理音の返事も待たずに、杏樹はほとんど強引に中に入ってくる。
あわてて理音は言った。
「先生、いつ帰ってくるかわからないよ?」
「先輩、さっき『ちょっと』っていったじゃないですか」
「ごめん、いい間違えた。留守番中に、だれかを入れたら怒られるから、困るんだけどな」
「大丈夫ですよぉ。先輩がオッケーなら、あたしだって」
その大丈夫の根拠はどこから?
杏樹は上がり込むと、きょろきょろと周りを見つめている。
いかん、メモ!
理音はあわてて応接間に先に入ると、テーブルのメモを隠した。
杏樹は好奇心剥き出しで、あっちこっちの扉をかたっぱしから見て回る。
「おー、本がいっぱいですねぇ。机もふたつあるんだあ。すごく片付いてて、先生らしいですねぇ」
などと言いながら、杏樹は貴海の部屋に入っていく。
理音はあわててそれを追い掛けた。
「先生が帰ってきたら、携帯に連絡を入れるからさ、一旦、帰ったら?」
「渋い本読んでますねぇ。図鑑とかもいっぱい。教師の部屋って感じ」
杏樹は聞く耳持たない。
理音は、窓際の貴海の机のうえに、川端康成の『みずうみ』の単行本があるのを見つけた。
天羽に言われて、貴海も『みずうみ』を読んだらしい。
『なんとか帰ってもらわないと』
まして貴海があの調子の悪さである。
普段ならば知恵も働いて、うまく口裏を合せられそうだが、今日はムリだ。
「先生、まーだ帰ってこないんスかねぇ」
ひととおりあちこち見終わったあと、杏樹はぼやいた。
「だから、遅くなるんだよ。ねえ、杏樹ちゃんも忙しいだろうし、またにしたら?」
「理音先輩、あたしのこと、追い返そうとしてないですかあ?」
まさにそのとおり。理音としては、下手なウソに合せて、にへらあ、っと笑うしかない。
「あたしもやっぱり、風紀生活委員になればよかったなあ。そうだ、理音先輩、あたしと立場を取り替えっこしません? なーんて」
絶対にヤダ。
しかし理音はなにか引っ掛かった。
『取り替えっこ……』
1983年、最後の事件が起こってから20年間。
犯人はその間、なにをしていたのだろう。
なぜ急に、また同じ事件を起こしたのか。なにかきっかけがあったはずである。
『犯人は、被害者が天羽家の子だと知っていた。雨咲中央公園で男の子を襲ったときは、だれかにしゃべったら家に帰れなくなる、とまで言って脅した犯人が、天羽家の子の時には、沼に放置してあるのを家の人間に報せることまでしている。
殺したくはなかったんだ。子供たちが沼のことをみずうみ、と呼んでいることまで知っていた人間』
「うわあ、子供っぽい」
と、杏樹が頓狂な声をあげた。
見ると、貴海がガラスケースに収めていたガラスの人形を見ているのだ。
シリーズものでサーカスを模している。
杏樹がバカにしたように笑ったので、理音はムッとして言った。
「可愛いじゃない。わたしはそういうの好きだな」
「ええ? なんか意外。先輩、意外に子供っぽいんですね」
杏樹が、貴海がリースを作ったり、オルゴールを作ったりする、というのを知ったらどう思うだろう。やっぱり、らしくない、と言って笑うだろうか。
らしい、ってなんだろう、と理音は思う。
大人らしいとか、子供らしいとか、そんなに大切な基準だろうか。
理音と杏樹の間に、冷たい亀裂が走りつつある。
理音がむっとしているのを見て、杏樹は、愛らしい顔を意地悪そうにゆがめて言った。
「子供は子供を理解できるってヤツですかあ? でもこれ、先生のかどうか、わかりませんよねえ」
「先生のだよ」
まちがいなく貴海の趣味であつめた、貴海のものだ。青い魚のガラスのモビールや、学校にまで持っていっているハーブティー、オルゴールやリースなど、貴海はその几帳面で端正な印象に似合わず、人をほっとさせる、あまり実用的でないものが好きなのだ。
孤独で不安に満ちた子供時代には、そういったものに密かに慰めを見つけていたのだろう。
それをなんにも知らないで、大人らしくないとか、男らしくないとか、ステレオタイプな基準で切り捨ててしまうなんて、どうだろう。
杏樹の態度に反発しつつ、理音はまた引っ掛かるものを感じた。
『子供は子供を理解できる?』
みずうみ。
天羽霧子はこの言葉にこだわった。
天生のちいさな沼を、子供たちはみずうみ、と呼んでいた。
そのことを知る人間は、土地の人間でないのなら、子供ではないのか。
ぞくりと理音の背中に戦慄が走った。
1982年の事件は、交番の目と鼻の先から、子供が連れ去られている。
しかし目撃情報が得られなかった。
それは見えているのに見えてない容疑者、つまり、子供と一緒にいてまったくおかしくない容疑者、つまり子供じゃないのか。
天羽霧子はさっきの電話で、ヒントを言った。
『いくらなんでもまだ性に目覚める年じゃない』。
性に目覚めた頃の子供。
12、3歳の子供。
大人たちの目から見れば、3歳の子も12、3歳の子も等しく子供である。だが、3歳の子から見れば、10も年上の子は『大人』に見える。
この落差が、当時の警察を惑わせたのだ。
12、3歳の子供、つまり中学生。
中等部、浜島が貴海の祖父のもとへロードワークの途中に寄るときに、同伴していた生徒たち。
その中に、犯人がいたとしたら?
だから貴海が声をかけられたとき、祖父は、浜島に注意をしたのだ。
犯人が浜島の生徒だったから。
だが、そのときは、まさか男児連続暴行魔だったとは思ってもいなかった。
しかし同じ日に、、犯人は天羽家の男の子を襲った。
孫のことがあったので、貴海の祖父はすぐぴんときたにちがいない。
当時の雨咲名望学院の中等部の生徒が犯人だった。
だから中等部の学長や、教師の浜島が口止めを行なう必要があった。
『学校の名誉のためだ……お祖父さんは、子供の将来のため、と書いていたから、てっきり被害者の子供のことだと思っていたけど、そうじゃない。お祖父さんの言っている子供っていうのは、犯人のことを指している』
理音は背筋が寒くなると同時に、はげしい怒りに捉われた。
『なにが子供の将来のため、なの? 本当はそうじゃない。学校の名誉を汚さないために、犯人を庇ったんだ』
だがそれも、貴海のことを思うと、暗い悲しみが沸いてきた。
『これがもし当たっているなら、先生はどう思うだろう。天羽霧子は兄弟から、そのことを聞いていた。そしてお祖父さんの日記を読んで、確信したにちがいない。
でもお祖父さんは死んでいる。だから、孫の先生を狙ったんだ。でもそんなの、八つ当りじゃない』
ジリジリと、また呼び鈴が鳴った。貴海が帰ってきたのだろうか。玄関に出ると、なんと意外なことに須崎である。相変わらず工員風のくたびれた紺のジャケットを羽織っている。
つま先がくたびれた革靴が、足を使う探偵らしい。須崎は理音を見ると、ほっとしたように言った。
「よかった、お嬢さん、ここにいたんだ。先生はどこです?」
と、理音の肩ごしに家の中を見る。
「先生は出掛けてます。どうしたんですか? なにかわかったことでも」
「貴海はどこへ出掛けたんですか?」
もうひとつ、若い声がして、須崎の後ろから、手にスーツの上着を抱えて、腕まくりをしたがっしりした男が声をかけてきた。
男の代わりに、須崎が紹介する。
「雨咲署の刑事さんで、諏訪健二郎さん。公藤理佐さんの捜索も担当した人ですよ」
貴海が一緒に行動したという、警察関係者だ。理音はぺこりと頭をさげた。
「あの、先生は天生地区に行く、と」
とたん、諏訪は、いかつい、すこし貴海に似たところのある鋭さを感じさせる顔を、さらにけわしくした。
「天生? そりゃまずい。とってもまずい。天生のどこです?」